イヴ

12月24日、水曜日。

終日雨。終日雪よりよっぽどマシ。夜、母のところからの帰り道にはみぞれになっていたので今は雪に変わっているのだろうか。

朝、台所でノートPCの電源を入れるとスタート画面に見覚えのないアカウントがひとつ増えていて焦る。ついそのアカウントをクリックしてしまい、アカウント作成画面が始まってしまいさらに焦り、途中で強制的に電源を切り、再起動してアカウントを削除。ハッキングでもされたのかと思った。もしかしたらどこかいつもと違うところをクリックしてしまったのか。北朝鮮のハッキングが云々というご時勢なので朝っぱらから実に嫌な気分。これまでもグーグルのアカウントに不正アクセスがあってパスワードを変えたりしたことがあるし。

そんなこともあって午前中は気分的に相当に煮詰まる。今日も映画見まくろうとhuluで「探偵はBARにいる」を見始めたのだが、半分ぐらいまで見たところでギブアップ。演技も演出もあまりにも軽く、つまらな過ぎる。「相棒」のスタッフということで最近の日本映画によくある、いかにもテレビのスタッフが撮ったという映画。つまり映画っぽくない。逆に言えばある意味日本の映画っぽいとも言える。冬に雪の北海道を舞台にした映画を見るのもいいかと思ったのだが如何せん、話がつまらな過ぎた。

昼食は先日せっかく叔母にもらったのでとろろ芋を擦っていわゆる山かけご飯にして食べてみる。あっさりしていた。まあ卵かけご飯の代わりにはなる。

ただでさえ煮詰まっているのにつまらない映画に当たってさらに気分が滅入り、しょうがないので午後は隣町の業務スーパーまで買い物に。お茶とか食材を買い溜め。

帰宅して、気を取り直してフェルナンド・メイレレス監督のブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」を見る。ぐいぐいと惹きつけられる。面白かった。リオデジャネイロのスラムを舞台にしたギャング・ストリートチルドレンの抗争を描いていて子供が平気で殺し合ったりするまったくもって悲惨で救いのない話なのだが、これが実話だというのだから恐れ入る。ブラジルというか中南米怖いなあと思う。そういう悲惨な現実を容赦なく描いていて、それでいてポップな映画になっているという。昨日からの、人が平然と殺される映画が何故面白いのかという疑問は続く。

夜は何を見ようか少々迷ったが結局リドリー・スコット監督「グラディエーター」を見た。これも面白かった。2時間半ぐらいある映画なのだがそれほど長く感じなかった。僕にしては珍しく一時停止する回数も少なかった。リドリー・スコットというのは「エイリアン」「ブレードランナー」というような大傑作を撮ったかと思うと凡作を連発したりしてよく分からない監督である。基本は映像美の監督だとは思うが。この映画、ずうっと音楽が鳴りっ放しなのだがあまり気にならない。ローマ時代というその演劇性と、音楽のロール数が多いせいか。昨日見た「皆月」で音楽の使い方が気になったのは同じセンチメンタルなテーマを使い回していたから。スコセッシの「グッドフェローズ」ではずっと歌が流れていたので少々落ち着かない感じはした。「グラディエーター」の場合はどちらかというとオペラの劇伴のような印象。つまり、壮大に構築された演劇を鑑賞しているというイメージ。ある意味とても映画っぽい。

世の中的にはクリスマスイヴ、知らぬ間に「ぼっち」という言葉が流行っているみたいだがそれを言うなら僕はいつもクリスマスなんてほとんど「ぼっち」だった。誰かと一緒にクリスマスイヴを過ごしたなんてこの何十年で数えるほどしかない。元妻と付き合っていたときと結婚していたときぐらいだ。人生の大半のクリスマスは「ぼっち」だった。今年は家に篭っていたせいでくだらぬクリスマスソングを聴かずに済んだことが幸い。クリスマスソングほど憂鬱でうんざりするものはない。

しかし、相場のポジション持ってないとつくづくヒマだなあと思う。昨日宣言したように年内はもうポジションを持たない。母は今日も調子は悪くない。昨日の日記に書くのを忘れたが、昨日の母は一瞬破顔一笑してくれて、それがとても嬉しかった。


