お陀仏

12月26日、土曜日。

10時起床。ロヒプノールを飲んで寝るときっちり8時間で目が覚める。8時間眠れるといったらいいのか、それとも8時間で目が覚めるといったらいいのか。

今日の予報は雪、朝起きたら雪景色というのを半分覚悟していたが、起きてみると外は晴れ渡っていてどこにも雪はなかった。ただし、玄関を開けてみるとちらほらと雪が舞い降りてはいた。夕方近くなってにわかに空がかき曇り、雨が降ってきた。そのうち土砂降りに。明日は天気予報によるとこの界隈の最高気温はなんと1度、日中のほとんどが氷点下らしいから、雨は夜のうちに雪に変わるということだろう。

それはともかく、8時間寝たというのに朝食後も眠気が残っているしそれどころか頭痛がして気分が悪い。どうも昨夜の梅酒がまだ残っているような感じだ。大した量を飲んでいるわけじゃなく、コップに数センチぐらいしか飲んでいないのだが、それでもどうやら二日酔いらしい。我ながら驚くべき下戸である。

一応頭痛薬のアドヴィルを飲んだものの、あくびを連発するし胃がむかむかするしで、しょうがないので書斎のソファで毛布を被り昼寝、結局午後の2時ごろまで寝てしまった。もうなんていうか生活のリズムがぐしゃぐしゃである。これだけ昼寝するとさすがに眠気は取れたものの、まだ胃のむかつきは治まらず二日酔いの残滓が。

そうこうしているうちに台所のテーブルに置いてあるノートPCの調子がおかしくなった。ブラウザのFirefoxがやたらと固まる。というか、ブラウザだけではなくPCそのものが固まってしまい、何度も強制終了して立ち上げ直すが挙動があまりにも重くてどうにもならない。よくあるパターンとしては更新プログラムをバックグラウンドでダウンロードしていたりすると稀にこんな風になることがあるが、それにしてもあんまりだ。何度立ち上げ直しても悪化する一方なので、設定の復元から以前のビルドに戻した。すると、一度は復活したかに思えた。

夕方土砂降りの雨の中図書館に読み終わった本を2冊返却に行き、ついでに佐藤正午「アンダーリポート」を借りた。帰宅後レトルトのスパゲッティで夕飯を済ませ、母のところに行って8時過ぎに帰宅。

すると、またノートPCが物凄く重くなっていた。マウスをちょっと動かしてもひとつの挙動に数分もかかる。ほぼ固まっている状態。これはもうWindowsがどうのこうのではなくて、ノートPCそのものが限界に来ているのではと思った。まだ買ってから3年も経っていないのだが。もとより不良セクタが1個あって動作が不安定なところがあったし、スペック的にも遅いのでそろそろ買い替えどきかと価格コムで新しいノートを物色。

それで、どうやらこれにしようと決めるころになって不思議なことにノートPCが安定してきた。もはやお陀仏かと思っていたのに。日中から夜にかけてのやたらと重くなって不安定だった挙動は一体なんだったのだろう。まったくよく分からない。このまま直ってくれればそれに越したことはないのだが、今日のように突然動作が不安定になると、相場で決済するときなどに固まると非常に困る。いずれにせよ近々新しいものに買い替えた方が安心かもと思う。

今日はフェイスブックの後輩の書き込みでジノ・ヴァネリが公式ソングブックのダウンロードを提供していることが判明。30曲の詳細なスコアになっていて感動。で、何曲かプリントアウトしてみると、どうも昔コピーしたときとキーが違うような気がする。それで改めてアルバムを聴き直してみると、”Appaloosa” と”Brother to Brother” はやっぱりアルバムの方が半音キーが高かった。今回公開したスコアはライブバージョンなので、恐らくライブでは曲によってキーを半音下げているんだと思う。しかし、こうしてみると改めて難しいテンションのコード進行が多いなあと思う。これではコピーするのに苦労する。

