憔悴

5月27日、水曜日。

心底参っている。憔悴しきっている。顔面蒼白。二日続けて縁切りのようなことをして、こんな風に人を傷つけて平気でいられるわけがない。しかしながら、30年以上前のことをいまだに引っ張り出して、身体的にも精神的にも弱り切っているところに感情的なちょっかいを出されるのはもう御免だった。もう限界だった。これ以上神経を逆なでされることに耐えられなかった。ただでさえ年々友人が一人減り二人減りとしていって世の中から孤立していくような気がする上に、実家に篭っていて新たな友人と出会える見込みもあまりない今の状況でこういう風に自分から切るようなことをするのは本当にしんどい。いわゆる大人の対応ではないと思う。ただ、僕はあまりにも追い詰められていて、これ以上素知らぬ顔でやり過ごすことは出来なかった。

30年前、僕はただ裏切られ、こっ酷くふられただけだ。それから30年経って、いまさらこれ以上何を欲しいというのか。

僕はもう学生時代のスケザではない。あれから一歩もその場を動いてないわけではないのだ。僕には僕の人生がある。それは学生時代から30年あったし、今ここにあるわけで、あなたの頭の中にあるわけではないのだ。僕は偶像ではなくて、ただの一人の人間だ。

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朝7時20分に電話が鳴って起こされた。何かと思って出てみると、やたらと訛っている老人の声だ。こちらから訊ねないと名乗りもしないし、初めて話すのに敬語を使おうともしない。失礼なこと極まりない。いくら田舎とはいえ、こんな時間に緊急の連絡でもないのに電話するのは非常識だ。どうやら母の教え子らしいが、だったらなおさらである。

もう一度布団に潜り込んで寝直そうとしたが、電話を切ってからも腹が立ってなかなか寝付けなかった。それでもいつの間にか寝たようで10時近くに起きた。

弱り目に祟り目というか、嫌なことというのは連鎖する。昨夜長年愛用してきた椅子が壊れてしまった。どうしてこのタイミングなのか。分解して車に積み、ゴミ処理場に持って行く。

午後2時から特養で母の誕生会。2時ジャストに到着すると、少し遅れて誕生会は始まった。40分ほどでようやく終わったかに思えたが、それから場所を変えてゲスト(地元のアマチュアのようだった)を迎えての余興の歌と踊り。これが延々と続いて終わらない。調子っぱずれの歌と退屈極まりない踊りがいつ終わるともなく続く。永遠に続くのではないかと思われて気が遠くなる。ようやく終わったのは1時間以上経ってからだった。疲れ果てる。まったく地獄だった。母が僕に気を使うほど、僕は憔悴しきっていた。

4時近くになってようやく帰宅。疲れ切って台所で一服。見ると、午前中に置いておいた相場の指値がひとつ成立していた。なんだか相場のポジションを持つのが随分久しぶりに思える。

その後は延々と頭の中が冒頭の堂々巡りに陥り、つまり人を傷つけてしまったという後悔と、理不尽さとが頭の中で果てしなく渦巻く。いたたまれずに、夕食後に早々に相場のポジションは利食いをして手仕舞いしてしまった。以降、ただひたすらげっそりしていくばかり。物凄い喪失感。なんでこうなってしまったのか、そればかりを考える。頭をなんとか切り替えることができるのは本を読んでいる間ぐらいしかなく、それもあまり長くは続かない。果たして自分はこれを吹っ切れるのだろうかという疑念ばかりが湧いてくる。早く忘れてしまいたい。

元妻の顔はほとんど忘れてしまった。その存在を思い出すこともあまりない。元妻はその嫉妬深さ故に僕の携帯の着信履歴を勝手に見ては勝手に番号を削除し、僕に届いた手紙を勝手に開封して破り捨て、気分屋であるが故に新しい彼氏ができた途端に僕をゴキブリのように扱った。だから僕はもう元妻の顔を思い出せないし、自分がかつて結婚していたこともときどき忘れてしまう。

