わたしを離さないで

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」読了。感想はfragments(「希望という名の絶望と許容」)に書いたが、解説やあとがきでもネタバレしないように配慮されているが、設定がすべてのようなところがあるので完全にネタバレなしで感想を書くのは難しい。次に読むのはジェイムズ・エルロイ「アメリカン・デス・トリップ」。正直、無慈悲に人を殺しまくるエルロイの方が気楽に読める。

今日は雨のち晴れ。二度寝して8時半近くに起床。4時過ぎまで業務。その後母の病院。母は被害妄想もそうだがまた幻聴があるようだ。いわゆる陽性反応。こういうとき、薬の処方を調整してもらわないと困るのだが、今の状況ではそれも出来ない。

夕食後、コタツで本を読んでいたら足がつった。いまだに妙に疲れが。真面目な話、暖かくなったら散歩とかしなければ。体力なさすぎ。

夜、香川も本田も今日は出番なしなので清武先発のニュルンベルクの試合を後半から見たが、相変わらず酷い。ポジショニング悪くてスカスカ、スペースあり過ぎ。放り込んではボールを失う。これでは降格して当然。

明日の朝はゴミを出したいのだが起きられるだろうか。


カテゴリー: 未分類 | わたしを離さないで はコメントを受け付けていません

乳酸

晴れときどき雪→曇りときどき雨→晴れと、なんでもありの天気。朝階下の台所に降りてみると、この雪国でもようやく寒さが和らいできた気がする。

6時間寝たのに、朝からなんか酷く疲れている。5時間業務をするともうへろへろ。あまりに体力がないというか、今日は一日中全身に乳酸が溜まっている感じだった。母の病院に行くと入口のところで町内の叔母(父の姉)とばったり、久しぶりに会った。叔母はイチゴを差し入れに持ってきてくれたのだが、ただでさえ食が細い母には到底食べ切れない量だったので半分は持ち帰って風呂上りに食べた。

ichigo

帰宅後、あまりに疲れているのでソファに寝転んで本を読んでいたが夕食まで少し寝ようとしたらまた寝過ぎてしまった。例の作詞の生徒から携帯に電話があって起きた。しかし、本当にW県から山形まで来るとは。

夕食後はひたすらサッカーを見る。まずBSで神戸×東京、それから大迫先発の1860ミュンヘンの試合。4-0で勝った前節の試合は見なかったが、1860ミュンヘン、少なくとも攻撃面でのサッカーは多少改善されていた。開始早々コーナーキックから大迫がアシストして先制もその後2点を奪われ逆転、ところが終了間際のアディショナル・タイムに大迫が見事なヘッドで同点ゴール。改善されたとはいえ、まだまだ技術的に追いつかないこのチームで6戦4得点(1アシスト)は凄い。大迫にはボールが集まり、大迫を狙うクロスも目立った。ミランでの本田とは対照的。今は岡崎先発のマインツ戦を見ながらこれを書いているが、この後1時から女子ジャンプのW杯の中継があって、全部見ると寝れないではないか。

それにしてもなんでこんなに疲れているのだろうか。5時間業務と言っても確かに神経は疲れるがただ座っているだけだし、なにより朝起きたときから疲れているというのは。この田舎では基本車移動だし、一日中ほとんど座っているか寝ているかなのに。謎だ。

そういえば例の消息を絶ったマレーシア機、ハイジャックの可能性が言われているが、もう1週間も経過しているのか。昔ユーミンのディレクターをしていたときに生まれて初めて乗った飛行機がマレーシア航空だったな。


カテゴリー: 未分類 | 乳酸 はコメントを受け付けていません

何かとよろしくない

曇り。昨日一昨日の雨で大分雪は融けた。

手帳を見たら、1月の28日に母が町内の病院に移ってから、病院に行くのを一日も休んでいないことが分かった。まあ車で5分だし。そういうこともあって、一週間というスパン、時間の流れがどうもよく分からなくなってる。明日から土日というのがどうにもピンと来ない。一週間がやけに早い感じがする。

