日本×パレスチナ、4-0

1月12日、月曜日。

ふと気がつくと、今日は朝軽く雪かきをやって以来、一歩も外に出ていないのでどんな天気だったのかもよく分からない。雪は降っていなかったと思うが。なにしろ午後から茶の間に篭ってずっとサッカーを見ていたので。そういえば日本の試合が始まるころに傾いた日が眩しかった覚えがあるので晴れていたのかもしれない。

9時45分ごろに起床して、朝食後に前述のように軽く雪かきをしたが、午前中から乳酸が溜まっているようで疲れが抜けず。よって今日は雪下ろしは休み。午後からは高校サッカーの決勝、アジア杯の日本×パレスチナ戦、イラク×ヨルダンと、サッカーを3試合立て続けにひたすら見た。

というわけでアジア杯、日本の初戦であるパレスチナ戦、結果は4-0で大勝と言えなくもないが、内容的には不満が残った。大方の予想通りの先発で始まった前半はよかった。強風でやりにくそうではあったが、3点を取った前半だけみるとここまで見てきたアジア杯の他の試合に比べて日本のパスワーク、攻撃のスピードは群を抜いているように見えた。しかし後半遠藤が交代し、4点目を決めた後はペースが停滞。何も遠藤の交代がすべてだったわけではないと思うが、特に後半の後半は緩かった。本田が消えている時間も長かったし、パスが有機的に繋がらなくなった。結果論で言えば遠藤の代わりは清武ではなくて柴崎を試すべきだったと思う。いずれにしても力の差は歴然としていたので、4-0というスコアはむしろ物足りないくらいだった。初戦をきちんと勝ったということ自体は評価すべきだとは思うが。そのまま、次に対戦するイラクの試合をなんとなくではあるが見ていたが、ヨルダンとそれほど力の差はないようには見えた。どちらも今日のパレスチナよりはずっと強いけれど、普通にやれば勝てるだろう。それにしてもパレスチナ戦の2点目、香川の強いシュートをヘディングした岡崎の反応にはびっくりした。

相場は先週末に仕込んでおいた指値が朝PCを立ち上げてみると2つとも成立しており、読みも当たって後はどのタイミングで決済するかだけだった。結局夕食後に決済したのだが、結果的には絶妙なタイミング。楽に大勝してしまったのでその後はポジションを持たず。毎日こんな感じなら楽なのだが。

夜はhuluで「ニュー・シネマ・パラダイス」を見始めたのだが、このいろんな賞を受賞して評価も評判も高い映画、僕にはどこがいいのかさっぱりわからなかった。チープで安直に思われる演出、モリコーネの音楽もそれほどいいとは思えず。どうもこういう映画は僕には合わないようだ。というわけで3分の2ぐらい見たところでそれ以上見る気が失せる。

というわけで相場で楽をしてしまったせいもあるが、今日は一日サッカーを見て終わった印象。やっぱり日本代表の試合は面白い。しかしながら、後半精彩を欠いてしまったように、力を十分に発揮出来たときと出来ないときの落差がある。それは先だってのW杯の結果が示している。メンタルの部分なのかそれともコンディションの部分から来るのか。どんな相手と試合しても90分持てる力を存分に発揮することが今の日本代表の課題だと思う。

それはそうと、めんどくさいなあと思いながらも夜、風呂に入る前にちょこっとギターを弾いてみて衝撃を受けた。一番簡単なコードを教えるために開放弦を使ったオープンコードを試しに弾いてみたのだけれど、Cとか上手く弾けない。大ショック。まあフォークの人みたいに普段ローポジションのオープンコードなんか弾かないというせいもあるが、それにしても。これでは人に教えるなど到底無理、例の話はお断りしようと思う。そもそもうちにはアンプすらないので、ギターを教える環境が整っているとは言えない。正直、田舎に戻ってから友達とか知り合いがほとんどいないので話はしてみたかったんだけれど。これではとてもじゃないけど銭をもらって云々は無理。しかし、ここまで弾けなくなってるとは思わなかった。まあ毎日練習すればなんとかなるとは思うけれど、それでは逆に労力に見合わない。単純に銭を稼ぐだけであれば相場にもっと身を入れた方がいい。なんかちょっと残念な気がしないでもないが。しかししばらくサボってる間に想像以上に楽器弾けなくなってるなあと再認識。

