物事には限度がある。これ以上ないくらい最悪ではないが、その一歩手前ぐらいの状態が朝から丸一日、今に至るまで続いている。こうなると拷問というよりは人体実験。
地震にはびっくりしたが(かなり)、オリンピック最終予選日本×バーレーン、2-0で本大会出場が決まった。選手、スタッフにはおめでとうと言いたいが、この試合を見ないでほろ酔い加減で美味いものを食いながら薀蓄を垂れているような奴は、日本で内乱が起きたら真っ先に逃げ出すか、真っ先に殺される。つまり、彼らに革命は起こせない。想像力が欠如しているから。
物事には限度がある。これ以上ないくらい最悪ではないが、その一歩手前ぐらいの状態が朝から丸一日、今に至るまで続いている。こうなると拷問というよりは人体実験。
地震にはびっくりしたが(かなり)、オリンピック最終予選日本×バーレーン、2-0で本大会出場が決まった。選手、スタッフにはおめでとうと言いたいが、この試合を見ないでほろ酔い加減で美味いものを食いながら薀蓄を垂れているような奴は、日本で内乱が起きたら真っ先に逃げ出すか、真っ先に殺される。つまり、彼らに革命は起こせない。想像力が欠如しているから。
朝目が覚めたときは、よくも悪くもなかった。つまり、それほどいいわけではないが、悪いというほどではなかった。いずれにしろ、丸一日引き篭もって寝ていたら却って煮詰まってしまい、具合が悪くなるだろう。そんなわけでいつも通り業務に行った。今日心がけていたのは、飲む薬を最小限にしよう、ということ。昨日の日記にもちょこっと書いたが、この2日ばかりの極度の状態の悪さの一端は薬の量が多過ぎることにある、と思ったから。眩暈がしたりするのは明らかに薬から来ている。昨夜は頓服を4錠飲んでしまったし、結果何も出来ない状態になってしまった。内科の医者からも言われたので、抗生物質は飲まず、痛み止めと胃薬は朝だけ飲んで後は痛くなったら飲むようにする。頓服は出来るだけ飲まないで済ませる。こんな感じ。で、気分が悪くなる前に先手を打って無理をせずに2時ごろに業務終了、帰宅時もいつもと比べるとそれほど悪くない。悪くないのだがやっぱり手がちょっと痺れる。なので、帰宅して遅い昼食を摂ってからソファにて昼寝、いい感じの夢だったのでもう少し見ていたかったのだが、1時間半後に目が覚める。と、すっかり状態は怪しくなっていた。今日は薬が切れるのでどうしても精神科の医者に行かねばならぬのだが、抑うつ状態がかなり酷い。手は痺れがきつ過ぎて痛いし、顔の筋肉も上手く動かないのでろれつも回らない。既に僕は単なる具合の悪い人になってしまっていた。それでも朦朧としながら医者に行き、覚えているのはこの2・3日ぐらいなのでその状況を話し、薬を減らしたいことも伝えた。結果、安定剤のドグマチールと副作用止めのタスモリンは止め、抗うつ剤のトレドミンは僕が止めたいと言ったので1錠減らし(もっとも僕の判断でとっくに1錠減らしているのだが)、という感じでまあ付け焼刃的ではあるが薬は減った。ふらふらと廃人状態で帰宅、昼間買っておいた弁当の夕飯を食べてお茶を飲んでいると、なんだか少しマシになったような気がした。しかし、それは単にそういう気がしただけであって、そのうち腫瘍のある首の付け根周辺が痛み出し、頭の中は鬱屈し始めた。しょうがないので痛み止めを飲む。で、頓服は飲まずに氷枕をしてソファで横になっていた。人間というもの、調子が悪いときに横になって何もしていないと、調子の悪いところにばかり気が行ってしまい、ますます調子が悪いと思う悪循環に陥る。何も出来ないのでしばらく我慢していたが、ここはしょうがないだろうということで頓服を1錠飲んだ。そのうち、少し気分がマシになってきたような気がしたので起き上がってみると、首の痛みや脳内の鬱屈が消え、なんとなく大丈夫になってきた。ああ今日は軽く済んでよかった、と思い、30分ほどギターを弾いた。しかし、ギターを弾き終わるとまた手が痺れてきた。うつの症状というか、心身症の身体的な症状というのはホントにしつこい。ここでもう1錠頓服を飲んでしまうと昨夜と同じになってしまうので、経験上、もっとも気分転換として効果のある風呂に入った。すると、やっぱり大分マシになり、痛いほどだった手の痺れも気にならなくなった。とまあ、そんなわけで、どちらかというとうつの症状に振り回されていたので、腫瘍のことについてはあまり考えずに済んだ。そういえば昨日だったか、何も出来ず、頓服で朦朧とした頭でひたすら天井を眺めているときに、頭の中を数式やプログラム言語みたいな奴がやたらと横切ったが、あれはエンコード前の言葉だったのだろうか?
