大概の場合、願いはかなわない

4月10日、水曜日。

今日はとにかく寒かった。今日明日と雪の予報だったので、念のために今日の午後に予定していたタイヤ交換をディーラーに電話して来週に変更。ところが確かに寒かったが雪は降らなかった。

昨日の続きなのか今日も体調はいまいちよろしくなかった。3時ごろに母のところに行くと、ちょうど隣町の叔母(母の妹)が来ていた。その叔母の話によると母の友人であるA先生のご主人が二週間ほど前に亡くなったそうで、自分は新聞を取ってないので気づかなかったが父のときに香典をもらったのでお返しに行くべきだと叔母がいう。しかしながらA先生のご主人とはまったく面識がなく、母が行くのなら分かるがこの場合、知っていてもたぶん葬儀には行かなかったと思う。別に行かなくてもA先生は気にしないと思うが、叔母に言われるとこの場合は少々包んで線香をあげに行かなければならないかと。どうもこの辺の加減がいまだによく分からない。

夕方から相場のポジションを取る。結果的に方向(売り)は間違っていなかったのだが、21時半の指標時に初動で逆に動いたところでストップがついて撃沈。その後大きく反落したので、ちょうどストップ狩りに遭ったような形に。以前雇用統計のときとかによくあったパターン。ストップの位置をタイトにしていたのが裏目に出てしまった。久しぶりに負けを食らったのでちょっとショック。それも自分のポジションが狩られたあとに大きく下げたので余計に悔しい。いずれにせよ、ポジションを取る時間が早過ぎたというか、もしくはもっと早めに手仕舞いしておくべきだった。20時45分のECBの政策金利発表でもしかしたらストップがつくかもと思っていたが、そこをなんとか切り抜けたところで不意打ちを食らった感。その間ずっとお祈りモードになっていたのでしょうがないか。大概の場合、願いはかなわない。

土曜日に父の七回忌が迫り、夜になってふと弟に電話して礼服を着てくるかどうか確認すると、着てくるという。で、礼服じゃなくていいと連絡していない場合は礼服を着るべきなのだと。法事ももう七回忌だというのに、前回どうしたかとかということをすっかり忘れている。住職に渡すお布施も祝儀袋なのか不祝儀袋なのか分からずググる(不祝儀袋だった)。で、どのタイミングでお布施を渡したらいいのかすっかり忘れてしまい今ググった。なんでこう何から何まで忘れてしまうのか、一概に年齢のせいともいえないような気が。それにしても、分からないことがあってもとりあえずググれば答えが出てくる。便利な時代だ。それが必ずしも正解ではないのかもしれないけど。

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ときに願いはかなう

4月9日、火曜日。

今日はとにかく終日体調が悪くて気分の悪さに悩まされた。昨夜寝る前に覚えた頭の鈍痛が、一夜明けてもまだ残っているのに驚いた。朝早くに寒くて目が覚めたのでもしかしたら風邪でもひいたのかと思ったが熱があるようには思えなかった。とにかく調子が悪いとしかいいようがない。風邪気味なのだとしたら母にうつしてはいけないので、母との面会も今日は30分で帰った。で、今日は18時半キックオフでACLの鹿島の試合があるので、こんな体調であるのに5時半に蕎麦屋で蕎麦を食べて夕飯にしてしまった。なのでこれを書いている今、相変わらず調子が悪いがそれに加えてちょっと空腹も覚える。

ACL、慶南(韓国) 2-3 鹿島。

90分まではまったくの負け試合だった。少なくとも今季では最悪の試合に思えた。前半終了間際にGKクォン・スンテがふくらはぎを踏まれて負傷交代、後半になって犬飼のオウンゴールで先制されるとさらに失点して2-0、オウンゴールでなんとか2-1としたものの犬飼が2枚目のイエローで退場で10人となり、これはどう考えても無理、2-2に追いつけたら御の字に思えた。これで負けたらまったくもって監督の大岩の責任だと思った。そして、90分が過ぎてアディショナルタイムを迎えるまでは今日の2トップ、金森とセルジーニョはまったくいいところがなかった。どう見ても彼らの日には見えなかった。皮肉なことに、相手で脅威になっていたのは唯一の日本人、邦本で先制点も邦本のクロスを犬飼がオウンゴールしてしまったものだった。犬飼は特に酷い出来とも思えなかったが彼にとってはまさに踏んだり蹴ったりの日になろうとしていた。

