無題

2月7日、水曜日。

というわけでどう考えてもどうにもならないので朝アラームをかけて起きた。といっても9時45分という超甘々な時間なのだが。基本的には明後日の金曜日に町内会のごみ当番なので、明後日は遅くても8時半には起きなければならず、そして明日はそのごみ当番の箒を裏の人が恐らく9時ごろに持ってくる。そんなわけだから徐々に慣らしていこうという作戦だったのだが、アラームをかけても起きたのは10時4分、つまり19分ほどの謎の時間が過ぎた。その19分の間、まだ寝てていい、寝てていいという夢を見た。どんだけ自分に甘いのか。計算上は7時間寝ているはずなのに眠くてしょうがない。とにかく朝食は済ませたものの、この眠さでは着替えた後に昼寝してしまおうかと考えた。それでも、一応起きて朝食を済ませてはいるわけだから、昼過ぎまでストレートで寝てしまった昨日よりはずっとましなはずである、というような理屈ばかり考える。ところが、着替えて玄関の鍵を開けると雪が積もっていて雪かきをしなければならないことが判明、大した雪ではないけれどそれでも放っておくわけにもいかず。結局雪かき自体は7分ばかりで終了したのだが疲労困憊、それで眠気がようやっと覚める。

本日の教訓: 眠いときにはとにかく雪かきをしてみる

目が覚めたところでその後は地道に相場のトレードをやっていたつもりだったのだが、これがいきなり午前中から損切りを切らされる羽目に。結局今日はこの朝方の50ピップスばかりの損切りを取り戻すのに終始する。いろいろジタバタやって微損まで取り戻し、夜は夜でまた損切りかというポジションになったがなんとか逃げ切って、結局トータルでほぼ何もやらなかったと同様の微損に終わる。なのだが、自分的には頑張った感。

今日は4時に精神科の予約。いつものように15分前に電話して何時に行ったらいいか確認すると、もう来てくれというので半信半疑ながら4時ジャストに行くと、本当に待合室には誰も待っている人がおらず、結局ほぼ待たずに診察。それはいいのだが、とすると1時間半ぐらい待たされた前回は一体どうなるのだろう? なんか極端すぎる。一応予約票には次の日時が書いてあって4時の1番目である①というのがわざわざ時間のところに書いてあるのだが、実際に今日のように1番目だったことはほとんどない。まあ今日のところは早く終わったのだから文句を言う筋合いではないのだが。

夕食後の夜は前述のように相場のトレードの続き。10時半近くになんとか逃げ切ったところで今日のところは手仕舞い、後はアマゾンのプライムビデオでWOWOW版のドラマ「下町ロケット」を最後まで見た。いや、見たんだけど、それにしても一体どうすればこんな臭いドラマを作れるのか、こんなベタベタな浪花節の話を億面もなく書けるのか、かえって感心してしまう。それにしても見ているこっちが照れ臭くなってしまうような芝居というか演出というか。三上博史のあの極度に芝居がかった台詞の言い方(とにかく妙に声がでかい)というか滑舌というか、もしかして難聴とかで耳が悪いんじゃないだろうかとすら思う。渡部篤郎だけが一人自然な演技で、他全員が下手な歌舞伎みたいな大袈裟な演技をしているので見ていて奇妙なことこの上ない。

さて、それで明日は何時にアラームをかけるべきなのか。そもそも、今の自分は何時間眠ればいいのか。……とにかく、たぶん9時ごろには裏の人にドアチャイムで起こされるであろうことは間違いないので、一応8時45分にセット。うーむ。一体、毎日何をやっているのか、俺。

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真午

2月6日、火曜日。

一体自分の場合は何時に起きるべきなのか? というか、そもそも毎日2時3時まで起きている理由はなんなのか? 特に深夜になってから相場のトレードをしているわけでもないのに。習慣と言ってしまえばそれまでだが、結局のところ、どれも朝起きられないことの口実にしか所詮なっていないように思える。

