夢、体力

8時40分起床。いつの間にか、田舎時間ではなくて、元の生活時間に戻ってしまっている。最近、嫌な夢を見ない。特に楽しい夢を見ているというほどではないのだけれど、続きを見たいと思うような夢を見る。別に精神状態が上向いたわけではなく、心配事や不安に思うことは相変わらず頑固な脂汚れみたいに頭にこびりついたままなのだが。

夕方まで8時間業務。やはり、途中から寒く感じる。周りを見ると、ホントにみんなもう薄着なんだけど。Hが言うように代謝が悪いのだろうか。それとも長時間いるせいなのだろうか。いずれにしても体力がないことだけは明らかなので、今日から階段の昇り降りを始めた。ところが、5往復でへばってしまう。10回単位で考えていたのに。想像以上に体力、特に足腰が弱っている。しょうがないので5回単位にして、夜風呂に入る前にもう1セットやった。これはしばらく続ける必要があるだろう。なにしろ、どういうわけか近所を散歩するのが精神的に苦痛を覚えるので、こんなことで体力をつけるしかない。

夜はGregory Privatや山中千尋という、今日まで知らなかったピアニストを珍しく熱心に聴く。

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吉報の重さ

昨夜も寝たのが2時半過ぎだった。なんでそんなに遅くなったのか、よく分からない。で、8時前に起床。今日は珍しくここまでまだ一度も昼寝をしていない。

朝から業務。本日は苦戦。午後、携帯に母から電話がかかって来て、今日は病院に行く予定ではなかったのだけれど、一度帰宅して洗濯物を持って病院へ。すると看護師から、今月一杯を目途に退院させる予定だという医師の意向を聞いた。で、退院後に介護申請をするようにとのこと。これは確かにいい知らせ、吉報であるのだが、何故か同時に僕は非常に気が重くなるのを感じた。それは介護申請云々というのも影響していると思うが、精神的な部分ではもうそれほどの心配はいらないと思うのだけれど、母は僕が思っていた以上に年老いた、ということが気になっている。なんていうか、やはりいろんな意味で以前とは違って頼りないのである。実際のところは一人で風呂に入ることが出来れば、介護だヘルパーだのは今のところ必要ないと思うけれど、もう母は僕の知っている一人で何でも出来る母ではないのだ、ということがまことに頼りないし、心配だ。たぶん、僕は例によっていろいろと考え過ぎて取り越し苦労をしているのだと思うけれど、それにしても複雑な心境。なにはともあれ、母が精神的にここまで回復したのはめでたいことだと思う。後は最近訴えているふらつきが治ればいいのだけれど。

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空白

最近ホントに体力がないなと思うのは、茶の間でコタツに入っているだけで疲れるからである。別に正座しているわけではない。単にあぐらをかいているだけで疲れる。で、おまけに精神的にもダメで集中力が続かないため、ノートPCでネットをしていたりYouTubeで音楽を聴いていたりするとなんか疲れてきたなとふと横になる。すると、1時間とか2時間とかワープするのである。今日も計3回ほどコタツで意識を失った。で、考えてみるとこのところ連日そんな感じなのであった。なんつーか、自宅にいる間は寝ている時間の方が長いのではないかと思えるほど。そんなわけなので、1日のうちでそういった空白の時間が多く、ひいてはそういった日々自体が空白そのもののように思えてしまうのだ。要するに、毎日ただ空白の時間を重ねているような感覚。

昨夜も日記を書いたあと気絶したらしく、気がつくと1時半になっていて、床に就いて寝たのが2時半過ぎになってしまった。なわけなので、いつも通り朝目は覚めたものの、二度寝したら結局起きたのは10時だった。しかも朝食後にまたコタツで気絶。昼食後、1時前に叔母が迎えに来て、叔母の車で叔父(ややこしいが前述の叔母の弟に当たる)の家に行ってきた。いたのは実質1時間いたかいないかという時間だったと思うけれど、戻るとなんだか酷く疲れた。で、母親の病院に向かう前に本日2度目の気絶。昨日叔母にもらったタケノコご飯を温めて夕飯を済ませてから母の病院に向かったため、7時近くになってしまった。どうも一昨日からの印象か、気のせいか母が年老いて見える。元気がなく見える。それで帰り道はまた少し憂鬱になる。7時半を回っているのに業務に寄ってから帰ろうかなどと考えている自分がいて、もしかして自分がギャンブル依存症になっているのでは、と頭をよぎる。結局のところ、逃避も依存も根っこは同じだ。

