強行採決

9月17日、木曜日。雨。

昨夜からベルソムラという新しい睡眠薬を試す。ところが、一晩中寝付けない感じがした。最初に時計を見たときにもう5時を回っていたので実際は少しは寝ていたのだろうし、その後邦画のように人間関係が交錯していてその中の一人の女性に恋するという夢を見たので確かに寝たことは寝たのだろう。だが印象としてはずうっと意識があったという感じで、7時の寺の鐘の音も聞こえた。結局8時前に起きた。5時間ちょっとしか寝ていないのでさぞかし眠いだろうと思ったら朝食時にはそれほどでもなく、医者の言うようにこれまでの眠気はベンゾジアゼピンによるものだろうかと思い、寝た気はしないが新しい睡眠薬にして結果よかったのだろうかとか思ったのだが、朝食後にやおら猛烈な眠気に襲われ、たまらずソファで毛布を被る。すると、昼まで昏々と眠り続け、結局午前中は見事に消滅してしまった。これではまったく意味がない。薬に頼って眠るのは嫌なのだが、睡眠薬を元に戻すしかないだろう。

午後は延々とNHKで国会中継を見ていた。すると、不信任決議が否決された後で議長が席に就いた途端にどわーっと議長席に議員たちが押し寄せて無茶苦茶な状態になり、一体何が起こっているのだろうと唖然として見ている間に安保法案が強行採決されていた。まったく茶番だ。どうやら与党の議員が議長席を取り囲んでスクラムを組むという段取りになっていたらしく、それを見て気づいた野党の議員が押し寄せてもみ合いになったっぽい。その訳の分からん状態で何も聞こえない中で合図で与党の議員たちが立ち上がり、数も数えないで可決されるという茶番。今日は夜まで久しぶりにテレビを見続けたが、これが日本の政治なのかと思うとひたすら失望する。普段政治にことさら関心を寄せることもなく、フィリバスター(議事妨害)という言葉も今日初めて知ったのだが。今日の質疑を見ていて個人的に好感を覚えたのは民主党の福山幹事長代理だったが、考えてみれば民主党は肝心の政権を握ったときにだらしなかった。いずれにせよ、ただひたすら多数決で押し切るのであれば、野党がいる意味もあまりなくなってしまう。というわけでいろいろと脱力。

そんな風にテレビを見ていた午後、ドアチャイムが鳴ったので出てみるとどこかの農家がぶどうとスモモを売りに来た。それでようやく、外が土砂降りの雨だということに気づいた。それまでちっとも気づかなかった。農家はいらないと言ってもなかなか帰らず、結局スモモだけ買ってしまった。12個で500円というのは安いような気がして(それにちょっと食べたかった)買ってしまったのだが、夜になって改めて考えると高い買い物をしてしまったような気も。それになんだか押し売りに遭ったような気分もする。

今日は深夜にFOMCが金利をどうするかという重大な発表があるので本来なら相場は様子見するべきだった。しかし前述のような経過で半ば寝惚けてぼうっとしていたせいかテレビを見ながらポジションを取ってしまい、国会中継をぼうっと見ている間に反転してストップを食らってしまった。まったくいらぬマイナスを食らった。今日もその直後にポジションを取り直し、夜までかかって少し取り戻したが、本来なら一度ストップを食らった時点でその日は取引終了というルールで考えていたのだが、それを二度ストップを食らった時点で終了という具合に修正することにした。その方が現実的だし気持ちのコントロールもしやすい。それすら守れなければどうしようもないが。

このところずっと体調が悪いせいで、母が僕に気を使って早く帰ってもいいと言う。なんだか申し訳ない。母にあまり体調が悪いとこぼすのはよくないような気がしてきた。

なんだかんだ、今日は改めて政治に失望した日だった。正確に言えば与党とその尻馬に乗る政党に、ということだが。

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思い出

9月16日、水曜日。

母のところからの帰り道、どういうわけか頭の中を山下達郎の「MONDAY BLUE」が流れていた。それで帰宅後、改めて「MONDAY BLUE」を久しぶりに聴いてみた。