などという反省の弁から日記を始めなければならないのも、今朝というか正確にいえば今朝ではないが起きてみたら12時16分というとんでもない時間だったからだ。まさに文字通り昼だった。一体全体何が起きたのか、自分が何時間寝たのか、すぐには把握できなかった。単純に考えればノンストップで9時間寝たのか? そういえば夢の中で何かが表示(なんかのグラフのように)されるたびにこれはまだ寝ているべき、みたいなことを繰り返すという奇妙な夢を見ていた。寝ながら自分の寝坊を自己正当化するとは、いよいよもって人間失格である。

しかしながら起きてしまったものはしょうがないというか、どうにもならないわけで、朝食後の珈琲を飲んでいると1時になってしまうというのもこれまた致し方ないことなのである。外は雪が降っていた。幸いながら、玄関の鍵を開けて外を見ると雪かきをしなければならないほどには積もっていなかった。雪は次第に本降りになっていった。

午前中が消滅してしまった上に、チャートを見ると日経平均が1500円ぐらい下げてなんか大変なことになってるっぽい。まあいずれにせよ、それなりに毎朝行っている順番通りに物事を進めるしかない。着替えて、玄関の鍵を開けて、トイレに行って、仏壇に線香をあげてお願いをする。この、仏壇にお願いをするというのは、本来は供養をするものであってお願いするものではないような気がちょっとしないでもないが、何しろずうっと毎日毎朝お願いを続けているので、僕の中では仏壇はお願いをするものとなっている。

ともあれ、一通りのことを終えて1時過ぎから書斎のPCに向かってトレード開始。昨日も夕方までできなかったので、なんだか久しぶりな感じがしないでもない。とまれ、一応3時ごろまで自分なりには一生懸命やったつもり。それから遅い昼食を摂り、特養に電話を入れて4時に静養室で母と面会できるようにしてもらった。そんなわけで四日ぶりに母と面会したのだが、なんだか最近は面会中止になっているせいでこれだけの間隔が開くことに関してもそれほど不思議に思えなくなっている。そもそも自分が風邪でぶっ倒れて以来だから、毎日面会に行けなくなってからもうかれこれ二週間ばかり経つ。静養室のソファで母と並んで座って話をするのは、なんかちょっと不思議な気がする。つまり、いかにも「面会」をしている感じがするのである。

雪は収まっていたが、母のところにいた小一時間ばかりの間に駐車場に停めた車のフロントガラスはがちがちに凍っていた。前がよく見えない上に道もまた雪が固まってガタガタである。帰宅すると5時ごろ、しかしながら何しろ昼食を食べたのが3時過ぎなので、また相場のトレードに戻る。ポジションを作ったものの買い下がる格好になり、結局7時半近くになってようやくプラスに転じたところで即逃げる形に。結局今日のトレードはここまで。理由は定かではないが、夕食後はトレードをするモチベーションが失せていた。たぶん、日中のトレードで一応一日の最低目標額ぐらいまで行っていたせいだと思う。そういう意味ではいささか消極的ではあるのだが。

夜はアマゾンのプライムビデオで「下町ロケット」(WOWOW制作の三上博史主演の方)を2話まで見る。昨日まで出演者全員が迫真の演技の「JIN -仁ー」を見ていたので、三上博史のどうにも学芸会レベルの台詞回しや演技が気になる。それに、池井戸潤原作のドラマはどれもこれも全部同じパターンで、類型的なキャラクターが類型的な悪役に類型的に謀られて類型的な窮地に陥るという、どうにもこうにも、何をどうやっても臭い話になってしまうという宿命を抱いている。しかし、たぶんそれで人気があるんだと思う。人間は多分に類型的な話が好きなものだ。

恐ろしいもので、気がつくと今日起きたのが昼過ぎということを感覚的にはもう忘れてしまっている。で、もう寝ようかなみたいな気分になってる。いやまったく、いつの間にこんな自堕落になってしまったものやら。正直言ってどこをどう改善したらいいのかよく分からなくなってしまっているが、ひとまず最悪のケースを考えて朝はアラームをセットする習慣にでもするしかないか。

