Shadows and Fog

8月5日、土曜日。

昨日からどういうわけか早い時間に目が覚める。今朝も7時20分に起きてトイレに行ったものの、考えてみれば今日は土曜日ということで二度寝したが8時35分起床。今日はいい夢を見た。

という具合に興奮する夢だった。久しぶりに本業の音楽プロデューサーの虫がうずうずしたが何しろ夢なので素材が実在していないし、曲だけでも覚えていたら自分で録っておくところなんだけれど、起きたら忘れてしまった。そういえば先日も車を運転していて以前書いたAメロの続きのメロディが浮かんで帰り道にずっと口ずさんでいたのだが、何かの拍子に(たぶんツイッターで動画を再生したとかで)アニメの主題歌みたいなものが頭にまとわりついてしまい、結局思いついたメロディは忘れてしまった。と書きながら今思ったんだけど、そういうときはiPhoneに録音すればいいのだな。うむむ、今ごろ気がつくとは。

今日の日中は闇雲に暑くて、そういう意味では業務に行ったのは正解だったのかもしれないが、例によって冷房で身体が冷えるしどうにもやる気自体が持続しない。モチベーションが低いというかほとんどない。むしろ、なんで俺はこんなことをやってるんだろう?という具合に疑念が浮かぶ。

帰宅後、前々から隣の空き地に塀越しにはみ出している葉っぱや木の枝が気になっていたので、雑草ならぬ雑木を剪定ばさみで切った。もう本当に鬱蒼としてるので切りがないのだが、目につくところを切った。っていうか、自分ちの庭側からは入れるところが限られる(あまりにも鬱蒼としてるので)ので、空き地側からはみ出している部分を切った。いずれにせよたいした作業量ではないのだが滅茶苦茶暑いし日差しが凄いので汗だくになり、熱中症になりそうに。

というわけで今日のメインイベントは6時半キックオフのJリーグ、鹿島対仙台。この試合がある意味で途轍もなく凄い試合になった。試合開始直後から上空に霧が立ち込めて、なんか発煙筒を焚いたドイツ辺りの試合みたいな雰囲気だったのだが、洒落にならないことにその霧が降りてきてピッチを覆い、前半の途中からオレンジのカラーボールを投入したりしたものの、選手はおろかボールの行方すら見えないという試合になった。DAZNで見ていたのだがとにかく画面が真っ白で何が起こっているのか分からない。今日の日記のタイトル、「Shadows and Fog」はウディ・アレンの映画で、ヨーロッパの物凄く霧が深い都市で連続殺人鬼が暗躍するという映画だったのだがそれを彷彿とさせるぐらい真っ白。前半であまりの霧に試合が一時中断。再開後、一応カメラはボールを追っているようなのだが、とにかく白くて何がどうなっているのか分からない。すると、前半アディショナルタイムに中村充孝のスルーパスに土居が抜け出してゴールを決めたのだが、リアルタイムで見ていて何がなんだかさっぱり分からなかった。かろうじて逆アングルからの再生でああ、入ったんだ、と分かった。この無茶苦茶な霧は後半の途中まで続き、延々と立ち込める霧の中を人影らしきものが右往左往するという画面で、何がどうなってるのか分からなくて見ていてただひたすら疲れる。ずっと目を凝らしているのに何も見えないものだから。後半途中でまた中断。果ては巨大な扇風機まで登場したのには笑った。後半の途中からようやく霧が少しずつ晴れてきて何が起こっているのか分かるようになり、金崎の浮かせたパスを途中出場の鈴木優磨が決めて鹿島が2点目を取ったのだが、あまりにも中断時間が長かったので90分を10分以上経過していて一体今が何分なのかすら分からない。アディショナルタイム4分と出たのだが、どこから4分なのかが分からないのだった。とまあ何がなんだかよく分からないままタイムアウトのホイッスルが鳴り、無事鹿島が2-0で勝った。試合のほとんどの時間は何が起こっているのか分からなかった。見ててすんごい疲れた。勝ってよかったよ。仙台には去年2タテを食らった覚えがあるので内心警戒していたから。ともあれ、前代未聞の試合だった。

今日はとにかく日中がクソ暑かったので昨日までのように夕方から急に涼しくなるというわけではなく、夜になって窓を全開しても台所は蒸し暑い。と思っていたのだが、深夜23時20分から夜の散歩に出てみたら、外はそれほど暑いわけではなかった。とはいうものの、ここ数日夕方以降がまるで避暑地みたいに涼しかったのでそれに比べると暑い。天気予報では明日の山形は33度らしい。また業務に涼みに行くしかないかな。

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天罰

8月4日、金曜日。

実際問題として、朝ごみを出したのは一体いつ以来なんだろう? とにかく、朝7時台、8時台の世界自体が久しぶり。早起きしたのは別にいいんだけれど(ごみを出せたし)、いつも起きている10時ごろまでに煙草を5本ぐらい吸いそうで、単純に計算すると今日の煙草は28本ペースになる。具合が悪くて寝てばかりいた昨日を除くと月火水と23本だったので。などと考えていると、9時半近くになって突如として物凄い眠気が襲ってくる。まだ風邪も完全に抜けていないのだろうが、それにしても急転直下に眠くなった。なのでベッドに入って1時間ちょっと昼寝。午前中なのに昼寝というのは変な気もしないでもないが。