そんな風に、もう忘れてしまいたい。僕には僕の人生があるのだから、また新たな友人と出会いたい。そっちの方を向きたい。

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因果

5月26日、火曜日。

今度はHから恨み言のようなメールが来た。それによると、僕がツイッターで悪口を書いたということになっている。本当に頭が痛いというか頭痛がしてきた。なんで35年も前のことでこの歳になっていまだに人間関係に頭を悩ませなければならないのだろう。正直言って、数年前に20年振りだか25年振りだかでHと会って以来、友人のつもりで頻繁に電話をしてしまった僕の方に大方の責任はあるのだろう。それが結果的に彼女の勘違いを助長してしまったようだ。因果応報である。しかしそれにしても彼女の思考・言動はちょっと尋常じゃない。正直言ってちょっと怖い。Hの思考回路はストーカーのそれだ。僕のどういった言動がこういった勘違いや妄想を抱かせてしまったのかはよく分からないが、もうお手上げ。

お蔭で今日も相場が手につかず。このままだと生活そのものが成り立たなくなる。なので、昨夜の日記もある意味Oさんに対する公開処刑のようなものでやり過ぎたのだろうかとは思ったが、今日も敢えてここに書いてみた。これ以上はどうにも上手く書きようがない(切りがない)のでこの件に関しては以上。

もうカンベンしてください。ノイローゼ(死語)になりそうです。

夜同級生のジョンとLINEで話していてふと気がついたのだが、この一連の人間(女性)関係を解決するもっとも手っ取り早い方法は、彼女たちとまったく関係のない女性と僕が再婚して幸せになってしまうこと。しかし、現実的にはそれがもっとも絶望的で難しいことである。

それとも、再婚したことにしてしまおうか……。

それはともかく、今朝は二度寝三度寝を繰り返して10時近くまで寝たところ、昨日のような猛烈な眠気はなかった。だが昼頃に徒歩5分の町役場まで歩いて固定資産税を払いに行ったところ、午後にソファで寝転がって本を読んでいたらまた猛烈な眠気に襲われて一時間ほどうとうとしてしまった。それで間の悪いことに相場の動いたタイミングを逸してしまい、今日は参加できなかった。

この辺から察するに、昨日異様な疲れとだるさで寝込んでしまったのは、もしかすると一昨日1時間ほど散歩した疲れが出たのではないかということだ。つまり、想像以上に今の自分は体力がないんじゃないかと。そう考えるとちょっと尋常じゃない体力のなさではあるが、あながち的外れでもないような気がしてきた。もう少し、ちょっとずつちょっとずつ体力をつけるように心がけないといけないんじゃないかなと。

同時に栄養も摂らなければならない。なので、昼食は納豆と冷奴を食べた。だがしかし、母のところから帰宅後の夕飯はレトルトのカレーで簡単に済ませてしまったのでこれではあまり意味がない。実際、くたくたで作る気力もないのだが、このところの体調の悪さで食欲もあまりないのだった。

まあそんなわけで昨日今日と、人間関係に頭を悩ませてほぼ終わり。何もできない。まったく馬鹿げている。学生時代の怨念に憑りつかれているようだ。

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煩悶

5月25日、月曜日。

今日は体調が最悪。朝食後、眠気が取れないのでソファで昼過ぎまで寝込む。すると、かえって具合はどんどん悪くなり、昼食後はほとんど起きていられなくなった。身体がダルくて重く気分が悪い。腹が張る感じがする。顔色を失う。椅子にも座っていられずにソファで横になってひたすら本を読む。もう本当にただの具合の悪い病人状態だった。今日は予定では町役場に行って固定資産税を払ってこようと思っていたのだが、体調が悪過ぎて家を一歩も出る気がしない。それほど具合が悪かった。

どうやら気分が悪くてソファで本を読んでいる間に、埼玉が震源の大きな地震が都心であったようだったが、まったく気づかなかった。この辺も多少は揺れたのだろうか。

そうやって青ざめた病人でいるうちに夕方になる。食欲がまったくなく、腹も空かない。依然気分は悪くふらふらだ。ただ、読んでいる「ソロモンの偽証」の3巻目を読み終わってしまったらどうしようということが気になり、とうとう6時ごろに本屋に車で出かけて4巻目を買ってくる。こうなると、体調悪過ぎてとても母のところには今日は行けないと思っていたのだけれど、本屋に行けるのなら行けるのではないかと思い、少しでもいいから顔を出そうと行ってくる。案の定、母に具合が悪いことを告げるとかえって心配をかけてしまったようだった。30分ちょっとで帰宅する。

