沈殿とそれに伴う困惑

12月22日、火曜日。

弟夫婦が来る夢を見た。目が覚めて時計を見ると4時半だった。朝ではなくて、夕方の話である。午後、毎度のことながら煮詰まり、たぶんそれは最初は眠気であり台所のテーブルに突っ伏して2・30分ほどうとうとしてしまったのだが、そこで目が覚めて自分がどうにもこうにもならないところまで煮詰まりきっていることに気づいたのだった。沼の底の泥の奥深くまで沈殿してしまったような気分だった。もうこれ以上底はないようにすら思えた。そこで書斎に行ってソファで毛布を被り、昼寝を決め込んだのである。台所でうとうとしたので眠気は取れていたのだけれど、もはや僕には眠ることしか残されていないような気がした。そして僕は沈殿するように眠り、夢を見た。

今考えてみれば、そこが今日の僕の底だった。そこがもし底でなければ、僕は果てしなく眠り続けたかもしれない。そこから僕はなんとかかんとか浮上らしきものはしたのだけれど、いまだになんだかピンと来ない。何かどこか嘘臭いような、そんな気がするのである。

暗くなるまで昼寝してしまったので何も作る気がおきず、夕飯はまた寿司の出前を取ってしまった。今月二度目の贅沢。またしても寿司屋の牛丼。

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夜になって気分転換のつもりで相場のポジションを取ったら裏目、結局損切りする羽目に。どうにも何をやっても上手く行かないような気がするし、自分が何をするべきなのか皆目見当がつかない。こんな調子で明日は天皇誕生日で休日、ちと呆然とするなり。今夜もまた梅酒をちびちびやって酔っ払うしかないか。

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呪文

12月21日、月曜日。

寒かった。雪こそ降らなかったけれど。そろそろ電気敷布を使う頃合かな……。今日からヒートテックのズボン。

今週は欧米がクリスマス休暇で相場がスカスカ。なのでほぼ様子見。昼を挟んで少々業務。とりあえず年明けまでの煙草は確保。

寒いせいなのかなんなのか、相変わらず間欠的に睡魔に襲われて参る。特に夕食後は眠くて。そのくせ床に就く深夜になると眠くなくなるのだからほとほと困り果てる。今日はカフェインの過剰摂取による中毒死というぞっとしないニュースがあった。国内では初だがアメリカでは何件かあるらしい。考えてみれば昔はスタジオで一日に10杯ぐらい珈琲を飲んでいた。まあもちろん致死量のカフェインというのはもっととんでもない量なのだろうけど。

今日の母は口数が極端に少なく、ほとんど喋ってくれなかった。こうなると正直ちょっとしんどい。それでなくても終日うすぼんやりとした眠気の被膜で頭を覆われているのである。

で、夕方以降妙に身体が疲れた。暖房を入れた書斎でソファに横になって本を読んでいても疲れるのだからどうしようもない。膝とか腰にきている感じ。たぶん運動不足。

そんなわけで星野智幸「呪文」読了。

ツイートにも書いたようにとても読みやすくて面白かったのだが、如何せん少々歪んだ世界を描いているので読後感があまりよろしくない。切り口は面白かったので爽快感が欲しかったところ。星野を読むのはこれで二作目だが、どちらも後味がよくなかった。それは意図してのものだろうけど、読んでいる方の立場からすると、もっと気持ちのいいところに落とし込んで欲しい。むしろ凡庸でティピカルな物語をいかに面白く語ることができるかというところに作家の力量が表れると思うのだが。こういったいつの間にか気がつくとちょっと薄気味悪くなる話というのは好みが分かれるところだろう。小説に何を求めるか、というような。いずれにせよ、星野に対する苦手感はこれで払拭されたので、他の作品も読んでみようという気にはなった。

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年賀状というもの

12月20日、日曜日。

3時就寝、10時前起床。今日も間欠的に睡魔が襲ってくる。本日は晴れていて雪もちらつかなかった。もしかしたらこのまま雪かきをせずに正月を迎えられるかも、みたいな幻想を抱きそうになるが、帳尻合わせが来るのが怖い。

