春の雪、生きるって何?

やっぱりダメだ。生きてる感じがしない。ここで生活しているって感じがしない。ただこうやって生きているだけで息苦しい。何か、ただ苦しみのようなものだけが空転しているようで。鉛のように重いのは身体なのか心なのかそれとも意志なのか。この星の重力が僕には重過ぎるのか。

二度寝して8時過ぎに起きると、外は雪が舞っていた。朝食後にネットで調べると、本日の最高気温は3度。今日で3月も終わり、明日からは4月だというのに。午後からはいつの間にか雨に変わっていたが、いろんな意味で寒々とした一日だった。

出かける前に来客があり、出るとこの地域の壮年会の誘いだった。2人来た片方の人にどうも見覚えがあると思ったら、子供のころ一緒に遊んだ、近所のH田さんちのA男君だった。40年振りの再会。しかし、壮年会への参加はどうにも気が重い。地域、近所付き合いに積極的に参加しなければならないという義務感は感じるものの、仕事もしていない現在の状況で集まりに出るのは、話ひとつするのも億劫だし気が引ける。自由参加らしいので、来週一杯で返事をくれるように言われたが、どうしようか悩む。たかだか年4回の行事しかない集まりなのだが。果たして来週まで答えが出るだろうか。参加を一年先延ばしにしようか。

夕方まで業務。低価格で低リスクな条件でやっているわりにはそれなりの日当を得たが虚しい。先が見えない。時間を潰している感じ。モラトリアムとも違う、何か中途半端な、実に嫌な感じがつきまとう。いつまで経っても何も見えてこないし、何も決心がつかない。焦燥感、違和感、閉塞感、絶望感、空虚、無為、孤独。

心底煙草を吸いたいと思う。今煙草を吸ったらどれだけ楽かなと思う。しかし、もう一度止めるのは途轍もなく面倒で大変なことに思えるから吸うに吸えない。本当に1本吸ってしまったら元に戻ってしまうのだろうか。

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ふきのとう

7時前に目が覚めるも、昨日の体調の悪さを考慮して二度寝三度寝して8時過ぎに起床。

今日は母が一時帰宅する日なので、10時に病院に迎えに行く。天気予報で天気のいい日を選んでいるので、前回ほど暖かくはなかったけれど、それでも今日は晴れ。帰宅して、ガレージから玄関に向かう途中で母がふきのとうを見つけて摘んだ。それを昼食時に刻んで味噌汁に入れる。香ばしい。ああそういえばふきのとうって、こういう風に使うんだなってことを思い出した。午前中に来客があり、母の元教え子という人が来て仏壇に線香を上げていったけれど、母はごく普通に対応して話をしていた。今はごく自然に笑顔が出るし、母の回復は著しい。母は午後は洗濯などをしていたが、外に洗濯物を干しに行ってまたふきのとうをたくさん見つけて摘んできた。それから、車で隣町の叔母のところに二人で行ってみる。先日、お彼岸や四十九日のときに漬物などをもらって器を返さなければならなかったし、僕一人では道を知らないので行けないから。そんなわけで何十年かぶりに叔母夫婦の家を訪ねる。ここでも母はごく普通に話が出来ていた。母の妹である叔母は僕がまだ埼玉にいる間、母が最初にパニックに陥ったときに足繁く家に来て母の面倒を見てくれて、挙句母の妄言でノイローゼ気味になってしまったという経緯があった。

叔母のところから戻ると、母は何故か一生懸命にトイレ掃除をしていた。そろそろ病院に戻る時間になり、今回も病院まで送る途中で寺に寄り、墓に線香を上げてきた。

母を病院に置いてくると、例の夕方になると決まって陥るダメな気分に。どんどん気が滅入り、どうしようもなくなる。気がつくとまたコタツで2時間近く寝たようだ。夕食後、夜はBSでJリーグの試合を見ていたけれど、憂鬱な気分は一向に抜けず、今夜も希死念慮が。一体どうしたら抜けられるのだろう。このどうにもならない閉塞感。せめて体調がよくなればまだいいのだが。