ところが。アディショナルタイムに入って安西のクロスを安部がヘッドで折り返したのを金森が決めて2-2の同点に追いつき、さらに交代出場の山口のクロスをやはり交代で入った小田逸稀が折り返したところをセルジーニョがゴールに蹴り込み、なんとアディショナルタイムで2点取って2-3と逆転してしまった。前述のようにそれまで金森とセルジーニョはまったくいいところがなく、ほんの数分前までこんな展開はまったく想像もつかなかった。酷い負け試合がアディショナルタイムのほんの3分ぐらいで奇跡的な逆転勝ちへと変わっていた。これには本当に驚いた。正直呆気にとられた。こんなことが起こるとは。そして僕は、願いはかなうものなのだなと思った。

とにかく凄い試合だった。退場になった犬飼と通算2枚目のイエローをもらった町田の両センターバックが次の試合には出られない。スンヒョンは負傷中でブエノは登録外。そうすると本職のCBは高卒新人の関川郁万ただ一人。なので、恐らく次のホームでの慶南戦は三竿と関川のセンターバックになるだろう。他に選択肢がない。だがそれはそれで関川を見れるのは楽しみ。

その後、「BORDER」のスピンオフである「BORDER 衝動」前後編をアマゾンのプライムビデオで見た。やはりよくできていた。だが体調は相変わらず悪い。気持ち悪い。

しかし、願いというのはときに思いもかけないかたちでかなうものなのだな。今日はこれ以上何も望むまい。

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BORDER

4月8日、月曜日。

何時だったか、結構早い時間にトイレに起きた。そのせいか二度寝して10時8分に起きたものの眠気が残り、午後昼寝。よく考えてみると三日連続して昼寝している。昨日も精神科で寝てばかりいると相談したばかり。だが実際問題として眠気が取れないと人間どうにもならない。判断ひとつまともに下せない。会社員時代、午後に強烈な眠気に襲われてどうしようもなくなって公園のベンチで30分ほど昼寝をしたことが何度かあった。そういえば弟も一時期ナルコレプシーじゃないかと悩んでいたことがあった。昨日精神科医は眠すぎても別にいいんじゃないですかと言っていたが。そう言われてみればそんなもんなのかも。人間誰しも寝過ぎてしまう時期ぐらいあるだろう。

アマゾンのプライムビデオでドラマ「BORDER」の最終話まで一気に見て、えっこれで終わりかよと衝撃を受けたが、その3年後に放送された「BORDER 贖罪」は一話完結の前シリーズ最終話の続編になっていた。とにかく面白かった。金城一紀が脚本のドラマはやっぱり面白い。先日も書いたように死者と話せるという設定自体は物凄く陳腐で安易だし、登場する裏社会の人間もよくよく考えてみるとそんな奴いるわけないだろ的な人物ばかりなのだが、「~屋」みたいな人物を書きたい気持ちは自分も以前そんなような小説を途中まで書いたことがあるので分かる。そういったともするといささかしらけてしまうような設定でもこれだけ面白くなることがちょっと意外だった。金城のドラマは情に訴えるというよりもむしろ逆に非情さを訴えるところに面白さがある気がする。そしてそういう話に小栗旬という役者はぴったりなのだった。滝藤賢一というのも不思議な役者で、登場するだけでほっとする。ともあれ、普通ならチープな話になりがちな設定ながら、毎回適度に意外性があった。スピンオフの「BORDER 衝動」もプライムビデオにあってこれから見るのが楽しみ。