今日も煮詰まる。というか、基本的に休日は煮詰まるのだった。何をしたらいいのか分からなくなる。昼頃にアマゾンから油汚れ用の洗剤が届いたので換気扇周りの掃除。午後になってドレッシングとマーガリンを買いに車で隣町の業務スーパーに出かけ、隣の靴屋で冬用のブーツを衝動買い。

帰宅後クラブワールドカップの3位決定戦、広島対広州を見る。広島がドウグラスの2発で逆転勝ちで3位。準決勝との違いは、浅野とドウグラスがいい仕事をしたという点。広島はよくやったと思うが、シュート力とかゴール前でのクリアの甘さとかもどかしさは残る。

夜は母のところから帰宅後に決勝のバルセロナ対リーベル・プレートの試合を見たが、これはメッシ、ネイマール、スアレス、イニエスタとメンバーが揃っているバルサが当たり前のように3-0で圧勝。なんかもうこうなるとずるいという気がしてしまう。折しも日中、ツイッターのタイムラインにネイマールが表参道の腕時計店で2000万の爆買いをしたという情報が流れてきた。ネイマールの年収は48億円らしい。一体全体、MSNの3人の年俸だけでいくらなのか。これはもうメンバー構成的に不公平と言いたくなる。

気がつくともうすぐクリスマス、はどうでもいいのだが年末が近づいている。というわけで今日は年賀状を作った。作ったといってもワードのテンプレートから一番シンプルで無難な奴を選んだだけである。基本的に毎年年賀状は最低限しか出さない。まあ4枚で事足りるだろうと思っていたら、今年もらった年賀状を一応チェックすると一人知らない人(たぶん親戚かなんかだと思う)から来ていたので追加。

日中年賀状を印刷して夜宛名書きをしていて、ふと久しぶりに松任谷夫妻に年賀状を出そうかと思いついた。というのも昨夜NHKの「SONGS」という番組で久々にユーミンを見たからである。久しぶりに見るユーミンは随分と老け込んでいた。声もまた一段と低くなっていた。松任谷夫妻とは熊谷(幸子)の結婚式以来だから15年ぐらい会ってないし、最後に電話で話したのももう10年ぐらい前だ。

世の中には二通りの人間がいる。電話に出る人間と出ない人間である。で、ユカリは出る方の人間だ。というわけで、これまた実に久しぶりに夜ユカリと電話で話した。ユカリは会社(雲母社)の元同僚(元々松任谷さんのマネージャー)で僕が辞めた後に僕からディレクターを引き継いだ。ユカリと話すのも数年振りである。

話してみるとユカリはまだ会社にはいるものの、もうディレクターはやっていないそうだ。何しろ久しぶりなのであれこれ話が弾む。旧松任谷宅を武部が買い取ったという情報はガセであることが判明、いまだに夫妻が所有しているとのこと。で、夫妻の新しい住所と電話番号を聞いた。なので、今年(来年?)は久方ぶりに松任谷夫妻に年賀状を出すことに。

こういうことは実に異例だ。前述のように基本的に僕は年賀状を出さないタイプの人間だから。放っておいても年賀状が届くであろう人にしか出さない。年賀状というもの、もらうと書かなければならず、それが実に日本人的でめんどくさいなあと常々思っていた。普通に考えれば、もらった人には出すという構造的側面から考えると年々増える一方になるはずである。これがここまで減ったということは、どこかのタイミングでもらったのに出さないという不義理を繰り返したということなのだが、そこら辺の記憶があまりない。なんつーか、いつの間にか気がつくと今の枚数になっていた。たぶん、自分からは出さずにもらった人にだけ出すということを長年繰り返した結果なのだと思う。基本的に今でもそのスタンスなのでどんどん増やすつもりなど毛頭ないのだけれど。

まあそんなこんなで年賀状というものはいずれにしてもめんどくさい代物だとは思う。もらったら嬉しいのだけれど、自分が出したのに来ないとビミョーみたいな。義理と不義理の擦れ違い。