帰宅後、8時を過ぎてもまったく腹が空かない。いつもは6時になると物凄い空腹を覚えるのに。何も食べたいものがない。しかし、これほど体調の悪い日に夕飯を食べないというのはやはりまずいだろうと、スーパーに買い物に行く。で、結局夜になって値段が安くなった刺身を買ってきてなんとか夕飯を食べる。

夜はなんとか起きていられた。というか、横になっている方がかえっていつまで経っても具合が悪いままのような気がした。アマゾンに注文していたジャズのスタンダードの楽譜集が届いたが、試しに弾いてみようとすると全然弾けず気が滅入る。

そんなわけで今日はこのまま死んでしまうのではないかと思うぐらいに体調が悪く、日中はほぼ寝込んでいたのだが、そんな中、同級生女子のOさんがツイッターで「スケザ君」と「君」づけを連発するのが気になって、それが不快であると言い出せなくてずうっと悩んでいた。まったく馬鹿げている。恐らく僕自身が過敏なのであって単なる感覚の違いだとは思うが、どうにも気持ち悪くて仕方ないし気になって仕方ないのである。僕のことを「スケザくん」と呼ぶのは元妻だけであって、それも慣れるまでにかなり時間がかかった。Oさんとはそこまで親しいわけじゃないし、というか、学生時代の親しい友人たちは皆「スケザ」としか呼ばない。他の文脈は敬語であるのに呼びかけだけは「スケザ君」(漢字の君というのもミソ)というのは物凄い違和感がある。こういうことを一日中悩むというのはまったく我ながらしつこいとは思うのだが、一度気になるとどうしようもないのである。

同じく同級生女子のHは何やら思わせぶりな言動を繰り返してよく分からないし、どうにも僕には同級生女子たちのことが理解できず、訳が分からず気分で振り回されている。この歳になって女心というか、女子の考えることがことさら分からなくなった。

それはそうと、先ほどウッチーこと内田篤人結婚のニュースが飛び込んできてびっくり。

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痩せゆく男に栄養を

5月24日、日曜日。

さっき風呂に入るときに脱衣所で鏡を見たら、胸の肉がげっそり落ちてあばらが浮いていて、自分でもびっくりするぐらい痩せたことにいまさらながら気づいた。で、明日から腕立てをせねばと思ったのだけれど、ツイッターでそんな風なことを呟いたら、そもそも食事の量を増やして栄養を摂らないとと言われて反省しているところ。一日2000カロリーを取る食事を見てみると、今の僕の食事はあまりに粗食過ぎる。特に朝昼が粗末なことがわかった。なんつーか、今まで食費を抑えることばかり考えてきたので、どうもこれは根本的に考え方を変えねばならないようだなと。

最近スーパーに行くととにかく野菜がびっくりするぐらい高くて、どうにも二の足を踏んでしまうのだった。それでいつも刻んである生野菜とかばかりになってしまう。これを2年も続けているのだからいい加減飽きてきているのだけれど。晩年の父が極端に小食だったし、母も基本小食なのでなかなか自分が粗食に過ぎるということに気づかなかった。大体において、生まれてこの方、カロリー計算とかしたことがない。栄養学というものにあまりにも疎い。

というわけで、明日から少々値段には目をつむってスーパーで買い物をしようと。ひとまずは野菜と豆腐辺りが当面のターゲット。これからはもっと食費をかけるというパラダイムシフト。

それはそうと、昨夜から知覚過敏的に歯がちくちくと痛む。どの歯というのがあまり具体的じゃない。なんか間欠的にあちこちが痛くなる。顎とか。そんなわけだろうか、今朝は最初に目が覚めたときに時間を見るとまだ5時前、次に目が覚めたのが6時、7時、8時と1時間ごとに目が覚め、結局9時に起きたもののあまり寝た気がしない。

午前中は家中に掃除機をかけ、洗濯などしてたら終了。外は快晴だったので、昼食後の午後は散歩に出た。

その後は未見だった映画「ブリジット・ジョーンズの日記」をhuluで見た。まあこうしてみると、ただ具合の悪い人に一日終始していた昨今にしては、夕方まで掃除洗濯をして散歩をして映画を1本見たということでそれなりに何かしたような気がしてもいいように思えるが。

