連鎖、焦燥

2月1日、日曜日。

気がつくと2月。

9時過ぎに起きて、朝真っ先に飛び込んできたのは人質事件の後藤さんが殺害されたというニュースだった。残念極まりない。それで、よせばいいのに遺体が映った動画を見てしまった。トラウマになるかと思われたが、何故かそれはいまひとつ現実味がなかった。この結果を受けての安倍晋三の発言は多大な問題を孕んでいる。特に、「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります。」という発言、集団的自衛権を発動するという意味にも取れる。後藤さんの母が言及したように、報復の連鎖、憎悪の連鎖を思わせる。今回の事件の問題は、湯川さん、後藤さんの殺害で終わりではなく、始まりだというところだ。憎悪の連鎖ということは恐怖の連鎖ということでもあり、それはイスラム国が望んでいることに他ならない。いずれにせよ、一連の日本政府、安倍晋三の対応、言動は事態を悪化させるだけで最悪の結果をもたらした。肝心なのはこれ以上最悪にしないことだと思う。

朝食後に雪かき。今日の雪は湿気を含んで重く、ただでさえ重労働なのに除雪車が入って巨大な雪の塊を大量に置いていったので超重労働になった。真面目な話、歳を取ったら無理かもと心配になるくらいの重労働。しかし車庫の前を雪かきしないことには車すら出せない。小一時間の雪かきですっかり疲労困憊。

昼はなめこおろし蕎麦を作って食べた。いつも缶詰やレトルトで済ませている夕食よりも手をかけたぐらいだ。おいしかった。午後はさすがに疲れてコタツで2時間ちょっと昼寝。夕飯は久々に外食。同級生のM木に町内で一番おいしいラーメン屋はどこか電話で聞いたところ、以前母が教え子がやっていると言っていた店だったのでそこに行ってみる。みそチャーシュー麺を食べたがいまひとつだった。もっとこってりしたラーメン、欲を言えばとんこつのラーメンが食べたかったのだが(とんこつはなかった)。この町は蕎麦のレベルは高いのだがラーメンのレベルは低いことが判明。

夜は今日も煮詰まる。落ち着かない。不幸とまでは言わないにしろ、幸せじゃないという感じがしてならない。所詮今日は日曜日、休日であるのだから何かをしなければならないというほどのことはないとは思うものの、焦燥感、欠落感、孤立感というものに駆られる。話題のアンディ・ウィアー「火星の人」を読み始めてそれなりに面白く、休日なのだからゆっくり本を読んでいいはずなのだが、どうにも読んでいてこんなことをしていていいのだろうかという疑念が湧いてしまう。充足感がないのはともかく、やるべきことをやっていないという強迫観念のようなものが抜けない。だが果たして、日曜日にやるべきことってなんなのだろう? ツイッターのタイムラインを追っていても、どうにも世の中が自分と関係のないところに存在しているような気がしてならない。自分が世界から浮いているという孤立感。どうにも幸せというものを見失っている感じ。たぶん、自分でも自覚しないうちに抑うつ状態に陥っているんだと思う。


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更新報告(BS事件 ― 超常現象風味 ―)

1月31日、土曜日。

夜になってちょっとした事件(いや、ちょっとしたというわけでもないのだが……)が起こってバタバタしてその顛末を書き始めたらやたらと長文になってしまったのでfragmentsの方に更新(「BS事件 ―超常現象風味―」)。それを読んでもらえれば分かるのだが、今日はオーストラリアが韓国を破って初優勝を遂げたアジア杯の決勝を見れなかった。

ともあれ、今朝も8時過ぎという想定外に早く起きてしまった。朝食後に玄関を開けて出てみると除雪車が入って雪の塊を置いていったので雪かき。予報では雪だったが朝から午前中にかけては雪は降っておらず、結局不本意ながら業務へ。2時近くまで煙草銭を稼ぐ。帰宅するころには雪が舞っていたが、湿気が多くすぐに融けて積もる気配はなかった。なので帰宅後に特養に電話をして(いまだに面会再開の連絡を受けていないので)確認後に母の顔を見に行った。