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ブルー、恋は水色

12月19日、土曜日。

昨夜、梅酒で酔っ払って寝床で星野智幸「呪文」を読みながらまず睡眠薬のルネスタを飲み、それからロヒプノールを飲んだ。で、ティッシュに唾を吐くと唾が水色なのに驚いた。ガメラの血の色を一瞬思い出したがあれは緑だったか。ともかく、何度唾を吐いても鮮やかな水色というか青。一体何事が起きたのかと思ったが、大方ロヒプノールが口中に溶けて残っているのだろうと思い、そのまま眠った。

友人のフィリップ・セスとレコーディングしている夢を見た。どうにも気に入らなくて僕は何度もフィリップにNGを出した。一度目が覚めたがどうやらまだ酒が残っているというか悪酔いしたらしく気分が悪い。気持ち悪いのでそのまま二度寝。

で、結局目が覚めたのは10時半過ぎだった。昨夜の雨が雪に変わるのではと思っていたが、窓外の景色はまったく雪景色ではなかった。雪にはならなかったようだ。階下に降りていつものようにオーブントースターを温めながら洗面所に行って顔を洗い、なんとなく唾を吐くと驚いたことにまだ青い。本当に驚いた。汚い話で恐縮だがびびりながら痰を吐いてみると色鮮やかな青。ちょうどファンシーグッズによくあるような、ピンクの対象色として使われるような青い色なのである。鏡に向かって舌を出すと、舌が水色である。

さすがにこれには口の中だけではなく青ざめた。一体これはなんなのだろう。トーストの朝食を摂りながらノートPCを立ち上げ、「唾 水色」とか「唾 青」とかでググってみる。もしかしてそういう病気が存在するのかもと思ったのだ。COPDとか昨夜から気になっていたせいもあって、もしかしてこれは肺から出てきたのではないかとか。

当たり前の話ではあるが、ほとんどヒットしなかった。世の中に唾が水色になったり青くなったりして悩んでいる人はただの一人もいなかった。わずかに「極度に体温が下がると舌が青くなる」という記事がひとつあっただけだった。

食後の珈琲を飲みながら、はて、これは一体何が起きているのだろうとひとしきり悩む。煙草を一服して、恐る恐るティッシュに唾を吐いてみる。もう青くない。何度か試すが大丈夫だ。

そこで「ロヒプノール 色」でググってみた。前回処方されたときに、色が変わったんですと薬剤師に言われたからである。案の定これだった。ロヒプノールはそれまでの白色から溶けたり砕いたりすると青くなるように着色されたということ。どうやら睡眠薬を使った犯罪を予防するためらしい。

要するにロヒプノールを飲み下し損ね、口の中が渇いていたために一晩口中に留まっていたようだ。最近嚥下障害っぽく薬を飲むのに一苦労するので、そのせいだろう。こうして分かってみるとなんてことはないのだが、朝唾とか痰とか舌とかが青かったときはまるで宇宙人を目撃してしまったような、天地がひっくり返りでもしたような気がした。それぐらい驚いた。

いやあ、世にも珍しい奇病じゃなくてよかったです。

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午前中からちらほらと雪が舞い落ちてきた。積もるほどではなかったけれど。さすがに今日は寒かった。

前述のように悪酔いした感じであまりよく眠れなったので今日も一日中眠気に悩まされた。何をしたらいいのかさっぱり分からなくなって完全に煮詰まり、いつもなら行かない午後になって業務に行った。で、ようやっと結果が伴う。夕方までかかったが。

帰宅後、寒いので台所の暖房の真ん前で珈琲を飲んでいると今度は猛烈な睡魔が。あったまると眠くなるという。眠気を振り切ってなんとか母のところに行くものの、あくびを連発。

そんなわけだから年賀状を作ろうとしても眠気で頭が回らず。何もする気になれないし何も出来る気がしない。何をしたらいいか分からない。何のために生きているのかという禅問答のような一日。

ま、母と僕のセーターの洗濯はしたけれど。

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一応初雪

12月18日、金曜日。

朝起きて二階の窓から見ると、屋根にうっすらと雪が降った形跡があった。先日のみぞれは幻だったとすると、これが一応初雪ということになるがそれ以上は降らなかった。

毎日夢を見る。起きて少し経つとそれらはすべて具体性を失い曖昧模糊としたものと化すが、そのうすぼんやりとした感覚でも特に悪い夢というのは見ていない。いい夢とまではいかないにしても、さほど悪くない(と思われる)夢ばかりだ。

