What’s up?

8時起床。朝起きたときから物凄く疲れている。昨日の法要をひとつこなしただけでそんなに疲れたのだろうか。

今日は自分の病院の日、朝食後はBSでW杯予選、日本×イラクの再放送を見て、11時過ぎに病院に向かう。血液検査を済ませ、予約は1時なのでロビーでうとうとして待つ。1時半近くにようやく呼ばれて、最近の体調不良を訴えたけれど、今かかっているのはリンパ腫の予後観察なので血液担当の医師、他の科を紹介しようかと言われたけれど待つのも通うのも大変なので、近所の内科で診てもらうことに。しかし、今度の予約は2ヶ月後ということだし、こっちの血液検査はCRP(炎症反応)も調べてくれないので、以前の帝京大学病院と比べると何かと不安はある。

病院内のスタバで昼食を買い、車の中で食べながら帰る。帰途、セルフのスタンドでガソリンを入れる。ようやく若干ながら値下がりしていた。一旦帰宅しようかどうか迷ったけれど結局そのまま業務に直行、6時ごろに母の病院へ。毎回書いているけれど、母はびっくりするくらいによくなっている。今日辺りの表情は以前とそれほど変わりなく、ときおり笑みまで浮かべる。医師の許可を得たので、また一時帰宅するということになり、今週中のどこか、また天気のよさそうな頃合いを見計らって連れて帰ろうと思う。

そういえば病院で待っている間、実に久しぶりに元妻に電話してみたら繋がった。父が亡くなったことなどこちらの事情を話したのち、夕方に向こうからかかってきたので今度は彼女の状況を聞いてみるとびっくり、(新しい)ご主人が仕事を辞めて無職の主夫になり、彼女ひとりが働いているのだと言う。それでは僕と結婚していたときと変わらないではないかと言うと、そうなのよ、と彼女は言う。なんていうか、元妻も男運がない。

夜は相変わらず精神的に煮詰まる。が、それよりも極度の疲労を覚えて、NHKの「プロフェッショナル」の本田圭佑の特集を見ながらまた寝入ってしまった。昨夜は学生時代のサークルの後輩の女子が、癌が再発して余命いくばくもないということを医師に宣告されたということをFacebookでカミングアウトしていた。僕はちょうど1年ほど前、自分が癌を宣告されたころを思い出した。で、4月に治療のために入院していたころを思い出した。あのころも、その後の通院治療していたころも、果たして自分は治るのかどうなのか、一体どれぐらい生きられるものなのか、よく分からない状態だったけれど、考えてみるとあのころの方が今よりも生きることがずっと楽だった。治療することしか選択の余地がないので迷いようがないということもあったけれど、それだけではなくて、些細なことであっても生きる喜びというものがあったような気がする。今はそういった喜びがストレスにとって代わってしまっている。ただひたすら疲弊して摩耗して。

カテゴリー: 未分類 | What’s up? はコメントを受け付けていません

After 49

今日は父の四十九日だった。

8時ごろに起床。10時半に寺へ。今日は四十九日と百か日、それと納骨を行うとのことだったが、住職の読経を聞いていると、同時に祖母の三十七回忌もやってくれていることに気付いた。ありがたいことである。納骨って一体どうやってやるのだろうと思っていたら、骨箱ごと入れるのではなくて、骨だけを中に入れるということで納得。今日は素晴らしくよい天気に恵まれてよかった。納骨が終わると自宅に移動して経を上げてもらい、それから歩いて5分ほどの近所の料亭に移動。食事を終えて2時ごろに解散。弟一家は母の病院に見舞いに行った後、5時ごろに仙台への帰途に就いた。

ようやく四十九日の法要を終え、次は一周忌なので本来なら一安心といったところなのかもしれないが、僕が感じたのは無闇に空虚な感じだった。すっかり人間嫌いになった僕が、久しぶりに親戚一同と会した反動なのだろうか。なにやら無性に疲れている。なんていうか、体の芯が疲れている感じ。音楽もなんかリラックスして聴いていられないし、この異様に空虚な感じはなんだろう。今さっき、安定剤のセルシンを2錠飲んだ。まるで抜け殻のようだから、今日は早く寝るしかないのか。明日は病院だ。虚しい。

カテゴリー: 未分類 | After 49 はコメントを受け付けていません

非現実

昨夜は親善試合日本×カナダを3時まで見た。なんていうか、ぴりっとしない試合で、序盤はカナダのパス回しの方が速いくらいだった。途中からかなり眠かったな。で、今朝は例によって7時前に1度目が覚めるものの、2度寝して9時前起床。