今日は夜に雇用統計があるので相場はそれまであまり動かなそうに思える。なので、例によって指値だけ置いて業務へ。しかしこれが不ヅキでどうにもならず、ボロ負け。何にせよ当たらないのではどうしようもない。煙草休憩のたびに相場のレートを確認していたのだがやはり動かない。で、帰宅後またもや眠気が天罰のように襲ってくる。今度は1時間半ぐらい昼寝。夕方、スーパーに買い物に行ったのだが、このところは夕方になると涼しくなる。今日もそうだった。母のところで天気予報を見ていると、6時過ぎの気温が23度台なので涼しいわけである。風邪をひいた要因もその辺にあるのか。

夕食後の夜は雇用統計に備える。というか、どっちにしてもただ見てるだけのつもりだったのだが、強い雇用統計でドル高に振れた後、スケベ心が出てユーロドルの戻りを狙ってスケベロング(買い)を繰り返していると、これこそまさに天罰とだだっと下がって損切りさせられ、その後もしばらくじたばたしたのだけれどただ翻弄されただけに終わり、結局損切りの分である20ピップスちょっとの負け。これがなんか異常に悔しい。週末の夜に逆張りしているのだからそもそもリスクの方が大きいわけで当たり前なのだが。一日のプラスが20ピップスぐらいだとあまりにも少なくて唖然とするのだけれど、これが20ピップスの負けとなると尋常じゃなく悔しいのだった。たぶんそれはやり方次第でどうにでもなるくらいの額だからだろう。で、今チャートを見るとがたっと下がってからはただのレンジで、実際問題として普通にやれば勝てた相場だった。まあ問題はそのがたっと下がったところでやられたということなんだけれども、その後の立ち回りがお粗末過ぎた。で、すっかりユーロドルの方にかまけていたのだが、いつも通り長期金利を見ながらドル円をやった方が分かりやすかったことに後で気づく。まったくもって後の祭り。なんだか週末に負けて終わるのは実に後味が悪い。しかもいつもやらない金曜日の深夜にやられたので余計そうだ。まさに余計なことをやった天罰が下ったというべきか。

しかしながら、気がつくとどうやら体調は元に戻ったっぽい。あくまで「っぽい」のであって、まだ残滓は残っていて万全という感じではないが。

というわけで24本目の煙草に火をつける。

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生ける屍の夜

8月3日、木曜日。

風邪でダウン。

何故か朝7時10分台にスパッと目が覚めてトイレに行ったものの、ごみの日でもないのにこのまま起きていたら大変なことになると二度寝して10時31分起床も、朝からなんとなく頭痛気味。朝食後に頭痛薬のアドヴィルを飲む。1時に年金事務所の相談の予約を入れていたので行ったもののなんかだるい。帰宅後、頭痛が酷くなったので冷房をつけたまま1時間40分ほど寝込む。すると、寝込む前よりもかえって頭痛が酷くなり、気分が悪くて喉がからから、これは風邪だなと。またしてもアドヴィルを飲む。こういう体調の悪いときは相場のトレードをやらないというのがルールだが、ただ起きているのも辛くてちびちびとやってしまう。風邪気味なので母のところに行くのもどうかと思ったものの、熱があるわけではないから顔を出す。とにかく体調が悪くて食事を作る気にもなれないので、たぶん一年振りぐらいにラーメン屋に行ってラーメンの夕食。

帰宅後、ラーメンを食べたせいなのか21時半の指標後の動きをチャートで見ていたら暴力的な眠気が襲ってきてどうにもならず、そのままベッドに入ってダウンも、辛くてなかなか眠れず。23時前に起き出して23時の経済指標の動きを朦朧としながら追う。こういうどうにもならないときに限ってドル円は110円を攻める。もうなんか身体中だるいしボロボロ。今日のところは完全にギブアップ。昨日もそうだったけど夕方日が傾いてからまるで避暑地のように涼しくなり、夜には窓を開けていると寒いくらいなので、それで風邪をひいたのかな。うーん。

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死霊の盆踊り

8月2日、水曜日。


今日の夕暮れの空。

今日は6時から母のいる特養の盆踊り・花火大会だった。直前まで相場のトレードをやっていたので5時半過ぎに行くと、母は既に浴衣姿で車椅子に乗り、エレベーターの順番を待っていた。あれ?と思ったのはこの5時半ごろの時点で既に風が出てきて涼しかったことだ。6時ごろ、特養の駐車場で町長やら施設長やら家族会長やらのお定まりの挨拶があって、盆踊りが始まった。元々祭りというものが嫌いな僕にとって盆踊りなどは苦痛以外の何物でもない。しかも今日は太鼓の人が都合で来れないとかで、職員が代わりに太鼓を叩いたのだがこれがリズム感が悪くて気持ち悪いことこの上ない。ああこりゃ拷問だなあなどと思いながらふと、ゲストで踊っている人の中に一人だけ、柳腰というかスタイルのいい40絡みの妙齢の美女(というか元美女なのか)がいるのを見つけ、その人だけをずっと見ていた。で、思い出したのだが去年の盆踊りでもやっぱり同じ人を見ていたのだった。つまりゲストに呼ぶのは毎回同じ人たちというわけだ。だんだん日が暮れてきて涼しいどころか肌寒いくらいになってきた。もう8月だというのに。母にひざ掛けをもらい肩からかける。到着して1時間ぐらいが経過した頃合に我慢が出来なくなって門の外に出て煙草を一服した。1時間ちょっとでようやく盆踊りは終わり、今度は花火大会である。といっても職員が駐車場の隅に買ってきたしょぼい花火をずらっと並べて火をつけるだけの話なのだが。そのころにはとっぷりと日は暮れてすっかり夜の帳が降りている。

