ミス・ブランディッシの蘭

1月1日、火曜日。

まだ一日目だが、ハードボイルドに生きるのはハードボイルドな日記を書くよりも難しい。もしかしたら今日のツイートをただ全部貼り付けただけと思っているかもしれないが、そう、その通りだ。

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乾いて候。

12月31日、月曜日→1月1日、火曜日。

あけましておめでとうございます。

ノートPCが固まって強制再起動をかけている間に年が明けた。しかしありとあらゆる準備をして年が変わるのに備えたとして、それが何になるだろう? いつものように時計が12時を回って日付が変わっただけに過ぎないんじゃないか?

一応年頭の所信を述べれば、今年はあらゆる感傷を捨てよう。ビーフジャーキーのように乾いて過ごそう。故に、この日記もハードボイルドに徹しなければならない。無理なのか。

というわけで12月31日の日記。

9時58分に目が覚めて起きようと思ったのに何故か起きたのは11時46分。一体何がどうなっているのか。今日(31日)の予定は母と紅白を見るということだけ。幸い、奇跡的に雪かきをせずに済んだ。とはいうものの道は例によってガチガチに凍っており、車庫から出た瞬間に滑るという具合。

大晦日というのは休日というのが頭にあるからか、今日普通に相場が動いていたのにちょっとびっくり。なのでちょびちょびとトレードして一応今年(2018年)最後の日はプラス。

年越しそばは一人前では出前してくれないし、それならば蕎麦を買いにいかなければならないので断念、夕飯は納豆で済ませた。予定通り母のところで紅白が始まるのを見た。しかし母はほとんど見ていない様子だったので帰るときにテレビを消した。母に「よいお年を」というのは変な気がしたので、いつものように「また明日」。

一応紅白は椎名林檎とユーミンだけ見ようとずっと出番を待つ。途中福山雅治のバックのリズム隊が山木・大仏・今で、連中まだこんな仕事してるんだ感。久々に見た由実さんは案の定老けたおばさんになっていたが、メイク、特に目を物凄く盛っていた。その後米津玄師まで見てちょっと得した感。MISHAが歌い終わったところで風呂。風呂上がりにサザンが歌っているところでキッチンクリーナーで流し台の掃除をしていたので、桑田とユーミンが一緒に歌うところは見逃した。白組の勝ち、というところでBSにチャンネルを切り替えて、またしても日本がベルギーに逆転ゴールを許すところを見た。で、書斎に移動するとノートパソコンが固まっていたというわけ。

除夜の鐘がまだ鳴っている。年が明けたところで過ぎた年を振り返ってもしょうがないだろう。だが年が明けたとは言っても、自分の中ではまだ今日の続きに過ぎない。そして、夢から覚めて起きたところでまた今日が始まるというわけだ。毎日毎日、今日という日が始まる。まったく、なんてお得なサービスなんだ。

今年もよろしくお願いいたします。

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Somehow, I’m alive

12月30日、日曜日。

11時41分起床。ここ十日ばかりまともな時間に起きた試しがないが、今日起きられなかったのは昨日の雪かきの影響か。8時間半睡眠で寝過ぎの頭痛。

今日もまた除雪車が入って大量の雪塊を置いていった。今日の雪かきはとにかくきつかった。

という具合に途中でギブアップ。ただこのままでは車を出せないので、結局3時過ぎに再び車庫前を雪かき。で、普段はまったく使わないスノーダンプ(雪国の人しか知らないだろうが説明略)を使ってみた。要するに使い方の要領を知らないから使っていなかったのだが、やってみると確かに雪を運ぶ移動は楽。だが最後の雪を捨てるところで一苦労。一応所用時間は10分だったがこれで体力は完全に枯渇。息も絶え絶えになった。