何故か眠いので以下次号。

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天気雨

4月7日、日曜日。

9時27分にアマゾンから荷物が届いて起きた。もっとも、日曜日到着予定だったからこれは織り込み済み。何が届いたかというと椅子に敷く低反発のクッション。先日(といっても大分前だが)買った椅子の座面が薄くてもう多少ヘタってきた気がしたので。アマゾンのレビューにあったように分厚いのでどうかなと思ったが、思ったよりも柔らかくて椅子の高さを変えなくてもそのまま使えた。で、一日それを使ってみてどうだったかというと、正直言ってどうでもない。特にいいわけでも、まったく意味がないわけでもない。今までよりも椅子の座面が柔らかくなったかなという程度。姿勢を正すとかいうほどの効果はない。

今日の日中は4時に精神科の予約が入っている以外は何も予定がなかったのだが、昨日の続きというか、自分が持っている海外口座の中で無料でEAが使えるものがもうひとつあったのでそれを調べた。すると、ググったブログを読む限りではそこそこ使えそうだというので、とにかく一度物は試しで使ってみようかという気になった。そうすると必要なのは取引ツールのMT4を24時間走らせるためのVPS(仮想専用サーバ)、つまりクラウド上のサーバ。今回の口座は50万入金すれば無料でVPSが使えるのだが、そこまで一気に投入するつもりはないし調べてみるとスペックも心もとない。それでネット上を調べて回るとアマゾンのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)というクラウドコンピューティングサービスが一年間無料で使えるし従量制で安そうだということが分かった。その分設定とかを自分でしなければならない。サイトを見ても分かるように日本語のサービスなのだが何故か日本語のヘルプがない。ネット上で見つけたブログに書いてある通りにやろうと思うのだがまずどこから始めたらいいのかよく分からない。ひとまずAWSのアカウントを作る。トップページの「コンピューティング」の中に仮想サーバのEC2があったので、ここから見よう見まねでインスタンスを作成。とはいうものの、そもそもインスタンスというものが何かもよく分かっていない。ここでは一応仮想サーバのことのようだ。前述の海外口座のサーバがどこにあるのか分からないが、本社がベトナムだというのでリージョンはシンガポールにしてみた。通常、海外口座だとロンドンとかにするのが一般的みたいだが。ブログに書いてあるキーペアを作るという項目が出てこないまま、長い名前の仮想サーバが出来てしまった。一応アクセスキーというものを作成はしたもののどこで使うのかよく分からない。とにかくVPSサーバ自体は出来たようなのでクリックして接続してみる。すると、ブラウザ(Firefox)上のリモートデスクトップでWindowsのデスクトップ画面が出てきた。ブログによると接続するためのパスワードを作るとあったが、それがなくてもできたことになる。

で、MT4をインストールするためにIE(インターネットエクスプローラー)を立ち上げようとするとこれが立ち上がらない。違うアカウントでアクセスするようにという警告が出るのだが、Administratorでログインしているし違うアカウントの作り方も分からない。ここで一旦頓挫。

ところで、上記のような作業をしている合間に4時近くなり例によって事前に電話してみると時間通りに来てくれというので4時に精神科に行く。驚いたことに待合室に誰も待っていなかった。それで今日はほとんど待たずに済んだ。外は晴れていたがぽつぽつと雨粒が落ちてくる天気雨だった。いつも通りほぼ世間話の診察が終わり、処方薬局で薬をもらってから帰りがけにスーパーに寄って買い物をして帰宅。

とにかく仮想サーバは立ち上がったもののブラウザのIEが立ち上がらない。というところで6時45分ぐらいになってしまったので、母のところに面会に行く。母のところでスマホで「aws ie立ち上がらない」でググると同じ症状の人の解決策が出てきた。母のところから帰宅後、スーパーから買ってきた弁当で夕飯を済ませ、コントロールパネルのインターネットオプションでIEのチェックを入れると、ようやくIEが立ち上がった。しかし今度はマウスは使えるもののキーボードで入力できないという問題に直面。また「aws キーボード」とかでググってみるが、どうもキーボードそのものが使えないという人はいないようだ。デバイスマネージャーを開いてみてもキーボードは普通に動作していることになっている。はて。とにかくキーボードの入力設定を日本語キーボードにしてみる。