早めの夕食後に母のところに赴く。母は相変わらず声が小さいし話す内容がどうも覚束ない。すっかり年老いてしまったように思える。

母のところから帰宅後、なでしこの親善試合を後半から見たが、どうにもミスばかり目について見ていてストレスが溜まってしまった。もちろん男子と比較するのは身体能力からいって無茶だし、選手や監督本人たちも僕ら素人よりはずっと自覚しているのだとは思うのだけれど。

その後はやっぱりhuluでニール・ジョーダン監督「マイケル・コリンズ」を途中まで(休み休み)見る。相変わらず映画を一気に見る集中力はまだない。

という風に振り返ってみると、歯痛はともかくとして、最近の中では比較的体調自体はまともな方だったのかもしれない。それにしても気になるのは痩せすぎ、真面目に栄養を摂ることと運動することを考えないと。

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午前中のない日の憂鬱

5月23日、土曜日。

昨夜寝たのは1時20分、今朝起きたのは8時40分。7時間以上寝ている。先日6時間睡眠でも大丈夫だったので理論上は寝不足にならないはずなのだが、朝からなにやら身体が重くあくびを連発、どうにも眠いのである。なんだかよく分からないけれど朝食後も眠くてぐだぐだでどうしようもないので、仕方がないとソファで少し寝ることにする。実際、非常に体調が悪い感じだった。こてっと寝れたのだがドアチャイムの音で起こされる。出てみるとエホバの証人の勧誘。むっとして具合が悪くて寝ているところだからと話の途中で引っ込んでまた寝る。で、目が覚めると昼を過ぎていた。こうして今日の午前中は跡形もなく消滅、朝食の後にすぐ昼食という具合になった。昼食は昨日買っておいた菓子パンで済ませる。

午前中一杯寝込んでしまったのに、一向にすっきりしない。このまま家にいるとまた寝てしまいそうだという危機感を覚え、車でドトールに向かう。ドトールで寝込むことはないだろうということで。外はやたらと暑かった。路傍の気温計は29度を指していた。体感は30度を超えている。ドトールは冷房が入っていた。カフェ・ラ・テを飲みながら宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読む。この季節になると必ず一人はいる、アイスコーヒーのクラッシュアイスをやたらとかき混ぜ続ける奴がうざい。

結局1時間ちょっと本を読んで帰宅の途に就き、帰りがけにスーパーに寄って買い物をして帰る。さすがにドトールで寝はしなかったものの、帰宅後もどうにもぴりっとせず、夕飯を作る気にまったくなれない。それで夕飯は久しぶりに蕎麦屋で済ませる。一寸亭本店で冷たい肉そばの大盛り。やはり体調のせいかいまひとつおいしいとは思えず。一旦帰宅してお茶を飲みながら煙草を一服して母のところに。今日から普通に面会できる。

今日の母は目つきからしてダメだった。表情が硬い。話すと声が消え入りそうに小さいし話が覚束ない。こういう母を見ていると、やはり老人ホームなんかに入って元気になる人なんていないのだろうなと暗澹たる気持ちになる。

帰宅後の夜は夜で、歯がちくちくと痛み出し(ほんのちょっとなのだが)さらに憂鬱に。なんていうか、歯の不調ほど憂鬱になるものはないと思う。浦和対鹿島の試合を後半から見るが応援している鹿島は逆転負け。さらに憂鬱に。

それにしても暑い。このままだと暑くて眠れない可能性もあるので、パジャマをさらに薄手のものに替えなければ。しかし今日はいくら体調がよくないとはいっても足し算するとかれこれ10時間近く寝ているわけで、こんなことが続くと人間としてどうにもならないなという危機感を覚える。これでは生活というものが成り立たないなと。かといって、一体どうしたら体調を立て直すことができるのか皆目見当がつかないのが頭の痛いところ。

などと書いている現時点でブンデスリーガ、大迫と清武が1得点、香川が1ゴール2アシストと日本人が大活躍中。

というわけで二階の自室から浴衣を引っ張り出して着替えてみると意外と快適。浴衣なんて着るのは10年ぶりぐらいかもしれない。しかし、着物を好んで着ていた父を思い出して感傷的になる。で、やおら眠気が。一体今日はどれだけ寝ればいいのだろうか。