で、夜はコタツでYouTubeでミニマル・ミュージックなぞを後学のために聴いていると、冒頭に書いたようにまた時間がワープする。この自堕落な感じから脱却するにはどうしたらいいのだろうか。運動する気力も湧かない。寝てばかりいるので頭も働かない。困ったものだ。

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雨の日曜日

今日は確かに雨が降ってはいたけれど、心配していたほど荒れた天気にはならなかった。

朝、近所のA男君が来て壮年会のことについて話をして、今回は1度参加を見送らせてもらうことにした。夕方まで業務。隣の席の男がヘビースモーカーで参る。それより、帰るころになって急に寒く感じた。気温がそれほど低いわけでもなく、周りを見ると僕以外の人は皆僕より薄着だというのに。風邪をひいている感じはないけれど、帰宅しても寒くてしょうがなく、コタツに潜り込んでガタガタ震えながらいつの間にか一眠り。すると、隣町の叔母がやって来て大量のタケノコご飯を置いていってくれたが、量が多くていささか有難迷惑。すでにご飯も炊いていたのだが……。しょうがないのでタケノコご飯の夕飯。で、叔母に言われて明日の午後、一緒に山形市の叔父のところに行くことになった。次女に娘が生まれたのでそのお祝い。最近人間嫌いなので行くのはまったく気が進まないのだけれど、叔父には母の入院前に物凄く世話になったし、行かざるを得まい。その後、例によって精神的にすっかり参り、一時期パニック寸前になったので安定剤のセルシンを2錠飲み、夜になってHと長電話しているうちに安定剤が効いてきたのか少しは落ち着いた。Hの話によると、僕が寒がりになったのは、運動不足で代謝が落ちているせいではないかと。なるほど。運動せねばならぬ、か。

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雨音は胸騒ぎ

今日から大荒れの天気という予報だったが、母が一時帰宅した本日、午前中は晴れ、4時に病院に戻すまでは天気はなんとか持った。今日も暖かく、日中はコタツ以外の暖房はいらない。

母を10時に迎えに行き、途中スーパーに寄って一緒に昼食用の買い物をした。母が外で買い物をするのは実に久しぶり。帰宅すると、母が仏壇に向かって木魚を叩きながら般若心経を読経し始め、なんだか母の狂気がぶり返したような気が一瞬して、少しぞっとした。今日は話していて、母がときどき素っ頓狂なこと、例えば自分がうつ病になったのは仕事を辞めて数年後、つまり20年以上前だよね、とか(実際は昨年末から)、入院したのが1月の29日だと言うと、そうだね、四十九日が終わった後からだからね、とか(大体父が亡くなったのが2月4日)、記憶の混濁が見られた。そういう意味でも、先週一時帰宅したときの方がまだ状態がよかった気がする。順調に回復していると思っていた母だが、なんか今週に入って血圧が高くてふらついたりしているし、どうも一概によくなっているとばかり思えなくなってきて、先行き少し不安を覚える。

夕方から予報通り雨。夜になって風も強くなってきて、この家は普段静かなだけに雨音や風の音がまるでポルターガイストのように不気味な音に聞こえる。2階の僕の部屋は屋根に直接雨が当たるし、風の音も直に聞こえる感じがするので、今夜はさぞうるさいことだろう。ツイッターとか見てると、都内でも雨でかなり酷いことになっているようだ。そういう意味ではこの辺はまだマシな方なのか。明日もずっと雨なのだろうか。だとしたら憂鬱。

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落胆

母の病院に寄って7時ごろに帰宅したら、先日ハローワークを通して応募した履歴書が速達で返送されていた。かくして、田舎に戻って最初に応募した仕事は書類審査で落とされた。ただいま、どうにもそれがショックで、落胆しております。1年だけの臨時職員でも面接すらしてもらえないのか、って感じ。年齢のハンデ、田舎ではまったく役に立たない僕の音楽業界でのキャリア、思った以上にやはり厳しいのか、田舎での就職活動。って、まだひとつ応募しただけだけど。ここに来て少し落ち着いたかなと思った絶望癖や希死念慮が再燃しそうになる。まったく、落ち込んだり絶望したりすることぐらい簡単なことはない。