明日は4時に精神科の予約。

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封印

2月5日、月曜日。

今日は病院の診察の日で、診察の1時間前の12時には血液検査を受けておきたいのでアラームを2つかけておいた。お蔭で起きたことは起きたが凄く眠かった。

外の天気はそんなに悪くなさそうだったのだが、昨日まではまったく入らなかった除雪車がわざわざ今日になって入っていたので雪かきをせざるを得なかった。なんとか車を出せる程度まで雪かきして疲労困憊、11時過ぎに車を出すと、驚いたことに今度はうちの前の通りの角にでかい除雪車が止まって道を塞いでいた。唖然。その辺にいた作業員に声をかけてなんとか除雪車をどけて病院へ向かう。一応目標通り1時間前の12時に血液検査を受ける。

しかしながら前々から疑問に思っていたのだが、血液検査を1時間前に受けても診察が早くなったことは一度もないのだ。で、案の定今日も待たされた。結局、血液検査を受ける時間と診察の時間は関係ないのだろうか? それだったらというか、どうせ待たされるのであれば1時間前に検査を受けなくてもいいのか? ともあれ、あんまり待たされたので本を一冊読み終わってしまった。

想定外に病院で時間がかかってしまったので、いつもなら帰りに寄るドトールに今日は寄らないで帰った。それでも結果的に病院で半日潰れてしまった。なんだかすっかり疲れてしまったし、もう3時を回っているしで、これから相場の想定とかの準備をする気になれず。朝方やたらと眠かったこともあって、ここは昼寝を試みる。ところが、朝はあんなに眠かったのにどういうわけか寝ようとすると眠くない。結局小一時間横になって諦めた。どうも横になっている間に除雪車が通ったような音が聞こえたので、気になってすっかり日が暮れた6時過ぎに表を見に行くと、案の定除雪車が入ってまた雪塊を置いていった。なんてこった。そんなわけで、真っ暗になってからまた雪かきをする羽目に。

ともあれ、小学生か中学生のときに買ったのだが父に読むなと言われてそのままになっていたスタインベック「怒りの葡萄」読了。

というわけで、長年父の言葉で封印していた「怒りの葡萄」だが、何故封印されていたのかはとうとう分からず仕舞いだ。最後まで読み終わって何かが氷解したかというとそういうわけでもなく。まあたぶんスタインベックはこれで終わらせるのがいいと思ったんだろうな、とか思う程度。実際問題として、この話は書こうと思えばどこまでも悲惨な話になったはずだ。だから作者としては最後に救いを持ってきたのではないか。ただそれで救われる人は一体誰なのだろうか? 結局は読者でしかありえないのではないか。

話が前後するけれど、夕方昼寝を試みた後にようやく少々相場のトレード。しかしどうも遅きに失しているというか、流れが掴めておらず、夜はトレードする気にはならなかった。それで、アマゾンのプライムビデオで「JIN -仁ー」完結編を10話、つまり残すところあと1話というところまで見た。もちろん最後がどうなるかとかみんな分かっていて見ているのだけれど、それにしても謎解きの整合性に比重を置いた感のある完結編は、第一シリーズに比べるといまひとつ泣けない。というか、第一シリーズがあまりにも泣ける、という方が正しいのだろう。

今ごろになって妙に疲れてきた。最後の1話はどうしよう? 明日にするべきか。ひとまず本の方は、隆慶一郎「一夢庵風流記」を再読(というか再再読だが)するつもり。

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命日

2月4日、日曜日。

人生は甘くない、そう簡単に上手くは行かない……。ベルギーの名門、アンデルレヒトの10番としてデビューを飾った森岡亮太が、試合終盤に得たPKを自ら蹴って外したとき、そう思った。試合開始直後に見事なアシストを決め、もしこのPKを決めていれば決勝点になり、結果だけ見れば森岡にとって出来過ぎの一日になるところだった。しかしながら、早々にアシストを決めて以降は、アンデルレヒトの拙いビルドアップもあってベフェレン時代のようにボールは回って来ず、周囲との息も合ってなかった。試合が進むに連れても森岡は試合と呼吸が合っていなかった。つまり今日の森岡は決していい出来ではなく、試合も上手く行ってはいなかったのだが、もしあのPKを決めて1ゴール1アシストという結果になっていたら、まるで何もかもが出来過ぎのように見えていたはずだ。だが人生はそう甘くはなかった。