今日の日中は雪かき以外は書斎に持ち込んだノートPCをマルチディスプレイ化したぐらい。確かにマルチディスプレイには出来たのだが、そもそもCPUが遅過ぎる上にメモリも4Gしかないのでとにかく動作が重い。夜にAbemaTVの動画を見ていたらとうとう固まってしまい唖然。ブラウザを2つ立ち上げた程度でこれでは。使えないなー。

今日も母のところには早めに行く。4時ごろ。確かに母は何を訊いても分からないと答えるが、帰り際に僕に気を付けて帰るように言う母は極めてまともだった。

夜、BSでロストフの14秒改め「ロストフの死闘」を見る。つまりW杯のベルギー戦の最後に逆転弾を浴びたシーン。前回NHKスペシャルで放送したものの拡大版。確かに最後の方は改めてぐっと来るのだけれども、よくよく考えてみるとあの場面は単純に山口蛍がデブルイネをスライディングで止めるべきだった。たぶんそれだけのことなのだが、このドキュメンタリーではすべてひっくるめて美談みたいになってる。まあ蛍の判断ミスということにすると番組にはならないが……。

いずれにせよ昨日も今日もなんか雪かきで一日が終わってる感。そうしている間に今年も残すところあと一日になってしまった。いまさら年内に何かできる気はしないし、特に何もしなくてもいいような気がする。そういえば今年を総括する記事を書いていないが、思い返してもさして総括するようなこともないような気がする。昨日今日のようになんとなく一年が過ぎた。なんとなく生きてる感。

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In the snow land

12月29日、土曜日。

今日は書斎でこの日記を書いている。といってもデスクトップPCが直ったわけではなく、ただ台所のノートPCを書斎に持ってきただけである。

除雪車が入ったので、朝(といっても実質昼だが)の雪かきがとにかくきつかった。除雪車が入ると大量の雪塊を置いていくので特に車庫前がしんどい。たぶん今の体力だと20分ぐらいが限界だと思う。つか、今日は16分で断念したのだが。

一夜明けてデスクトップの電源を入れてみるとやはりエラーメッセージが出て立ち上がらず。再度マウスコンピューターに電話して修理を依頼。どっちにしろCドライブのSSDの中身は消去されるというので、倍の容量の240GのSSDに替えてもらうことにした。ついでにメモリも倍の16Gにしたかったのだが4GのメモリがSSDよりも高いことが判明して断念。

ひとまずフルーツグラノーラの昼食を摂ったあと吹雪の中を町報を配って回る。配り終えるとデスクトップを箱に入れて梱包、宅配便が集配してくれるかどうかヤマト運輸と佐川急便に電話してみるが前者は電話に出ず、後者は集配の予約すらできず。しょうがないので郵便局に電話してみるが閉店だった。ダメ元でもう一度ヤマト運輸に電話してみると今度は繋がり、集配は午前中で終わったものの持ち込みなら取り扱っているというので、車で向かう。

外の世界は昨日から今日にかけて一変していて、道路は圧雪路で凍結している。時速30kmぐらいでおっかなびっくり運転してヤマト運輸に到着。クロネコの看板を見てあれ?ヤマト運輸じゃないのか?とか一瞬思った。ヤマト運輸がクロネコヤマトの宅急便ということを忘れていた。年末が押し迫った土曜日のこの酷い天気なのに、荷物を持ち込む人が多くてびっくり。受付の順番待ちをするほど。無事発送はできたが配送料が1714円と高いのにびっくり。帰りも30kmぐらいでそろそろと運転して、この調子では極力出かけるのを控えたいのでコンビニに寄って煙草を買って帰る。

帰宅するころにはもう雪かきした上に積もっている。おまけに日が翳り始めた。明日の昼食がないので買い物にも行かなければならず、母のところに早めに行くことに。そんなわけで雪に振り回されているうちにもう日が暮れてしまった。なんだか知らないがバタバタと慌ただしい。母のところの帰りにスーパーに買い物に寄るものの、外は物凄い吹雪。ようやっと帰宅。

