メエルシュトレエムに呑まれて

7月28日、火曜日。

雨、雨、雨。昨夜から振り続く大雨で今日は午後からひっきりなしにスマホに警報が届いた。警報はやがて避難指示になり、まず叔母の住む隣町に出てそれからこの町にも出た。当初はどこかよくわからない町内の地域だったが夕方には町内全域に避難指示という警報が入って何やら屋外スピーカーでアナウンスのようなものが流れたようだがよく聞き取れなかった。

豪雨とはまったく関係ないが今日は金が50ドル以上動く物凄いボラティリティで、それに巻き込まれて一か月分のボロ負けを食らった。恐らく利益確定の売りと思われるが損切りをする間もなくあっという間にストップがついた。先物でストップがつくと本当にデカい。結局は銀と同じ目に遭った。

そんなわけで雨は降り続くが避難指示とスマホに出ても近所の人が知らせに来るわけでもないので、無視を決め込む。さすがに夕食後の夜はテレビをつけてNHKを見ていたが、どうやら避難指示が出ているのは最上川の川沿いの地区らしかった。ググって調べてみると母のいる特養はぎりぎりでセーフ。ただ夜になって町内の親戚がいる地区に洪水の恐れという警報が流れた。とはいうものの、一時は雨が小やみになって静かになったこともあり自分がどの程度危険な状況にいるのかがわからない。いずれにせよ最上川が氾濫したとしてもうちは大丈夫だと思われるし最悪二階にいるか向かいの寺にでもいけばいいが、そういえば実家に戻った7年前に一度大雨で三日ぐらい断水になったことがあるので念のためにポリタンク2つに水を溜める。

止んだと思った雨はまだ降り続いている。この町と隣町を繋ぐ橋の辺りで最上川は氾濫危険水位を超えているというのだが、実際問題としてどの程度なのかは見に行くわけにもいかないのでわからない。この田舎町のいいところはとにかく災害が少ないというところなのだが。今日も最初に届いたのは土砂災害警報だったがうちの近辺はその心配はない。ただいつだったか、たぶん2年ぐらい前に大雨が降ったときにうちから徒歩10分ぐらいのところが道路が冠水したという話もあった。うちもなんだかんだいって一階が冠水とかしたらかなりまずい。電気とかネットとかパソコンとか。結局自分のような危険を察知できない者がこういうときに逃げ遅れるのだろうか。しかし避難場所に指定されているところ(体育館とか)まで15分ぐらい歩く方がよほど危険な気がするし、移動したとしても危険度はうちとさして変わらないような気がする。以前母に聞いたところによると最上川が氾濫したことはあったということだったが、そのときも大丈夫だったということだったような気が。

そんなわけでいつも買い物に行っているコンビニの辺りがヤバそうだと言われてもどうにもピンと来ないのである……。

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7月27日、月曜日。

なんということもない日。何故か8時台に起きてしまい、当然のように昼を挟んで二度昼寝。日中相場が結構動いたので夕方までにトレードは終了。夕食後の夜、昨日弾いたギターソロの音をあれこれいじっていて、なんかいいディストーションはないかと探してアンプシミュレーターのプラグインをひとつトライアルで試してみると結構よかった(少なくともCubase付属のアンプシミュレーターよりはよかった)ので4000円ばかりを払って買ったのだが、驚いたことにこのプラグイン(Amplifikation Vermilion)がインドネシア製だった。

で、夜も更けてからギターソロを弾き直し始めたのだけれども、今日は事前にちゃんと爪を切ったにもかかわらずなんかビブラートかからないなと思ったら気がつくとまた薬指の皮が剥けて血だらけになっていた。洒落にならない。これでしばらくはギター弾けない。

それにしても今日もまた雨。いつまで梅雨が続くのか。

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セロトニン

7月26日、日曜日。

ミシェル・ウエルベック「セロトニン」読了。

どうやらセロトニンが足りないのは小説の主人公だけじゃないようだ。9時前に目が覚めると布団を全部引っ剥がしていることに気づき、布団をかけて寝直して10時前に起きたが、今日こそは午前中昼寝をしないようにしようと思ったのだけれど体調が悪くて昼直前にソファでうとうとしてしまった。そしてその前後に例の彼女にLINEで絡まれる。そのことが今日は後々まで響く。