なんか今日は一日煙草がおいしくなかった。それも残念。


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置いてきぼり、紀の国屋バンド

1月11日、日曜日。基本的には曇り、ときどき雪がちらつく。

置いてきぼり(置いてけぼり?)を食らう夢を二度見た。まず、就職出来ないという夢を見て8時半に目が覚めた。いつもより若干早く起きたせいか朝食後も生あくびが絶えない。それになんか体調が悪く、風邪でもひいたのかと思った。そういえば筋肉痛にはならなかった。これは予想外。午前中はずうっとダルくてあくびばかりしていた。蕎麦を茹でて昼食後、結局コタツで昼寝することに。すると母にどうやっても会えないという夢を見た。朝見た夢も昼見た夢も、どちらも置いてきぼりを食らって取り残されるという夢だ。実際に僕は大学を卒業するときに就職活動に取り残されたし、最後に勤めた会社を退職後に再就職しようとしてかなわなかったし、今現在母に面会出来ないし、そういった意味では2つの夢どちらも現実に沿った夢ではあった。いろんな意味で、僕は「現実に」取り残されつつある。

今日は注文していた紀の国屋バンドのアルバム、「STREET SENSATION」が届いた。PCにインポートして久しぶりに通して聴くと物凄く懐かしい。そこには70年代の終わり、ちょうど学生だったころの空気があって、ちょっと息苦しくなるほど切なくなるような感じがする。それはたぶん、青春というものがあまりにも遥か遠い昔になってしまったからだと思う。それに、まるで自分がやっていたバンドであったかのような錯覚を覚えてしまうのだった。それぐらい自分と緊密なものを覚える。まるでこの音の中にあのころの自分がいるとでもいうような。2曲目の「グッドバイ・アゲイン」が好きだ。

”気の抜けたビールを一口飲んで あなたの寝顔をもう一度確かめる”

まあ僕はビールが飲めないんだけど。いずれにしても、あのころの自分はこんな風だったなあという気がする。学生時代に住んでいた高円寺のボロいアパート、湘南の友人たちと徘徊した夜の青山。薄暗いアパートの廊下に座り込んで、共用の電話でレミと長電話したこと。ヨウタロウの母校である鎌倉高校の文化祭に出たこと。何もかもが輝いて、まだ何もかもが惨めだなんて思わなかった。学生時代特有の安っぽいセンチメンタリズムさえどこか甘いものに思えていた。僕にはまだ夢も希望もあった。ギターのカッティングひとつにも希望があった。そんな時代が聞こえてくる。

アナログでいうB面はライブになっている。

これ以外でも大貫妙子のカバー「A.M.4:00」、サム・クックのカバー「ユー・センド・ミー」、おおたか静流がまだ大高静子だったころの曲「Hangin’ Around」、どの曲にも思い入れがあり、そのどれもがまだ二十歳だったころの自分を、あの時代を投影しているように思えるのだった。本当に、ただ自分が若かったというだけではなくて、今思うと胸が詰まるようないい時代だったなと思う。僕はいつも何かを夢見て、いつも恋をしていた。まだバブルの喧騒も、携帯もスマホもインターネットも、巨大地震も原発事故もなかった。あのころの日本はとてもいい国だったのだ、まだ。僕も父も母も弟も友人たちも、みんな若かった。僕らにはまだ未来があり、そこで呼吸していた。

ときどき、どうしてこうなっちまったんだろうと思うよ。

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午後は昨日の続きでガレージの雪下ろしをした。小一時間、正確には50分。昨日の日記には6・70cmと書いたけれど、今日改めて見るとどうやら7・80cmは積もっているようだった。少しは慣れて、昨日よりは多少要領はよくなったと思うのだけれど、何しろ雪が多くてまだ半分にも満たない。だが体力的にはこれぐらいが一杯一杯。へとへとだ。

夕方、飲み物が切れたのでスーパーに買い物に行こうとしたら車のエンジンがかからない。唖然。確かにここのところエンジンのかかりは悪かったが、どうやらバッテリーが上がったようだ。反射的にまずJAFに電話してみた。車のトラブル=JAFみたいな意識があって。ところがやたらと高い。工賃だけで1万2千いくら、プラスバッテリー代ということだった。そこで一旦ペンディングにして電話を切り、ディーラーに電話してみたところ、バッテリー代の6980円だけでよく、交換に来てくれるという。最初からディーラーに電話すればよかった。何しろ田舎に帰るまで中古の車しか乗ったことがなく、ディーラーとは縁がなかったので慣れがない。40分ほどで隣町からディーラーの営業がやってきてバッテリーを交換してくれて、無事エンジンがかかるようになった。やれやれ。

夕食後はBSでアジア杯のイラン×バーレーンを見る。バーレーンはボールコントロールが甘く、かつて日本を苦しめた姿はなかった。14番の選手はいい選手だったけど。イランも結果的には2-0で勝ったけれど、優勝候補と言われるほどの強さは感じなかった。これならオーストラリアの方がいいチームだと思う。とにかく中東のチームはすぐ大袈裟に倒れるのでサッカーとしては退屈なサッカーだ。韓国の人がイランのサッカーをベッドサッカーと揶揄するのも分かる気がする。

