十字架

8月27日、火曜日。

昨夜は奇跡的に12時前に寝ることに成功、4時半に目が覚めたときにはそのまま起きていようかと思ったが寝直してアラームで7時起床。久々に朝の匂い、朝の光。

母の手術は9時からで8時50分には病室を出るのでその前には着かなくてはならず、普通なら35分もあれば着くところを余裕を見て8時前に自宅を出発、すると案の定道は混んでいた。バイパスを走っていると前方に不思議なものが。

エヴァンゲリオン、パチンコでは散々打ったが映画を1本見ただけなので詳しくなく、これは吉兆なのかなんなのか。ともかく8時45分には病室に到着、間に合った。後は例の如く1階の家族待機室でひたすら手術が終わるのを待つ。

畳の部屋なので座布団を並べて寝転がる。午前中はひたすら寝ようと努力したがいまひとつ眠れず。スマホでツイッターのタイムラインを見るぐらいではとても間がもたない。昨日から読み始めた馳星周「長恨歌」を読む。が、鬼門の2000年を過ぎてからの作品だからなのか、初っ端から乳児のときの記憶がある(あるわけない)という凡ミスをやらかしたかと思うと、主人公が錦糸町で偶然幼馴染の女性と再会するという安直な展開で読むテンションも下がり、なかなか読み進まない。偶然じゃ駄目なんだな、必然じゃないと。

1時間に1回、駐車場の車で煙草を吸って延々と待つ。結局、手術が終わったのは9時間半後の6時半だった。いつもなら麻酔が解けてICUに移動してから医者の話を聞くのだが、今日は手術が終わった直後に手術室で医者の話を聞く。で、今回の手術でシャント(この場合は動脈が静脈に流れ込んでいる箇所)を全て塞いだので今回で手術は終了ということだった。高齢の母がこれ以上手術を重ねずに済んでよかった。しかし、座骨の骨折があるのでいつ退院するかは未定だし骨折が治ってからリハビリもしなければならないということ。

一旦家族待機室に戻り、7時ごろに母がICUに移動したというので会いに行くが、母はまだ麻酔から覚めておらず、覚めるのにあと1・2時間はかかるということだったので今日のところは帰ることにした。帰り道、回転寿司に寄って夕飯。

ただ寝転がって本を読んだりしていただけといっても、10時間待ったのでさすがに疲れた。それに考えてみればいつもより4時間早く起きたので、これを書いている今は11時を過ぎたところだが単純に4時間スライドすると深夜3時に相当することになる。これをきっかけに今日も早く寝て生活サイクルを変えるべきなのか。はて。とはいうものの、今日はずうっと病院にいたので日中の煙草が1時間に1本ペースで済んだけれど、そうじゃなければ7時に起きたら煙草の本数が大変なことになる。

ところで、十字架の意味はなんだったんだろう?

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奇跡

8月26日、月曜日。

いつもと比べるととんでもなく早い時間に日記を書いているのは、明日の母の手術が9時からなので7時起きしなければならないからだ。なにせいつも3時前後に寝て起きているのが11時前後だから、逆算すると11時ごろには寝なければならないことになる。これは結構なプレッシャー。一体どうすれば11時に寝れるのかと頭を悩ませている。先日朝の5時近くまで眠れなかったときは怒りでアドレナリンが過剰に出ていたから、詰まるところいかにアドレナリンを出さないか、要するにひたすらテンションを下げればいいのでは? などと思うものの考えてみれば自分は常日頃デフォルトで人より遥かにテンションが低い。低すぎるくらいだ。ただ呼吸してときおり煙草を吸うだけみたいな。もののけのように生きているだけだ。と、ここでふと考えるとその5時まで寝られなかったときは医者と話をするために9時25分に起きたわけで、そこから逆算すると理論上は2時35分まで寝ればいいことになる。とりあえずここでは暫定的に、11時から2時35分の間に眠れればいいことにするか。

午後、図書館に馳星周の「漂流街」を返しに行き、同じ馳星周の「長恨歌」を借りてきた。最近の馳星周はともかくとして、初期の馳星周の小説はクソがクソを殺しまくるというひたすらクソな話なわけで、そういうクソみたいな話をここまで続けて読んでいるのは、どうやらそういう過剰にクソな話、過剰な刺激にすっかり慣れてしまったためと思われる。端的に言えば、クソを殺しまくる話じゃないと物足りなくなっている。正直これは人間としてどうなのかとも思うが、ひとまず不夜城の完結編である「長恨歌」を読めば馳星周の代表作は一通り読んだことにはなるはず。これを読み終わったらドン・ウィンズロウあたりに乗り換えよう。