夕食後は昨日から見続けている「ワタシが日本に住む理由」をYouTubeで延々と見る。

と、これだけの一日。ただ単に雪かきと所用を済ませただけで日中は終わってしまった。今日ぐらい自分が雪国に住んでいることを思い知らされた日もなかなかない。

今日は昌子が以前から話題にのぼっていたフランス1部のトゥールーズに移籍することが決定。仕方がないことだしもちろん応援するけれども、気がつくと昌子と植田の二人ともいなくなってしまった。寂しい。ただ先日引退を表明した小笠原を含めて、先年天皇杯の試合を生で見れたのはよかった。残念なのは生の柴崎を見れなかったことだが。昌子が心配なのはフランス語。とにかくフランス語というものはめんどくさい。僕は仏文で大学の4年間第一外国語として習ったが、いまではもう基本的な単語の綴りすら怪しい始末。しかしながらマルセイユにいる酒井宏樹は普通にフランス語でツイートしてるし、人間追い詰められればなんとかなるのかな。

鹿島関係では田中稔也がJ3のザスパクサツ群馬に完全移籍。で、清水で10番をつけていた白崎凌兵が鹿島に移籍。詳しくは知らないがボランチよりも前めの選手なのかな?

それにしてもノートPC、動作が遅くて参る。固まったのかな?とか思うくらい。というか、実際さっき固まって焦った。スマホやタブレットのアンドロイド端末はまず固まることはないのに、なんでウィンドウズPCはこんなに固まるのか? っていうか、Macだったら固まらないのかな?

雪かきがじわじわと身体に来てる。明日の朝も雪かき。何しろ正月の2日まで雪の予報なのだから。正直しんどい。

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最悪

12月28日、金曜日。

今日は書斎ではなく台所でこの日記を書いている。というのも、最近夜中にアクセスランプがつきっ放しになってしばしば固まっていたデスクトップPCが、とうとう壊れてしまったからだ。最悪だ。一度電源をオフにして再起動してもエラーメッセージが出てウィンドウズすら起動しなくなってしまった。気がついたのが夜遅かったのでダメ元でマウスコンピューターのサポートに電話してみると繋がったけれど、サポートの言う通りにしてみても駄目、残るは静電気の可能性もあるのでケーブル類を外して2・3時間あるいは一晩寝かせて起動してみるということぐらい。それでも駄目であればウィンドウズのファイルが壊れているかSSDを認識していないかのどちらかということ。一応データの類はハードディスクに保存しているので大丈夫だとは思うのだが、問題はDAWソフトみたいに他のPCで起動できないようになっているプログラム。それとFirefoxのブックマーク。今まで本当に肝心な作業は全部デスクトップでやっていたので、ブックマークやパスワードなどはPCに保存されているものにほぼ依存していたから厄介。で、明日起動して駄目となると修理に出すしかなく、するとメーカーは年明けの7日からになるということなので戻ってくるのは10日過ぎになる。今のところそうなることはほぼ確実。この際だから修理するのであればSSDを倍の容量のものに交換、ついでにメモリも増やそうかと思うものの、これから二週間デスクトップが使えないとなると正直途方に暮れる。デスクトップが壊れてから、今夜はタブレットでYouTubeの動画を見て過ごしたが、この状態が正月明けまで続くと考えると頭を抱えるしかない。実際のところ、昨今は食事のとき以外はほぼ書斎で過ごしていた(寝るのも)ので、もっとも暖房の効く書斎にノートPCを持ち込むしかないのかなあ。まったくなんてこった。考えてみれば年賀状すらまたイチから作り直さなければならない。年末年始の間レコーディングもできない。もうホントに、あらゆる意味でめんどくせー……。繰り返すが最悪だ。

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モノクローム・セット

12月27日、木曜日。

珍しく彼女がいるというリア充の夢を見て起きたら11時48分だった。カーテンを開けて外を見ると雪は降っておらず昨日と変わらぬ風景があった。昼ごろから雪がちらつき始め、それはいっかなやむことがなく、しんしんと静かに世界を白で塗りつぶしていった。