土砂降りだった雨の音がすっかり静かになっている。明け方に雪になるのだろうか。

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ネムリマス

12月25日、金曜日。

moon
クリスマスの満月。

山形の実家に戻って3年目、雪のないクリスマスは初めてだ。もっとも、夜に母のところからの帰り道、ちらちらと雪が舞い降りてきたけれど。明日からは雪の予報。今は雪かきする体力に自信がないので、一度にどかっと降るのだけは勘弁してほしい。

それはそうと、相変わらずだけれどとにかく眠い。確かに今日は睡眠時間が1時間足りなかった。午前中、あんまり眠いので昼を挟んで2時間半ソファで寝てしまった。で、夢を見る。不条理な夢であっても今は夢の方が心地よい。

午後からはちょっと業務。そんなわけだから煙草のストックがどんどん溜まっていく。帰り道、図書館に寄って星野智幸「俺俺」とエルモア・レナード「キルショット」の2冊を借りてくる。

最近の悩みはとにかく夕食後に猛烈に眠くなることだ。今日も餃子で夕飯を済ませてから母のところに行ったのだが、眠くてぐらぐらになって困った。なんで毎日毎日こんなに眠いのだろうか。もしかして冬眠本能なのか? 最近は日中眠くなったらためらわずに寝てしまっているのだけれど、夜のまだ早い時間だととさすがにそこで寝てしまうと生活のリズムが出鱈目になってしまうのでそれも出来ない。

花村萬月「ロック・オブ・モーゼス」読了。

なんていうか、書きたい気持ちは分からないでもないのだけれど、僕の中にはいまだに「自分は音楽のプロである」という妙な矜持が残っていて、音楽やミュージシャンに関する薀蓄を垂れられるとことごとく噴飯ものに感じてしまうのである。「笑止」みたいな。

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メリー? クリスマス

12月24日、木曜日。

10時前に起きて、夕方まで業務。

クリスマスなんて糞食らえ、俺には関係ない……などと思っている時点で既にクリスマスを意識しているということなのである。その証拠に、母のところから帰り際にスーパーに寄ってフライドチキンなんぞを買ってきたのだった。ところが帰宅して夕飯に食するとこれが不味いし脂こくて食べたら胃がむかむかして太田胃散を飲む羽目になった。

いずれにせよ、クリスマスやらなんやらという日は、すべからくいかに自分が孤独かを確認する日である。問答無用で休暇になる欧米ならともかく、どっちにしてもクリスマスにいい大人が何をするというわけでもないと思うのだが、なんだかんだ意識してしまうのは世の中がそれぐらい浮かれているからだ。これが子供やその親なら分かるのだけれど、そうでもない人たちまで浮かれてはしゃいでいるのは一体何故なのか皆目分からないが、要するになんでもいいから浮かれる材料を求めているということなのか。

夜、最初はセルジオ・レオーネ監督「ウエスタン」を見始めたのだがこれがあまりにもカメラワークと間の取り方が悪くて辛抱ならず、珈琲の豆を煎りながらNHKでやっていたドラマ「ビューティフル・スロー・ライフ」をながら見した。北村一輝がいい人に見えて感心する。どこかで見たタッチだなと思ったら、先日見た映画「大停電の夜に」の源孝志演出・脚本だった。

それからスティーブン・チョボスキー監督「ウォールフラワー」を見始める。これはまあアメリカの高校生の話だけれど、映画の中で友達同士でクリスマスプレゼントを交換し合う場面があって、ああなるほどクリスマスってこういうことなのかと妙に得心する。面白い映画だけれどこのまま見続けるとまた夜更かしになるので続きは明日。

考えてみれば先日弟の嫁にクリスマスプレゼント(ネックウォーマー)をもらったし、去年も冬用のスリッパをもらった。要するに僕の場合はクリスマスプレゼントをあげる相手がいない、ということなのか。