昨夜寝たのは3時半近くだが、今朝は7時過ぎに起きた。3時間昼寝しているので足し算では睡眠足りているのか。特に睡眠不足で異様に眠くなるということはなかった。今日は昼と夕方の2回安定剤を飲んでいるのだが。ただ、今日はもう少し早く寝ようとは思う。

朝はFXのスキャルピングを試したりしているうちに出遅れたものの業務に行き4時まで。それから母の病院といういつものパターン。母を歩かせていると父の担当医だった内科医(今の母の担当医の上司に当たる)が話しかけてきて、施設に移った方が元気になると思うんだがねえと言う。この医者とは来週の月曜に担当医を交えて今後の話をする予定だが、どうせ同じ話だろう。要するに早く病院を出したいのである。元気がないのは統合失調症の波のせいだけどと僕が言うと、それはここではどうしようもないからねえと曖昧な返事。どうにもこの病院の医者というか関係者、母をよくしようというよりも早く転院あるいは施設に移れとばかり言うので不愉快になる。今日の母は昨日までと違って目つきがあまりよろしくなく、少し被害妄想があるように見えた。毎日見ているとそういうちょっとした変化も分かるのだが、それはそれで辛い。いい方に変化するのならいいのだけれど。それで、母の頭にフケがやたらと目につき、話を聞いてみるとあまり風呂にも入れてもらえてないようで、そういうのもなんか可哀想。

夜、ユーロのポジションが裏目に出て大負けを食らう。そこから反省してちょびちょびとスキャルピング。忙しい。ツイッターで経済情報を(僕にしては)熱心に読んで一応論理的に考えているつもりなんだけど、経済指標の直前に物凄いユーロ買いが入って驚いた。株でいうインサイダー取引の匂いが。それともこういうのが仕手筋という奴なのか。ちょっとあれは読めなかった。逆だと思ったんだけど。リスクオフじゃないのか。分からん。

それにしてもSTAP細胞の小保方さん、実にお粗末。例の佐村河内氏といい、マスコミに持ち上げられて途端に化けの皮が剥がれるという。虚像。それにしても一大発見と称する論文でコピペとかはないだろう、普通。

眠くなってきた。


カテゴリー: 未分類 | 何かとよろしくない はコメントを受け付けていません

無題

終日雨。

8時ごろ起床。3時過ぎまで業務。その後母の病院。来週の月曜に担当医と今後について話す予定が入る。なんかそういう話が出るとやけにストレスを覚える。

夕方帰宅してみると、朝切って出かけたつもりだった台所の暖房がつけっ放しだった。また灯油代が。夕食後、やけに肩が凝って疲れている感じ、物凄く眠くなる。よってドルのポジションを持ってからコタツで一眠りしてみると、またもや3時間も寝てしまった。今日は朝食後に無意識のうちに安定剤を飲んでしまったので、昼の安定剤を飲んで夕方もう1錠飲んだのだが、それにしてもどうしてこう眠くなるのか。もうちょっと安定剤の飲み方を考えなければならない。それにしても体力がない。とにかく疲れる。

今日のツイッターのTLは先日の浦和の「JAPANESE ONLY」の横断幕に対する裁断で埋め尽くされたが、無観客試合というJリーグの判断、当該サポーターの無期限入場禁止、横断幕・ゲートフラッグ等一切禁止という浦和の判断は評価されるべき。いずれにせよ、途中で分かっていながら試合終了まで横断幕を撤去しなかったのだから、浦和に対して厳しい裁断が下って当然。


カテゴリー: 未分類 | 無題 はコメントを受け付けていません

雨の水曜日

昨日の日記、どうやら公開ボタンをクリックするのを忘れていたらしい。

というわけで、見かけ上は立て続けに二日分の日記をアップするような形になるけれど。

昨夜はいわゆる塩漬けになりそうなポジションのチャートを延々とにらめっこして、結局寝たのは3時過ぎ。にもかかわらず、一日中寝てばかりいたものだから睡眠薬を飲んでもなかなか寝付けなかった。そんなわけで今朝起きたのは9時半。朝方は大粒の雪が降っていたが雨に変わり、その後は終日雨。お蔭で屋根の雪が融けて、ときおりびっくりするような音を立てて屋根の雪が落ちる。

