衰弱と奇跡

9月27日、日曜日。

昨夜何時に寝たのか記憶が定かでないのは睡眠薬のせいだろうか。うすぼんやりとした記憶を辿ると、1時40分という時刻が頭に浮かぶので、たぶんその辺なのだろう。今朝起きたのは9時半過ぎだから、いずれにしても8時間は寝たはずなのだ。ところが、むやみやたらと体調が悪かった。午前中2時間ソファで寝込む。午後になっても一向に体調はよくならない。ところが外は青空で晴れ渡り暖かったので、明日に予定していた母の一時帰宅を繰り上げて今日にすることにした。

特養に電話して2時半に母を迎えに行く。縁側の籐椅子に座って庭を眺める母は、庭の松の木を見て盛んに心配だという。夏に僕が脚立でできる範囲だけ剪定したものの、手が届かない上の方の枝が伸び放題になっていて、それを剪定するのが危ないから心配だというのだ。どっちにしても高所恐怖症の僕はそこまで剪定しないし、やるとしたら植木屋を呼ぶしかないのだが、それでも心配だという母の言うことはいまひとつよく分からない。

4時半過ぎに母を特養に戻す。帰宅後も一向に体調は上向かず、むしろ夕方以降さらに酷くなっていく。母を送っていって帰宅後すぐに玄関先の植え込みの手入れをしたのだが、台所に戻ると手がぶるぶると震えて止まらない。もう無茶苦茶に体調が悪い。大概の場合、こういうときは夕飯を食べて夜になるとましになるものなのだが(病院で点滴してもらうような理屈だろうか)、今日は夜になってもまったくダメだった。椅子に座っていることすらしんどい。ソファに横になって本を読もうとするが、手に持った文庫本すら重く感じて諦めるくらいだからどうにも救いようがない。確かに気分は悪いし、どこか頭痛もするし、疲労感、脱力感、倦怠感、ありとあらゆるダメな感じがする。なかなか今日の具合の悪さは表現が難しい。そこを無理やり一言でいうと、「みるみるうちに痩せ衰えていく感じ」あるいは「みるみるうちに頬がこけていく感じ」もしくは「リアルタイムで衰弱している感じ」。大袈裟ではなく、もしかしたら僕は死にかけているのかもしれないと思ったくらいだった。

前述のようにソファで横になって本を読むことすら断念したくらいだから、ぐだぐだになって台所に戻り、茫洋とした頭でこれはもう寝るしかないかと考えた。しかし時計を見るとまだ8時過ぎ、こんな時間に寝てしまったらそれこそ一日のリズムが無茶苦茶になってしまう。

それでもう半ばヤケクソになり、かつてのバンドメンバーに片っ端から電話をしてみた。ベースのヨウタロウ、キーボードのヤマザキ、ドラムのアキヤマ。誰も出なかった。ついでにもう3年ばかり電話が繋がらないI泉さんにも久しぶりに電話をかけてみたが予想通り繋がらなかった。

案の定である。ところが次の瞬間、ちょっとした奇跡が起こった。2年近く連絡が取れなかったキーボードのヤマザキが電話をかけ直してきたのだ。これには驚いた。まさに青天の霹靂という奴だ。ちょっと待って、というヤマザキは驚いたことに30年以上会っていない仏文の後輩であるマツダと電話を代わった。ちょうど、マツダの家にヤマザキがメシを食いにきているところだというのである。ヤマザキとマツダはかつて学生寮で同じ部屋であり、僕にヤマザキを紹介したのがマツダだった。電通から外務省に出向というエリート街道をひた走るマツダはちょっと酒が入っているせいもあるのか、機関銃のように喋って僕を唖然とさせ、実際僕はリア充の長広舌に少々辟易とした。それからようやくヤマザキに代わり、実に久しぶりに長話をした。相変わらずヤマザキはホテルその他での演奏で忙しいらしい。2年間僕の電話に出なかったことをそれとなく訊いてみると、案の定僕が長電話だからということらしいが、それ以上に忙しかったということで、ヤマザキ本人は僕との電話を2年振りではなく3ヶ月ぶりぐらいだと思っていたようだ。