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気絶癖と袋小路

12月23日、水曜日。

どうしても眠気に負ける。暖房を入れると眠くなる。もちろん、寒くて暖房なしではとてもいられない。

そんなわけで午後、書斎のソファで本を読んでいたのだが眠くてどうしようもなくなり、またしても気絶。毎日昼寝ばかりになってきた。昨夜3時近くに寝たのに9時前に起きたせいもあるのだろうか。やっぱり睡眠薬レンドルミンだと睡眠時間足りないか。かといってロヒプノールにすると日中頭が重くなる傾向にあるし。

いずれにしても相変わらず特に日中の煮詰まり方が酷く、このところは抑うつ状態なのだと思う。しかし前述のようにただでさえ眠気に悩んでいるのだから安定剤を飲む気にもなれない。

まず第一にやる気がない。今日手帳に書いていた予定は風呂掃除だけなのだけれど、結局出来なかった。とはいうものの、何もしないのも辛い。どうにも袋小路のようなところに入り込んでいる。

夜はアマゾンのプライムビデオでジョエル・コーエン監督の「ファーゴ」(映画の方)を見直した。こうしてみると、先日見たドラマ版はかなりよく出来ていたと思う。

昼夜逆転しているわけではないけれど、日中眠くて深夜に眠くなくなる。これではどうにもなりまへん。かといって本当に昼夜を逆転させる気もない。大体に於いて、山形の片田舎で一人暮らしをしていて昼夜逆の生活をするのはそもそも無理。

明日はクリスマスイブか。数年前の日記に書いた文言をもう一度。

すべてのクリスマスソングに呪詛を!

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沈殿とそれに伴う困惑

12月22日、火曜日。

弟夫婦が来る夢を見た。目が覚めて時計を見ると4時半だった。朝ではなくて、夕方の話である。午後、毎度のことながら煮詰まり、たぶんそれは最初は眠気であり台所のテーブルに突っ伏して2・30分ほどうとうとしてしまったのだが、そこで目が覚めて自分がどうにもこうにもならないところまで煮詰まりきっていることに気づいたのだった。沼の底の泥の奥深くまで沈殿してしまったような気分だった。もうこれ以上底はないようにすら思えた。そこで書斎に行ってソファで毛布を被り、昼寝を決め込んだのである。台所でうとうとしたので眠気は取れていたのだけれど、もはや僕には眠ることしか残されていないような気がした。そして僕は沈殿するように眠り、夢を見た。

今考えてみれば、そこが今日の僕の底だった。そこがもし底でなければ、僕は果てしなく眠り続けたかもしれない。そこから僕はなんとかかんとか浮上らしきものはしたのだけれど、いまだになんだかピンと来ない。何かどこか嘘臭いような、そんな気がするのである。

暗くなるまで昼寝してしまったので何も作る気がおきず、夕飯はまた寿司の出前を取ってしまった。今月二度目の贅沢。またしても寿司屋の牛丼。

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夜になって気分転換のつもりで相場のポジションを取ったら裏目、結局損切りする羽目に。どうにも何をやっても上手く行かないような気がするし、自分が何をするべきなのか皆目見当がつかない。こんな調子で明日は天皇誕生日で休日、ちと呆然とするなり。今夜もまた梅酒をちびちびやって酔っ払うしかないか。

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呪文

12月21日、月曜日。

寒かった。雪こそ降らなかったけれど。そろそろ電気敷布を使う頃合かな……。今日からヒートテックのズボン。

今週は欧米がクリスマス休暇で相場がスカスカ。なのでほぼ様子見。昼を挟んで少々業務。とりあえず年明けまでの煙草は確保。

寒いせいなのかなんなのか、相変わらず間欠的に睡魔に襲われて参る。特に夕食後は眠くて。そのくせ床に就く深夜になると眠くなくなるのだからほとほと困り果てる。今日はカフェインの過剰摂取による中毒死というぞっとしないニュースがあった。国内では初だがアメリカでは何件かあるらしい。考えてみれば昔はスタジオで一日に10杯ぐらい珈琲を飲んでいた。まあもちろん致死量のカフェインというのはもっととんでもない量なのだろうけど。

