衣替え

4月27日、月曜日。

二度寝を試みたが上手くいかず、7時半過ぎには起きてしまった。このところの習いからいくと若干睡眠が足りない。早起きしても最近は午前中を持て余すのでもう少し寝たかったのだけれど。

先週末から持ち越した相場のポジションが気が気じゃない。朝の時点では結構な含み損になっているのでしばらく様子を見なければならず、ずっとチャートを見ているのにも耐えられなくなって業務に行ってしまった。しかしやはり相場が気になって午後早々には切り上げて帰宅。しかしながらなかなか思うように行かない。そうこうしているうちに母のいる特養から携帯に電話があり、今日の午前中に入浴させたところ、入浴後に返事が覚束なくなり具合が悪くなったということ。その後回復して昼食も摂り、今は普通になっているというのだがやはり心配である。ところが2時ごろになって睡眠不足から眠気が酷くなり、少しだけ昼寝しようとソファで毛布を被ったのだが上手く眠れないどころか恐怖の発作を起こしてパニクって起きた。しょうがないので安定剤を1錠飲む。まだ落ち着かないけれど、3時ごろに母の様子を見に行く。

部屋に行くと母はどうやらうとうとしていたようである。起こしてしまったけれど普通に話をするし起き上がることも出来る。母にどうしたのか訊ねてみるがどうも要領を得ない。看護師がやってきてどうやらのぼせたか血圧が下がったようだという話だが、実際に何が起こったのかは結局よく分からなかった。母の様子から見るとそれほど大事ではなさそうだが、心配なことは心配。一昨年のように意識を失ったわけではなさそうだが。

母のところから帰宅後、夕方になってようやっと若干プラス(ほぼ同値)になったところで相場は逃げる。週末からずっと気になってしょうがなかったので損失を免れただけでも有難いとしなければ。

夜はhuluでドラマ「Utopia ―ユートピア―」の3話を見たが、たかが45分ぐらいのドラマを一気に見る集中力もない。情けない。相場のポジションをスクエア(手仕舞い)にして気が抜けたのか、なんだか何もする気になれず早めに風呂に入った。なんだか意に反してだんだん早寝早起きに向かっているような気がしないでもない。風呂上りにバスローブを羽織ると暑いし、冬用のモコモコしたスリッパでももう暑い。パジャマも作務衣に替える。なんだか感覚的には一気に夏になったような感じだ。ようやくここに至って衣替えの季節になったよう。

今日は思いの外早起きしてしまったこともあって煙草が増えた。ここまでで17本。夜になって喉がいがらっぽくて吸えない感じにはなっているのだが、どうも煙草を吸っても吸った感じがせず、それで吸いたくなってしまうというのはある。

一日の大半を何をしたらいいのか頭を悩ませる傾向が続き、考えてみるとロクに仕事をしていないことに気づいたのでもう眠くなってはいるのだけれどまた相場のポジションを取った。なんか気がつくと夜更かしもあまり効かなくなっているような気がする。

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日曜日

4月26日、日曜日。

9時ごろ起床。だったような。午前中は書斎や台所を片づける。

午後、酒田から帰京する学生時代の同級生のOさんが最寄り駅に立ち寄るというので隣町のサイゼリヤでお茶をした。家にいると涼しいので気づかなかったが、外に出ると日中はやたらと暑かった。何しろOさんと会うのは学生時代以来約35年振り、それでなくても最近は母以外の人と話す機会があまりないので緊張してしまい、気がつくと僕ばかり喋っていたような気がする。どうもこのところ人に会うのに慣れていないというか。話し込んでいるうちに、事前に新幹線の時間をチェックしてプリントアウトしていたにも関わらず、時間に間に合わず逃してしまう。幸い、すぐに在来線の山形行きがあり、それほど待たずに山形始発の新幹線に乗れることが判明。おみやげまでもらって恐縮。なんていうか、以前は人と会って話をするのにもっとリラックス出来ていたような気がするのだが、どうも田舎に帰ってきて以来、以前作詞講座の生徒と会ったときもそうだったが人と会うと妙にテンパってしまいリラックス出来ない。なんていうか、余裕がない。人間嫌いになったというわけではないと思うのだが、どうにも人付き合いが下手になってきているような気がしてならない。精神状態や体調がよろしくないということもあるのだろうけど、記憶力や頭の回転その他が劣化してきているのも要因のように思えて。