結局うたた寝したはいいけれど酷く頭痛がして昼食後に頭痛薬を飲む。その後ようやっと気を取り直してギターのレコーディングを始めたのだが、ソロがどうしても上手く弾けずどういうわけかと思ったら、最近全然弾いてなかったので指板を押さえる左手の指の腹が柔らかいせいだった。そんなことで弾けなくなるのもびっくりだが、それでもむきになって弾いていたら指の皮が剥けるというか弦で切れてしまい今日のところはギターを録るのは諦める。夕方4時に精神科。

鹿島 2-2 FC東京。確かに面白い試合だったしスコア通り引き分けで負けたわけではないのだけれど、一言で言えばまた勝てなかった。鹿島という勝って当たり前のチームを応援していたつもりが、気がつくと最下位で負けて当たり前のチームを応援しているような気さえしてくる。情けない。

その後の夜、LINEで揉める。結局のところ、人格障害にしろ何にしろ、自分の都合でしかものを考えられない人間の機嫌を何故取り続けなければならないのかという至極当たり前な疑問が次から次へと湧き出てきてむかつく。とにかく彼女は根本的なところで勘違いをしている。

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雨上がり

7月25日、土曜日。

午前中に昼寝をするのが完全に癖になってしまっている。ただモチベーションが低いというだけの理由でソファで寝てしまう。そして何らかの夢を見る。今日は目が覚めたら頭痛がしたが、たぶん寝過ぎなんだろう。単純に合算すると最近一日何時間寝ているのだろうか。下手すると10時間近く寝ているような気がする。

昼食後からは延々と先日の曲の続き。全体の構成を作ってまずドラムから直し、それから仮歌を歌ってついでにコーラスまで入れて……などということをしているともう日が暮れる。夕食後は珈琲の豆を煎りながらJ2の山形の試合を見たが引き分け。どうも自分が応援するチームがこのところ何故か勝てない。その後の夜、ギターまで入れようかと思ったのだけれどもめんどくさくなって明日に回すことに。10時過ぎにちょっとだけ散歩に出てみる。すると、外は雨上がりだった。いつごろ雨が降ったのだろうか。例のベンチに座って煙草を一本吸うと、ズボンの尻が濡れた。

帰宅後、煙草を吸いながらどうもイントロがピンと来ないので楽器を差し替えてみようと思ったのでやってみる。結果、ちょっとしたホラー映画みたいになる。それにしても、一体何日午前中を無駄にしているのだろう。明日は夕方精神科の予約が入っているが、やたらと寝てばかりいると相談するしかないのだろう。とはいうものの、多分に心因的なものよりも体力の低下が要因のような気がする。

ミシェル・ウエルベックの「セロトニン」、今夜にも読み終える。

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白昼夢

7月24日、金曜日。

相変わらず絶賛夏バテ中で体調が悪いことこの上ない。午前昼寝、午後も昼寝。こうなるともはや自宅入院と言っても過言ではない。午前も午後も夢を見た。午前中の昼寝は夢から覚めるか覚めないかというタイミングで目だけ開いたらしく、夢の中に突然現実の風景が90度傾いて(横になっているから)現れて酷く驚いた。午後は午後でまた夢を見て、自宅にいる夢なのだがどうやら家の構造が今と違っていて、建て替える前の子供のころの家のようだった。外から母が帰ってくる足音が聞こえたところで目が覚めた。こんな調子だからトレードもほとんど何もやっていないのと同様。今日のところは何事かをやるということが無理かもしれないと早々に諦めた。

夜、PayPayフリマをなんとなく見て、今月一杯クーポンが使えるというので中古のスニーカーを値切って買ったのだが、考えてみると中古の靴というものを買ったのは初めてで、誰かが履いていたものだと想像するとなんだか嫌な感じがするのでなるべく考えないようにする。その後、最近ずうっと放っておいた曲の構成を考える。で、イントロをいろいろといじくり、試しに中東の楽器を入れてみたりした。ピアノを全部逆再生とかにもしてみたがさすがにそれは気持ち悪過ぎた。