カテゴリー: 未分類 | イヴ はコメントを受け付けていません

映画日

12月23日、火曜日。午後になるまで今日が祝日だということに気づかなかった。

二度寝して9時45分ごろに起きる。案の定外は雪。朝食後に雪かき。しかし、除雪車がどけていった雪が積み上がって半端ない。かなりの重労働で息がすっかり上がる。うちの塀際はもう雪が一杯で隣の空き地か向かいの寺にしか雪を持って行けず、はて空き地のない隣のうちはどうしてるのだろうと見やると、除雪車がどけた雪をまた道路に戻していた。なるほど。起きたときは昨夜の酒が残っている気配がしたがこの雪かきで抜けた模様。

今日から来週一杯は年末年始というか、欧米に合わせて相場はクリスマス休暇ということにする。よって今日は一日中huluで映画を見ていた。最初に見たのはブレット・ラトナー監督「レッド・ドラゴン」。どうもこれ見たことあるなと思いながら最後まで見てしまった。同じ原作のマイケル・マン監督「刑事グラハム」も見ているから結局トマス・ハリス原作のこの話を都合3回見たことになる。そこまでよく出来た話なのかというとそうでもないのだが。

次に見たのはマーティン・スコセッシ監督「グッドフェローズ」。とにかく異常なまでに(アメリカで)評価の高い映画、確かに面白いのだが四六時中音楽が流れていてまるでPVを見ているようだった。「ゴッドファーザー」もそうだが、アメリカ人てこの手のやたらと人がいとも簡単に殺されるギャング映画が好きだなあと思う。そういう意味では「レッド・ドラゴン」もそうなのだが、こういう平然と無慈悲に冷酷に、無残に人が殺されるものが(フェティシズムではなく)ごく普通に一般的なエンターテインメントとして成立するというか喝采を浴びるというのはどういうことなのだろうかとふと思う。あまつさえ、それに人は爽快感すら覚えるというのは。人間が生来持つ残虐性ゆえだろうかとか考える。

3本目は望月六郎監督、花村萬月原作の「皆月」。あまり期待していなかったのだが思いの外面白かった。しかし、いちいち音楽が被るたびに水を差し、つくづく映画での音楽の使い方って難しいなあと思う。一昨日見た「DISTANCE」のように一切音楽がないと緊迫感があり過ぎて息苦しくなってしまうが、音楽も使い方次第で興を削ぐ。映画監督も音楽のセンスが必要だなと思う。エンドロールで山崎ハコが歌う下田逸郎の曲、どうも聞き覚えがあると思ったらどうやらレコード会社時代にデモテープで回ってきて当時僕が担当だった女性の新人に歌わせようかどうしようかとなった曲のようなのだがいまひとつ記憶が怪しい(つまり僕自身はその曲に乗り気ではなかった)。確か高倉健も歌いたいと言ったとか言わないとか、そういう曲だったような気がするのだが。僕の上司が絶賛していたのだがとにかく僕はフォークというものが嫌いなのだ。いずれにしても今は昔の話である。

やっぱり一日で映画3本も見るとおなか一杯。これぐらいが限界かな。

今日は午後まで雪が降り続き、ときどき外に出て様子を見たのだが、どうやら日中は気温のせいもあって積もらなかった。なので、今日の雪かきは1.5回で済んだ。午後に少し気になるところを雪かきしたので1.5回。夕方には雪は止んだ。しかし日が落ちると途端に気温が下がり、夕食後に母のところに行くと道はすっかり凍結、特養の駐車場も凍っていて歩くと危うく転びそうになる。小一時間ほどいて帰ろうとするとエンジンのかかりが悪く、寒さでフロントガラスが凍っていた。今日の母自体は落ち着いていてとてもまともだった。

しかし、今日は一日中映画を見たものの、これをあと2週間近く続けられるかというと疑問が残る。かといってこれだけ雪があるとどこかに出かける気にもなれず、ちと途方に暮れる。まったく、クリスマスや年末年始なんて憂鬱なだけだ。