こんな感じで花火自体は実にしょぼい。で、後ろの方から何やらマイクを通じて老婆の奇怪な絶叫というか叫喚が聞こえてくる。一体何事なのか、気味悪いことこの上ない。カラオケかなんかと勘違いしているのだろうか。とにかく、何事か叫んでいるようである。

こうして1時間半ばかりでようやく盆踊り・花火大会は終わった。たかが老人ホームの盆踊り・花火大会なのだが、どこから集まったのか子供たちが奇妙に光るボールを投げ合ったりしてそこら中を遊び回っていて、何やら祭りっぽい雰囲気はあった。前述のように祭りというもの、盆踊りなどというものは滅法嫌いなのだけれども、なんだか非日常的な時間を過ごしたような気はした。僕ですらそうなのだから、普段は外の空気も吸えない母にとってはもっとそうなのだろう。

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というような予定がちょうど夕方のロンドン時間に入っていたので、今日のタイムスケジュールをどうするかが微妙だった。朝起きたのは例によって9時51分という実に中途半端な時間なのだが、今日は夜通し起きている夢をほぼリアルタイム進行で延々と見ていたのでちっとも寝た気がしなかった。つまり、ほぼ寝ていた時間分の夢を見た感じ。夢が楽しければまだいいのだが、夢の中で徹夜仕事をしているのだからどうにもならない。

例によって朝食後に相場の想定。で、困ったのは今日は方向が分からないのだった。妙に日経平均が上がってドル円も上がっている。買いなのか売りなのかが分からない。結局、分からないながらもレンジが上がった戻り売り継続と(暫定的に)みなして一応指値を置いて今日も懲りずに業務へ。もう完全に習慣になってる。で、いつもながらのワンパターンな業務をやりながらiPhoneで相場の値動きをマメにチェック。すると、途中で指値がひとつ成立してしまっていた。こうなると業務の方は完全に気もそぞろになってどうでもよくなり、早々に撤収して帰宅。帰宅後追加でポジションを取り1時間ほどで一旦利確。と、そこでパンの昼食を食べて食後の珈琲を飲んでいるとまたぞろ眠気が襲ってきた。なんで毎日こうなるの?っていう感じなのだが、しょうがないのでアラームを設定して少々昼寝。4時ごろに目が覚める。遅くとも5時半には母のところに行かなければならないから実に中途半端だ。指値は夜までを見越してかなり高いところに設定している。ところがふと魔が差したというか、ついポジションを成行で取ってしまい、それみたことかという具合に逆行して中途半端に売り上がり、結局損切り、先ほどのプラス分をちょうど相殺してしまった。

というところまではまだよかった。問題は母のところの盆踊り・花火大会から帰宅してからの夜だ。夕食後、9時15分の指標に備えて書斎のデスクトップの前でチャートを見ていた。で、指標後の動きでなんとかかんとかちょびっとずつ(半ばラッキーで)取れたはいいのだが、その後突然米の長期金利が上がりドル円が急上昇を始めた。みるみるうちに指値がつきそうな勢い。で、あんまり勢いが強かったのでびびって指値を全部(3つ)外してしまった。もう大体想像がつくと思うけど、これが物の見事に指値を置いていた水準で止まる。0.4ピップスしか違わないのだからピンポイントで天井が取れていた。一応成行で2つポジションは取ったものの、上がる勢いが結構あったので半信半疑、すると売りが入ってずるっと10ピップスぐらい下がったところでラッキーと思って利確してしまった。すると。まあ本当によくあることと言えばよくあることなのだけれど、その後50ピップス以上も下落したのである。唖然。つまり当初置いていた指値をそのままにして我慢していればトータルで150ピップスぐらいは取れていた。臍を噛むとはこのことで、負けたわけじゃないのに昨日の負けよりも今日の方がよっぽど悔しかった。ただ呆然と下がるドル円を見ている他なかった。うむむむ。