サッカーを見た後、ようやく直った車でスーパーに買い出しに出かける。帰宅後はなんとなくテレビを見て(これはこれで珍しいことだけれど)夜が更ける。昼間の雪下ろしがじわじわと効いてきて、疲れて本を読む気にもなかなかなれなかった。ここ数日は映画を見るという頭にもならない。

ふと来週の土曜日のことを思い出し、ギターの練習をせねばと思うのだがどうにも面倒に思えて明日でいいかと。考えれば考えるほど、超初心者でしかも知的障害のある人にギターを教えるのは途轍もなく面倒なことに思えてくる。ちと途方に暮れる。着地点がまったく見えて来ない。音楽理論抜きでギターを教えるというのは物凄く大変なのでは、と心配になってくる。考えると憂鬱になってくるので、土曜日まで考えないことにしよう。


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初めての雪下ろし、犯罪

1月10日、土曜日。

足に来ている。たぶん明日の朝起きると、足だけではなく全身筋肉痛だと思う。というのも、田舎の実家に戻って初めて(もしかしたら生まれて初めてかもしれない)雪下ろしをしたからである。

今日は青空が覗いて晴れてるなと思うと吹雪いたり、猫の目のように天気が変わった。日中は例によって台所で本を読んでいた。午後になって、ふと窓の外を見るとこの数か月留守であると思われる、普段は老婆が一人暮らししている裏のプレハブの平屋の屋根に親族かボランティアと思われる男性が上って雪下ろしをしていた。このプレハブの家は屋根から落ちた雪で玄関がほとんど雪で埋まっている。確か母と同い年だったと思う老婆は猫と暮らしていたのだが最近はまったく姿を見せず夜も電気が点いていないので、どこかの施設にでも入ったのだろうと思っていた。最近はすっかり空家の体を成していた。そこですら雪下ろしをやっているということにいささかショックを受けた。ということは、この界隈で雪下ろしをしていないのはうちぐらいなのではないだろうかという疑念が湧いた。さすがにやらないとまずいのではと思う。

そんなわけで外に出て梯子を探したが見つからず、梯子ぐらいある大きな脚立があったのでそれを運んで一番雪が積もっていると思われるガレージの屋根に立てかけて上ってみた。すると、雪が大変なことになっている。母屋はともかく、さほど頑丈な造りとも思えないガレージをこのまま放置しておくともしかして雪で潰れたりはしないだろうかと心配になり、とうとう雪下ろしをする決心をした。

最近窓から目撃したところを見ると、隣家とか近所ではスノーダンプとかジョンバといった効率のいいもので雪下ろしをしているようだが、うちにはそんなものはなくプラスティック製のシャベルしかない。なのでそれを持って恐る恐る屋根に上がり、雪下ろしを始めた。雪は60cm以上、もしかしたら70cmぐらい積もっていてしかも湿っていて重い。なので、想像以上に重労働だった。自分では一生懸命やっているつもりなのだが何しろ雪が多くてなかなか捗らない。最近の極度の体力のなさ故に始めてすぐにへばりかける。そこをぐっとこらえてしばらくせっせと雪下ろし(というよりもむしろ、屋根の上で雪かきをしているようなものだった)をしたものの、4分の1ほどで燃料切れでギブアップ。高所恐怖症の僕ではあるが、屋根の上での作業よりもむしろ梯子代わりの脚立を降りるときが一番怖かった。

たかだか車庫の4分の1しか雪下ろし出来なかったのだが、前後に煙草を吸った時間から察するに小一時間は作業していたようだ。それにとにかく雪が重かった。こんな重労働というか運動をしたのは近年記憶にない。そんなわけだからとにかくへばった。足ががくがくになった。もしも僕が昔の強制労働を強いられる囚人や奴隷だったとしたら、真っ先に倒れて過労死していることだろう。そんなわけなので本日は疲労困憊。

晴れ間を見て雪下ろしをしたのだが、終わって台所で煙草を一服していると外はまた吹雪いていた。どうやらタイミングとしてはよかったっぽい。

そろそろ夕飯を作ろうかと思っていると6時過ぎに携帯が鳴った。見ると、見知らぬ番号だ。出てみると、女性の声でネットで見たのですがという。何かと思ったら、例の通信作詞講座を地域別の音楽教室サイトに登録しておいたのを見たらしく、息子さんにギターを教えて欲しいとのことだった。話を聞いてみると隣町の人だった。もちろん教えるのはやぶさかではないのだが、問題はこの息子さんというのが譜面をまったく読めないのはもとより、軽度の知的障害があるということだった。なので、教えるとしたら本当に基礎の基礎、ゼロからということになるだろう。これはいささか大変かも知れないなと頭の片隅をよぎったけれど、とにかく来週の土曜日に一度来てもらうことにした。お母さんが車で連れてくるということだった。いろいろと頭でカリキュラムをシミュレーションしてみるものの、理解度をどんどん下げていくと切りがなく、これは案外難しいかもしれないなと思う。ともあれ、一度話をしてみることだ。いずれにしても、これは僕にギターの練習をしろということであり、書斎を片づけろということなのかなと。