―― 二度と帰ることもないね もうこの街にも ――

なんだか武蔵浦和を思い出して泣きそうになった。

最近、やたらと悲観的になっていることもあって、思い出というものは意味がないのではという疑念を持っていた。だがしかし、意味はあるのだ。14・5年住んだ用賀(瀬田)のアパート時代は、今考えてみると夢のように楽しかった。その後に移り住んだ武蔵浦和のマンション時代はなんだか寂しかった。遊歩道が目の前で環境にも恵まれていたし、一人暮らしには贅沢なほど広かった。しかし、僕はよくベランダの手すりの角の上に乗ってぼんやりした。僕はそこを世界の果てと呼んでいた。武蔵浦和に移ったころからうつが酷くなったということもある。とにかく、僕は武蔵浦和にいるころは寂しかった。そういうことが胸を去来して、万感迫る感じがした。感極まりそうになり、実際ちょっと涙ぐんだ。音楽を聴いて泣きそうになるなんて実に久しぶりだ。それで、思い出というものはとてもとても大切なものだということを思い出した。例えそれがかりそめの夢のようなものであってもだ。

もちろん、また武蔵浦和も用賀も訪れることはできる。しかし、「帰る」ことはもうできないのだなと思う。

実際のところ、武蔵浦和時代よりも今の方がずっと寂しい。生まれてから一番孤独だと思う。こんなにひとりぼっちだと思ったことはないし、ついでを言えばこんなに体調が悪かったこともないように思う。なんだか今が一番辛いような気がするが、人間なんていつもそんなものなのかもしれない。

ところで、僕は達郎とは面識がない。これは考えてみればちょっと不思議だ。僕がマネージャーをやっていた新川と椎名がスタジオを作ったとき、テレビを寄贈してくれたのは達郎だったし、達郎のマネージャーは弟のサークルの同級生だった。事務所を訪ねて、夫人の竹内まりやに曲を依頼したこともある。もちろん、ライブを見に行ったこともある。だが僕は一度も達郎夫婦と会ったことがない。

今日も闇雲に二度寝して9時台に起きた。だがやっぱりすっきりしなかった。午前中は相場に手を出せない気がして、業務に行った。スターウォーズ。ちょっとスペックが厳し過ぎる。3時過ぎに一旦帰宅。途中ストレスで手が痺れてきたので安定剤のレキソタンを1錠飲んだらぐらぐらになってしまった。帰宅後眠気が凄くソファに横になるが今日は4時に精神科の予約が入っているので寝ることもできない。

精神科の診察室ではいまだに安定剤でぐらぐらだし顔面蒼白な感じだった。もう安定剤はこりごりだと思った。その辺を医師に話すと、ベンゾジアゼピン系(安定剤・睡眠薬)が効き過ぎている嫌いもあるということで、ベンゾジアゼピン系ではない新しい睡眠薬を処方された。要するに、このところの日中の眠気が、睡眠薬が残っている可能性があるというわけだ。

本来なら今日は夜まで相場は自重するつもりだった。それが、母のところに行く直前につい出来心からポジションを持ってしまった。出かける前にポジションを取るというのは最近のルールに反する。案の定、母のところから戻って夕飯の支度をしているとストップを食らってしまった。今年になってからの自分の相場を振り返って、ルールをもっときちんと守らなければというか、ルールさえ守っていれば実はもっと上手く行っていることに気づいた。そのルールからいえば、このストップを食らったところで今日はもう手を出さないということになる。ところが、そう思いついたその日にポジションを取り直してしまった。まあ結果的にはこれでトータルプラスに転じたわけで結果オーライなのだけれど、以後、ルールはきちんと守らないと仮説を立てた意味がない。ちなみに今日もチキンだった。つまり、もう少し粘ればもっとプラスを伸ばせた。

母のところでテレビのニュースを見て、今日にも安保法案が採決されそうということに気づいて驚いた。ツイッターのタイムラインを追っているつもりだったがそれまで気づかなかった。帰宅後の夜、NHKをつけっ放しにしてしばらく様子を見ていた。たまにテレビをつけっ放しにしていると、爆笑問題が釜ヶ崎を紹介する番組とかをやっていて案外と面白かったり。