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迷う夢

5月22日、金曜日。

今朝も最初に目が覚めたのは7時ごろだった。カッコウが鳴いていたのでそのせいかもしれない。二度寝して8時過ぎに起きた。

最初に学生時代の同級生女子のLとデートする夢を見た。Lにはまったく恋愛感情らしきものを抱いたことはないのだが、それでもデートする夢というものはそれなりに楽しいものが。二度寝すると電車で移動して駅の中で迷う夢を見た。かつては迷う夢、それも大きな建物の中で迷う夢というものを毎日のように見ていた時期があったが、久しぶりだ。迷う夢というのは一体何を象徴しているのだろうか。そのまんま、何かに迷っているということだろうか。

体調は徐々に戻りつつある。

結局今日も午前中は業務。午後、久しぶりにhuluで映画を見始めた。「クラッシュ」が凄くよかったポール・ハギス監督の「スリーデイズ」。だが最近は集中力がなくて一気に見れず、休み休みじゃないと見れない。3分の1ぐらいまで見たところで猛烈に眠気が襲ってきてソファでしばらく横になった。すると、相場の指値が成立する音がした。だがあまりにも眠くてすぐには起きられず。結局、今日成立した指値は最初は同値決済、二度目も方向を間違えたと思いわずかばかりの利食いで逃げたが、夜「スリーデイズ」の続きを最後まで見終わった後にチャートを見ると、結果的には唖然とするほど方向は合っていた。だがこれは結果論であって、今日は朝から方向性がよく分からなかったのも確か。読めなかった。

「スリーデイズ」、思いの外凡庸な娯楽サスペンスだった。意外と言えば意外。「クラッシュ」の脚本が非常に巧妙に出来ていただけに。もう少し捻りがあると思ったのだが。考えてみれば「クラッシュ」の前年にアカデミー賞の作品賞を取った「ミリオンダラー・ベイビー」(ポール・ハギス脚本)も救いがなくてピンと来なかった覚えがある。してみると、「クラッシュ」はまぐれ当たり的によく出来た映画だったのだろうか。リドリー・スコットしかり、ポール・トーマス・アンダーソンしかり、傑作の後に凡作が続くということはしばしばあるのだけれど。

明日から普通に面会できるということなので、今日は母のところに行くのを控えた。あまり特養に借りを作りたくないので。

昨日と同様、今日も日中は物凄く風が強かった。これではまるで時代劇映画に出てくる宿場町のようだと思った。

そんなわけで今日は午後に眠くて少し横になったぐらいで済み、異様に疲れるとかダルいというほどではなかったので体調は大分マシだったのだが、胃が荒れているのか珈琲を含むあらゆる飲み物がおいしくなくて困った。特にジュースの類はすっかりダメになってしまった。なんかこういうのって参る。煙草も夜になると特においしくない。相変わらず胸が詰まる感じがする。

業務中、外の駐車場に出て一服していると、今日は月山方面の稜線がくっきりと見えた。

gassan

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早起き

5月21日、木曜日。

どういう加減かまったく分からないのだが、朝目が覚めて時間を見るとまだ5時、唖然として二度寝するが7時の寺の鐘でまた目が覚める。結局7時10分には起きてしまう。今週は尋常じゃなく疲れるので、十分睡眠を取らないととばかり思っていたが、一体全体どうして今日はこんなに早く目が覚めたのだろうか。6時間寝ていないので、いつもの習いであれば睡眠不足で猛烈に眠くなるはずなのだが、昨日までの起きがけのダルさと比べると今朝はむしろすっきりとしていたくらいでそれほど眠気に悩まされることはなかった。なんだか狐につままれたような感じである。

そんなわけで体調最悪だった昨日と比べると朝から闇雲にダルいという感じでもなく、ただいつもより随分と早く起きてしまったのでこれは午前中を持て余しそうだと。それで朝から業務へ。ちんたらと昼過ぎまで。自分でもこれはただの時間潰しだとは思うものの、今週は体調も無茶苦茶悪いが精神状態も似たようなものでどうにもポジティブというか建設的な方に頭が向いてくれない。

2時前に帰宅。予報通り今日はそれほど気温が上がらず、外はまるで台風のように風が強かった。風の音が凄くてなんだか怖い。昨日ほどではないとは言っても午後になると体調がやはり怪しくなり、かなりダルくなってきたのでソファで小一時間ほど横になる。少しうとうとしたのかもしれない。なんだかまた調子が悪くなってきたのだが、特養に電話して母のところに面会に行く。インフルエンザの患者が出たことによる面会制限は明後日の土曜日から解除されるということだった。