夕食後はBSで高梨沙羅が優勝したジャンプのW杯を見た。好調時の高梨は一人だけ次元の違う強さだった。

というわけでフォン・シーラッハ「犯罪」読了。ツイートを引用すると、

ということに尽きるのだが、極限まで無駄を削ぎ落とした語り口なので一編一編が短く、とても読みやすかった。人は何故犯罪を犯すのか、という根源的な問いの背景にそうした人間そのもの、そういった人たちの人生そのものが感傷的ではない文体によって(しかしなんらかの愛情すら持って)描かれていて感銘を受ける。いわゆるエンターテインメントとしての通り一遍のミステリーでもなく、深刻で陰鬱な純文学でもない。かといってただのドキュメンタリーというわけでもない。作者が有能な刑事弁護士であることから、すべて実話に基づいていることにも説得力があるし、ミニマリズムに徹した音楽を聴いているような斬新でとても新鮮な短編集だった。乾いた筆致がとにかく印象的。あらゆる人に薦めたい。ツイートにもあるように次作の短編集「罪悪」も早速アマゾンに注文した。


犯罪

今日で母のところに行かないのはもう4日目、何かがぽっかりと抜け落ちている感じが抜けず、いまだに慣れない。昨日弟から電話があって、特養で流行っているのは風邪ではなくインフルエンザらしい。いずれにしても早くまた面会出来るようになってもらわないと、どうにも気分的に落ち着かない。

それにしても今日は疲れた。明日も雪下ろしの続きをやるつもりではある。いい運動になるし。

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充たされざる者

1月9日、金曜日。

曇りときどき晴れ。雪はほとんど降らず。

9時過ぎ起床。日中業務。夕方歯医者。夜BSで今日から開幕したアジア杯初戦、オーストラリア×クウェート。その後読書。

という具合に、日記なんてその気になれば1行か2行で収まる。つまり一ヵ月は30行から62行で収まることになる。常日頃の僕の日記はいささか長過ぎるのではないかと思う。だがしかし、人間の記憶というのは実にいい加減なものだから、後で検索をかけられるようにある程度は具体的に書く必要はあるのだった。

本日から始まったアジア杯、4-1というスコアが示すようにオーストラリアは確かに以前よりも強くなった(よりパスを回せるようになった)ように見えたが、それ以上にクウェートが弱かった印象。しかしやっぱりアジア杯って案外と面白い。たかがアジアだけの大会と侮れない。日本とてそう易々と勝てないし、ましてやそう簡単に優勝できるものでもない。だからこそ見ていて面白い。

カズオ・イシグロ「充たされざる者」読了。しかし長い小説だった。上下巻とかじゃないのにこれだけ長いとは。しかもそれが正味たかだか3日間ぐらいの話なのだ。それだけこの小説は寄り道が多い。というよりも寄り道自体がすべてと言ってもいいぐらいだ。一番の特徴は整合性とリアリティを無視しているところ。そもそも語り手である主人公の記憶自体が混濁している。時間はまるで相対性理論のように伸び縮みする。いや、どちらかというとひたすら伸びる。たかが2階までエレベーターで上がる間に果てしない長い会話がなされたりする。主人公が何かをしようとするたびに不意に誰かが介在し、主人公が口を開こうとするとそれを許さないように誰も彼もが長広舌をふるう。ともすると主人公の優柔不断さにいらいらする。ひたすら誰かの邪魔が入る。この小説自体がそういった邪魔や寄り道が目的であるかのようだ。話の方向性自体が意図的に曖昧であり明確なベクトルを持たない。それは主人公と登場人物の関係性もそうだ。作者は意図的に辻褄の合わない人間関係を描いている。入れ替わり立ち代わり登場してくる人たちは点として現れて一本の線としては結びつかない。これらは不条理を描く典型的な手法とも言えるが、いまさらながらカフカの偉大さを改めて感じる。このやたらと長い小説を読んでいる間、ずうっと主人公とともにいらいらしているわけで、ストーリーはどこにも帰結せず何も解決しないのだが、何故か最後に奇妙な安堵感を覚える。不思議な小説だ。


充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)

今日は夜に米の雇用統計があったのだが本日は傍観。つまり、分からなかった。それに週末だからポジションを持ち越すのも怖いし。結果は現時点でブレただけ、確たる方向性は出ていない。無理して手を出さなくて正解だったか。