いずれにせよ、何かと世の中は騒々しい。思い出に浸れるのも束の間。

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ちびりと肩凝り

9月15日、火曜日。

このところ睡眠が足りないと一日調子が悪いので、躍起になって三度寝して今日も9時半近くに起きる。ただ朝方眠りが浅く、もう少し早く寝ないとダメなのかもしれない。

午前中から相場。思いの外上手くいって昼過ぎには日当が出たので利食い。ただ、今にして思えばこれはちびりだった。要するにチキンという奴である。今日はその後も相場に関してはひたすらちびり。早々に日当が出たということもあって、早め早めに逃げる消極策。ただ、日当が出たとはいうものの、昨日のマイナスがデカ過ぎて半分も取り戻せていない。

今日は外が素晴らしい天気だったので、これは散歩しなければと思ったものの、これまでの習いで1時間の散歩をすると2日寝込むというパターンが続いているので片道10分の銀行まで歩いて往復するだけに留めた。しかし、これだけでもへばるのだからどうにもならない。恐るべき体力のなさ。一旦帰宅して、ここのところずっと朝起きるのが遅いのでいつまで経ってもゴミを出せないから、溜まったゴミを車でゴミ処理場に持って行った。晴天でもあり外は暑いくらいだった。

夕方からまた肩が凝ってくる。で、夜になるとそれに頭痛まで加わる。気がつくと毎日のように頭痛薬のアドヴィルを飲んでいる。肩凝りと頭痛、それに手の痺れは精神的な要因から来ているのだと思う。要するにストレス。うつ病である云々以前に、メンタルが弱過ぎる。ことに相場のポジションを持っている間はそれを痛感する。気がつくとすっかりチキンになっている。昔、パチプロ時代は自分はストレスに強いと思っていた。今考えるとそれはただ経済観念がなくてずぼらだっただけなのかもしれない。

夜ギターを弾いてみると少し肩凝りが楽になる。考えてみれば肩の力を抜かないと弾けないので当たり前なのか。そういえば肩凝りだけではなくて、夕方から異常に空腹を覚えて参った。夕飯を食べた直後でも空腹感があるのだから始末に負えない。これはたぶんドグマチール(元々胃潰瘍の薬で食欲が増す)のせいだと思う。ただ、毎日飲んでいるのになんで今日に限ってあれほど空腹を覚えたのかよく分からない。

いずれにせよなかなか体調が上向かない。精神的な余裕もまったくないし体力もない。ないものばかりだ。煙草だけが増える。もちろん、煙草を一本吸うたびに体調は悪くなる。因業だ。

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絶不調

9月14日、月曜日。

今日は身体的にも精神的にも体調が最悪。ついでに相場もボロボロ。改めていろんな意味で体調の悪いときに相場をやるもんじゃないなと思う。

午前中は皮膚科、その後町役場で障害年金の申請。年金は恐らくダメだろう。午後、あまりにも具合が悪くなったのでソファで寝ようとしたが眠れず、これでかえって精神的に追い込まれてしまった。母のところに行くころには顔は青ざめ、食欲がまったくなかった。もしかしたら体調の悪さも精神的要因から来ているのかもしれない。

今日みたいな日は何をやってもどうやってもダメ。調子が悪過ぎた。

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片付けてみる

9月13日、日曜日。

体調は若干持ち直す。

9時過ぎ起床で7時間睡眠。今日も午後まで業務、ナナシー。3日間同じ業務を同じようにやって、初日は面白かったのに2日目からストレスを覚え、3日目の今日はストレスの方がまさって完璧に飽きた。

精神科から電話があり、障害年金申請用の診断書が出来たというので取りに行った。何が書いてあるのかと読んでみると、まさに人間失格という感じ。まあ実際そうなのだが。この診断書をそのまま真に受けると入院しなければならないと思われそうだ。