明日は午後の1時という実に微妙な時間に年金事務所に相談に行くことになっている。なんつーか、毎日微妙だ。実に。

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皇帝のいない八月

8月1日、火曜日。

気がつくと八月、カレンダーをめくるのを忘れてた。今吸っている煙草を吸い終わったらめくろう。

今日は夕方以降深夜まで相場でバタバタしていたので日中のことが随分と昔のような気がして、朝のこともほとんど忘れているのだが、今朝のツイートを見ると今日も起きるのが遅かった。どうも起きるタイミングがよくない。よろしくないローテーションが定着しつつあるのはよろしくない。午前中に110円近くまでドル円がつっかけたのにも朝食後の珈琲を飲んだりしているうちに出遅れ、結局例によって相場の想定をして指値だけ置いて業務に行くといういつものパターン。なんていうか、最近は業務と相場の関係が逆転している。まあ結果的には今日の業務は昨日の分を挽回したことにはなったけれど、よろしくないのは業務から帰宅すると必ず眠くなって昼寝をしてしまうということ。3時に成立した指値を放っておいて寝入る。その、眠くなるのは昼食のパンを半分残して帰宅後に食べるからだと思う。要するに食べると眠くなるという幼児のパターン。昼寝から目が覚めて10ピップスぐらいのプラスになっていたのだけれど、なんとなく利食いをためらってまたロンドン時間に売り上がってポジションが膨らむというまたしてもいつものパターン。なんていうか、学習能力というものがないのだろうか、俺? で、気がつくとポジション量が多くなり過ぎたので、母のところに行く前に5つ分の逆指値を少し辛めに移動。母のところから帰宅すると、案の定5つはストップを食らい、代わりに指値がまた成立していた。母のところからの帰りにスーパーに寄って買ってきたかつ丼の夕食を済ませると、また指値が成立。で、ここから痛恨の判断ミスを犯す。9時半の指標後にどうするか判断に迷い、既に損切りした分と合わせた分を計算して損切りしてしまった。結果的にはこれが超ボーンヘッド、ほぼ天井で持ったポジションを切ってしまった。その後ポジションを切った僕をあざ笑うかのように長期金利が下落、ドル円は結果的に110円を割り50ピップス以上の下落、なんだ、最初に考えた通りでよかったんじゃん!というなんかよくある結果に。憮然たり。まあなんでポジションを切ったかというと一日の損失許容額に収めるためだからある意味しょうがないんだけれど、それにしても判断が早過ぎた。仕切り直しと考えるべきだった。まったくもって痛恨の極み、下落した後でちびちびやってはみたものの後の祭り。それにしてもロンドン時間にポジションを膨らませてストップに引っかかるというパターンが多過ぎる。ホントに学習能力ないのかなと思う。それも朝起きるの遅過ぎ→業務に行っちゃう→昼寝というリズムが原因。なんで業務に行ってしまうかというと、昼ごろから3時ごろまでの東京時間の値動きがかったるすぎるからなのだが、その間業務に行くのはともかくとしても帰宅後に必ず昼寝をしてしまうのが痛い。

ん? 窓を全開にしてると外からなんかの鳴き声が聞こえる。鳥なのか獣なのか。

今日も深夜の散歩に行こうかと考えたものの、深夜0時を過ぎていてさすがにいくらなんでもこの時間からほっつき回るのはよくないと思い、スクワットと腕立て伏せと腹筋をした。しかし八月って、これでなんかずるずるうだうだしていると盆が来るというパターンなのか。うーむ。

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深夜の徘徊

7月31日、月曜日。

昨夜の入浴時の体重が標準体重よりも1.5kg多い人生始まって以来の体重だったので、さすがにこれはまずい、人様に顔向けできないと思ってスクワットをやったり、深夜23時過ぎに散歩したりした。散歩は表通り(というほどのものでもないが)に出てから左手に行って最上川方面に歩き、母のいる特養の前を回ってきた。正味25分程度の散歩だけれど、最近全然歩いていないのでこれでもじっとりと汗ばんだりした。実際、あまりにも歩いていないものだからただ椅子に座っているだけで膝に来たりするぐらいで、相当深刻だ。深夜の田舎町は人っ子ひとり歩いておらず、真っ暗な肉屋の店先に停まっているトラックがライトも点けず何故かエンジンだけかかっていたり。

78年のラリー・カールトンのソロアルバム、「Larry Carlton」は「夜の彷徨」という邦題がついていた。それはたぶんアルバムの中の一曲に「Nite Crawler」という曲があるのでそこからつけたのだと思うが、直訳すれば「夜に徘徊するもの」となる。都心に住んでいれば深夜に出歩くことなどまったくもって当たり前の普通のことなのだが、昼日中からあまり人の歩いていない山形の片田舎のこの町では、夜に出歩いているだけで不審人物になる。

夜の徘徊→歌舞伎町→学生のときにバイトしていた中野の喫茶店という連想ゲーム。

というようなことを思い出した。歌舞伎町といえばやっぱり学生のとき、ハコバン(キャバレーなどの店の専属バンド)専門のプロダクションのマネージャーに、歌舞伎町のコマ劇場前のキャバレーでギターを弾かないかと誘われた。コマ劇場の斜向かいの角のビルの上で、最近はなんとかというライブハウスになってたが、当時は比較的大きなキャバレーだった。頭の薄くなった50絡みのしょぼくれたおっさんであるベースのバンマスに紹介された。ドラムの人は比較的若かったように思う。要は酔客の伴奏をするのである。マネージャーは「あのキュイーンていう奴だけやめてくれ」と言っていたが、たぶんチョーキング(ベンディング)のことだと思う。店にはビッグバンドも入っていて、薄暗い廊下でビッグバンドのギターの青年がうずくまってスケール練習をしていた。それを見て、ああ暗いなあ、ここでギター弾いたら暗い人生になるなあと思って結局断った。今考えてみると、歌舞伎町で毎晩ギターを弾くというのはなかなかに面白い体験になったのではないか、などと思う。恐らく今までとはまったく違う人たちと知り合ったことだろう。そういえば当時のコマ劇場の向かいのビルの一階に、テレフォン喫茶というのがあった。これはのちに蔓延するテレクラなんかとは違って、ただ単に喫茶店のテーブル席全部に電話機(つまり固定電話)が置いてあっただけである。中に入ったことはなく外から覗いただけなのであまり定かではないが、確かモスグリーンのような緑色の電話機だった。いわゆるピンク電話みたいな公衆電話用の大きい電話機ではないので、一体どういう使い方をしたのかよく分からないのだが、もしかするとゼロ発信でかけられて後で精算するとかそういうものかもしれない。まだ携帯どころか留守番電話すら珍しかった時代、各テーブルごとに電話機があったので、少なくともテーブルに座ったままでかかってきた電話を取れる(番号を相手に知らせればの話だが)ともいえるが、実際問題としてどういう使い方をしていたのかはついぞ分からない。