昨夜、今夜と抑うつ状態が酷くて廃人を通り越し、腐乱死体状態。何も出来ない。昨夜はもしかしたら腫瘍のせいかもしれないと思い、救急車を呼ぼうかと真剣に考えたり、最終的には今週から行く予定の病院のERに電話した。先方が言うには、来てもらっても薬を出すぐらいしか出来ないと言われ、痛み止めとうつの頓服の両方を飲んだ。すると、深夜になってからようやく動けるようになった。今考えるとまったくうつの症状だった。今日は今日で、朝起きたときは大丈夫かなと思い、いつも通り業務に出かけたはいいが、2時近くになって酷く気分が悪くなり、途中で切り上げたが、電車を待っている間も気持ち悪いことこの上ない。帰りがけ、ふらふらの状態で内科の医者に紹介状と薬をもらいに行ったが、待っている間に眩暈までしてきて、ホントに辛かった。が、本当の辛さはその後にあった。何時間か、恐らく2時間ぐらいだと思うが昼寝をして、夕飯を食べ終わった辺りから頭の中がこれまでの嫌な思いをした記憶で一杯になり、これが相当に苦しい。なので、頓服を飲んでソファで横になっていたが、頓服が効いてきたのか頭は朦朧としてきたものの、苦しくてまったく何も出来ない。一体何時間ぐらい天井を眺めていたのだろう。途中、母親から電話がかかってきたが、何を喋っているのか分からないと言われた。その後、最後の力を振り絞ってI泉さんに電話、長電話をしているうちにようやく薬が抜けてきたらしく、まともに動けるようになった。昨日今日は最近の中ではもっとも状態が悪かったが、たぶん、薬の量が急に増えたことも影響していると思う。
I’m nearly dying now, so can’t write down anymore.