今日も静養室で面会。母は変わらず落ち着いていたのだが、暖房のせいでまたもや物凄く眠くなってしまい、1時間もいられずに帰宅。情けない。近頃まったく暖房というものに弱い。帰宅後はアジア杯が始まるまで台所で本を読んでいたのだが精神的に煮詰まる。なかなか本を読んでも文章が頭に入って来ないし、かといって何か他のことが出来そうな気も全然しない。あまり効果が感じられないし記憶力と判断力が落ちると医者に言われたので安定剤を飲まずにいたのだが、かといってそれで何かが改善された気配もなく、まったくもって僕は煮詰まっていた。そこに前述の事件が起こった。

まったく、ほんのちょっとした思い込みで世界の見え方が変わってしまう。それに、改めて自分が感情をコントロールすることがなかなか出来ないということに気づき、唖然とする。人間はもろいなあと思う。そして、それが世界をもろくする。

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コタツの魔

1月30日、金曜日。

どうにもコタツと相性が悪い。どうやっても寝てしまう。もはや諦めて、コタツに入るときは寝るつもりで入る。で、寝ると決まって具合が悪くなるのだから困る。冬の間、終日コタツで過ごしていた両親は一体どうやって意識をなくさずにいられたのか謎だ。いや、両親のみならず、この界隈の老人連中は大概一日をコタツに入って過ごす。僕とて以前はコタツに入って毎回毎回即気絶していたわけではなかった。どうしてこのところ条件反射的に意識をなくしてしまうのだろうか。

そもそも今日は寝不足だった。何時ごろだろう、とにかくまだ真っ暗なうちに一度トイレに目が覚め、次に目が覚めたときは7時9分だった。今日は燃えるゴミの日だからゴミを出してしまおうと起きた。昨夜はいつもより早く寝たが、それでも2時は過ぎていたはずだ。昼寝するのは必然と思われた。ともかく、ゴミを出すことは出来た。

朝方はまだ雪は降っていなかった。早起きしてしまったのでこのままでは煙草ばかり増えてしまうと思い、朝食後に業務に。開店直後なのでがらがらだった。一応選んだつもりだったのだが結果的には下ネタを掴まされボコられる。どうやら早起きは得ではなく、むしろ損なようだ。1時前に撤退。外に出ると雪が降りしきっていた。帰宅すると寒くて死にそう。寝不足のわりには眠気はそれほどではなかったのだが、とにかく寒くて仕方ないし、4時半の歯医者の予約までにはまだ時間もあるのでコタツで少し寝ることにしたのだった。

で、4・50分ほどコタツで寝ると前述のように具合が悪くなった。とにかく調子が悪い。胃がむかむかするような感じもあるし気分も悪い。なんでコタツで寝るたびにこうも調子を崩すのだろうかと首を捻る。窓外は雪が凄い勢いで降っている。ともあれ歯医者には行かねばならぬ。

外に出ると、考えてみればあれだけ降り続いていたのだから当たり前なのだが、玄関前にはすっかり雪が積もっていた。これは雪かきをせざるを得ない。しょうがないので歯医者から帰宅後、日が翳った中雪かきをした。すると、先ほどまでの体調の悪さはむしろ治まった。結局のところ、ぐだぐだと寝てばかりいて調子を崩しているので、身体を動かした方がいいということに気づいたのだった。まあそれは薄々分かってはいたものの、何しろ寒いのでどうしても暖房をつけている部屋に閉じこもりがちになってしまう。

夕飯を摂りながらアジア杯の3位決定戦、イラク×UAEを見る。点の取り合いで2-3でUAEの勝ち、結構面白い試合だった。UAEの10番オマルはやはり別格のスキル。逆にイラクはフォワードのマハブートが倒れてばかりで決定機を逃したのが響いた。

相場は朝方指値をしたのだが結局指値はつかず。方向の読みは当たっていたのだが入るタイミングを掴めなかった。今日のところは様子見、夜の指標時に少し小銭を稼いだだけ。今日は相場をやるほど頭が回らなかった。