あ、なんだか全然日記になってない。いつの間にか頭の中が中野のブロードウェイの裏通りとか歌舞伎町で一杯になってた。

今朝は9時9分という最近の中では比較的ましな時間に起床。相場の想定をして指値を置いてから今日も業務(懲りない)。で、今日もツイてない。がしかし、バチが当たったというほどの感じはせず。帰宅後、やっぱり昼寝。一応相場のチャートの上下にアラートを置いて。で、アラートの音で目が覚めるがま、いいやとまた寝てしまい、結局指値が成立した音で起きる。この指値が結果的にはなかなかに本日の最高値ジャストなところで成立していたのだが、そんなこととはつゆ知らず、6時ごろに決済してしまう。後から思えば残念。引っ張ればよかった。

ん? 母のところから帰宅後、夕食後の記憶が怪しい。23時過ぎに散歩に出るまで何をしていたんだろう? プチ記憶喪失っぽい……。ああ思い出した、珈琲を飲みながら一応相場のチャートを見ていて、少々ポジションを取ったのだった。やれやれ。

今日は一応腹筋と腕立て伏せもやった。問題は続けられるかどうか。

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罪と罰

7月30日、日曜日。

今日の日記のタイトルは「つみとばつ」ではなくて「つみとばち」である。詰まるところ、何かとバチが当たった感が強い一日だった。

簡単にいうと業務(19日連続中)でボロ負けした。どうもここんところ勝ちっ放しで少々図に乗っていたのかもしれず、内心そろそろ来るかなーとは思っていたのだが。例によってまたしても同じネタ(我ながらよく飽きない)だったのだが、いきなり40回転ぐらいで当たったときには、ああまた今日もツイてる(嘆息)、などと思ったのだがカス、その後の当たらないこと。3時間ぐらい経過してようやっと当たったと思ったらカス。まあこの時点でああバチが当たってるなと。あまり具体的には書けないのだがその後これ外したら駄目だろうというのを2回外して観念して帰宅。なんていうか、敗北感が半端なかった。で、思うに周りの常連の連中はいつもこんな感じで帰るのだろうなと。

昨夜いつもより1時間ばかり早く寝たお蔭で、起きた時間は9時45分だったけれど7時間半ぐらいは寝ているのだが、昔から業務というのは何故か疲れる。妙に疲れる。多分に精神的な要素なんだろうと思うけど。それで帰宅後昼寝。4時過ぎから寝て目が覚めたのが6時近かったから1時間半ぐらい寝たのだろう。昼寝から覚めて煙草を一本吸うともう6時を過ぎていた。6時半過ぎに母のところに面会に行き、帰りがけにスーパーに寄って買い物をして、帰宅後に夕食。鯖缶。その後Jリーグ少々。ギター少々。ドラマ「ハロー張りネズミ」3話で呆れ果てる。

という具合に、なんだか何もしないうちに一日が終わってしまった。ただの敗北感のみが残った。庭先の草取りすら出来なかった。で、入浴前に体重を計るとどういうわけか昨日より500gも増えていた。唖然。精神的ダイエットの終焉。しょうがないから明日から腹筋とかやることにしよう。

なんでこういう一日になったのかというと、やはり朝というか午前中、特に休日の午前中があまりにも苦手なせいだと思われる。夜であれば前述のように特に何をするでもなく、ネットを見ながらちょびちょびとギターを弾いたりしているうちに時間が過ぎたりするのだが、どうも午前中というのは勝手が違って、何かをする気にどうしてもなれないのだった。レコード会社時代の上司は午前中に映画館で映画を見ると言っていたが、僕には到底そんなことは出来ない。想像すらつかない。本を読む気にもなれない。まあ以前からそういう朝が苦手な傾向にはあったが、ここ最近それなりに自堕落なサイクルが確立されるにつれて一層それが極端になっているような気がする。なんていうか、夜だったら許されることが、午前中だと許されないような気がする。文字通り「気がする」のである。強いて言えば、例えば午前中からセックスする人はあまり多くないと思う。そんなようなもの(←どういうものだ?)である。昼夜逆転というよりも吸血鬼化が進んでいるような感じ。別に日光が苦手とかそういうんじゃないけど。気がつくと物凄く午前中が似合わない人間になっているような気がする。

で、そういう午前中苦手感というのもどうもある種の罪悪感のような気がしてならない。いわゆる原罪とかそういう曖昧なものではなくてもっと具体的な罪を犯している感。例えば今日のような一日ほぼ何もしないで終わることの罪。言い換えればほとんど何もしないで年を取る罪。つまりたとえ一日であっても一日分年を取っているのである。まあたぶんそういった何もかにもがオブセッション、強迫観念なのだと思う。自分を許せないのは自分自身だ。それが結局は意識の堂々巡りになる。これじゃあうつ病になるわけだ。今のところ、そういった強迫観念から解放される鍵となるのはサッカーぐらいかな。気がつくとそうなってた。極端な話、夜台所でギターを弾いていると、果たして俺はこんなことをしていていいのだろうか、という疑念が湧いてくるのである。