今日は母が県立中央病院の心臓血管外科の診察を受ける日。そんなわけで11時過ぎに病院に行くと、特養の職員が玄関のところで待っていた。少しして仙台から弟も駆けつける。町内の総合病院と比べるとさほど待たされることはなかったが、あろうことか途中で電子カルテが落ちるというトラブル発生、検査後に母たちは先に返して僕と弟はドトールで遅い昼食がてら処方箋を待つという展開に。

少しして連絡が来て病院に戻ったが、結局もらったのは手書きの処方箋だった。いまどきの病院、停電時のための非常用電源は備えているはずなのだがデータベースのミラーサーバは用意してないのだろうか。

そんなこんなで病院から処方箋やらを届けに特養に行くと、母の友人3人が面会に来ていたので顔を出し、結局帰宅したのはもう夕方になってからだった。本日の検査の結果によると母の左足は足首から先の血流が悪いということだった。再来週にCT検査を受け、年明けに結果が分かるという予定。それにしても母の足は改めて見ると赤黒く変色していて見るからに可哀想だ。

病院に出かける前に置いておいた相場の指値は帰宅後に確認するとあっという間に串刺しになってストップを食らっており、それよりも午後1時過ぎにドル円が物凄い乱高下になっており、一体何が起こったのかとツイッターのタイムラインを延々とさかのぼって確認してみる。どうやら日銀が追加緩和を据え置いたのにも関わらず、一瞬勘違いが起こって吹きあがったらしい。どう考えても据え置くに決まっていると売りを置いておいたのだが、ここまで暴力的に一瞬吹きあがるとは思ってもみなかった。幸いにしてそれほど広い逆指値を置いておいたわけではないので致命傷は食らわなかったが。

その後ちまちまと相場をやってちょいプラスも、夜何もすることがなくなりテレビで「スター・ウォーズ」を途中まで見ていたのだけれど馬鹿馬鹿しくなってついまたポジションを取ってしまい損切りする羽目になり、慌ててバタバタして結局ほぼプラマイゼロまで戻す。今日の相場は年末相場というか、やたらとボラティリティが高いわりには因果関係からの方向が読みにくく、手を出さない方が無難だったかも。

これを書いている今、外は雨だけれど、これは明け方雪になるのだろうなと思う。今日は日中は降らなかったものの外気温は3度とか低かった。大体に於いてもう12月も半ばを過ぎているのだから、ここまで雪かきをせずに済んでいることを有難いと思わなければならないのだろうな……。

夜、久しぶりにチューナーを使ってギターのチューニングをした。元々僕は絶対音感というものがないが、ここんところ台所にずっと置きっ放しのセミアコ、チューニングがどうやってもぴったり来ないことは分かっていた。で、チューナーでチューニングしてもちょっと弾くとまた狂ってしまう。これはもう弦が限界で張り替えなくてはならないのと、学生時代から使っているギターなのでネックが反ってオクターブチューニングが合わなくなっていてそろそろギター本体も限界なのかもしれない。まずはペグを締め直すということぐらいはやってみてもいいのだが、どうにも今夜はめんどくさい。弦を張り替える気力もなし。

こうして夜は更けていく。

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眠気

12月17日、木曜日。

福岡や下関でも雪が降ったという今日、不思議なことにここ山形では雪が降らなかった。

朝9時ちょうど起床。昨夜は星野智幸「呪文」を読み始めたら思いの外面白くて止まらなくなり、危機感を覚えて2時過ぎには本を閉じて寝ているのでそれほど睡眠が足りないというわけではないと思うのだが、終日眠気に悩まされた。

なんとなく午前中は業務に行ってみた。煙草を確保するためではあるが、逆にボコられた。これでは素直に買った方が安い、煙草。

ときおり波のように眠気がやってくる。午後はコタツで気絶。夜は先日スーパーで買った269gの牛肉を焼いて食べたら物凄く満腹になり食後にどうにもならんほどの眠気。台所の椅子を2つ並べて横になったりしてみたが、結局テーブルに突っ伏してうとうと。そんなわけだから今日は一日に何度も顔を洗う羽目になった。

