疲労コンパイラ

3月22日、火曜日。

どういう加減か分からないけれど、朝から異様に疲れている。で、夕方まで眠気に悩まされた。午前中は台所のテーブルに突っ伏してうとうとしたんだけれど、眠気が治まるどころかかえって酷くなりずうっとあくびを連発。それよりなにより、全身が乳酸の塊のようで困憊しきっている。重力が3倍ぐらいになった感じというか、生きているだけで疲れる。

なんとかかんとか午後になって母のところに面会に行くも、僕自身の調子が悪過ぎた。基本的に季節の変わり目に体調を崩す傾向があるのでそれだろうか。夕飯を食べるころになってようやく眠気は治まったものの、これを書いている今に至るまで全身の疲労は取れず。もうボロボロ。

そんなわけなので相場も気合いが入らずほとんど手をつけず、本日届いた5枚の映画のDVDも全部リッピングをしたものの1本も見る元気はない。なんでこんなに疲れているんだろうか。疲れることなど何もしていないのに。身体に来ると精神的にもうつ傾向になり、夕方辺りが一番不安定だった。過緊張っぽくて手が痺れる。そういえば昨日もリアルタイムに頬がこけていく感覚があったので、このところ抑うつ状態が続いているんだと思う。

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中途半端

3月21日、月曜日。

ゴミ当番なのでアラームをかけて8時に起きた。なので、もしかしたら今日は夢を見ないかもと思っていたのだがやっぱり夢を見た。真面目な話、夢を見ない日が一日たりともない。

ゴミ当番といっても回収車が回った後に回収されなかったゴミがあるかどうか、箒を持って確認しに行くだけである。だから何もすることはない。回収されなかったゴミがあったのは一度だけ。今日も何事もなくゴミ置き場から歩いて戻る途中、近所の人に声をかけられて少し立ち話をした。

最近ずっと起きるのが遅かったのでたまに早起きするとやっぱり眠い。少々相場のポジションを取るもあまりピンと来ず、久しぶりに業務に行ってみる。が、一時間ほどでそこそこ結果が出たのでもう帰宅。そもそも今日が3連休の最終日だというのがどうもまったくピンと来ない。帰宅後の午後、コタツで昼寝を試みるが最近昼寝が下手というか気持ちよく眠れない。

それ以外は基本的に相場をやっていたのだが、今日も抜け方が下手過ぎて上手く行かず、だんだん訳が分からなくなってくる。というか、今日は難しい相場だった。なんとかマイナスにならないでは済んだ、という程度。

そんなわけだから今日は何をやってもどうにも中途半端な一日だった。早起きした分煙草が増えた。何かと前向きには程遠い精神状態だなー。

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お彼岸

3月20日、日曜日。

延々と終わらない夢を見て、起きたら11時でびっくりした。

今日はお彼岸の中日で、弟夫婦は予定より遅れて3時ごろにやってきた。三人で寺に墓参りに行って、その足で母のところに面会に行った。このところ足のむくみ以外は凄く調子がよかった母だが今日は少しぼんやりしていて覚束なく、日記を書かせてみたら字が無茶苦茶だったので調子が悪かったのかもしれない。弟夫婦は僕を家まで送ってそのまま仙台に帰っていった。

今日はツイッターでなんやかや呟いているうちに昔のことをあれこれと思い出した。昔担当していた当時の新人アーティストや、デビューさせようとして出来なかった子のことなど。

で、CDのデータベースであるDiscogsに自分の名前を発見

久々にいろんな人のことを思い出したけれど、もうかれこれ20年以上前のことなのだがそんなに昔のことのように思えないのが不思議。昨日からYouTubeで自分の昔の音源を聴き直してみたり、ちょっと懐古的になってる。

明日はゴミ当番なので早起きせねば。だが困ったことに眠くない。まあ11時まで寝ちゃったからな……。

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春眠

3月19日、土曜日。

すっかり春めいたこのごろ、春眠暁を覚えずというが本当だなー。何度寝したか分からず、10時近くに起きる。それもようやっとという感じだった。それもそのはず、朝から全身が物凄く疲れていた。全身これ乳酸という感じで疲労困憊の体。昨日はさして身体を動かしたわけではなく、トレードの失敗から来る心労だと思うが、それでこんなに身体に来るとはびっくり。