それにしても暑かった。夕食後母のところに行ってテレビを見ると今日の山形は24度弱、体感的にはもっと暑かったように思えるが。今日は母の好きな「花は咲く」をiPhoneに入れて聴かせた。最初食堂(ホール)のソファで話をしていたときの母は実に普通の表情に見えたのだけれど、部屋に連れていってベッドに寝かせてからは口数が少なくなり、僕が帰ろうとするころにはまた例の着るものが(「ない」と思えて)気になって困ったと言い始める。最近はこういう被害妄想は影を潜めていたと思っていたのだが、たかだか一時間ぐらいの間でも状態が変わる。まだ少々不安定。

母のところから帰宅後、夜になると日中あれだけクソ暑かったのにだんだん寒いと感じて(室温は18度とかあるのに)早めに風呂に入った。で、何もしていないうちに眠くなる。近ごろどういうわけか眠くなるのだけは早い。どうも精神状態が落ち着かず、10時ごろに久しぶりに安定剤を1錠飲んだがまったく効果なし。しばらく安定剤は飲んでいなかったのだが同じベンゾジアゼピン系の睡眠薬を毎晩飲んでいるせいで効かないのか。かといって2錠飲む気にもなれず。

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4月25日、土曜日。

結局昨夜は3時半就寝、10時近く起床。相場のポジションは持ち越してしまった。もう気が気ではない。

しばしばこの日記にも書いているように最近とみに視力が落ちた気がする。寝床で本を読んでいても字が追いにくいし、ちょっとでも暗いと本を読めない。おまけに近頃はテレビやPCの画面を見ていても目が悪くなったと感じる。たまにかすみ目みたいに感じる時もある。

高校のころの教師の一人が授業中に突然、禁煙することにしましたと話し始め、その理由というのが医者にこのまま煙草を吸い続けたら失明の恐れがあると言われたからというのが鮮明に記憶に残っていて、ちと大袈裟だがもしかしたら僕もこのままでは失明してしまうのではとときどき不安になる。父は白内障だったし弟と叔父は緑内障である。それに、年寄りくさいのだがここ最近車を運転していると気がつくと顎を上げていて首が疲れる。

というようなことがずうっと気になっていたので、町内に一軒しかない眼科が土曜も午前中だけはやっているということを調べて、昼前に行った。まずは視力検査。すると、予想外なことに普段PC用のつもりでかけている眼鏡(まあこれで運転もしているのだが)が本を読むには度が強過ぎると言われた。視力が落ちているどころかこの眼鏡で1.0は見えるというのだ。その後医師の診察を受けると病気はないと言われて一安心、近頃目が悪くなった感じがして云々、という話をすると疲れているせいではないですかと言われた。それでPC・読書用にもっと度が弱い眼鏡を作った方がいいと言われて処方箋を出してもらった。

そんなわけなので、本が読みにくいのは目が悪くなったというよりはむしろ眼鏡の度が強過ぎるからということが判明。

午後、処方箋を持って眼鏡を買いに行く。ちょうどドトールと同じ敷地内に眼鏡屋が出来たので。そこで眼鏡を購入、レンズが出来るのは一週間後とのこと。ついでにドトールで一服していくことに。カウンターの前で並んでいると、ちょうど僕の前に並んでいた若者がアイスコーヒーを頼んだのだが、ガムシロップはいらないが普通の砂糖が欲しいと言って砂糖を入れていた。一体何のこだわりがあってどういう意味があるのだろう。ともあれ、カフェラテを一杯飲んで少々本を読んで帰宅。

