夢の続き

red

確かに今日は雪だったけど、半分以上雨だったので積もらなかった。今外を見ると積もっているけれど、この調子なら除雪車が出るほどは積もらなそうだ。明日は一日雪らしいが。

午前中は書斎の片付け、昼に母の病院、昼食はラーメン。午後は例によってソファで昼寝。2時間半も寝てしまった。やっぱり風邪気味のようだ。

で、夢を見ながら分析してみると、とりわけ悪夢を見ているわけではなさそうだ。昨夜見たのは業務関連、昼寝で見た夢も特にどうという内容ではなく、要するに目が覚めたときの感触というか、どこで目が覚めたかとかそういったものに印象が左右されているようだ。以前しょっちゅう見ていた道に迷ってしまう夢は最近見ないし。要するに中途半端な感じが目が覚めて現実に戻ったときに残ってしまうようだ。ぐっすり眠れた感じもしないし、かといって恋をする夢を見たときのような甘酸っぱい感触もないし。僕は夢に対して過剰な期待を抱いて贅沢を言っているのだろうか。もしかしたら僕は夢の続きを見たいのかも知れない。夢から覚めたくないのだ。

今日はひとつだけ嬉しいことがあった。母がトイレでうんこをした。というのも、例の漏らすのが停まって以来、母は一度もうんこをしていなかったのである。本人はトイレでしていないと言い張るが、介護パンツに失禁も今日はしていなかった。

今日の煙草は22本。昨夜から丸谷才一を中断して塩野七生「ローマ人の物語」を読み始めたのだけれど、確かに興味深いのだが小説を読んでいるというよりもなんか教科書を読んでいる感じに近いな。

夜は久しぶりにギターをちょっとだけ弾いてみる。近ごろの楽器を弾く間隔は2週間に一度ぐらいのペースか。最近は4小節以上のコード進行を思いつかない。


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初雪

午後から初雪。寒いだけでも鬱屈するのに、雪が降ると超鬱屈。こうして、僕の大嫌いな雪に閉ざされる山形の寒くて長い冬が始まった。予報によると、明日の最高気温は5度。まったく、4月まで冬眠してしまいたい。実際、今日は寝てばかりいた。朝起きてみるとどうも風邪気味らしかった。なので、午前中はソファで寝て、午後少々業務に行き、雪が降り始めたので帰宅してコタツでまた寝た。しかし、相変わらず嫌な夢ばかり見る。寝覚めが悪いことこの上ない。どうも口を開けて寝ているらしく、喉がからからになる。寝ては鬱屈し、寝ては鬱屈し。一体どうやったら意図的にいい夢を見ることが出来るのだろうか。

以前も書いたと思うが、何かで読んだのだが、夢というのは記憶を脳内でランダムにつなぎ合わせたものらしい。確率的に、そんなに悪い記憶ばかりが多いのか。結構いい記憶だって一杯ある筈なのだが。実際、いい感じで夢を見ているときは、途中でこういう風に展開したいなどと思い、ある程度夢のストーリー、進行を操作出来る感覚がある。結局のところ、そのときの心理状態、精神状態が左右するのだろうか。つまり、僕は悪い夢を見たいと深層心理の中でどこか願っているのだろうか。まさか。確かに僕はどうせならいい夢を見たいと思いながら寝ている。この、夢を見たいというところが間違っているのだろうか。嫌な夢を見て嫌な感じで目が覚めるぐらいなら、いっそのこと夢など見ない方がいい。なら夢など見ずに、それこそ泥のように眠りたいと思って寝るべきなのだろうか。

考え過ぎだ。

母は日に日に何も出来ない人になっていく。何かをしようとすると、まるでナマケモノかスローロリスか亡霊のように動きが遅い。立ち竦む。散々声をかけて振り返ると本当に亡霊のようで一瞬怖くなる。

僕は冬とか雪を意識し過ぎているのだろうか。それで母の状態までシンクロしているように見えるのだろうか。何事も重苦しく思えてしまう。それにしてもこんなに早く雪が降るなんて。知らなかった。

そんな調子なので何もやる気が起きない。やりたくない。「いい感じで」という条件つきで眠り続けたい。何もしたくない。生きていることすら面倒だ。

今日の煙草は22本。あれだけ寝たのに、自宅にいる時間が長ければ長いほど煙草が増える。明日は昼ちょうどに母の病院なので、業務に行くことも出来ない。おまけに終日雪らしい。起きる気がないので、たぶん朝ゴミは出せないだろうな。ああどうしてこうも憂鬱なのか。ただ寒いというだけで。雪が降るというだけで。

