みぞれ、村上春樹

9時前起床。6時間業務。今日はひとつレートを上げてみたら、この辺で普通に非正規労働した場合の時給で換算すると1週間分の上がり。まあそうそういつも上手く行くわけではない。大体、山形県の最低賃金も平均時給も安過ぎる。帰路、母の病院に寄る。今日の母は「困った」という言葉をひたすら繰り返し、溜息ばかり吐いていた。本人も物凄く気にしているのだけれど、ここ最近になって急に物忘れが酷くなったということで、医師の指示で来週の月曜にMRIを撮ることになった。帰り道、雨からみぞれに変わってびっくりする。いくら山形だからといって、もう4月も後半だというのに、雪が降るなんて。

帰宅して、ご飯を炊いている間に気がつくとコタツで2時間気絶していまい、夕飯が遅くなった。夜は相も変わらず煮詰まる。ここ数日、HやI泉さんに電話して夜を凌いでいたので、どうしても誰かに電話したくなってしまう。数年前の電話依存、電話病が復活しそう。だが、今の状況ではいつも長電話になる僕のこと、電話代を考えると経済的に無理だし、そもそもそうそう毎日電話出来る相手がまずいない。Skypeのアカウントでも公開しようかな、どうしようかな。昨夜深夜吸った2本を入れて、この日記を書いている今に至るまで、本日吸った煙草は8本。出来れば1日10本までで抑えたい。今日は業務中、3本だけに留めたのはまずまず。ただ、夜になって台所で3本吸ってしまった。いまさらながら思うに、煙草を1本吸うのって実に呆気ない。以前の、コーヒー=煙草という意識、連想からはどうやら脱したようで、それだけはいい傾向なのだが、煙草というのは1本吸うともう1本吸いたくなるものだ。

電話出来ないし、Facebookには近ごろ何も書くことがないし書く気も起きない。ましてや人の幸せな日常を読みたくもない。なので、ツイッターに本音を書くことが多くなった。電話の代わりの発散。こちらのアカウントは@anykindoflove。でも、暗いことしか書いてないよ。

どうも僕は本の読み方を忘れたというか、見失ってしまっているようだ。というのも、長い間アパートやマンションで一人暮らししているときは、PCは机に向かって、本を読むときはソファもしくはベッド、という具合に決まっていたので、実家に戻って来てから布団に寝ているのでまず寝床で本を読まなくなった。ソファは父の書斎にあるのだけれど、まだ寒い時期はだだっ広い書斎に暖房をつけて寝転がって本を読むのはなんかなかなか出来ないというか、今の経済観念からすると暖房代がもったいない気がして出来ない。しかしながら、身体に読書=ソファというのが染みついてしまっているので、茶の間のコタツや台所のテーブルで本を読む気にはどうしてもなれない。これが喫茶店やカフェなら話は別なのだが。大体この町には行きたくなるような喫茶店もカフェもないし。

そんなわけで、いまだに村上春樹の新作は買ってもいない。以前も書いたように読みたいのだけれど。僕は村上春樹の小説は全部リアルタイムで読んできたので、作家としての彼に対して基本的に否定的なスタンスではない。しかしながら、近年の村上作品は以前から書いているようにどうも評価出来ない。新作、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」に関してはネット上に既に書評・感想が溢れていて、事前にあらすじを読むのは興ざめなので仔細に読んではいないけれど、目につくのは「喪失」というキーワードだ。「喪失」というのは村上の作品には常にキーワードとして語られ続けているけれど、近年の村上作品に僕ががっかりしているのは、彼の小説に物語としてのカタルシスが喪失していることだ。なので、少なくとも僕にとって、村上春樹という作家は物語を読む作家というよりも、文章を楽しむ作家、という位置づけになっている。ただ、それだけでも読むに値するし評価にも値すると思うし、大したものだとも思う。如何せん、アマゾンの書評かなんかで、「分からないところが好きです」というような人が結構いるけれど、「分からない」ということはある意味伝わらないということであって、決してメリットにはならないと思う。「海辺のカフカ」は一見深そうな話だけれど読み終わって何も残らない話という印象を受けたし、酷評した「1Q84」は一見重要と思われるさまざまなファクターが最後までただ放り出されて宙に浮いたままで、伏線としての意味をなしていなかった。まあそんなことで、個人的には初期の作品の方が圧倒的に好きで、いまだにそれを追い求めているところはある。だからいまだに読みたいと思うのだけれど。