母のところから帰宅すると、朝指値していおいたものがひとつ成立していた。夕方の指標が思惑と逆になったので小遣い銭程度ですぐに利食い。

昨日ほど尋常じゃなく疲れているというわけではないのだが、今日は胃がむかむかして胃潰瘍とか胃炎とかその類ではないかと思った。で、とにかく精神状態がよくない。頭が回らないしどうにも落ち着かない。なんかいたたまれない。それでもうこの際、徐々に禁煙するという方針を捨てて好きなだけ煙草を吸ってもいいことにした。とにかく少しでもストレスを軽減しようと。

夕食後、何か出来る感じがまったくしないのでちょろちょろとギターの練習をしていたのだが、先日ブルースを自在に弾けるようになったと思ったのに、今日はジャズブルースの進行にまったくついていけず絶望する。学生時代に熱心に聴いていたジョージ・ベンソンを久しぶりにYouTubeで聴いてみるが、自分とのあまりの落差に気分は落ち込むばかりだ。相場のチャートも一応見てはいたものの、朝の方向感自体は間違っていなかったが市場の動き自体が今日は判然としなくて夜は参加せず。

そんな感じで気がつくと夜の体調は大分マシにはなっていたのだが、何しろ精神的にダメだった。今日手帳に予定として書いていたのはドライフラワーを作ることだけだったのだが、それすらやる気になれなかった。ジャズブルースをまったく弾けないのに愕然として衝動的に台所のガスレンジの油汚れを掃除した程度。考えてみれば昨日まではただの瀕死の病人、まったくもって廃人同様だったのだから一度に体調も精神状態もよくなるというのは欲張り過ぎなのかもしれないけれど、それにしてもなんか救いがない。

今日は昨日と方針を変えて、泌尿器科から出ている漢方薬を飲まずに精神科から出た漢方薬だけを飲んでみた。それが結果的によかったのかどうかはよく分からない。たぶん、どっちも飲まない方がいいんだろうなとなんとなく思う。ただ前述のように胃に来ている感じはしたのでドグマチール(元々潰瘍の薬である)と精神科の漢方薬(神経性胃炎に効くと書いてある)を飲んだのだった。結局今日も午後寝込んでしまったし、いまだに体調がいいとはとても言えない。それにしても精神状態が酷い。気分転換しようにも、そもそも何かをしようという意欲というかマインドがないからただひたすら閉塞する。何かと毎日自分自身に振り回されている。もちろん、よろしくない意味で。

それにしても、このままだと意に反して早寝早起きになってしまいそうだ。それに慣れるというのもひとつの考え方ではあるけれど。

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5月20日、水曜日。

また体調がドツボに陥った。

9時過ぎ起床。今日手帳に書いた予定は、1)銀行、2)ゴミ、3)掃除の3つだけ。朝起きたときは疲労感があって食欲があまりなかったけれどそこまで体調が酷いとは思わず、朝食後に気になっていた2階の廊下から階段をホウキで掃除。これで予定の3番目、掃除の半分ぐらいは終了。その後、なんとなく業務に赴き煙草を確保。昼頃から物凄く暑くなる。帰り道に銀行に寄る。

午後帰宅するころにはかなりダルくなっていた。しかし、朝起きられなくて出せないまま納戸に置いておいた燃えるゴミ2袋が異臭を放ってきたのでゴミ処理場に持って行くことにする。ついでに、3袋も溜まってしまったプラスティックごみも普通のゴミ袋2袋に入れ替えて持って行く。計4袋、180円なり。普通に7時台に起きてゴミに出せばタダなのだけれど、今の体調だととても起きられるとは思えない。

これで予定していた家事は粗方終えたわけだが、ゴミ処理場から帰宅するころにはすっかり具合が悪くなる。とにかく疲労感、倦怠感が半端ない。まるで腎臓を患っている人のように異様に疲れている。4時過ぎになり、あまりにも疲れ方が酷いのでソファに横になって本でも読もうとする。そこでふと例の漢方薬のことが気になって精神科に電話した。漢方薬を処方された翌日の月曜から体調が物凄く悪いのだがどうしたらいいか訊ねた。薬が合わなかったら飲まなくてもいいという無難な答えが返ってきた。結局どうしたらいいのかよく分からない。大体、薬が合わないだけにしては疲れ方が異常過ぎる。

