今日は仙台からやって来た弟と一緒に母の病院に顔を出した以外、ほぼ何もやっていない。つまり、久々の休日だった。これは意図的、確信犯的なもので、というのも朝から晩までずうっと雪が降り続いていたからというのが理由のひとつ。母の病院からの帰り道は猛烈な吹雪で視界が悪かった。朝と夕方の2回雪かきをした。とはいうものの、大雪というほどは積もっていない。たぶん雪は表面的な言い訳に過ぎず、今日のところは要するにやる気がなかったのだと思う。その証拠に、常日頃時間が出来たらやろうと思っていることを手帳の後ろの方に箇条書きにしてあるのだが、その中の何一つやらなかったし、やれなかった。特に午後病院から帰ってきてからはひたすらだらだらと過ごした。コタツで徳島×セレッソ大阪の試合を見ていたのだが案の定後半の途中で気絶。こうなるとかつてフィリップ・トルシエが言っていたオートマチズムである。いつもは菓子パン1個なのだが昼前に弟が来たので久々にまともな昼食を摂ったので夕飯はかなりの手抜き。夕食後はBSで鹿島×仙台。その後珍しく映画を見ることにトライしたものの、高倉健主演、倉本聰脚本ということで期待し過ぎたのか、冒頭からシラけて降旗監督のお涙頂戴的な浪花節演出に嫌気が差して半分ほどでリタイア。
夕方以降、ツイッターのTLで浦和サポーターの「JAPANESE ONLY」という横断幕が人種差別的だというので炎上。これが李忠成に向けてであるなら一体何をしているのだと思う。サポーターというのはごく稀にしか球場に足を向けない僕なんかにとって、アウェイにまでやって来て凄いなあなどと思う反面、ある種の了見の狭さと傲慢さを感じることも。いわゆるネトウヨとか、今回のようなレイシズムとか、ナショナリズムというのは単純明快なので楽なのだろうなと思う。ただ一方向的に攻撃してればいいのだから。これはある種の思考停止なのではないかと思う。行き過ぎとかやり過ぎという以前に、視野狭窄に陥っている。彼らは物事の一側面しか見えておらず、そのことが与える影響とか違う視点・観点というものまで思考が至らない。
サッカーの合間に、FXのテクニカル分析がなかなか頭に入らないので本を読み返したりしてみたのだが、確かに僕の理解が足りないのかも知れないが、どうもこれらが予測に適しているとはなかなか思えない。何故なら、すべて過去の集積で後付けであるので。あらゆるテクニカル分析のラインが示しているのは過去、つまりある意味足跡をなぞっているようなものでこれをこれからどの方向に向かうかということを予測するのにリアルタイムに適合するとはどうも思えない。つまり、未来をパターン化するということに違和感を覚える。雲や気圧の動きから天気を予測するのとは根本的に異なる。ただ、相場の上下などというものは所詮気分的なものなんだなあという感慨を今週は改めて受けたので、世の中の人がテクニカル分析によってこうなる、と思い込んでしまえばいいのであるから、その意味では役に立つのだろうか。要するに重要なのは心理分析であって、テクニカルが人々の心理を解析し得るかが肝要なのだが、心理の集積結果がテクニカルチャートになっているのであって、その逆ではない。そこんところが難しいところ。結局は確率論的なところで使うしかないんだろうなと思う。で、この場合それは的確なのだろうかというところにどうしても疑問が。そんなこんなで、考えを突き詰めるとにわとりが先か卵が先かみたいなところに辿り着く。なんだかんだ言って、経済指標とかのファンダメンタルズ要因が一番動くことはこのところの経験で分かった。
お、今煙草を吸ったら久々に眩暈が。そういえば今日は香川が最後の10分ぐらい出場してそこんところだけ見たが、それほど動きは悪くなかった。だが、もう少し貪欲にゴールを狙って欲しい気が。ドルトムント時代と比べるとそこんところが物足りない。それは本田にも言えるし、相変わらず柿谷にも言える。徳島×セレッソの試合を見た後鹿島と仙台の試合を見ると、両チームとも昨季の順位こそぱっとしないけれどレベルが高くて試合自体は面白く、逆にセレッソはあれだけのタレントを揃えているのに何故優勝争い出来ないかなんとなく分かった。まだチームとして十分にオーガナイズされていないし、走りが足りない。無駄走りが。結局それは効果的な連動性というものに表れてしまう。
明日はあんまり雪が降りませんように。