ふらふら

6月6日、土曜日。

昨夜睡眠薬をレンドルミンの代わりに作用時間の長いロヒプノールにしてみたのが失敗だった。朝9時過ぎに起きたら薬が残っていて眠気が凄い。頭痛までしてまるで二日酔いのようである。よくよく考えてみたら以前もロヒプノールでこんなことがあった。だからレンドルミンにしたのだ。などと気づいたときにはもう遅く、朝食後も朦朧としている。それに今朝はやけに寒かった。それで10時過ぎにソファで毛布を被ったらあっという間に寝てしまった。途中何度か目が覚めるも眠気が取れずまた寝るを繰り返し、気がつくと1時半、なんと3時間も寝てしまった。午前中消滅どころではない。呆然。なんか一日の半分を無駄にした気がする。

やたらめったら寝てしまったせいか、起きても腹が空かない。それに、いまだに頭も身体もぼんやりしていて起きている感じがしない。しかしもう2時になる。昼食を作る気にもなれないので蕎麦を食べに行く。いつも食べている一寸亭本店ではなく、今日はいろは本店で冷たい肉そばを食べてみた。鶏肉が多くて結構おいしかった。

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帰宅すると、アマゾンから黒川博行「国境」の上巻が届いていた。昨日から「破門」を読み始めていたのだが、疫病神シリーズの順番からして2作目である「国境」の方から読むことにする。その後スーパーに買い物に行き、本を読んでいるともう夕方。

それまでも調子が悪かったが5時を回ったころに珈琲を飲んだら急にとんでもなく体調が悪化、猛烈に気分が悪くなってふらふらになった。胃がむかむかするところをみると胃の調子が悪いのか。太田胃散を飲み、それでもちょっとだけでもいいから母のところに顔を出そうと車で向かう。なんとか母のところに辿り着いたものの、ふらふらで倒れそうになる。かえって母に心配をかけてしまった。もはやただの具合の悪い人になっていたので30分ほどで帰る。本当に特養でぶっ倒れるのではないかと思った。

一時はどうなるかと思うぐらい酷い体調だったが、夜になってスーパーから買ってきたブリで夕飯を食べると少し持ち直した。夕方あまりにも気分が悪くなったのでもしかしたら血圧が下がったのかもしれないとも思ったが、夕食後に血圧を計ってみたらむしろ高いくらいだった。夕方に計ってみないとダメだったのかもしれない。まったく最近の体調はよく分からない。それにしても珈琲を飲んだぐらいでなんであんなに具合が悪くなったのだろうか。

何しろ午前中から昼過ぎまで3時間も寝てしまったので一日が早い。ちろちろとギターを弾いていると夜が更ける。昨日の日記に寝過ぎると書いたばかりなのに、今日は合計すると一体何時間寝たのだろうか。気が遠くなる。なんか、これでは寝るために生きているような気がする。とにかくもうロヒプノールを飲むのは止めよう。大体もう何年も前にもらった奴だし、捨ててしまおう。しかし酷い目に遭った、という気がする。

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寝過ぎる

6月5日、金曜日。

朝5時に目が覚め、トイレに起きた。なんか寒い。当然二度寝するものの8時に目が覚め、まだ眠い感じがしたので三度寝、結局9時半に起きた。すると、寝過ぎで朝から頭痛。アドヴィルを飲む。昨夜何時に寝たのか記憶がない。たぶん1時過ぎだとは思うのだけれど。しかし、睡眠時間がどれぐらいが適切なのかまったく分からなくなった。6時間だと寝不足で眠くて朝食後に寝てしまうし、7時間でも若干足りない感じはするけれど、8時間寝ると寝過ぎで頭痛がする。ということは7時間半なのか? 以前だったら6時間も寝れば十分だったのに、いつの間にか、恐らく体力の低下のせいでやたらと寝るようになってしまっている。思い出してみれば、15年ぐらい前に初めて心療内科にかかったころは、4時間+3時間とか睡眠がばらばらでまとめて眠ることができず、それで睡眠薬を処方されるようになったのだった。しかしその後睡眠パターンは改善されて普通になっていたのだけれど、今年に入って体調を崩してから適度な睡眠というものが訳が分からなくなっている。やっぱり寝る時間も起きる時間も毎日出鱈目なのがダメなのか。ということは、朝アラームをかけて決まった時間に起きる方がいいのだろうか。云々。