そんなわけでとにかく寒いし雪は降ってるし体調は悪いしで、ほぼ何も出来ないまま漫然と一日を過ごす。ツイッターで人に勧められた、精神科医が書いたドキュメンタリー、「旅するサイコセラピスト ―特別な患者たちのその後を訪ねて」という本をつらつらと読むが、ひとつには昨日の日記にも書いたようにその前に読んだ「ストーナー」があまりにもよかったということもあるが、精神を病んだ人と向き合うという話がどうも読んでいてしんどい。普通であれば小説よりもドキュメンタリーの方が読みやすい場合も往々にしてあるのだが、どうも今は自分の体調がよろしくないのに同期するように精神状態もあまりよろしくないので、あまりにも精神的にどうかしている人の話(実話)を読むのが辛い。例えば今読んでいる章は北極熊に恋してしまう(比喩的にではなく真剣に恋愛感情を抱いてしまう)男の話なのだがどうにも読んでいて辛くなってしまうのだった。これはたぶん、僕自身が精神を病んでいるということもまんざら関係なくはないと思う。極度の抑うつ状態にあるという自覚はないが、ここ最近はずっと頭が回らないしどんよりとしたうつの傾向にはあると思う。少なくとも常に水面よりもちょっと沈んでいるという憂鬱な感覚が抜けない。それは多分に雪に閉ざされた冬の閉塞感というものもあると思う。

気がつくと毎晩梅酒を飲んで酔っ払っている。依存すると嫌だなあとは思うものの、終日身体がだるくて疲れが取れず、頭に靄がかかったようでいるとああ酒を飲んで寝てしまいたいなどといつの間にか考えている自分がいる。こういうのが依存の始まりなんだろうなと思いつつ。

まだまだ冬は続く。


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ストーナー

1月29日、木曜日。

昨夜寝床でジョン・ウィリアムズ「ストーナー」を読み終わった。

とにかく素晴らしい読書体験だった。主人公のストーナーは助教授止まりの特にこれといって秀でているわけでもない大学の教師だ。忍耐強く、理不尽なことにも激昂して声を荒げることもない。唯一、感情の赴くままに熱烈に求婚した結婚も結果的には失敗だったと言えるが、それに関してもことさら文句を言わずに耐え続ける。特に劇的なことは起こらない。それゆえ、この小説は地味な話だとも言われる。だがそこがいい。ツイートにも書いたように、読んでいて飽きることがない。校長になることも教頭になることもなく、一高校教師として教員生活を終えた亡父がどこかに重なる。人生とはこういうものなんだなあとしみじみと思える。あまりいい例えではないかもしれないが、しんしんと雪が降り積もるように語られる凡庸な人生。とにかく、最近読んだ本の中では出色の一冊だった。ストーナーの人生がいとおしくさえ思える。それはつまり、己の人生に対するいとおしさでもある。長く静かな余韻に浸れる本だった。

ストーナー

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というわけで、本日は3時半に寝て9時に起きた。確かに睡眠時間は足りず、終日眠気に悩まされた。午後にコタツで小一時間ほど寝たのだが、どうも最近は足し算で7時間は寝ないと足りないようだ。夜に至るまでまるで頑固な油汚れのように頭に眠気が貼りついて離れなかった。台所の窓から隣家が毎日のように雪下ろしをやっているのが目に入るので、うちもやらなければならないかなと昼寝後の3時ごろに梯子代わりの脚立を立てかけて玄関の雪下ろしを試みた。屋根に上がるのは怖いので脚立から。しかしがちがちに凍っていてどうにも手に負えない。結局端を削る程度に終わった。ところがこのたかだか20分程度の雪下ろしが夕方になって効いてきて、どっと疲れがやって来て身体が重くなり眠気に拍車をかける。一旦は夕飯を食べて治まったかに思えた眠気だが、しばらくするとまた否応なく襲ってくる。そんなわけだから今日はなかなか頭がまともに働かない。なんていうか、一日中蚊帳の中にでもいるようだった。蚊帳なんて言っても今の人は知らないだろうけど。蚊帳を使っていたのは僕がまだほんの子供だったころ、まだ夏になると蛍が飛び交っていたころだ。

そんな茫漠たる眠気と疲れと闘いながら、それでも夕方から相場をやってそれなりの、この界隈の職人の日当ぐらいは得た。悔しいのは夕食後に取ったポジションを間違ってノートPCのタッチパッドを触ってしまって決済してしまったことと、その後に取ったポジションを利食いし損ねて同値決済になったことだけれど、一時は物凄く悔しくてまるで負けたような気分になったが、今のチャートを見ると結果的には読み間違いだったので結果オーライと言うべきだろう。

huluでデヴィッド・フィンチャー監督の「ゾディアック」を見始めたのだけれど、眠気に負けて中途になっている。今日は眠気もそうだし疲れも取れなくて、全身にガタが来ている感じだからもうちょっとギブアップな状態。早々に寝床に就いて本でも読もうと思う。

