チキン

3月3日、火曜日。

さっきくしゃみをひとつして、ちょっと熱っぽいような感じがする。ちと身体がダルいし。風邪でも引いたのかな。寒さも緩んできたというのに。

今朝は9時ごろに起きたのだがやはり睡眠が足りない。朝から眠気との闘い。午前中は台所のテーブルに突っ伏して寝てしまう。卵かけご飯の昼食後も眠気が取れない。今日は午後に泌尿器科の予約が入っていたので3時ごろに医者に行って、ようやく眠気を克服。夕方何やら急激に空腹を覚え、早めに夕飯を済ませて母のところに行った。それ以外は大体相場をやっていた。夜、相場をやりながらネットでACLの城南とガンバの試合を見たが、ガンバは攻撃時にまったく走れず。いくら過密日程でコンディションがと言ってもこれでは勝てるわけがない。結果、0-2での敗戦。今日は柏が5-1で勝ち、Jリーグ勢で初の勝ち星。

相場は昨夜寝る前に指値しておいたものが寝ている間に成立、これが思惑通りに動いたのだがこのところのキチン癖でまたもや焦って決済してしまった。どうも最近こういうパターンが多い。自分を信じ切れず引っ張れない。そうこうしているうちに夕方以降取ったポジションは今度は裏目、結局夜に損切りする羽目になりこの時点で微損。まあホントの微損ではあるけれど。これまた結果的には見切りが早過ぎた。放っておけばプラスに転じた。どうもキチンだ。どうしようもなくチキン。まあ今に始まったわけではなく、元来僕は世界でも稀に見るくらいの小心者である。

この日記を書き始めた途端に伏線のつもりで置いておいた指値が成立、今度は明日まで引っ張ろうかなと思う。

で、久しぶりにYouTubeで80年のスティーヴィー・ワンダーのアルバム、「Hotter Than July」を聴いた。無茶苦茶懐かしかった。2曲目の”All I Do” から3曲目の”Rocket Love” へ流れる辺りが泣ける。このアルバムがいまひとつ評価が高くないというのが合点がいかない。とても好きなアルバムで当時はやたらと聴いたものだった。このアルバムからは”Lately” を学生時代に同級生の(小山)水城とやった。水城はその後コロムビアからデビュー、デビューアルバムのアレンジは新川、そのレコーディングの直後から僕が新川のマネージャーをやる羽目になるという奇遇。とまあ、そんなことを思い出す。

その流れで今は同じくスティーヴィーの「Songs In The Key Of Life」を聴いているところ。しかしなんか顔が火照る感じがする。やっぱり風邪気味なのだろうか。

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3月2日、月曜日。

ようやっと髪を切った。たかが3・4cm(少なくともそうオーダーした)切っただけで随分と印象が変わるものである。長髪寸前のところまで来ていたので、昭和初期の書生みたいな雰囲気が普通のおっさんになったという感じ。ともあれうざったかったのでしょうがない。髪を切っている間、膝の上に切った髪が大量に溜まるけれど、それを見たら随分と白髪があって結構ショックだった。確かに最近鏡を見ると以前は目立たなかった白髪がちらほらと見えるようになったとは思っていたのだが、改めてここんところ老け込んだなあと思う。まあ白髪というのは個人差があるので、そう大騒ぎするほどのものではないと思うにしろ。放っておいても人間というのは着々と歳を取る。

朝は7時台に目が覚めて、何度寝直しても5分おきに目が覚めてしまうので、諦めて8時過ぎに起きた。なので睡眠は足りない。後で気づいたのだが今日はプラスティックごみの日だったので、どうせならもっと早く起きてごみを出せばよかった。

朝から昼過ぎまでは雪、午後からは晴れ。朝食後に相場の指値をして、今日も業務に行ってみるがいまだに不ヅキの循環から抜け出ることは出来ない。というか、現状を勘案するとやらない方が無難なのかなあとも思う。帰りがけに1000円カットに寄って前述のように髪を切り、帰宅後は夕方までコタツで昼寝。