今日の母は口数が極端に少なく、ほとんど喋ってくれなかった。こうなると正直ちょっとしんどい。それでなくても終日うすぼんやりとした眠気の被膜で頭を覆われているのである。

で、夕方以降妙に身体が疲れた。暖房を入れた書斎でソファに横になって本を読んでいても疲れるのだからどうしようもない。膝とか腰にきている感じ。たぶん運動不足。

そんなわけで星野智幸「呪文」読了。

ツイートにも書いたようにとても読みやすくて面白かったのだが、如何せん少々歪んだ世界を描いているので読後感があまりよろしくない。切り口は面白かったので爽快感が欲しかったところ。星野を読むのはこれで二作目だが、どちらも後味がよくなかった。それは意図してのものだろうけど、読んでいる方の立場からすると、もっと気持ちのいいところに落とし込んで欲しい。むしろ凡庸でティピカルな物語をいかに面白く語ることができるかというところに作家の力量が表れると思うのだが。こういったいつの間にか気がつくとちょっと薄気味悪くなる話というのは好みが分かれるところだろう。小説に何を求めるか、というような。いずれにせよ、星野に対する苦手感はこれで払拭されたので、他の作品も読んでみようという気にはなった。

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年賀状というもの

12月20日、日曜日。

3時就寝、10時前起床。今日も間欠的に睡魔が襲ってくる。本日は晴れていて雪もちらつかなかった。もしかしたらこのまま雪かきをせずに正月を迎えられるかも、みたいな幻想を抱きそうになるが、帳尻合わせが来るのが怖い。

今日も煮詰まる。というか、基本的に休日は煮詰まるのだった。何をしたらいいのか分からなくなる。昼頃にアマゾンから油汚れ用の洗剤が届いたので換気扇周りの掃除。午後になってドレッシングとマーガリンを買いに車で隣町の業務スーパーに出かけ、隣の靴屋で冬用のブーツを衝動買い。

帰宅後クラブワールドカップの3位決定戦、広島対広州を見る。広島がドウグラスの2発で逆転勝ちで3位。準決勝との違いは、浅野とドウグラスがいい仕事をしたという点。広島はよくやったと思うが、シュート力とかゴール前でのクリアの甘さとかもどかしさは残る。

夜は母のところから帰宅後に決勝のバルセロナ対リーベル・プレートの試合を見たが、これはメッシ、ネイマール、スアレス、イニエスタとメンバーが揃っているバルサが当たり前のように3-0で圧勝。なんかもうこうなるとずるいという気がしてしまう。折しも日中、ツイッターのタイムラインにネイマールが表参道の腕時計店で2000万の爆買いをしたという情報が流れてきた。ネイマールの年収は48億円らしい。一体全体、MSNの3人の年俸だけでいくらなのか。これはもうメンバー構成的に不公平と言いたくなる。

気がつくともうすぐクリスマス、はどうでもいいのだが年末が近づいている。というわけで今日は年賀状を作った。作ったといってもワードのテンプレートから一番シンプルで無難な奴を選んだだけである。基本的に毎年年賀状は最低限しか出さない。まあ4枚で事足りるだろうと思っていたら、今年もらった年賀状を一応チェックすると一人知らない人(たぶん親戚かなんかだと思う)から来ていたので追加。

日中年賀状を印刷して夜宛名書きをしていて、ふと久しぶりに松任谷夫妻に年賀状を出そうかと思いついた。というのも昨夜NHKの「SONGS」という番組で久々にユーミンを見たからである。久しぶりに見るユーミンは随分と老け込んでいた。声もまた一段と低くなっていた。松任谷夫妻とは熊谷(幸子)の結婚式以来だから15年ぐらい会ってないし、最後に電話で話したのももう10年ぐらい前だ。

世の中には二通りの人間がいる。電話に出る人間と出ない人間である。で、ユカリは出る方の人間だ。というわけで、これまた実に久しぶりに夜ユカリと電話で話した。ユカリは会社(雲母社)の元同僚(元々松任谷さんのマネージャー)で僕が辞めた後に僕からディレクターを引き継いだ。ユカリと話すのも数年振りである。