今日は台所を片づけてみた。気がつくと、たぶん去年からそうだったと思うのだが自宅にいる間のほとんどを台所で過ごしている。すっかり台所の人になっている。要因としては、書斎の机よりも台所のテーブルの方が広いということ、書斎の机は壁に向いているということ。要するに台所の方が解放感があるということなのだろう。台所の事務所化。そんなわけだからノートPCを筆頭に台所のテーブルの上に必要なものをあれこれ常に置くようになり、広いといってもテーブルの上が物だらけになっていたのだった。これはいささか台所っぽくない、というわけで片付ける気になった。

ついでに書斎も片づけようと思った。しかしながら衣類の置き場所がどうしても見つからない。部屋の広さは12畳か14畳ぐらいあるのに、壁一面が書棚になっているし、ピアノやらデカい応接セットとかがあるので、衣類をしまうところがない。したがって、置きっ放しになっているPCの空箱の上とか、一人掛けのソファの上とかに普段着替えている衣類が散らかりっ放しになっている。箪笥やチェストの類は二階の自室にあるのだが、着替えるたびにいちいち二階に上がるのは面倒なので日常的に着るものとか寝間着の類とかは書斎に置きっ放しになっている。いろいろ思案してみてもどうにも衣類をしまう場所がなく、これは書斎用に丈の低いチェストを購入することを検討する必要がありそうだ。一階奥の両親の寝室だった部屋は壁一面が箪笥になっているのだけれど、それらはすべて両親の衣類で埋まっており、まだそれらを片づけたりそこに自分の衣類を置く気にはなれない。

例によって6時半過ぎに母のところに車で行こうとすると、ガレージの裏手にいちじくの木があるのだけれど、そこでがさがさという大きな音がした。真っ暗でよく分からなかったが、してみるとやはりタヌキ連中はまだいるのだろうか。それとも猫だろうか。鳴き声がしなかったので判別できなかった。

夜はBS日テレでアニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」をやっていたので観た。最近のアニメは実によく出来ているなと感心することしきり。もちろん寓話であり、親と子双方の自立を描いた話であるのだけれど、どうもこういう話を素直にいい話と受け止めきれない。見終わった後にちょっと寂しい気がする。もしかしたらこれは普通に切ないという感情なのかもしれないが。僕自身いまだに親離れ出来ていない子供であるし、自分の子供もいないので、子供の自立ということの親の受け止め方というものがよく分かっていないのかもしれない。

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ボロボロ

9月12日、土曜日。久々に晴れ。

今日はいつもなら多少は回復する夜になって体調が悪化、日記を休もうかと思ったぐらい。気分は悪いし頭に鈍痛、安定剤と頭痛薬を飲む。ここ数日、やっぱり一番気になるのは足腰、特に膝に来ていることだが、肩凝りも酷い。そして何より身体がだるい。朝8時過ぎに起きて睡眠が6時間ほどだったのも調子の悪い要因だろうか。

朝から午後まで業務、ナナシー。夕方4時から5時までソファでうたた寝。母のところに行ってから夕食。その後へばりまくる。以上、という感じで業務から帰宅後はへばり過ぎてほぼ何もできていない。ただの具合の悪い人、グロッキー状態。精神状態も夜になってボロボロ。こうなるとちょっとお手上げである。今日やったことで評価できるのは風呂の掃除をしたことぐらいか。病弱というかなんというか。

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ナナシー

9月11日、金曜日。

朝起きたら、雨は止んでいた。

昨夜は1時20分ごろと、最近にしては比較的早めに寝たのだけれど、朝目が覚めると9時半近かった。8時間以上寝た。なんでこんなに寝てしまうのだろうか。今週はずっと9時台。結局、何時に寝ても同じなのだろうか。このままでは一生朝ゴミを出せない。納戸の中で出せないゴミが腐臭を放つ。

いまだに調子はよくないが、昨日までほど酷い体調ではなかった。11時過ぎになって、ふと思い立って二週間ぶりに業務に行ってみた。何故久しぶりに行く気になったのか、いまだによく分からない。

ここで改めて、というかもしかしたら初めてかもしれないが説明しておくと、「業務」というのはパチンコのことである。数年前まで、それは僕にとって確かに業務であったのだ。