特に何がどうという話をしたわけではないのだが、てっきりもう一生話すことはないのかもしれないと思っていたヤマザキと話すことが出来て、望外の喜びを覚えた。何か、上手く言えないけれど充たされたような幸福感があった。それで、ついさっきまで今にも死にそうな気がしていたにも関わらず、ちょっと元気が出た。気の持ちようとは言うものの、人間というのは不思議なものだ。何にせよ、友だちというのはありがたいものだなあと改めて思う。なんのことはない、考えてみればじゃあなんで2年も電話に出なかったんだよ、という話でもあるのだが、それでも僕は長年つかえていたものが取れたような、それこそ大袈裟な言い方をすればもう思い残すことはないというような、そんな気さえしたものだ。

まあそんなわけで、青息吐息で今にも死んでしまいそうな一日の最後にちょっと救われた。それにしてもしかし、今日の異様な体調の悪さは一体なんなのだろう。やっぱりまだ胃潰瘍なのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 衰弱と奇跡 はコメントを受け付けていません

おとうと

9月26日、土曜日。

予定外に早く起きたので午前中業務をしていると、弟から携帯に電話があった。お彼岸の墓参りと母のところに顔を出すために仙台から来るという。それでなくても眠くてしょうがなかったので昼過ぎには帰宅、そのまま書斎のソファで昼寝。何やら夢を見た。弟が来た音で目が覚める。

久しぶり(といってもお盆以来だが)に会った弟はなんだか老け込んだように見えたが、たぶん気のせいだろう。人間は一ヵ月やそこらで歳を取ったりはしない。一般的には。台所のテーブルを挟んで珈琲を飲みながら弟と話をして、なんだか少し救われる。というのも、この家は本当に誰も訪ねて来ないから。そんなわけだから、弟が帰ると途端に寂しくなる。

今日は一日中蜘蛛の巣のようにうっすらと眠気が頭に貼りつき、どうにもぱっとしない一日、そのせいかどうか夜になって精神的に不安定になる。相変わらずドグマチールのせいでやたらと腹が減る。昨夜の強烈な空腹感がどうも頭から離れない。冷蔵庫に気まぐれでスーパーから買ってきたおでんがあったので、母のところから帰宅後Jリーグの試合を見ながらおでんで夕飯を食べてみる。そもそも僕はおでんというものを食べ慣れていないし好んで食べないので、果たしておでんがご飯のおかずになるのかどうか非常に懐疑的ではあった。実際食べてみると、やっぱりおかずにはならないなと。味噌汁の代わりにはなるけど。それではおでんは一体どういうときに食べるものなのだろう? アルコールが飲めない僕にはその辺がよく分からない。まあそんなことを言い始めたら鍋ですらご飯のおかずにはならないと思うのだが、僕は鍋というものも滅多に食べないのであった。

心配していたわりには食べると満腹になった。ところが、満腹なのにも関わらずまた空腹が襲ってくるのではないかと気になってしょうがない。心配でしょうがない。いても立ってもいられなくなって、車でスーパーまで行っていろいろと買い込んだ。いつ腹が減ってもいいように。病的な空腹への恐怖心、強迫観念。こうなるとほとんど強迫神経症だ。そもそも元来僕は何かにつけて強迫神経症の気味がある。心配性やら貧乏性というのもその辺の匂いがする。しかしながら、この調子で空腹が怖くてストレスで食べ続けると太ってしまう。実際、僕の後にユーミンのディレクターになった女の子(もう女の子という歳でもないと思うが)は、ストレスで「ゴーストバスターズ」に出てくるマシュマロマンみたいに倍ぐらいに太ってしまった。確かに今の僕はいささか痩せすぎではあるが、この歳になって今からぶくぶくと太るのではぞっとしない。以上、まあ想像上の話なのだけれど。