カテゴリー: 未分類 | 映画日 はコメントを受け付けていません

吹雪

12月22日、月曜日。

終日雪。かつての友人で大ゲンカして気まずいまま疎遠になってしまったバービーボーイズのいまみちくんとの関係を修復するという夢を見て9時半ごろに起床。朝から雪が結構な勢いで降っていた。朝食後に1回目の雪かき。雪はまったく止む気配がなく、延々と降り続ける。台所に篭るのも煮詰まってきたので今日は書斎に篭ることにする。が、特に何をするというわけでもない。本腰を入れて大掃除をするつもりはないのだが、気が向いてトイレの掃除とかしてみる。なんとなく午前中が過ぎ、なんとなく相場のポジションを持っているうちになんとなく午後が過ぎ夕方になる。雪は降り続いている。ときどき玄関を開けて様子を見るが思ったほど積もっていない。6時ごろに2回目の雪かき。それからレトルトのカレーで夕飯。で、母のところに行こうと玄関を開けると驚いた。さっき雪かきしたばかりなのにもう玄関先に結構な雪が積もっている。で、物凄い勢いで雪が降っている。唖然。とにかく凄い勢いで雪が積もる。あまりにも雪の勢いが凄いので母のところは40分ほどで切り上げるが、車にはすっかり雪が積もっている。雪を掃いているうちにも積もる。帰り道は凄い吹雪。帰宅後、本日3回目の雪かきをせざるを得ない。とにかく、6時からの雪の降り方、積もり方は凄かった。豪雪地帯を彷彿とさせるくらい。このまま明日まで降り続いたら明日の朝は一体どうなるのだろうかと心配になる。さっき窓から見たら今は小止みになっているようだが。

そんなわけで3回も雪かきをする羽目になったが、今日は背筋痛は来なかった。いまのところ。その代り、ケツと足に来そうな気配。少なくともここまでのところ、去年の同時期に比べると今年はずっと雪が多い。日記と手帳を見たところ、去年の今ごろは毎日往復1時間かけて病院の母のところに通っていたし、驚くべきことに三が日を除いて毎日業務にも行っていたくらいだから。あんまり雪が積もると屋根の雪下ろしまで考えなければならないので気が重い。高所恐怖症だし雪下ろしが怖いのである。滑ったらどうしようとか思う。

夜は相場、しかし欧米はそろそろクリスマス休暇なので無理するべきではないし本来であれば休むべきところ。かなり苦労して結局とんとんぐらいに収める。

相場の合間になんとなく昔の知り合いをググってみる。一年だけいたゲーム会社の同僚、H谷氏の名前を思い出したのでググってみた。すると驚いたことに吉田鋼太郎という今結構売れているらしい俳優と同級生で大親友ということでNHKで一緒に歌っている動画があった。知らなかったなあ。吉田鋼太郎の出た「おしゃれイズム」をYouTubeで見るとやっぱりH谷氏の写真が。で、彼と吉田と小栗旬と3人で飲んでH谷氏と小栗が喧嘩になり小栗が外に出て電信柱を殴ったというエピソードが。H谷氏は会社に入るまで弾き語りをやっていたというのは知っていたが、こういう友人がいたとはついぞ知らなかった。というか、中学時代の親友がいつの間にか俳優として売れたということか。ずっと同い年だと思っていたのだがどうやら僕より学年はひとつ上のようだ。というか、吉田鋼太郎って僕の上智の1年上の先輩(現役入学ならば)だった。中退してるが。なんか昔の知り合いをググるといろいろ出てくる。

それにしても今日の夕方以降の雪は凄かった。真面目な話、先が思いやられる。明日の朝玄関を開けるのが怖い。この調子で降り続けたらどうなるんだろうな。

カテゴリー: 未分類 | 吹雪 はコメントを受け付けていません

二日酔い

12月21日、日曜日。

案の定というか、一日中昨夜の酒が残って気持ち悪かった。ちょっと油断するとこれだ。昨日大丈夫だったからと言って、今日大丈夫というわけではない。とにかく、一日具合の悪い人と相成った。

予報では雪だったが日中はほとんど降らず。ただ、夕食後に母のところに行くために初めて外に出ると、玄関先に屋根から落ちた雪がどっさり。母のところから帰ってからそこだけ雪かき。雪が凍っていたこともあるが、たかがこれだけの雪かきですっかりへばりふらふらに。何しろ今日はずっと気分が悪かったから。それにしても異様に体力がないと痛感。

