歯と肯定

日曜日。

朝、朝食を食べ終わりコーヒーを飲もうとしたらぽろっと差し歯が取れた。予期していたとはいえ、かなりのショック。まるでこの世の終わりのような気分に陥る。意識的にはまず外見的に自分が赤塚不二夫の漫画に出てくる貧相なオヤジのような面相になってしまったと思い込む。特養に入所してからの半年で、根っことはいえ6本か7本も歯を抜かれた母がずっと歯のことを気にし続けていた気持ちが分かる。歯というのは、それだけでうつ病発症の一因になってしまうようなものなのだ。意を決してトイレの鏡で見てみる。すると、かろうじて正面の前歯ではないので見た目のインパクトは思ったほどではなかった。だが情けないことには変わりない。抜けた歯を見ると、どうやら10年以上前にも一度抜けて付け直してもらった歯のようである。今回も無事元通りにくっついてくれればいいのだが。

それでも人間というのは慣れるもので、夜になるころには歯が一本ないという状態にもようやく慣れてきた。しかし、見た目云々よりも夕飯を食べるときに気になって食べにくくてしょうがない。どうしても歯が抜けた方で噛む気になれない。

そんなわけで朝から何かと気分的には憂鬱な一日、夕食後に母のところに行った以外はひたすら家に篭って映画を見ていた。午前中に昨日アマゾンに注文したノートPC用のスピーカーが届く。あんまり早いので驚いた。確かに小さくてノートPCで使う分にはいい大きさなのだが、何しろ1500円かそこらの小型スピーカーなので低域が足りないのは予想通りだったが、音を出してみると1.5kぐらいの音域を意図的にフォーカスされていて、ハイハットとかのシンバルが妙に前に出過ぎて音楽を聴くのには向かない。ノートPC備え付けのスピーカーよりはマシという程度。それでも台所やコタツで映画を見る分には十分という感じ。こうして比べてみると同じ低価格のスピーカーでもデスクトップに使っているCreativeのT12がいかに抜群に音がいいか分かる。

ただこのT12、ACアダプター電源なので移動するには少々面倒くさく、今回購入したロジクールのスピーカーはUSB電源なので移動に関しては便利。

というわけで午前中からコタツで映画を見始める。最初に見たのは昨日「クラッシュ」が衝撃的だったポール・ハギス脚本の「ミリオンダラー・ベイビー」(クリント・イーストウッド監督)。これもアカデミー賞の作品賞を受賞した作品だ。だがこちらは「クラッシュ」のような納得のいく終わり方ではなかった。前半と後半の違いがあまりにも落差があるし、尊厳死というテーマも重い。そもそも、納得のいく尊厳死などというものは存在するのだろうか。それはあくまでも当事者の視点でしか存在しないのではないだろうか。第三者的視点で納得がいく、腑に落ちるという風にはどうやっても持って行けないテーマなのではないか。「クラッシュ」の脚本があまりにも巧緻を極めたものであったので、どうにもこちらの映画は理不尽な結末に思えてしょうがない。

「ミリオンダラー~」はhulu、つまりノートPCのストリーミングで見たのだが、本日2本目の映画は以前録画してあった石井裕也監督「舟を編む」をテレビの大画面で見た。こちらも日本アカデミー賞を総なめにした映画、三浦しをんの原作は本屋大賞を受賞。そもそもが辞書の編纂という地味な話であることもあるが、特に劇的な展開や起伏があるわけでもなく、淡々と話は進む。こういう映画はキャラクターや雰囲気がとても重要だ。松田龍平演じる主人公は少々デフォルメされ過ぎている感が無きにしも非ずだが、それなりに見ている間なんとなく幸せな気分に浸れる映画ではあった。物凄く面白い話でもないし、物凄くよく出来た映画というわけでもないのだが、そういう気分に浸れるというのは、恐らくいい人しか登場しない映画だから、ということが大きいのではないだろうか。おまけに誰も理不尽で酷い目に遭ったりしない。たぶんここに描かれているのは幸せのひとつのかたちなのだと思う。だから見ている僕らもなんとなく幸せな気がするのだ。こういう人間や人生というものを肯定する話はとても後味がいい。逆に「ミリオンダラー・ベイビー」の後味があまりよくなかったのは話を肯定しきれないからだと思う。そういえば昨日見終わった「イングリッシュ・ペイシェント」のラストと「ミリオンダラー・ベイビー」のラストは似ている。

夕方までに2本も映画を見てしまったが、かといって今日は他にすることも思いつかず夜になって遂に3本目の映画に突入。今度はまたhuluで原田眞人監督「突入せよ! あさま山荘事件」を見始めた。が、さすがに疲れて途中まで。僕がこれまで一日で一番多く映画を見たのは、高校のころにビートルズの3本立て(「A Hard Days Night」「Help!」「Let It Be」)を2回し、つまり6本が最高だが、僕はもう高校生ではない。

今日はなんか本を読む気分でもなく、かといってネット上のニュースを見たりツイッターのタイムラインを日がな追いかける気分でもなかった。要するに『映画なら見れる』という気分だったのである。それはそれで、まったく何をしたらいいのかも見当がつかない日がこのところ続いていたので、昨日今日と映画を見まくっているというのはそれなりに進歩、収穫であったと言えるのかもしれない。

とかく悲観的な気分が続いていて際限なく自分に対して否定的になる傾向にあるので、「舟を編む」みたいな肯定的な話はとても救いになる。気分的に。肯定するということはとても大事なんだなと思う。どうせ本を読むのならそういう話が読みたいものだ。

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