確かに、食べるている間はストレス発散になる。困ったことに。と、買ってきたポテトチップスを食べながら思う。だがただでさえ胃潰瘍と思われるので、暴食は禁物だ。アメリカに行くとよく見かける暴力的なデブはひたすら食べ続けているのだろうけど。

今日はレンタルの注文をしていたDVDが3枚届いた。根岸吉太郎監督「遠雷」(大好きな映画だ)、シドニー・ポラック監督「コンドル」(もう一度見たかった)、それと未見のデヴィッド・フィンチャー監督「ゴーン・ガール」。せっせとリッピングして焼く。夜になってNetflixでマーティン・スコセッシ監督「シャッター・アイランド」の続きを見るが、どうにも気が滅入ってしまって一時停止しまくりまだ途中のまま。繰り返し挿入される追想や悪夢のシーンが陰鬱すぎて。恐らく意図的にだろうが血の色が不自然なくらい真っ赤で(スコセッシにしては意外に思えた)まるでペンキのよう、そういう意味ではCGを多用した視覚効果にしても多分に演出過剰というか幻想的というか演劇的というか、見る者を不安にさせるという効果は発揮している。だがただでさえ不安定な精神状態なのだからこれ以上不安定になりたくない。なんだか自分まで狂ってしまうのではないかという妄想を覚える。

今窓の外の庭先で何かの鳴き声がしたが、例のタヌキの子供たちはまだいるのだろうか。あれからすっかり姿を見ないけれど。

そんなわけで、僕はただ寂しいのです。

カテゴリー: 未分類 | おとうと はコメントを受け付けていません

文章を書けない病

9月25日、金曜日。

最近この日記の読者も順調に(?)減っている。むべなるかな、それはつまらないからだ。実際自分でもそう思う。先日胃潰瘍らしきもので弱り切ったときに以前の日記を10年以上前までさかのぼってみたところ、今とは全然文体も内容も違っていた。昔の方が面白い。最近の日記はただ冗長なだけで文章としての面白みがない。いつから僕の文体、文章は変わってしまったのだろうか。正直言って、うつ病が酷くて薬漬けでへろへろになっていたころの日記の文章の方が今よりも随分とマシなのである。自分の記憶力がかなり怪しいと思って以来、いつ何があったのか備忘録的に毎日書き留めるということを念頭に置くようになってから、ここに書くスタイルも変わって文章も生硬になり、徐々に記録的になっていったようだ。ただ、今ではそれが当たり前になったというよりも、昔に比べると単純にボキャブラリーであるとか、文章を書くというイマジネーション自体を失っているような気がする。その証拠に、以前だったらいくらでも書けていた雑文中心のfragmentsもさっぱり更新出来なくなった。書くネタが見つからない、思い浮かばないということもあるが、それ以前に自分の文章がつまんねーな!と思ってしまっている。つまらないと思って書くものは必然的につまらなくなる。最初に自分のサイトを始めたころは道を歩いていても頭の中に電光掲示板のようにずっと文章が浮かんできたものだが、今ではそんなことはまったくない。今は日記を書くのも四苦八苦だし、それもその日に何があったのか、いちいち自分がツイートしたものを読み返さないと思い出せない始末。なんというか、記憶力もそうなのだがイマジネーションの枯渇としか言いようがない。これを単純に脳の老化と言ってしまっていいものなのだろうか。世の中には70になっても80になっても一向に頭の切れの衰えない人がいくらでもいることはツイッターのタイムラインを見てもテレビを見ていても分かる。半年も一年も文章書きませんでしたというのならまだ分かるけれど、曲りなりにも義務的に毎日この日記を書いている。なんつーか、一応毎日文章は書いているわけだ。にも関わらずどんどん文章が下手になっていくというのは。劣化というにはあまりにも酷い、と自分でも思うのだが、一体自分の頭の中で何が起こっているのか、そこら辺がよく分からない。たぶん恐らく、このところあまりにも思考回路が悲観的傾向にあるので、知らず知らず自ら想像力に蓋をしてしまっているのかもしれない。実際問題として、最近は何か想像すると悪い方にばかり想像してしまうので、想像するという行為自体にうんざりしているところがある。だからこれは、もしかしたら僕の思考のベクトルの問題なのかもしれない。単にスキルの問題というよりは。