ポール・オースターを読むと先日書いたのだが、長編を読んだ後なので短い奴が読みたいと思って柳美里のエッセイ集「貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記」と、各方面で随分と話題になった米澤穂信の短編集「満願」を平行して読んでいた。で、「貧乏の神様」を読み終わったのだが、多重債務に陥り電話やインターネットは停められ水道などのライフラインまで停められる寸前の一文無し状態という困窮生活の話なのにどうにもシンパシーを感じなかった。これだけ金がないのに車はあるわ、温室はあるわ、子供はぶくぶくに太るわ、旅行に行くわ、同居している15歳年下の男性は仕事をしている気配がないわ、どうにも共感のしようがない。そもそもだらしがないというか、生き方が情緒的に過ぎる。なんだろうね、この人は。

母のところに行くと、昨日叔母がやってきたようでその話によると僕のかかりつけである歯医者(姉妹でやっている)の姉の方が亡くなったということを聞いてショックを受ける。僕よりも若いのに。膵臓がんだそうである。

昨日今日と娘さんの引っ越しの手伝いで酒田に来ているという大学の同級生であるOさんに夜電話してみた。もう東京に帰ったのかと思ったらまだ酒田にいて、明日帰りがけにデート(のようなもの)をすることに急遽決定。少々緊張してしまう。何しろ会うのは30年振りである。そういえば高校生のころ、生まれて初めて喫茶店でデートしたときに緊張のあまり煙草を1時間で10本ぐらい吸った記憶があって、たぶんこれは実際のところは5本ぐらいなのだろうが(もし1時間に10本も吸ったら気持ち悪くて具合が悪くなる筈である)そんなことを懐かしく思い出す。

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失敗

4月24日、金曜日。

今日は終日相場に振り回され、煙草が増えた。というか、いまだに振り回されているので今日の日記は休もうかと思ったぐらい。ツイッターのタイムラインを読む余裕すらない。なので簡潔に済ませる。

どういうわけか7時半ごろに起きたのでゴミを出す。午前中2時間昼寝、しかしよく眠れなかった。午後は草取りを少々。その後は昨日から持ち越した相場のポジションにさらにポジションを積み重ね、収拾がつかなくなる。それでも奇跡的に何度か抜けるチャンスがあったのに欲をこいて二度三度と逃し、本当にどうにもならなくなった。今のところ含み損が大変なことになっていて、このまま週をまたぐしかなさそうだが生きた心地がしない。どうして素直に決済出来なかったのか、いまだに分からない。自分が信用出来なくなる。高い勉強代になりそうだ。そんなわけで、煙草もまた20本に戻りそう。踏んだり蹴ったり。頭痛がしてきた。

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散歩疲れ

4月23日、木曜日。

今日は山形でも24度まで気温が上がったらしく、日中とにかく暑かった。

午後業務から帰宅後、散歩に行くか草取りをするか母のところに行くか迷ったけれど、結局散歩に行くことにした。今日は昨日と逆方向、最上川の堤防まで歩くことに。こっちの方向であればいつもならスーパーを通り過ぎて橋まで行って戻ってくるのが定石のコースなのだが、今日はもっと手前の道、うちの近所の裏手の道をまっすぐ堤防の方に歩いた。右手には母の入っている特養が見える。一本道を歩いて行くと、思いの外あっさりと、15分ほどで最上川の堤防に着いた。左手を見ると、いつも目標にしている橋が随分と遠くに見える。ひとまず橋を目指して堤防の上を歩く。確かに暑いのだけれど堤防の上は風が強い。上空にはとんびが優雅に飛び、つばめが飛び交っている。20分ほど歩くと橋まで辿り着いた。そこで一服しようかと思ったが風も強いし座るところもないので、スーパーを目指す。途中、バス停があった。

bus

唖然。これで果たして交通手段と呼べるのだろうか。行ったっきり戻って来れないではないか。これって運行する意味があるのか。

それはともかく、堤防をぐるっと一回りした感じでようやくスーパーに辿り着く。ベンチで煙草を一服する。駐車場は風がなくアスファルトの照り返しが凄くて物凄く暑い。結局一時間ぶっ続けて歩いて疲労困憊する。今日はその後もこの散歩の疲れでへとへとになってしまったのだけれど、考えてみれば1時間半程度歩いただけ、この程度で半日へばるというのはちと尋常ではない体力のなさ。もしかしたらこれは生存するのに十分な体力とも言えないのではないだろうか、などと夜になって考える。まあだから体力をつけるために散歩しているのだけれど。