6時過ぎに母のところに行くころには世界は色を失ってモノクロームになっていた。7時半ごろに帰るころには駐車場の車には雪がすっかり積もっていた。その母のところでツイッターで小笠原の引退を知った。それからというもの、しばらくずっとほぼ涙目だった。落胆でも失望でも感謝でもない、なんとも言えない不思議な感情が満ちてきて。そしてそれは小笠原の名前を目にするたびに僕を一杯にするのだった。

考えてみれば小笠原も来年は40歳、引退しても何の不思議もない年齢なのだが、何故か中村俊輔や小野伸二や稲本よりも先に引退するとは思わなかった。まだ終わった感がなかった。ストーリーはまだまだ続くのではないかと思っていた。しかしながら、何事もいつかは終わるのだなというある種の切なさにも似た感情。だがそれは決して失意ではない。

それで思い出したのは6年前に抗がん剤の治療をしていたころのことだった。ステージ3で白血球の数値がとんでもない数値でPET検査では上半身のそこら中が癌だらけで、もっとも具体的に死が迫っていたあのころ、抗がん剤の副作用に辟易しながらも不思議なことに死を考えることはほとんどなかった。毎日淡々と曲を作っていた。抗がん剤治療で帝京大病院に通っていて、ある日眩暈がして酷く気分が悪くなり病院の受付のところで膝からくずおれたことがあった。看護師に車椅子に乗せてもらったのを覚えている。しかしそんなときでも僕は抗がん剤の点滴を8時間受けた。一体何が僕を動かしていたのだろう? それは恐怖や諦念ではなかった。どちらかというと希望の方が近かった。そして、話はまだ終わらないのだという感覚があった。実際、僕の人生はあそこで終わらなかった。

ふとそんなことが頭に浮かんだが、それが小笠原の引退と重なるところは何もない。彼の引退で僕が感じているのは恐らく喪失感なのだろう。選手としての小笠原を失ったという。だが人間としての小笠原まで失ったわけではない。ただ彼はあまりにも鹿島というチームそのものであった。

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RPG、嘔吐

12月26日、水曜日。

怪物と遭遇しながら海を進むというロールプレイングゲームみたいな夢を見て10時半に目が覚めたものの起きるのに失敗、11時7分起床。久しぶりにゲームのような夢を見たが、以前はよく見てた。しかし現実にはかれこれもう15年ぐらいいわゆるビデオゲーム(テレビゲーム)の類はやっていない。一番ゲームをやっていたのはファミコンの時代だが、考えてみるとそのころはゲームの夢を見なかった。というか、スタジオの現場に篭る毎日のときは夢を見ない日があったような気がする。今は一日たりとて夢を見ない日はない。したがって、夢を見ない睡眠というものがどういうものか想像がつかない。昼寝ならあるけれど。

なんだか気になって結局今日は相場のチャートを立ち上げてしまった。で、ついちょこっとポジションを取って5ピプスほど取った。これではいかんとその後は自粛したものの、指値を置いてしまった。もしそのままにしていたら夜指値はついていたのだけれど、その前に外していた。しかしチャートを立ち上げて値動きを見ながらポジションを取らずに何もしないというのは意外と辛い。機会損失を食らっている気がしてしまう。

結局今日も業務に行き、例のヤンキーねえちゃんの隣に座ったものの昨日の勝ち分ぐらいの負け。今日の選択自体は最悪ではなかったが、ツキがなかった。今日は母のところに4時過ぎに行ってみるが、母はほぼ終始寝ていた。

夕食後の夜、YouTubeでドキュメンタリー番組を2つほど見たがなかなかに面白かった。ひとつはアマゾンの奥地を取材したNHKスペシャル、もうひとつはラスベガスの裏社会を取材したもの。