家の裏手から朝からずっと大工仕事の音が聞こえてきて、うちの脇の私道には車が何台も停まっていた。奥のトイレの窓を開けてみると裏の家でどうやら台所の改装をしているようだった。

昼頃思いついて台所の片付けを始めた。台所の勝手口のドアを開けっ放しでも大丈夫なくらい今日も暖かかった。一通り身体を動かしてようやっと朝からの疲労が少し抜けた。

午後からはサッカー漬け。まずは鹿島対FC東京、2-0。金崎が2ゴール。ゴールだけじゃなくて、金崎はあらゆる局面でぐいぐいと押し通す強さがある。日本人には珍しいタイプ。

夜は磐田対福岡、2-2。磐田のジェイが2ゴール。

で、今はこれを書きながらBSでクリスタルパレス対レスターの試合を見ている。岡崎は今日も先発。今ハーフタイムだが前半マレズのゴールでレスターがリード。NHKがレスターの試合を生中継するのは珍しいので、こういうときに岡崎にゴールを決めて欲しいのだが。

後半が始まったので今日はこの辺で。明日は仙台から弟が来る予定。

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対岸の彼女

3月18日、金曜日。

ドアチャイムの音で9時ごろ目が覚める。それはシカトしたものの、のちほど階下に降りてみると、どうやら裏の人がゴミ当番の箒を置いていったようだった。

朝食後眠気が取れないので少し昼寝しようとソファで毛布を被ったのだが、目が覚めてみると1時を過ぎており2時間以上寝てしまった。まずこれが誤算。

今日も暖かい日だった。午後、縁側の籐椅子で読書。

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というわけで角田光代「対岸の彼女」読了。

結局のところ、「八日目の蝉」「紙の月」と読んできてどちらも非常に面白かったので、直木賞受賞作ということで期待しすぎたのかもしれない。決してつまらないというわけではないのだが、今回はすっと腑に落ちるところがなかったというか、カタルシスを得られなかった。しかしながら、手元には図書館から借りてきた「ツリーハウス」があるので、自動的に角田光代四冊目に突入。

今日は相場で大失敗。それで今もくよくよと悔やむ反省モードになっている。利食いのタイミングを逃して反転しストップを食らうということを2回繰り返し、よせばいいのにその後訳分からずポジションを取り続けて傷口を広げてしまった。もうすっかり今日が週末であることも、週明けの月曜日が祝日であることも忘れていた。それにしても相変わらず利食いが下手過ぎて頭が痛い。こういう典型的な負けパターンに陥ると、一日の損失限度額というルールも守れないし、よく分からないときはポジションを取らないというルールも守れない。要するに自分をコントロールできない。夜も更けてからようやくチャートを閉じて、くどくどと考える。反省することしきり。すっかり混乱して訳が分からなくなってしまったというのが正直なところ。

しかし、午前中2時間以上昼寝してしまったので、こんな時間なのにまったく眠くない。困ったものだ。

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春来たりぬ

spring

3月17日、木曜日。

朝起きて、朝食後に玄関を開けてみたら外が暖かくてびっくりした。もうすっかり春到来という感じ。実際、南向きの縁側は暑いくらいだったし、書斎は夕方の4時ごろで暖房を入れなくても室温が20度あった。

午前中は相場がよく分からなかったので久々に業務に行ってみるが自分も店もやる気なし、すぐに帰ってきた。あからさまに客が激減していて、あの調子では遠からず閉店に追い込まれるのではないだろうか。まあ身から出た錆だが。

天気もいいし暖かいので、今日は母のところに歩いて行ってきた。母は相変わらず物凄く普通だ。しかしながら左足のむくみは特に膝から下、足首の辺りがかなり酷くなっている。

帰りがけ、途中にある牛肉専門店で肉を200gばかり買って帰る。それで夕食に食べたら、食べ過ぎで苦しくなった。たかが肉200gで食べ過ぎに感じるとは、いかに普段自炊していて粗食であるかを物語っているようだ。そのせいか夜の8時過ぎから暴力的な眠気に襲われる。ちょうどその直前にノートパソコンが完全に固まって強制的に電源を落として立ち上げ直したものの、物凄く動作が重くなった。これはいよいよダメで買い替えかなと眠気と闘いながら価格コムで新しいノートパソコンを物色していたのだった。