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気絶

7時過ぎ起床。燃えるゴミを出す。10時から5時間ほど業務。買い物。歯医者。母の病院。とまあ、これだけの1日なのだが、夕食後は例によって酷く絶望して死にたくなり、気がつくとコタツで2時間半気絶していた。物凄くダルい。ツイッターやってる夢を見た。それでなくても今日は朝と午後にもコタツで気絶しており、どんだけ体調悪いんだ、という感じ。先日の血液検査では肝機能、腎機能ともに問題ないとのことだったが、本当だろうか。若干貧血気味と言われたがその影響だろうか。いずれにしてもいくらなんでも疲れ過ぎ。途方に暮れる。明日は母親が一時帰宅。

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抜歯

7時起床。午後は暖房いらずの陽気、この雪国にもようやく春がやって来つつあるか。

業務後、4時に役場にて健康福祉課の課長と会う。その後、5時に歯医者、上の奥歯を2本抜いた。

例によって夕方から精神的に参り、希死念慮に捕らわれる。物凄く苦しい。精神的に。例の町長に礼の連絡を入れなければならないのだが、いつの間にか意識を失っていた。目が覚めると、絶望感と希死念慮はようやく少し治まった。絶望感の原因として、夕方の面談がまったく無意味で徒労であったという感覚を覚えたことがかなりあったのだが、例の町長に電話して話してみると、この町の町長に話を通していたとのこと、話をした課長は初耳のような話だったが、そういうことだったのかと思う。もちろん、ありがたい話だけれど、だからといって仕事が見つかるとは思えない。あまり気休めにはならない。結局のところ、悲観する要素には事欠かないが、楽観する要素など何処にも見当たらないのだ。

こう精神的に追い詰められていると、誰かに電話で救いを求めたくてしょうがないが、昨夜Hと電話したばかりだし、そうそう毎日電話出来るものでもない。というか、苦しいからといって誰かを頼る、誰かに救いを求めるという癖を直さなければならないと思う。いかなる状況でも一人で乗り越えなければならないし、そうでなければこの先生きていけないのではないか。だが、生きるということは本当に苦しい。

そろそろ歯を抜いたところが痛みだしてきた。痛み止めを飲まなければならないか。

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過労?

昨夜のW杯最終予選、ヨルダン×日本、2-1で敗れたからというわけではないけれど、どうも以前のように寝食を忘れて熱中するという感じになれず、このところの精神的不調からしてやはり今は抑うつ状態にあるのだと思う。で、肝心の試合の方だが、サッカーの内容自体はカナダ戦よりはむしろよくなっていたのだが、如何せん、失点のシーンはかつてアジアで失点を繰り返していたころの日本代表を思い出させるものだった。いずれにしろ、2失点というのはいただけない。アウェイの難しさ、W杯予選の難しさというものを選手たちも改めて認識したのではないかと思う。トップ下に入った香川は前半はよかったが、後半はゴールシーンを除くといまひとつ。

で、1時過ぎまでサッカーを見ていたというのに6時には一旦目が覚めてしまい、その後も15分ごとに目が覚め、結局7時起床。朝食後、叔母から連絡があり、父の葬儀の折に弔辞を読んでくれた2つ隣の町の町長から、役場の健康福祉課の課長と話をするようにということだったので、連絡して明日のアポイントを取った。が、どこまで話が通っているのか皆目見当がつかない。あまり期待しないようにしよう。それよりも、今日は昨日までよりさらに体調が悪く、業務中に既にへろへろ、母の病院に寄って土曜日に一時帰宅させることに決めて帰宅したものの、あまりにも疲れているし気分も悪いのでコタツで横になっていると、気がつくと2時間気絶していた。夜になっても疲れはまったく取れず。この体調では、明日もし臨時職員がどうのという話になったとしてもすぐには務まらないかも知れない。それに、まずは母の退院やその後の様子が決まるまではまだ就職は話があったとしても難しいのではないだろうか。しかし、それにしても体調が悪過ぎる。例によって夕方以降は絶望して希死念慮が出てくるし、体調が悪いから精神面が弱っているのか、精神面から体調を崩しているのか、もう訳が分からなくなってきた。