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今日は父の命日だった。五年前の14時34分に父は亡くなった。

決して上等とは言えないまでも、昨日までのように11時過ぎに起きるよりは随分とましな時間に起きた気がした。かといって、父の命日であるということ以外は格別何の予定もない。せめて午前中に寺に行って来ようと思った。

朝食後、いつもは省略している暖かいご飯を仏壇に供えて線香をあげる。寺に行こうと玄関を開けると、玄関先の飛び石に黒猫がいた。別に父の生まれ変わりと思ったわけでもないが、できることなら猫を飼いたいと常々思っているので一生懸命に呼んでみたが、猫はぷいといなくなってしまった。空からは雪が舞い降りてきた。

それから一旦書斎に戻ると、今度は窓の下に白い猫がいた。またもや窓越しに呼んでみたが、やっぱり行ってしまった。何故今日はこんなに猫がやってくるのだろうか。

雪が舞い散る中、寺に行った。雪があるので墓参りは無理だが、位牌堂に線香をあげる。茶碗に水を入れようと思ったが寺の水道は凍結していた。とりあえず父の命日に僕が出来るのはこれぐらいだ。さて、これからどうしようかと思った。何の予定もない一日。なんとなく、そのまま業務に向かってみた。なんだか非常に嫌な感じがした。こういうのは人間としてどうかと思ったのだ。店内に入ってみると、目当てのネタは埋まっていた。僕はほっとして帰宅の途に就いた。

昼食後、父の亡くなった2時34分が近づいてくる。だから何をするというわけでもない。ひとまず昼寝をしようと思った。ベッドに入って少し考えた。ふと時計を見ると、2時34分はもう過ぎていた。それから僕は1時間半ばかり眠った。

外は相変わらず雪が舞っている。そんなに積もりそうな降り方ではないが。いつの間にか日は傾いて、こんな風に静かに父の命日は過ぎて行った。

結局のところ、命日に何をするべきかということを僕は分かっていない。来年は七回忌に当たるので、雪が融けるころに法事をするだろう。そして、いまだに入院中の叔母(母の妹)と90歳を過ぎた叔母(父の姉)は法事には来れないだろう。僕と弟と叔父といとこ、たぶんこれぐらいの集まりになるはずだ。だがそれはいずれにしても、一年先の話だ。

夕食前に「JIN -仁ー」完結編を5話まで見る。夕食後はDAZNでヘタフェの試合を見たが、柴崎の出番は終盤の数分だけだった。そして、森岡のアンデルレヒトデビュー戦は冒頭の通りだ。

どうも今日9時台に起きられたから油断しそうだが、明日は1時に県立中央病院で検査と診察がある。血液検査を診察の1時間前には終わらせておかないといけないので、遅くとも10時前には起きなければならない。どうもうっかりすると忘れてしまいそうだ。

それにしても、猫を飼いたかったなあ。

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退廃

2月3日、土曜日。

いくらなんでもこれは酷い、と起きて時間を見て思った。もちろん寝過ぎで頭ががんがんに痛い。ここ最近は明け方に寒くて何度も目が覚めるということが続いていたのだが、目が覚めないと何故11時になるのか。まったくもって訳が分からない。もちろん今日は土曜日だし、たまたま天気がよくて雪も降らず、雪かきもしなくて済んだが、だからといってここまで阿呆のように寝ていいという法はない。