で、ふと相場のチャートを見ると要因はよく分からないが突如ドル円が1円近く噴き上げていてびっくり。たまたま物凄く眠くなっていて難を逃れたけれど、今日は下落相場、もしポジションを持っていたら間違いなくやられていた。運がいいというか、今日のところは眠気に助けられた。

その後珈琲を飲んで顔を洗ってようやく眠気が少々収まってきた。で、なんとなく全然弾いていなかったムーンのストラトを持ってきて久しぶりに弾いてみた。

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このところほとんど楽器を触ってなくて、ギターを弾くこと自体が久しぶり。それにこのムーンのストラトはネックが反っていて弦が浮いているのでもうダメかなと思っていたのだった。ところが弾いてみると案外とよい。何も繋がないで素のまま弾いてみても音の伸びがいいのが分かる。意外とまだ使えるかも、と思った。それに随分久々にギターを弾いたわりには案外と弾ける。これは毎日真面目に練習したらそこそこまた弾けるんではないかなと思う。だが一番難しいのはその、毎日練習するということなのだった。

今日は午後に来週試合があるサッカー日本代表のメンバー発表があった。目新しいところは久々にハーフナー・マイクが入ったぐらい。これまでは代表の試合ではいいところのなかったハーフナーだが、ハリルホジッチ体制になって上手く使えるだろうか。これはこれで楽しみではある。

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プレッシャー

3月16日、水曜日。

朝方、外から町の広報車のアナウンスの声が聞こえて目が覚める。その直後に7時の寺の鐘が聞こえたところをみると7時前、そんなに早く広報車ががなりたてることは考えられないのであれは夢だったのだろうか。

ともあれ二度寝したものの、このところ朝起きられないのが気になっていたこともあるのか、今朝は8時半ごろに起きた。結果的にはそれが功を奏して寄り付き直後に取ったポジションを夜まで保持することになったのだが、途中からストップを同値に置いていた(つまり最悪でも損はしない)にも関わらず次第に物凄いプレッシャーを感じてしまう。それで、少しだけ早起きして眠かったこともあるが昼食後の午後、あまりのプレッシャーに相場のチャートを見ているのが辛くなってソファで少し寝る。しかしそれも悪夢にうなされたようになった。なんでこんなにメンタルが弱いのだろう。不思議なことに、含み損を抱えて耐えることの方がまだ楽なような気がしてしまう。結局、一日持ち続けたポジションは夜の指標の直前に決済、無難といえば無難。いずれにせよ、ここ最近のメンタルの弱さを今日は露呈というか、思い知らされた格好。

今思い返しても今日はなんであんなにプレッシャーを感じたのかよく分からない。

ようやっと相場のポジションを持ち続けるストレスから解放されて、夜遅くなってから吉田大八監督の映画版「紙の月」を見た。何しろ原作があまりにも面白かったので、いろいろと気になる。

確かに映画という時間の制約がある中で原作のリアリティを完璧に再現するのは難しいだろう。監督は主人公の横領をある種の必然として描きたかったのかもしれない。でも原作を読んで得られるカタルシスはそこじゃないんだな。もちろん映画というのはアクションやシーンの積み重ねで表現しなければならないから、ある程度は仕方ないのだが……。

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起きられない

3月15日、火曜日。

伴侶というかパートナーというか、女性と出会うのをじりじりと待つといういささか情けない夢を見て起きたのはやはり10時近かった。それまで意に反して早起きしていたのに、どうも先週末以来一転して朝起きられなくなっている。結局昨夜も寝酒を飲んでしまったんだけど、量を控えたら朝酷い頭痛に見舞われずに済んだ。やはり昨日までの頭痛は酒が原因のようだ。

朝食を食べながらツイッターのタイムラインをさかのぼると、レスターの岡崎が絵に描いたような物の見事なオーバーヘッドキックで決勝点を挙げていた。素晴らしい。今日は何度このゴールの動画を見たか分からない。レスター、ホントにこのまま優勝しちゃうんじゃないか。

昼から基本的に終日相場。今日は昼に日銀の政策決定会合があり比較的分かりやすい相場だったのだが、このところのビビり癖でちびってしまう。

昼食は久しぶりに地元名物の蕎麦が食べたくなり、1時過ぎに蕎麦屋へ。

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久しぶりの冷たい肉そば。たぶん今年初めてだと思う。

蕎麦屋から帰宅後、一服してから母のところに面会に。今日も母の手を引いて歩かせた。しばらくするとまた母が歩きたいと言って、都合二回。母の手を引いて誰もいないホールを回っていると、そんなに寒い日ではなかったと思うのだがちらほらと窓外に雪が舞っていた。