話してみるとユカリはまだ会社にはいるものの、もうディレクターはやっていないそうだ。何しろ久しぶりなのであれこれ話が弾む。旧松任谷宅を武部が買い取ったという情報はガセであることが判明、いまだに夫妻が所有しているとのこと。で、夫妻の新しい住所と電話番号を聞いた。なので、今年(来年?)は久方ぶりに松任谷夫妻に年賀状を出すことに。

こういうことは実に異例だ。前述のように基本的に僕は年賀状を出さないタイプの人間だから。放っておいても年賀状が届くであろう人にしか出さない。年賀状というもの、もらうと書かなければならず、それが実に日本人的でめんどくさいなあと常々思っていた。普通に考えれば、もらった人には出すという構造的側面から考えると年々増える一方になるはずである。これがここまで減ったということは、どこかのタイミングでもらったのに出さないという不義理を繰り返したということなのだが、そこら辺の記憶があまりない。なんつーか、いつの間にか気がつくと今の枚数になっていた。たぶん、自分からは出さずにもらった人にだけ出すということを長年繰り返した結果なのだと思う。基本的に今でもそのスタンスなのでどんどん増やすつもりなど毛頭ないのだけれど。

まあそんなこんなで年賀状というものはいずれにしてもめんどくさい代物だとは思う。もらったら嬉しいのだけれど、自分が出したのに来ないとビミョーみたいな。義理と不義理の擦れ違い。

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ブルー、恋は水色

12月19日、土曜日。

昨夜、梅酒で酔っ払って寝床で星野智幸「呪文」を読みながらまず睡眠薬のルネスタを飲み、それからロヒプノールを飲んだ。で、ティッシュに唾を吐くと唾が水色なのに驚いた。ガメラの血の色を一瞬思い出したがあれは緑だったか。ともかく、何度唾を吐いても鮮やかな水色というか青。一体何事が起きたのかと思ったが、大方ロヒプノールが口中に溶けて残っているのだろうと思い、そのまま眠った。

友人のフィリップ・セスとレコーディングしている夢を見た。どうにも気に入らなくて僕は何度もフィリップにNGを出した。一度目が覚めたがどうやらまだ酒が残っているというか悪酔いしたらしく気分が悪い。気持ち悪いのでそのまま二度寝。

で、結局目が覚めたのは10時半過ぎだった。昨夜の雨が雪に変わるのではと思っていたが、窓外の景色はまったく雪景色ではなかった。雪にはならなかったようだ。階下に降りていつものようにオーブントースターを温めながら洗面所に行って顔を洗い、なんとなく唾を吐くと驚いたことにまだ青い。本当に驚いた。汚い話で恐縮だがびびりながら痰を吐いてみると色鮮やかな青。ちょうどファンシーグッズによくあるような、ピンクの対象色として使われるような青い色なのである。鏡に向かって舌を出すと、舌が水色である。

さすがにこれには口の中だけではなく青ざめた。一体これはなんなのだろう。トーストの朝食を摂りながらノートPCを立ち上げ、「唾 水色」とか「唾 青」とかでググってみる。もしかしてそういう病気が存在するのかもと思ったのだ。COPDとか昨夜から気になっていたせいもあって、もしかしてこれは肺から出てきたのではないかとか。

当たり前の話ではあるが、ほとんどヒットしなかった。世の中に唾が水色になったり青くなったりして悩んでいる人はただの一人もいなかった。わずかに「極度に体温が下がると舌が青くなる」という記事がひとつあっただけだった。

食後の珈琲を飲みながら、はて、これは一体何が起きているのだろうとひとしきり悩む。煙草を一服して、恐る恐るティッシュに唾を吐いてみる。もう青くない。何度か試すが大丈夫だ。