例のイスラム国の人質問題、昨夜は24時間の期限が来て固唾を飲んで情報を待っていたが、ただひたすら錯綜するばかりで今に至るまで進展はない。

今日は降らなかったが、明日は予報によると雪になりそうだ。


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水曜日

1月28日、水曜日。

ときどき雪が舞ったが積もるほどではなかった。3時半ごろ就寝、10時ごろ起床。昼近くから2時半ごろまで業務。久々に50連チャン近くして、今月もプラスに。帰りがけ、隣町のスーパーまで行って買い物。今日は外が寒くて風が強く、両側を田圃に挟まれた帰り道は地吹雪になっていた。髪を切ろうかと思っていたのだが忘れた。雪下ろしもやろうかと思っていたが結局出来ず仕舞い。夕方から相場。同値が2つ続いた後それなりにプラスを叩く。明け方にFOMCを控えているので後は様子見。夜はイスラム国の人質を気にしながら読書。もう24時間過ぎているはずなのにその後の動向はまだ伝わってこない。交換条件の死刑囚を移動させたというような断片的情報は入ってくるのだがいずれも未確認で噂レベル。一体どうなっているのだろう。

夜、パット・メセニー・グループの初期のアルバムを2枚聴いて改めて感動。『Offramp』は大変な傑作だと思う。デビューアルバムの”Jaco” を聴いて、この曲を学生時代にバンドでコピーしてやったことを思い出し、ちょっと泣きそうになる。で、もう1回バンドやりたいなあなどと切実に思う。

もうすぐ読み終えそうなジョン・ウィリアムズ「ストーナー」、読み終わるのが惜しい。

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Meltemi

1月27日、火曜日。

今日はアルバムを1枚、アマゾンのMP3で購入。イタリアのピアノトリオ、Alboran Trioの「Meltemi」。ヨーロッパジャズの潮流というか、イタリアのジャズらしいセンチメンタリズム。それ以上に録音がとにかく素晴らしい。分離、定位、音像の作り方、どれも文句なし。凄くクリアに録れているので、各楽器の立ち方が素晴らしい。リズム隊、特にベースの存在感が際立っている。これ、イタリア録音なのかな。とすると、イタリアのエンジニアもなかなかに侮れない。


Meltemi

風呂上りなのになんだか頭痛がする。今日も夕方物凄い睡魔に襲われる。暖房のせいかもしれないなと思う。今まではそれほど気にならなかったのだけれど、ここ数日台所の暖房が効きすぎる気が。途中で空気の入れ替えとかもしてみたのだけれど。

昨夜は3時過ぎまで相場のチャートを睨み、結局ポジションは今日まで持ち越し、さらに寝床でジョン・ウィリアムズ「ストーナー」を読みふけったので寝たのは明け方の4時を回っていた。で、朝は三度寝ぐらいして起きたのはもう11時半ごろだった。なので、今日はそれなりに睡眠は取れているはずなのだが。

そんなわけで朝食を終えるともう昼。日中は相場。昨夜結構な含み損のまま持ち越したポジションはストップがついたら目も当てられないなと思ってどきどきしてPCを立ち上げると無事プラスに転じていた。今日は相場に関してはそこそこツキもあった。持ち越したポジションを決済し、夕方になって新たに指値が成立。ところがあっという間にストップを食らい何事が起きたのかと思ったら、先日世間を騒がせたスイス中央銀行がユーロ買いを仕掛けたらしい。まったく人騒がせだ。これが上手いこと天井近くでポジションが取れて、僕にしてはいいタイミングで利食いして決済できた。なのでこの時点で本日は結構なプラス。今日の相場はこれで終了でよかったのだが、夜になってなんとなく置いた指値が成立、最初の指標が裏目と苦境に立たされたものの、その後の指標で若干戻ったところでほぼプラマイゼロで逃げることができた。

来週(4日)に父の命日が迫り、今年は3回忌なので寺の住職に電話して予定を組んでもらう。自宅で読経してもらった後墓に行くというので雪の消える4月に日程を組んだ。3月までは墓地が雪で埋まっているのでしょうがない。今日は一度町役場に書類を出しに行っただけで後はずっと台所に篭っていたのだが、前述のように暖房で参ってしまう。それにどうも体力が激落ちしているらしく、足に来る。何しろ動かないので運動不足だ。若干の危機感を覚える。アジア杯の準決勝、オーストラリア×UAEは2-0でオーストラリアが順当勝ち、決勝は韓国とオーストラリアというまあ(日本がいないのであれば)予想通りの組み合わせになった。決勝に日本がいないのはもちろん非常に残念だけれど、韓国にしろオーストラリアにしろ、事前の予想よりはかなり強い印象。特に韓国は試合を積み重ねるごとに強くなっている気がする。たらればの話になるけれど、もし日本がUAEに勝っていればどちらのチームとも対戦出来た可能性があったのだなあと思うと本当に残念なことこの上ない。さぞかしスリリングな試合になっただろうに。