22時。もう風呂は済ませている。そろそろ寝床に入って睡眠薬を飲んで本を読み始めた方がいいのだろうか。いくらなんでも早いか。

そういえば今日図書館に本を返しに行ったとき、便意を催したので図書館のトイレに入ったら和式だった。そんなわけで物凄く久しぶりに和式で用を足したのだが、実質後期高齢者並みに体力が落ちているので想像以上にしんどかった。たまたま誰用か知らないけれど手すりがあったからよかったようなものの、それがなければ実質スクワットをしながら用を足している的なところもあり、トイレが和式しかなかった時代の年寄りとか病人は用を足すのがさぞかし大変だったろうなどと考えた。

などとくだらないことを書いている場合ではない。寝る準備をしなければ。何しろ自分には寝る素質がない。寝るのが下手なことに関しては折り紙つきだ。だからいまだに睡眠薬と安定剤をしこたま飲まないと眠れない。それだけならまだしも、起きることはもっと苦手なのだから始末が悪い。それはともかく、いつもより早く風呂に入ったせいなのか、なんだか眠れそうな気がしてきた……。

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空虚

8月25日、日曜日。

弟は一か月遅れの誕生日プレゼントといって赤いパジャマをくれた。還暦だから赤いのだそうだが、それって嬉しくない。普通なら昼食の時間にパジャマで朝食を食べていたのだが、着替える前に弟は母の見舞いに行った。2時間後にフルーツグラノーラの昼食を摂り、それから自分も病院に向かった。弟はもう仙台に帰っただろうと思っていたのだが、母の病室に着くとまだ弟はいた。今日の母は骨折している右足を痛がった。どうすれば一番痛くないのかがよく分からない。弟が帰り、駐車場の車で煙草を一服して病室に戻ると、母は右側を下にして寝ていた。看護師が体勢を変えたのだろう。骨折している方を下にする方が痛くないというのは意外だった。母は寝入っていた。病室に着いてからちょうど2時間後に病室を後にした。

馳星周「漂流街」読了。

思った通り、2000年以前の馳星周は負の熱量に満ちていた。ここには希望はなく欲望があるだけ。救いのように見えるものは絶望のための材料に過ぎない。すべては失われるために存在する。

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悪意

8月24日、土曜日。

昨夜というか正確に言えば今朝だが、寝る前に最後に煙草を吸った時間は4時22分。あまりの怒りに眠れなかった。このまま一睡もできないかもしれないと思った。寝ようとして目をつむっても頭の中は延々と医者をやり込めるシミュレーションをし続ける。もうヤケクソになって3錠目の睡眠薬を飲んだ。

9時25分にスマホのアラームで目が覚めた。ということは、朝方のどこかで自分は寝たようだ。当然のことながら猛烈に眠かった。

……というような調子で今日の医者とのやりとりを書くとなると、ちょっとした短編小説を書くのと同じになってしまう。一体何人が、誰が読んでいるか分からない、そしてコメントひとつくれない読者に対してそこまでサービスするつもりはない。そこまでお人好しじゃないしめんどくさい。これがもしnoteで、金でも払ってくれるなら別だが。

間に合う時間に起きたと思ったのだが、思いのほか道が混んでいて約束の11時には5分遅刻した。だがそんなことはどうでもいい。それで自分が不利になることなど一切ない。

このツイートを読むと相手は複数と思われるかもしれないが、実際に話した相手は母の主治医一人。途中から看護師が医師の隣に座ってなにやらメモを取っていたようだが、彼女は一言も発しなかった。

結局もうちょっと詳しく書かなければダメか……めんどくさいな。この話し合いの一部始終をスマホの音声レコーダーに録音したので、ヒマな人が聴けるようにアップしてもいいのだが、一時間もある音声ファイルを聴くようなヒマ人はいないだろう。

大前提として、この主治医は昨日休みを取っていなかった。もし彼が休みを取っていなかったらこんなややこしいことにはならなかった。まず、この医者が昨日の経緯をどの程度知っているのか問い質したがよく分からなかったので、昨日電話をかけてきたカワハラという医者は誰なのかと訊くと自分の上司だという。俺は話し合いの間ずっと、このカワハラと彼に指示をした部長のアベは全部呼び捨てにした。俺に嘘をついて俺をコケにしようとしたからだ。俺はそういう奴を絶対に許さない。そういう意味では俺はやくざと大差ない。