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悪心と恐怖と

夕食後、夜になって体調悪。気分が悪い。そのせいか、漠然とした、それでいて物凄い恐怖心に苛まれる。安定剤飲めばよかったか。今夜はこれからW杯最終予選、ヨルダン戦があるので。それにしてもこの体調の悪さ、精神的な弱さには参る。今日は近所の内科にまた行ったのだが。後10日ほど今の胃酸を抑える薬を飲んで様子を見て、それでもダメなようなら胃カメラを撮るということに。でも既に胃潰瘍であるのは間違いないだろうな、この調子では。

恐怖心に捕らわれているときは、本当にこの家は広過ぎる。馬鹿げた話かも知れないが、僕はこの家が怖い。

どういうわけかオーストラリアがオマーンとホームで引き分けてしまったので、今日の試合は引き分けでもOK、しかし普通にやればまず勝てるだろう。とにかく試合までに少しでも体調がマシになって欲しい。

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What’s up?

8時起床。朝起きたときから物凄く疲れている。昨日の法要をひとつこなしただけでそんなに疲れたのだろうか。

今日は自分の病院の日、朝食後はBSでW杯予選、日本×イラクの再放送を見て、11時過ぎに病院に向かう。血液検査を済ませ、予約は1時なのでロビーでうとうとして待つ。1時半近くにようやく呼ばれて、最近の体調不良を訴えたけれど、今かかっているのはリンパ腫の予後観察なので血液担当の医師、他の科を紹介しようかと言われたけれど待つのも通うのも大変なので、近所の内科で診てもらうことに。しかし、今度の予約は2ヶ月後ということだし、こっちの血液検査はCRP(炎症反応)も調べてくれないので、以前の帝京大学病院と比べると何かと不安はある。

病院内のスタバで昼食を買い、車の中で食べながら帰る。帰途、セルフのスタンドでガソリンを入れる。ようやく若干ながら値下がりしていた。一旦帰宅しようかどうか迷ったけれど結局そのまま業務に直行、6時ごろに母の病院へ。毎回書いているけれど、母はびっくりするくらいによくなっている。今日辺りの表情は以前とそれほど変わりなく、ときおり笑みまで浮かべる。医師の許可を得たので、また一時帰宅するということになり、今週中のどこか、また天気のよさそうな頃合いを見計らって連れて帰ろうと思う。

そういえば病院で待っている間、実に久しぶりに元妻に電話してみたら繋がった。父が亡くなったことなどこちらの事情を話したのち、夕方に向こうからかかってきたので今度は彼女の状況を聞いてみるとびっくり、(新しい)ご主人が仕事を辞めて無職の主夫になり、彼女ひとりが働いているのだと言う。それでは僕と結婚していたときと変わらないではないかと言うと、そうなのよ、と彼女は言う。なんていうか、元妻も男運がない。

夜は相変わらず精神的に煮詰まる。が、それよりも極度の疲労を覚えて、NHKの「プロフェッショナル」の本田圭佑の特集を見ながらまた寝入ってしまった。昨夜は学生時代のサークルの後輩の女子が、癌が再発して余命いくばくもないということを医師に宣告されたということをFacebookでカミングアウトしていた。僕はちょうど1年ほど前、自分が癌を宣告されたころを思い出した。で、4月に治療のために入院していたころを思い出した。あのころも、その後の通院治療していたころも、果たして自分は治るのかどうなのか、一体どれぐらい生きられるものなのか、よく分からない状態だったけれど、考えてみるとあのころの方が今よりも生きることがずっと楽だった。治療することしか選択の余地がないので迷いようがないということもあったけれど、それだけではなくて、些細なことであっても生きる喜びというものがあったような気がする。今はそういった喜びがストレスにとって代わってしまっている。ただひたすら疲弊して摩耗して。

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After 49

今日は父の四十九日だった。

8時ごろに起床。10時半に寺へ。今日は四十九日と百か日、それと納骨を行うとのことだったが、住職の読経を聞いていると、同時に祖母の三十七回忌もやってくれていることに気付いた。ありがたいことである。納骨って一体どうやってやるのだろうと思っていたら、骨箱ごと入れるのではなくて、骨だけを中に入れるということで納得。今日は素晴らしくよい天気に恵まれてよかった。納骨が終わると自宅に移動して経を上げてもらい、それから歩いて5分ほどの近所の料亭に移動。食事を終えて2時ごろに解散。弟一家は母の病院に見舞いに行った後、5時ごろに仙台への帰途に就いた。