午前中は小雨。寒い。朝出掛けに内科に寄って紹介状をもらうが、病院に電話したところ予約じゃなく直接来院してくれと言われ首を傾げる。珍しく3時過ぎまで業務、帰宅してだらだらとした夢を見ながらだらだらと3時間昼寝。目が覚めて夕飯を食べていると腫瘍がある方の右肩が凝ってきた。食べ終わるころには痛みに変わり、腫瘍周辺の肩、首が痛くなる。痛みの範囲はだんだん上に昇ってきて、右顎が痛くなり、さらに後頭部まで痛みは昇った。激痛ではないが酷い肩凝りのような、身体の内部からじわりじわり来るような嫌な痛み。とても眠れるものではない。早速痛み止めの薬を飲んで、氷枕をして横になっていると、40分ぐらいしてようやく痛みが和らいできた。気になるのは、腫瘍自体は痛くないのにその周辺が痛いということ。なにやらよろしくない方のような気がする。首の付け根はこれを書いている今も痛い。追加で頭痛薬まで飲んだのだが。痛みが和らいだところで宮市が出場するボルトン×QPRの試合を文字中継で見ながらギターの練習をして気を紛らわせる。宮市は決勝点をアシスト。深更、元妻と電話で話し、というのも僕が紹介状を書いてもらったのが元妻が入院した大学病院だから。で、彼女が言うには、十条にある帝京大学の方がいいというので、ひとまず月曜に今の紹介状でも大丈夫かどうか電話してみることに。どうもこの調子だとiPadが必要になりそうだ。じゃないと、入院となったら退屈死する。
終日雨。お陰で夜は外出したくても出来ず、雨に塗りこめられる。
頭痛なう。と、初めて「なう」を使ってみる。流行り言葉は好きじゃないんだけど。とくにひらがなであるところとかね。内科からもらった薬が今朝で切れたので、痛み止めを飲んでないからそのせいかもしれない。で、もろもろ考えた挙句、苦手なのだが大学病院に行って組織検査をしてもらうのが一番手っ取り早いので、そうすることにした。皮肉なことに、元妻が手術をして、僕が大喧嘩をした病院だ。幸いにして科が違うので、僕がこてんぱんに打ちのめした連中と顔を合わせることはないと思うが。そんなことで朝、内科に電話して紹介状の件を話し、それから大学病院に電話して初診を予約出来るかどうか訊いてみた。この、開業医、総合病院問わず、病院の受付というのはどうにもこうにも要領を得ない。まあよく分からないが、僕としてはとにかく胃カメラなんか飲むよりもとにかく腫瘍が良性なのか悪性なのかを知りたい。大学病院の話によると、予約だと随分先になるようなことを言っていたが。
そんなわけで業務の帰りに内科に寄ったら、今回は院長だった。ひとまず事情を説明して紹介状を書いてもらうことにして、前回の血液検査の結果を説明してもらったのだが、院長はわりと温厚で丁寧に話す印象だったのだが、3・4箇所規定値オーバーの箇所があったっぽいがなんか早口に聞こえて(たぶん気のせいだと思う)覚え切れなかった。かろうじて覚えているのは、白血球が多いということ、なんか雑菌が入った可能性があるということ、肝臓や腎臓などの内臓関係は問題ないこと、それぐらい。まあ何はともあれ、紹介状を書いてもらえるということで一安心。していいのだろうか。院長曰く、耳鼻咽喉科か内科のどちらかだという話。耳鼻咽喉科というのはちょっと違和感があるが、場所がリンパ節の辺りだからどうの、という話だった。ような気がする。
夕方帰宅して、腹が減ってかなわんので早めに夕食。その後、精神的に煮詰まったかなんかでまたソファで昼寝を2時間。冒頭に書いたように外出しようにも雨が降っていて面倒くさいので、マルチ・トラック・レコーダーでDm9–G13–Em9–A13–Dm9–G13–Em9–A13–Dmaj7-/A7♭13という簡単なコード進行のバッキングを作ってギターの練習。最初はボサノバっぽいものを想像していたのだが、ベースラインの関係とギターにディストーションをかけたせいで昔のラリー・カールトン状態。結局これもなかなか思うように行かず(たぶん脳内のイメージが難し過ぎるのだと思う)、煮詰まって止めたころには夜は更けていた。頭痛もそうなのだが、痛み止めを飲むのを止めたら肩が凝ってしょうがないので、今日は湯を張って沐浴。でもいまだに腫瘍がある方の肩が凝っている。腫瘍自体は触ってもほとんど痛くない。