ここでふと一度サーバの画面を閉じてもう一度開いてみる。すると不思議なことに今度は無事キーボードで入力できるようになった。何が違うのかまったく分からないが。で、今度はまたしても警告が出てIEが立ち上がらなくなってしまった。おかしいなと思ってインターネットオプションを見てみたが、IEの項目にちゃんとチェックは入っている。さっきと同じだ。だが何回やっても立ち上がらない。お手上げっぽい。とそこで、サーバのデスクトップにある「EC2 Microsoft Windows Guide」というショートカットをダブルクリックしてみるとそのEC2のガイドというものがブラウザで開いた。そこでそこからブックマークに入っているBingで検索して海外業者のページに飛び(と一言で書いてあるがあらゆるリンクにいちいちアクセスを許可して追加しなければならない)MT4をダウンロードしてインストールした。

かくして、何がなんだかよく分かっていないまま、なんとかかんとか仮想サーバ上でMT4が立ち上がった。途中からはまったくの手探りでやっていたので、なにか一角のことをやり遂げたような達成感。ところがMT4が無事動いたものの文字化けしている。また「mt4 文字化け」でググってみると、これを日本語化するには最初からインスタンスを作り直さなければならないようである。せっかくここまで奇跡的にたどり着いたのに最初からやり直すのは切なすぎる。というわけで、別途MT4を立ち上げてメニューの場所を調べ、英語表記に変えて無事一件落着。

とまあ、行き当たりばったりではあるがなんとかVPS上でMT4を走らせることに成功。あとは口座に入金してアクティブにしてEAをダウンロードして走らせてみるだけ。最初からセットアップされている定額制のVPS(最初からMT4がインストールされているものもある)に比べると物凄くめんどくさかったが、とにもかくにも無料でVPSを構築できたことになる。まあ僕ができたのだから誰でもやればできるんだろうけど。

これで実際にEAを稼働させてみてまったく利益が上がらないとなると、自分は一体何をやっているのかということになるけれど……。

ところで、昨日の深夜に呟いたことがツイッター上で一番反応があった。それはこういうものである。

なんでこんなことを呟いたかというと、ドラマ「BORDER」を見ていてなんで主役の小栗旬がいい役者に見えるのだろうと考えたからである。たぶんそれは彼が適度にストイックに見えるからなのではないかと。例えば柄本明とか竹中直人はどんな役をやっても柄本明や竹中直人にしか見えない。小栗旬の場合、そういう制御不能な自我がどうしても現出してしまうということではなく、制御されているように見える。役所広司なんかもそういう匂いがする。

やれやれ。また長くなってしまった。

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月山

4月6日、土曜日。

昨日同様、わりと早く目が覚めたのになんだかよく分からないうちにワープして10時50分起床。今日はなんとなく日中はエアコンの暖房を入れていたが、基本的には昨日同様暖かい日だった。

最近立て続けに海外口座を開いているが実質使っているのは2つだけなので、なんか見落としているものはないかと特にツール関係をチェックしていると、海外業者のひとつがソーシャルトレードの口座があるというので、なんだろうと調べてみた。すると、ZuluTradeという自動売買(いわゆるシステムトレード)のミラートレード専門の口座だった。人の作ったEA(自動売買システム)に乗っかって取引するというのは他社にもあって特に珍しいことではないのだが、この場合は有料のEAを買う必要もなく無料なのでちょっと試してみてもいいかなと口座開設を申し込んでおいた。土日なのですぐに開設されるわけではない。DAZNでJリーグの試合を見る合間にZuluTradeのEAのランキングとかを見て、これが上手くいったら……などとちょっとだけ夢を見た。EAに関しては使ったことはないのだけれど、まず頭に置いておかなければならないのはずっと勝ち続ける完璧なEAは存在しないということ。今回のZuluの場合は損失を監視するシステムがあり、ランキングによって上手くいかないEAは違うものに交換するようになっていて、きちんと資金管理できるのであればもしかしたらと思ったのだった。しかし気になる点もあり、それはEAを市販しているサイトと異なりバックテストの検証がなされていないようであり、各システムの稼働期間もそれほど長くないことだった。