いや、自分でも書いていて病的だと思うよ。

それはともかく、今日は浦和のペトロヴィッチ監督が解任された。昨日の試合で後半開始と同時に三枚の交代枠を全部使ったことが結果致命傷に。彼もツキがなかった。

ただひとつだけ付け加えておくならば、今僕らがこうして生きているのはそれだけでツイている、とも言えるということ。

だんだん何書いているんだか分からなくなってきたのでこの辺で。

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理由なき墜落

7月29日、土曜日。

なんていうか、元気がない。これを書いている今、現時点での話だ。昨日の酷い体調は一晩ですっきりと元に戻るはずもなく、朝9時55分に起きたときは頭痛こそしなかったもののまだ身体のあちこちが重かった。で、特に酷い日だったわけではなく、むしろ鹿島が快勝したりして夕方から夜にはむしろ元気になっていたのだが。

で、相変わらずというか数えてみたら18日連続の業務でまたもや不当な時給を得た。毎日なのでちょっと目立ってきたかなと気になってる。なので早々に切り上げて2時キックオフの札幌対浦和の試合を前半の途中から見始めたんだが、最近の浦和のツキのなさというものをまざまざと見た感じが。前半で槙野が一発レッドで退場になり10人になり、後半開始から一気に3人交代させた途端に交代出場の那須が負傷でとうとう9人に。今日のところは正直チャナティップを見たかったということもあり札幌を応援していたのだが、ちょっと浦和が気の毒に思えてくる。この試合を見ていたころからまたバテ始めて、後半の途中からベッドに横になって遠目で見ていた。そんなわけだから、4時過ぎに母のところに顔を出したころはまだ体調はよろしくなかった。

6時半キックオフの鹿島対甲府の試合に備えて試合前にレトルトのカレーで夕食を済ませる。甲府が予想外に善戦して前半はスコアレス。で、後半早々に金崎のゴールで鹿島が先制、それから交代出場の鈴木優磨が金崎のアシストからゴールで2-0と突き放したものの、再三の決定機を甲府に与えてしまい、そのうちどれか1点でも決められていたら雰囲気は変わっていただろう。特に昌子のミスからドゥドゥがGKと1対1になった場面はああやられたと思った。そういう意味では今日の甲府はツキがなかった。終了間際に交代で入った高卒ルーキーの安部裕葵がリーグ戦初ゴールを決めて結局スコア上は3-0で鹿島の完勝。しかし前述のように反省点はあった。で、ペドロ・ジュニオールが骨折で2ヶ月かかるというリリースが試合後に。うむむ。

その後台所に移動してガンバ大阪対セレッソ大阪の大阪ダービーを後半途中から。この試合は出来ることなら暫定首位のセレッソに負けて欲しい。と思って見たら2-1でガンバがリードしている。で、ガンバがもう1点追加して3-1で勝った。神戸のポドルスキはデビュー戦で2ゴール。

という具合に、今日はむしろあれもこれも上手く行った日だった。なので夜にはなんとか体調も戻った。なのに何故この時間になって元気がなくなったのか。分からない。強いていえばうつ病だからかな。ちょっと手の指が痺れる感じがするし。軽い抑うつ状態かもしれない。それにしてもこれといった要因が見つからない。なんだか気分的にはすっかり気落ちしているような気分なのだ。

それはそうと、昨日図書館に角田光代「笹の舟で海をわたる」を返却して借りてきたのは柚木麻子「BUTTER」。で、昨夜から読み始めたのだがなんだか「笹の舟~」とテイストが似ている。また女性二人の確執(それでいて奇妙な友情、というパターン)かよ。なんで女性作家というのは女同士の確執を書きたがるのだろうか。と思って今アマゾンの内容紹介を改めて読むと、これから違う展開になりそうだ。ま、いずれにせよ読みたくて借りてきたんだけれど。

それにしても元気がない。抑うつ状態に特有の、顔に他人の顔が貼りついている感じがする。

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無重力地帯の重力

7月28日、金曜日。

こんばんは(←誰に言ってるんだ?)。いや。いやいやいや。一体全体何がどうしたのか、今日は突如として体調が物凄く悪くなった。

考えてみれば朝起きたときからちょっと変だった。いつものように9時38分という起きた時刻を記憶しながら、そういえば昨夜読み終えた角田光代「笹の舟で海をわたる」の感想をまだ書いてなかったなと思いながら台所に辿り着いてノートPCの電源を入れていると、さっきまで見ていた夢を綺麗さっぱり忘れていることに気づいた。確かに断片的なイメージしか思い出せない日というのもあるが、大概の場合それでもどんな夢だったのかぐらいは覚えているのだが、今朝の場合はまったく思い出せなかった。ただ、夢を見ていたことだけは覚えている。そんなわけなので夢の内容を毎朝ツイートしているのだが今日は出来なかった。