帰宅後また相場も、何を考えたか逆張りをしてしまい損切りを連発、これで本日はすっかり調子が狂ってしまった。その後夜までちびちびと少しずつ取り戻すものの、結局本日はトータルマイナスに。どうも今日はリズムが悪いというか、抜けるタイミングが悪かった。いまだ待ちきれない。ちびることを繰り返していると、損小利大ならぬ損大利小になってしまう。何故か知らないけれどこのところちびってばかりで、自分でリズムを崩している感。朝起きられなくなったのも余裕がない一因かもしれない。

しょうがないから朝アラームをかけて起きるか。どうにも気が進まないが……。

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頭痛と引きこもり

3月14日、月曜日。

今日の日記にはあまり書くことがない。何しろ、一歩も外に出ていない。かといって何をやったというわけでもなく、折を見てはびびりながらちょびちょびと相場をやっただけの一日。

というのも、今日もまた朝からがんがんに頭が痛かったからなのだった。10時ごろに起きたのだけれど、とにかく頭が痛くてかなわない。なんか毎朝頭痛薬のアドヴィルを飲んでる。思うに、少なくとも今朝の頭痛に関しては昨夜寝酒の梅酒をひと口二口余計に飲み過ぎたせいだと思う。つまり、軽い二日酔いというわけだ。どっちにしても大した量を飲んでるわけじゃないけれど、なにせそもそもがまったくの下戸なのだからしょうがない。頭いてーとか言ってると11時ごろにガス代の集金のおばさんがやってきて、昼近いのにパジャマにナイトガウンを羽織った姿で玄関に出たので少々恥ずかしかった。

まあそんなわけだから今日も気勢が上がらず、日がな冴えない一日。このところ毎日、暖房を入れ続けると暑いがかといって暖房を入れないとちょっと寒いという日が続いているが、今日はちょっと寒かったような気がする。前述のように一歩も家を出なかったので定かではないんだけど。夕方、家に引き籠ってうだうだばかりしているのもなんだなと思って散歩にでも出ようかとも思ったのだけれど、空はどんよりと曇って寒そうだったのでやめた。

そんな感じでうだつの上がらない、どんよりとした月曜日になった。昼頃に気がつくと台所のテーブルに突っ伏して少しうとうとしてしまったし、夕食後の夜も猛烈な眠気に襲われた。相場はそういった眠気が収まったときにちびちびとやっただけなのだが、結果的には塵も積もればなんとやらにはなった。まだちょっと迷いがある。

そういえば午後にサッカーのU-23日本代表のポルトガル遠征のメンバー発表があって、ようやっと関根と鎌田が選ばれた。それよりもむしろ、オナイウが外れたことにほっとする。今回初めて選ばれたファン・ウェルメスケルケン・際はとにかく名前が長くて覚えられない。

しかし、ちょっとは外に出ないと精神衛生上よろしくないなあと思ふ。

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ばっくれて、後

3月13日、日曜日。

バイオリズムという言葉を聞かなくなって久しい。人の気分は、少なくとも僕の気分は相場の波動のように上がったり下がったりする。昨日上がったテンションは早くも今日になって下がった。我ながら浮き沈みが激しい。

今日は午後の1時半に近所の人の葬式の予定が入っていた。基本的に、この界隈では面識のない人でも町内会の人が亡くなったときは3000円の香典を持って行く習わしになっている。そんなわけなので、昨夜のうちに香典袋を用意して台所のテーブルに置いておいた。

昨夜寝たのは3時半近く、今朝も渾身の二度寝をして起きたのは10時過ぎ。ところが朝からがんがんに頭が痛い。寝過ぎなわけではないと思うが。イブプロフェン200mgのアドヴィルを飲んでもなかなか頭痛は治まらない。それでなくても起きた時間が時間だから、朝食後うだうだしていると昼、納豆で軽い昼食を食べているともう葬式の時間が近づいている。煙草を一服していると1時を回り、慌てて二階から喪服を持ってきて着替える。まだ頭痛は治まっていない。

斎場に着き、受付で名前を書いて香典を渡し、席に座った。95歳だか96歳だかで亡くなった近所の爺さん、祭壇上の花が少なくて何やら寂しい。隣のおっさんが足を開いて座っていてうざい。それと頭痛もあって、座った途端に嫌になった。これは我慢できないなと。それで携帯を取り出して電話が入った振りをして会場を出て、受付に慌ただしく「すみません、失礼します」と頭を下げて逃げ出したのだった。