午前中は小一時間ばかり庭の草取りをする。Tシャツの上に長袖を着ていると外はちょうどいいというか動くと暑いくらいだったのだが、夕方以降は今日も寒い。母のところで天気予報を見ていると、どうやら山形だけが寒いわけではなく、都内の気温もこちらとさして変わりはなかったし北海道の一部では雪が降ったらしい。明日の最高気温はまた20度という予報。

午後、このところの懸案だった髪を切りに行こうとようやく重い腰を上げて車で出かけると、1000円カットには本日臨時休業の札、脱力する。ついでだからとスタンドに寄ってガソリンを入れて帰宅。その後は相場のポジションを取る。今日は夜雇用統計があるし週末なので本来なら様子を見るべきところなのだが、どうも昨日が消極的だったという反省があったので動いたタイミングでポジションを取っていたのだが、気がつくと大量のポジションを抱えていて含み損が膨らみ、このままでは雇用統計に一発賭けるしかないというところまで追いつめられる。しょうがないのでマイナスのまま目をつむって母のところに行く。正直気が気ではなかった。

今日の母は表情がまともで、比較的(精神的には)調子がよかったと思う。部屋に連れていくと今日も3行ばかりの日記も書いた。しかしベッドに寝かせるときに眩暈がしたというので心配になる。硬膜下血腫の手術の影響がいまだにあるのではないかと頭をよぎる。

母のところには1時間ばかりいて帰宅。いろいろと気が気ではない。帰宅してチャートを見るとプラスに転じていた。結果的には予想通りの展開、僕にしては遅い夕飯を冷凍の餃子(なにしろまだ160個ある)で食べながら、ポジションをちょっとずつ減らしていき2つばかり残していたポジションもイベントリスクを考えて結局雇用統計前に決済。雇用統計は予想通りの結果で、結果だけ考えればそのままポジションを持っていた方がよかったのだけれど、逆に出ると大変なことになるのでこれはこれでよかった。何より、今日は様子見で昨日の段階ではポジションを持つ予定はなかったので。

それはそうと、夜洗い物をしていたら左手の指が攣って焦る。手が攣るのなんて初めてでびっくりする。洒落にならんなと思って洗い物を終えてPCに向かうと今度は右手の指が攣りそうになる。一体どういうことだろうか。さっきまでちょろちょろとギターを弾いていたのと関係あるのだろうか。近ごろ体調がずっと悪いままなので、身体のあちこちに何かと思いもかけぬ不都合が出る。その後ギターをまた弾いてみると、完全に攣った左手よりもピックを持つ右手の方が力が入らなくて変な感じだった。これを書いている今も左手の指の関節が強張っている気がする。そういえば、うつが酷かったときはずっと手が痺れている状態が何年も続いていたが、気がつくとそれは最近気にならなくなっている。

本日は注文していた丸谷才一「笹まくら」と黒川博行「破門」がアマゾンから届く。途中まで読んでいたダニエル・フリードマン「もう年はとれない」があまりにも稚拙で読んでいていらいらしてしょうがなかったので、ようやく放り出せる。リアリティがまるでない単なる思いつきのようなプロット、気を利かせているつもりの安っぽいユーモアの連発、いくらデビュー作とはいえ素人以下のレベル、これで映画化されるとは信じ難い。で、「このミステリーがすごい!」で5位というのも信じ難い。というわけで、読むだけ人生の無駄なので「もう年は取れない」は3分の1で放棄。黒川博行「破門」を読み始める。

しかし、このところの寝過ぎる癖をなんとかせねばと思う。一度睡眠薬のレンドルミンをロヒプノールにかえてみようか。(ロヒプノールの方が作用時間が長い。)あまり薬に頼りたくはないのだけれど、最近寝過ぎるせいか夜あまり眠くならないので。そんなわけで、何時に寝て何時に起きたらいいのか分からないというプリミティブな悩みを持つこのごろ。