今夜は静かだが、本当に予報通り明日は世界が雪に埋もれてしまうのだろうか。いまだにピンと来ない。

サルトル「嘔吐」読了。

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X

12月25日、火曜日。

という具合に起きたものの、結局朝食後に眠くなってしまい午前中から1時間昼寝してしまった。予想通り日経平均は1000円以上の暴落も、今日はレートはときどき見たものの相場のチャート自体を立ち上げないようにした。することがないので午後から業務に行き4000個ちょっとのプラス。で、同じシマに以前からよく見かけるいかにもヤンキーという女子が電子タバコを吸いながら黙々と1300回以上回していて驚いた。期待値を稼ぐつもりならあながち方法論として間違ってもいないが、出玉を考えると4倍以上回すことがいまどき一体どれだけの価値があるだろうか。なんだか昔の自分を見ているような思いがした。

それにしてももう25日だというのに全然雪がない。少々気味が悪いくらい。その辻褄合わせなのか、明後日の27日からは猛吹雪に大雪という予報。スマホの天気予報によると週末の最高気温が氷点下だという。これだけ雪が降っていないと今のところピンと来ないが、急にドカンと来られると参る。しかし考えてみれば今回の冬、まともに雪かきしたのは一度だけだ。そんなうまい話が続くわけがない。

相変わらずの一人きりのクリスマスだけれども、夕食後は先日相場で退場を食らった人が真冬なのに上半身裸で配信しているのをずっと見ていた。それがなんだかとても楽しかったのである。彼は自分のことをどうにもならないダメ人間だと言い続けているが、客観的に見れば僕自身の方がよほどダメ人間なのだった。つまりは自分の同類項を見て笑っているというある種の自虐。

そんなわけだから、何もすることがない日だったがそれほど酷いクリスマスだったという印象はない。夜も更けてから、先日打ち込んだモチーフを全部削除して、前からたまにカッティングの練習に使っていた4小節のパターンをDAWに打ち込んでみる。ちなみに昨日は全然ギターに触らなかったので今日はしばらく練習。明日はそれこそ何の予定もないが、マインド的には日曜日のつもり。明日もチャートは立ち上げない。となると明日の日中もまた業務かな。それもちとうんざりな気はするのだが。

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呪詛と悪手

12月24日、月曜日。

すべてのクリスマスソングに呪詛を。

というわけで1時半から近所の人の葬式に出た。寸法直ししたので礼服のズボンはそこそこ普通に穿けるが、ワイシャツを着てみると明らかに太ったことが分かる。これは筋トレをしなければ、と思っただけで今に至るまでまだやってない。当たり前だが、思っただけではやったことにならない。

それはともかくとして、葬式は一番後ろの列に座ったんだけれども、始まるぎりぎりにやってきた右隣の男が読経が始まってから足を組んだので「えっ?」と思った。途中故人の同級生という人の弔辞が延々と故人の詠んだ短歌を引っ張り出しあまりにも長くてつい自分もスマホを取り出して「弔辞クソ長い」とかツイートしてしまったんだけれども、その右隣の男は焼香のときとかを除けば終始足を組んでいた。ただでさえ葬儀というのはひたすら耐える苦行みたいなものだが、今日は隣で足を組んでいる奴が気になってさらに苦痛度が増した。