当たり前だが、朝食を食べていると昼になる。いくら何の予定もない土曜日だとはいえ、あたら時間を、つまり人生を無駄にしたという尋常ならざる焦りがある。あと2時間早く目が覚めていたらあれもできていたしこれもできていた、いや実際にできたかどうかは別としてもできる可能性はあった。しかしながら、意識がないことにはどうにもならないのである。まったくもって、自分のことながら噴飯ものというしかない。

さらに情けないことに、朝食後になんとなく過ぎてしまった昼過ぎに、結局は業務に行ってしまったのである。先ほどの、あれもできていたしこれもできていたという、「あれ」と「これ」はどうしたのか。いや本当に、情けないことこの上ない。たまたま業務も負けはしなかったからよかったようなものの。しかしながら時短で2度も引き戻す、しかも2度目は保留1個目で引き戻すという普通に考えれば驚天動地のツキのようでいて、その癖65%が引けずなんとかプラスになっただけという情けない結果に。あまりにも頭痛が酷いので途中で頭痛薬を飲む。

3時過ぎに帰宅後、驚くべきことに昼寝しようかという考えが一瞬頭をよぎる。寝過ぎて頭痛がして頭痛薬を飲んでいるのにもかかわらずである。まさに性根の退廃も極まれり、という感じだが、実際のところ台所でDAZNで昨夜のブンデスリーガの試合を見逃し配信で見ていたのだが眠くてテーブルに突っ伏してうとうとしてしまったのである。もうこれは本当に人間失格というしかない。

うたた寝からはっと目が覚めて、朝食用のパンが切れそうなのでスーパーに買い物に行く。明日の父の命日用の花も買う。夕食後の夜は、どうしようかなーとしばし悩んだものの、結局「JIN -仁ー」の完結編を見始めてしまう。昨日しばらく間を置こうと書いたばかりなのに。そもそも、完結編の方はあまり泣けないことも十分にわかっている。ともあれ、気がつくと3話まで見てしまった。

予報によると明日は雪が降るかもということらしいが、明日は何はともあれ父の命日、寺には行こう。雪で墓参りはできないが。問題は日曜日だがアラームをかけるべきか否かだが……。いやまったく情けないことこの上ない。人間は果たしてどこまで堕落するのであろうか。

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邂逅

2月2日、金曜日。

実際のところ、今日の日記はこれだけでもいいかな。今の僕は泣き疲れてもう眠りたいという気分。昨日から泣き続けて、さきほど風呂に入るときに体重を計ったら昨日より300g減ってた。もちろん泣いて太る道理はないし、3週間風邪をひいていた間と同じくらいの量のハナをこの二日でかんでいるので、単純に水分を失ったという意味でも当然なのか。

医者が患者を治すという、考えてみればごく当たり前のことが何故これほどまでのカタルシスを与えるのか。二人の女の想いが報われないという、ある意味よくある失恋が何故ここまで泣けてしまうのか。脳外科医が幕末の江戸にタイムスリップするというそれだけのアイディアで、何故こんなにもすべてが光り輝いて見えるのか。一体どうしたらこんなに幸せな話が書けるのか。何故こんなにも希望がある(ように見える)のか。

僕はあまりにもこのドラマが好き過ぎて、見ている間中これ以上の幸せはないのではないだろうか、と何度も思った。このドラマに出会えたことはまさに邂逅としかいいようがない。そして、自分の人生にはこういったドラマではない、実際の邂逅がなかったように思えるのは何故だろうと思うのだった。

振り返れば、自分の人生の中で本当に好きになった相手に「好きだ」と言ったことがほとんどない。いつもいつも、失う方を恐れて遂に告白しないままに終わる。唯一、電話で好きだと告げた女の子はその数年後にマンションのベランダから落ちて死んでしまった。詰まるところ、僕にとって一番難しいのは想いを伝えることなのだった。そして、気がつくといつも諦めてしまう。諦めることに慣れてしまう。自分が本当に欲しい大概のものは手に入らない。