それはともかく、今日はとにかく寒かった。午前中業務に行ったら半袖の人もいたので、またもや僕だけが冷え性なのだろうかと思ったのだが、午後帰宅してからも寒くてしょうがなく、最初はTシャツの上にヨットパーカーを羽織っていたのだけれど、Tシャツの代わりに長袖のカットソーを着て、とうとうその上にスタッフジャンパーを羽織った。我ながらなんという寒がりなのだろうかと思ったのだけれど、調べてみると今日の山形の最高気温は18度、実際に寒かったのだ。今日みたいな日に半袖で平気な方がどうかしている。ついでを言えば最低気温は16度、なんと一日の気温差が2度しかなかった。一体全体、どういう加減でこうなるのだろう。

今日も相場はチビって利食い、よく言えば堅実に済ませた。週末なので夜は自粛、様子見に徹する。

火曜日に著しく体調を崩して以来、胃潰瘍だと思っているので毎朝胃酸を抑えるネキシウムを飲んで、毎食後にドグマチールを飲んでいる。そのドグマチールのせいだと思うのだがとにかくやたらと腹が減る。確かに今日は6時ごろに早めに夕食を済ませたというのもあるけれど、夜テレビでなんとなく「ゴジラ」を見ていたら急に空腹を覚えてどうにもならなくなり、たまらずに車でコンビニまで行ってポテトチップスの大袋を買ってきて一気に半分ぐらい食べたのだがそれでも(気分的に)空腹を覚える。どういうことなのかなあ。かといってたぶん胃潰瘍だからドグマチールはしばらく飲み続けなければならんし。実際、薬を飲み続けてから大分体調は戻った。

しかし「ゴジラ」(2014)、たまたま去年10年振りぐらいに映画館に行って見たものを改めてテレビで見ると、劇場で観るのとテレビで見るのは随分と違うものだなあと。当たり前の話なんだけど、迫力が違う。画面の大きさ、存在感があまりにも違うなと。ちょっと気づくのがいくらなんでも遅過ぎたという感。

そんなわけで、文章は書けないし腹が減っているのである。ちなみにメモっておくと、今日は8時間寝た。

カテゴリー: 未分類 | 文章を書けない病 はコメントを受け付けていません

急逝

9月24日、木曜日。

川島なお美が亡くなった。激やせして調子が悪いと報じられていたのは知っていたけれど、随分と急な話に思えた。今からもう30年ぐらい前、彼女のレコーディングをしたことがある。どんな曲だったかはまったく覚えていないのだが、場所は銀座のスモーキースタジオ(今はもうない)と新宿のテイクワンスタジオで、ディレクターはビクターの角谷さんだったと思う。なんでそんなことを覚えているかというと、そのときに彼女のマネージャーからいい顔をしているから俳優をやらないかと勧められたからだった。そのときは一瞬真面目に考えたんだけれど、僕は背中にあざ(というか色素の沈着)があるので諦めた。彼女とはそのレコーディングのとき以来会っていない。ずっと僕より年上とばかり思っていた(会ったときにそういう印象だった)が、僕よりも年下で僕の弟と同い年ということに気づいたのは最近だ。何にせよまだ若いし、何しろ急な話なのでなんだか辛い。今はツイッターとかがあるのでかなり話題になっている感じはあるが、12年前に僕と同い年の松原みきが44歳で亡くなったときはここまで話題にはならなかった記憶が。何しろ、松原に曲を提供したことのあるI泉さんも、僕が教えるまでは知らなかった。どうやら外は雨が降り始めたようだ。ご冥福を、という言葉はあまり好きではない。果たして亡くなった人に祈りは通じるのだろうか。通じればいいなあ、本当に。