夕飯は作る気力がなくてラーメンの外食。そのまま母のところに行くものの、散歩の疲れが出て眠くなって困った。夜帰宅後も疲れは取れず、相場もやる気なし。で、昼はあんなに暑かったのに夜になって例によってやけに寒く感じる。室温を見ると19度もある。なのに一旦寒いと思うと止まらず、特に上半身が寒く感じてしょうがない。それで結局いつもよりも早めに風呂に入った。いつもの習いで入浴後はむしろ暑いと思う。一体全体、風呂に入る前の寒い寒いと言っていたのはなんなのだろうと首を傾げる。

そういえば今日はとうとう誓いを破ってしまった。業務で煙草に交換してしまったのである。これでまた禁煙が遠ざかる。それにしても眠い。疲れ果てている。

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熱射

4月22日、水曜日。

この週末に町議会議員の選挙を控え、連日選挙の広報車が朝から晩まで町中を走り回り、名前を連呼してうるさいことこの上ない。こういうのって日本独自の文化(?)なんじゃないかなあと秘かに思い。

昨夜日記を書いたあと、うっかりしていて相場の指値が成立してしまい、しかも思惑とは逆に動いたのでプラスになるまでチャートと睨めっこをしてしまい、結局寝たのは3時だった。にも関わらず、前述のように朝っぱらから選挙カーががなりたてて起こされる。意地になって二度寝してなんとか10時近くまで寝た。それにしても8時過ぎから広報車で名前を連呼するというのは本当に安眠妨害。いい加減にして欲しい。皆同じリズムで生活しているわけではないのだ。

好天。予報通り、日中は気温が上がり暑いくらい。窓を開けた方が暖かいことに気づき、いい季節になったと思う。午前中は昨日の続きで庭の草取りをしてみるものの、今日もたかが25分ばかりの草取りですっかりへばる。

それにしても絶好の散歩日和、なので昼食後に散歩に出る。川沿いを辿って山の麓の地区までぐるりと回ってくるというコース。歩き始めるとホントに暑い。ヨットパーカーを脱ぎ、セーターの袖をまくっても暑い。Tシャツ1枚になりたいくらいだった。

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さすがに片道45分の行程は現在の体力ではきつい。暑さもあってふらふらしながら山の麓の紅花資料館に辿り着く。売店のベンチで煙草を一服しようとすると、選挙の広報車の連中に占領されていた。どこを歩いても連中の声がつきまとう。しょうがないので駐車場の一角に腰を下ろして一服。この界隈は今が桜の見ごろだ。

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往復1時間半の散歩を終えてようやく帰宅。それにしてもなんという暑さ。異常に寒がりの僕でも暑い。

帰宅後に相場の指値が成立、方向性の読み自体は間違っていなかったものの、予想より動いたのでポジションが溜まってしまって気が気ではない。夕食後に例によって母のところに行き、夜になってようやくプラスに転じて決済したものの結果的にはチビってチキン、腹五分目ぐらいで決済したことになった。これだけビビるとなんかすっかり失敗したような気がしてしまうけれど、それなりにはプラスで利食い出来たのだからよしとしなければならないのだろう。しかしながらこんな風にチビっていると目標の1億までには何十年かかるか知れず、生きている間に到達出来ないなあと思う。