このドラマが素晴らしいのは、その、本当に欲しいものが例え手に入らなくても、それ以上のものを手にする可能性が人生にはある、ということだ。もしくは、言い方を変えれば自分がいつの間にか手に入れたものが、欲しくて欲しくてたまらなかった、ついぞ手に入れることのできなかったものよりも実は素晴らしいものであった、などということすらあるということだ。

うーん、上手く言えないな。僕はただただ胸が一杯で、ただそれを伝えたいだけなのだ。あまりにもこの第1シリーズが好きなので、完結編はしばらく見ないでおこう。

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もちろん今日はそれだけではなくて、11日ぶりに母に会った。インフルエンザ警報が出て面会中止になって以来、あまりにも長いこと会っていない(その大半の間僕は風邪をひいていた)ので、今日の午後に特養に電話を入れてみて、別室(静養室)でなら面会できるというので会いに行った。久しぶりに握った母の手は物凄くあったかかった。僕が冷え性で手が冷えているからというだけではなく。

朝は相変わらず寒くてよく眠れないで起きることを繰り返しているうちにだらだらと遅い時間に起きるということを繰り返している。今朝は10時7分に寒くて眠れないので起きようと思った瞬間に1時間20分ワープして、11時33分起床だった。単純計算して8時間半ぐらい寝床に入ってはいるのだが、実際のところは熟睡できている感じがまったくない。かといって寝不足感があるわけでもない。実に中途半端だ。ただ毎朝毎朝寒くて目が覚める。それの繰り返しだ。……

明後日の日曜日は父の命日。今日は少しばかりの花を買ってきた。

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如月

2月1日、木曜日。

気がつくと今日から二月。で、昨夜から風邪薬を飲んでいないのだが、どうやらようやっと風邪は治ったようだ。今朝起きたのは10時27分、というのも昨夜あれからアマゾンのプライムビデオでもう見るのが四度目ぐらいになるドラマ「JIN -仁ー」の1話を見てしまったために寝たのが3時過ぎと遅かったし、ドラマを見て胸が一杯になり過ぎたのかなかなか寝付けなかった。今朝方も途中で目が覚めて寒くて眠れなくなったという記憶があり、それが夢なのか果たして覚醒時の記憶なのか判然としない。

今日はとにかく素晴らしくいい天気だった。1時に県立中央病院でCT検査、道路によってはまだ雪でガタガタの可能性があるので少し早めに出たが、10分前ぐらいに着いた。で、検査自体はほとんど待たずにすぐ呼ばれ、全部で10分もかからずに終わった。会計を済ませても15分程度。なんか拍子抜けだ。で、今日の検査を踏まえて来週月曜日に血液検査と診察。

帰り道、久しぶりにドトールに寄った。考えてみれば前回の病院以来だから3ヶ月ぶり。久しぶりに飲んだドトールのカフェ・ラ・テは気のせいか味が落ちた気がした。隣接の書店も一通り見て回ったが、今回は特にどうしても買わなければという本は見つからず。

帰宅後昼寝。昼寝から覚めた夕方に相場のトレード少々。で、予定では「JIN -仁ー」を毎日1話ずつ見て土日にまとめて見ようと思っていたのだが、夕食後に2話を見たらボロ泣きして止まらず3話、またしてもボロ泣きして4話、という具合にすっかり止まらなくなり、相場はそっちのけでとうとう6話まで見てしまった。たぶんこれを書いたあと7話を見ると思う。結末も何もかもすべて分かった上で見ているのに、なんでこんなに面白いのだろう。そして、なんでこんなに気持ちのいい話なのだろう。これから先もこれ以上好きなドラマはたぶん現れないだろう。もちろん、もし現れたらそれはそれで凄く幸せなことではあるが。