昨夜からの母親との諍いのせいで、おまけに朝っぱらから母親が電話をかけてきたものだから、夜まで一日中物凄く酷い状態。精神的壊死。母親のことを考えただけで手が痺れ、気分が悪くなる状態だった。業務からの帰宅後はまったく何も出来ない。まあ夜に長電話をして、一応暫定的なけりはつけたが、だからといって気分が戻るわけじゃない。今日という日のほとんどは、単なる空白に等しいものだった。今気がついたが、ギターも弾いていない。その後、夜にI泉さんに電話が繋がり、例の首の付け根のしこりが固いのが気になってるんだけど、という話をして、今かかっている内科の手順を説明したところ、それはちょっとおかしいのではないか、という話になった。それは薄々僕も感じていたところで、大体に於いて処方された抗生物質も明日の朝で切れてしまうし、来週月曜に胃カメラを撮るといっても単なる回り道に過ぎないのではないか、という疑念はあった。I泉さんの言うところによれば、とにかく腫瘍が良性か悪性かを調べるのが先でしょ、という至極もっともな意見、で、浦和の駅前にがん検診をしているクリニックを発見、そっちで診てもらうことにした。どっちにしても悪性ならば総合病院に行かなければならないが。そんなわけで今通っている(といっても1度行っただけだが)内科に明日行って紹介状とCTの写真、血液検査の結果をもらう算段だが、素直に事が進むのだろうか、という不安は多少ある。
まあ正直、夜の10時からなでしこの試合があって助かった。それまではとても酷い一日だったから。身体的症状はそれほどでもなかったが、精神面がまったくダメ。夕食後に間歇的に不安感が波のように来るのには閉口した。
で、結局負けてしまったのだが、試合としては面白い試合だった。結果論で言えば、なでしこは前半の入り方が悪過ぎた。ボールロスト多過ぎ。ゴール前で相手をフリーにし過ぎ。点を取られるときというのは、えっ、というぐらいに人がいない。おまけに澤がいない中、宮間を徹底マークされて、前半はまったくドイツのペースだった。川澄が一点返したものの、日本の攻撃はゴール前に人数がいない。で、後半はどういうわけかそういった点が修正されて日本のポゼッションも上がり、追いついては追い越され、というスペクタクルな試合になった。3-3の同点に追いついたときはさすがに驚いたが、直後に4点目を取られ万事休す。やっぱり4点は取られ過ぎだと思う。澤がいれば云々、ということは論じてもあまり意味をなさないと思うし、もちろんW杯の優勝もあり、総じてなでしこは強くなったなあと思う。なんていうか、簡単には負けない強さがある。見習いたいものだ。
首のしこり、小さくなったと感じたり、2つくっついてる下の方が大きくなったと感じたり、そのときそのときで印象が違うので、たぶん何も変わってないのだろう。気になるのは固いこと。
急に暖かくなった。日中は暑くてとてもダウンジャケットなんか着ていられない。例の腫瘍に関係あるのかどうか分からないが、最近の体力のなさは異常といってもいいぐらいだ。もちろん、冬の間の運動不足が主な要因だとは思うが。とにかく、業務に行っても2時ごろにはバテてしまう。ただ座っているだけなのに。そんなわけで2時ごろに切り上げ、帰宅途中で何故か疲労困憊し、手が痺れて気分が悪くなってきた。しょうがないので、遊歩道のベンチで一休みする。なんでこんなに疲れているのだろう、と考える頭自体も疲れている。おまけに既に抑うつ状態に突入、頓服をジンジャーエールで飲む。重い腰を上げて歩き始めるがもうふらふら。途中で遭難しそうになる。が、こんなところで遭難するようでは末代までの恥、っていうか、僕には子供がいないのでそうでもないか。なんとか辿り着くともちろんソファで死亡。1時間半ぐらいで一度目が覚めるが、起き上がろうとしたらぐらぐらっと眩暈のようなものが来て起き上がれず、無理、と思った。何故かは忘れたが母親に電話したものの、話しながらときおり意識が遠くなる。よって何を話したか忘れた。ともかく、その時点でも困憊の極みだったのでさらに昼寝続行。