3時過ぎに葬儀は終わり帰宅、ようやっと普段のセーターとズボンに着替える。ああ辛かった。で、先日の日記にも書いたように年内の相場のトレードはお終いと思っていたのだが、チャートを立ち上げていつも通り想定とかやってしまったが故についポジションを取ってしまった。それがちょっと上手くいったのがまずかった。もう1回売り直そうと思って持ったポジションが決定的な悪手となり、売り上がって目一杯ポジションを抱えてしまった。クリスマスイブなのに(自分は関係ないが)俺は何をやってるんだ感が。そもそもどちらも売りと想定したのだが今日のところはドル円を売るのが正解だったのだが何故か目一杯抱えたのはユーロドル、後は逆指値を下げてお祈りモードに入る。そのまま母のところに行ったのだが、そこでもポジションが気になってスマホでずっとレートを見ていた。途中そこそこな程度で損切りできるタイミングはあったものの見逃してジ・エンド、ストップがついた。もう年内はヤメたはずなのになんで今日辺りにストップをわざわざ食らっているのか。それでなくても今月はストップ食らい過ぎ。とはいうものの、不思議なことに精神的なダメージはそれほどなかった。理由はちょっと分からないが。それなりにそこそこ冷静にはやれていたせいだろうか。その後夜になって案の定ドル円が暴落。そして例によってこういうときに乗れてない。自分のルールとして一日の許容損失額にまで達したらその日の取引はお終いというのがあるので手を出さないのはそれはそれでいいのだが……。ちびちびと遅ればせながらスキャルで入ったのだが結果ロットを増やすことも保持することもできず何もしていないのと大差ない。

母のところの帰りにスーパーに寄ったら、クリスマスイブだというので大量のチキンが売れ残って半額になっていたが、今日はご飯を炊いたのでおかずにならないものは買わない。というわけで缶詰の馬肉で夕飯。夜は昨日印刷した年賀状の宛名を書いて投函。年賀状に関してはあとは来たものに返事を出すだけ。

そんなわけでクリスマスイブぐらい自分に関係のないイベントはないといっていいぐらいだし、考えてみれば今日は祝日だったのだが(今気づいた)気がつくと慌ただしく一日が過ぎた感。

ちなみに今月の27日(木)からは来年度のトレードに入るつもり。明日明後日は今度こそやらない。

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迷走

12月23日、日曜日。

確かに昨夜寝たのは3時半過ぎで遅かったが、目が覚めると12時11分、昼過ぎだった。なんていうか、あまりにも油断している。これでは寝首を掻かれてしまう。それにしてもしかし、3連休の中日、しかも年末となると何もすることがない。ただでさえ毎年、年末年始はすることがなくて呆然とするのだった。今日唯一生産的なことをやったのは年賀状の印刷ぐらい。それもフォルダにあった画像を使ったのでもしかしたら前回と同じデザインかもしれない。うむむむ。

とにかくすることが見つからないのでしょうがないので午後業務に行ったもののほぼプラマイゼロで何もやらなかったと変わらない。ただ時間を潰しただけ。夕方は前述のように年賀状を印刷したものの、Wordでの年賀状印刷のやり方を忘れて一苦労。久々にDAWを立ち上げて「Main Street」のドラムソロを少々直す。そういえば夜、昨夜なんとなく思いついてメモしておいた4小節のモチーフをDAWで打ち込んでみたら全然ダメで唖然。とにかくまったくダメだった。最初に浮かんだリフも、後付けしたコードも全然ダメで脱力しまくる。それに比べると学生時代に生まれて初めて書いた曲のよく出来ていること。一体全体、何がどうしてこうなったのか。単純に年を取って衰えたのか。たぶん、昔はイントロから最後まで一応ワンコーラス分のアイディアぐらいは浮かんだのだが、最近はそれが4小節のイントロだけとかそんな感じ。つまり想像力自体が枯渇してる感すらある。無理もないのかな……。そもそも何をしたらいいのか分からないという時点であらゆることに対するモチベーションが低過ぎる。極言すれば生きることに対するモチベーション、生活するということのモチベーションみたいなものが。いわゆるところのHPが下がっているのだろうか。最近のモチベーションはほぼ鹿島アントラーズだけだっただけに、シーズンオフとなるとどっち方面にベクトルを向けていいものやら。

今日の報道によると昌子のトゥルーズへの移籍はほぼ決まりらしい。プレー面よりもフランス語が心配。マジで。

ちなみに明日の午後は近所の葬式。とりあえず予定があるだけありがたいのだろうか。

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