午前中の記憶が曖昧だ。近所の内科医に行ったのだけれど、駐車場が一杯だったので諦めた。2時過ぎに弟一家がやって来た。総勢4人。昨日も書いたように、どうも彼らに対して気後れというか、屈託のない笑みの絶えない彼らの中に混じれない。なので、そこからはノートPCを持って台所に終日引き籠る。所在なくなって、夕方ちょっとだけ近所を散歩してみた。久しぶりに歩く裏通りの街並みは記憶に重なる部分も多い。一度かつての大通りに出てぐるっと回り、実家の前の道を戻ってくる。目に映る光景は子供のころの記憶を呼び覚まし、寺の墓地や、遠くの稜線、それらはすべてここが僕が生まれ育った山形の田舎町であることを示している。ところが、困ったことにまったくその実感がないのだ。もうこっちに引っ越してきてかれこれ2ヶ月が経とうとしているというのに、いまだに僕には山形の故郷で暮らしているという自覚、現実感がない。このなんとも奇妙で居心地の悪い非現実感。僕の精神を日々じわじわと締め付けているのは、この非現実感なのだろう。端的に言えば、僕はまだまったくこの土地に馴染めていないのである。ここでの息の抜き方というものがいまだに見つからない。だから毎日業務に逃げ込みたくなるのだ。

夕食は台所で5人揃って鍋を突いた後、また僕は一人台所に残ってYouTubeのプレイリストを流し、テーブルに突っ伏してうとうとした。正直こういうのって辛い。年末、父が倒れたばかりのときは母も入れて総勢6人いたが、こんな風ではなかった。いつからこうなってしまったのだろう。いつから僕は、彼らに対して負い目のようなもの、強いコンプレックスを抱くようになったのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 非現実 はコメントを受け付けていません

人間嫌い

いつものように6時台に目が覚めると頭痛がする。なので頑張って2度寝すると、次に目が覚めたのは8時近くだった。頭痛は完全には取れず、朝食後に頭痛薬を飲む。風邪でもひいたのかと思う。

午前中はうだうだとBSで再放送しているW杯アジア予選のオーストラリア戦を見る。のち業務。不調。4時過ぎに母親の病院へ。余っている衣類とかを持って帰る。どうも母はもう退院しても大丈夫に思えるのだが。何度も書いているように、むしろ僕の精神状態の方がよろしくないと思う。母にも話したけれど、近ごろの僕は極度の人間嫌いになりつつある。明後日の四十九日のために明日弟一家がやってくるけれど、弟の家族に対してもストレスを感じてしまう。結局、こういった現象というのは自己嫌悪の裏返しだと思うのだけれど、じゃあどうすればいいのかというのが皆目見当がつかない。とどのつまり、今の僕にはありとあらゆることがストレスに思えてしまうのだった。夕食後、体調がまた悪くなり、コタツでしばらく寝込む。夜、安定剤のセルシンを2錠、今日も飲む。今朝起きるのが結果的に遅くなったのも、昨日飲んだセルシンの影響かもしれない。なにしろ半減期が長いから。

深夜1時過ぎから日本代表のカナダ戦があるので、なんとか録画出来ないものかとハードディスクレコーダーをセットしてみたのだけれど、どうやらBSデジタルのチューナーを別途用意しないとダメな模様。よって、頑張って3時まで起きてリアルタイムで見るしかない。

カテゴリー: 未分類 | 人間嫌い はコメントを受け付けていません

崩壊

どうしても6時には目が覚める。何度も寝直してはみるのだけれど、15分おきに目が覚め、諦めて7時には起きた。風がやたらと強かったのは昨夜だったか、今朝だったか。

暖かい日が続いていたのだが今日は雪がちらつき、寒かった。業務から2時半ごろに帰宅、なんだか無闇に寒くてコタツに潜り込んでうとうとしたりしてみる。別に熱があるわけでもないのに異常に寒く感じた。それと同時に、さしたる理由もなく精神が物凄く脆弱になり、ほぼ崩壊状態、パニック寸前に。久しぶりに安定剤を2錠飲む。誰かに救いを闇雲に求めたくなり、今日も病院に行って母に会いたくなったが、なんとか我慢した。

体調の方はまだダメだが、胃薬を去年病院からもらった一番強力に胃酸を抑える薬に換えてみたところ、昨日よりも少しマシになったところをみると、やはり胃潰瘍っぽい。夕食後、夜になると安定剤の効果か崩壊していた精神状態が少し回復、例によってYouTubeで動画を見て過ごす。

カテゴリー: 未分類 | 崩壊 はコメントを受け付けていません

此岸

雨の音がする。先ほどから降り始めた。たぶん、僕は胃潰瘍だと思う。今日の午前中、僕の留守中に叔母が置いていった餅の夕飯を食べてから、胃がむかむかしてしばらく気分の悪さが治まらなかった。この、今のずっと追い詰められている感じ、このストレスをなんとかしないといけないのだろう。だが一向に出口は見えない。