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痛み

1月31日、水曜日。

とにかく朝起きたときの捻挫の痛みは凄かった。仏壇を拝もうとしても激痛で正座ができない。これはちょっといくらなんでも酷いな、ということで、医者に行くことも考える。まずは捻挫でググって、それからこの町の整形外科をググる。接骨医があるのは知っていたが世の中で接骨医ほど信用できないものはない。試しに整形外科に電話してみて、捻挫は整形外科でいいんですか?と訊ねてみた。どうやらいいらしい。だがなんとなく決心がつかず。

昼過ぎまで少々相場のトレード。昼食はなんとなく蕎麦を茹でてみた。

昼食後、指値を置いてから、医者に立ち寄ってもいいように読みかけの本と読書用の眼鏡をバッグに入れて、足を引き摺りながらひとまず業務に行ってみる。先ほどの電話によると、どっちにしても医者は3時から6時までということらしかった。今日は雪が降っていた。このところあまり降らなかったがそれでも全然雪は融けておらず、道路は雪が固まってガタガタだ。特にさしたるモチベーションがあって行ったわけでもなかった業務だが、単発を引いたあと思いがけず12連するという妙な健闘を見せた。なのでそこまでやる予定ではなかったのだが終わると4時半近かった。このころには左足首の捻挫の痛みは痛いことは痛いがそれほど気にならなくなってきていて、結局医者に寄らずに帰宅してしまった。

帰宅後寒かったので昼寝。寒いので昼寝をするということになると、それこそ冬はまるごと冬眠しなければならないが。

結局指値は成立するどころかまったくかすりもしなかったので、夜の相場に対するモチベーション落ちる。一応夜の経済指標は気になるが、ちょうどその時間帯にドラマ「anone」があるのでそっちを見たい。そんなわけで一応指値を残したままドラマを見る。前々から気になっていたのだが、台所のテレビ(ソニーの21型ぐらい?)はとにかくスピーカーがあまりにも酷くて音が聞き取りにくい。なので、音量をまるで耳の遠い人のように馬鹿みたいに上げる羽目になる。「anone」はそれなりに面白いドラマであるとは思うのだが、なんか気持ちがよくない。ちょっとずつちょっとずつ、ネガティブなところに落とされている気がする。もちろん気を持たせるのが連続ドラマを続けて見せるコツではあると思うのだが、もうちょっと気持ちのよさが欲しい。

などと思いながらドラマを見終わったころ、風呂に入ろうとしてふと気づくと、朝あれだけ痛かった左足首の捻挫がほとんど気にならなくなっていた。というわけで、結果的には医者に行かなくて正解だったか。

それはそれとして明日は県立中央病院でCT検査の日。夜に買い物に出たときも道は雪でガタガタでハンドルを取られて結構怖かったから、検査自体は1時だけれど少し早めに出なければならないだろう。というか、雪がずっと降りしきっていたし、明日の朝除雪車が入ると雪かきしないとまず車を出すことすらできないだろう。ともあれ、捻挫が治ったのはよかった。と思うことにしよう。

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Qu’est-ce que c’est?

1月30日、火曜日

夜、夕食後に台所でノートPCに向かっていたら、特段何をしたというわけでもないのに左足首を捻挫した。ただ単に椅子に座っていただけなのに、である。これは不思議であると同時に由々しき問題でもある。単に椅子に座っているだけで捻挫するというのであれば、字を書いただけで突き指する、歩いただけで骨折する、寝ているだけで脱臼する、といったことが起こりかねない。これはたまらない。その理屈でいうと走ったら複雑骨折、なんてこともあり得ることになる。一体どうしたらいいのか? わからんよ。

確かに寝ているだけでこむら返り、つまり足が攣ることはあるけれど、これと捻挫では話が別だ。捻挫というのは普通、足首を捻ったときになるものである。ということはつまり、僕は台所の椅子に座っていて、なんらかの形で足首を捻ったのかもしれない。しかしながら、普通に捻った程度で捻挫などするはずもなく、そこには強い力が介入する必要がある。ってことは一体僕の左足に捻挫するほどのどんな強い力が介入したというのか。知らんよ。ただ普通に足を組んでただけだし。いてて。

そういえば最近、ただでさえあちこちにガタが来ている。例えば近ごろめっきり視力が落ちた。手帳に自分で書いた文字が読めないとか。それも書きながら読めないのだから始末が悪い。要するにこれらのことは老化による劣化現象なのだろうか。つまり、人間は年を取って老化していろんなところが劣化すると、何もしていなくても捻挫するものなのだろうか?