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寒い

6月4日、木曜日。

寒いのである。例の冷え性ではなく、本当に寒い。風呂上がりの今、浴衣の上に丹前を羽織っている。

今日は煙草を確保するために二週間ぶりに業務に行ったのだが、ヨットパーカーを羽織っていった。それでも外は寒かった。午後に帰宅後、寒いのでソファで毛布にくるまったらまたもや2時間近くうとうとしてしまい、どうせならちゃんと寝ようと努力したのだがそうするとひっきりなしに目が覚めて上手く眠れない。そうこうしているうちに4時を回り、今日は泌尿器科の予約が入っているので行ったらやたらと混んでいた。予約といっても午前か午後のどっちかなのでそもそもあまり意味がない。出されている薬も飲んでないし、このままだと永遠に通わなければならない気がするので、前立腺肥大だなんだといっても夜中にトイレに起きるわけでもないから、もうそろそろ通うのをやめることを相談しようと思っていた。10人ぐらい待っているのでいつまで経っても名前が呼ばれない。6時近くになっても呼ばれないので、このままでは母のところに行けなくなると思い、受付に話して診察券と保険証を返してもらって帰る。

帰宅後、レトルトのカレーでそそくさと夕飯を済ませて母のところに。今日の母は例の着ているものが自分の服ではないという被害妄想がまた出現。しかしながら、ほんの2行ばかりではあるが母が日記帳に日記らしいものを書いてくれたのが嬉しかった。

今日は午前中相場の方向性が分からず、午後業務から帰宅後になんとなく指値をしておいたものが昼寝後に成立しており、夜の指標後にまたもや焦って利食いしてしまい失敗した。利食いだから失敗ではないと言えばそうなのだけれど、どうも今日はハナから消極的だった。本日のところは指値が成立しただけラッキーと思わなければならないのかもしれない。

で、冒頭に書いたようになんでこんなに寒いのかと思ったら、母のところでニュースを見たら山形の今日の最高気温は20度を下回っていた。一昨日は32度だったのだからこれでは寒いはず。ツイッターのタイムラインでは北海道の人がストーブを入れたというし。最低気温はそう差がないのだけれど、最高気温が10度も下がるというのはただでさえ体調がよろしくない昨今、参る。

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疫病神

6月3日、水曜日。

黒川博行「疫病神」読了。とにかくとんでもなく面白かった。黒川は「悪果」を読んだときに警察の賭博捜査をあまりにも克明に書いてリアリティに拘るあまり説明的になってしまい物語の推進力を欠きがっかりしたけれど、これはそれとは一線を画すスピード感。軽快な大阪弁の会話を中心にだれるところがない。まさにノンストップ・エンターテインメントだった。うらぶれた建設コンサルタントとヤクザという、主人公二人の組み合わせが絶妙。シリーズ化するのも分かる。驚くべきは、ヤクザが跳梁跋扈する暴力的なストーリーなのに、最後までただの一人も死人が出ないのである。見事としかいいようがない。中学生が主人公の「ソロモンの偽証」ですら死人が出るのに。誰も死なないハードボイルド、クライム・ノヴェルなのにスリルとサスペンスは揺らぐことがない。それでいて大阪弁でなくては出せないゆるい感じ、ユーモアのバランスが素晴らしい。ああ面白かった。

巻末の解説を読んで、この「疫病神」の次作が「破門」(直木賞受賞、映画化)だとてっきり思っていたのが、「破門」はシリーズ5作目であるということが判明、2作目の「国境」もアマゾンで注文。

それはともかく、またやってしまった。また午前中寝込んでしまったのである。しかしながら今日のところは8時台に起きたことは起きたのだが昨日のように異様にだるいわけでも眠気が凄かったわけでもなく、さしたる理由はなかったのだ。朝食後、なんとなくソファに寝転がって「疫病神」を読んでいたのだが、少々寒い感じがして毛布をかけたらなんとなくそのまま寝てしまっていた。1時間半。なんか妙な癖がつきつつある。これでは午前中の存在意義がない。確かにいまだに体調がいいわけではないが、夜飲んだ珈琲が美味しく感じられたところをみると、今日のところは大分ましだったはず。なんでこうやたらと寝てしまうのかよく分からない。

午後は相場。夕方になり、前述のようにそれほどだるくてどうしようもないというわけではなかったので、散歩がてらスーパーまで歩いて買い物に行ってみる。片道10分だが、また例によってどっと疲れが出てしまうのではないかと恐る恐るである。これを書いている現時点ではどうやら大丈夫のようだが。

32度まで気温が上がった昨日に比べると今日は比較的暑くなかったと思ったら、母のところでニュースを見ると最高気温が26度だったようだ。西日本は梅雨入りしているらしいし。こちらも夕方通り雨。今日の母はやはりぼんやりはしているし、日中叔母が訪ねてきた(記帳してあった)ことも記憶にないようだったが、知人の人が置いていったという日本の童謡を集めた本が枕元にあったので僕がそれを見て歌っていると、途中から一緒に歌ったりしたのでそれほど調子が悪いわけではなさそうだった。ただ、日に日に心ここにあらずという感じで年老いていく印象は否めず。