お彼岸はどうやら皆墓参りに行くみたいだが、僕は今日は行かなかった。理由は特にない。最近はわりとちょくちょく寺に寄ってお参りしているというのもあるし、体調が悪いというのもある。3時ごろに母の病院に行った。話を聞くと、昨日の昼過ぎにうちを訪れた母の元教え子の人が、そのまま母の病院に見舞いに来たそうだ。普通の病院ではないからちょっとびっくり。親族じゃないと普通は面会がそうそう出来ない筈なのだが。とにかく、母は無難に対応したようだ。やっぱり母よりも僕の状態の方が悪い感じがして、逆に心配されてしまう。これでは、何のために病院に行っているのか分からない。

今日は1日のうちに何度も具合が悪くなり、そのたびにコタツで寝た。前述のように、夕食後が一番酷かった。何故か業務中の方がまだ体調がマシなのはどういうわけだろう。とにかく自宅でじっとしているときが一番体調も悪いし精神状態も悪く、なんていうか、どん詰まりにいるように身動きが取れない感じがしてしまう。袋小路。一度に打開するのはそもそも無理として、一体何処から手をつけていけばいいのか、それすら分からないし見えない。なんでこう何も出来ないのか、そこがまず分からない。

カテゴリー: 未分類 | 此岸 はコメントを受け付けていません

ご近所葬式デビュー、絶望

7時過ぎ起床。今日は午後1時半から、裏の家の葬儀に出席する。ので、午前中はBSで日本代表の試合の再放送を見ながらちんたらしていると、来客があった。父方の親戚の老婆である。老婆が帰ると、郵便局と銀行、それから町役場と回る。健康保険やら年金やらを支払う。昼食後、そろそろ葬式に出かける支度をしようかというときにまたも来客、今度は母の教え子だったという人だった。なるほど、家にいれば何かしら人が訪ねてくる可能性があるというわけだ。

父の葬儀以来の礼服に着替えて、ぎりぎりの時間に葬式へ。受付には父の葬儀でも受付をやってくれた向かいの人と斜め向かいの人の2人が。会場は父の葬儀会場と同じだが、檀上は質素でつつましく、少々寂しいくらいだった。94歳の大往生ともなると、逆にこういう風になるのだろうか。式は小一時間で終わった。とにもかくにも、最低限の付き合いというか義理は果たしたのだが、何かをやり遂げたとか言うほど大袈裟なものではもちろんない。逆に、たかがこれだけのことをあれほど嫌がっていた自分の方がどうかしているのだと思う。帰宅後、着替えて業務へ。で、思ったのは、僕が嫌だと感じるのはもしかしてネクタイを締めたり礼服を着たりすることなのではないだろうか、と。要するに僕はネクタイを締めるのが面倒なだけなのではないか、と思った。とすると、普通の会社勤めがダメってことになるではないか。まったくトホホな話だ。考えてみると何しろもうかれこれ8年ぐらい遊んで暮らしてきたので、そのツケが回ってきているのだろう。で、ここに至って僕は、また業務で食っていけないだろうか、などと考えている。時間が時間なので早めに切り上げ、夕飯を食べて茶の間のコタツに入るともう何をしたらよいのか分からなくなる。このところの習いで、夕方になると物凄い閉塞感に襲われる。八方塞がりな感じ。絶望感が強くてまたぞろ希死念慮が湧いてくる。結局のところ、業務をやっても楽しくないし、何の希望もない。コタツでPCに向かってネットをしても楽しくない。要するに、何をやっても楽しくないのだ。まったく救いがない。この、日々繰り返すどうにもならない手詰まり感から、一体どうやって抜け出せばいいのだろう。

結局、YouTubeでアニメ版の「るろうに剣心」の動画を見て夜が更ける。なんか時間を潰しているような気がしないでもない。こんな風に生きて。

カテゴリー: 未分類 | ご近所葬式デビュー、絶望 はコメントを受け付けていません

逡巡

やっぱり7時に目が覚めたけれど、今日はもっと眠れる気がした。というのも、外が曇っていていつもより部屋の中が暗かったから。で、2度寝して8時23分起床。

日中は例によって業務、しかし昼近くになって具合が悪くなる。気分が悪くなり、頭痛もしてくる。なんとか我慢しているうちに夕方になり、そのまま帰路に母の病院へ。母の調子は悪くない。しかし、改めて見ると随分と痩せた。話をしていると、やはり自分の方が病気のような気がしてくる。実際、食欲もない。病院の帰りに蕎麦屋に寄って、冷たい肉そばの夕食。帰宅するころにはすっかり日は落ちていた。