夕食後に母のところに。食堂(ホール)には大きなおひなさまが飾ってあった。母は今日も基本的にはいい顔をしているものの、昨日のように少しずつ以前の顔つきに戻ったり。それで今日気がついたのは、一昨日から母の顔が別人のようによくなったと思ったのは、母が笑顔を見せるようになったからだということ。自然に笑うようになった。母が笑顔を浮かべるとほっとする。今日の母は歩かせるとやたらとふらついた。そういえば昨日看護師が血圧が高かったと言っていたので、何か関係あるのだろうか。その辺は心配。

母のところから帰宅して夜は相場。夕方成立した指値は甘くてストップを食らってしまい、その後指値を置き直して最終的にはなんとか一日トータルでプラスには持って行ったものの、今見ると結果的にはまたちびって早く決済し過ぎて失敗してしまったようだ。その辺は結果論だからしょうがない。

というわけで、クッツェー「夷狄を待ちながら」読了。南アフリカの作家クッツェーはノーベル文学賞を受賞しているし、この作品もアマゾンのレビューで非常に評判がよかったのだが、僕にはどうも消化不良な感じだった。まず訳が大時代的で古臭い言い回しが多くて気になった。タイトルの夷狄(いてき)なんてのもそもそもそうだが。文章も話も具体性を欠いているわけではないのだが、ひとつには時代設定と地域設定がはっきりしない(したがってイメージしにくい)というこもあるのだけれど、全体のプロットの流れがどこか観念的な印象でそれが物足りなかった。主人公に降って湧いた悪夢のように通り過ぎたから騒ぎの話であるといえなくもない。読み手の好みもあるだろうが僕には主人公に感情移入出来なかった。それが出来ないとカタルシスも得られない。そもそも夷狄というのがある種象徴的な存在であって、具体性を持って溜飲が下がるような話ではなかった。この象徴的な部分によるこの小説の持つ神話性、それが評判のいい要因だと思うのだけれど、僕には逆にそこが合わなかった。


夷狄を待ちながら (集英社文庫)

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背骨

3月1日、日曜日。

終日雨。

気がつくと3月。2月はうるう年以外は28日までなのだった。これが損なのか得なのか、実によく分からない。たぶん損でも得でもないのだろう。

9時半起床できっちり7時間寝た。朝食後うだうだしてからなんとなく業務へ。他にすることが思いつかないというか、このところ午前中何かに集中出来る気がしない。まあそれは午前中だけではないのだけれど。3時ごろまでうだうだとやって結局今日も無駄足。というか、このひと月あまり業務に関してはほぼ無駄足に終わっていて、勝率が結構悲惨。実際のところ、単なる暇つぶしと化している。帰りがけ、今日は髪を切りたいなと思ったのだが、1000円カットは日曜日だけあって混んでいたのでパス。

帰宅後、背骨を骨折したという町内の叔母(父の姉)が気になるので見舞いに行くことにした。電話して行くことを伝えてから車で向かうものの、道に迷ってしまう。叔母の家に行くのはこれで二度目だが前回も迷っていとこに迎えに来てもらった。今日も何やら近くまでは来ていると思うもののどうにも分からなくなって携帯で電話して道を聞き、ようやく到着。叔母の家はただでさえ狭い道が入り組んでいるところからさらに引っ込んだところにあるので実に分かりにくい。

叔母は存外元気そうだった。背骨を骨折といっても圧迫骨折らしく、手術をするような深刻なものではなかったらしい。それでもひと月近く入院治療していたそうである。見舞いに5000円包んでいったのだがどうしても受け取ってくれなかった。30分ほどいて帰る。

帰宅後、朝食用のパンが切れていたのでスーパーに買い物。ようやく野菜が安くなってきた。というか、これは実家に戻ったころからずっと思っていたのだが、こと物価に関しては都心より山形の方が高いと思う。肉、魚、野菜、どれをとっても。とはいうものの、都心で自炊していたのは料理が趣味だった随分昔の話で、実家に戻るまではほとんど外食だったので印象論ではあるけれど。ともあれ、探せば都心の方が安い店があるというのは確かだと思う。

夕飯はレトルトのカレーで済ませ、母のところに顔を出す。今日も僕が着くと母はぱっと昨日と同じような凄くいい表情をしたのだが、その後次第に顔つきが少しずつ変わっていって、なかなか一朝一夕には安定しないのだなあと思う。母の友人3人が来たのだがいつだか分からないというので、一階の受付に降りて台帳で確認すると一昨日だった。かように、母は最近の記憶ほど怪しい。