このころにはすっかりただの具合の悪い人になっていて本すら読めず、呆然とひたすらソファで横になっていた。

すると、夢を見た。夢の中で弟に電話した。台所で、冷蔵庫の脇(実家の台所には存在しない場所)だけにライトが点っていた。突然、物凄くはっきりと弟の声が聞こえた。「試合中に話すなといったでしょ」こんなような言葉が電話を通しての声ではなく、リアルな声として聞こえた。

そこで目が覚めた。ああまだ生きていると思った。時計を見ると6時だった。今のは「ちょっとした危篤」のような状態だったように思えた。つまり、生死をさまよったような気がした。それで、最後に聞こえたのは母ではなく弟の声だったなと思った。

起きようとしたがいまだに身体が鉛のように重く、なかなか起きられなかった。ようやく起きて台所に移動するが、顔色を失っているのが自分でも分かる。具合が悪過ぎて食欲はまったくないが、何か食べなくてはと思い、レトルトのカレーでなんとか夕飯を済ませる。その際、考えた挙句に精神科から処方された方の漢方薬は飲まなかった。泌尿器科から出されている漢方薬の方は飲んだ(もう1ヵ月ぐらい飲んでいるので)。

しかしその後も体調は一向によくならず、精神科の漢方薬を飲まなければいいというわけではなさそうだった。あまりにも酷い疲労感。煙草を吸うと胸が痛くなる。自分がまるで幽霊にでもなったような気分だ。晩年の父がよく死ぬほどダルいと言っていたことを思い出す。父もこんな感じだったのだろうか。

ここまで体調が悪いと当然相場には手を出せない。青ざめた顔でネットでACLのガンバ大阪とFCソウルの試合を観戦。試合は宇佐美の2ゴールなどでガンバが3-1で勝った。何もしないでいるとひたすら具合が悪くなって気が滅入りそうなので、その後はちまちまとギターを弾いたりしてみる。実際、何もしないで寝ているよりはまだマシなのである。そのうち動悸が酷くなってくる。思いついて血圧を計ってみる。すると、先日精神科で計ったときもそうだったが、以前よりも20ぐらい高い。元々そんな高い方ではないので高血圧というほどのものではないが、動悸がするのはこの辺が関係あるのだろうか。

それにしても全身乳酸の塊のような異様な疲れ方、一体これは何なのだろう? 正直ここまでボロボロになるとどうしようもない。生きているのが不思議。

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田舎の夜

5月19日、火曜日。

昨夜何時に寝たのか記憶が定かでない。たぶん2時近かったと思うのだが。8時台に一度目が覚めるとなんだか寒い。見ると、掛布団がずり落ちていた。もしかしたらこれが体調不良の原因のひとつかとも一瞬思ったが、布団をかけ直すと今度は暑い。結局9時59分に起きた。

今朝は昨日までほどのダルさではなかったものの、どうやら寝過ぎで頭痛、朝からアドヴィルを飲む。昨日あまりにも調子が悪かったので、朝昼晩飲むことになっている新しく処方された漢方薬を昼飲まないで朝晩にしてみた。が、どこが違うのかいまひとつよく分からない。

午前中から相場のポジションを持ち、午後までポジションを増やすも含み損が膨らんで失敗したかもと思う。が、方向性は合っているという自信はあったので、正直気が気ではないが3時ごろに含み損に目をつむって母のところに面会に行く。母は表情は悪くないのだが、とにかく話がはずまない。母の記憶は大分怪しくなってきていて、そのせいか会話が上手くリンクしない。だんだん辛くなってきて40分ほどで切り上げる。

帰宅すると4時ごろ、果たして相場のポジションはまだ生き残っているかとチャートを見ると、ちょうどECB理事の発言でユーロドルが急落したところだった。そんなわけでラッキーと言えばラッキー、見立てが合っていたと言えば合っていたということで久々に大きく利食い出来てこのところのマイナス分を一気に取り戻すことが出来た。相場が一気に動いて決済してしまったことだし、本日はこれで手仕舞いとすることにする。とすると今度はなんだか手持無沙汰になる。

それに、夕方になってくるとまた体調が悪くなる。身体がやたらと重い。しょうがないのでソファに横になって本を読み始めたのだが、それもしんどいと思う始末。寝転がっていても落ち着かないのだからどうしようもない。