郵便受けに回覧板とメモが入っていた。見ると、裏の婆さんが亡くなったらしい。留守中に町内会の手伝いの割り振りを決める集まりがあったようだが、もう既に終わっている時間だ。分からないことがあると訊いている、向かいのうちに行く。回覧板はここから回ってくる。ここは僕同様、数年前に都心から戻って来た人が一人で住んでいる。彼は確か60台中盤だったと思う。数年前に母親を亡くしている。回覧板を見ると、葬式は明日の午後、父の葬儀会場と同じ場所だ。向かいの人は僕の父の葬儀に裏のご主人が出たので、僕も出られたら出た方がいいと言う。回覧板はいつも裏に回しているのだけれど、今回は隣の隣組長の家に持っていくように言われたので、隣を訪ねる。僕は日中留守にしていたことでうしろめたさを覚え、葬式に出たくないと強く思った。なので、隣組長の奥さんには、たぶん明日は出られないと言った。そしたら香典を向かいか隣に預けるように言われた。家に戻り、コタツで香典の宛名を書いた。調べると、確かに裏の家は父の葬儀に会葬していた。香典は3000円だったので、同じ額でいいだろう。ところが、財布には千円札が2枚しかない。しょうがないので車でセブンイレブンまで行ってお金をおろしてくる。で、やはり明日は葬式に出た方がいいだろうと考える。当たり前である。逃げ回ってもしょうがない。いつかはこういう機会は回ってくる。山形の田舎に一人で住んでいる以上、近所付き合いからは逃げられるものではない。夜も更けてから、ようやく諦めがついた。明日の葬儀に出席する決心がついた。ひとつには、頭痛薬を飲んでようやく頭痛が治まったということもある。まったく情けないことに、こんな基本的な付き合いをするだけでひとしきり悩んで決心しなければならない。まったく先が思いやられる。明日の体調も心配ではある。

カテゴリー: 未分類 | 逡巡 はコメントを受け付けていません

るろうに剣心

昨夜、フィリピンのサイトからダウンロードした実写版映画「るろうに剣心」を途中まで見たので、寝たのは2時ごろ、しかしやはり7時前に目が覚める。外が明る過ぎるのだ。まあ朝食後に例によってまたコタツで1時間ほど寝たが。今日は先日母が一時帰宅した日同様、とても天気がよくて暖かかった。昼過ぎからは暖房がいらないほどだった。

午前中の3時間だけ業務、帰りがけに寺に寄って線香を上げ、帰宅後の午後から物凄く気分が悪くなる。よって、今日初めて知ったニューヨーク在住の実験音楽のミュージシャン、池田亮司を聴きながらまたしてもコタツで死亡。あまりにも具合が悪くなったので、単なる胃腸炎ではないのではないかと不安になる。前述のように午後は日の当たる部屋は暑いくらいの陽気、どうも最近の傾向としてこういう日は何故か調子が悪くなる。コタツで寝ているとかえって具合が悪くなるような気がして、台所で家事をして頭を冷やすと少しはマシになった。少しだけ外を散歩したりしてみる。その後はスーパーに買い物に行って、帰宅して夕飯、後は「るろうに剣心」を見る。実写版は面白かった。テレビを普段見ないので、佐藤健という役者もよく知らなかったが、はまり役という感じ。後半のアクションシーンが続くところはどうも漫画っぽくなるのは仕方ないか。YouTubeでアニメ版の映画も見てみる。なんていうか、漫画が原作のものって、シリアスに扱った方が面白くなる傾向にある。サッカーのシュートと同じで、抑えが効いた感じが重要。

夜は精神的にかなり不安定になる。久しぶりに安定剤を飲んでラリってしまいたい。あらゆるものに助けを求めたくて、今日は父に線香を3度も上げてしまった。

カテゴリー: 未分類 | るろうに剣心 はコメントを受け付けていません

逃避

昨夜は2時近くに寝たんだけれど、やっぱり6時台に目が覚めて起きてしまう。雨がぱらつく1日。

土曜なのでどうしようか考えるが、結局業務へ。しかし、山形の田舎で近所付き合いや親戚付き合いをしながら業務を続けることは、技術的にではなくて精神的に異常にタフじゃないとダメだと思う。物凄い厚い面の皮が必要だ。今の僕はタフなのではなくて、むしろ脆弱が故に逃避しているだけだ。

夕方、母の病院へ。やはり母は一時帰宅してからさらによくなった。悪いことや明らかに非現実的なことを口にしなくなった。自分の体調や精神状態がよくないので、病院で母と向き合っていると、むしろ僕の方が精神を病んでいる気がしてくる。母の状態が落ち着いたので否が応でも自分と向き合わねばならず、それが異常に辛い。だから逃げることばかり考える。

夜、Jリーグの甲府×名古屋の試合を見るが、退屈な試合で寝てしまった。大体、闘莉王のワントップなんて、単にチームのメンバー不足を露呈しているだけじゃないか。

カテゴリー: 未分類 | 逃避 はコメントを受け付けていません