すっかりやる気になっていたのだが、夜になって「zulutrade検証」でググってみると案の定やってみた人によると上手くいかないということが判明、当たり前だがそんなに旨い話は転がっていないのである。束の間夢を見たのだが結局は信頼するに至らないという判断でブラウザのタブを開いていたものを全部閉じた。考えてみればこれで当たり前に勝てるのであれば爆発的に広がってみんなやるはず。だからごく短期間ならともかく、そんなに上手くいくはずがないのはちょっと考えれば分かることだった。例えばEAのひとつの約定履歴を見ると、ユーロドルをひたすら売り続けるというもので、それなら裁量でやっても同じことだ。別のものを見るとポンドドルをひたすら買い続けるとか、そういうものが目立つ。こういう単純なシステムであればたまたまトレンドが合っていればその間は機械的にポジションを取り続けるだけで爆発的な利益を出すことも可能だろうが、ひとたびトレンドが逆行すると莫大なドローダウン(損失)を食らうことになる。ひとつひとつ見ていくと最大損失が1000ピップス近いものとかがざらにあって、これではとても無理とようやく目が覚めた。600ピップスとか1000ピップスとかの含み損に耐えるくらいなら裁量でマメに損切りした方がまし。なんていうか、人間はそういう当たり前のことが一瞬見えなくなることがあるのだなと。

閑話休題、今日は前述のように天気もよかったので、母に外の空気を吸わせたくなり、車椅子に乗せて一階に降りて玄関から外の駐車場に連れて出てみた。しかし外は風があって長くいるにはちょっと寒く、それに母も久しぶりの屋外に出てもそれほど嬉しそうでもなかったのですぐに戻った。二人で一階の通路にかけられている大きな絵画をしばし眺めた。紅葉の中に浮かぶ月山を描いた絵だった。それからエレベーターに乗って2階の母の部屋に戻った。今日の母は昨日のように何かをじっと見つめているという感じではなかった。帰り際に僕に手を振ってくれて少し気が楽になった。

夜はアマゾンのプライムビデオで金城一紀脚本のドラマ「BORDER」を5話まで見た。昨日だったか一昨日だったか、1話を見たときは設定(死者と話すことができる)があまりにも陳腐なので正直どうかなと思ったのだけれど、一度それを受け入れると結構面白く見れる。

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中空

4月5日、金曜日。

例によって夢を見て最初に目が覚めたのは8時半ごろだった。さすがに早いと思って次に時間を見ると9時半になっていて、たまには少し早起きしようと思ったのだがどういうわけか次に時間を見たときは11時7分になっていた。昨夜格別遅く寝たというわけではなく、どうしてこうなるのかよく分からない。ただ単に人間として自堕落なだけなのだろうか。

そんなわけだから台所で朝食を摂っていると昼近くになる。いつもの習慣で暖房をつけていたのだが、ふと暑いということに気づいて暖房を停める。そして、実に不思議なことに今日は夕方まで暖房が必要なかった。一昨日は雪が積もっていたというのに。何がどうなっているのか今一つ理解できないが、これを書いている今は暖房を入れているものの、風呂上がりにいつものパジャマ代わりのスウェットの上下を着てナイトガウンを羽織ると暑い。これはつまり、この山形の片田舎もようやっと春になったということなのか。

日中はそれなりの量の相場のポジションを持っていたのだが、今夜は米雇用統計があるしその前に19時キックオフの鹿島の試合があるのでそこまで引っ張るつもりはない。マイナスにならなければオーケー。よって母のところから帰宅後に半分を微益で利食い、残りの半分は試合のハーフタイムに見てみるとプラスに転じていたのでクローズ。

鹿島 2-1 名古屋。なんていうか、前半は右サイドバックで起用した平戸がまったく機能せず、ポゼッションも名古屋がほぼ支配していてどうなることかと思った。すると後半早々に失点、いかにも負け試合の展開だったのだがその平戸を下げて三竿を投入した辺りから微妙に流れが変わり土居聖真のゴールで同点に追いつくと、いつもボールを持ち過ぎる嫌いのあるレオ・シルバが例によってハーフライン近辺からよろよろとドリブルでゴール前に侵入しておい、いつまでドリブルやるんだよと思ったらそのままなんとゴールを決めて逆転してしまった。見ていて呆気にとられた。なんていうか、名古屋サポーターにしてみれば非常に納得できない負け方だったとは思うが、鹿島を応援している自分としてはなんとも痛快な試合だった。