それで、行ってみたら驚くべきことに面白かったのだ。業務を面白いと思ったのは一体いつ以来だろうか。というのも、久々に顔を出したら新しいものがいくつか入っていて、その中になんとナナシーがあったのだ。もちろん復刻版(という呼び方が正しいのか分からないが)で、ナナシーという名前で新しく出すのはたぶん10年ぶりぐらいのはずで、初代は今調べたら1996年なのでなんと19年も前だ。

ナナシーといえば故田山さんを思い出す。僕も当時はまだ用賀に住んでいた。田山さんも用賀というか僕の住んでいた瀬田のアパートのすぐ近所に住んでいて、よく同じ店で打った。田山さんとは直接の面識はない(隣同士で打ったことはある)が、彼こそが僕の人生を狂わせた(もちろん悪い方にである)人物である。

前回のナナシーはデジパチだったので、一般電役としては初代以来の復活となる。ベーシックなモードを選ぶと初代とほぼ同じ演出・ゲーム性、物凄く懐かしかった。回りくどい演出はなく、ノーマルとスーパーが3種類しかないというシンプル極まりないゲーム性、これで十分なのだ。幸いにして最近にしてはそれほど酷い釘ではなく(ただしゲージはあまりよくない)、なんというか原点に回帰したような気分だった。ナナシーに関してはいろんな店でいろんな思い出が数えきれないほどある。常日頃はほとんど忘れているそれらの店をなんとなく思い出す。渋谷、自由が丘、用賀。あまりにもおざなりな言い方だけれど、あのころは確かによかった。そんなことを嫌な感じではなく(つまり後悔としてではなく)思い出す。昔の感覚がほんのちょっとよみがえる。そんなわけで久々に業務を楽しめたし、いつもの無駄に時間を過ごしたという後味の悪さもなかった。

帰宅すると4時を回っていた。それで、出かける前に置いておいた相場の指値が成立していた。しかし、あまりいい感じがしなかったのですぐに利食い。これは方向が逆なのではないかと指値をし直した。結果的にはこれが裏目というか指値が甘く、夜になって微損で撤退。だがしかし、そのまま放っておいたら皮肉にもプラスになっていた。今チャートを見て歯ぎしりしているところ。だが週末の夜なのでこれは仕方がない。

今日の母は見た目はそれほどでもないが、話すことが頓珍漢で覚束なかった。いつも書いていることだけれど、日一日と老いているような気がしてならない。

昨日の鬼怒川に続いて今日は宮城県でも川が決壊、午後まで仙台にも特別警報が出ていた。仙台の弟の家は山の方というか高台にあるので心配はいらないと思ったが、電車が皆停まったはずで会社に行けたのかどうかと思い、夜に電話してみた。案の定車で行ったそうだ。山形というかこの界隈は曇り空ではあったが結局今日は一日雨が降らなかった。

今日は昼はコンビニ、夜はラーメン屋と昼夜外食で済ませた。ちと贅沢だったかと反省するが、たまにはいいかも。昨日までほど体調が悪くないといっても、かといって何かできるほど体調がいいわけでもなく、夜は安定剤を飲んでなんとなくツイッターのタイムラインをぼんやりと追っているだけだった。

明日も出来ればナナシーを打ちたい気がするが、たぶん起きられないだろう。

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Water

9月10日、木曜日。

雨は降り続いている。

朝の8時台に激しい雨の音で目が覚めた。二度寝して起きたのは結局10時近くだった。本日はとにかく終日体調が悪くてギブアップ状態。胃なのか腸なのかよく分からないが、腹が張る感じがして食欲がなく、胃が重い。昨日のように下痢をしているわけではないのだが、とにかく一日中体調が悪かった。

午後からは茨城の鬼怒川決壊の災害報道に釘付け。珍しくテレビを見続けた。台風が直撃したわけでもなく、台風が通り過ぎたあとの大雨でこれだけの大災害になるとは驚きだ。この辺りでも万が一最上川の堤防が決壊したらと考えると他人事ではない。この辺でも大雨警報が出ているし、明日まで雨は降り続くらしいから。

