墓参り

3月21日、土曜日。

9時半起床。午前中から昼にかけてDAZNで鹿島対札幌のトレーニングマッチを見る。観客がいないとはいえ久しぶりにスタジアムでやるサッカーを見るとやっぱりわくわくする。2本目までで2-4と鹿島が破れたので勝てばもっとよかったのだが。肝心なのは今季初めて鹿島が点を取ったというところ。

何の予定もない土曜日、午後は花を買って墓参りに行く。そのころにはぽつぽつと雨が降り始めていた。線香をあげて、結局のところ自分の願いごとばかりを唱える。

帰宅後ヒマなのでチャートとかのトレードツールをいろいろといじる。夜になって突然、先日の曲に適当な歌詞を書いた。なにしろテキトーなので直しもしないで一発で書いたのだが、一応歌詞があると歌ってみたくなる。というわけで夜中にいきなり歌入れを始めた。歌を入れてみると今度はコーラスも入れてみたくなり……と結局真夜中を過ぎてしまった。明日は夕方に町内会の総会があるだけなので、明日やればいいのだが。なんていうか、歌詞をつけて歌ってみるとそれなりに曲っぽくはなる。

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墜落

3月20日、金曜日。

久々にやってしまった。相場で0がひとつ多い特大の大負け。今のボラティリティの高い相場では当たり前だということが分かっていたはずなのだが、結局ボラティリティにしてやられた。まずポジション量とポジション数が多過ぎた。それとそもそも想定がまったく間違っていた。つまりひたすら逆張りをしていたことになる。どうも最初に利食いのタイミングを見逃して結果的にストップを2連発で食らったあたりから、よくあることだが何をやっても上手くいかなくなってしまった。気がつくとストップ4連発をかまして、一桁多い特大の負けになっていた。まあ以前はこの倍ぐらいの大損をかましたことが何度かあるけれど、8%は負け過ぎ。不思議なことにそのわりにはメンタル面のダメージはそれほどないのだが、それは一日中ずうっとある種の興奮状態にあったからだと思う。結局その後夜まで延々とスキャルピング。焼け石に水だけれど、桁はひとつ下げることが出来た。夜になってふと思ったのは、やっぱり自分は大きなドローダウン(含み損)を抱えるデイトレードは向いていないんじゃないだろうか、ということ。たぶんスキャルピングでちまちまとやる方が合っているのかもしれない。少なくとも複数の通貨のポジションを同時に取るのは向いていない。ともあれ、一日のトレードの回数だけはとんでもない数になった。

そんなわけで、彼岸の中日だというのに墓参りにも行けなかった。今日は終日風が強くて天気もよくなかったけれど。ただひたすら煙草の本数だけが増えた。今もまだ風が窓を揺らす。しかしよく負けたな。これを前向きに捉えるのであれば負けきった。向かいの寺の門前に、「死にきる、生きとげる」という言葉が掲げられているので。

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コウモリを食べた男

3月19日、木曜日。

不思議なことにこのところ、僕と彼女は上手くやってる。昨日はネットで探した山形市のカフェを目指したのだが、行ってみるとそのカフェは存在せず、しょうがないので道の途中にあった中山町のカフェに入ったらこれが大当たり、珈琲が素晴らしく美味しかった。

ここで飲んだのはタンザニアだが、いつも生豆を買っているところのリストを今見たところ、タンザニアはちょっと高い。が、美味しいので買ってみたい。悩ましいところ。

今日は昼食を隣の隣である大石田町の最上川の川沿いにあるはやぶさそばで食べた。今日は日中気温が20度まで上がりまさに春の陽気、蕎麦を食べ終わって駐車場の川べりに座って煙草を一服したが、世界中を席捲しているコロナウイルスとは無縁の、まったくもって平和そのものの光景があった。ちょっと不思議なくらいに平和な世界に思えた。

不思議といえば、今日も日中彼女がいる間にちょっとチャートを見て豪ドル米ドルが下がりそうと思って2万通貨ばかりのショートのポジションを取ったら、ものの10秒ぐらいで1万円以上の利益になってびっくりした。ということは、逆もまたあり得るということだから今の相場は恐ろしい。