正直言ってこの日記がさほど面白いわけがないと自分で思うのは、ただ単に山形の片田舎で一人で生活しているだけの毎日がそんなに面白いわけがないし、さほどどうってことはない日々を毎日面白く書けるわけがないのであって、そりゃあ2013年のように次から次へとこれでもかと不幸が襲ってくるような年はもしかしたら読んでいる側は面白いのかもしれないが、そろそろ老境にさしかかろうかという初老の男の生活が面白いわけがない。なので、人から見ればどうってことはないのかもしれないが、今日はどちらかというと何事もちょっとずつ上手くいったような気がする一日だった。

しかしながら今日ちょっと引っ掛かったのは母のことである。4時前に母のところに行くと、今日の母は横になってはいたもののちゃんと目を開いて起きていた。ところが母はときどきまばたきをしながら目をしっかりと開いているのだが、その視線はどこか中空を見ている。一体何を見ているんだろうと僕も上を見上げてみたが、もちろんそこには天井しかない。しかし母の視線は天井を見ているのではないような気がした。母は何かを見ている。だがそれは僕には見えない。僕はだんだんいたたまれなくなって、母に起きて車椅子に乗って外の景色でも見ようと言った。いつものように廊下の端に行って母と二人で何の面白みもない外の風景を眺める。母が見ることのできる景色は限られている。廊下の反対側の端に行こうと車椅子を押していると、看護師のYAさんに声をかけられて、母の足の傷を手当をしたいと言われた。それで母は浴場で足を洗われ、その間に僕は母の部屋で椅子に座って待っていた。

浴室から母が戻ってきてベッドに横にしてむくんでいる左足を見ると、以前と比べると随分細くなっていた。看護師に訊くと足の傷も浅くなってきているということだった。一回治療しただけでこんなに変わるのかというぐらいに経過は良好だった。だからこれは今日のいいことのひとつでもあった。しかしながら手当を終えて看護師が出ていくと、母はまた中空のどこかをじっと見つめているのだった。僕はまた天井を見上げてみた。だがやっぱりそこには何もなかった。僕が帰ると言うと母は表情を和らげた。母が何を見ているかというのは、母が何を考えているのか分からないのと同様、特に気にする必要はないのかもしれないし、分かって気にしたところでたぶんどうにもならないだろう。だからこれはたぶん僕が気にし過ぎているだけなんだろう。

しかし、母は一体何を見ていたんだろう?

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感傷的な人生

4月4日、木曜日。

昨夜あれから、「101回目のプロポーズ」の最終回を見て案の定ボロ泣きした。そしてすっかり感傷的になった。思案した挙句、深夜2時過ぎにとうとう新記録となる29本目の煙草を吸った。

ハッピーエンドのドラマを見て何故感傷的になるのか、恐らく自分には一生手に入らないような幸せを描いているからなのか。そして、人生の大半を尋常じゃないモテ期として過ごしていながらどうして僕はこうした幸せを手に入れることができなかったのか。気がつくと、色恋は自分にはもっとも縁遠いものになっていた。

一体ツイッターで何回「本日のルール。煙草は何本吸ってもオーケー」とツイートしたのだろうか。到底数えきれない。にもかかわらず、これまでなんとか一日の煙草の本数はリミッターでもかかったように28本で止まっていた。それをとうとう破ってしまった。とはいうものの、そもそも28本に至るまでに最高記録が27本ということが続いていた時期もあったわけだし、大体に於いて、煙草を吸った時刻を手帳に書き留めるようになる前、実家に帰る前までは普通に40~50本吸っていた。60本以上吸ったことだってある。それをいまさら一本増えたからといって、何十年と煙草を吸い続けたという事実が変わるわけではない。つまりはただの感傷である。しかしながら、僕だけじゃなく恐らく大概の人にとって人生は感傷的なものなのだ。