湯川氏を殺害したと思われるイスラム国、残った後藤氏をヨルダンが勾留している死刑囚と交換する条件を24時間に指定してきた。24時間以内に死刑囚を釈放しないと後藤氏を処刑するという。まったく無茶だ。実際問題として、処刑することで一体何のメリットがあるというのだろう。ただ単に敵と憎悪を増やすだけなのに。いずれにせよ自国のパイロットも捕虜にされているヨルダンが日本人のために釈放するとは思えないし、ましてや今の日本政府が24時間以内に対応できるとは到底思えない。まさに見殺し以外の何物でもない。

今日も雪は降らず、大分道の雪が融けて助かるがそれも束の間なのだろう。どっちにしても3月まで雪は降るし、明日は雪の予報だ。とすると、ただでさえ極度の運動不足なのだから今日辺り雪下ろしをしておいた方がよかったなと今ごろになって思う。


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睡魔と泥沼

1月26日、月曜日。

9時半過ぎ起床、昼前後は業務、煙草銭。帰宅後、特養に電話して許可を得てから3時ごろ母に会いに行く。今日の母は顔つきも表情もよかった。夕方から相場のポジションを取るが同値決済が続く。

夕食を摂りながらアジア杯の準決勝、韓国×イラクを見ていると、夕食後試合が終盤に差し掛かるころになって猛烈な睡魔が襲ってきた。異常なまでの眠気なので台所の椅子を2つ並べて横になる。だが不自然な姿勢ということもあって、完全に気絶するまでには至らず、うとうとした程度。それにしても凄い眠気で、9時ごろになってもう諦めて寝てしまおうかと思ったくらい。

風呂を沸かしている間に一つだけ残っていた相場のポジションが同値決済になり、改めてポジションを取り直しているうちにどんどんポジションが溜まって決済のタイミングを逃し泥沼化、それとともにアドレナリンでも出たのか気がつくと眠気はどこかに行っていた。こういうときはどこまでも上手く行かず、再三再四逃げるタイミングを逃し、ずるずるとこんな時間まで含み損を抱えてしまう。さっきからずっとどうしたものか考えているところ。

それにしても夕食後の眠気は凄かった。疲れるようなことは何もしていないのに足に来ている感覚もあり、ただの具合の悪い人と化していた。一体あれはなんだったのだろう。

さすがにまた眠くなってきたのだが、どうにも相場が引っ込みがつかなくなってしまい、ますます泥沼化している。目をつむって明日まで持ち越すべきか。悩む。

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生きる

1月25日、日曜日。

今日で田舎の実家に戻って丸二年。この二年間、途方もなく長かったようにも思えるし、途轍もなく短かったようにも思える。不思議なことに、いまだに山形という土地で暮らしているという実感が湧かない。実家という「場所」で暮らしているという感じだ。恐らく、大半の時間を家に篭って生活しているせいだとは思うが。それに、いまだに地域に根差したリアルな人間関係を構築しているとはとても言い難い。むしろ世の中とは、ネットを通して細々と繋がっているという印象の方が強い。今の生活自体がどこかリアリティを欠いている。そもそもが、引退して年金生活を送っている老人でもないのに、毎日何をしようかと頭を悩ませているところが妙だ。ときおり、人生そのものが巨大なモラトリアムに思えてくる。どうも気がつくといかに生きるかということで頭が一杯になり、いかに生活するかということがときどきどこかに行ってしまう。簡単に言えば、「生きる」ということと「生活する」ということが別個に存在しているように錯覚してしまう。これでは混乱してしまって当たり前だ。こんなことだから毎日何をしたらいいのか分からなくなって呆然としてしまったりするのだ。