帰宅後の夜は日中から持っていた相場のポジションを指標のタイミングで利食い。その後は嫌な感じがして指値を外したが、それで正解だった。今日の相場は夕方に絶妙なところでついた指値を早々にビビって利食いしてしまい、失敗したという印象が強かったのだが、結果的にはまずまず。というか、改めて相場は難しいなと思った。

今日は先日再選されたばかりのFIFAのブラッター会長が突然辞任したのには驚いた。恐らく自身にも捜査の手が回ってきたのだとは思うが、だったら立候補しなければよかったのにと思う。

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臥せる

6月2日、火曜日。

また午前中からダウン。昨夜は僕にしては早めに(といっても1時過ぎだが)寝たのだが、朝7時に一度目が覚めてゴミを出そうかなと思ったのだけれど、如何せん眠過ぎて諦めて二度寝、8時半ごろに起きた。しかし朝から異様に身体が疲れていてどうにもならない。あくびも連発。結局朝食後にソファでまた2時間寝てしまった。どうにもこれは、例の散歩の翌日に寝込むというパターンではないか。だとすると、ちょっと洒落にならない話である。

これまた例によって、午前中から寝込むと眠気だけは取れるが具合はかえって悪くなる。もうとにかく尋常じゃなくだるい。「倦怠」をウィキペディアで検索すると「疲労」が出てくる。つまり、これは異常な疲労感なのだった。椅子に座っているのも楽じゃないくらい。しょうがないのでソファに横になって黒川博行「疫病神」をひたすら読む。散歩が関係あるんじゃないかと思うのは、ソファに寝転がっていても膝に来るからである。一体全体、どうしてこんなに体力が落ちたのだろうか。もはやただの病弱な人というより病人、夕方まで外には一歩も出られずまるで自宅入院でもしているようだった。

実際、3年前に抗がん剤治療をしていたころよりも今の体調は酷いような気がする。あまりにも疲労感が凄いので、久しぶりに午後安定剤のレキソタンを1錠飲んだら珍しく少し効いたようで、しばらくちょっとラリっていた。だがそれだけで、極度の疲労感が取れたわけではない。試しに血圧を計ってみたら、前回計ったときよりも20ぐらい下がっていて、もしかしたらこれも関係あるのだろうかと首を傾げる。いずれにしても想像の域を出ない。

今日の山形は気温が32度に達したらしいが、ずっと家に篭っていた(というより臥せっていた)のでそこまで暑いとは気づかなかった。夕方になっても一向に体調はよくならず廃人状態。なんとか栄養だけは摂らねばと納豆と冷奴で夕飯を済ませ、ふらふらしながら母のところに赴く。これが本日唯一の外出。今日の母はわりとしっかりしていたけれど、僕が具合が悪いのでそのことをしきりに心配していた。なので、あまりそういうことを母に言うべきではないのだけれど、実際問題として特養で倒れてしまうのではないかと思うくらいにふらふらだった。

そんな廃人状態でも相場のポジションを取ったりしていたのだが同値決済、夜はただ見てるだけ。母のところから帰宅後の夜は(これはいつもそうなのだが)少しマシになり、台所で「疫病神」を読む。無茶苦茶面白くて止まらない。一気読みしてしまう勢い。今晩中に読み終わりそうだ。なので、続編の「破門」をアマゾンで注文。

この、夕方まで今にも死にそうなぐらいにだるくて夜になると少しマシになるというのもよく分からない。風呂に入るとなんとなくマシになるというのは分からないでもないのだけれど。もしこんな状態がしばらく続くようであれば、また内科に相談するしかないかもしれない。極度の疲労が数か月も続くようであれば慢性疲労症候群という厄介なものも疑われるが、いろいろネットで見てみるとうつ病が原因でも同じようになるらしいので、もしかしたら心因性のものなのかもしれない。ともあれ、どうやら今の僕は下手な病人よりも体力がないようだ。真面目な話。

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6月

6月1日、月曜日。

なんだか毎朝同じことをやっているが、今朝もドアチャイムの音で8時に目が覚め(回覧板だった)、その後懸命に二度寝する。なんでこう毎日必死こいて二度寝せねばならないのかよくわからなくなってきているのだけれど、とにかく9時半近くに起きる。すると朝から頭痛、アドヴィルを飲む。