今読んでいる丸谷才一「たった一人の反乱」、確かによく出来た小説なのだが、今の気分は中年男の恋などを読む気分ではない。エルロイの「アメリカン・タブロイド」が届いたけれど、父の書棚にずらりと並んだ塩野七生「ローマ人の物語」、この冬で全部読もうかと思案中。さっき序文だけちらりと読んで、読みたくなった。今は少しでも「したい」という気持ちが大事だ。


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悪夢

hondana

昨日の続きで、

とかいうようなことばかり考える。

父の死以降、僕は自分の死よりも他者の死の方を怖れるようになった。つまり、喪失を怖れている。

前述のツイートを補足すれば、時間が永遠に続くとすれば、僕らの生きている間はほんの一瞬であって、したがって僕らの世界はほんの一瞬を切り取ったものに過ぎず、限りなく無に近づく、ということ。ところが僕らにとってはそれがすべてである。その、限りなく無に近い一瞬の中での普遍性や絶対や永遠なんて、ただの指標、形骸、言葉にしか過ぎないのではないか、と。つまり、そもそも意味をなさないのではないかと。

こんなことばかり考えるのは、困ったことに例によって午後にソファで昼寝をすると、このところ悪夢ばかり見るからだ。それで夕方以降は不安感に苛まれる。ならば昼寝をしなければいいではないか、というところなのだけれど、なんていうか、最近はフリーズしてしまうというか思考停止してしまうというか、何をしたらいいのか分からなくなる。それで無理やり寝に入る、というパターンが続いている。何か上手いこと、悪夢を見ないで済む方法はないものだろうか。

いまさらながら前述のロジックは詭弁のような気がしてきた。だが、僕らが確かだと言えるのは、今この瞬間に自分自身が存在しているということだけだという気はする。

それにしても寒い。予報によると明日から雪。雨という予報もあるが。2時半まで業務、午後昼寝、夜不安感、母はそれなり、今日の煙草は22本。何も出来ないのは相変わらず。


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零度、悼む人

どうも朝寒いと思ったら、夕方のニュースで今日の山形は場所によって最低気温が零度を下回り、初霜、初氷だったということだった。

結局母はデイサービスに行き、僕は業務から帰宅後、寝る、寝る、寝る。ひたすら眠り続ける。もうこのまま永遠に寝続けたいと思った。今日も母はときおり妙なことを口走る。昨日から異常にこだわっているのは、昨夜コタツを作ったときに夏用の座布団カバーを外せなかった(結局僕が外した)ことで、今日も一日中そのことばかり。いくら僕がそれはもう済んだと言っても何度も同じことを言う。エトセトラ、エトセトラ。

昨夜の日記を書いているときは完全にラリっていたが、今日も夕食後にレキソタンを飲んだらラリった。最近安定剤効かないとずっと言っていたのだが、抑うつ状態が酷いときに妙に効き過ぎたりするのが不思議だ。昨夜は一錠多く飲んだからまだ分かるが、今日はいつも通り飲んだだけなのに。

朝起きたときはある程度リセット出来たように思えたのだが、夜になるに連れてうつが酷くなる。どんどん袋小路に入っていき、身動きが取れなくなる。強烈な閉塞感、厭世観、その他それに類するものすべて。

夕食後にラリって台所の椅子に横になっていたら心臓の辺りが急に痛くなり、もしかしたらこのまま死ぬかもしれないな、と思った。昨日からずっと強烈な希死念慮に捕らわれているので。で、もし僕が死んだら、親戚やら友人やらはまだ若いのに可哀想と嘆くのだろうなと想像し、しかし、それは死んでしまった僕にとっては何の意味も為さないということに気づいた。つまり、死者を悼むことは悼む人自身のためであって、その人の自意識の中で完結している感情に過ぎない。死者はそれを認知出来ない。どうりで仏壇に毎日祈っても効果がないわけである。もはや存在しない人に頼んだり頼ったりすること自体ナンセンスだ。