夜、クラブワールドカップの準決勝、バルセロナ対広州の試合を見たが、メッシもネイマールもいなくてもスアレスがハットトリック、やっぱりバルサは強かった。バルサはほとんどミスというものがなく、なんつーか、見ていてある意味に於いては面白くないとも言える。バルサ側に立って見れば痛快なのだろうけど。例えば日本代表がまったくミスのない完璧な試合をして完勝したら物凄く爽快に違いないのに。まあもちろん、そんなバルセロナでも得点機では必ずしもミスしないというわけではなく、だからこそPKを入れての3点止まりであったのだけれど。

それにしてもなんでこんなに眠いのか。ここ最近の傾向として、食欲があまりなく夕飯を食べた後に腹が朽ちると物凄く眠くなる。まるで子供みたいだが。胃が弱っているのだろうか。

昨夜は睡眠薬をレンドルミンにしてみた。レンドルミンよりもロヒプノールの方が作用時間が長く効き目も強いはずなのだが、何故かロヒプノールよりもレンドルミンの方が寝つきがいいような気がする。どちらも眠くなるわけではないので気のせいかもしれない。レンドルミンだと多少睡眠が足りなくなる傾向にはあり、ロヒプノールを飲むときっちり8時間寝てしまう傾向にもある。まあどっちもどっちだ。両方ともベンゾジアゼピン系なので似たようなものなのである。

明日は11時半に母の県立中央病院。雪になるのだろうか。

母のところでニュースで澤穂希の引退会見をちょっと見たが、気のせいか澤は引退を決めてから垢抜けて見える。髪型のせいだろうか。それとも人間、肩の荷が降りるとああいう風にすっきりした顔になるのだろうか。

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健闘

12月16日、水曜日。

夜、母のところから帰宅後に夕飯を食べながらクラブワールドカップ準決勝、広島対リーベル・プレートの試合を前半の途中から見た。結果的に後半の失点で0-1と敗れたものの、広島は予想外の大健闘だった。前半はむしろ広島の方に決定機が多く、それをひとつでも決めていればという印象。失点はGKの判断ミスから。前回の試合もそうだったが、今回もドウグラスが肝心なところでミスを連発してブレーキになっていた。いずれにせよ、南米王者相手にJリーグのチームがここまでの試合が出来るとは思わなかった。ちょっとびっくり。確かに浮き球のトラップとかはリーベルの選手の方が抜群に巧かったものの、個々のレベルはともかくチームとしては互角以上に闘えていた。こういう試合を見ていると、日本代表にももっと頑張ってもらわねばなと思う。

昨夜は睡眠薬を作用時間の長いロヒプノールにしてみた。ところが寝付きは悪かった。朝目が覚めてみると10時前、やはり睡眠時間自体は長くなる。朝起きた時点でもまだ多少の迷いはあったものの、朝食を摂る前に内科に電話して明日の大腸検査をキャンセル。しかしながら朝から空腹を覚えてはいたものの本日は終日食欲があまりなく、おまけに夜の10時近くになって眠気が襲ってきたところをみると、身体自体はもしかしたら明日の検査に備えていたのかもと思った。まあそんなはずはないと思うが。ただどこかで意識していた部分はあったのかもしれない。

身体だけではなく精神的にも明日の検査に無意識に備えていたのだろうか、午前中から何をしたらいいのか分からなくなる。ちと呆然としそうになる。そのために、まだ早いと分かっていながら相場のポジションを取ってしまい、お蔭でまた苦労してしまった。今日は深夜というか明け方にFOMCがあるので様子見が基本であったはずなのだけれど、下手にポジションを取ったために引っ込みがつかなくなってしまった。判断ミスでいらぬ損切りをしたが、結果的には夕方にトータルプラスに転じて手仕舞い、なんというかこれもまた健闘の部類に入るのか。

昨夜から途中になっていたプルースト「失われた時を求めて 全一冊」を最初から読み直し始めたのだけれど、このところ毎晩寝る前に梅酒を飲んでいるので酔っ払った頭で読むにはどうにももどかしかった。それで、夕方母のところに行く前に図書館に寄り、星野智幸「呪文」と花村萬月「ロック・オブ・モーゼス」を借りた。3が日が休館なので返却は4日まで。年始まではこの2冊を読むことにする。