カテゴリー: 未分類 | みぞれ、村上春樹 はコメントを受け付けていません

迷走

昨夜日記を書いてから、I泉さんに電話をしてみたら繋がった。で、1時間半ほど長電話。で、その間に3本煙草を吸ってしまった。別にそのせいではないけれど、気がつくと床に就いたのは2時半過ぎ。長時間業務を続けているので眠くてしょうがなかったけれど、それでも睡眠薬を飲んでしまった。なんていうか、とにかくとっとと寝てしまいたいという逃避願望が強くて。

そんなわけで、今朝起きたのは9時45分だった。お蔭で1日が2時間の時差で進行。で、今日も9時間業務。もう3日目だ。無理しないと書いたばかりなのに。やはり、今の精神状態だと家に帰りたくない。家に一人でいるのが嫌だし、どこか怖い。おまけに、とうとう今日は業務中だけで10本も煙草を吸ってしまった。いまだに美味しいとは思えないし、むしろ気持ちが悪くなるというのに。以前の習慣が蘇りつつあるのか、精神的に休憩したいと思ったときに吸ってしまう。結局のところ、このところの流れとして、煙草をまた吸い始めるわ、毎日安定剤は飲むわ、睡眠薬は飲むわ、非常によろしくない方向にレイドバックしている感じだ。原因はやはり楽しいことが何もない、何をしても楽しくないということ。ある種の自己防衛本能でも働いているのか、逃避する方向にしか行動出来ていない。しかし、何も楽しくないというのは本当に辛い。真面目な話、生きているのが辛い。今、例によって台所に移動してこの日記を書いているが、その前にもさしたる意味もなく煙草を1本吸ってしまった。このまま元に戻ってしまうのだろうか。それだけは避けたいのだけれど。

そんなわけで帰宅したのも遅く、8時半ごろに5分ぐらいで夕飯の支度をして、10分ぐらいで食べた。今夜は位牌を作ってくれた、天童で仏壇屋を営む高校の同級生に電話して仏事関係の不明な点を聞いたあと、Hに電話してさっきまで長電話。まったく、こんな風にして誰かを頼らないと、時間をやり過ごすことが出来ない。まったく情けない。いつになったらもう少し行動的な方向に向かえるのだろうか。出来ることがあまりにも限られているし、数少ない出来ること、業務をやっている最中も罪悪感に苛まれるのでちっとも楽しくない。実際、何をやっても罪悪感と自己嫌悪から逃れられない。辛いなあ。あ、また逃れることを考えている……。

カテゴリー: 未分類 | 迷走 はコメントを受け付けていません

徒労の果て

二度寝したら結局8時起床になった。朝、いささかダルいのが気になったが、昨日の疲れだろうか。

今日も今日とて、9時間半業務。で、結果まったくの徒労に終わる。もちろん、こういうときもある。あるが、一番疲れる。正直、昼に止めていたらそれなりに日当はあった。僕が今やっているのはそれなりの難しさがあることであるので、ときには無駄に終わるかもしれないが基本を守り続けてみる必要もある。後は、今日をどう教訓・経験として今後に生かすか。一番よくないのは結果だけを見ていつまでも悪いように引きずることだ。しかしながら、しばらくは身体的・精神的体力的を鑑みて、あまり無理せず、もう少し楽にやる必要はあるかも知れない。そうじゃないと勝手に自滅していく可能性もある。ま、それほどのリスクを背負っているわけではないけれど。

帰り道、洗濯したものを持って母の病院に寄る。今日の母は元気がなかった。物忘れが酷くなったことを凄く気に病んで、落ち込んでいる様子であった。やけに溜息を吐くし、病気になったことも今の境涯も嘆いてばかりいる。正直言って、帰宅してからの毎晩の僕の精神状態もほぼ似たようなものなのだが、この場合、僕のやるべきことは母を励ますことしかない。心中は僕も少なからず落胆や絶望に近いものを覚えるし、それでなくても今日は物凄く疲れているのだけれど、それでも僕が頑張るから、と言うしかない。