煙草を吸うとほっとする。もちろん立派なニコチン中毒であることは確かだが、僕が煙草を吸う理由はそれだけだ。だが、29本目の煙草を吸ってもあまりほっとしなかった。自分を28本という呪縛から解放しようと29本目の煙草を吸ったのに、さして何も自分にもたらさなかった。それはただの29本目の煙草というだけだった。いつか僕は30本目の煙草を吸うのだろうか? そしてそれはどんな味がするのだろう? 29本目の煙草は、例えていうなら人生のエンドマークみたいな味がした。

気がつくと、今日の日記であるのに昨夜のことしか書いていない。実際問題として、日付は既に変わっていたので今日といえば今日のことなのだが。

鬼門の木曜日である今日は、トレードで申し訳程度のプラスになったところでそれをひたすら守った。つまり、プラスになってからはほとんどトレードしなかった。とにもかくにも、木曜日にプラスになったという事実が欲しかったのである。たぶんそれもまた、ある種の感傷なのだろう。

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痛み

4月3日、水曜日。

朝起きると雪が積もっていた。ホントかよと思ったが外は雪景色だった。道は大丈夫だったが朝食後に玄関先の飛び石のところだけ雪かきをした。4月に根雪が残っているのは普通だけれど、4月に雪かきをしたのは田舎に帰って初めてだ。しかしながら、どっちにしろ日中の間に雪は融けた。つまり、雪かきをする必要なんてなかった。

夕食後の夜、右手の手首の関節がしんしんと痛くなった。激痛ではないけれど、嫌な痛み方だった。一体これはなんだと思ったのだが、もしかしてツイッターのタイムラインでたまに見る痛風というものかと思ってググってみると、痛風は足の親指の関節に来るものらしい。結局、その後「101回目のプロポーズ」の続きを見ているといつの間にか痛みは治まっていた。とすると、あの痛みは一体何の意味があったのかとも思うのだが、あらゆる痛みにあらゆる理由があるとも限らない。

気がつくと電話病になっていた。以前の自分は誰かに電話せずにはいられない電話病だったのだが、今の自分は誰にも電話できない電話病になっていた。もちろん、どこかの会社のサポートの電話とか、病院や特養への電話とかそういうものはできる。ただ、友だちとかそういうプライベートな電話ができなくなった。よく分からないが誰に電話しても迷惑がられたりうんざりされたりするような気がするのだった。実際、かつて電話をかける方の電話病だったとき、うつ病が酷くて薬漬けになっていたときは毎日誰かしらに電話をして、最終的にいろんな人にうんざりされた。どういうわけか今でもそのときの記憶が残っていて、また嫌がられるのではないかと思ってしまう。そういう気がするのだからどうしようもない。無二の親友であるヨウタロウにも電話できない。何故かというとそれは用件があって電話しようかと思うのだが、その用件が自分だけの用件であって、彼らの用件ではないからである。しかしながら、大概の用件などというものはそういうものだ。そんなわけで、気がつくと2年かそこら(1年半ぐらいか?)は弟や親戚を除くとプライベートな電話はしていない。この電話病は一体いつまで続くのだろうか。

コーマック・マッカーシー「チャイルド・オブ・ゴッド」読了。

コーマック・マッカーシーは映画「ノーカントリー」の原作になった「血と暴力の国」があまりにも素晴らしかった。なので期待値がちょっと高過ぎたというか、求めるものが多過ぎた。今回は正直読んでいて気持ちが晴れずただ憂鬱になっていくだけだった。「血と暴力の国」にあったユーモアとセンチメンタリズムが今回は足りなかった。

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不意の声

4月2日、火曜日。

とにかく寒い。というか午前中から結構な勢いで雪が降り、とても4月とは思えない。夕方、5時前に母のところから帰るときには雪は本降りとなり、まるで吹雪みたいになった。さっきトイレに立ったときに窓を開けて外を見たら雪が積もっていた。くどいようだがもう4月なのに。