————————————-

今朝はゴミ当番だったのでアラームをかけて8時ジャストに起きたのだが、昨夜寝たのは3時近く5時間ちょとしか寝ていない。その割にはここまで奇跡的に昼寝をしないで済んでいる。さすがに母のところにいるときに物凄く眠くはなった。お彼岸だというので午後墓参り。相場はちょっと慎重過ぎたかもしれない。結果的にはチキン。手堅いといえば手堅い。まだ万全ではないものの、体調は大分回復傾向。結局、睡眠薬はレンドルミンが一番合っているようだ。ベンゾジアゼピンを飲むのはあまり気が進まないのだけれど。

カテゴリー: 未分類 | 急逝 はコメントを受け付けていません

復活の日

9月23日、水曜日。

レンドルミンを飲んで寝たら、なんとか7時間眠れた。そのお蔭なのか薬が効いたのか、今日はようやくまともに動ける程度に復活。レベルの低い話だけれど、車で買い物にも行けた。なんというか、普通に行動できるというだけでこんなにも違うのかと。まあ昨日が酷過ぎたというだけの話かもしれないが。相場も昨日のマイナス分を取り戻してお釣りが来た。母のところにも行けたが、どうやら母は僕が昨日行けなかったということもあまり覚えてなさそうだった。

そんなわけで夜はラグビーW杯、日本対イングランドを見た。結果は10-45でまさにボロ負け、特に後半にチンチンにやられた。スコットランドは強かった。というか、日本は本来これぐらいの実力なのだろうか。とすると、前回優勝候補の南アフリカに勝ったということで号泣する人の気持ちも分からんでもない。日本は南ア戦と比べるとミスが多かったのだろうとは思う。五郎丸もペナルティキックを2回外したし。とにかくラグビー、ルールが難しくて訳分からずに見ているわけだけれども、これだけボロ負けしていて逆転が絶望的な点差が開いていても見ていて物凄く力が入るし肩が凝る。35点もリードされていても、日本がトライ寸前まで漕ぎつけると力が入りまくる。正直言って最初のうちは反則のとき審判がどっちに手を上げているかすら分からなかったぐらいなんだけど、改めてラグビーって面白いなと思った。もちろん、ルールが分かっていればもっと面白いのだろうけど。ボロ負けしても面白いぐらいだから、勝ってしまった南アフリカ戦をリアルタイムで見ていた人はどれだけ興奮したのだろうかと思う。

明日の朝はゴミ当番、アラームをかければなんとか起きられるだろうが、その後が心配。

カテゴリー: 未分類 | 復活の日 はコメントを受け付けていません

なしくずしの死

9月22日、火曜日。

昨日最悪と書いた体調がさらに悪化。

昨夜も睡眠薬はルネスタだけで眠れた。しかし、やはり7時の寺の鐘で目が覚めるし、朝っぱらから裏手の家から農業機械のエンジン音がうるさく聞こえて8時ごろには起きてしまった。

眠いのもそうだが朝からとにかく気分が悪い。どうにもならないので朝食後ソファで毛布を被り、昼まで寝込んだ。しかし一向に調子がよくならないどころかひたすら悪化する一方。ふらふらになりながらなんとかかんとか卵かけご飯の昼食を摂ったが、胃の辺りがむかむかするし、この気分の悪さは経験上胃潰瘍ではないかと、胃酸を抑える胃潰瘍の薬オメプラール、元々潰瘍を修復する薬であるドグマチール、ついでに胃炎の薬であるガスモチンまで飲んだ。

再度ソファに横になるが本を読んでいても辛い。かといって何もしないで寝ているのも辛い。なので起き上がって台所に行って煙草を吸う。またソファで横になる。この繰り返し。あまりに気分が悪いのでこのまま死んでしまうのではないかと思ったりするし、休日だから病院の救急外来に行って診てもらった方がいいのかとか散々悩む。いつまで経っても具合がよくならないので、氷枕を出してみたり。そのうち、相場の指値が成立する音が聞こえた。朝方置いておいて、外すのを忘れていた。それでしょうがなく起きて相場と死闘。当たり前だがこんな体調のときにまともに頭が回るわけはないし、上手く行くはずもない。利食いし損ねては損切りを繰り返し、夜気がついたときには今日も大敗。まあそのお蔭でなんとか起きてはいられたのだが。気がつくと、今年のプラス分をほとんど吐き出しつつある。