帰宅は遅くなった。冷蔵庫に冷凍してあった残り物のご飯をレンジで温めて夕飯。不在票が入っていたので、時間的にダメかなと思ったが電話してみたら、届けてくれた。今使っている革のウエストバッグが壊れかかっているので、完全に壊れる前に新しいものを注文しておいたのだった。開けてみると想像していた感じとはいささか異なり、まあナイロン製というのもあるけれど、これまで使っていたものと比べると使い勝手は悪そうで、失敗したかなと思う。決して安いものではなかったのだが。今日みたいな流れだと、どこまでも運がないように思えてしまう。

その後は例によってどうにもならない閉塞感。ちょっと一人では耐えきれないほどの鬱屈。かといって、昨日一昨日と2日続けてHと電話で話しているので、毎日電話するのは気が引ける。しょうがないので仙台の弟に電話、母と自分の近況とか話し始めたが、抑うつ状態で完全に鬱屈した状態なので上手く話せない。そうしていると、電話中に地震、宮城県中部が震源だったので電話の向こうではかなり揺れたようだった。こちらも結構揺れた。震度3ぐらいか。電話を切ると、もうどうにもならない。電話出来る相手がもう見つからない。もはや安定剤を2錠飲んで、気絶するしかなかった。そんなわけで11時までワープしたけれど、単なる薬を使った逃避だが、今の僕にはそれしか異常な精神的苦痛から逃れる術はない。それに、一度気絶すると安定剤の効果かその後は少しだけ楽になる。それはそうと、今日は日中の業務中だけで5本、煙草を吸ってしまった。口の中が気持ち悪くなるというのに。今はいろんな意味で過大なストレス、負荷からいかに逃避するかというのが、自分を守るためにも必要となっているから、しょうがないのかなあ。元に戻ることだけは避けなければならないが。でも、今夜は後1本か2本は吸ってしまいそうだ。

カテゴリー: 未分類 | 徒労の果て はコメントを受け付けていません

過ぎたるは

今朝はゴミ当番だったため、7時30分に目覚ましをかけたのだけれど、二度寝して8時起床。ゴミ当番は8時半過ぎにゴミ置き場に箒を持って行って散らかってないか見てくるだけ。

9時過ぎから今日は9時間半の業務。なんかだらだらとやってしまい、引き際が悪かった。オーバーワーク。お蔭で酷く疲れた。夕飯は昨日もらった赤飯の残り。まだ半分以上残っているが、もう捨てるしかないな、叔母には悪いけど。夕食後は例によって茶の間のコタツで煮詰まる。PCを前にして今日も何をしても楽しくなく、音楽も聴けず。頭痛もするし、オーバーワークによる疲れの影響もかなりあると思う。結局、2時間以上気絶してしまう。

昼寝してやっと頭痛が取れたところで、昨日の習いで気分転換に台所に移動してみる。やはりこちらの方が若干楽だ。

13時20分、15時36分、17時21分、22時49分、23時38分。これは今日煙草を吸った時間。5本も吸ってしまった。1本、1本、1本、2本と来て、今日になって昨日までの一気に倍以上吸ってしまった。で、最後の1本は台所でHと電話しながら吸ったのだけれど、完全に余計だった。結局気持ち悪くなってしまった。昨夜は煙草を吸って少し気が楽になった気がちょっとだけしたのだけれど、実際のところ、ちっとも美味しくはないのだ。これを書いている今も口の中が気持ち悪い。やはり煙草は僕を救ってはくれなそうだ。だが、またきっぱりと止めることは出来るだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 過ぎたるは はコメントを受け付けていません

救済は何処に

昨夜の体調はホントに酷かった。それは今朝まで続いていて、12時に寝たのに起きたのは9時。で、やっぱり物凄くダルかった。これは本当にまずいのではないかと危機感を覚えるほど。朝から来客があり、起きたきっかけも母の老人会の年会費を集めにきたから。こういうダルい日にコタツでまたうだうだしていたら本当に酷くなるのが目に見えていたから、昔、もっと酷いうつの時代にへろへろな状態でも業務に行ったことを思い出し、10時過ぎに母の病院に保険のための診断書を依頼しに行き、そのまま業務に赴く。

が、ストレスが凄い。何しろ楽しくもなんともない。ひとつ隣のオヤジの煙草の煙がけむたくてどうしようもないと思ったら、そのうち隣に座った男の体臭がもっと耐えられず、とうとう移動。気分はいつまで経ってもまったく乗らないものの、不思議なものでそのうちダルさは気にならなくなる。なんとか結果を出して、4時ごろに母の病室へ。