とりあえず朝食後に「笹の舟で海をわたる」の感想を覚えているうちにツイートした。長いけど例によって引用。

今気づいたのだが「わたる」を「渡る」と間違えて書いてるな。正確には「海をわたる」です。

ともあれ、いつものように書斎のデスクトップPCに向かって相場の想定をする。なんとなく暑かったので朝から冷房オン。と、ふと気づくとなんか変だ。いつものように指値を置こうとするのだがなんだか頭が上手く回らない。単純に今日の相場がよく分からないだけかなと思ったのだが、どうやらそうでもなさそうで、身体が妙に重いのである。なんか変だ、なんか変だと思っていたがどうにもよく分からないのでベッドの布団の上に横になった。

すると身体が動かなくなった。で、気絶した。意識はときどきある。しかし身体が動かない。昔なった金縛りとも違う。身体がベッドに埋まってしまったようで、さながら大友克洋の「童夢」で超能力で壁に人がめり込むみたいに、身体が物凄く重くて動かない。地球の重力が1.5倍になったような感じ。結局一時間ばかりこの状態が続いた。というかそれから目が覚めた。

起きてもなんか調子悪い。気分が悪いし頭痛寸前のところにいる感じがする。いまだに身体がめちゃくちゃ重い。プリミティブな危機感を覚える。これはうちにいてもどうにもならんぞと思う。たぶん寝込んでしまうだけだろう。そんなわけで腹も減ってきたことだし、コンビニにパンを買いに行きがてら業務に行った。何しろかつてパチプロだったころは、いくら朝起きてボロボロでふらふらでも這うようにして行って8時間から10時間あまりも打っていたものだ。今考えるとなんであんなことが出来たのか不思議だけれど。

業務中は一応それなりに緊張しているのでなんとかなる。しかし気分は相変わらず悪いしプチ頭痛になってきた。昨日のようにツイているわけでもないしこれは大人しく帰ろうと1時間半ばかりで帰途に就く。

帰宅後もやはり調子悪い。頭がぼうっとしてプチ頭痛、身体の節々が全部重い。風邪でもひいたのだろうか。体調の悪いときはトレードしないというマイルールがあるのだけれど、なんとなく相場のトレードを始める。が、ときどき気が遠くなるし気分が悪い。こりゃダメだというので今度はちゃんと布団をかけてベッドで寝込む。こういうときに大体頭に浮かぶのは、人間は何故体調が悪くなるのか? というプリミティブな疑問だ。つまり体調が悪いだの気分が悪いだのというのは、もしかしたら相対的なもの、客観的なものではなく主観的なものに過ぎないのではないか、という疑念が。

だが実際に体調が悪いのである。主観的か客観的かというのはともかくとして。それでも目が覚めてからうげー気持ち悪いとか思いながらぼんやりした頭でちびちびとトレードをする。で、この調子では今日は母のところには行けないなと思う。体調が悪過ぎるし、それに風邪だとしたらうつすとまずい。いずれにせよあまりにも体調が悪いので今日の夕飯は寿司の出前を頼むことにした。何故寿司なのかというと、うちにある出前のメニューは寿司しかないからである。そんなわけなので今日の夕飯は1620円也であった。

で、およそ一年振りぐらいと思われる出前の寿司を食べて分かったのは、どうやら自分は寿司というものをそれほど好きではないのだな、ということだった。まあ元々グルメではないなという自覚はあったが。ただ今日の体調では何を食べてもたぶん美味しくなかったと思う。それでも一応夕飯を食べると少し落ち着いた気がした。時計を見ると7時半、母のところの面会時間は8時までなので少しだけなら顔を出せる。というわけで、ふらつきながら車を出して母のところに15分ばかり顔を出した。それから、冷蔵庫の中がほとんど空だったことを思い出し、帰りがけにスーパーに寄って買い物をした。しかし依然として気分の悪さ、身体の重さは抜けない。

正直言ってこれを書いている今現在も、まだどこか調子がおかしい。何がどうというのは表現するのが難しいのだが、なんか身体のあちこちに乳酸が溜まっているような、熱はないのに熱っぽいような(そういえば母のところで面会している間も脂汗が浮かんだ)。ちなみに熱はないと言っても体温計で計ったわけではない。

そんなわけだから今日は何かとギブアップ。深夜になって北朝鮮がミサイルを発射したらしいという情報。ドル円が下落。が、そんなことはどうでもいいというぐらいに体調はよろしくない。ちなみに昨日の日記には書かなかったが、昨日から今日にかけて蓮舫が民進党の代表を辞めたり、防衛大臣の稲田が辞めたり。それこそどうでもいいが。

体調が悪くない普段でさえ何をしたらいいのか分からなくなったりするので、体調が悪いときの心構えというものがよく分からない。こういうときは何をどうしたらいいのか? 何をどう我慢したらいいのか? ひたすら寝てればいいのか、とか。ひたすら寝るというのもある意味苦行である。明日もこの体調だったらどうすればいいのだろう? はてさて。

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眠気とは何か

7月27日、木曜日。

真面目な話、睡眠時間7時間でも眠くなって昼寝してしまう人間が、どうして2時間ちょっとで目が覚めてしまうのか。今日の場合で言えば、最初に目が覚めた5時台にそのまま起きて朝食を摂ったならば一体どうなっていたのだろう? 弟は去年だか一昨年だかに転勤になる前は毎日5時起きだったし、近所の同級生のニシダは冬は雪かきのために4時起きだという。一体全体、4時だの5時だのに起きる人は何時に寝ているのか。単純計算して、僕のようにトースト1枚の朝食の人間は5時起きではとても昼までもたないだろうと思える。たぶん10時ぐらいに空腹で息絶える。