気がつくと明日から3連休、いつもなら憂鬱になるところだが幸いにしてアジア杯が始まり、明後日は日本とパレスチナの試合があるので助かる。しかし業務は今日も無駄骨に終わったがホントにただの時間潰しにしかならない現状。かといって日中自宅に篭ると煮詰まるし、困ったものである。最近体力、とみに足腰があからさまに弱っているので夜階段の昇降をしたが、ちょっとやっただけで物凄くへばる。まさに後期高齢者並みの体力。これは少し続けないと。

と、こんなことを書いている間にもパリでは新聞社を襲撃した犯人とその関係者が2か所で人質を取り立て籠もっていて剣呑なことになっている。


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困惑と回顧

1月8日、木曜日。

風呂に入ろうと靴下を脱いだら、足首に近い左足の内側がべろっと皮が剥けていて焦る。確かに昨夜痒くて掻いたら血が出たところだが。

9時半近くに起きた。雪は降っていなかったが、案の定除雪車が入った。なので朝食後に雪かきも、夜の間は積もらなかったようで最小限で済んだ。今日は雪がちらついたりもしたが基本的には晴れている時間の方が長く、日中も積もらず。

午後、日が照ってきたので窓際の一人掛けのソファで本を読んでいたのだが、何故か煮詰まって集中力が異様になくなり、本を読むのが辛くなる。読んではページを閉じ、ということの繰り返し。なんでこんなに煮詰まるのだろうといぶかしく思ったがどうにも読書に集中出来ないので洗濯をしたりトイレの掃除をしたりする。

夕方から夜は相場。失敗した部分もあって妙に夜中になってから苦労したりもしたが、その前に十分に利食い出来ていたので結果オーライ。

母のところに2日続けて行かないというのはどうにも気持ちが落ち着かない。煙草の本数が増える。

今日はCDを1枚注文した。ふと思い出して紀の国屋バンドをググってみたら、驚いたことにデビューアルバム「STREET SENSATION」がタワーレコードでCD化されていた。以前カセットで持っていたのだけれど引っ越しを繰り返しているうちにカセットは全部捨ててしまっていた。この紀の国屋バンドというのは、デビューアルバム1枚だけ出してまったく売れなかったのだがそのデビューアルバムが素晴らしい出来。なんでこんなマイナーなバンドを知っているかというと、ベース(現キーボード、アレンジャー)のヨウタロウの中学の同級生であるアレンジャーの清水信之のデビュー作(キーボードで参加)であったから。ヨウタロウにカセットにダビングしてもらって持っていたのだった。このアルバム、個人的に思い入れのある曲が一杯あるので買わずにはいられなかった。紀の国屋バンドというバンド名の由来はバンドリーダーであるギターの実家が紀の国屋という旅館であることから。大分前になるがたまたまテレビで旅だかグルメだかの番組を見ていたら楽器をやる旅館の亭主ということで彼が登場して驚いた覚えがある。どうやら実家の旅館を継いだようだ。

で、さらに驚いたことに学生時代の同級生で僕と一緒にやっていた小山水城のデビューアルバム「ANGEL’S DREAM」までタワーレコード限定でCD化されていた。デビューアルバムと言っても彼女もアルバム1枚しか出していないのだが。このアルバムはたまたま新川がプロデュースしていて、このレコーディングが終わった直後から僕は新川のマネージャーになった。いわば入れ替わる形だがまったくもって奇遇だ。水城とはクラスもサークルも違うしそもそも顔見知りですらなかったのだが、どういう経緯か忘れてしまったけれど(大方僕のバンドのライブを見たのだろう)人づてに頼まれてギターを弾くことになり、高田馬場の早稲田に行ってリハーサルをしたりしたものだった。彼女はデビュー後「あぶない刑事」のサントラで何曲か歌っていたりしたが、その後いつの間にかいなくなり、イタリア人と結婚したらしいという噂が聞こえてきたのが最後。今はどうしているのだろうか。このアルバムは出来がいいとは言えず、1曲だけ筒美京平の曲でいい曲があるのだがYouTubeにアップされているのでそれで十分。