俺は昨日カワハラが口にしたことを順に事実かそうでないかを確認した。手術をしないとこれまで手術をした血管が元に戻ってしまうというのは事実か。主治医はそういう可能性はあると言った。可能性があるという言い訳が通用したらすべてが許されることになってしまう。可能性がある=事実ではない。それでは実際そういう症例があるのか、あるのであればその確率は何%なのかと問い質すと医者は答えられなかった。当たり前だ。医者の答えは推測、想像でしかないからだ。

この辺で、どうやらこの医者は昨日のカワハラの発言を正確には知らないようだと気づいた。答えをあらかじめ用意していない。この辺で、何かが医者のカンに障ったのか、ツイートにも書いたように突然キレて投げやりな口調で「じゃ(手術)をやめますか」と言い放った。つまり、この時点で医者はまだ自分に主導権があると勘違いしている。この医者がもうひとつ勘違いしていることがある。それはとても重要なことだ。それは、この期に及んでも俺はこの主治医を信頼しているということだ。彼はどうやらそれに気づいていない。俺が信頼している医者は彼だけなのだ。俺がやり込めようとしているのは目の前の彼ではなく、カワハラと部長のアベ、それにこの病院だ。俺は完膚なきまで叩き潰す。

次に、カワハラが言った、今回の手術をキャンセルすると(執刀する大分大学病院の二人の医者の)次のスケジュールはいつ取れるか分かりませんよ、もう取れないかもしれないし、優先順位も下がりますよ、ということは事実か否か。大分大学病院の医師は、治療を途中で放棄するような医者なのかどうか。だとしたらそんな医者に治療は任せられない。

……ああやっぱりこの調子ではとても書ききれない。もう省略しよう。

いずれにせよ、アベという部長から指示されたカワハラは、今回のスケジュールを動かすともう治療は受けられないというブラフをかました。のみならず、明日は土日だから今から一時間以内に答えてくれないと困るという嘘の上塗りをした。ちなみにカワハラは主治医は休みだから連絡は取れないの一点張りだった。

さらに昨日のその後の経過を補足した。カワハラとの電話を終えた後、病院に電話して明日(つまり今日だ)主治医と話せるようにスケジュールを取ってくれと依頼すると、電話に出た看護師はできませんと言った。だったら部長に手術はやめますと伝えてくれと言った。すると何回目かのお待ちくださいという言葉とともに何回目かの保留音が5分か10分か流れ、先生(主治医)と連絡が取れたので明日(つまり今日)の午前中に話せるということです、と看護師は言った。これで分かるように、休みだから主治医とは連絡が取れないということは嘘だったということが分かった。何故なら実際に連絡が取れたのだから……

というように昨日の経緯も話すと、主治医は観念して、カワハラの言ったことは事実ではない、嘘です、と言って全面降伏した。カワハラもしくは部長のアベが嘘八百を並べて手術の承諾を得ようとしたことを認めた。医者は、今回のことは全面的にこちらに非があります、申し訳ありませんでした、先ほどの「やめますか」という発言も撤回させてください、と平謝りになった。

どっちにしろ、嘘をついたのがバレてはぐうの音も出ない。俺は病院相手の喧嘩に今回も含めて一度も負けたことがない。何故なら、病院が間違っている、あるいは嘘をついてごまかそうとしていて自分の方が明らかに正しいときにしか喧嘩をしないからだ。俺は怒ったり興奮したりしてアドレナリンが出ると尋常じゃなく頭が回る。モンスタークレーマーになって容赦なく相手を潰す。一切手加減しない。相手が言うことの矛盾点をすべて突き、ディテイルをすべて論理的に論破してひとつずつ潰していく。そうすると自ずから相手は詰む。嘘をついた方がその嘘で自滅する。最終的に病院側は全員黙り込む。ただの一言も言えなくなってしまう。もう全面降伏するしかなくなる。俺を舐めるからこうなるのだ。

こうして、気がつくと立場は入れ替わり、俺が完全に優位に立ち相手は言いなりになる。俺をコケにするとどうなるか、骨の髄まで思い知らせる。相手のちんけなプライドを粉々に砕く。