天気がよかったので午前中から散歩をしようと思った。しかしこのところあまりにも体力がないし、散歩をすると後でどっと疲れが出て寝込んでしまう傾向にあるので、無理せずちょっとずつしようかなと。それで徒歩10分のスーパーに歩いて買い物に行った。店内を歩いたのを含めて往復30分ほど。この時点ではそれほどへばってはいなかったのだが。

帰宅するとちょうどサッカー日本代表メンバーの発表の時間、ネットの中継で見る。ほぼ予想通りのメンバー。意外だったのは原口が入ったのと青山が外れたぐらいか。

その後は相場。先週あまりにも体調が悪くてほとんど相場に手を出せなかったので、なんだか久しぶりな感じがする。夕方に一旦利食い。それで本日二度目の散歩に出ることにする。どこまで歩くか決めていなかったけれど、なんとなく近所を歩いて裏手の方に抜け、最上川の堤防方面へと歩く。無理しないように途中で引き返す。

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空は晴れ渡り、暑かった。往復30分ちょっと。これで今日は合わせて1時間ちょっと散歩したわけだけれど、夕食後にどっと疲れが来る。母のところに行くころにはすっかりへばり、気分が悪くなってきた。たかが30分ほどの散歩を2回やっただけでこれほど疲れるというのはなんとも情けない。驚くべき体力のなさ。今日の母は放心状態のように視線が虚ろで、なんだか鳥のような目をしていた。自分もへばって顔色をなくしているだけにしんどい。とにかく今日の母は表情というものがなかった。駐車場の上空には満月。

母のところから帰宅するころには今にも倒れてしまうのではという体調だったが、最近の傾向としてこういうときに寝てしまうとかえって具合が悪化するので台所でまた相場のポジションを取り、ときおりギターをちょろちょろ弾いたりしているうちになんとか少し持ち直す。どうやら本当に散歩の疲れだったようだ。恐るべし。こんなことでは一体どうやって体力をつけたものか悩ましい。相場は結局同値決済、後は無理しなかった。

今日から6月、結局5月は徹頭徹尾体調が悪いままに終わってしまったけれど、週が明けて月が変わってもどうにも体調の悪さは相変わらずだ。なんていうか、世の中についてく体力がない。

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ずれ

5月31日、日曜日。

昨夜寝たのは3時過ぎ、8時台に目が覚め、先日のことがあるのでまた午前中寝込んでしまってはかなわないと二度寝三度寝四度寝をしても時計を確認するたびに10分程度しか進まない。五度寝ぐらいでようやく10時半、なんか極端だ。そんなわけだから朝食後の珈琲を飲んでいるともう昼近くになる。ゆで卵を1個茹でて食べたらその後一向に腹が空かず。

外は晴れていい天気なのだが今日は昨日までのように暑過ぎるということはなく、これは散歩日和だと思って町内の本屋まで歩いて行くことにした。外に出て歩き始めるとすぐに膝に来てしまい、今週ずっと体調が悪かったこともありまるで病み上がりだなと思う。小さな川沿いを歩いて本屋に辿り着いてみると片道21分ほどだった。ちょうど「ソロモンの偽証」を読み終えたところなので本を買い込もうと思っていたのだが、改めて店内を見て歩くとラインナップが実に貧弱、売れ筋と定番のものしか置いていない。特に翻訳ものは唖然とするほど少ない。これではどうにもならない。諦めて帰途に就く。腹が空いたら蕎麦屋にでも入ろうと思っていたのだが、まったく腹が減らない。そんなわけで1時間ほどの散歩から帰宅すると疲労困憊。

帰宅後、書斎のソファで「ソロモンの偽証」におまけのように収録されている後日譚、「負の方程式」を読んでいると少しうとうとしてしまった。気がつくともう4時を回っており、まだ昼食を摂っていない。本当に腹が減らず、このまま昼食を抜くべきかどうすべきか迷うものの、とにかく蕎麦屋に行って蕎麦を食べることにした。町内の蕎麦屋でもいいのだが、久しぶりに山の方に車で行ってみる。

というわけで、隣の隣である大石田町の山深く、次年子の七兵衛そばに辿り着いたのは5時ごろだった。先月来たときはまだ雪景色だったが、さすがにもう5月も終わり、当然の如くもう雪はなかった。食べ放題だが2杯でやめておく。

