感情生活

10月7日、金曜日。

8時19分起床。終日雨。

早寝早起きになりつつある。というのも、夜にすることが見つからず、ならば早く寝床で本を読みたいと思ってしまうから。それにしても昨日の気分の塞ぎ具合は凄く、寝床で本を読んでいて、本の内容とはまったく関係なく物凄く悲しいという感情が押し寄せてきたのには驚いた。とりあえず一時的なものではあったが。

早く寝るようになったひとつの要因としては、この日記を書く時間が日増しに早くなっていることが挙げられる。で、書き終わるともう本日為すべきことはないような気がしてしまうのだ。で、時間を見るとまだ22時台だったりして自分でも唖然としてしまう。

日中は業務。今日もトレードの数だけはこなしたが結果は微益。骨折り損っぽい感じがしないでもない。昨日より若干気分がましにというか、ほんのちょっと前向きになれたのは、ちょっとでもトレードがプラスになったことと、途中で制作中の曲のギターソロを1小節だけ弾き直したことが要因だと思う。特に後者。

それにしても、人間はどうしてこうも感情というものに振り回されるのだろう? そういえば動物にだって感情はある。なので本能と言ってしまえばそうなのかもしれないが……。ふと気がつくと、何か(作業と言い換えてもいい)に没頭しているときはそこまで感情に左右されることはない。ように思える。逆説的に考えると、感情に振り回されるということは何も没頭するものがないからなのか。いいことがあればハイになり、そうじゃないときはローになるのは当たり前と言えば当たり前。しかし如何せん、感情というものは格別にコントロールするのが難しい。「感情を殺す」という表現があるが、それを実行に移すのはなかなか困難だ。しかしながら10年間壁に向かった達磨のように、訓練次第で制御できるものなのかもしれない。感情を気分と言い換えればうつ病というのは気分障害、なのでなおさらコントロールできない。気分をコントロールするって、言葉にはできてもちょっと想像できない。でもオリンピックに出るようなアスリートはできるんだろう。してみると、集中力が問題なのか。もしかすると感情と感覚は一見親和性が高そうだが対局にあるものなのかも。いや、そうでもないのか……。

中島らもの小説に「水に似た感情」というのがあって、小説としてはあまり出来のいいものではなくて何が言いたいのかよく分からなかったのだが、水のように生きられればいいのかな?

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