で、そのコロナウイルスだが、彼女が中国でコウモリを食べた人がいるの?と僕に訊くので、そんな奴いるわけないだろ、大体コウモリって食べる箇所がないじゃん、みたいに一笑に付した後ツイッターのタイムラインを見たところ、確かにそこそこ信頼できる日本在住のトルコ人アナリストがコウモリを食べた中国人が原因とツイートしていたので、まあ信憑性としては生物兵器説と似たりよったりなのだろうがそういう話は存在するようだ。もしそれが本当だとしら、たった一人のコウモリを食べた人間が全世界を混乱に陥れたということになる。だとしたらキリスト以上の影響力を及ぼした人間ということになり、強いて言えば禁断の林檎を食べたアダム以来の人間ということになる。

それにしても、一体どうすればコウモリを食べるという発想になるのだろうか? もしコウモリからウイルスが伝染したとすれば食べる際に火を十分通してなかった、つまりレアの部分があったということになり……うーん。

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空気感染

3月17日、火曜日。

午前中は母が病院で診察。コロナウイルスのせいで母と会うのは二週間ぶり。もしかして僕を忘れていたらどうしようなどと思ったが、ピアノの調律の話についていけるくらい、思いのほか母はしっかりしていた。蜂窩織炎(ほうかしきえん)は一応治ったということで、あと一週間抗生剤を飲んで治療は終了ということになったが、菌が残っていると再発する可能性もあるということだった。

診察がほとんど待たずに済んだことで、1時過ぎぐらいには帰宅。夕方までトレード。相変わらずボラティリティ高い。途中昼寝を試みるが今日も失敗、全然眠れなかった。今日のトレード方針として極力ナンピンはしないでポジション量を抑えるということと、欲張らないで利食うということを心掛けて、トレード数自体は少なかったものの普通は取り戻すのに何日もかかる昨日の特大のストップで食らった負けを一日で取り戻した。夕方の時点で昨日今日合わせてプラスになったので後は自粛。それでなくても例えばドル円のチャートとか見ていても70ティックのローソク足が数秒で出来るというまるで神経症のような動きで、見ていると目が回ってくるし予測がつかない。正直なところこれだけボラティリティが高いパニック相場は手を出さない方が無難。

そんなわけで夕食後の夜は普段まったくテレビを見ないので、少しでも世の中についていこうとAbemaTVでニュースを見てみた。

まったくもっていまさらなのだが、世の中はこういう空気だったのかと。自分の能天気さにちょっと呆れる。そもそもこの日記に於いてもコロナウイルスの登場回数は極端に少ないはず。実際問題として、自分がこれまでコロナウイルスを見てきたのは相場を通してだけだった。メディアがこれだけ報道しまくり続けると、普通に気が滅入ってくるだろうなと。人々が過敏になるわけがようやく分かったような気が。要するにコロナウイルスというもの、パンデミックというものは空気が感染してしまう(もちろん比喩的な意味だ)のだなということが分かった。今ごろ分かってどうする、という気がしないでもないが。

昨夜から読み始めた本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」、めっちゃ面白い。物凄い分厚い本だがすいすい読み進める。まず本橋の筆致が客観的で誇張や演出がない。それもそのはず、随所に村西本人の口から語られるのだからそもそも脚色のしようがないわけで、この物凄い破天荒な生き方をしてきた男の生き様がノンフィクションとして言葉通りのリアルさで伝わってくる。事実ほど説得力のあるものはないのだから。

ちなみに明日はデート日なので日記はお休み。

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軽挙妄動

3月16日、月曜日。

実際のところ、トレードをやっていると毎日がたらればの世界だ。本日は一敗地に塗れたが、なんのことはない、相変わらずボラティリティが尋常じゃなく高い相場で週明けの午前中なんかにポジションを取るのが悪い。まったくもって軽挙妄動というしかない。で、案の定トイレに行っている間にストップを食らった。今となっては今日の収支的にはそれがすべてな感じがするけれど、例によって夕方持ったショートのポジションを持ちきれず、プラ転したところで微益決済してしまった。そのまま持っていたら100ピップス以上抜けたのに、である。要するにそれまで延々とドローダウンに耐えているとマインド的にどうしてもそうなってしまう。まったくもっていつものことだ。その後スキャルピングでストップを食らった分の半分近くは取り戻したけれど夜は戦意喪失。