と、ここまで書くと分かるように、俺の方が正しいから喧嘩に勝つのだが、アドレナリンが出たときの俺の容赦のなさはむしろ悪意に近い。当たり前だ。前夜眠れないのは俺を舐めた人間をどうやって殺してやろうと延々と考えているのだから。どうやったら相手がもっともビビるか、ぐうの音も出なくなるか、そればかりを延々と考えて眠れなくなるのだ。

……

と、ここまで書くとまるで俺が極悪人のようにあなたには見えているかもしれない。しかし今日の話し合いの顛末はこうだ。医者が全面的に謝罪した後、それでも俺はあなただけを信頼しているのだ、だから母が右側の座骨を骨折していてもあなたが手術に問題ないというのなら、手術を承諾すると。そして俺は承諾書にサインした。つまり、メンツを失ったのは主治医ではないのだ。俺が潰したのはカワハラでありアベであり病院のシステムとヒエラルキーだ。

とはいうものの、前述のように立場はすっかり変わり、もはや俺は有無を言わさず優位な立場に立った。後はもう言いたい放題。朝起きられないから9時からの手術をもっと遅くしろだの、家族待機室を間違いなく用意しろだの。

さて、こうして俺はまた病院との喧嘩に勝った。これを読んでいるあなたがどう思っているか知らないが、勝って得られるものなど実はほとんどないのだ。せいぜいが自己満足に毛が生えたぐらいのものでしかない。ただ虚しい。むしろ世界を敵に回した嫌な感じがする。無性に誰かと話したくなる。虚しいから。でも話す相手がいない。残ったのは最悪になった弟との関係だけ。俺はただただ、二日かけて物凄く嫌な思いをしただけなのだ。

俺は本当に一人だ。俺には母しかいないが、昨日饒舌だった母は今日は口数が減った。母の言うことは次第に支離滅裂になってきており、もはやどう見ても母は認知症であると認めざるを得ない。それでも俺は母を守るしかない。例え全世界を敵に回しても。

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怒り

8月23日、金曜日。

尋常じゃなく怒っている。あまりにも怒っているので、今日の病院ならびに医者とのやりとり、弟とのやりとりの詳細は書かない。怒りがぶり返すだけだから。

怒りに目がくらんでいる状態なので、正直日記を書くのもめんどくさいし、趣向を変えて本日のツイートを時間軸を逆に並べるだけにしておく。

弟が電話で興奮してまくしたてる僕に辟易したのは分かる。しかし医者がついた嘘(つまり事実ではないこと)について僕が怒っていることに対して「小さなことに固執している」というのは許し難い。弟は母を守るために一体何をしたというのか。何を言ったというのか。お前が正しくて俺が間違っているというのなら、お前が明日の11時に病院に来て医者と話せよ、そして決断しろよ。その結果、もし手術で母が亡くなったら俺はお前を一生許さない。

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徒然

8月22日、木曜日。

この日記を読んでいる人には、毎日何もしていないじゃないかと思われているかもしれないが、これでも毎日必死で生きている。例えば、相場のポジションを持っている間はそれこそ必死だ。恐怖との闘い。要するに相場が逆に動くのが怖いのだ。自分でもなんでこんなに怖がっているのかよく分からない。これが業務だったら、パチプロ時代はそういった恐怖は覚えなかった。つまり、このまま当たらなかったらどうしようとか、確変を引けなかったらどうしようとか、そういうことは考えなかった。2万3万の負けはごく当たり前。例えば毎日3万ずつ一か月負け続けると90万の負けになるのだが、そういう風には考えなかった。大数の法則、統計学的な確率という絶対的な根拠があると思ってやっていた。最高で一日10万負けたこともあるし、逆に一日で20万近く勝ったこともある。いずれにせよ、起こり得ることが起こっただけと思っていた。

相場のトレードを始めたときは、わりとそれと近い感覚でやっていた。それがいつから恐怖を覚えるようになったのか、よく分からない。実際問題として、相場が上がるか下がるか50%の確率だとすると、逆指値と指値を使ってリスクリワードを1:2にしてひたすら試行を繰り返せば理論上は勝てることになる。ような気がするが、実際はそうはならない。50%は所詮50%に過ぎないから。メディアに出る専業トレーダーでスイング(長期)トレーダーの中には、勝率は50%を超えない方がいい、その代わりリスクリワードの値をとにかく大きくする(プロフィットファクターを上げる)という人がいるが、現実にはそんな悠長なことはできないし、半分以上負けるのであればメンタル的にもたない。