それにしても春の陽気だ。日中はほぼ暖房いらず。コタツぐらい。今日は隣町のディーラーに行って、タイヤをスタッドレスから普通タイヤに交換してきた。母は今週に入って血圧が高いのが気になるが、明日また半日外出許可をもらって一時帰宅する予定。

昨夜寝たのが1時過ぎだったのに、6時ぐらいに一度目が覚めて二度寝したりしたせいか、午後になって物凄く眠くなり、業務を途中で切り上げて一旦帰宅してコタツで1時間半ぐらいだろうか、うとうとした。それにしても、毎日低価格での業務ながら、田舎のバイトの時給ぐらいは叩き出しているのは我ながらえらいと思う。これが通常レートだったら4倍なのだが……と考えたいところだがそう単純には行かない。行けるんならとっくにそうしている。後輩の話を聞いても、ネットで調べても、山形というか、東北の田舎はすっかり低価格中心になっているようだ。それが時代の趨勢というものか。しかし、山形県の最低賃金が時給654円(だったと思う)というのには唖然。いまどき、そんなもので生活していけるのか。20年以上前の給与レベルだと思う。こうなると、本気でテリトリー開拓して業務に専念した方がまだマシなのではないかと思えるほどだ。

そんな感じで頭の中は一時的に暗雲が立ち込めているが、以前ほど根本的に絶望はしていないようではある。ただ単に自己防衛本能が働いて、将来に対して鈍感になっているだけかも知れない。そろそろネットビジネス関係を再調査してみる必要も。

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春めいて

暖かい日。朝晩以外はコタツ以外の暖房がいらないほど。この雪国でもようやく春らしくなってきた。

今日も夕方近くまで業務、それ以外はこれといって何もなかったけれど、精神的にも身体的にもダメなだけだった最近の流れからすると少しずつながら悪くない兆候が。ひとつには、気がつくと胃潰瘍(たぶん)と腸の調子がいつの間にかよくなっていて気にならなくなった。もうそろそろ強い胃薬は飲まなくてもいいかも知れない。もうひとつは、夜になって2階からギターを持ち出して、およそ4ヵ月ぶりにちょこっと弾いてみたこと。これは最近の僕にしては画期的な前向きな行動だと思う。その要因として、ずっと気が滅入っていたこのごろ、音楽を聴く集中力がなかったけれど、今日YouTubeで発見した、早逝したジャズピアニストの大給桜子と、シンガーソングライターのACOという2人のアーティストがやけによく思えて聴き込んだということがあった。ジャズとR&B系のJ-POPという、少々カラーの違う2人のどちらも非常によいと思った。今の僕に大事なのは、こういう、よいことを少しずつでも集めることだと思う。

この、ACOの「不安なの」は95年、18歳のときのデビュー曲だというのが驚きだ。95年といえば僕がソニーを辞めた直後、巷のR&Bブームの先を行っていたと当時は自負していたのだけれど……。

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体力

7時過ぎ起床。書くのを忘れていたが昨日今日とこの町では月遅れのひな祭りだが、今日は生憎の雨。

朝食後にコタツで気絶、目を覚ましてダルビッシュ先発の試合を2回まで見る。のち、夜に帰宅すると9回2アウトまでパーフェクトピッチングであったことを知り、全部見ればよかったかなと思ったが、実際野球ってのはかったるくて。

履歴書を町の共同施設に直接持っていく。郵便局とコンビニに寄って、後は夕方の6時近くまで業務、帰りがけに母の病院に寄る。心なしか今日の母は元気がないように見えた。スーパーに寄って肉を買って帰り、焼いて夕飯。

で、夜、コタツで気がつくと2時間以上気絶してしまい、目が覚めると12時近い。唖然。確かに休みなしで7時間以上業務だったが、この程度で疲れて寝てしまうようでは。もしかして仕事がOKになっても来週からフルタイムで働ける体力が果たしてあるのか。マジで心配というか、ヤバい。コタツで寝る癖をなんとかしなければと思う。それぐらいなら早く寝てしまえばいいのだ。