昨日あまりにも眠かったので、今日は安定剤のレキソタンを昼1錠だけにしてみた。眠気は体調のせいもありそうだが、午後母の病院でまた眠くなったところをみると、安定剤の影響も大きそう。急に3錠から1錠にすると、夜になって一瞬不安感がよぎる。が、なんとか持ちこたえた。母は昨日今日と表情はよく、少し歩かせてみると歩き方も大分よくなった。が、やはりいまだに消え入りそうな声でしか喋らない。

昨日休んだので遅ればせながら今日は業務に行ったが、朝安定剤を飲まなかったせいなのかどうなのか、業務中は眠くはならなかった。業務は昼前から3時近くまで。

帰宅後の夕方からはFX。しかし、やっぱりチャートやら数字をずっと見ているのは精神衛生上よろしくない。人間というのはそういう風に出来ているからしょうがないのだけれど、数字が上がったり下がったりするたびに気分もシンクロして上下し、そうしているとPCの画面から目が離せなくなる。今アルガルベ杯の決勝、なでしこ×ドイツの試合を見ながら書いているのだが、どうも最近視力が落ちたような気がする。

今日は夕方持ったユーロドルのポジションを200pipsぐらい抜いて、いいタイミングで抜けたと思ったのだが、ようやく一息ついて閉店間際のスーパーに買い物に行って戻ってみると、その間に唖然とするほどユーロが上がっていてまたしてもタイミングを誤ったというか取り損ねた気分になったけれど、今日は重要な経済指標もなかったのでつくづく相場の上下って分からないなあと思う。後になってツイッターを読んでみると、どうやらG7での発言が要因だったようだが、それにしては上がり過ぎ。

と書いている間になでしこ、3点取られた。どうやらダメそう。

もう目がしょぼしょぼしてきた。今日は昼寝してないし、早めに寝るかな。手が痺れているのでちょっとうつ入ってるようでもあるし。


カテゴリー: 未分類 | 雨の水曜日 はコメントを受け付けていません

3.11、連鎖

午後2時46分、僕は台所にいた。外でサイレンが鳴り、同時に向かいの寺の鐘が鳴った。僕は黙祷はしなかった。その代わりにコーヒーを飲み、煙草を吸った。あれからちょうど3年、もちろんあの日のことは今でも鮮明に覚えている。それぞれの人にそれぞれの記憶がある。病院で母に、震災で3日間停電したときに何を食べていたのか、どうやって過ごしていたのか訊いてみたが忘れてしまったということだった。母が覚えているのはちょうど向かいの家にいたときに地震が来て、家に戻ってみたら父が茶の間にちょこんと座っていたということぐらいだ。あの日、地震の直後には母の携帯に繋がった。南浦和から武蔵浦和まで余震の中、歩いて帰る道すがら母と話して、山形まで同じように揺れたことにびっくりした。つまり、東北が震源ということに驚いた。いずれにしろ、あのときついに世界の終わりが来たと思ったけれど、世界はいまだに続いている。だがいまだに、あの日を境に世界がちょっとだけ捻じれて、違うパラレルワールドに移ってしまったような感じはする。3年前の3.11を境に世界は変わってしまった。この3年でいろんなことが次々と起こった。僕は癌になり、父が亡くなり、母は統合失調症になり、そして僕は実家に戻った。

今日はどうしたことか、一日中寝てばかりいた。特に熱があるわけでも具合が悪いわけではないのに、眠くてしょうがなかった。午前中にソファで1時間半、昼食後に台所のテーブルに突っ伏して1時間、夕食後にコタツで2時間。1日に3度も昼寝、というか毎食後に寝ていたことになる。お蔭で一日中夢ばかり見ていた。

朝は仕方なかった。昨夜日記を書いた後、突然ネットが繋がらなくなり、ワイヤレスルータの電源をオフったりしてみたが回復せず、ちょっとしたパニックに。セットアップのDVDでも直らずかなり焦った。結局、ノートPCを直接LANで繋いだりしているうちにようやく回復、それで寝たのが3時ごろになった。朝起きると外は凄い勢いで雪が降っていて出かける気にもなれず、それ以前に猛烈に眠かった。それで朝食後にソファで寝てしまったので昼近くになり、もはや業務に出かける気は失せた。結局今日出かけたのは午後に母の病院に行ってついでにスーパーに寄っただけだった。それにしてもなんで今日はこんなに眠かったのだろう。眠気の連鎖としかいいようがない。いつもと違うことと言えば、昨夜は睡眠薬を普段より多少効き目の長いロヒプノールにしたことぐらいだが、それだけでこんなに一日中寝てしまうとも思えない。だが、いずれにしろ安定剤の影響はあるだろう。