そんなわけでほとんど何もしないで4連休の2日目は過ぎた。南無阿弥陀仏。

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嗜好

7月23日、木曜日。

休日だという感じがまったくしないし、実際ツイッターのタイムラインからもそれは伺えた。少なくとも4連休の初日という感じはまったくしなかった。

どうも低血圧になってから午前中に昼寝をする癖がすっかりついてしまい、今日も例に漏れず。ちなみに今日は隔日で降圧剤を飲む日だったが意図的に飲まなかった。昼食後トレード少々。それも利確してしまうとすることがなくなり、またもやソファで毛布にくるまって昼寝をしようと試みたが眠れなかった。眠れないときに眠ろうとするのは案外と精神的にきつい。暑くなってから台所の流しにコバエが群れを成しているので昨日ドラッグストアからコバエホイホイを買ってきて置いた。すると一晩で何十匹も入っているのだがまだそれでも相当数飛び交っている。ダイソーでも売ってると聞いて車で行って買ってきた。110円。昨日買ったのが500円近かったからあまりにも安いので驚いた。で、流しの脇に置いてみるとこれが驚くべきことにただの一匹も捕まえることができないのである。隣の通常バージョンのコバエホイホイには恐ろしいほどの数のコバエが入っているというのに。一体全体何が違うのか、匂いなのか形状なのか。いずれにせよこの2つのコバエホイホイには見た目ではわからない決定的な違いがコバエ目線からあるようだ。詰まるところ、コバエにも嗜好があるのである。

それにしても毎日モチベーションが低いというかやる気がない。初っ端から終始疲れている。体力の低下著しくこれが60歳と61歳の違いなのかもしれないが、要は夏バテなんだと思う。それとある種の冷房病。とにかくだるい。何かひとつ始めるのに百年ぐらいかかる。シンセの電源を一日中入れていても弾くのは10分ぐらい。何もかもがめんどくさいが何もしないというのはこれまた苦しいし辛い。とにかく何らかのことをして時間を使わなければと夜に散歩がてらコンビニまで歩いて煙草を買いに行ってみると、外は案外と涼しかった。涼しくても冷房を入れたくなるのが夏バテなのか。

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敗因

7月22日、水曜日。

湘南 1-0 鹿島。

言葉が見つからない。敗因は自分の低血圧だと思う。今季の伊藤翔は点を取る気配がまったくない。うちのトイレに居座っているゲジゲジを誰かなんとかしてくれ。

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血圧

7月21日、火曜日。

一日、低血圧で身動きが取れなかった。こんなことは初めてだ。元々、僕は上が120の下が70ぐらいの、凄く真っ当な血圧の人間だった。それがちょっとずつ上がり始め、たぶんこの二三年で上下とも20ぐらい上がってしまい(140の90とか)、最近になって降圧剤を飲んでいる。以来、毎日血圧を朝食後と夕食後につけているのだが、それでわかったのは物凄く眠いときというのは血圧が低いときということだった。確かにたまに上が110とか低いときはある。今日もそうだった。しかしそういうときは昼寝をすると大概大丈夫になっていたのだが、今日はどうやってもダメで、日中のほとんどをソファに横になって過ごした。血圧が下がるだけで人間こんなにも何もできなくなるのかと少々驚いた。ちょっとどうにもならなかった。

あまりにも何もできそうにないので、例によって夕食後に珈琲の生豆を煎り始めたのだが、火が弱過ぎたのか、それとも台所の窓を開けていたからなのか、今日は恐ろしく時間がかかった。煎り終わるまで3時間ぐらいかかったんじゃないだろうか。あまりにも煎り終わらないので正直2時間半を過ぎたあたりから焦った。結局最後の方は火を強くせざるを得なかった。そんなことをしながら合間合間でYouTubeの動画を見ていると、どうやらいつの間にか血圧は戻ったようだった。あまり経験がないので、実際問題として血圧が下がったときに一体どうしたらいいのかさっぱりわからない。

それはそれとして、いまさら感があるが昨日初めて「白日」のMVを見て、以来King Gnuにハマっている。目下マイブーム(←死語?)。

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時間

7月20日、月曜日。

そんなわけで61歳になった。考えてみればこのサイトを始めたころはまだぎりぎり30代だったので、あれからなんだかんだ20年以上が過ぎたことになる。

61歳というともう何年前だろうか、キーボードの佐藤博が自宅スタジオで死んでいるのを見つかった年齢で、それが強く印象に残っているので自分の中では要注意ゾーンというか、ちょっと意識していた年齢だ。これを無事に通過すればという感じ。そんなことを言ったらマイケル・ジャクソンとかドラムの青純はどうなるんだということになってしまうし、かつてのJ-POPというか日本の女性ボーカルの仮歌をほとんどやっていた新倉と広谷の二人ともが既にこの世の人ではない。

このサイトに言及したついでに言っておくと、最初はとにかくテキストベースのサイトにしようと思っていて、極力画像はアップしなかった。それはつまり当時のネットがそれだけ重かったということでもあるのだが、それを意識するあまり当時は写真の類を載せるところを隠しページ(つまり適当に探せばクリック出来る)にしていた。それがここなのだが例えば今見ると最初のリンクはもう存在していない。