そこで「ロヒプノール 色」でググってみた。前回処方されたときに、色が変わったんですと薬剤師に言われたからである。案の定これだった。ロヒプノールはそれまでの白色から溶けたり砕いたりすると青くなるように着色されたということ。どうやら睡眠薬を使った犯罪を予防するためらしい。

要するにロヒプノールを飲み下し損ね、口の中が渇いていたために一晩口中に留まっていたようだ。最近嚥下障害っぽく薬を飲むのに一苦労するので、そのせいだろう。こうして分かってみるとなんてことはないのだが、朝唾とか痰とか舌とかが青かったときはまるで宇宙人を目撃してしまったような、天地がひっくり返りでもしたような気がした。それぐらい驚いた。

いやあ、世にも珍しい奇病じゃなくてよかったです。

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午前中からちらほらと雪が舞い落ちてきた。積もるほどではなかったけれど。さすがに今日は寒かった。

前述のように悪酔いした感じであまりよく眠れなったので今日も一日中眠気に悩まされた。何をしたらいいのかさっぱり分からなくなって完全に煮詰まり、いつもなら行かない午後になって業務に行った。で、ようやっと結果が伴う。夕方までかかったが。

帰宅後、寒いので台所の暖房の真ん前で珈琲を飲んでいると今度は猛烈な睡魔が。あったまると眠くなるという。眠気を振り切ってなんとか母のところに行くものの、あくびを連発。

そんなわけだから年賀状を作ろうとしても眠気で頭が回らず。何もする気になれないし何も出来る気がしない。何をしたらいいか分からない。何のために生きているのかという禅問答のような一日。

ま、母と僕のセーターの洗濯はしたけれど。

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一応初雪

12月18日、金曜日。

朝起きて二階の窓から見ると、屋根にうっすらと雪が降った形跡があった。先日のみぞれは幻だったとすると、これが一応初雪ということになるがそれ以上は降らなかった。

毎日夢を見る。起きて少し経つとそれらはすべて具体性を失い曖昧模糊としたものと化すが、そのうすぼんやりとした感覚でも特に悪い夢というのは見ていない。いい夢とまではいかないにしても、さほど悪くない(と思われる)夢ばかりだ。

今日は母が県立中央病院の心臓血管外科の診察を受ける日。そんなわけで11時過ぎに病院に行くと、特養の職員が玄関のところで待っていた。少しして仙台から弟も駆けつける。町内の総合病院と比べるとさほど待たされることはなかったが、あろうことか途中で電子カルテが落ちるというトラブル発生、検査後に母たちは先に返して僕と弟はドトールで遅い昼食がてら処方箋を待つという展開に。

少しして連絡が来て病院に戻ったが、結局もらったのは手書きの処方箋だった。いまどきの病院、停電時のための非常用電源は備えているはずなのだがデータベースのミラーサーバは用意してないのだろうか。

そんなこんなで病院から処方箋やらを届けに特養に行くと、母の友人3人が面会に来ていたので顔を出し、結局帰宅したのはもう夕方になってからだった。本日の検査の結果によると母の左足は足首から先の血流が悪いということだった。再来週にCT検査を受け、年明けに結果が分かるという予定。それにしても母の足は改めて見ると赤黒く変色していて見るからに可哀想だ。

病院に出かける前に置いておいた相場の指値は帰宅後に確認するとあっという間に串刺しになってストップを食らっており、それよりも午後1時過ぎにドル円が物凄い乱高下になっており、一体何が起こったのかとツイッターのタイムラインを延々とさかのぼって確認してみる。どうやら日銀が追加緩和を据え置いたのにも関わらず、一瞬勘違いが起こって吹きあがったらしい。どう考えても据え置くに決まっていると売りを置いておいたのだが、ここまで暴力的に一瞬吹きあがるとは思ってもみなかった。幸いにしてそれほど広い逆指値を置いておいたわけではないので致命傷は食らわなかったが。