これ↓


「彼にはかなわない」作詞:川村真澄、作曲:筒美京平、編曲:新川博

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吹雪

1月7日、水曜日。

9時半起床。起きたら外は猛吹雪だった。昨夜寝床に就くころには風の音が轟々と凄かったので予想はしていたが。不思議なことに除雪車は出ておらず。朝食後に1回目の雪かき。昼近くなって一旦晴れ間が覗いて雪が止んだのかなと思ったらまた吹雪。そんなわけで外は雪の世界、家に閉じ籠る。台所の窓から見ると、燐家では吹雪の中屋根の雪下ろしを延々としていて、うちもしなければならないのかなあと思うものの、そんな体力もないしそもそも僕は高所恐怖症なので無理と諦める。だがガレージの屋根には結構な雪が積もっている。4時ごろに2回目の雪かき。その時点までで積もった雪はトータルで25cmから30cmぐらいか。道はすっかり雪に覆われた圧雪路、今日は母のところに行くのはやめておいた方がいいかなと悩んでいたら、夕食時に特養から携帯に電話、風邪が流行っているので母への面会を控えて欲しいとのことだった。いつまでというのがはっきりしないので精神的には辛いものがある。しかし考えてみれば一昨年、母が精神病院に入院していたときはノロウイルスで10日ぐらい面会出来なかったときがあった。

日中は本を読んで過ごし、午後にまた強烈な眠気が襲ってきてテーブルに突っ伏して寝たり。あと、漆喰の壁の汚れが目立つところを掃除したり。カズオ・イシグロ「充たされざる者」は600ページまで読んだがまだあと300ページ以上ある。長い。

夜はBSで前回2011年のアジア杯決勝、対オーストラリア戦の再放送があったので見る。改めて見るとこの試合、川島がファインセーブを連発していた。李の決勝ゴールとなったボレーシュートは何度見ても見事。で、4年前ということでみんな若い。岡崎はまだ髪がふさふさしていた。4年経つとみんな老けるものなのだなあなどと当たり前のことを思う。今年のアジア杯は明後日の金曜から開幕、楽しみだ。なんか日本代表は前回からあまりメンバー変わってないが。

相場は昨夜日記を書いた後、深夜に指値が絶妙なところで成立、今日の夜まで引っ張って昨日までの損失分をほぼ取り戻す。ただ、ポジションを決済して明日からが難しくなった。今にして思えばもう少し多めにポジションを持っていればよかった。

それにしても今日の日中の雪の降り方は凄かった。窓外を雪が舞いながら埋め尽くしていた。これではとても出かける気にはなれない。今日外に出たのは雪かきしたときと郵便物をポストに出しに行ったときだけ。さすがに今夜は除雪車が出るのではないかと思う。

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奈落と救済

1月6日、火曜日。雨。雪は降らなかった。

1時半過ぎに寝て、7時20分にアラームをかけて起きた。燃えるゴミが2袋溜まっていたので出したかったのだ。無事ゴミは出すことが出来たものの、案の定眠い。PCを立ち上げてまず昨夜から持ち越した相場のポジションがまだ生き残っているかどうか確かめる。なんとか生き残っていた、と思った途端に目の前でみるみるうちに下がってストップを食らった。懲りずにまたポジションを取る。

そんなことをしているうちに朝食後眠気がどうしようもなくなり、例によって台所のテーブルに突っ伏して気がつくと1時間ほど寝てしまう。目が覚めて煙草を一服してみるが、眠気は一向に覚めるどころかますます眠くなり、書斎を暖めていたこともあり諦めて久々にソファで毛布を被って午前中一杯寝てしまう。

ところが今日はこれでも眠気は治まらず、午後になって相場のポジションを改めて取ったりしているうちに猛烈に眠くなりまたソファで気絶。こうなるともはや諦めの境地。夢を見ながらもうどうにでもなれという感じ。奈落にでも落ちたような原因不明の眠気だった。

こうして今日は午前中は全滅、午後も昼寝と日中はほぼ寝ていたようなもの。異様に寝てしまった。原因不明ではあるが無理やり原因を探ると考えられるのは2つ。

1)朝ゴミ袋を2つ(かなり重かった)抱えてゴミ置き場まで往復(ゴミ置き場は結構遠くて歩いて片道4分ぐらい)したことによる疲れ。まあにわかには信じ難いことではあるが、それぐらい今は体力がないし実際に疲れは感じてはいた。

2)朝から相場で大敗を食らったことによる脱力感。

こんなところか。まあ多少夜の睡眠時間がいつもより足りなかったというのはもちろんあっただろうが、それにしても寝過ぎ。

夕方になって相場が好転してなんとか大敗の半分ぐらいを取り戻す。その後母のところに。今日の母は調子が悪かった。虚ろな目をしてホールの一角をぼうっと見つめている。で、突然僕が疑われていると言い出す。なんのことかと思いきや、何かがなくなったという声が聞こえるのだと言う。どうやら幻聴があるようだ。何か物がなくなって、それが僕か母のどちらかが犯人だと誰かが言っているというのだ。これは統合失調症を発症したころの症状と同じで、発症したばかりのころは丸一日こういった「悪いこと」を言い続けていた。部屋に連れて行ってベッドに寝かせてテレビをつけると母はようやく落ち着いた。