ちょっと話が脇道に逸れかけたが、詰まるところ、相場のトレードに関して言えば自分は絶対に間違っていないという確信を得ることができない。常に間違っている可能性があるので、それに備えなければならない。ここが相場の恐ろしいところ。なので恐怖を覚えて当たり前だと思う。

おっと、なんだか日記じゃなくなってきた。

日中のトレードを利食いして、夕方になって最近の習いでベッドに寝転がって本を読んでいる(これとて必死で読んでいるのだ)と携帯が鳴った。母のいる特養からだった。母が夕飯前にベッドから自分でトイレに立って転んで足を痛め、頭にもたんこぶができたという。特養に行ってみると、看護師が集まり大騒ぎになっていた。母は誰もいないところで転んだので、実際にどこにどれだけぶつけたのかというような具体的なことはよく分からない。右足が痛いと言うが足のどの辺が痛いのかはっきりしない。頭は右側に確かにたんこぶができていた。みんなで大騒ぎしていたのは、足にしろ頭にしろ検査をする必要があるから。もし足を骨折とか骨にひびが入っていたら大変だし、頭に関しては5年前に硬膜下血腫をやったのでそれが怖い。かといって母は明日の朝に病院に入院する予定である。職員が病院に電話して救急外来を受診する云々というような話をしたようだが、どうも要領を得ない。なので僕がその場から病院に電話して母の担当医(心臓血管外科)と話をした。で、もし痛がるようであれば救急外来に来てそのまま(今夜)入院すればいいし、痛がっていないのであれば予定通り明日入院してそれから検査をすればいいということになった。ベッドに横になると母は足を痛がらなかったし、ベッドに腰掛けて夕飯を食べ始めたので、それじゃあ予定通り明日の朝入院させようということになった。

で、看護師たちが引っ込み僕と母の二人だけになって、母を寝かせようとしたらおしっこがしたいというので、起こしてベッド脇のポータブルトイレに座らせようとすると、立たせるととにかく足が痛いという。たかが二三歩歩くのに痛がるので苦労する。なんとかトイレを済ませてまたベッドに戻すときも痛がる。正直これはどう判断していいものか分からなくなったが、ベッドに寝かせると痛いとは言わなくなった。しょうがないので夜勤の女子職員に、もし夜中に痛がるようであれば救急外来に連れていくので携帯に連絡をくれるように頼み、後ろ髪を引かれる思いで帰宅。

幸い、その後特養からの連絡はない。

夜、経済指標後のタイミングで相場のチャートを見ていて、ポジションを取りたくなって下落しているユーロドルの売りのポジションを取ったら、よくあることだがそこがどん底でそこから相場は反転して上がり始めた。すぐ切ればいいのだがそこが間違いなくどん底であるという確信が持てないし、一旦上がってから再度下落することもよくある。よってナンピンして売り上がったのだが、落ちてきても建値まで落ちてくれない。これもよくある。結局また持ち上げられてしまう。こうなると最初に取ったポジションが大失敗であることはもはや明白、損切りを覚悟する。大勢としては下落トレンドにあるので、いつかは下がるだろう。しかし問題はそこまでにかかる時間とどこまで含み損が膨らむかという途中経過が分からないこと。結局、ポジションを4つ抱えて次の経済指標直前に落ちてきたところで損切り。これで今日の収支はトータルで微損になってしまったが、ナイス損切りだったと思う。その後どうなったかというと指標でさらに15ピップスばかり上がったもののそこから下落、結局は前述の最初のポジションもプラスになるくらいまで下がった。つまりそのまま持っていてもプラスに転じたのだが、これは結果論、前述のように今日の損切りはナイスな損切りだったと思う。その後の下落は高値から売り直せばよかったのである。

ところで、明日は母が入院するので10時半まで病院に行かなければならない。なので8時40分と45分にアラームをかけておいた。ところが、昨夜深夜3時を過ぎても全然眠くなくて寝つけず、物凄く苦労したのである。あまりにも眠れないので3時22分に4錠目の安定剤を飲み、ベッドから起き出して梅酒を飲みながら29本目の煙草を吸った。もしかして今日は眠れないかもと本気で思った。それからふたたびベッドに入り、気がつくといつの間にか寝ていたのだが、最近は睡眠薬を2錠飲んで本を読みながら安定剤を3錠舐めるとそのうち眠くなり、コンスタントに寝られていたので、眠れないということ自体が実に久々だった。どうも一度でもそういうことがあるとどうしても意識してしまう。いずれにしても明日の朝は絶対に起きなければならない。果たして今夜はすんなりと眠れるのだろうか。いつもより早く寝なければならないのだが。