本日唯一の救いは、先日一時帰宅したときよりも今日の母の状態がよかったこと。ほんの少しでも上向いてくれると、今は何よりも嬉しい。束の間、わずかばかりの安堵を覚える。

留守中に隣町の叔母が大量の赤飯を置いていってくれて、それを夕飯にするが、量があまりにも多くて1日どころか2日でも食べ切れないほど。僕が一人なのを知っているのにも関わらず、叔母が持ってきてくれるものはいつもそうで、いささか有難迷惑ではある。それから例によって酷い抑うつ状態。何をしても楽しくない。驚くべきことに、唯一の楽しみである筈のサッカーの記事を読んでも楽しくないどころか興味すらひかれない。まったく救い難い。何をしても楽しくないのだから何もしたくないし出来ない。ただひたすら辛いだけ。こういうのを不幸と言わずに何を不幸と言うのだろう。音楽を聴いてもストレスを感じる。手のつけようがない。あまりにも酷いし救いがないので、夜も更けてから気分転換に安定剤を1錠飲んでからノートPCを持って茶の間から台所に移動してみる。で、コーヒーを淹れて本日も煙草を1本吸ってみる。今日で4日連続だな。で、例によって美味しくはないのだけれど、今夜は何故かもう1本吸いたくなる。で、小一時間ほどしてから、YouTubeで自分の昔の音源を聴きながらもう1本吸ってしまった。すると、安定剤が効いてきたのか、今度は少し楽になったような気がした。こうやってやはり元に戻ってしまうのだろうか。結局のところ、今の僕が少しでも幸せらしきものを感じるためには、煙草も必要なのだろうか。晩年の父が毎晩深夜に起き出して台所で煙草を1本吸っていた気持ちが、ちょっとだけ分かるような気がした。

カテゴリー: 未分類 | 救済は何処に はコメントを受け付けていません

瀕死

夕方業務から帰宅してから酷い抑うつ状態。そもそも昼間、1時22分に今日も煙草を1本吸った辺りから気分が悪くなって調子が悪かった。安定剤を1錠飲んだらいつの間にか気絶して、6時半ごろに電話がかかってきて1度起きたがまた寝てしまい、8時まで計2時間半ぐらい寝た。で、それから夕飯を食べたものの、その後さらに具合が悪くなり、極度の抑うつ状態で何も出来ない。弟に電話してみたが、話すのも大儀。どんどん体調が悪くなる一方、このまま死んでもおかしくないくらい。今日は風呂に入るのを諦めて寝るしかなさそうだ。さっきもう1錠安定剤飲んだんだけれど、まだ効き目はない。もうホントに、ただの病人。

あ、そういえば昨日の日記に書くのを忘れたけれど、一昨日の夜、物凄く久しぶりにI泉さんに電話が繋がり、1時間半ぐらい長電話をした。半年以上ぶりか。

カテゴリー: 未分類 | 瀕死 はコメントを受け付けていません

ある種の敗北、カミングアウト

昨夜(12日)の23時54分、昨年の12月22日から約4ヵ月に渡って禁煙していたのに、遂に煙草を1本吸ってしまった。で、本日(13日)も先ほど22時33分、また1本吸ってしまった。久しぶりに吸うとどこか吸い方がぎこちなく、いがらっぽいだけで美味しくもなく、想像していたように気が楽にもならなかった。では何故今夜も1本吸ってしまったのか。よく分からない。どちらの日も、ストレスで煙草が吸いたくて吸いたくてたまらない日中ではなくて、安定剤が効いてきてストレスが少し治まった頃合いに吸ってしまっているのも謎だ。で、特に今夜は美味しいとは思わなかったにも関わらず、またもう1本吸いたくなってしまっている。やはりこれは敗北なのだろうか。ここでまた吸ってしまうと、結局は元に戻ってしまうのだろうか。僕が煙草を止めたのは、健康上の理由ではなく、経済的な理由から。それと、いまどきは吸える場所が限られていて、特に会社勤めをしたら仕事中はまったく吸えないのでそれを我慢するのも嫌だ、というのも理由のひとつ。だが今のところどこかに勤められそうな気配はまだないし、本質的にはどちらかというと僕は煙草を吸える人生の方を選びたいというのが本音だ。その点に関しては、肺気腫なのに亡くなるまで煙草を吸い続けた父と考え方はあまり変わらない。とまあ、吸いたい理由は山ほどあるのだけれど、せっかくここまで止められたのだから、また元に戻ってもう1度禁煙するのは物凄く面倒に思えるのも確か。実際、去年悪性リンパ腫でCT検査を受けたときに自分が既に肺気腫であるというのも分かっているので、健康上も止めた方がいいというのは重々承知しているから禁煙したのだった。さて、この先僕はどうするのだろう。