ちょうど昨日のツイッターに次のようなツイートが。

まったくもって遅ればせながらということだが、これに伴ってベンゾジアゼピン系(安定剤、睡眠薬)は2種類までという制限も出来るようだ。しかし、以前から何度も書いているようにベンゾジアゼピン系はアメリカでは4週間までの処方しか認められておらず、国によっては依存性により処方を禁じられている。実際、今の僕はすっかり依存している状態だが、先日極度の抑うつ状態に陥ったときにはさすがに量を増やさざるを得なかった。それで今はなんとかもっているという感じだ。困ったことに安定剤を減らすと不安定になる。恐らく離脱症状だと思われる。なんとか少しずつ減らしたいものだが、とすると睡眠薬をロヒプノールにするのは逆効果か。

今日はそんなわけでほとんど家にいたのだが、夜まで相場はほとんど動かず、ところが夜中になってなんとなく持ったポジションが完全に裏目に。いろんな意味でやれやれな一日。


カテゴリー: 未分類 | 3.11、連鎖 はコメントを受け付けていません

苛立つ

いらいらしている。というのも、母のリハビリを見学中に地域医療部の師長に唐突に上山(かみのやま)の施設に移ったらどうかと言われたからだ。上山は先日まで母が入っていた山形市の病院よりもさらに遠い。何が悲しゅうてそんなところに母を入れなければならないのか。師長曰く、高速を使えば30分ぐらいで行けるからと言うが、なんで高速を使わなければならないようなところに移さなければならないのか。師長の思惑は見え見えである。とにかく早く病院を出したいというそれだけなのだ。そんなわけでまた食ってかかってしまった。

母は今日からこれまでの3階から5階の病室に移った。これまではリカバリ室という広い部屋に3人だったのが、6人部屋に移ったので狭くなって環境は悪くなった。窓際というのが救い。これもまた病院の都合である。病院からしてみれば母は大勢いる患者の一人であって、病院の都合だけで話していることは明白。だから僕は、僕らからしてみれば立場はまったく逆で、他の患者も病院の都合もどうでもいい、大事なのは母だけであって、僕らには僕らの気持ちや都合しかないと言った。僕は一刻も早く母を施設に入れたいなどとは一切思っていない。そんなことを師長に向かってまくしたてた。外面だけはよくてその実こちらの気持ちなどどうでもよく、病院の都合だけでまったく心がこもっていないのがありありと分かる。向こうはただベッドを空けて回転をよくしたいだけ、要するに営業活動と変わりない。

そんなわけで心がささくれ立っていてやりきれなく、夜になって煙草が増えた。

気を紛らわそうにも、今日は材料がなくて相場も動いてくれない。

今日はようやっと晴れたと思ったら午前中だけ、午後からは吹雪いた。久しぶりにまともに業務に取り組む。要するにネタがあったというだけの話。

起きたのは8時で、また長い夢を見た。何かから逃げる夢だった。これもまた悪夢のかたちをしているが、それほど必死に逃げ惑うというわけでもなく、深刻さもなく、あまり悪夢を見たという印象ではない。今はどんな夢にしろ、見ないよりは見たい。昨日の日記にも書いたように、人生は一編の長い夢であるという思いは次第に強くなっていく。夢だから後悔のしようがない。そんな風に考えると少しは気が楽になる。それに、夢というのは強い意志をもってすれば意図的にストーリーを変えることも可能だ。

日付が変わって11日になったが、これは10日の日記、したがって3年前の記憶を呼び覚ますのは明日にしよう。


カテゴリー: 未分類 | 苛立つ はコメントを受け付けていません

夢から覚めない

久々に晴れて道路の雪も融けたのだが、夕方になってまた雪が降ってきて寒くなった。スパゲッティの夕食後、あんまり寒いので寝てしまうのを覚悟で茶の間のコタツに移動。すると、目が覚めると11時近かった。なんと4時間近くワープしてしまった。唖然。