なんていうか、今にして思えばまったくもってギャンブルであるところのパチプロ時代の方がたらればということは気にしなかった。ただ単に確率論、大数の法則だけでやっていたから。いわゆるところのドローダウン(含み損)に対する耐性も昔の方がずっとあった気がする。今傍らのチャートを見ても思うのだが、どうなるか分からないという意味では相場の方がずっと分からない。今もVIX指数(ボラティリティインデックス)が70を超えてる。こんなときはやらないに越したことはない。と、いまさらながら思う。

そういえば今日、夕方近くになって雪が降ってきて驚いた。春の雪。今冬はとにかくほとんど雪がなかったのでなおさらびっくり。

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失意、オーガ(ニ)ズム

3月15日、日曜日。

風呂上がり、体力が落ちたなあとつくづく思う。

夕方までかかってデモを作ったのだが、超ラフミックスを彼女に聴かせたらあんまり評判がよくなかった。そもそもオケ作って歌ってみたらキー高かったし。お蔵入りかな。

というわけでデモを限定公開。

正直、コード進行を先に作った曲なのでBメロがちょっと安易だったかな。

阿部和重「オーガ(ニ)ズム」読了。

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Making Up

3月14日、土曜日。

何も予定がなくサッカーのない土日はヒマだ。ヒマの極北だ。というわけで、昼過ぎまではチャート分析をやっていたが、午後から先日の続きで曲の打ち込み。夕方昼寝少々。夜また打ち込み。元々リズムアレンジも出来ていなかったのでアレンジしながら。全体のアレンジが出来ていないのにイントロからやるというのも奇妙な感じだが。風呂に入ったらブラスのアレンジが浮かんだので風呂上がりに打ち込んでみたがなんかパッとしない。サビがいまいちな感じがして、だんだんこれはダサいんではないかと思うようになった。とはいうものの、フルコーラス大枠を打ち込んだのでとにかく仕上げてみる。夜中にちょっといいアイデアが。明日丸一日あるので弦のアレンジはもう一度やり直し。ではでは。

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VIX

3月13日、金曜日。

大荒れの相場が続く今週、今日もVIX(ボラティリティ・インデックス)が馬鹿高い。こういうときは本来何もしない方がいい。しかしながら何もしないというのもこれまたなかなか難しいので、とりあえず日中はいろんな通貨がスプレッドも広がる中、比較的小動きに終始した豪ドル米ドルでちまちまとプラスを稼ぐ。で、夕方前には終了。一応このリーマンショック以来の大暴落相場の一週間を4勝1敗で終えたのはラッキーというしかない。今日もダウ先物が上がり過ぎてサーキットブレーカー発動と、訳の分からない相場だった。

今日も昼寝に失敗。トレードを辞めた夕方以降はヒマを持て余す。夕食後は珈琲の生豆を煎りながらしばらくYouTubeの動画を見ていた。という具合に、振り返ってみればなんということのない一日だった。

それにしてもコロナウイルス禍が世界中に広がってしまい、Jリーグはもちろん世界の主要なサッカーのリーグ戦はすべて延期になってしまい、ここまで試合がないとサッカーそのものに対する興味すら次第に薄れてくる気がする。まったく、酷い世の中になったものだ。

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晩餐

3月12日、木曜日。

たまには日記を簡略化したい。今日も無茶苦茶な相場になった。昨日の損の4分の3ほどを取り戻したところで後は静観。っていうか、特に夜になってからは株が大暴落なのにドル円が爆上げするという訳の分からなさ。

午後彼女がやって来た。コロナウイルス騒動で仕事が上手くいっていない彼女は機嫌がよろしくなく最初はちょっと危うい感じだったが、なんとか次第に丸く収まり、二人で隣町のレストランに行って一緒に夕飯を食べた。久しぶりにまともなものを食べた感。彼女は夜に実家に帰った。