昨夜は珍しく朝まで2度ほどトイレに目が覚めたものの夢を見続け、今朝起きたのは結局9時近かったが、あまり寝た感じはしなかった。予定通り10時に病院に母を迎えに行った。スーパーに寄って買い物をしてから家に連れてきたものの、昨夜の不調の延長で僕の調子が非常に悪く、午前中は僕の方がコタツで寝込んでしまった。やはり母の調子は悪く、認知症の可能性はかなりあると思う。病院に持って帰る服を選ぶのに延々時間がかかって終わらない、つまり物事の判断がつかないし、話をしていて僕が質問しても答えが返って来ないので会話自体が中断してしまい成立しない。今日も途中で僕は半分切れてしまった。それぐらい母のもどかしい言動が耐えられないと思った。で、母に質問するのは諦め、その代わりに最近はずっとパチンコに通っているのだということをカミングアウトした。僕が業務のことを母に話すのは初めてだ。業務で食っていた10年以上前から、ずっとそのことはひた隠しに隠して、話したことはなかった。だが、そのことはこれまでずっと僕の心のどこかに重荷として常にあったし、今の状況からして、これ以上母に嘘を吐きたくなかった。大体、医師の言うように今月一杯で母が退院するようになったら、話さずにはいられないだろうと思っていた。長年引っかかっていたことでもあるので、少し気が楽になったような気が一瞬したが、それは業務のこと一点に関してだけであり、本質的な状況や問題は一切解決していないので、母を病院に戻して夕飯を食した後はまた例によって酷く鬱屈し、今日も安定剤に頼らざるを得なかった。

ホントに毎日辛い。母のことを考えると物凄く気が重くなるし、自分の将来のことを考えるとひたすら絶望するのみだ。煙草に逃避したくなるのも自然の摂理というものだ。そしてもちろん、それは僕の弱さでもある。しかしいずれにせよ、人間は所詮現実というものからは逃げられない。すると、僕はこの先一体どうやってこの事態と付き合って、そしてそれを乗り切るのだろうか。というか、果たして乗り切ることが出来るのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | ある種の敗北、カミングアウト はコメントを受け付けていません

陥穽

今朝はゴミを捨てるため、久しぶりに目覚ましをかけて7時15分に起きた。そういえば、2晩続けて睡眠薬を飲んでしまった。

朝食後、ゴミを捨てて戻ってくると、病院の母から電話があった。話を聞くと、昨日と同じ話をしている。例の着る物が云々、という奴だ。ちょうど眠くてコタツで一眠りしようかという矢先もあって、僕は幾分不機嫌になった。前から言われていた服と下着を少々用意して、ひとまず病院へと向かった。で、昨日と同じ話をするのでいらいらして僕はまた怒ってしまった。すると、たまたま薬を飲ませに居合わせた看護師に、怒っても本人は分からないのだからと言われ、認知症の可能性もあるのでと言われた。来週検査をするのだと言う。これを聞いて、また母の様子が以前に戻っているような印象もあり、僕の気分は一気に落ち込んでしまった。母に対して怒ってしまったことについても自己嫌悪を覚える。その後業務に行ったがどうにも気分が塞いでしまって、まったく集中出来ない。ストレスだけが溜まり、煙草が吸いたくてたまらなくなる。どうにも我慢ならなくなったときのためにポケットに入れておいた煙草の封を切ってしまう。しかし、なんとか吸うのは我慢した。何しろやっとのことで禁煙してもう4ヵ月にもなる。また禁煙することを想像すると、なかなか吸う決心がつかない。