帰宅して、夜はテレビで山田洋次監督「小さいおうち」をやっていたのでながら見をしていたのだがどうも近頃は人情譚に素直に入り込めず途中から見るのを止めた。歳のせいでひねくれてきたのだろうか。NHKのサンデースポーツをちょっと見たり、ツイッターにちらほらと書き込んだり、要するにほぼ何もしないうちに夜が更ける。

読んでいるクッツェーの「夷狄を待ちながら」、4分の3ぐらいまで読み進んだのだがなかなかしんどいものが。なんていうか、もう少しふわふわと幸せになる話を読みたいのだが。かといって前述のように人情譚的なものにも素直に共感出来ないので難しいところ。クッツェーは自省的というか心情を吐露する部分が辛い。最近はシーラッハのように削ぎ落とした客観的文章を好む傾向にある。ジョン・ウィリアムズ「ストーナー」の文体・視点も非常に客観的だった。音楽を聴くときはそうでもないのだが文章に関してはミニマリズムを欲している部分がある。

今日は相場を始めてちょうど一年ぐらいになるので、この一年のデータをまとめようと思っていたのだけれど全然出来ず仕舞い。まあ所詮日曜日、そうそう綿密に一日を過ごさなければならないというわけでもあるまい。今日のところは叔母の見舞いに行っただけでよしとしよう。

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2月28日、土曜日。

9時過ぎに起きるとさすがに二日酔いは治まっていた。当たり前である。今日まで続けば三日酔いになってしまう。昨夜は0時半過ぎに寝たので8時間以上寝たことになる。しかし二日酔いじゃないというだけで気分が全然違う。実に気が楽だ。業務に行って無駄足になったけど、それでもどこか気分が違う。帰宅後、午後は相変わらず煮詰まるが、何をしたらいいのか分からなくなると台所の拭き掃除をしたり洗濯をしたり。「白夜行」は陰鬱な話なので敢えて続きは見ない。いずれにしても、人間というのはつくづく気分で生きているものだなと思う。

今日から母の面会は通常通りに再開。6時半に面会に行く。食堂(ホール)にいないので部屋に向かおうとすると、トイレにいると職員が言うのでソファに座って待っていると母がやってきた。それで母の顔を見て驚いた。まるで別人のようだ。つい三日前に会ったときも悪くなかったが、今日は見違えるようにいい顔をしている。ここに写真を載せられないのが残念だ。一昨年統合失調症を発症して以来、こんなにいい顔の母を見たことがない。特養に移ってから、歯のことを気にしていてどこが口元のバランスが悪く、調子の悪いときはたびたび書いているように目つきに出るのだけれど、今日は口元もすっきりして目はぱっちりと開いていた。本当にぱっと見別人のように見えた。これは統合失調症がよくなっているのだなと思う。逆に言えば統合失調症は顔に出るというか。いずれにしても、これだけいい顔の母を見たのはいつ以来か、実に嬉しかった。正直言って昨日の二日酔いの影響で最近生きていてもいいことがないなと思っていたのだが、今日は母のいい顔が見れただけで十分と言えるぐるいの喜びを覚えた。

風呂上りの今はネットでドルトムント対シャルケのダービーを観戦中。実に面白い試合だが香川と内田が両方先発しているのでどちらを応援しようか迷う。香川はパスが素晴らしく好調に見えるが相変わらずシュートが枠に行かない。

そういえば午前中、母の面会が再開したことを連絡しようと町内の叔母(父の姉)に電話をしたら、先日来体調を崩しているといとこから聞いていたのだが転んで背中を骨折していたと聞いて驚く。もう退院したらしいが背中を骨折って。大丈夫なのだろうか。明日見舞いに行った方がいいかなと検討中。

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二日酔い

2月27日、金曜日。

昨夜飲んだビール(のようなもの)のせいで二日酔いで酷い目に遭った。というか、驚くべきことに丸一日が経とうとしている今現在、まだ気分の悪さが抜けていない。

昨夜あれからすっかり酔っ払ったので睡眠薬を飲まずに寝ようとするとなかなか寝付けなかった。ようやく寝たと思ったら(たぶん)すぐに猛烈な頭痛と吐き気で目が覚め、そのまま朝まで感覚的にはほとんど眠れずに悶絶した。しかしながら、合間合間に夢を見たので、寝ては覚めを繰り返していたのだと思う。途中明け方近くなってこの吐き気はなんか覚えがあると思い、3年前の抗がん剤の副作用を思い出して枕元に吐き気止めの錠剤があったので一錠飲むと、若干楽になったような気がしたがそれも束の間、そのうち外は明るくなり頭の中は悲惨なことしか浮かばない。