災害報道を見ながら、ぐだぐだの体調で相場をやっていたのだがあまりにも体調悪く夕方に利食いして決済、5時ごろにソファで横になる。昼寝しようというわけではなくて、起きているのがしんどかったのだ。寝るつもりはなかったのだが少しうつらうつらはしたようだ。気がつくと6時になっていた。日中は降ったり止んだりしていた雨もこのころには強くなり、外に出るのは気が引けたのだが母のところに行く。特養から出ると雨が小降りになっていたのでスーパーに寄って買い物をして帰るが、この時間になってもまったく食欲がなく腹が空かない。かといって食べないわけにもいかないので、帰宅後レトルトのカレーでなんとか夕飯。

夜はテレビのニュースをしばらく見ていたものの、椅子に座って起きているだけでしんどい。何かをする余力がまったくない。身体が重くてだるくて疲れているような、頭も鈍痛がするような重いような。今日は寒くないどころかむしろ暖かいぐらいだったのだが、なんか風邪でもひいたのかと思うほど。抗生物質を飲んでいるせいなのかもしれないが、よく分からない。とにかくここまで体調が悪いと何も出来ない。まさにギブアップ。

結局今日は太田胃散を二度、安定剤も二度飲んでしまった。

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Wednesday

9月9日、水曜日。

9時過ぎ起床。寝たのが2時半過ぎなので若干睡眠足りず。もっと早く寝なければならないのかもしれない。午前中は皮膚科で昨日の手術跡を診てもらう。今日も案外と混んでいなかった。とすると、最初に行った土曜日が異常に混んでいたということなのか。

台風の影響で朝から風が強く、風の音が轟々と鳴って何やら怖いほど。だがそれも午後になって止んだ。山形のこの辺は台風の被害というものはあまりない。ただ今日は東京神奈川辺りで雨が凄かったらしく、川崎辺りにも避難勧告が出ていたのには驚いた。夜になって山形でも羽黒川が警戒水域に達したという速報が入りちょっと驚くが、羽黒川というのはどこかと調べたら米沢の南部だった。これが最上川だとさすがにびびる。明日も雨らしい。

午後になっても眠気が取れないので、今日も今日とて2時半ごろにソファに横になって昼寝をしようとする。が、どうも上手く眠れなかった。気がつくと30分ほど経過していて眠気がなんとか治まったので、少しはうとうとしたのかもしれない。

午後から相場も、今日は日経平均が21年振りの暴騰ということでまるで壊れたように株価が上がりっ放しになるのを唖然として見ていた。前述の昼寝後にポジションを取ってみるが、今日も損切りから挽回というパターンでバイトをした程度に終わる。夜は様子見。

昨日から抗生物質を飲んでいるせいで日中は下痢をして調子悪くて参った。終日顔が青ざめている感じがしてげっそりする。よって何をするにも気合いが入らず、体調の悪い日々が続く。あまり調子が悪いので午後安定剤を1錠飲んだ。相変わらず間欠的に精神的に煮詰まる。

見る頻度があまりにも少ないので昨日でhuluを解約、今日から試しに無料体験でNetflixの方を試してみる。一番安い標準画質のプランだといまひとつ画質がよくない。なので、途中からHD画質のプランに切り替えてみたが劇的に画質がよくなるというわけでもなかった。HD画質のプランだと若干huluより月額が高くなる。個人的な感想としては画質に関してはhuluの方がいいと思う。ただhuluの場合配信期間がものによって短い嫌いがあり、リストに入れていても見ようとすると配信が終わっていたりするのが難点。まあ慣れもあって見たい映画を探すのはhuluの方が探しやすい気もするがしばらくNetflixで試してみようと思う。標準画質のプランは月額が安いのが魅力。