しかしふと昔を思い出すと、レコード会社時代にプロモーションビデオの撮影で北千住の河原に朝6時集合、なんてことがあったわけで、その日だけ特別トースト以外のものを食べたという記憶もないし昼前に空腹で倒れたという記憶もない。映像のディレクターという人種は人一倍遅くまで仕事をしているのに人一倍朝早くから仕事もするので、一体全体いつ寝ているのだろうと当時不思議に思ったものだ。

閑話休題。

ひとまず朝食を食べながらツイッターのタイムラインをさかのぼって今朝方何があったのか確認し(神戸がなんと金崎夢生の獲得を目指すという不届きなニュースがあった)、相場のチャートを確認して昨夜のFOMCの結果ドル売りに動いたことを確認する。とはいうものの、こういうときは毎回、次の日もドル売りだろうと思っていると調整の買いにやられるということを繰り返してきたのですっかり疑心暗鬼になっている。そんなわけだから売るにしても戻りを待つしかないということで、今日も指値だけ置いて業務へ。しかしなんで俺は毎日業務に行ってるんだ? 今日は特に暑いというわけでもなかったし……。自分でもすっかり訳が分からなくなっているが、ここ2週間ばかり同じ行動パターンになっている。で、笑っちゃうのはこの2週間あまりほぼ毎日同じ台を打っているということだ。これは昔のプロ時代からそうだったけれど、毎日行っていると妙に自分を意識しているな、と露骨に分かる客が一人ぐらい出てくる。赤坂の店に通っていたころはある日突然見知らぬ若い男に肩を叩かれて「さすが!」とか言われたことがある。そんなわけで一人、やたらと僕の方をちらちらと見る奴がいて、嫌な感じだなあと常々思っているのだが(そういえば彼は最近髪が薄くなりかけている。関係ないが)、どういうわけか僕が昼頃に顔を出してこう毎日毎日同じ台を打っているにもかかわらず、何故か彼はその台に座らない。っつーことは、ある種のリスペクトのようなものがあいつにもあるのだろうかなどと。

それはともかく、打ち始めてからふとハンドルの下を見ると、なんと分厚い財布がある。財布……気づかなかった。なんだこれ。一体どうすればいいんだ?店の奴に届けるしかないか、めんどくさいなあと思っているとどこかからおっさんが現れ、低頭しながら財布を持って行ったので、何故か僕も低頭したのだが、一体何をお互いに頭を下げ合っているのかと。しかしよりによって財布置き忘れたりするかなあ。

またもや閑話休題。

結局業務は2時間ばかりで法外な時給を得たのでとっとと帰る。しかしなんで1パチなんかで時給5000円とかになるんだ?

業務から帰宅後、少々遅い昼食のパンを食べて珈琲を飲み始めたらやおら眠気が。食べると眠くなる。もはや幼児と一緒である。帰宅してみたら指値がひとつ成立していたのでポジションを持っている状態だがとにかく眠くてしょうがないので上下にアラートを置いてベッドに潜り込んでうとうとする。で、アラートで目が覚めたものの、あまりにも眠くてもうどうでもいいや的になりまた寝る。次に目が覚めたのは指値が成立する音だった。さすがにこれ以上寝て放置するわけにもいかず、顔を洗ってチャートに向かい追加のポジションを持ったりするものの結局微益が出たところで決済。

とまあそんな具合だったし夜も様子見になってしまったので今日もまた、不思議なことに相場よりも業務の収支の方が上だった。もうホントに訳分からん。

それにしてもどうしてこう毎日毎日日中眠くなるのか。何故腹が朽ちると眠くなるのか。さすがにナルコレプシーとまではいかないまでも、いくらなんでもいっぱしの大人とは思えない。その、眠くなる理由が分からない。人間は何故眠くなるのか。仮に僕の職業が電車とかトラックとかタクシーの運転手であった場合、これは致命傷になりかねない。柳町光男監督の「さらば愛しき大地」の根津甚八みたいに、これではシャブに走ってもおかしくない。かといって、さすがにナルコレプシーなんでリタリン処方してくださいとかかりつけの精神科に申し出る気もない。ちなみにリタリンというのは以前はうつ病にも処方されていたが成分的には立派な覚醒剤。現在ではナルコレプシー以外への処方は禁止されている。

さらに閑話休題。というか、なんでこう話が変な方にそれるのか。これは日記ではないのか。

相場が一息ついた夕方の5時から、ずうっと懸念材料だったジャングル化した庭の草取り。ところがものの20分弱ですっかりへばる。足ががくがくするし汗だくになる。真面目な話、下手な後期高齢者よりも体力がない。

いかん、気がつくと与太話でやたらと長文になってる。いい加減にしておこう。少なくとも、これは日記であるのだから。

夜は母のところから帰宅後、夕食。相場の様子見。諦めてドラマ「セシルのもくろみ」。その後ギター少々。

そういえば久しぶりにコメントをいただいた。読んでいる人いるんだなあと妙に感心する。それはそうと、図書館から借りている角田光代「笹の舟で海をわたる」、明日が返却日なのだが残り30ページちょっと。果たして読み切れるだろうか。というか、睡眠薬飲んで安定剤齧りながら読むんじゃなければ普通に読み切れるはずだが……。

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