というわけで、本日の教訓。触らぬ神に祟りなし。

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痛恨事

3月11日、水曜日。

震災から9年。一言で9年と言っても実にピンと来ない。それがどれぐらいの時間なのか、どうにもぼんやりとしている。もちろん、あの日のあの時間のことは今でも鮮明に覚えているが、そこから今に至るまでの9年間という、ある意味膨大な時間が自分にとってあまりリアルじゃない。もちろん、その後の数年はあまりにもドラスティックなことがいろいろと起きたが、今ではもう具体的に羅列して書きたくない。いまさら悲惨なことを書き連ねたくない。そしてここ数年、たぶんこの5・6年、僕はただぼんやりと過ごしてしまった。一応それなりに毎日必死に生きているのだが。

今日も午前中からトレードしたが、正直なところ、VIX指数(ボラティリティインデックス、恐怖指数)が50を超えるようなボラティリティの高いときは、トレードなんかしない方がいいのだ。頭ではそれが分かっているものの、なかなかそれが出来ない。下手に4連敗の後5連勝とかしていることもあって。そのツケが今日来た。一応注意深くちまちまとトレードしてわずかばかりのプラスになった時点でもう今日はいいかなと思った。実際、昼食後に物凄く眠くなったので、3時過ぎになって一段落ついたところで昼寝しようとしたのだ。ところが、珈琲を飲んだせいなのかなんなのか、いざ昼寝をしようとするとまったく眠くなかった。2・30分ベッドに横になって寝ようとしたのだが眠れなかった。結局はこれが致命傷みたいになった。起き上がってまたトレードを再開してしまったから。で、恐らくたぶん油断していたのだろう、4時ジャストにユーロドルの日中高値を本当の天井でロングしてしまった。そしてまるで僕がポジションを取ったのを合図にするようにユーロは大きく下落を始めた。15ピップスほど下落したところでポジションをひとつ追加、つまりナンピンしたがそれ以上のポジションは持たなかった。2つのポジションのストップを揃えて、とにかく様子を見ることにした。で、どうなったかというと今のボラティリティでは当たり前のように50ピップスのストップを食らってしまった。今考えるとこのストップが収支には一番大きかったのだが、そこまで大きな精神的なダメージはなかった。もちろん実際のところはもっと早く切るべきだったが。気を取り直してドル円のロングポジションを取った。買い上がったり買い下がったりして、先ほどのユーロの倍のポジションを持った。怖かった。それなりのドローダウンに耐えてようやく上がってきてポジションはプラスに転じた。だがまだ怖かった。なので上昇が止まったように見えたところで利食ってしまった。これが5時46分。後で気づいたのだが15分足が始まったばかりだった。僕が決済して1分も経たないうちにドル円は噴き上がり、ものの5・6分で20ピップスも上がった。これが本日最大の痛恨事だった。物凄く悔しかった。あと2・3分待てば先ほどのストップを食らった分を補って本日の収支がプラスに転じていたのだ。これが何よりも悔しかった。ストップを食らったことよりもずっとずっと悔しかった。あまりにも悔しくて、その感情はその後2時間ばかり消えなかった。気分を静めるために夕食後に珈琲の生豆を煎ったが、それでもなかなか自分の感情は治まりがつかなかった。

結局その後どうしたかというとトレードを再開した。で、ドル円ロングを押し込まれてまた損切りした。ところが、不思議なことに気分的にはこれでちょっと楽になった。なんていうか、先ほどまで拘泥していた感情からようやく解放された気がした。いずれにせよボラティリティというものは恐ろしい。ストップを食らったユーロドルもその後それなりのところまでは戻ったのだけれど、如何せん押しがあまりにも深くてどうしようもなかった。デイトレードで100ピップスのドローダウンには耐えられない。まあ本日の収穫といえば、今日のマイナスが昨日のプラスよりも少なくて済んだということか。それは本当にありがたいことだと思う。それにしても、いつまでこんな相場が続くのだろうか。本来は相場が落ち着くまでしばらく休んだ方がいいのだろうが、それが一番難しい。

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