で、夢を見た。悪夢のかたちをしていたが、悪い夢ではなかった。僕には恋人のような女性がいて、その女性は脳死状態で脳だけ保存されている。癌かなんかなのだが、保存されている脳にいちかばちか何かを施すと(その辺のディテイルは忘れてしまった)意識が戻るので、その何かをやろうかと試みる夢だった。もちろん、現実の僕にはそんな存在はいない。昔のSFのような悪夢だけれど、名前も定かでないそういう存在がいる(或はいた)というだけで悪い夢ではないような気がした。そこには微かに希望のようなものがあるように思える夢だった。

4時間も寝たというのに、かえって眠くなるというのはどういうことだろう。実際問題として、今日の夜の大半を失ってしまったようで、夢を見たお蔭であまりそういった喪失感のようなものはなかった。大体において、起きていてもさしてやることもないのだ。

昨日1日休んだせいなのか、業務→母の病院→自分の精神科という流れは思いの外疲れた。業務に関しては例によってただ流しているだけだし、母の病院にそれほど長くいたわけでもないのだが、業務から病院というのはそれなりに疲れることが改めて分かった。時間の配分とかに神経を使っているせいもあるのだろうか。気分的にはまだ休日モードだったのだが、夕方帰宅するころには今日が日曜日であることすら失念していた。

今日の母は病院に着いたころは比較的穏やかな表情をしていてちょっと安心したのだが、エレベーター前のロビーまで歩かせて椅子に座らせると、母はどこかあらぬ方向に視点を向けて放心しているように見え、そういった母を見ると何を思っているのか、どういう風に生きているのか皆目想像がつかず、なんだか少し辛くなってくる。今の母の楽しみというものはどこにあるのだろうか、それとも何もないのだろうか、とかそんなことを考える。そうしていると携帯に弟から電話がかかってきて、弟の次男が第一志望の国立大学に合格したとの知らせ。放射線技師を目指しているようだ。若くて、これから堅実に生きていこうとするのが羨ましいような、それに比べてこの僕はなんと好き勝手に自堕落に生きてきたのだろうかと思う。そこには埋めようのない落差があり、僕は自分の人生というものに酷い失望と落胆を覚えそうになるが、一方で僕は所詮堅実に淡々と生きることなど出来ない人間のようにも思える。つまりもう一方ではこれでよかったのではないかという思いもある。

なんていうか、僕はいまだに長い長い夢から覚めていないような気がする。そして、人生というものは案外とそういうもののようにも思える。今の母は確かに何を考えているのかさっぱり分からないけれど、母もまた、長い夢を見ているのかも知れない。

すべてがどうでもいいように思えてくる。それは投げやりではなくて、ひとつの肯定である。

そういえば昨夜、日記を書いてから3時近くまで本田先発のミランの試合を前半だけ見た。本田はある意味積極的にプレーしていたが、皮肉なことにそれがすべて空回りしていた。自分をアピールしようとゴールを狙える位置にポジションを意図的に取るのだが、ボールが回ってこない。チームから信頼されていないのが露骨に分かる。チームに入れていない。逆に、基本のポジションである右サイドにいるときにがつがつと行っているかというとそうではなく、結果、セルフィッシュにプレーしていることがすべて空回りしている。代表のように放っておいてもボールが集まって来るわけではない現状で、今のような姿勢でプレーしても今日のイタリアメディアのように存在感もやる気もないと酷評されるだろう。もっと目に見える必死さが彼には必要だと思う。ただゴールひとつ決めればいいんだろ的なプレーをしてもダメで、それを続けていると出番が減るだけだろう。実際、コーナーキックひとつ蹴るときでもやる気が伝わらないし、怖くない。同じ右サイドのデ・シーリオの方がずっと必死にプレーしているように見える。デ・シーリオの方がずっと走っている。試合の録画を見ればそういったことに気づかない本田ではないとは思うが。何故自分がこんなにもメディアに叩かれるのか、まったく評価されないのか、そろそろ気づいてもよさそうなものだ。