相場に夢中になっている間はなんとか持ってはいた(というか起きていられたというだけなのだが)ものの、正直今日の体調はどうにもならず、さすがに母のところに顔を出すのは諦めた。

以前胃潰瘍と十二指腸潰瘍と食道白癬を併発したのはいつごろだったのか日記をさかのぼって調べてみると、2003年の4月だった。なんと14年も前だ。確かにまだ会社に行っていたころだから、もうそれぐらいになるのか。当時はどんな具合だったのかと日記を読むと、胃酸過多が主だったようである。しかしながらなんとか会社には行けていたし、医者も自宅近辺ではなく会社のある駅前の医者に行ったのだった。そう考えると今回の方が酷いかもしれない。今日はどこかに出かけるなどということは想像もつかないほど具合が悪かったし、まさに廃人同様だった。というかただの病人だった。

気分的には瀕死である。前述のように横になっていても気分が悪くてどうにもならないとろくなことを考えない。また胃カメラを飲まなくちゃならないのかとか、前回は潰瘍で済んだけれど癌だったらどうしようとか。逆に、病院の救急外来に行って、よくある胃に来る風邪だと言われたら恥ずかしいとか、あれこれ考えまくる。そんなわけだから、病院で入院しているようにじっとしていることがなかなか出来ない。今日はほとんど自宅入院とでもいうべき状態だったのだが、大人しく横になって安静にしているということが辛くてなかなか出来ないのだった。それで青ざめた顔でふらふらと台所に行っては煙草を吸い、その実ちっとも美味しいわけじゃなくむしろ気持ち悪くなるだけなのだが。その煙草のせいなのか相変わらず動悸もする。この辺りが以前潰瘍を患ったときと若干異なる。ような気がする。だがしかし、恐らく胃潰瘍ぐらいにはなっていると思う。今日の不調の原因が胃潰瘍であれば、ドグマチールとオメプラール(あるいはネキシウム)を飲めば治るはずなのだが。明日も今日と同じぐらい酷かったら、さすがに病院に行くことも考えなければならないかも。

カテゴリー: 未分類 | なしくずしの死 はコメントを受け付けていません

不調と絶叫

9月21日、月曜日。

昨夜は睡眠薬をベルソムラにするかレンドルミンにするか迷ったものの、結局どちらも飲まずに2錠飲んでいるうちのひとつ、短期型のルネスタだけで眠ることができた。それはいいのだが朝8時前から祭りの囃子屋台がやかましく、8時に起きた。

午前中は業務も、今日はとにかく体調が最悪。午後になってあまりにも調子が悪いのでソファで1時間ほど横になったが動悸がして息苦しくて眠れず。その後も一向に体調は上向かず具合の悪いまま。夕方母のところに顔を出すもののちょっとしかいられなかった。顔が青ざめているのが分かるし頭も身体も重い。一体どうしたのかというぐらい体調が悪かった。

今日は祭りの最終日、夜の10時過ぎになっても囃子屋台で音痴が絶叫している始末。近所迷惑なことこの上ない。10時半を過ぎたころに万歳三唱が聞こえてきたが、その後も11時近くまで喧騒は続いた。

相場は切り替えが遅過ぎてまた週明けに大敗。体調が悪いときはやってはならぬというルールだったのだが。

いまだに気分が悪くて今日はちょっとどうにもならない模様。

カテゴリー: 未分類 | 不調と絶叫 はコメントを受け付けていません

驚天動地

9月20日、日曜日。

昨夜寝たのは3時過ぎ。というのも、ラグビーのW杯、日本対南アフリカを熱心にツイッターで実況する人が多くて気になったからである。それで日本が勝ったというところまで確認してから寝たのだった。この時点で、僕はラグビーというスポーツのルールすらほとんど知らず(高校の体育の時間でやったことはあるにしろ)、この日本の勝利というものがどれほどのものなのかまったく分かっていなかった。ただ、ツイッターのTL上で号泣している人がかなりいた。