夜、ドラマ「無痛」の最終回だけ見てみたが、原作とは全然違う展開もリアリティがまったくなく無茶苦茶なところは原作と似たりよったりのレベルだった。まったく、こんなことならドラマの最初の方を見ていれば読まずに済んだものを、と思ったり。

予報では明日から急に寒くなり雪ということだが、本当に降るのだろうか。明日はみぞれ程度で明後日からは雪ということだが。しかし毎晩夜中に梅酒を飲む癖がついてしまった。昨夜のように必ずしも酒を飲むと寝付きがよくなるというわけではないのだが、煙草が美味しくなるという誘惑に負けてしまっている感じだ。

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検査

12月15日、火曜日。

9時前起床。今日は母が町内の総合病院で診察を受ける日。11時に病院に行く。母は車椅子に乗って看護師と二人で待合室にいた。待っていると、仙台から弟夫婦もやってきた。2時間近く待たされただろうか、とにかく総合病院というのは具合が悪くて来ているのに待たされる。ようやく母の診察の順番が回ってきて医師に症状を伝えると、血液検査と血行を調べるために足の心電図を取ることに。

検査の結果、まず母は静脈血栓が出来てむくんでいる左足の血行が非常に悪いことが分かった。それと、血液検査から静脈血栓だけではなく動脈血栓の可能性もあるということ、心臓、腎臓、肝臓の数値がよくないということだった。それでもっと大きい病院の専門医に診てもらう方がいいということになり、県立中央病院の心臓血管外科の紹介状をもらった。夕方特養から連絡があり、金曜日に予約が取れたということだ。弟はまた金曜日も来るという。

正直気が滅入る。統合失調症を除けば大病を患ったことがない母なのに、改めていろんなところに不具合が見つかってしまった。こういうことは年齢的にしょうがないことなのだろうか。深刻に考え始めると切りがないが、僕の中にどこか諦めにも似た気持ちがある。それは自己防衛本能みたいなものなのだろうか。そんな風に考えないとひたすら気が滅入ってしまうのだった。

鬱屈してもしょうがないので、帰宅後、弟夫婦も帰ったのでひたすら相場。闇雲にポジションを取りまくってずぶずぶにマイナスがかさむという昨日と同じパターンに陥ったが、夜になってようやく少し俯瞰して見れるようになり、本日トータルでようやっとプラスに転じたところで手仕舞い。正直夕方は気が狂ったようにポジションを取っては切り、自分を見失っていた。何をやっているのか途中で分からなくなった。遅ればせながらそこから立ち直ったことはよかったけれど、どうも先日大敗を喫して以来、すっかり迷い道に入ってしまっている感じがしないでもない。

そんなわけで久坂部羊「無痛」読了。

とにかくこの人、悪乗りが過ぎるというかやり過ぎだ。文庫で600ページを超える枚数なのに、微妙な機微というものがない。話自体がまるでマンガである。えげつない描写だけはてんこ盛りなのだが、ごてごてと具だけが多いようでいてその実登場人物は存外少なく、それらの人物が強引にすべての出来事に絡んでいる。つまり、肝心の中身があまりない。登場人物のキャラクターにもストーリーにもリアリティがない。あれこれ極端に振り回した挙句の終盤の収め方はあまりにもお粗末。もう久坂部を読むことはないだろう。

それはともかく、僕自身の話になるが明後日内科で大腸検査なので検査前日の明日は一日検査食だけになる。夜、改めて検査食と前日と当日の過ごし方を確認してみて唖然。前日の明日は昼はカロリーバー、夕飯はポタージュスープだけ、それで夜に下剤を飲まなければならない。これでは地獄だ。空腹で眠れるかどうかも分からない上に下剤で何度もトイレに行かねばならない。もうこれ無理、と思ってキャンセルすることにした。看護師の話によると夜でも電話をすれば連絡が取れるということだったので内科に電話して留守電に携帯の番号と名前を残したが、折り返しかけてくるはずの電話はいつまで経ってもかかってこない。