カテゴリー: 未分類 | 夢から覚めない はコメントを受け付けていません

休日

今日は仙台からやって来た弟と一緒に母の病院に顔を出した以外、ほぼ何もやっていない。つまり、久々の休日だった。これは意図的、確信犯的なもので、というのも朝から晩までずうっと雪が降り続いていたからというのが理由のひとつ。母の病院からの帰り道は猛烈な吹雪で視界が悪かった。朝と夕方の2回雪かきをした。とはいうものの、大雪というほどは積もっていない。たぶん雪は表面的な言い訳に過ぎず、今日のところは要するにやる気がなかったのだと思う。その証拠に、常日頃時間が出来たらやろうと思っていることを手帳の後ろの方に箇条書きにしてあるのだが、その中の何一つやらなかったし、やれなかった。特に午後病院から帰ってきてからはひたすらだらだらと過ごした。コタツで徳島×セレッソ大阪の試合を見ていたのだが案の定後半の途中で気絶。こうなるとかつてフィリップ・トルシエが言っていたオートマチズムである。いつもは菓子パン1個なのだが昼前に弟が来たので久々にまともな昼食を摂ったので夕飯はかなりの手抜き。夕食後はBSで鹿島×仙台。その後珍しく映画を見ることにトライしたものの、高倉健主演、倉本聰脚本ということで期待し過ぎたのか、冒頭からシラけて降旗監督のお涙頂戴的な浪花節演出に嫌気が差して半分ほどでリタイア。

夕方以降、ツイッターのTLで浦和サポーターの「JAPANESE ONLY」という横断幕が人種差別的だというので炎上。これが李忠成に向けてであるなら一体何をしているのだと思う。サポーターというのはごく稀にしか球場に足を向けない僕なんかにとって、アウェイにまでやって来て凄いなあなどと思う反面、ある種の了見の狭さと傲慢さを感じることも。いわゆるネトウヨとか、今回のようなレイシズムとか、ナショナリズムというのは単純明快なので楽なのだろうなと思う。ただ一方向的に攻撃してればいいのだから。これはある種の思考停止なのではないかと思う。行き過ぎとかやり過ぎという以前に、視野狭窄に陥っている。彼らは物事の一側面しか見えておらず、そのことが与える影響とか違う視点・観点というものまで思考が至らない。

サッカーの合間に、FXのテクニカル分析がなかなか頭に入らないので本を読み返したりしてみたのだが、確かに僕の理解が足りないのかも知れないが、どうもこれらが予測に適しているとはなかなか思えない。何故なら、すべて過去の集積で後付けであるので。あらゆるテクニカル分析のラインが示しているのは過去、つまりある意味足跡をなぞっているようなものでこれをこれからどの方向に向かうかということを予測するのにリアルタイムに適合するとはどうも思えない。つまり、未来をパターン化するということに違和感を覚える。雲や気圧の動きから天気を予測するのとは根本的に異なる。ただ、相場の上下などというものは所詮気分的なものなんだなあという感慨を今週は改めて受けたので、世の中の人がテクニカル分析によってこうなる、と思い込んでしまえばいいのであるから、その意味では役に立つのだろうか。要するに重要なのは心理分析であって、テクニカルが人々の心理を解析し得るかが肝要なのだが、心理の集積結果がテクニカルチャートになっているのであって、その逆ではない。そこんところが難しいところ。結局は確率論的なところで使うしかないんだろうなと思う。で、この場合それは的確なのだろうかというところにどうしても疑問が。そんなこんなで、考えを突き詰めるとにわとりが先か卵が先かみたいなところに辿り着く。なんだかんだ言って、経済指標とかのファンダメンタルズ要因が一番動くことはこのところの経験で分かった。

お、今煙草を吸ったら久々に眩暈が。そういえば今日は香川が最後の10分ぐらい出場してそこんところだけ見たが、それほど動きは悪くなかった。だが、もう少し貪欲にゴールを狙って欲しい気が。ドルトムント時代と比べるとそこんところが物足りない。それは本田にも言えるし、相変わらず柿谷にも言える。徳島×セレッソの試合を見た後鹿島と仙台の試合を見ると、両チームとも昨季の順位こそぱっとしないけれどレベルが高くて試合自体は面白く、逆にセレッソはあれだけのタレントを揃えているのに何故優勝争い出来ないかなんとなく分かった。まだチームとして十分にオーガナイズされていないし、走りが足りない。無駄走りが。結局それは効果的な連動性というものに表れてしまう。