まあ簡単にいうと、世の中はすべてが納得できるようには出来ていない、ということになる。だから多少理屈に合わないことがあっても文句は言えない。

同じように生活しているつもりでも、今回のように風邪をひいてなおかついつまで経ってもずぶずぶに治らない、ということもあれば、まったく風邪をひかないということもあるわけだ。まあたぶん、何かが違うのだろうけれども、その「何か」はたぶん気まぐれレベルの、普通だったらまったく気づかない程度の違いなのだと思う。ただそういうほんのちょっとの微妙な違いが、結果としてはなんだこれ、というぐらいの違いになったりする。例えば、僕と同い年の歯科医は生まれてこの方齲歯(うし)、つまり虫歯になったことがないらしいが、一方の僕はといえば自前の歯は数えるほどしか残っていない。歯科医がこれまで何も食べたことがないというのであれば納得のしようもあるが、同じような年月を同じように食べてこれだけの差がつくというのは一体いかなるものか。確かに歯を磨いた回数が圧倒的に違うのだろう。それにしてもだよ、一度も虫歯になったことがないというのは、僕からしてみればかなり異常なことにしか思えないのである。

それはともかく。

だんだん現実に対して愚痴を言っているだけのような気がしてきた。

ようやく、また夢を見るようになってきた。風邪の症状はほとんどないのだけれど、今日のところは朝昼晩と風邪薬を飲んだ。朝食後に相場の想定をして指値を置いていると昼という中途半端な時間になったので、昼過ぎから久しぶりに業務に行ってみた。すると、これまで散々不ヅキを食らった奴で3連+7連というそこそこ頑張った風味な結果は出したものの、出玉的には全然物足りず。で、帰宅後に昼食を摂ったので、昼食が4時ごろというとんでもない時間になってしまった。そのとんでもない時間の昼食後に昼寝。すると夢の中で昼寝をして夢を見ているという、ややこしい入れ子構造の夢を見た。で、弟に起こされるというところで目が覚めたのだが、もちろん起きてみると弟はおらず、時間を見ると6時を過ぎていて書斎は真っ暗だった。

その後相場のトレードを少々。今日は腰が重くて、なかなかポジションを取るまでに時間がかかった。夜もチャートを見ていたのだが、ここぞというタイミングで入れず。そのうち脱力して、明日頑張ることにしようと。で、そんなときに足を捻挫したのである。

以下冒頭に戻る。

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小康状態

1月29日、月曜日。

朝食後、雪かき少々。日中はそれほど風邪の症状が気にならず、実際のところ、もしかして風邪が治ったのかなとも思った。しかしながら今回は何度もそれで騙されてきたので、迂闊に治ったとは思えない。いずれにせよ、特に具合が悪いという感じはなかったので日中は相場のトレードを様子見がてら少々。特に具合が悪くないとはいうものの、昨日一昨日と一日中寝込んでいたので体力が落ちてへばっていて、ときどき寝てしまいたいという欲求に突き動かされて昼寝。どうも風邪が治ってないっぽいと思ったのは、夕食後に珈琲を飲んでいて珈琲も煙草も美味しくなかったこと。煙草はともかくとして珈琲がここまで美味しくないと思うのはどう考えてもおかしい。そんなわけだから夜も小一時間昼寝というかベッドでうとうとする。すると、口の中が尋常じゃなくからからに乾く。この辺が風邪が治らない要因なんじゃないかなと。その後、ふたたび相場のトレードを少々。結局のところ、今日は体調も含めていろんな意味で様子見の一日。問題は明日以降がどうかだが……。

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