で、結局この時間になるまで医者からの折り返しはなかった。どうしよう。このままでは明日の朝から検査食に突入せねばならんのか。もういいや、明日の朝イチで電話してキャンセルすることにしよう。今の体調と生活パターンでは、とても検査食と下剤の前日を耐えられるとは思えない。

予報では明後日から雪だそうで……。

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どたばた

12月14日、月曜日。

7時半過ぎ起床も早起きしようと思ってしたわけではなく、二度寝に失敗しただけ。したがって午前中から睡魔に襲われる。

本日は終日相場でドタバタ。また振り回される。結局のところ、これは相場に振り回されているのか自分自身に振り回されているのか、よく分からなくなってくる。

特養から電話があって明日の午前中母を病院に連れていくことに。今日も母は足を痛がっており、むくんでいる方ではない右足の方が痛いと言っていたので、もしかしたら外科的な要因かもしれない。今日の母は何かと覚束なく、心配になる。

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靄と遠雷

12月13日、日曜日。

7時の寺の鐘で一度目が覚めたような気がする。ともあれ、8時過ぎには起きた。昨夜寝たのは2時半ごろなのでいささか睡眠は足りない。朝食後、玄関を開けて外に出てみると、表は靄で煙っていた。いかにも寒そうだ。

今日も午前中から業務。ここ3日ばかり、なんだかんだ珍しく連日業務に出かけている。

何もすることが思いつかなくなり、午後4時ごろに母のところに行ってみる。母はホールにおらず、部屋に行ってみると布団を被って寝ていた。足のつま先が痛い(先月ぐらいから言っていたのだが)というので靴下を脱がせてみた。母は寝ているときもずっと靴下を穿きっ放しなので、これまで靴下を脱がせてみたことがなかった。すると、両足の指が赤黒く変色していて愕然とする。たまたま職員もそこに居合わせたので、階下から看護師を呼ぶ。母の左足は静脈血栓でむくんでいるのだけれど、ここまで色が変わっているのはどうやらそれだけではなさそうだ。このところ足が痛いというので弾性ストッキングを穿かせないようにしていたというので、むくみは酷くなっている。そのせいもあって、特に左足の指はぷくぷくしている。色に衝撃を受けて悪い方に瞬時に想像が飛び、医者に診てもらうように頼んだ。なんだかんだあって(こういうときは僕は心配のあまりムキになってしまう傾向がある)看護師と言い合いみたいになってしまったが、今週病院で診てもらうということに。

睡眠が足りない影響は夜になってやってきた。夕飯を済ませてクラブワールドカップ準々決勝の広島対マゼンベ(アフリカ代表)との試合に備えようとしていた7時ごろになって、猛烈な睡魔が襲ってきた。試合が始まってからもあまりの眠気にぐらぐらしてテーブルに突っ伏しそうになる。というか、実際に突っ伏した。こういうときにつくづく思うのだけれど、人間というのは睡魔にはどうやってもかなわないのではないだろうかと。ともあれ、試合の方は序盤マゼンベの個人技の方が勝っているように見えて、これは広島はかなわないかもと思っていたのだが、コーナーキックから先制、後半になるとマゼンベの守備がボロボロになったこともありまったくの広島のペースになり、終わってみると3-0の完勝。これにはちょっとびっくりした。試合が終わるころになって珈琲を飲んだらようやく猛烈な眠気からなんとかかんとか生還。

で、DVDで根岸吉太郎監督「遠雷」を久しぶりに見た。物凄く好きな映画だ。見るのは10年振りか20年ぶりかというぐらいに久々なのだけれど、僕の記憶では黒澤明監督作品を別格とすると、邦画ではベスト3に入るぐらい好きな映画だった。今回改めて見てみると、特に大作でも劇的な映画でもなくむしろ小品といってもいいような映画である。淡々と、しかし退屈しない程度のテンポで地方都市の若者を描く。

やたらと「の」が多いツイートになってしまった。永島敏行主演のATG映画というと、当時はもっとも典型的な、いわゆる「暗い」映画になるパターンなのだが、この映画には確かに希望や幸福というものがあるのだった。それが鮮烈な印象になっていたのだと思う。ここには確かに凡庸でささやかだが、幸せのひとつのかたちがあるのだった。

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