午前中は昨日の続きで是枝裕和監督「DISTANCE」を最後まで見た。以下ツイートから。

まあ簡単に言えば起伏のない話で少々退屈な映画だった。

午後は気持ち悪くてときおり台所の椅子を2つ並べてうとうとする。すると、知らぬ間に叔母が突然台所に入ってきて驚く。どうやら寝ていてドアチャイムが鳴ったのにも気づかなかったらしい。叔母は米と、いくら僕がいらないと言っても食えととろろ芋を置いていった。

そんなわけで一日具合が悪い中、なんとかアゴタ・クリストフ「ふたりの証拠」読了。「悪童日記」の続編。これもツイートから。

まあこれぐらいならネタバレにはならないだろう。続編としてより、単独の作品としては構造的によく出来た小説ではあるが、どうも「悪童日記」の強烈なストイシズムと冷酷さが見られなかった分、爽快感がなかった。このまま一気に完結編である「第三の嘘」を読んでもいいのだが、ここは一旦もっと気楽に読めるニック・ホーンビィ「ア・ロング・ウェイ・ダウン」を読むことにする。

夜はNHKスペシャルを見ていたのだがいまひとつピンと来ず、途中から「おしゃれイズム」に切り替える。バラエティを見るなんて実に久しぶり。だが途中でやっぱり耐えられなくなり、YouTubeで内田篤人が出たときのを見る。何故かYouTubeで見ると見れる。不思議だ。しかし久しぶりに見ると藤木直人の顔が変わっていて驚く。

それにしても一体どれぐらい飲むと次の日に酒が残ってしまうのか、いまだに加減が分からない。とにかく一旦酒が残ってしまうと丸一日気分が悪くなるので今はさすがにオロナミンCで我慢している。本当を言えばまた梅酒を飲みたいのだが。

カテゴリー: 未分類 | タグ: , | 二日酔い はコメントを受け付けていません

スリッパ、ラーメン、邦画、閉塞

12月20日、土曜日。

ようやく背筋痛が治まった。昨夜はあれから梅酒を飲んでしまったのだが、今日は酒が残っている感じはなかった。先日はどうして2日も残った感じが抜けなかったのだろうか。

というわけでこれを書いている今、梅酒を飲んでいる。

2時半就寝、9時15分起床。酒を飲むと比較的長く眠れる。ような気がする。午前中に弟から電話があり、午後にこちらに来るということだった。それまで何もすることがないので、一週間ぶりに業務に行って煙草を確保する。

2時過ぎに弟が夫婦でやってきた。弟の奥さんにクリスマスプレゼントをもらった。弟夫婦は一瞬だけうちに寄って、母のところからそのまま仙台に帰った。プレゼントを開けてみるとふかふかの冬用スリッパだった。先日実家に戻ってから愛用していたスリッパが一足壊れてしまい、買おうかどうしようか悩んでいたところなので嬉しい。

午後はまた煮詰まって茶の間のコタツで1時間ちょっと気絶。まったく、コタツというものは気絶マシーンだ。

夕方から予報どおり雨。今日はどうも夕飯を作る気がせず、母のところに行った帰り、実に久々に外食で夕飯を済ませた。ネギ味噌ラーメン。念願の(?)外食だったが、実際に食べてみると美味いのか不味いのかよく分からなかった。少なくともスープは物足りなかったし、麺も特に美味しいわけではなかった。要するに美味くも不味くもない凡庸なものを食べたということか。

ラーメンを食べたらどうも胃がもたれる感じがした。帰宅してコーヒーを飲んだら、昨夜は凄く美味しいと思ったのに今夜はどうもそうでもなく、ラーメンを食べた後のコーヒーというのはどうやらあまり組み合わせとしてはよろしくない。印象としてはラーメンて消化が悪い感じがしたがそうなのだろうか。それとも単に僕の胃の調子がよろしくないということなのか。

黒沢清監督「アカルイミライ」を最後まで見たが、意図的に粒子の粗い撮影で撮られたこの映画、特に難しいというわけではないのだがどうも何を伝えたいのかよく分からなかった。終始漂う閉塞感が払拭できないまま終わった感。題名の「アカルイミライ」はアイロニックな意味も含まれていると思うのだがそれにしてもなんかすっきりしない。これでは作った側の自己満足的な映画じゃないかと思う。その昔、日本映画の全盛期を過ぎて全共闘世代になりATG(アート・シアター・ギルド)の映画が邦画のメインになった昭和のころ、洋画に比べると邦画は暗いと言われていた。確かに当時も鬱屈した閉塞感のようなものはあったが、それと同時にそれを爆発させるような発散もまたあった。そういった閉塞感はある種青春というものの象徴でもあった。だから僕はATGの映画は好きだった。しかし近年の日本の気鋭の監督と言われる人たちの作品の多くは閉塞感が腑に落ちないまま、出口が見つからずに終わる印象がある。一方ではテレビ出身の監督のあまりにも分かりやす過ぎるバカ映画があり、実に極端だ。