10時ごろになって諦めて起き出し、トースト1枚の朝食を食べ、頭痛薬を飲む。まだ頭ががんがんに痛かった。また吐き気止めを飲む。ろくに寝ていないように思えるのだが不思議なことに眠気はそれほどでもなく、それよりも頭痛と吐き気、胃のむかつきで気分が悪くてどうしようもない。そのうち頭痛薬が効いてきて頭痛はようやく少しマシになり、ネットで二日酔いを検索して即効性があるというドリンク剤を調べて車でドラッグストアに買いに行った。今日は雪が降ったり止んだりでちょうどこのときは外に出たら吹雪いていた。ドラッグストアで二日酔いの薬の場所を教えてもらったが目当てのドリンク剤はなく、しょうがないので二日酔い用の胃腸内服液という奴を買ってきて帰宅して飲む。これが漢方なのでネットで調べたものみたいにアセトアルデヒドに作用するようなものではないのであまり効かない。水分を摂るといいと書いてあったので、冷蔵庫にあったOS-1(点滴と同じ成分)を飲む。これは母が父のために買った奴なので賞味期限はとっくに過ぎていると思うがしょうがない。

その後も薬を飲み続け、一日グロッキー状態。ときどきソファで毛布を被って寝ようと試みるが上手く眠れない。気分が悪いし思考回路が物凄くネガティブになっていて寝付けない。食欲もゼロ。頭もまったく回らない。そんな感じで悲惨な一日となる。昼食は3時ごろに卵かけご飯、夕食は8時過ぎにスパゲッティを作ってなんとか食べた。

しかし、二日酔いって普通は翌朝に来るものなのではないか、何故寝てすぐに二日酔いになったのだろうかと考えるに、そういえば僕はビールというものをひと口飲むと飲んだ瞬間から二日酔いになるのだった。なんで昨夜はそれを忘れていたのだろう。昨夜飲んだのは一缶350mlの約半分、それで丸一日廃人同様になるのだからいかにビールと相性が悪いか嫌になるほど分かった。では何故最近梅酒を飲んでも二日酔いにならなかったかというと、梅酒は度数こそビールよりちょっと高いものの氷で割ってちびちびと飲むので量的には大して飲んでいなかった。それに比べるとビールは缶の半分と言っても170ml、僕にしては結構な量を飲んだことになる。

いずれにしてももう酒は本当にこりごり、もう一生飲みたくない。特にビールの類は絶対にもう飲まない。と、今度こそは固く誓うのだった。

今日は地獄だった。いや、冒頭に書いたようにまだ終わってないのだ。インフルエンザや風邪で高熱を出したというのならまだ分かる。たかがビールを飲んでみたいというちょっとした欲望のために丸一日が台無しになってしまった。気分的にはもう寝てしまいたいのだけれど、それで早朝に目が覚めてしまったらそれはそれでなんか悲惨。

気分が悪くて何も出来ないので夕方ドラマ「白夜行」の3話を見たがこれがまた気が滅入る話でますます落ち込む。夜はテレビで日本アカデミー賞の授賞式をああ気持ちが悪いと思いながら見た。人間体調が悪いと気分まで荒む。もちろんむかむかして吐き気があり気分が悪いのだが、一番辛かったのは精神的な部分だった。寝れるんだったらまだましだったけれど。とにかく今日はお手上げ。

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ビール。のようなもの。

2月26日、木曜日。

酔っ払っております。というのも、とうとうビール、というかビールのようなものを買ってきて飲んでいるので。よく分からなくて一番安いベルギー産のものを発泡酒だと思って2本買ってきたのだけれど、リキュールと書いてあるのでググってみたらどうやら第4のビール(新ジャンル)という奴らしい。