夜にはそれなりに涼しくなるものの、さすがに今日は暖房は入れず。というか、いらない。もうそろそろコタツを片づけてもよさそうだ。

本日の読書傾向。

というわけで柳美里の「貧乏の神様」に関しては文句たらたら、ブログやエッセイの寄せ集めなので好きなときに適当につまみ食い程度に読めばいい感じなので、ポール・オースター「オラクル・ナイト」を読むことにしようと思う。

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冷え性、体力

4月21日、火曜日。

午後、前立腺肥大で受診している泌尿器科。ようやく順番が回ってきて、最近体調が悪くて動悸がするのでこのところ薬飲むの止めてますだの、そういえば今日は朝からダルいだのと僕が説明していると、おもむろに医者が「寒がりですか?」と聞いてきたのでびっくりした。図星であるので。その、医者に行った2時過ぎは確かに暑かった。医者がそう言うのにはそれなりに訳があるわけで、恐らく僕の恰好が厚着だったのでないだろうかと思った。今日の僕の恰好はここ最近ずっと同じ、Tシャツに春物のセーター、その上にヨットパーカーである。その昔、大学に入学したばかりのころ、4月の僕の恰好といえば長袖のTシャツにGジャンだった。もちろん当時はまだ10代だったわけで体力も何も全然違うのだけれど、そんな風に言われてみれば確かに随分と厚着になったなあと思う。

結局医者は冷え性の人にも出す漢方薬(もちろん前立腺にも効く)を処方した。改めて、ああ俺は冷え性なのかと思った。

帰宅後、夕方になってずっとほったらかしだった庭をふと見ると、ここ最近の陽気で急に育ったのか雑草がそこら中に生えている。そこで、裏の方を中心に少々草取りをした。驚いたことにこのたかだか2・30分の草取りを終えて台所に戻ると膝ががくがくになった。驚異的な体力のなさである。その辺の老人よりも足腰が弱っている。少し真面目に考えなければならない。夕食後母のところに行ってやおら眠くなったのも草取りの疲れのせいかもしれず、そう考えると空恐ろしいほどの体力のなさである。

そんなわけで日中は暑いくらいだったのに、夜台所にいるとまた寒くなった。昨日と同じパターン。これはなんかの気のせいだと思って我慢していたのだが寒くてしょうがない。書斎の室温を見に行くと16度、まあ寒く感じてもしょうがないのかなと思い結局暖房を入れたけれど、どうも特に下半身が冷えている気がする。暖房を入れるとそのうち暑くなる。それで風呂に入って上がるとまた闇雲に暑いと感じる。これはたぶんナイトガウン(バスローブ)のせいではないかなと思う。その証拠に、朝起きて2階から降りて朝食を摂っている間は寒いと感じない。ナイトガウンを羽織っているから。

それはともかく、母のところで明日の天気予報を見ると、明日は最高気温22度で最低気温3度だと。寒暖差が20度もある。これでは寒くなったり暑くなったりするのもしょうがないし、下手すると風邪をひいてしまう。日中22度もあるのに朝は霜が降りるなんて。

前述のように今日は朝起きたときからやけに身体がダルく、いつもよりさらに集中力がなかった。再読中の丸谷才一「たった一人の反乱」、もう少しで読み終わりそうなので一気に読んでしまおうと思っていたがどうにも集中力が続かず。相場もバイト代を利食いした程度。まあ確かにここんところの相場は難しいのだが。夜はドラマ「ユートピア」の2話の残りを見たり、いろんなことをちょこまかとやったに過ぎない。思うに、今日衝撃を受けた体力のなさが集中力の欠如にかなり影響しているのではないかと思う。かといって体力をつけるにはそれなりの集中力が必要な気もするし、複雑な気分だ。

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寒かったり暑かったり

4月20日、月曜日。

相変わらず体温調節がバカっぽい。午後業務から帰宅後雨が降ってきて寒い気がして暖房を入れた。すると、何故か途端に眠くなった。今日も9時近くに起きて7時間以上は寝ているのだが。なんか寒いし眠いしで久々に昼寝をかまそうとソファで毛布を被った。すると、胸が詰まる感じが気になって上手く眠れなかったのだが、毛布を被っても寒いのである。サーモスタットで暖房が停まるくらいだからそもそもそんなに室温が低いわけでもない。