例えば今は是枝裕和監督の「DISTANCE」を見ているところなのだけれど、まったく音楽が被らないこの映画、とにかく台詞が聞き取りにくい。確かにドキュメンタリータッチでリアリティを追及したい気持ちは分からないでもないが、肝心の台詞が聞き取れないのではリアリティも何も本末転倒だ。第一、物語という点での興を削ぐ。故森田芳光も意図的に役者にぼそぼそと喋らせる傾向があって非常に台詞が聞き取りにくかった。こういうのは演出の問題というよりは純粋にテクニカルな問題だと思う。見るのに(身体的)ストレスを覚えるようでは元も子もない。まあ音量を上げればいいという話もあるが、要するに音楽で言うとミックスでボーカルのバランスが極端に小さくて歌詞が聞き取れないというようなもの。こういうことというのは、作り手がもっと観客としての立場に立たないと分からないことだと思う。要するに独りよがりなマスターベーション的な手法に陥りがちだ。

それとももしかして僕の耳が遠くなったのだろうか。耳のよさだけがかつての僕の唯一の職業的に特化した部分であったのだが。

どうもこのところ、映画にしろ本にしろピンと来ない。今読んでいるアゴタ・クリストフの「ふたりの証拠」も途中まで読んで、あれ、どうも前回(「悪童日記」)と勝手が違うなという違和感を引き摺ったまま。それを言うなら音楽を聴いてもあまりカタルシスを覚えない。つまりは、今の僕自身の精神状態が故なのか。要するにこの閉塞感というのは僕自身が引き摺っているものそのものなのだ、ということなのだろうか。だからラーメン食べてもすっきりしないのかな……。

そういえば今日は終日煙草がおいしくない。せっかく背筋痛が治まったのに明日からはまた雪の予報。今降り続いている雨は明け方には雪に変わるのだろうか。とすると、また雪かきで背筋痛になるのかな。


カテゴリー: 未分類 | スリッパ、ラーメン、邦画、閉塞 はコメントを受け付けていません

自由

12月19日、金曜日。

あれからもう一年なんだな……。自由とはなんだろうと思う。ある種の気分でもあるような気がしないでもないし、そうでもないような気がする。もしかすると、自由というのは案外と不自由なのだなと思ったり。そう思うのは自分が自由であると感じるかどうか、自覚するかどうかという話で、実は自由そのものはある種の権利のようなものかもしれない。

僕はある程度までは自由だがある意味では不自由だ。つまりまったく完璧に、底抜けに自由というわけではない。パーフェクトに自由な人っているのだろうか。一時的に、あるいは瞬間的にはそう思えるかもしれないが、永続的にという意味ではどうだろう。それはもしかしたら物凄く退屈かもしれない。

今日も昨日からの背筋痛がまだ取れない。幸いにして今日は雪ではなかったからよかったものの。大雪が続くと身体の方が根を上げてしまいそうだ。

三度寝をして8時半起床。今日は午前中から台所に篭って相場。午後になって眠気が凄くなり、茶の間のコタツで沈没。窓の外に猫と犬がやってくる夢を見る。農協のシロアリ駆除の営業がドアチャイムを鳴らして起こされる。夕方も相場を少々。

チェーホフの「決闘」読了。こうして読み終わってみると実に味わい深い小説だった。そこそこハッピーなエンディングなので後味もいい。どうしてこうよく出来た、しかもそれほど長くない(短編と考えると長いが)小説を一気に読んでしまえないのだろうか。そういう自分自身のコンセントレーションの方がむしろ気になる。毎日同じことを書いているけれど。