その後ちまちまと相場をやってちょいプラスも、夜何もすることがなくなりテレビで「スター・ウォーズ」を途中まで見ていたのだけれど馬鹿馬鹿しくなってついまたポジションを取ってしまい損切りする羽目になり、慌ててバタバタして結局ほぼプラマイゼロまで戻す。今日の相場は年末相場というか、やたらとボラティリティが高いわりには因果関係からの方向が読みにくく、手を出さない方が無難だったかも。

これを書いている今、外は雨だけれど、これは明け方雪になるのだろうなと思う。今日は日中は降らなかったものの外気温は3度とか低かった。大体に於いてもう12月も半ばを過ぎているのだから、ここまで雪かきをせずに済んでいることを有難いと思わなければならないのだろうな……。

夜、久しぶりにチューナーを使ってギターのチューニングをした。元々僕は絶対音感というものがないが、ここんところ台所にずっと置きっ放しのセミアコ、チューニングがどうやってもぴったり来ないことは分かっていた。で、チューナーでチューニングしてもちょっと弾くとまた狂ってしまう。これはもう弦が限界で張り替えなくてはならないのと、学生時代から使っているギターなのでネックが反ってオクターブチューニングが合わなくなっていてそろそろギター本体も限界なのかもしれない。まずはペグを締め直すということぐらいはやってみてもいいのだが、どうにも今夜はめんどくさい。弦を張り替える気力もなし。

こうして夜は更けていく。

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眠気

12月17日、木曜日。

福岡や下関でも雪が降ったという今日、不思議なことにここ山形では雪が降らなかった。

朝9時ちょうど起床。昨夜は星野智幸「呪文」を読み始めたら思いの外面白くて止まらなくなり、危機感を覚えて2時過ぎには本を閉じて寝ているのでそれほど睡眠が足りないというわけではないと思うのだが、終日眠気に悩まされた。

なんとなく午前中は業務に行ってみた。煙草を確保するためではあるが、逆にボコられた。これでは素直に買った方が安い、煙草。

ときおり波のように眠気がやってくる。午後はコタツで気絶。夜は先日スーパーで買った269gの牛肉を焼いて食べたら物凄く満腹になり食後にどうにもならんほどの眠気。台所の椅子を2つ並べて横になったりしてみたが、結局テーブルに突っ伏してうとうと。そんなわけだから今日は一日に何度も顔を洗う羽目になった。

夜、クラブワールドカップの準決勝、バルセロナ対広州の試合を見たが、メッシもネイマールもいなくてもスアレスがハットトリック、やっぱりバルサは強かった。バルサはほとんどミスというものがなく、なんつーか、見ていてある意味に於いては面白くないとも言える。バルサ側に立って見れば痛快なのだろうけど。例えば日本代表がまったくミスのない完璧な試合をして完勝したら物凄く爽快に違いないのに。まあもちろん、そんなバルセロナでも得点機では必ずしもミスしないというわけではなく、だからこそPKを入れての3点止まりであったのだけれど。

それにしてもなんでこんなに眠いのか。ここ最近の傾向として、食欲があまりなく夕飯を食べた後に腹が朽ちると物凄く眠くなる。まるで子供みたいだが。胃が弱っているのだろうか。

昨夜は睡眠薬をレンドルミンにしてみた。レンドルミンよりもロヒプノールの方が作用時間が長く効き目も強いはずなのだが、何故かロヒプノールよりもレンドルミンの方が寝つきがいいような気がする。どちらも眠くなるわけではないので気のせいかもしれない。レンドルミンだと多少睡眠が足りなくなる傾向にはあり、ロヒプノールを飲むときっちり8時間寝てしまう傾向にもある。まあどっちもどっちだ。両方ともベンゾジアゼピン系なので似たようなものなのである。

明日は11時半に母の県立中央病院。雪になるのだろうか。

母のところでニュースで澤穂希の引退会見をちょっと見たが、気のせいか澤は引退を決めてから垢抜けて見える。髪型のせいだろうか。それとも人間、肩の荷が降りるとああいう風にすっきりした顔になるのだろうか。

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