帰宅するともう6時、茶を飲みながら煙草を一服して母のところに行く。今日の母は少しぼんやりしていたが話すことはわりとしっかりしていた。

母のところからそのまま車で20分かけてドトールへ。それで隣接している書店(こっちの方が遥かに大きい)で黒川博行「疫病神」とダニエル・フリードマン「もう年はとらない」の2冊を購入。9時過ぎに帰宅。

というように、起きた時間も遅かったということもあるが、気がつくともう夜の10時近くになっていた。なにしろ5時に蕎麦を食べてしまったのでこのままでは夕飯抜きになってしまうと思い、冷凍庫のご飯を温めて納豆と冷奴で軽い夕飯を済ませる。なんか何もしていないうちに一日が終わってしまった感凄い。朝食後にゆで卵を1個食べたというだけでその後不思議なくらいまったく腹が減らず、食事の時間がどんどんずれていったのでまるで時差ぼけのような一日になった。

などと書いていると日付は変わってもう6月。

今日は日中それほど気温が上がらずちょうどいい感じ、夕方以降は涼しくて上着を羽織らなければならなかった。明日以降はまた暑くなるようだが。病み上がりと書いたが本当にそんな感じ、唖然とするほど体力が落ちている。昨日の日記に書いた自分が悪役になったような感じ、どうやら自分の顔がげっそりと痩せこけてやつれ、一気に老け込んだ気がするからのようだ。実際、このところの体調不良で老けた気はする。これ以上貧相になりたくはないのだが……。

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揺れ、ソロモンの偽証、悪役

5月30日、土曜日。

夜、母のところから帰宅して僕にしては遅い夕飯を食べ終わり、BSでJリーグのFC東京対柏の試合を見ていると、地震のテロップが出た。ツイッターのタイムラインにも地震だというツイートが続出。テロップでは震源が小笠原諸島ということだが、ふと見ると頭上の蛍光灯の紐が微かに揺れている気がする。中継の画面が揺れ、実況が大きいですねと言う。途端に、画面は試合を中断してニュースに切り替わった。テロップから1分ぐらい遅れて明らかに揺れ始めた。それほど大きいというわけでもないのだがゆらゆらと揺れ方が長くて気持ち悪い。この辺ではたぶん震度2ぐらいだったとは思うものの、実家に戻って2年ちょっと、山形というのは案外と体感するぐらいの地震が少ないのでちょっと怖かった。それに、小笠原諸島が震源なのにここまで揺れるというのも不思議に思えた。見ると、マグニチュード8.5と出ている。これは大きい。東日本大震災がM9.0で1200年に一度の地震という認識だったので、これだけ大きい地震だということにびっくり。なにしろ関東大震災ですらM8.0なのである。

結局画面は試合中継には戻らず、延々と地震のニュースを伝える。それによると小笠原諸島と神奈川県の一部で震度5強、埼玉で5弱、都内で震度4だからかなり大きいことは確かで、長く揺れたので都心の人はさぞ肝を冷やしたことだろうと思う。いかに大きい地震だったかというのは北海道から沖縄までほぼ日本全国が揺れたということからも分かる。今回は震源がかなり深かったのでこれぐらいで済み津波の危険もないということだが、いずれにしてもこれだけ大きい地震がたかが数年の間隔で来るというのはいくら地震大国とはいえビビる。個人的にはやはりまだ震災のトラウマがある。つくづく、日本というのは地震さえなければ住みやすいところなのだがなあと思う。

昨日のことがあるので朝は懸命に二度寝して9時過ぎに起きた。やはり、なんとか7時間寝れば大丈夫な模様。日中は30度まで気温が上がりとにかく暑い。夕方まで家に篭ってひたすら宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読む。そんなわけでつい先ほど読了。

なにしろ文庫で6巻もあるので、読み始めは果たして最後まで読み終えるのかと心配になったけれど、会話が凄く多いので6巻とは言ってもぎっしり文字が詰まっているわけではなく、文体が平易で読みやすいこともあって案外とすいすいと読み進んだ。