昼を2時ごろに食べたのに、毎日6時過ぎに夕飯を食べているせいで6時近くなると猛烈に腹が減ってくる。習慣というものは恐ろしいというか、こうなるともはや条件反射のようにも思える。腹は減るのに気分がすぐれないので食欲はないというジレンマ。実際何を食べてもあまり美味しいと思えない。胃の調子が悪いのだと思う。先日FXの業者がキャンペーンで大量に冷凍の餃子を送ってきたので餃子で夕飯を済ませたが、まだ190個もある。

体調もよろしくないし、相場もやらないとなると夜を持て余す。なんだかいろいろ不安になってくる。冷蔵庫の中身が心配になってきて閉店間際のスーパーに行ってジュースやレトルトのカレーなどを買ってくる。2巻目に突入した宮部みゆき「ソロモンの偽証」、読み終わったらどうしようと不安になり、確か町内に一軒だけの書店が10時まで営業と書いてあったので車で3巻目を買いに行く。つまり、超心配性の状態。

その足で、深夜まで営業している隣町のモスバーガーで本を読もうと行ってみる。すると、先日午後に来たときは喫煙席に僕以外の客はいなかったのに、夜の10時過ぎなのに僕の他に3人連れとカップルがいた。その3人連れの話し声があまりにもデカくてまったく本を読むのに集中出来ず。おまけに珈琲が恐ろしく不味い。これでは一体何のために来たのか分からない。気分転換になるかもと思ったのにかえって気持ち悪くなってしまった。煙草を1本だけ吸って帰宅。まあこんな田舎でも夜更かしの人が結構いることは分かった。

モスバーガーの珈琲があまりにも不味かったので帰宅後に風呂を沸かしながら紅茶を淹れて飲んだらさらに気分が悪くなった。紅茶を飲んで気分が悪くなるなんて本当に救いがない。どこかでけたたましいバイクのマフラーの音がする。田舎の一人暴走族か。こんなゴーストタウンのように静まり返った田舎の夜に走って何が面白いのだろうか。

風呂から上がると固定電話が一瞬鳴って切れた。いまだにワン切りなどというものがあるのか。と思ったらまた鳴って切れた。奇妙な夜だ。

真面目な話、体調さえよければなあと思う。どこをどう改善すればいいのかいまひとつ分からない。禁煙ぐらいしかないのか。しかし、今は煙草を吸うぐらいしか楽しみがない。実際問題としては体調が悪いので吸っても美味しくないのだが。

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悪心

5月18日、月曜日。

今日は調子が悪くてどうにもならない。例によって朝起きたときからダルかったけれど、朝食後トイレでパニックの発作を起こすなど、精神的にもボロボロ。

それでも午後、なんとか裏の老人の葬儀に出席はした。葬儀は1時間ほどで終わったのだが、帰宅後猛烈に気分が悪くなり、3時から4時までソファで横になる。少しはうとうとしたのかもしれないが、とにかく気分が悪くてどうにもならなかった。相場の指値が成立する音が聞こえてようやく起きるが、その後も気分の悪さは治まらず。気持ち悪くて食欲もないし夕飯を作る気力もなかったが、なんとか缶詰で夕飯を済ませる。

気持ち悪いのを我慢してへろへろになりながら夜まで相場。しかしながら今日は最初の見立てが間違っていたし、途中から方向転換したもののストップを食らい過ぎたしいまひとつ我慢も効かず、一敗地に塗れる。というか、今日みたいに体調が悪いときはやらない方がいいと改めて思う。ソファで横になる前に指値を外しておくべきだった。

それにしてもいまだに気分が悪い。今日2錠目の安定剤を飲んではみたが。どうして今日はこんなに具合が悪くなったのか、葬儀の疲れがどっと出たのか、それとも昨日から飲み始めた漢方薬が合わないのか、よく分からない。葬式から帰った後は人間として使いものにならなかった。正直、この調子では食事も摂れなくなってしまうのではないかという危機感を覚えたほど。

前述のように精神状態が酷かったので、今日はストレスを軽減しようと煙草を何本吸ってもいいことにしようと思ったので本数が増えてしまったが、体調が悪いと煙草を吸っても美味しくないし、吸うとさらに体調が悪くなるという悪循環を起こしたかもしれない。ともあれ、ここまで調子が悪いとどうしようもない。お手上げ。

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