というようなことを考え、ますます無常観のようなものが。

結局は世界というものは個々人の自意識の中で完結しているのではないか。

などと。

なんか普通のブログみたいに行間を開けてしまった。こういうの嫌いなのだが。今日の煙草は21本。眠りたい。眠り続けたい。何をしたらいいのか皆目分からないから。

I泉さんは相変わらず電話に出ない。もう半年連絡が取れない。出ないなら出ないで、理由が知りたい。


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超絶望。超抑うつ状態。さっき、本日4錠目のレキソタン飲んだ。僕の人生は終わった。昨年末、父が脳死状態になってからもう何十回もそう思ったけれど。

母の言動崩壊、今日の母は壊れている。僕の精神状態も崩壊。母はただの一度もトイレに行かない。母が口を開くたび、何かするたびに僕のありとあらゆる希望を片っ端から虱潰しに潰していく。何の光明もない。

タイヤ交換。コタツ設置。明日の予想最低気温は2度。

ホントに、もう生きていたくない。何も楽しくない。手が痺れる。顔も痺れる。力が入らない。確かに今はラリってるが。

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風音

sora5

午後から雨。夜になって風が強くなり、まるで台風のような暴風雨に。先程来、窓外では不穏な風の音が。不吉なと言ってもいい。秋田市では強風で電柱が2本倒れたらしい。

ようやく止まった。何がって、母のうんこが。明けぬ夜はないということか。いずれにせよ、永遠に出続けるうんこなんて存在しない。今日から飲ませた整腸剤の効果は果たしてあったのか。

8時過ぎ起床、4時間弱の業務。帰宅して、例によってソファで昼寝しようと試みるが今日はなかなか眠れない。ようやく眠りかけたかと思うとドアチャイムが鳴ったり。途中で母が書斎にやってきて、弟はどこにいると言い出すので、とうとう本当に呆けてしまったのかと思って一瞬ぞっとする。たぶん病状によるブレだと思う。

天気予報によると、来週頭から急に気温が下がり、雪が降るという予報。よって、明日スタッドレスにタイヤ交換する予約をする。もう雪が降るのか。また憂鬱な季節がやってくる。

今日の煙草は22本。今日も精神的には不安定だった。どうも最近安定剤のレキソタンが全然効かない。不安感がある。が、夜、とんねるずの食わず嫌いで矢沢永吉が出演する回を見て、笑うことが出来た。基本的にとんねるずはCX(フジテレビ)のお抱えタレントっぽくて好きなわけじゃないんだが。なんていうか、音楽的な興味はないけれど、矢沢って憎めない。「成りあがり」も2回読んだし。

それにしても嫌な音だ。この風の音。心までざわざわするような。

なんとなく、JRAのPAT(パソコン投票)にまた登録した。もう一度競馬を始めるかどうか思案中。以前のようにデータベース作るとか徹底してやるか、それとも100円だけ賭けるとか。いずれにしても、やるとしたら複勝の一点買いだな。


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無題

kaisei
快晴。

7時に鳴る向かいの寺の鐘の音で目が覚めた。よって少々睡眠不足気味。昨夜驚いたのは、結局2階にストーブ(父が亡くなったときに10畳ほどの座敷を暖めるために買った石油ファンヒーター)を運んで、1時間ほど部屋を暖めていたら、真ん前に置いてあった蛍光灯スタンドが熱でぐにゃりと曲がっていたこと。頭の傍に置いておくと強力な温風が来て暑い。置き場所を考えなければ。

3時近くまで業務(gambling awayを更新しておいた)。帰宅後、例によってソファで気絶、なんとなく嫌な夢を見る。目が覚めるともう真っ暗だった。

母のうんこは今日になってようやく量が少なくなってきた。明日には整腸剤が届くし、この調子ならもうすぐ治まるだろう。というか、治まってくれないと困る。

僕自身は相変わらずの閉塞感。昼寝で夢を見た嫌な感じを引き摺る。毎日何もやっていないという感じが抜けないし、実際問題として何もやってない気がする。モチベーションとか、イマジネーションとか、そういったものが決定的に欠如している。

今日の煙草は23本。そういえば、Windows8を使っている人はこれが便利。デスクトップにスタートボタン(メニュー)を追加できるので、アプリケーションを立ち上げるのにいちいちスタート画面に戻らなくて済む。