それから夕食後母のところに行って戻ってくると今度は暑いと思った。それでヨットパーカーを脱いでしばらくするとまた寒いと思う。なのでまた暖房オン。訳が分からない。台所でOさんと少々長電話をして風呂に入ろうと書斎にパジャマを取りに行ってふと見ると室温は19度もある。で、風呂から上がるとまた暑いと思う。一体全体、僕の感覚はどうなっているのだろうか。なんでやたらと寒いと思うのか。かと思うと暑くなるのか。

確かに夕方昼寝をしようと思ったころは体調があまりよろしくなかった。このところ飲むのを止めていた前立腺肥大の薬を朝飲んだせいかもしれないと思う。それにしても、どうして寒いか暑いしかなくて、中間がないのだろうか。ちょうどいいがない。実際問題としてこれは実に不便だ。栄養が足りないとかそういう問題なのだろうか。それとも自律神経とかそっちの方なのか。どっちにしても、この時期にしては人より厚着をしている気はするのだが。

そんなわけで、どうも帰宅してからというもの、妙にバランスを崩した体感温度に振り回される。こういうのっていろいろとやる気が失せる。

煙草は昨日とうとう15本を超えて16本吸ってしまった。今の体調では吸い過ぎ。今日はここまで14本、たぶん寝る前にもう1本吸うだろうから15本になると思う。それぐらいが限度。机の引き出しの中に残っている煙草はあと14箱。予定通りであればあと2週間ほどで僕は禁煙することになるのだが、正直なところを言えば今ぐらいのペースで吸い続けたいという気持ちが非常に強い。悩む。どうなることやら。

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眼鏡

4月19日、日曜日。

それにしてもまったく皮肉なことに、「禁煙セラピー」を読んでからというもの、煙草が増える一方だ。これではそのうち元に戻ってしまう。というのも、「これだけ言われているにも関わらず煙草を吸うことを選ぶ」みたいなある種の開き直りのような状態に突入しているように思える。とはいうものの、身体の方は既に上限が出来上がっているようで、現時点で15本吸ってしまっているのだけれど、どうやらこの辺が限界のようである。これぐらいまで来ると自然にストップがかかる。

昨夜早く(1時ごろ)寝たのである程度早起きを覚悟していたのだが、三度寝ぐらいして9時近くまで寝た。8時間近く寝たことになる。朝食後、BSで田中将大が登板しているヤンキースの試合を途中から見た。今日は無失点の好投、7回の時点で9-0という大差がついてしまい田中はお役御免。

本日は午後に母を一時帰宅させるので、午前中は一階を一通り掃除した。すると、どこかでスウィッチが入ってしまい大掃除モードに突入、気がつくと台所をマニアックに掃除・片づけしていた。

2時に特養に母を迎えに行く。向かいの寺の桜がほぼ満開になったので母とぼんやり眺めた。天気予報では晴れとなっていたので今日一時帰宅の手続きを取ったのだが生憎の曇り空。寒くはないのだがもう少し暖かくなると思っていた。母を茶の間のコタツに座らせ、久しぶり(一昨年以来か)に眼鏡をかけさせると、途端にかつての母の顔に戻ったように見えた。実際母の表情はとてもよく、本当に昔に戻ったようだった。ここに写真を載せられないのが残念だ。ノートPCとスピーカーをコタツの上に持ってきて、母と一緒にモーツアルトやベートーベンやショパンを聴く。不思議に幸せな午後だった。いろんな時間が交錯する。母の胸に去来するかつての時間と、僕の胸に去来するかつての時間、それと今。

それから母を台所のテーブルに座らせて、紙を広げて筆ペンで何か書くように言った。すると、母は自分の名前を書いた。びっくりするぐらい達筆だった。それから僕と弟の名前を書いた。私の息子です、と。もう一枚の紙に父の戒名を書かせたが、僕が手本を書いているにも関わらず母はどうしても間違えてしまう。それに、字もどこか怪しくなる。不思議だ。