とまあ、いろいろごちゃごちゃとツイートはしてみたが、簡単に言えばとても面白かったしよく出来た小説だった。ただ、それだけに欲が出てしまうわけで。ツイートにも書いたけれど、ディテイルの書き込み方のバランスがもうちょっと取れていればなあと。それでも先日読んだ米澤穂信「満願」(このミス1位)よりはずっと面白かった。好みもあるだろうけど、つくづく「このミス」みたいなランキングはあんまり当てにならないなと思う。「満願」は後味がよくなかった。そういう意味では「ソロモンの偽証」の方が後味がずっといい。

それはそうと、昼間、書斎のPCの電源を入れてディスプレイにウィンドウズが立ち上がるまでのほんの束の間、ディスプレイに映りこんだ痩せこけて貧相な自分の顔を見て、なんというか、この歳まで生きてきて自分が悪役になった気がした。つまり、この世の中で自分は主役ではなく脇役なのだというこれまでにない奇妙な感覚がした。この感覚は一体なんだろうとしばらく考えた。今思うと罪悪感の延長だったのかもしれない。それにしても妙な感じだった。ある意味新鮮とも言えなくもないが、要するに自分が悪漢になったような、自分にとってよそよそしい人格というか存在になってしまったような、実に変な感じだった。もしかしたら僕は自分自身を少しずつ嫌いになっているのかもしれない。つまり、僕は自己嫌悪の投影を垣間見たのかなと。

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取り残されて

5月29日、金曜日。

2時過ぎに寝たのに8時14分に起きてしまった。というのも、なんだかすんなり二度寝ができそうになかったからなのだが、案の定朝食後の眠気が凄い。どうにもならないのでソファで一眠りすることにしたが、またしても昼過ぎまで寝てしまった。2時間半ぐらい寝たのか。午前中このパターンで寝込んでしまうのはここ最近これで三度目だろうか。いずれにせよ、こういうときは眠気は取れるものの決まって調子が悪くなる。今日もそうだった。

とにかく異様にだるくてしょうがない。よって、午後はほとんどソファに寝転がって宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読み続ける。現時点で5巻の後半まで辿り着いた。このまま一気に読み終わりそうな勢い。そろそろ次の本が心配になってきた。

体調が悪いので相場の流れは読んで指値はしておいたものの、結局様子見に徹する。結果的に読み自体は当たっていたものの、とにかく体調が悪いときは無理しない。気がつくと今週はほとんどエントリーしていない。

午後からはTシャツ1枚で裸足、すっかり夏になってしまったような感じ。実際暑い。とにかくだるくて身体が重いし気分もすぐれないので母のところに行けるかどうか心配ではあったが、夕飯を食べると少しましになったので7時ごろに顔を出す。今日の母は僕が顔を見せると「来た」といって顔をほころばせたし話すことも大丈夫ではあったが、目つきが少々怪しかった。帰りがけにスーパーに寄って買い物をして帰宅。

夜はちらちらと相場を気にしながら、ときおりギターをちょろちょろと弾いたり、「ソロモンの偽証」の続きを読んだり、なんか落ち着かない。

午前中ソファで寝込んでいる間に鹿児島のなんとかという島で噴火があったり、夜になって汚職事件で揉めているFIFAの会長選挙があったり、かと思うとキューバのテロ支援国家指定が解除されたり、知らぬ間に世の中が目まぐるしく動いている気がする。それはつまり、自分が世界についていけていない、世の中から取り残されている感じだ。結局のところ、今週はここまでひたすら体調が悪い、具合が悪いと言っているうちに過ぎているような気がしないでもない。

日中に比べると夜の体調は大分ましになったので、風呂に入る前にダンベルとスクワットを少々。世の中についていくにはまず体力をつけないと。

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自粛

5月28日、木曜日。

自分ではある程度(というかかなり)セーブしたつもりではあったのだが、この三日間、感情的に言葉を発し過ぎたと反省。よって本日の日記は自粛モード。

9時過ぎ起床、午前中は玄関前と庭の草取りを少々。これでまた疲れる。依然体調悪く、下痢気味で四六時中便意を催すのにトイレに駆け込むとちょっとずつしか出ない。なので、ひっきりなしにトイレに篭らなければならず、これではさすがに何も出来ないと思い、午後内科に。整腸剤を処方される。相場は同値決済。夕食後母のところに行くと、今日の母は大分よかった。昨日の朝電話で叩き起こされた母の教え子が今日面会にやって来たらしく、それをきちんと覚えていた。話すこともわりとしっかりしていた。夜は特に何もしていない。ジャズのスタンダードの練習を少々。

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