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模索

ん? 何時に起きたんだっけかな。とにかく、やたらと夢を見た印象。それほど嫌な夢というわけではない。

今日も業務後は煩悶と絶望の追いかけっこだ。ネットで検索して応募期限が明後日までという仕事があり、それに応募するかどうか物凄く迷った。というのも1年期限の臨時職員であるし、仕事開始が来週頭からということで、体力的にも不安。で、登録の有効期限の件もあるので結局隣町にあるハローワークに行き、番号を有効化したついでに紹介状をもらった。応募だけはしてみようかと。何しろ歩いても通える場所なので。結局のところ、一番悩んでいるのは、臨時だとかなんとかいうよりも、昨日もちょこっと書いたように、果たして自分がフルタイムの仕事が出来るのかどうなのか、という自信のなさなのだった。要するに僕は本当は仕事をしたくないのではないか、と。正確に書けば、「勤め」仕事だ。

まあそんなことをあれこれ考えながらも、帰宅してからスーツに着替えて履歴書用の写真を撮りに行った。出来るかどうかはともかく、何事か具体的に、実際に物事を行うということの方が大事だし、何かしらのプランを持って物事を進めるということの方が所詮楽なのだ。考えてみれば、僕は若いころから長いこと先が見えてしまうことを非常に恐れていた。あるいは嫌がっていた。しかし、今何が不安かといって、先がまったく見えないことなのだから皮肉なものである。恐らく、こういうときこそ楽天的になるべきなのだろうとは思う。焦り狂ったところで何も好転しないのだから。しかしながら、人間の心理というものはそうそう都合よく出来てはいないし、そう簡単にコントロール出来るものでもない。

何にしろ、今日から筋トレを再開。といってもまずは腹筋だけだけど。

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エイプリルフール

日付は変わってしまったけれど、ツイッターのタイムライン上で皆エイプリルフールで嘘を吐かなければならないと思っているようで、なんかこういうのって疲れる。こういうことではしゃげる人って、本当に幸せなんだなと羨ましく思う。僕はと言えば、夕方母の病院へ行って、母に嘘を吐けず、というか吐きたくないので、苦しいと涙ぐんでしまう始末。蕎麦屋で冷たい肉そばの夕食を済ませて帰ると、例によって絶望感が来たので安定剤のセルシンを2錠飲んだら、どうやら3時間ぐらいコタツで気絶してしまったらしく、目が覚めると日付が変わるところだった。確かに今日は8時間業務だったので疲れたというのもあるだろうけど、セルシンがある程度効いたのだとすれば、効くのは結構だけれどこう眠ってしまうのはどうかと思う。それに安定剤というのは習慣的に飲むとすぐ耐性が出来て効かなくなってしまい、量が増えてしまう。

7時起床。天気はよかったけれど、個人的には寒いと感じる回数の方が多かったな。僕は寒がりなのだろうか。最近の業務事情をこの辺で話しておくと、隣町まで足を延ばさず(冬だし)、地元で打っているのだけれど、最初は単なる時間潰しの意味合いだったので1パチをちんたら打っていた。で、家に篭っていられなくなり、毎日行くようになってからは、以前のような勝負をするほど厳しい立ち回り、店選びをしているわけではないので、ざっと見る限り今のところ釘的に打てるのは1パチぐらいしかなく、その辺が日々の虚しさに繋がっていると思う。とはいうものの、昨日今日でトータル4万発だったり、2・3週間前には1日半で6万発とか、セコいなりに健闘はしている方だと思う。家賃がない分、少しでも月間黒字になればいいやという感じなのだけれど、正直これでは食えないので、いつまでもこの状態が続けられるとは思っていない。なので、どこかで2パチ、4パチと徐々にでもランクを上げていく必要はあり、そのためにはテリトリーを広げる必要があると思うが、現実的にはやっぱり真っ当に就職活動をした方が諸事情を鑑みると当然いいわけで。とまあ、こんな事情が日々僕を悩ませている。実際、かれこれ7・8年も会社勤めというものをやっていないし、果たして出来るのかという不安と、今の体力のなさも悩みのタネ。本音を言えば業務でやっていけるのならそうしたい。が、母がそれを理解してくれるかどうか。無理だろうな。

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