このあとぐだぐだと書いたが消去。結局のところ、僕には選択肢がない。この実家で暮らしていく以外になく、相場でやっていくしかない。今のところは。これでいいのだと思えるところまでやり切るしかない。たぶん今の僕がやっていることはあながち的外れではない。ただ周りに同じような人がいないだけで。少なくとも借金を背負っていないだけでもありがたいと思わなければならないのだろう。人間、ひとりで生きているとなかなかこれでいいと思えないのは、確認のしようがないからだ。

今日はとにかく朝から体調が悪かった。ハナばかりかんでいたし、身体は重く、ひたすら眠気だけが押し寄せてくる。眠気に耐えては挫け、耐えては挫けしているうちに昼を過ぎる。どうにも体調が戻らないので久々にソファに寝転がって本でも読もうと試みるが、結局毛布を被って寝てしまう。目が覚めて洗面所で顔を洗おうとすると、顔色が悪く目の下にクマが出来てどう見ても病人である。自分でも顔が青ざめているのが分かるし、その一方で顔が火照っているような感覚もある。熱でもあるのかもしれないと思って計ってみたが、確かに普段よりは高めだが微熱までもいかない。どうやら風邪気味のようでもあるし、昨夜の酒が抜けていないような感じもある。そのうち、本当にただの具合の悪い人になってしまった。

人間体調が悪いとどうにもならない。僕自身、癌という病気になったわけだが、そんな風に深刻な病気になっても目先の体調が悪くなければまだその場はマシだ。それよりも、体調が悪くて気分が悪く、眠気が酷いとなるとどうしようもない。大体に於いて頭が回らないし身体も動かない。食欲も失せるし何か食事を作る気力すらない。煙草を吸ってもおいしくない。かといって寝てればいいのかというと寝たら寝たでさらに体調が悪い気がしてしまう。

そんなわけだから夕食はどうしようか迷った。米を仕掛ける気力も元気もない。よほど外食をしようかとも考えたがそこまでの食欲もない。結局レトルトのご飯にレトルトのカレーで夕飯を済ませた。食べたら少しはマシになり夜にかけては昔ちょっとメールのやりとりをしていた作家兼女優のブログを読みふける。こうして読むと、人の人生というのもなかなかに面白い。相変わらず彼女、無茶な人生を送っている。こういう人がいるとちょっとほっとする。自分の生き方を多少なりとも肯定できるような気になるから。だが残念ながら彼女よりも僕の方がずっと孤独だ。

昨夜は梅酒で散々酔っ払いながら結局女子ジャンプを最後まで見たのだが、高梨は3位に終わった。今夜も1時から女子ジャンプの中継がある。今夜もどうやら昨夜と同じ展開になりそうだ。今日は高梨に勝って欲しいが。

そんなわけで今日は体調が悪くて予定していた母のところには行けなかった。明日は行けるかな。


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子供

1月24日、土曜日。

9時起床も若干睡眠が足りない感じ。寝たのが3時ごろなので。朝から天気がよかったので出かけてみようという気になった。しかしながら遠出をする気にはなれず、結局業務へ。3時半ごろまでうだうだと遊んだだけに終わる。とにかくネタが酷過ぎる。まったく状況が好転する気配もない。ただ煙草を現金で買いたくないという理由だけで行っているようなものだ。

帰宅後はだらだらと何もせずに過ごす。夕食前に物凄い眠気が襲ってきた。しかし暖房を入れているのが台所だけだったので、またしてもテーブルに突っ伏してうとうとするが、マインドとしては横になって寝たかった。

久々にhuluで映画を見た。ロバート・ベントン監督「クレイマー、クレイマー」(1979)。まだ見たことがなかったので。ロバート・ベントンが監督でネストール・アルメンドロスが撮影なら出来が悪いわけがない。果たして期待を裏切ることはなかったが、途中からふと、子供嫌いの僕が何故子育てと親権の映画を見ているのだろうと思った。だがこうして映画を見てみると、自分も子育てというものをしてみたかったな、などと思えてくるから不思議だ。現実的に考えると僕には子育ては無理のように思えるが。しかしながら、田舎の実家に一人暮らしになって孤独死確実になって、ときどきやっぱり子供を作ればよかったかなと思ったりもするのだった。ときどきだけど。まあ一年ばかりの短い結婚生活の間、血は繋がってないが僕にも子供(元妻の子)がいた時期はあったわけだが、あのころはまったく自分の子供という意識はなかったし、実際父親という意識で接したこともなかった。気がついてみると、僕は生涯を一人の子供として終えようとしている。という気がしないでもない。