帰宅して遅い夕飯を摂ろうとして、PCを見てびっくりした。ツイッターのTLに自分のアカウントで大量のスパムツイートが。どうやらアカウントを乗っ取られたらしい。慌ててアプリの連携を確認するがそれらしいものはない。ひとまずパスワードを変更した。以前グーグルとニコ動で不正ログインされたことがあり、そのときのパスワードと同じになっていたのでそれが原因っぽい。なので、ニコ動の連携を解除、それからツイートを削除したが、見るとリプライで全部のフォロワーとフォロー先にスパムツイートされていたのでそれをせっせと全部削除した。まったく疲れる。こういう、アカウントの乗っ取りとか不正ログインされたりすると極度にナーバスになるので精神的にへとへとになる。しばらく疑心暗鬼が消えない。

その後は相場でじたばたしてみるが、今日は相場が薄いのか振り回されただけに終わる。しかしながら大敗を免れたことは有難いと思わなければ。

何しろ日中ほとんど寝ていたので夜になるのが早い。気がつくともう夜も更けている。眠気と相場に振り回されて終わってしまった。とにかく意識のある時間が短かったので一日を無駄にした感凄い。かといってここでまた夜更かしするというのも気が進まない。いろんな意味で気分的に上下が激しい一日だった。うつ病の影響・病状もかなりあると思う。つくづく人間というのは気分と感情で生きていると思う。

そういえば今日はツイッターでたまたま流れてきた水木しげるの言葉に感銘を受けた。

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これはネガティブになりがちな自分にとって幾分かの救いになる言葉だ。特に「怠け者になりなさい」というのは随分と救いになる。「しないではいられないことを続けなさい」とか。僕の場合は「勝ち負けを目的にことを行ってはいけない」という辺りにバッティングしている感がしないでもないが。「好きの力を信じる」とか「努力は人を裏切る」(これは怠け者になりなさいに通じる)とか凄いなあと思う。「目に見えない世界を信じる」というのは漠然としてすぐには把握出来ないが、なんとなく希望を感じる。この「幸福の七ヶ条」、しばらく座右の名にしたいくらいだ。したいこと、好きなことだけやって怠け者でいていいなんて、なんて素晴らしい言葉なんだろう。

ところで、テレビの天気予報によると明日は猛吹雪になるというのだが……。


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うたかた

1月5日、月曜日。

最近日記のタイトルが全然思いつかない。もうタイトルつけるの止めようかなと検討中。何しろこれはただの日記であるから、いちいちタイトルをつける必要なんてそもそもない。タイトルに頭を悩ませるなんて馬鹿げているような気がする。

9時40分起床。日中は晴れていた。お蔭で朝雪かきをせずに済んだ。今日は灯油を配達にしに来る日で、何時ごろになるのか朝連絡が来ることになっていたのだが一向に電話がない。結局連絡がないまま昼近くになってやって来た。近隣で一番安いと思われる隣町のガソリンスタンドに初めて頼んだのだが今日また値下がりしたとのことで予想以上に安かった。去年の同時期、いつもの燃料店で入れたときと比べると同じ満タンにして感覚的に1万円ぐらい安くなった気がする。

ちと眠くなってきたから端折ろう。

昼過ぎから4時まで業務。何故か昨日よりも混んでいた。不思議だ。煙草銭を稼ぐ。晴れていたせいで大きな道路の雪は融けたが、うちの前の道路は変わらず。夕食後に母のところに。夜になって指値が成立したので相場。がしかし裏目って現時点で大敗が濃厚。どうやら今年の初相場は一敗地に塗れるようだ。それも惨敗っぽい。

というような一日だったが、気がつくと今日はまだ1ページも本を読んでいない。その代り山下敦広監督「苦役列車」を途中まで見たがどうにもピンと来ない。それにしてもなんでこんなに眠いのだろうか。昼寝していないからか。いずれにせよ明日の朝はゴミを出したいので、今夜は早めに床に就くことにしよう。


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呪い

1月4日、日曜日。

昨夜あれから寝る前に歯を磨いていたら、またもや差し歯が取れた。この2か月あまりでもう3本目だ。まさに立て続け。ショックで気絶しそうになる。これはなんかの呪いだろうかと思う。母がずっと歯のことを気にし続けている(今日も言っていた)のはこの日記にも書いてきたが、どうもそれが乗り移ってしまったような気になる。この10年ぐらい大丈夫だったものがなんでこうバタバタと取れてしまうのか。ドラムのミヤザワだったら原発による汚染がどうのと言うだろう。それにしても気味が悪い。次の歯医者の予約は再来週だけれど、明日電話してみようと思う。

三度寝ぐらいして8時半過ぎに起床。驚いたことに除雪車は出動しておらず、朝食後に軽い雪かきで済んだ。道路は皆雪で固まっているのだが、圧雪路になってしまうと除雪車を出しても無駄ということなのだろうか。今日は雪はちらちらと舞ったぐらい。