そういえばFacebookの同級生女子のそこそこ長い書き込みが日本語の文章としてさっぱり理解出来なかった。しかしながら「いいね!」の数を見ると少なくとも24人は理解出来ているようだ。余程今の僕は頭が悪いのだろうか。読解力がないのだろうか。というのも、その子(おばさんだが)はそこそこ頭がよく、むしろ頭でっかちと言ってもいいくらいだからだ(ただしいささか躁傾向にはある)。しかしながら、ここまで意味不明な文章を書けるものかと不思議に思う。そして、皆何故それをいいと思うのか理解に苦しむ。

一日ほとんど雪が降らなかったお蔭で大きな道の雪は融けたが家の前の道はまだ雪が残って凍結していて、母のところに向かうときに相変わらずタイヤが滑って怖い。母は食堂(食堂といつも書いているが大きなホール)の一角を険しい表情で睨んでいた。別にそこに何かがあるというわけではない。今日も例の老爺が大声で喚いていてそれが気になるらしい。表情も怪しかったが、今日はいろいろと行動も覚束なかった。まだいろんな意味で不安定。

夜は週末なので相場は控え、huluでスピルバーグ監督の「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」を見始めたがあまりにもつまらないので途中で止める。スピルバーグで面白いと思ったのは処女作の「激突」とインディ・ジョーンズぐらい。安易に子供を使うのが気に入らないし、妙な話ではあるがスピルバーグの映画は分かりやす過ぎてつまらない。映画というのは不思議なもので全然分からないとつまらないがあまりにも分かりやすくてもつまらない。次いで黒沢清監督「アカルイミライ」を途中まで見る。こちらは何故このディテイルは省略してこちらのディテイルを残してあるのか、とか考えながら見る。

年に一度だけやってもしょうがないだろうと、年末の大掃除なんてやる気は毛頭ないのだが、今日は流しの金属部分(流しはほとんど金属だが)を掃除してみた。綺麗になるとそれなりに気持ちがよい。たぶん普通の主婦とかはこれを毎日とか少なくとも週に一回ぐらいはするのだろうなとふと思う。

それにしても背中が痛い。昨夜は痛くて仰向けで寝れなかった。明日には治っているだろうか。予報では明日は雨、明後日は雪か。


カテゴリー: 未分類 | タグ: | 自由 はコメントを受け付けていません

埋もれる世界、背筋痛

木曜日。

とにかく背中が痛い。背筋痛である。もちろん、雪かきのせいだ。朝方の雪かきは思いの外重労働だった。なにしろ朝9時前に起きると、世界は雪に埋もれていた。

snow2

これは雪かき後。昨日から休みなく雪が降り続いたので30cm以上積もっていた。おまけに除雪車がどかした雪が路肩に積もってこれが半端ない。塀際には雪かきした雪がうず高く積み上がり、もはやかいた雪を持って行く場所があまりなく、しょうがないので隣の空き地のところまで運ばなければならない。道路という道路は圧雪路となって凍結し、車を運転するとすべるので怖い。

この朝の雪かきで夕方から背筋痛でどうにもならず。いちいち身動きするたびに痛い。まあもちろんそれだけ運動不足で身体がなまっているということなのだろうけど。

昨夜はあれから途中になっていたクリストファー・ノーラン監督「メメント」を最後まで見た。この、時系列を逆に再生するという斬新な手法の映画を見るのは二度目なのだが、10年以上前に最初に見たときは凄く新鮮で鮮烈な印象だったのだが今回の方がよく分からなかった。日をまたいだりしばしば中断して途切れ途切れに見たせいもあるのだろうけど、もしかしたら自分が物凄く頭が悪くなったのではないかと心配になる。それは本日、トーマス・アルフレッドソン監督「裏切りのサーカス」を見ても同じ。さっぱり訳が分からず自分の理解力が途轍もなく落ちていると思って焦る。これまた相場をやりながらひっきりなしに一時停止して見たせいもあるのだろうが、それにしても何がどうなっているのか把握出来ないまま。しょうがないのでウィキペディアでジョン・ル・カレの原作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の筋を読んでみる。ああなるほど、っていうか、粗筋読んでもよく分からないぐらいだからもしかしてこれって原作読んでないとそもそも分からない映画なのではないか。いずれにしても相当に馬鹿になったっぽい。それは昨日の日記に書いたように本を読んでもそうで、いまだにチェーホフの「決闘」といういささか長過ぎる短編(?)に四苦八苦している。しかし、加齢のせいとはいえ、たかだか一年やそこらで人間これほど急激に頭が衰えるものなのだろうか。恐らく集中力とその持続力の欠如が相当に影響しているような気がする。とにかく集中力を維持できない。雑念も凄い。