夜はBSでJリーグタイムの徹底討論を見た。Jリーグの2部制復活に関してはサポーターから非難轟々なわけだけれど、唯一人参加していた協会の理事はなんか感じ悪かった。結局のところ、なんだかんだいってカネのためなのだから、2部制。どう理由をつけても。

高梨沙羅が出る女子ジャンプのワールドカップの中継が深夜1時からあって、それが見たいので今待機しているのだが梅酒をちびちびとやりたくてしょうがない。だが今から飲み始めたら中継を最後まで見れないだろう。

今読んでいるのはジョン・ウィリアムズ「ストーナー」。先日亡くなった東江(あがりえ)一紀の最後の翻訳である。なんていうか、非常に端正な小説という印象。いまのところ。

などとつらつらと書いていたら、どうやら日本人人質の一人(湯川氏)がイスラム国に処刑されたという報道。まだ未確認情報っぽいが、結局日本政府は72時間のあいだ何をやったというのか。

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敗退

1月23日、金曜日。

アジア杯、日本が準々決勝でPK戦の上で敗退して、脱力して放心している。何もする気になれず、抜け殻のようだ。あと2試合が見れなくなったということが慚愧に耐えない。もうホントに残念、言葉がない。ちょっとしたショック状態。

というわけでアジア杯準々決勝日本×UAE。開始早々に立て続けにUAEに裏を取られ、3度目に7番にゴールを決められた。今大会ビハインドを背負うのは初めてなので見ていてやたらと力が入って肩が凝る。結局前半はUAEの術中にハマってしまった感じだった。結果的には4戦同じ先発メンバーにしたことで中二日という疲れもあったのか、特に香川、岡崎、遠藤が冴えない。先制されて以降は日本が終始ポゼッションして攻める展開にはなった。後半交代で入った柴崎が本田とのワンツーから見事なシュートを決めてようやく同点。その後も柴崎のFKがほんの数センチ外れる。延長でもあと1点が取れず、日本は35本のシュートを放つが1点止まり、UAEのシュートは3本だけだった。PK戦になっていきなり先頭の本田がとんでもなくふかして外し、UAEも一人外してくれてようやくイーブンになったと思ったのも束の間、本日絶不調の香川が最後に外して日本の敗退が決まった。日本がベスト8で敗退するのは5大会ぶり。今回はオシムジャパンのときにベスト4止まりだったときよりもショックは大きかった。

試合後、ネット上のスポーツメディアのコメント欄を見ると香川が戦犯扱いでボコボコに叩かれていた。元々香川は好不調の波が大きくて長い。調子の悪いときは使わないという選択肢もあるだろう。岡崎も先日のボコボコに削られたヨルダン戦以来調子を落としており、今日はまったく存在感がなかった。

敗退後、大仁会長はアギーレに続投させるという発言。確かにアギーレの戦術も采配も悪くなかった。ただ、4試合同じ先発を使ったということで、結果的にはグループリーグで余裕がなかったということか。それと、人選にも若干の不満。今後を見据えるともっと若手を選んで(なおかつ使って)おいた方がよかったと思う。今大会の収穫は柴崎か。今日の試合でもゴールだけではなく、遠藤の代わりとして中盤を的確にコントロールしていたし、長友の負傷後は右サイドバックまでこなした。今後は柴崎を中盤の先発に使っていくべきだと思う。今日の試合を見ていたならブンデスリーガあたりから声がかからないだろうか。いずれにしても次の代表戦は3月の親善試合までおあずけということになった。

というわけで激しく気落ちしていて、日記を書く意欲も失せている。

朝どういうわけか8時半に起きてしまったせいで日中はずっと眠気との戦い、日本戦の前からコタツでイラン×イラクの試合を見ていたのだがほとんど気絶していた。敗戦のショックで相場をやる気も失せ、ユーロ売り祭りにも参加せず。

今日は日中ずっと雨の音がしていたので油断していたが、夕方日本戦の前にちょっと外を見てみたら知らぬ間に除雪車が入ったらしく道路脇に巨大な雪の塊が。しょうがないので日が暮れてから雪かき。雪の塊は水を吸ってすっかり重くなっていて疲れ果てた。

アジア杯がこんなかたちで日本代表が中途で敗退してしまい、明日から何を楽しみに生きればいいんだと真面目に茫然自失している。なにしろ楽しみが少ないので。困ったものだ。また今夜も酔っ払うかな……。


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