このところにしては早めに起きてしまったのだがどうも落ち着かない。何しろ寒い。なかなか台所が暖まらない。煙草ばかり吸ってしまう。なので、なんとなく11時ごろに業務に赴いてみる。思ったよりずっと空いていて、どうやら客離れはかなり深刻な模様。結果的には無駄足に終わる。

午後帰宅するとやっぱり寒いのでコタツで本を読むことにする。が、睡眠時間が多少足らないというせいもあってやはり気絶してしまう。それも二度。で、今日も二度目に絶望しパニックに陥る。去年の日記を読んでみると、やっぱり同じ日にパニクっている。これも呪いか。

母のところに行ってから、僕にしては遅い夕食を摂る。それから考えた挙句、園子温監督「ヒミズ」をhuluで見た。園子温の映画はいつも同じ役者を使って演劇的ではあるのだが、陰惨で救いがなく後味が悪いのでもう二度と見るのを止めようと思っていたのだけれど、何故見てみようと思ったのか。で、案の定嫌な話だなあ、見るんじゃなかったなあと思いながらも最後まで見ると、驚いたことにラストに希望があった。これにはちとびっくりした。しかし、未来とか夢とか希望とかある人が羨ましい。じゃあ僕にはそれらすべてがないのかというと、それがよく分からないのだ。もしかしたらうつ病のせいかも知れないのだけれど、絶望し悲観するのが習慣化してしまって、いつも自暴自棄寸前のところをうろうろしている。もちろん朝から晩までそうだというわけではないのだけれど、どうにもお気楽に生きる術を見失いつつある。

ときどき、遺書を書いておいた方がいいかなとか考える。それぐらい悲観的だ。僕はまだ老人ではないけれど、自分が人生のどの辺にいるのか分からなくなっている。この何年かで僕はあまりにもいろんなものを失い過ぎた。だからこの先も失い続けるのではないかという嫌な感じが抜けない。何かを得るという感覚よりも何かを失うという感覚の方が遥かに強い。もちろん多少なりともちょっとずつ何かを得ているのだろうけど、それよりも失うものの方が遥かに多いような気がする。これもまた呪いのようなものだ。

年も改まったことだし、そろそろ呪縛から抜け出てもいいような気もするのだが。


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Snow

1月3日、土曜日。

snow3

とうとうやってきた、大雪。朝起きてみると物凄い勢いで降っていた。もちろん朝食後に雪かき。15cmから20cmぐらい積もっていた。それでも降り始めたのは朝方らしく、夜中に除雪車がどけた形跡はなかった。除雪車が出動していたらもっと大変だ。しかし、降り方が凄いので雪かきが終わったと思ったらもう積もってるという具合。夕方に小止みになったので二度目の雪かき。日中はあのまま降り続けていたら一体どれぐらい積もるのだろうという降り方だったが。しかし今夜(明け方)は間違いなく除雪車が出るだろうから、明日の朝の雪かきが大変なのは決定事項。

道という道は雪に埋もれ圧雪路となり凍結して危ないことこの上ない。

午前中に電話があって昼食時に弟が仙台からやって来た。当初は家族で来て泊まるものと思っていたのだが、弟は一人で来て1時間もいなかった。そのまま母のところに寄って仙台に帰っていった。弟の話によると母のところに行く途中の交差点付近で滑って危うく事故を起こしそうになったということ。前述のように道路はがちがちに凍っているので、夕飯前に母のところに往復するのにもかなり運転に気を使う。たかだか片道3・4分の距離なのに。もう恐る恐る。このころはもう雪は止んでいたが、そこらじゅう真っ白な世界。

そんなわけで雪に塗り込められた今日はひたすら本を読んでいた。お蔭でかなりページが進む。弟が来るというので茶の間の暖房とコタツをつけていたので、弟が帰った後に台所からコタツに移動して本を読んでいたら案の定眠くなり1時間ほど気絶。そして目が覚めて絶望するというパターン。最近は昼寝と絶望がセットになっている。

そういえば昨夜の初夢はそれほど悪い夢ではなかった。内容は忘れてしまったが。「群馬」というキーワードだけが残った。果たして群馬がどうだったのか、今となってはさっぱり分からないが、むしろいい夢だったように思う。というのも、どこか富士山をイメージするところがあったような気がするのだ。もちろん富士山は群馬ではないし、第一僕は群馬という土地はほとんど知らない。いずれにしてもとにかく、いい初夢を見たということにしておこうと思う。

弟の奥さんがくれたので、3日にして初めておせち料理というものを夕飯時に食した。お蔭でおなかが一杯になった。


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