ようやく四十九日の法要を終え、次は一周忌なので本来なら一安心といったところなのかもしれないが、僕が感じたのは無闇に空虚な感じだった。すっかり人間嫌いになった僕が、久しぶりに親戚一同と会した反動なのだろうか。なにやら無性に疲れている。なんていうか、体の芯が疲れている感じ。音楽もなんかリラックスして聴いていられないし、この異様に空虚な感じはなんだろう。今さっき、安定剤のセルシンを2錠飲んだ。まるで抜け殻のようだから、今日は早く寝るしかないのか。明日は病院だ。虚しい。

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非現実

昨夜は親善試合日本×カナダを3時まで見た。なんていうか、ぴりっとしない試合で、序盤はカナダのパス回しの方が速いくらいだった。途中からかなり眠かったな。で、今朝は例によって7時前に1度目が覚めるものの、2度寝して9時前起床。

午前中の記憶が曖昧だ。近所の内科医に行ったのだけれど、駐車場が一杯だったので諦めた。2時過ぎに弟一家がやって来た。総勢4人。昨日も書いたように、どうも彼らに対して気後れというか、屈託のない笑みの絶えない彼らの中に混じれない。なので、そこからはノートPCを持って台所に終日引き籠る。所在なくなって、夕方ちょっとだけ近所を散歩してみた。久しぶりに歩く裏通りの街並みは記憶に重なる部分も多い。一度かつての大通りに出てぐるっと回り、実家の前の道を戻ってくる。目に映る光景は子供のころの記憶を呼び覚まし、寺の墓地や、遠くの稜線、それらはすべてここが僕が生まれ育った山形の田舎町であることを示している。ところが、困ったことにまったくその実感がないのだ。もうこっちに引っ越してきてかれこれ2ヶ月が経とうとしているというのに、いまだに僕には山形の故郷で暮らしているという自覚、現実感がない。このなんとも奇妙で居心地の悪い非現実感。僕の精神を日々じわじわと締め付けているのは、この非現実感なのだろう。端的に言えば、僕はまだまったくこの土地に馴染めていないのである。ここでの息の抜き方というものがいまだに見つからない。だから毎日業務に逃げ込みたくなるのだ。

夕食は台所で5人揃って鍋を突いた後、また僕は一人台所に残ってYouTubeのプレイリストを流し、テーブルに突っ伏してうとうとした。正直こういうのって辛い。年末、父が倒れたばかりのときは母も入れて総勢6人いたが、こんな風ではなかった。いつからこうなってしまったのだろう。いつから僕は、彼らに対して負い目のようなもの、強いコンプレックスを抱くようになったのだろうか。

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人間嫌い

いつものように6時台に目が覚めると頭痛がする。なので頑張って2度寝すると、次に目が覚めたのは8時近くだった。頭痛は完全には取れず、朝食後に頭痛薬を飲む。風邪でもひいたのかと思う。

午前中はうだうだとBSで再放送しているW杯アジア予選のオーストラリア戦を見る。のち業務。不調。4時過ぎに母親の病院へ。余っている衣類とかを持って帰る。どうも母はもう退院しても大丈夫に思えるのだが。何度も書いているように、むしろ僕の精神状態の方がよろしくないと思う。母にも話したけれど、近ごろの僕は極度の人間嫌いになりつつある。明後日の四十九日のために明日弟一家がやってくるけれど、弟の家族に対してもストレスを感じてしまう。結局、こういった現象というのは自己嫌悪の裏返しだと思うのだけれど、じゃあどうすればいいのかというのが皆目見当がつかない。とどのつまり、今の僕にはありとあらゆることがストレスに思えてしまうのだった。夕食後、体調がまた悪くなり、コタツでしばらく寝込む。夜、安定剤のセルシンを2錠、今日も飲む。今朝起きるのが結果的に遅くなったのも、昨日飲んだセルシンの影響かもしれない。なにしろ半減期が長いから。

深夜1時過ぎから日本代表のカナダ戦があるので、なんとか録画出来ないものかとハードディスクレコーダーをセットしてみたのだけれど、どうやらBSデジタルのチューナーを別途用意しないとダメな模様。よって、頑張って3時まで起きてリアルタイムで見るしかない。

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