明日はあんまり雪が降りませんように。


カテゴリー: 未分類 | 休日 はコメントを受け付けていません

痛恨

今日も雪。予報によると明日も雪。寒い。

昨夜はそれほど早寝したわけではないけれど、ゴミを出さなければという意識があったせいか、6時台に目が覚める。が、そのまま起きたらどう考えても睡眠不足なので二度寝。なんとかゴミを出すことは出来た。道は圧雪で凍結していた。ゴミ出しから戻って玄関先の雪かきをしていると、以前本屋で道を訊いたことのある民生委員の人がやってきて話しかけてきた。なんの話かと思ったら灯油代の支給云々で、うちは該当しないと思うと答えたが、母の住所を病院に移したのかとか訊かれて、どうも民生委員にあれこれ訊かれるのってあまりいい気分はしない。民生委員は生活保護の世話とかするのだから、うちはそんなに貧乏だと思われているのだろうかとか思うし、健康保険を安くするために母と世帯を分けていることをなんか悪いことでもしているような気分になる。要するになんかあれこれ突かれているような気がする。

今日も業務のモチベーションは低い。時間潰しと暖を取りに行っている感じ。母の病院に顔を出してから今日は自分の歯医者へ。

帰宅後は寒いのでコタツで昼寝。一度区長の奥さんが訪ねてきて起こされたのだがまた寝てしまい、ちと寝過ぎた。FXの方は昨日お祭り的に上がって日中ほとんど動かなかったので夜の経済指標まで特にすることもない。で、一応雇用統計に向けて買いを入れておいたのだが、ホントの直前、1分前に大きくブレてストップロスがバーストしてしまった。その直後にチャートがみるみるうちに上がっていくのを指をくわえて見ているしかなかった。ストップロスをほんのちょっとケチったために大失敗。経済指標の直前に瞬間的な大きい振幅があることは往々にしてあるだけに、この辺はまだまだ経験不足というか、学習体験が足りない。人間の心理というか感情というのは、得をしたときよりも損したときのダメージの方がより大きく感じる。逃した魚は大きいという奴。今日の魚はとりわけ大きかった。考えてみればストップロスの範疇なのでそれほど大きい損をくらったわけではないのだが、それよりもその後の大きな利益を取り損なったという気分的なダメージが。まあいずれにしてもまだ勉強中。

夜にもらった柏餅を2つ食べたら少々食べ過ぎた。この妙な満腹感というか食べ過ぎ感が取れないと気持ちよく眠れない気がする。いずれにしても、夜中に和菓子など食べるものじゃないな。

明日は弟が来る予定だけれど、この調子では明日も相当雪が降りそうなのでどうするのだろう。明日明後日の土日は相場も休みなのでどう過ごそうか。もう一度業務の方のモチベーションを上げたいところだが土日に上げるのは間違っているような気がしないでもない。そろそろ僕も休み方というものを覚えなければならない。

そういえば歯医者の待合室でたまたま佐村河内氏の会見をちょっと見たが、別に彼の肩を持つつもりは毛頭ないのだけれど、マスコミというのはどうしてこうここぞとばかりに傘にかかってやるのだろう。いかにも正義の鉄槌を下す、みたいな。そもそも耳の聞こえない天才作曲家などというものの、「天才」などという部分はマスコミが作り上げたものではないか。ついこの間まで持ち上げておいて、化けの皮がはがれた途端にこれである。まあ確かに、本当の作曲者を名誉棄損で訴えるなんて言う方もなんだが。どっちもどっち。

夜FXをやりながら日本アカデミー賞をちらちらと見ていたら、ノンフィクションの「凶悪―ある死刑囚の告発」が映画化されていたのだな。本の方はかなり面白かったので、ちょっと見てみたい気が。



カテゴリー: 未分類 | 痛恨 はコメントを受け付けていません