それはともかく、「そんなわけで」とか「それはともかく」とか言っている間に20年が経過したということだ。

蒸し暑い一日だった。スマホによると30度だが、冷房の効いた部屋から一歩出ると居心地の悪さを覚えるくらい暑かった。夜、そろそろ涼しくなったかと思ってちょっと散歩に出た。思った通り外は涼しかった。天気がいいのか空には星が輝き、改めて自分が住むこの町を美しいと思った。静かだった。ときおり思い出したように車が通り過ぎる。途中、近所の寺の軒先に「永遠に続くものは何もない」と書いてあった。ということは、時間すらもいずれは停まるということだろうか、などと考えた。そういえば「時間は存在しない」という本があった。読んでいないけど。そういう意味では何を時間と呼ぶかによるな、という気もする。たまたま今読んでいるウエルベックの「セロトニン」の中にこんな文章があった。

この文章のいい点は「おそらく」という点だ。いずれにせよ、僕らが欲しいのは早送りのボタンではなくて巻き戻しのボタンだ。

実際のところ、いざなってみると60歳も61歳も大差ない。もちろん、30歳からいきなり60歳になったらそれなりにショックは覚えるだろうが、それなりに順を追って61歳になってみると別にどうってことはない。そもそも、59歳と61歳の間にどれほどの違いがあるというのだろう。そう考えると、乱暴なことを言えば年齢こそ四捨五入すべきだ、という気もする。今考えると40歳になったときにもう若くないと思ったことがお笑い種だ。もちろん今の僕はもう若くないわけだけど。

とりあえず昨夜なんとなくYouTubeにアップしたものを置いておく。この曲を書いたのは1979年、二十歳のときだ。それとも19歳だったかな? いずれにしろ、日の当たらない高円寺の家賃1万5000円のボロアパートで書いた。結局、1979年だからよかったわけであって、今二十歳ならいいというわけではない。そんな感じ。

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センチメンタリズム

7月19日、日曜日。

もうあまり時間が残されていない。あと35分で61歳になる。

朝、アマゾンから空気清浄機が届く。アマゾンから過剰包装じゃないものが届くのは初めてだった。アメリカのメーカーなのに何故か中国製の空気清浄機は思ったより小さく、これまで使っていたダイキンのような高級感もなくセンサーの類も何もついていなかった。こうして改めて日本製の空気清浄機のセンサーの優秀さにいまさらながら驚かされるが、センサーがなくても空気清浄機の役割を果たしてくれればそれでいいと思うものの、実際のところその役割を果たしているのかどうかは具体的に確かめようがない。例えばそれを確かめるにはひたすら煙草をスパスパと吸い続けて様子を見るとかいうことぐらいしかないが、そもそもそんなことをする意味がなく、要は空気清浄機という存在そのものがひとつの気分のようなものなのだなと思う。

気がつくとセンチメンタリズムの沼にどっぷりと首まで浸かっていた。全身に力が入らず、午前も午後もソファで毛布を被って寝る。どちらもゲームをしている夢を見た。昔々、テレビゲームとかビデオゲームとか呼ばれていたゲームだ。ゲームなんてもうかれこれ15年ぐらいやっていないが、何故かたまにこういう夢を見る。何もしないで寝てばかりいるうちに夕方になってしまった。夕方ふらふらと外に出ると、空は見事に晴れ上がっていた。

僕はこの町で生きて、この町で死ぬのだろうと思った。

ふと思いついて一度家に戻り、煙草に火をつけて改めて向かいの寺の境内に座って煙草を吸った。昨日の朝の彼女からのSMSを読んで、着信拒否を解除して返事を書いた。さよならと。気がつくと涙が流れていたのは、もとより前述のようにセンチメンタリズムにどっぷりと浸かっていたからだろう。寺の境内を眺めて、子供のころとどこが違うのだろうかと考えた。

あれから50年近く経っているのだからもちろん細かいディテイルは変わっているはずなのだが、子供のころ広いと思っていた境内がもっと小さく見えるかと思ったらそうでもなかった。寺のたたずまいは、案外と子供のころから変わっていない。小学生のころ、夕方の5時に鐘を突いていた鐘楼もそのままだ。立ち上がると、彼女から返事が届いた。

夜、アマゾンのプライムビデオで「弧狼の血」を見た。

途中までは一時停止しながらで、映画というものはじれったいなと思っていたがいつの間にか引き込まれていた。ちょっとびっくりだ。ダサいナレーションが入る映画に引き込まれるなんて。

こうして、ほぼ何もしないまま60歳の最後の一日が過ぎようとしている。まるで人生そのもののようだ。

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