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Never ends

夜、突然悲しくなった。それは絶望というよりは悲しみの感情だった。母の脱糞はまだ止まらない。むしろ今日は量が増えた。が、それが原因ではない。こう毎日だとさすがに慣れてくる。いつもながらの、なんら具体性のない、莫とした感情だ。うつと疲れで精神的に不安定になるのだろうけど、具体性を持たない感情を収めることはなかなか難しい。それは時間が経つに連れて、虚無感のようなものに変異していく。世界が次第に色を失って、心が索漠として。まるで自分も世界も、輪郭を失って透明になって空っぽになっていくような。

今日は母がデイサービスに行く日だし、ゴミも出さなければならないので携帯のアラームをセットして7時過ぎに起きた。施設に電話して母の状態を話すと、それでも大丈夫とのことで結局母はデイサービスに行った。僕は業務に行き、徹底してツイてなかった。普通に起こり得ることとは言え、これでもかと自分の不運を次々と見せつけられるのはいささか参る。

帰宅して、ソファで気絶している間に母は戻っていた。前述のように母の脱糞が一向に治まらないので、アマゾンで整腸剤を注文した。そういえば今日はやたらと買い物をした。いつものところにコーヒーの生豆を注文し、優勝セールの楽天でプリンタのインクを買い、アマゾンで中古の本を買い。別に買い物に走ったわけではないのだが。

それにしても虚無的だ。この圧倒的な虚無感、脱力感はなんなのだろう。

今日の煙草は20本。この本数で収まったのが不思議だ。結局読み始めたのは丸谷才一の「たった一人の反乱」なのだが、今の精神状態で軽妙で洒脱なものを読むのはなんだか少し辛い。むしろ、非情なハードボイルドを読みたい気分。この、壁一面が本棚の父の書斎にはほとんど翻訳ものがない。世界文学全集だけ。サマセット・モームでも読もうか。注文したジェイムズ・エルロイが届けばそれを読むのだけれど。

さすがに寒くなって、寝床で本を読むのがしんどいので、さっきストーブを2階に運んだ。

まだセールやってるだろうから、楽天のリンク貼っておくか。

楽天市場


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ノンストップ

悲しみが止まることはあっても、母のうんこは止まらない。今日も終日うんこ的作業。鼻腔からうんこの匂いが抜けない。もちろん錯覚なのだが、どこにいてもうんこの匂いがする。シャワーで洗って、洗濯して。以下繰り返し。もう下剤は飲ませていないのだが。一体いつになったら止まるのだろう。この分では明日のデイサービスは行けないっぽい。

僕自身、かなり疲弊して。一日の中でうつが間歇的にやってくる。際限なく煙草を吸いたくなる。午後になるとソファで気絶する。結構アップアップでテンパっているのだが、僕がやらないわけにはいかない。今の母は自分ではほぼ何も出来ないから。

そんな調子なので、まともに業務をする時間もない。行くには行っても、ゆったりと出来る気分には到底なれない。毎日が一杯一杯。

阿部和重「□ しかく」読了。暴力的に無茶苦茶な作品だった。そんなわけでfragmentsに感想を書いておいた。次は何を読もうか思案中。これは面白い、って本があれば教えてつかあさい。

今日の煙草は24本。業務の時間が短ければ短いほど、本数が増える。

そういえば朝ちょっと風邪気味だった。今日から毛布にタオルケットをプラスしよう。母の介護パンツで一杯なので、明日はゴミを出さなければならないから早起きせねば。

楽天市場


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うんこ的作業

とりあえず、楽天優勝おめでとうございます。と、一言で済ませる。結果的には今日までずれ込んで、精神的には助かった。少しは気休めになった。

さっきまで洗濯してた。昨日書くスペースなかったけど、このところ母がうんこをしていないというので、一昨日から朝下剤を飲ませていたところ、昨日から母がうんこを漏らし続けて。もちろん、昨日から介護パンツ(紙おむつ)は穿かせているのだけれど、今日は朝から終日、うんこ的な作業に追われた。何回母をシャワーで洗って、何回洗濯したのか。さすがに疲れた。午後はまた2時間以上気絶。母は今日になってとうとう靴下も穿けないと言い始めるし。本日の救いは、僕が短い業務に行っている間、母が少しだけだけれど自分で昼食を摂ってくれたこと。毎晩夜中の1時過ぎに米を研いでいる甲斐がごくタマにはある。

ツイッターでうざいこととかあったけれど、疲れたので書く気力なし。ツイッター見てくれ。今日の煙草は23本。


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