また1時間半ほど寝たので都合3時間ほど死んだことになる。カップヌードルのゴージャスな夕飯を食べてしばらくすると、ようやく疲労感が抜けた。どうもよく分からない。結局のところ、今日は1日の3分の1ぐらい、極度に疲れていた。この、3分の1ぐらい、ってのが腑に落ちない。中途半端である。果たして肉体的な疲労がそんな中途半端なものになるだろうか。とすると、ストレスによる精神由来のものなのか。よく分からないがとにかく今日は疲れた。疲労感が取れたところで散歩がてら24時間営業のスーパーまで買い物に行って戻ってくる。夜は相変わらず何をしたらいいのか分からず、時間を持て余す。ネットで見るスポーツニュースは何度見ても同じ記事。まあ、夜だから当たり前なのかも知れないが。仕方ないので、以前テーマだけ作った曲を、マルチ・トラック・レコーダーに録音しながら弾いてみる。と、気がつくと午前0時を回っている。要するに、なんだかんだ言っても時間は過ぎるのだ。とにかく。シャワーを浴びながら、時は止まるのだろうか、などと考えた。で、止まるという確信を得た。時は止まるのだ。相対的にも絶対的にも。しかし、時が止まると自分を含めたありとあらゆるものも止まるので、現実的には何の意味ももたらさず、何も起こらないので止まっても止まらなくても結果は同じだ。つまり、時が止まること自体に意味がない。しかし、もう少しマシなことを考えられないものか。
まず最初に、望月君のコメントがスパム扱いされていて削除してしまいました。一応文面は戻るボタンで保存は出来たのですが、望月君の名前で再投稿は出来ないようです。なので、ここで返事を書くと、すべてはストレスから来ているものと思われます。胃潰瘍とか十二指腸潰瘍にならないように、元々潰瘍を修復する胃薬であるスルピリド(ドグマチール)という安定剤を心療内科に行って処方してもらうと、心身共に効果があると思います。恐らく最後は開き直ることが肝心だと思われるので、大変でしょうが、あまり考え込んで僕のようにうつにならないよう、少し鷹揚としてケ・セラ・セラ的に刹那的に日々を送るのもよいかと。
で、ここから日記なのだが、今日はとにかく酷かった。3時ごろから抑うつ状態突入、昼寝を2時間しても30分ほどすると再突入、しかも時間が経つに連れて流砂に飲み込まれるように酷くなっていく。特に7時過ぎから10時ぐらいまでは辛かった。手は痺れ、身体は思うように動かず、何も出来る状態ではない。ただソファに横になってひたすら耐える。あんまり辛いのでラリってしまうのを承知で2錠目の頓服を飲んだのだが、ただ頭が朦朧としただけ。なんとかちょっとだけ楽にならないものかと体勢を変えたりしてみるものの、まったく効果なし、眠ろうと思っても眠れない。地獄っていうのはこういうところなのか、などと思う。あまりの耐え難い辛苦に死にたくても死ねず、延々と痛苦に耐えなければならない。これはまさに今の僕の状態ではないか、などと朦朧とした頭で考えた。なんとか気分転換を図りたいところなのだが、何しろ身体に来ているので散歩すら出来ない。しょうがないので、10時からのNHKスペシャルを見た。また震災のドキュメンタリーだった。ぼんやりとうつろな目で見ていると、なんとなく気が紛れていく。少なくともただ横になっていると辛い方にばかり頭が行くので、それよりはマシ。で、11時からなでしこ×アメリカ戦があるというので、僕にしては珍しく、というかこの状態では珍しく立て続けにテレビを見た。その間も症状がきつくてなかなか試合に入りこめない。しょうがないのでハーフタイムにシャワーを浴びた。これまでの経験からいって、一番効果がありそうだから。で、多少は効果があったようで、後半はそれなりに見れた。後半に日本がゴールを決めて1-0で勝ったのにはちょっとびっくり。なにしろ、体格の差は一目瞭然、日本の選手が中学生ぐらいに見える。90分で日本がアメリカに勝ったのは初めてらしいが、この試合を見る限り、けしてフロックではない。しかも澤抜きのメンバーで勝ったというのは自信に繋がるだろう。
なんてことを書ける程度にまでは回復。今日はとうとうギターを弾けなかった。