ビールというかビールの類を飲むのは一体何年振りなのか、少なくとも10年や15年は経っていると思うのだけれど、僕の記憶によればビールは一口目は美味しいというものだったが、今回は一口目から美味しくなかった。

beer

今見ると見ただけでまずそうだ。一番安い奴を買ったのがよくなかったのか。で、何故か昔からビールを飲むととにかく酔っ払ってしまう。今ももう真っ赤になっている。なんでかなと考えるに、ビールの類は量を飲むからだと思う。ぐいぐい飲んでしまうので。いつも飲む梅酒だとちびちび飲んで大した量は飲まないので。まあしかし、久しぶりに飲んでみるとビール(のようなもの)とは相性が悪いと再確認。

今日も午後、コタツで1時間半ほどだろうか、寝入ってしまった。どうしてこうコタツに入ると寝てしまうのか、考えてみるとコタツに入るときというのは寒いときと眠いときなのであって、大概が両方の場合だから当然と言えば当然なのだった。それにしてもこのところ、午後は人間として使いものにならない。

午前中から2時過ぎまでは業務も、ビールゲットは失敗。夜は「白夜行」の2話を見た。相場は夕方利食いしてから夜の指標が多過ぎて読めなかったので様子見していたのだが、深夜になってから逆張りしてみたが今のところ裏目、明日まで持ち越すか。

それにしても酔っ払ったなあ。悪酔いしないことを祈る。

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キムチチャーハン

2月25日、水曜日。

今日も雪は降らない。いや、もちろん降らなくていのだが……どうにも油断してしまいそう。いかにもこのまま春になりそうな雰囲気がするのだ。

本日は三度寝ではなく、二度寝で8時5分に起きてしまった。昨夜自分としては比較的早め(2時)に寝たからだろうか。朝食後、相場の指値をしてから業務へ。煙草銭を稼いで2時前には帰宅。

3時前に母のところに行こうと特養に電話を入れると、ようやく今週の土曜から通常の面会が出来るということだった。それにしてもほぼ2か月、長かった。いつもの2階は今日は誕生会をやっているとのことで、1階の静養室で母と会った。プロかアマチュアか知らないが、どこかの歌手が来ているらしく廊下の向こうから演歌が聴こえてくる。母は変わらない。すっかり落ち着いて特養に慣れたようだ。それは見方を変えると感情の起伏があまりなくなったような気がしないでもない。そう考えると、いつの間にか母との間に微妙な距離のようなものが出来たような気がして少し寂しいような気がするのだが、たぶんそれは僕のわがままというものなのだろう。

帰宅するとまた眠気が。台所のテーブルに突っ伏してうとうとしていると指値が成立する音が立て続けにした。それにしてもなんでこう毎日眠いのか。

夕飯は何にしようか迷ったが、結局キムチチャーハンを作った。

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前回に引き続き、今日もなかなか美味しく出来た。なんだか知らないが、炒飯を作るのに失敗しなくなってきた。それはいいのだが、ガスコンロの火が頻繁に消えるので参る。途中で何度も火をつけなおさなければならない。

夕食後はネットでACLの鹿島対ウエスタンシドニー戦をネットで見る。オウンゴールで先制された鹿島は一旦土居(山形出身)のゴールで追いついたものの、先日移籍したばかりの高萩のゴールで逆転され、終了間際にも失点して1-3で敗れる。なんか高萩にしてやられた感じだ。浦和も水原に敗れ、Jリーグ勢の初戦は柏が引き分けた以外は全敗。勝てないなあ。

夕方成立した指値はACL観戦中に利食いしてしまい最低限の日当は出たし、今日はよく分からないので様子見ということもあって相場にも身が入らず、夜は何をしたらいいのか途方に暮れる。9時過ぎにはもう風呂に入ってしまおうかなどと考えるが、変に早寝早起きになるのも気が進まず、今夜は夜遅く散歩に出る気もしない。なので、途中になっていたドラマ「白夜行」の第1話を最後まで見る。1時間半ちょっとあってやけに長い気がした。どうも東野圭吾の書く話はどこかあざといというか、表層的な人情譚になる気がして仕方ないのだが。しかしウィキペディアを見るとこのドラマ化で原作は100万部売れたらしい。

昨夜は結局ビールを飲まずに梅酒にした。今日は風呂上りに飲んでしまおうかと思っていたところでコメントに気づき、冷蔵庫の父の缶ビールの賞味期限を見て唖然とする。ビールに賞味期限なんてあったんだなあ。そりゃああるか。しかしこうなるとますます飲みたくなるが、かといって買ってくる気にもなれず。酒に銭を使うという気にならない。どうするか。明日も業務に行ってビールと交換するか。うーむ。