もしあの隣のおっさんがあんな風に足を広げてなかったら、もっと普通のつつましやかな人だったら。もうちょっと我慢できたかもしれない。もうものの5分もすれば葬儀は始まるところで、始まったらさすがに途中退席はできなかっただろう。だがとにかく僕は逃げ出したのだった。

家に着くなり早速着替えて煙草を一服した。それからアドヴィルをもう1錠飲んだ。まったく憂鬱な気分だ。まるで見知らぬ人であるとはいえ、葬式をばっくれたというのは罪悪感がある。例の、学校をさぼったときの感覚にちょっと似ている。いやそれよりももっと礼を失したというか、神聖なものを汚したような嫌な感じ、それと同時にこれでまた地域コミュニティから浮いてしまうのではないかという不安。

ともあれ、ばっくれてしまったものはしょうがない。アドヴィルが効いて頭痛が少し治まるのを待って、母のところに面会に行った。母に葬式を香典だけ渡して帰ってしまったことを話すと、「いいんだー、別にそれで」という。まあ考えてみれば実家に戻ってすぐの3年前、近所の人の葬儀に所用があって出れないと嘘をつき、向かいの人に香典を頼んだこともあったのだった。それに比べれば今回は受付までして自分で香典を渡してきたのだからまだ良心的と言えないこともない。比較論で言えば。だが嫌な感じはなかなか拭えない。

罪悪感とはなんだろうか。罪悪感から「感」を取ると「罪悪」、なんか大変なことのように見える。つまりはそれがからくりではないか。実際以上に考えてしまうこと、それが罪悪感なのではないか。まあだったらいいのだけれど。いや、これは気分の問題なのだからあんまりよくない。

ともあれ、母の左足はさらにむくみが酷くなったように見えた。太腿はパンパンに膨れ上がっている。今日も母を歩かせた。母の手を引いて隣のホールを一周二周する。ところが今日の母は、僕が帰ろうとするとまた歩こうかと言うのである。それでまた手を引いて歩かせると疲れたと言うので部屋に戻す。それでまた僕が帰ろうとするとまた歩こうと言う。都合3回歩かせた。今日の母は僕に帰って欲しくなかったのかもしれない。結局今日はいつもより長く、1時間半ほど特養にいた。

特養の帰りにその足で図書館に行って「紙の月」を返却し、また角田光代の禁断症状を起こすのではないかという気がして、昨日本屋で買った「対岸の彼女」を読み始めたばかりだというのに同じ作者の「ツリーハウス」を借りてしまった。

夜、「対岸の彼女」を読んでいて、いくらマイブームだとはいえ、同じ作家を三作続けて読んでいるのにさすがに疲れてきた。だがテーブルの上には今日借りてきた4冊目が置いてある。

葬式から逃げ出した罪悪感はいつの間にか忘れてしまったのだけれど、どうにも気分は冴えない。今日のところは下降線。昨夜寝床の中で「紙の月」を読んで高揚した気分でまた自分でも小説を書こうと思ったのだけれど、一夜明けてみるとどうにも書ける気がしない。それどころか、以前もこの日記に書いたと思うけれど、自分のボキャブラリーがあまりにも貧困であるように思えて鬱屈してしまう。気がつくと昔に比べて自分の文体も変わってしまった、つまりつまらない方に変わってしまった気がするし、まるで自分が言葉というものを失った気がするのだった。それは同じ本を読んだ人の感想ブログを読んでも如実に実感し、自分の語彙がいかに貧弱で、他の人の言葉はいかに豊穣なのかと痛感してしまうのだった。

大体に於いて、今日の僕の行動を「ばっくれた」という言葉の使い方自体、果たして合っているのだろうか?

そんなわけだから本日はすっかり意気消沈してしまった。まあ簡単に言ってしまえば本日のところは朝の頭痛から始まって、葬式から逃げ出した罪悪感を経由し、気がつくといつの間にかすっかり自信を喪失してしまっていたのだった。一言でいえば自分に失望している。

まあだがそれもバイオリズムならぬ相場の波動と同じで、何かの拍子でいつか持ち上がるのかもしれないのだが。それはいつのことだろうか。

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