こうして3時間弱の静かな時間は過ぎ、母を特養に送っていく。眼鏡をどうしようか迷ったけれど、起きている間はいいのだが眼鏡をかけたまま寝てしまったりして壊すのもなんだし、このところはずっと眼鏡なしで普通に生活も出来ているので、持って行かないことにした。また一時帰宅したときにかけさせればいいかなと。母を特養に戻すのは正直心が痛む。一時帰宅させたことでまた誰かに何か言われるのではと心配にもなる。だが僕にとって母はひとりだけ、どこまでも特別扱いして当たり前だ。これからは暖かくなる一方なのだから、また一時帰宅させよう。また一緒に音楽を聴こう。

そんなわけで今日という一日は母と過ごしたのがすべて。

毎日同じ時間に夕飯を食べているので6時になると腹が空く。早い夕食後、そういえば冷蔵庫が空っぽなのでスーパーに買い物に行く。夜中に腹がまた減りそうだと思って、滅多に食べない焼き鳥を買ってきた。ところが帰宅後つい珈琲を淹れてしまい、ポテトチップスまで食べてしまったので焼き鳥を食べるタイミングを逸してしまった。大体に於いて、焼き鳥を食べるのに珈琲はないと思う。この辺は実に焼き鳥を食べ慣れていない。

今日は母を一時帰宅させた以外は掃除をしたぐらいでほぼ何もやっていないに等しいのだけれど、どこか夢のような一日でした。

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早起きという損

4月18日、土曜日。

どういうわけか、8時前に起きてしまった。確かに昨夜は僕にしては早め(1時半)に寝たのだが、なんで土曜日にこんなに早起きしてしまうのか、いまひとつよく分からない。これは午前中持て余すなあと思って、朝イチから業務に行ってしまった。ところが久々の不ヅキで散々。まったく、早起きはちっとも得ではない。今のところ。

帰宅後、例のiPhoneの入力がまともに出来ない件でアップルのサポートに電話。どうやらOSのアップデートが不完全だったようで、復元(再インストール)をしたらようやく直った。アップルは電話も割とすぐに繋がるし、最終的にはリモートを使ってやってくれるなど親切だった。ひとまず、まともに入力出来るようになったし、連絡先や写真、音楽も元に戻ったのでよしとせねば。

夕方Jリーグの試合を見ていたらまたちょっと具合が悪くなる。というか、眠かったのかもしれない。コタツでちょっとうとうとする。

夕食後母のところに行くと、母が涙目だったのでどうしたのだろうと思ったら、どうやらテーブルの向かい側に座る老婆に何か言われたらしい。何を言われたのかと訊ねると、はっきりしないのだがどうも僕が毎日来てプリンやら何やらを持ってくるのを批判されたようなことを言っていた。正直、僕の心中としてはその老婆に対して憎悪を覚える。母は被害妄想傾向にあるということもあるが、自分だけがデザートを食べているといったような、そういうことを元来気にするたちではある。実際のところ、母がなんと言われたのかは定かではない。その後は母は少し笑顔を覗かせたりしたので、単に今日は少し不安定だっただけなのかもしれない。

夜はJリーグの名古屋×清水の試合を見る。基本的には相変わらず終日煮詰まっている。何をしたらいいのか分からず途方に暮れる。

やっぱり煙草が増える傾向にある。もう既に今日も14本目。しかしながら、どうやら13本目辺りでキャパシティーは一杯になるらしく、14本目ともなると胸が詰まる感じがして実際不味い。だったら吸わなければいいという話なのだが。結局昨日読んだ「禁煙セラピー」はまったく役に立っていないようだ。いずれにせよ、このところの体調の悪さは煙草に起因しているのは間違いなさそうだ。しかしそれでも吸いたくなる。げに中毒の恐ろしさなり。

明日の日曜日、午後に母を一時帰宅させる予定。

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