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散歩

2月24日、火曜日。

dusk

今週は予定が何もない。手帳は真っ白だ。今日の欄に記入してあるのは安定剤を飲んだ時間だけ。

9時15分起床。午前中は相場のポジションを取って指値を置いたあと、掃除と洗濯。昼は蕎麦を茹でる。久々に自宅で昼食を摂った気がする。昼食後、また眠気が襲ってきて調子が悪くなり、2時ごろからコタツで気絶。目が覚めると2時間経過していた。暖房をつけると少し暑過ぎる感じがすると思ったら、今日は最高気温が9度、最低気温が2度と春並みの陽気(と言っていいだろう)だったようだ。

夕暮れ時に散歩に行ってみることにする。一応銀行まで歩いて行くということにする。何か目的地が必要だったから。銀行まで歩いて通帳に記入し、帰途に少し寄り道をする。最近ツイッターでフォローし始めた同じ町内の麹屋が確かこの近くにあったはずだと思って横道に入るとあった。思ったよりずっと小さい店だった。それから元の道に戻る。かつて同級生の実家で古い旅館だった跡地が工事中だったのだが、いつの間にかビジネスホテルが建っていた。小ぢんまりとしていてまるでアパートのように愛想のない建物だ。大体に於いて、こんな小さな田舎町でビジネスホテルの需要などあるのだろうか。元々そこにあった旅館も含めて、僕の子供時代にあった二軒の老舗旅館は両方とも廃業してしまった。

帰り道は往きと違う道を通り、親戚の家の場所を確認する。計30分ほどの散歩だった。以前、武蔵浦和に住んでいたころにかかっていた精神科医(ヤブ医者)には1時間は歩けと言われていたのでたいしたことはない。が、あまりにも運動不足なので進歩といえば進歩だ。

夕飯時に朝取った相場のポジションを利食い。夕食後はクッツェー「夷狄を待ちながら」を読むが閉塞感のある独白と大時代的な訳にいらいらする。持って回った言い回しが続くので読んでいてストレスを覚える。よほど中途で投げ出してしまおうかとも考えるがもう半分以上読んでいるし、フォークナーの「響きと怒り」を読んだときも上巻まではストレスと苦痛しか覚えなかったが下巻で溜飲が下がった覚えがある。

いずれにしてもどこか煮詰まって鬱屈しそうなので、風呂を沸かしている間、本日2回目の散歩に出ることにした。夕方とは逆方向に歩いてみる。10時を回るとこの田舎町は誰も歩いていないし明かりが消えている家も多い。役場の方を回ってぐるりと一周して戻ってきた。20分程度。

散歩から戻って風呂に入っている間に指値がひとつ成立していたが、FRB議長の発言に振り回されて結局同値決済。で、風呂上りに闇雲にビールが飲みたくなる。実にピンチだ。なにしろ僕はビールと相性が悪い。一番酔っ払うしいい思い出がない。冷蔵庫を見ると父の缶ビールを発見してしまった。書斎まで持ってきて危うく飲みそうになる。が、なんとかこらえてジュースにする。ビールを飲む癖などついたら大変だ。酒に金を使うようにはなりたくない。毎晩一本ビールを飲むようになったら酒代だって馬鹿にならない。などと書いているとまた飲みたくなってくる。参ったな。飲んでしまおうか……。

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三日月

2月23日、月曜日。

なんか妙に規則正しい。三度寝して9時に起きて、業務行って、帰宅して調子悪くなって昼寝して。毎日午後から夕方の夕飯時までが一番調子が悪い。で、夜になると空腹でもないのに無性にポテトチップスが食べたくなる。たぶん、ある種ストレスから来るものだと思う。結局閉店間際のスーパーに買いに行く。寒さが大分緩んだのか、ダウンジャケットを着ていくとスーパーの中は暑く感じた。駐車場から見ると中空に三日月が浮かんでいた。細い鎌のような、下弦の月だった。