昨夜は睡眠薬をレンドルミンに戻し、このところ日替わりで薬を代えている。つまり、もうどっちがいいのか訳が分からなくなっている。どうせ朝は祭りの囃子屋台で起こされるものと思っていたらさにあらず、ひっきりなしにうちの前を往来していた昨日とは違い今日はひっそりしていた。それで例によって三度寝ぐらいして起きたのは10時過ぎだった。

午後、ラグビーの録画放送をやっていたので後半から見てみる。しかし前述のようにルールすらろくに分かっていないのでどこでどう興奮していいものかよく分からなかった。日本のランキングは13位、南アフリカは3位ということで、サッカーのFIFAランキングでいえばそれほど不思議なことではないのではないかと思ったりもした。それがとんでもない勘違いだということは、夜になってツイッターのまとめを読んで分かった。日本が南アフリカに勝つということがどれほど途方もないことなのかということにようやくなんとなく気づき始めた。ラグビーの世界で3位と13位というのは、サッカーでいえばドイツ・ブラジルと日本が先日戦ったシンガポール・カンボジアぐらい違うのだということにようやっと気づいた。それでようやく事の重大さに気づき、改めてYouTubeでダイジェストを見て興奮しまくるという具合。なにせ戦前のブックメーカーのオッズは南アフリカの勝利が1.0倍。日本はW杯に於いて24年前に一度しか勝ったことしかなく、この組み合わせというのがもっともW杯で勝率の高いチームともっとも勝率の低いチームの試合だったという。海外のメディアが興奮しまくってスポーツ界最大の番狂わせと騒ぎたてるのも無理からぬことに、ことここに至ってようやく気づいたのであった。つまり、僕は南アフリカがいかに強いか、日本がいかに弱いかということを知らなかったのだ。どうせならこの両者の力関係の落差を事前に頭に置いた上でリアルタイムで試合を見たかったものだと痛切に思う。それほど日本が南アフリカに(W杯で)勝つというのは恐ろしくとんでもないことなのであった。

それはともかくとして、やはり今日も日中体調が悪かった。午後になって顔が青ざめているのが自分でも分かるし手が痺れる。気分が悪く頭に浮かぶのは横になることばかり。あまりにも調子が悪いので逆に身体を動かした方がましかと思い、夕方久々に庭の草取りをした。結局のところ、どっちの睡眠薬を飲んでも調子が悪いことには変わりないのだった。手が痺れるというのはストレス、つまり精神的要因からくるものだが、全部が全部精神由来の不調とも思えない。要はどんな薬を飲んでも今は調子が悪くなるということらしい。困ったものだ。たぶん今飲んで調子を崩さないのは唯一頭痛薬だけだと思う。しかも、もしかすると頭痛薬で胃が荒れている可能性もある。

ああ、ラグビーというものがなんたるもので、日本がどれほどのものか分かった上で昨夜の試合をリアルタイムで見れた人がうらやましい。たぶん、サッカーで言えばW杯の決勝トーナメントでドイツ・ブラジルを倒して準決勝あるいは決勝まで進んだぐらいの驚天動地のことだったんだろうな。

カテゴリー: 未分類 | 驚天動地 はコメントを受け付けていません

喧騒と頭痛

9月19日、土曜日。

今日は久しぶりに日中は暑いくらいに気温が上がり、Tシャツ1枚で過ごすことができた。

昨夜は睡眠薬を再度新しい方のベルソムラにしてみたが、今回は無事に眠れた。まあ寝たのが3時ごろですっかり眠かったというこもある。7時台、8時台と目が覚めて三度寝して9時過ぎに起きたが、表では囃子屋台の音が朝からやかましかった。今日から3日間、地元の祭りなのである。