昼過ぎにはようやく雪も止んで日が差す。しかしながら周りはすっかり雪に埋もれている。さながら雪に閉じ込められたようだ。台所に閉じ籠っていると煮詰まって、本来こういうのはよくないのだが昼過ぎになんとなく相場のポジションを持ってしまう。こうなると上がるか下がるかの50%の勝負、ただのギャンブルになってしまう。一応無難なところでひとつだけ残して一旦手仕舞い、ところがひとつ残した奴が夕方ストップに引っかかる。それから気を取り直して(一応一念発起して)ポジションを取り直し、それなりに苦労しながら最低限の日当分ぐらいは叩く。母のところに行く前に決済。

たかだか歩いても7分ぐらいの母のところに車で行くのにも、前述のように道が凍って滑るので怖い。時速2・30kgののろのろ運転でようやっとたどり着く。母は今日も例の闇雲に怒鳴り散らす爺さんの声に怯えて、あれは自分を呼んでいるのだと被害妄想に捕らわれていた。母がしかめっつらをして被害妄想傾向にあるとこっちもいささか参る。一時間ほどいて帰るが駐車場はすっかり凍っていて歩くとつるつると滑った。

帰り道、飲み物とパンを買うためにスーパーに寄り、ついでに刺身を買ってそれで夕飯。夜は相場を自重し(よく分からなかった)チェーホフを読むがなかなか集中出来ず。映画にしても本にしても、休み休みなのでなかなか進まない。

今日は奇跡的に昼寝しなかった。そのせいなのか、それとも雪かきのせいなのか、もう目が寝てきている。しかし背中が痛い。母のところで見たテレビによると今日で大雪のピークは過ぎるらしいし明日の降雪確率も2・30%ということだが、来週も雪が続くようだししばらくは雪に閉じ込められそうだ。


カテゴリー: 未分類 | タグ: | 埋もれる世界、背筋痛 はコメントを受け付けていません

無制限

水曜日。

snow1

10時起床。予報通り、終日雪。風は強くなかったが、とにかく雪が際限なく降る。「降っても降ってもまだ降りやまぬ」を地で行っている。朝食後に一回目の雪かき。4時ごろに二回目の雪かき。だが雪は延々と降り続きまったく止む気配がない。予報によると明日も雪。一体どこまで積もるのだろうか。

道路にもすっかり雪が積もっている。今日はよほど母のところに行くのも止めて外出は控えようかと思ったが、結局ちょっとでもいいからと思って6時半過ぎに行ってみる。駐車場はすっかり雪に埋もれてどこに停めていいものやらよく分からない。小一時間ほどいる間に車に雪が積もる。

今日はとにかく雪また雪、世界は雪に閉じ込められた。スイス映画の「山の焚火」を思い出す。気がつくと屋根からは幾本ものつららが垂れ下がっている。

昼食後にまた台所のテーブルに突っ伏して口を開けて小一時間ほど寝てしまう。午後から夜にかけては相場。本日はなんと5連続同値決済。細かく利食いするタイミングはあったのだが今日のところはまあしょうがない。方向性がはっきりせず、そういう動き方しかしなかった。年末相場はなかなか難しい。

今日は注文していたアゴタ・クリストフ「ふたりの証拠」「第三の嘘」の2冊(「悪童日記」の続き)が届いたのだが、昨日から読んでいるチェーホフの中編「決闘」がまだ中途なのでこれを読み終わってから読むことに。最近本を読んでも頭になかなか入らないので読むのがとにかく遅い。たぶん記憶力の低下の問題だと思う。しばしば読み返さなければならない。ロシア人の名前はややこしいから特に。


カテゴリー: 未分類 | 無制限 はコメントを受け付けていません

長袖

火曜日。

寒いので今日から下着を長袖にグレードアップ。去年の今ごろ、警察の留置場にいるときに弟が差し入れで持ってきてくれた奴である。元来僕は長袖の下着を着るという概念を持ち合わせていなかった。今日は雪というよりも雨、これを書いている今も雨が降っている。が、天気予報によれば明日の最高気温は0度、何より北海道の辺りにとんでもない低気圧がいるということで明日は大荒れの天気になるということ。この辺でも台風並みの風が吹くらしい。