雪も大分融けて、ときおり凄い音を立てて屋根から雪が落ちる音がする。結構大きな音なのでちょっとびっくりする。一番気になっていた玄関の屋根の雪塊も玄関先に落ちていて、買い物に出かけるときにちょっとスコップで雪かきをせねばならなかった。雪というよりも氷の塊だ。

近ごろ体調がよろしくないせいか、煙草がおいしくない。なのに本数は減らない。あれ、こんなだったっけ、こんなはずはない、というので吸ってしまうのだった。おいしくないと充足感がなくてかえってまた吸いたくなるというのはなんとも皮肉だ。

相場は朝方考えた方向性であっていたが、指値がついたのはひとつだけ。様子見的な動きなので早めに利食い。

夜、風呂上りに久しぶりにセゴビアを聴いてみる。クラシック・ギターを弾いていた中学生のころ、お年玉を持って仙山線で仙台までアナログのLPを買いに行ったものだ。中学生のころに練習した曲はみんな覚えている。なんだか胸が詰まりそうになる。不意に、何十年と思い出さなかった、中学時代のテニス部の先輩連中の顔を思い出す。僕の人生は一体なんだったのだろうとか考える。切なくて、アルバム1枚最後まで聴けなかった。なんだろう、あまりにも遠くまで来てしまったような気がして。

というわけで、今宵もジャズを聴きながら酔っ払うことにする。

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2月22日、日曜日。

大分髪が伸びた。以前はほとんど目立たなかった白髪もちらほら見えるようになった。若く見えるのだけが取り柄だったのだがいろんな意味で僕も大分老けてきた。髪を切ろう切ろうと思っていたのだが、いっそのこと伸ばしてしまおうかとふと思う。こういう田舎で、僕ぐらいの歳で長髪だと何かと(悪い意味で)目立ってしまうと気にしていたのだが、そういうことはどうでもいいような気がしてきた。実際のところ、近所付き合いもほぼ皆無だし、訪ねてくる人も滅多にいない。よって、人目を気にする必要など実際はほとんどない。出かけるといってもせいぜいが業務に行くぐらいだし、いまさら見た目をなんとかしたとしても親戚の僕を見る目が変わるわけでもない。ならば、好きなように生きればいいのではないかと。とはいうものの、別に髪を伸ばしたいと思っているわけでもないのだが。ただ、うざったいという以外に髪を切る理由がなくなってしまった。どういうわけか髭だけは白髪の方が多いので、どちらかというとほったらかしにしたいのは無精髭の方なのだが、人を訪ねる用向きのときは髭は剃るようにしている。髭を伸ばし放題にするとあまりにも貧相になるし風体が怪し過ぎるので。

今日も晴れ、このまま春になってくれないものかと思ってしまうのだけれど、確率的にこの先3月まで雪が降らないということはほぼありえない。

三度寝ぐらいして9時ごろに起きたのだが昨夜寝たのが3時過ぎなので睡眠が足りない。案の定夕方以降眠くなって体調が悪いように思えた。ひとつには寒さが緩んで暖房が効き過ぎるというのもあるのだが、かといって暖房をつけなければ当然寒い。夕飯前はかなりへばって、例によって台所のテーブルに突っ伏したりしていたのだが、夜になってなんとか少し体調は持ち直す。体調もよろしくないが真面目に体力がない。

特にすることも思いつかないので夕方近くまで業務に行ったが無駄骨。夜はYouTubeにドラマ「深夜食堂」の第3部がアップされていたので最終話まで見る。現在公開中の映画版を見たいのだがネットで見たところ近隣の映画館ではやっていないようだ。huluでいろいろ見てみると面白そうなドラマが一杯あって、これは人生いくらあっても足りない感じ。ひとまず「白夜行」を見始める。東野圭吾は何冊か読んだがあまり好きな作家とは言えないのだけれど、唯一「白夜行」はそこそこ面白かった印象があるので。結局のところ、新聞取ってないのでリアルタイムでドラマ見るってことが出来ない。基本テレビは見ないのでマメに毎日番組表をチェックする習慣もないし、要するにどんなドラマを今やってるのかそもそも知らない。なので、話題になった奴を追っかけでまとめて見るというのがパターン。

しかし、日中業務、夕方以降眠いとなると一日があっという間だ。特に夕方の体調の悪さには参る。結局夜が一番頭が(比較的)回るのだが、かといって昼夜逆転するのは気が進まない。

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