朝食後も眠かったのだが今日は午前中に皮膚科に行かなければならない。行ってみると案の定うんざりするほど混んでいて、受付を済ませたあと一旦帰宅して昼頃に再度出直す。どうやら午前中だけ診察の土曜日が異様に混んでいるようだ。待合室でうとうとする。ようやく呼ばれて、先日手術したところを抜糸してもらった。

午後になってもひっきりなしに表の小路を囃子屋台が往来してうるさい。眠気がいつまで経っても治まらず、そのうち頭痛までしてきたのでソファで横になって寝ようと試みる。眠気から頭痛が来たのではないかと思ったのだ。気分が悪くてなかなか寝付けず1時間半ほど横になって少しはうとうとしたようだが、それでも頭痛は一向に治まらず、むしろ酷くなっていった。それで寝てもいられなくなって起きた。頭痛薬のアドヴィルを飲むと、ようやく少しずつ治まってきた。これなら昼寝を試みる前に飲めばよかったと思う。

日中の眠気だが、ネットで調べてみると新薬であるベルソムラ、どうやら副作用で眠気が残るっぽい。しかしながら今年になって体力がすっかり落ちてあらゆる薬に過剰反応するようになってしまい、漢方薬で具合が悪くなったりするので、睡眠薬をレンドルミンに戻しても眠気は同じぐらい残るのかもしれない。悩ましい。やはり睡眠薬を飲まずに寝られればそれに越したことはないのだが。

夜はNetflixでマイケル・マン監督「コラテラル」を最後まで見た。たぶん見るのはこれで2度目だと思う。マイケル・マンはわりと好きな監督なのだが、スタイリッシュなんだけど小ぢんまりとまとまっているという感は否めない。娯楽作としてそこそこ手堅いのだが中堅どころといった感じで、昔だったらピーター・イェーツもそんな印象だった。

今日はとにかく朝から晩まで祭りの喧騒に悩まされる。僕は元来祭りというものが苦手だ。あのテンションについていけないし、うるさいわりには見ていると退屈。これがまだ2日続くと思うとうんざりする。

成立してしまった安保法案に関しては、ただただ日本の政治に失望したとだけ書いておく。

カテゴリー: 未分類 | 喧騒と頭痛 はコメントを受け付けていません

迷い

9月18日、金曜日。

一昨日一晩中ろくに眠れなかったので昨夜は睡眠薬をベルソムラから元のレンドルミンに戻した。ところが、どういうわけかまたもや寝付きが悪く、なかなか眠れなかった。それまではレンドルミンなら寝付きだけは非常によかったのだけれど。それで日中は眠気と悪心に悩まされる。夕方以降特に気分が悪くなる。ソファで一時間ほど横になったがやはり少々うとうとする程度で眠れず。夜からは頭に鈍痛。また調子の悪さが戻った。これで、一体どちらの睡眠薬にした方がましなのか、もう分からなくなってしまった。日中の不調が睡眠薬によるものかどうなのかよく分からないので単なる思い込みか気のせいなのかもしれないが、どうもレンドルミンだと日中眠気が残るような気はする。かといって新しいベルソムラだと寝付きが悪いし朝食後に爆睡してしまうし。一番いいのは睡眠薬なしで眠ることだとは思うのだが、かといって明け方まで寝付けなくて悶々とするのも切ない。一体どっちがましなのか、なんだか究極の選択みたいになってきた。

午前中から午後までは業務。それなり。帰宅後の午後は相場も、今日は読みが裏目って大敗。しかし諸条件は揃っていたはずなのに、どうしてNY時間から裏目ったのかいまだによく分からない。ただ、今日もルールを守れなかった。守れないルールは意味ない。意志が弱いというか。今日一番悪かったのは、途中から普段とスタイルを替えたことだった。

眠い。今日はとにかくひたすらぼんやりと眠い一日だったような気がする。

カテゴリー: 未分類 | 迷い はコメントを受け付けていません