今日気になったのは母のところでやたらと眠くなり、帰宅後に1時間ばかり昼寝をしたのだが、起きてなんとか夕飯を済ませると何もできないくらい尋常じゃなく疲れていたこと。一体どうしたのかというくらいにバテていた。思い当たるフシがないだけに気味が悪い。そういえば最近やたらとよく寝るが、それと関係あるのだろうか。このところ起きるのがずっと10時台。

昨日は自分の名前を漢字で書けなかった母が今日は漢字で書いた。そういうことに一喜一憂してもしょうがないのだが。

午前中は昨日新しく作った海外口座にVISAのデビットカードで入金しようとしたら何度やっても跳ね返されるので銀行に問い合わせ。結局FX業者だとVISAの決済が降りないことが後で判明。それで新しい決済システム経由で入金してみたのだがそれが口座に反映されずに焦る。最初に決済システムのサポートと、次に海外業者のサポートとチャットでやりとりして、午後3時過ぎにようやく無事入金が確認された。今日は相場もあまり動かず、そんなことをしているうちに日中は終わった感。

やはりこの日記を書いていても妙に肩が凝るし、なんだか妙に疲れている。とはいうものの、何をどうすればいいのかも分からない。急に寒くなったせいだろうか。とにかくだるい。「101回目のプロポーズ」は8話に突入したがなんかもぞもぞする。今日はいろんなことがいろんな意味でもどかしい。

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令和

4月1日、月曜日。

朝食後、台所で11時半にNHKをつけて新元号が発表されるのを待ったが、NHKの中継はやけに軽くて浮足立っていて厳粛な雰囲気はまったくなかった。発表された元号は「令和」だった。印象としてはそれほど悪くない。高輪ゲートウェイよりはずっといい。だが夜になってツイッターのタイムラインに「2020年は令和2年」とかあるのを見ると、なんだか江戸時代にタイムスリップしたような変な感じはある。

実際問題として令和になるのは来月からなのだが、午前中はまるで発表された瞬間から元号が変わってしまうような錯覚に陥った。僕は生まれついてのペシミストであるが、令和という時代に関しては不思議なことにどこか楽観している。たぶんそれはそれがまだ存在しない近未来だからなんだろう。つまりまだ元号が変わるということがピンと来ていないということでもある。そして、新元号の時代は自分の人生にとっておまけ感がある。これまでの自分の人生に於いて、昭和と平成をちょうど半分ずつ生きてきた。だからおまけなのである。どこか楽観的になるのも、子供のころに買ってきた雑誌の付録を開けるような感じがするのだろう。

昭和と平成ではどちらが面白かったかというと、印象としては平成のような気がするのだがよくよく考えてみると一番面白かったのは80年代後半、つまり昭和の最後の方だった。平成も最初のころはなかなかに楽しかったのだが、3分の1を過ぎてから残りの20年を薬漬けのうつ病の人間として過ごしてしまったし、何よりもバブルのころの面白さには到底及ばない。80年代の後半は毎日ほとんどの時間をスタジオで過ごしていたのだが、スタジオの帰り、深夜2時3時になってからまだ遊ぶ余力があった。青山の骨董通りの交差点近辺では国産車よりもベンツやBMW、サーブといった高級外車の方が多かった。世の中全体がハイになっていて、どこか浮かれていた。大手広告代理店や商社では一万円までは経費を清算するのに領収書がいらないとか。僕は僕でタクシーや食事代の空の領収書を集めるのに全力を注いでいた。喫茶店でお茶をしていると、当時まだ珍しかった携帯電話で「6憶までなら現金で出す」などと話す声が普通に聞こえてきた。まったく無茶苦茶な時代だった。世の中の人全員がトレンディドラマ(←死語)の世界を生きているような錯覚に陥るような。またああいう時代が来ないかなあ。

いずれにせよ、平成はまだ一ヶ月ある。

それはともかくとして、「101回目のプロポーズ」やっぱり無茶苦茶面白い。6話まで見たら浅野温子の演技とかもうどうでもよくなった。6話はちょうど有名な「僕は死にましぇん」の回。

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