帰宅して、夕飯前に1時間ほどコタツで昼寝。夕食後、本格的に抑うつ状態に突入してしまった。どうにもならないほど気分が塞ぎ、苦しくてしょうがない。何もしたくないし、何かすることを想像するだけで嫌になるし、ひいては頭に浮かぶすべてのことが嫌でしょうがない。直接的には先週からの母の調子の悪さ、特に昨日今日の以前に戻ったような調子の悪さ、それと一番大きいのは認知症の可能性があるという看護師の話。将来の介護のことを考えると物凄く憂鬱になる。途轍もない負担に思えるし、そうなったらもはや僕は他に何も出来なくなり、いよいよもって僕の未来は破滅に向かう以外何もなくなるのではないかという絶望感。あまりにも苦しいので安定剤のセルシンを2錠飲むが、なかなか効いて来ない。Hに電話してみるが留守電、弟に電話してみると奥さんが出て今日は飲み会で遅くなるという。こうなるともう電話出来るところがない。ますます途方に暮れた。苦しくてしょうがないのにこういうときに限って眠れる感じもない。そのうちHからようやく電話がかかってきてしばらく話す。しかし、僕の口からはネガティブな言葉しか出てこない。それもそのはず、頭の中にはネガティブなものしかないから。電話を切ってしばらくするとようやくセルシンが効いてきたのか、眠くなった。YouTubeでスティーリー・ダンのアルバムをかけながら小一時間ほどうとうとしたようだ。あまりにも眠くなって寝てしまいそうだったので、風呂を沸かし、台所で洗い物をした。もはや昼間のあの狂おしいほどの煙草を吸いたいという欲求はないけれど、コーヒーを今淹れていて、試しに1本吸ってみようかと思う。元の本数に戻ることだけは避けなければならないが、今のあまりにも強いストレスから逃れる術が見つからないから。しかし、結局は墓穴を掘ることになるのか。いまだに迷っている。

あ、そうだ。母を怒ったことに対する罪悪感、それと母の調子の悪さ、認知症の可能性、そういったもののストレスがあまりにも強いため、敢えて明日また半日一時帰宅させることにした。むしろ一緒にいた方が楽な気がして。しかし、今晩のような自分の状態ではしんどいかも知れない。

カテゴリー: 未分類 | 陥穽 はコメントを受け付けていません

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

あ、村上春樹の新刊、今日発売なんだ。長編と聞いてはいたけれど、上下巻とか3分冊とか4分冊じゃないのは好感が持てる、っていうか、1785円という値段が安く思えてしまう。「1Q84」という駄作の後だから過度な期待は持てないけど、やはり読んでみたい。注文するかな。しかし、読むにはいまだに途中の有栖川有栖「双頭の悪魔」を読み終えないと。

カテゴリー: 未分類 | 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 はコメントを受け付けていません

Bad Wave

8時前起床。朝から出かけて、帰宅したのは8時近く。先月分の母の入院費を支払うために朝銀行に寄り、そのまま8時間業務、それから母の病院、帰り道で蕎麦屋に寄ったらちょうど看板、よってセブンイレブンに寄ってカレーの夕飯を買い、そのままスーパーまで行き買い物、それから帰宅して夕飯。とまあこれだけの一日。

今日の母はどうも調子が悪く、また不安になった。僕が病室に入るなり、着る物がないなどと言う。もちろん、実際はあるのだ。確かに先日持ってきて欲しいと言われたワイン色のシャツを僕は忘れた。しかし、ベッドの脇には何枚も着る物がある。ところが母は毛糸のものは暑くてもう着れないなどと言うが、もちろんそこにあるのは全部毛糸のものではないし、薄い物だってある。先日からこんな風にちょっとずれたというか、少し辻褄の合わないことを言うようになり、僕は不安に駆られてなんでそんなことを言うのかとしばらく問い詰めてしまった。しかしもちろん本人にそんなことを問い詰めても分かる筈がない。一昨日、今月一杯を目途に退院させる予定だと言われたことも忘れていた。ここに来てこう調子が悪くなってくると、本当に今月末に退院させて大丈夫なものか分からなくなる。もちろん、まったく別人だった1月2月に比べると、3月から劇的によくなったことは確かで、だからまだ多少波があるということなのだろう。まだ完全に治ったわけではないのだ。しかし、この言のブレが老化によるものだとすると正直ちと気が滅入る。いずれにせよ、これから僕は母と二人で生きていかなければならないのだから。

カテゴリー: 未分類 | Bad Wave はコメントを受け付けていません