昨日今日と何故か煙草の本数が増えて困る。今日は8時過ぎに起きたら昼過ぎまで眠くて参る。ときどき台所のテーブルに突っ伏してうとうとする。午後は歯医者と泌尿器科。夕食後に母のところ。今日の母は例の大声でわめき散らす爺さんを怖がっていた。部屋に連れて行ってからiPhoneでドビュッシーを聞かせたら大分落ち着く。

深夜まで相場。1時半ごろまで悪戦苦闘する。結果的になんとかプラスに転じたが、今日は読み自体は間違えていなかったし本来であればもっと楽に勝てていた。昨夜指値しておいたものが寝ている間に成立していて朝起きてすぐ決済して若干プラス、それから朝取ったポジションが絶妙なところではあったのだが、夕方4時ジャストに一瞬がくっと下がったところで同値決済になってしまい、その後は方向は読み通りだったもののエントリーするタイミングがなかなか掴めず。結局夜の指標間際からポジションを取る羽目に。いささか遅きに失した感はあるし、なんていうかエントリーする勇気が足りなかった。最終的にはなけなしの勇気を振り絞って夜中から損切りしてドテン、それでようやく逆転。こんな風に必要以上に苦労してしまったから煙草が増えたのだろうか。

それにしても例のアギーレ問題、あれからよくよく考えてみると告発された以上、結果的にシロとなるにせよ裁判所に出頭を求められるとなるとやはり解任すべきではないかと思う。時期的にいい監督を後釜に据えるのは難しいかもしれないが。日本人を監督にするにしてもJリーグが始まる前に決めなければならないだろう。

今降っている雨も明け方には雪に変わるのだろうな。明日北海道は猛吹雪ということだが、この辺はどうなのだろう。テレビでは出歩かないようにという話だったが。昼間あれだけ眠かったのに2時を回った今はそれほど眠くない。どうやらすっかり夜型になりつつあるようだ。


カテゴリー: 未分類 | 長袖 はコメントを受け付けていません

告発

月曜日。

なんか寒いと思ったら、この辺ではマイナス7度まで下がったらしい。あんまり寒いので車を外に停めておくとフロントガラスが内側から曇るので困る。路面も凍結していた模様。夜の間に雪が積もって朝は雪かきをしたが、本日の天気自体は晴れていた。

2時半就寝、8時ごろ起床。昨日は5時間を切る睡眠でもそこそこ大丈夫だったのに今日は駄目。あんまり眠いので10時半ごろにソファで毛布を被ると、入れ子構造の複雑な夢を見て目が覚めると1時を過ぎていた。

注文していたブラッド・メルドー「The Art Of The Trio, Vol. 3」が届く。

午後はちんたらと本を読んで過ごし、夕方から相場。夜中まで相場はそれなりに粘ったものの、ほぼトントンで終わる。このところ欧米が冬時間なので深夜になってから動くことが多くて困る。あまり極端な夜型になりたくはないので。

今日はアジア杯のメンバー発表があったが、第一印象として平均年齢上がっちゃったなあというのとW杯時とあまり変わらなくなったなというところ。細貝が外れたのは意外だった。豊田と小林悠を選ぶくらいだったら将来的なことを考えて宇佐美と大迫辺りを選んだ方がよかったのではと個人的には思うのだが、アギーレも今回は結果重視ということなのだろう。そのアギーレ、夜になって八百長疑惑でスペインの検察に告発されたというニュースが飛び込む。うーむ、一体どうなるのだろうか。監督を替えるのであれば早めの方がいいとは思うが、とにかくアジア杯はこのまま突入するしかないのだろうな。しかし、協会としてはアギーレが裁判所に呼び出されたときにどうするかは考えなくてはならないだろう。

母は落ち着いていて悪くない。記憶が怪しくなっていることを自覚して気にしていた。帰り際、いろんな人に気にかけてもらって自分は幸せなのかもしれないとこぼしていた。

今日は午前中3時間近くも昼寝したというのに一日トータルでは煙草が増えた。何故だろう。ずっと家に篭っているせいか。明日は午後歯医者と泌尿器科の予定が入っているが寒そうだ。雪が降らなきゃいいけど。


カテゴリー: 未分類 | 告発 はコメントを受け付けていません