皮膚科の手術から一日経過して、今日からシャワーだけ浴びてもよくなった。昨日一日風呂に入らなかっただけだが、シャワーだけでも浴びると気持ちいい。

そういえばあれ以来タヌキの子供はすっかり見かけなくなった。もうどこかに移動してしまったのだろう。正直寂しいが。

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凍死と圧勝風味

9月8日、火曜日。今日は弟の誕生日。

午前中は皮膚科で手術。手術といっても太ももにできた皮膚腫瘍(要するにできもの)の除去。混んでることを覚悟して行ったが珍しく空いていて、それほど待たずに済んだ。太ももへの麻酔の注射は痛かったが……。

帰宅後昼食、その後今日も寒くて身体が冷えて参る。あまりにも寒いので2時過ぎにソファで毛布を被るが、驚いたことにそれでも寒くて眠れなかった。ヨットパーカーを羽織って毛布にくるまっているというのに、どんどん寒くなる。信じ難い。特に下半身が寒くてどうにもならない。これではまるで雪山で遭難しているよう、このままでは凍死してしまうという危機感を覚えて寝るのを諦めて起きる。不思議なことに起きているとそこまで寒くない。なんであんなに身体が冷えたのだろうか。謎だ。

今日の相場は日中にびっくりするほど動く乱高下、昨日があまり動かなかったせいで昨夜指値しておいたものが成立したのがかえって仇になり、ストップの3連発を食らい早くも大敗確定ムードだったが、その後なんとかほとんど取り戻す。というか、母のところに行く前にリスクを回避するために決済してしまったのだが、そのまま保持していればプラスに転じていた。がしかしこれは結果論、どうも上海株が取引き終了してからポジションを取る方が無難なようだ。それにしてもこのところボラティリティ(変動率)高くて振り回される。

ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」読了。何しろ主人公がオタクという設定なので、読み始めは怒涛のようなサブカルチャーの薀蓄の連発にうんざりしていたのだけれど、案外とすいすい読めることに途中から気づいた。それに、短いパラグラフの使い方とか、語り口や構成が絶妙だった。それで読み終わると、なんとポップな悲劇かと感嘆した。ジュノ・ディアスを読んだのは初めてだが、小説の書き方が実に巧いと感心することしきり。

そんなわけでW杯アジア予選、アフガニスタン対日本、0-6。確かにスコア通りの圧勝だった。圧勝だったがしかし……後半の選手交代・起用は疑問が残る。酒井宏樹に代えて武藤を投入し、原口が右サイドバックとは。ちょっとこれでハリルホジッチが何を考えているのか分からなくなった。6点リードして既に試合が決してしまい大味になったというせいもあるが、その後も香川に代えて宇佐美、長谷部に代えて遠藤航と3人の交代枠を使ったがチームが次第に上手く機能しなくなっていってしまった。ここ2戦の武藤はただ強引なだけで個人プレーに走り、チームプレーができていない気がする。まあ6点取って勝ったのだから文句を言ってはいけないような気もするが。中立地ではあるにしろ、一応アウェイの試合なのだし。

ただ、6点取って試合がダレるまでは日本のよさが目立った。特に2得点の香川の出来は最近になく素晴らしく、左サイドで先発した原口は非常に効いていた。前半はこの2人の活躍が目立つ。後半はゴールラッシュになり、岡崎も2得点したけれど、まだ本来の出来ではないように見えた。本田しかり。右サイドバックの酒井宏樹も今日はあまりよくなかった。早々に大勢が決してしまったので見ていていろいろと欲が出てしまう。概して今日はバリエーションのある攻撃ができていたし、日本らしいところを見せたと思うけれど、なんかまだ安心できない。次のアウェイでのシリア戦で見極めるべき、という感じがする。シリアは今日も6-0で勝って今のところグループ首位だ。個人的には柴崎が見たいのだけれど、なかなか使ってくれないな。

今日は一応手術をしたので風呂に入れず、夜になってサッカーの試合が終わった後また寒くて身体が冷えてきて参った。腹が減ってきたので先日買っておいたじゃがいもを電子レンジでチンして食べてみる。恥ずかしい話だがじゃがいもの食べ方がよく分からない。とにかくバターと塩で食べてみると、少し身体があったまった。滅多に食べないのだが、小腹が空いたときにじゃがいもはいいかもしれないと思った。それにしても連日寒くて参る。

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