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羊の木

8月21日、水曜日。

少しばかりいい夢を見て、なんとか9時50分に起きる。朝食後から相場のトレード。1時過ぎに利食い、そこでまた昼寝をしてしまう。で、悪夢を見た。人間の上半身ぐらいの大きさの人形に時計の針がついている。そして、その針が重なると地震が起きる。川に落ちたその人形であるところの時計をなんとか拾って止めようとするのだが間に合わず、ドドドドと地震が起きたところで目が覚めた。嫌な夢だった。今日は2時間ではなく1時間で目が覚めた。その後トレードを再開、何度も利食いのチャンスはあったが、利食いポイントを決めていたので見送り、結局2時間以上かけて損切りに終わる。トータルではまだプラスだがこれですっかり気落ちしてしまった。夕食後の夜もトレード。という具合に、今日はトータルのロット数では結構頑張ったつもりなのだが結果は伴わず、労多くして功少なし。

夜、アマゾンのプライムビデオで吉田大八監督「羊の木」を見た。不思議な映画だった。

そういえば昼寝後に相場のポジションを持っているときにドアチャイムが鳴り、出てみると若い女の子だった。見た目も感じもそんなに悪くない。どうやら教育関係の営業みたいで、中学生はいませんかというのでいないと。女の子が姿を消してふと、もしかしてデリヘルを自宅に呼んだら案外こんな感じなのかなと思った。だとするとがっかりだなと。なんていうか、シチュエーションとしてちっともセクシーじゃない。って、考え過ぎか。

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寝る男

8月20日、火曜日。

どうもおかしい。昨日の日記に書いたように体調はそこそこ戻っているのに、生活のリズムがめちゃくちゃになってる。起きたら11時過ぎだったので8時間は寝ているはずなのだが、今日もまた昼から2時間昼寝してしまった。これで三日続けて2時間の昼寝をしていることになる。まったく妙な習慣がついたものだ。それですっきりするならまだしも、今日は昼寝から目が覚めるとかえってふらふらになってしまった。自分でも一体なんでこんなに寝てしまうのか皆目見当がつかない。少なくとも金曜日に母が再入院する前にこの奇妙な生活リズムをなんとかしなければ。

今日は急に涼しくなった。日中でも外気温は25度。久しぶりに冷房を入れずに済んだ。日中はいまだに蝉の声が遠くに小さく聞こえるものの、晩夏というか秋の気配が漂っている。日中は前述のように2時間も昼寝しているので、午後の欧州時間にトレード。6時半過ぎに母のところに行くも、看護師に訊くと昨日また熱が出たらしく、今日も鼻声で風邪が治っていない。病院にも一応報告はしてあるそうだが、金曜日入院で火曜日手術という予定なのだが、入院まで風邪が治るかどうか微妙になっている。

夕食後は最近すっかり習慣になってしまっている、ベッドに寝転がっての読書。読んでいるのは馳星周「漂流街」。まだ100ページちょっとしか読んでいないのだが、なんでこんなに酷い話を読まなければならないのか的な。まあ出てくる登場人物がおよそどうしようもない人間ばかりなので、読んでいて胸糞が悪くなる一方。つまりは、一体どこまで酷いことになるんだろうという興味で読んでいる。

冷房を入れずに窓を全開にしているので、ずっと虫の声が聞こえる。そういえば以前二階の自室で寝ていたころは、部屋の窓と廊下の窓を開けていたので、夜になると虫の声がサラウンドで聞こえたものだった。そんなことを思い出す。

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Another Memory

8月19日、月曜日。

散歩のついでに自動販売機で買ってきたオロナミンCの蓋がなかなか開かなくて焦る。いつも簡単に開くのに。

夜になって外から聞こえてくる虫の声は既に秋の気配。アマゾンのプライムビデオで映画を一本見た。

一編の悪夢を見た思い。たまたま先日この日記に買いた、人間の記憶は当てにならないということを映像化したような映画だった。いずれにせよ、小説で言えば一人称で語られているような感じで主人公の記憶のみで繋がっている話、その主人公が連続殺人犯なのだから後味がよくなるはずがない。

今日は9時36分に裏の人がやってきて起こされた。それが神社のお祭り費用200円を集めるためだというから泣ける。昨日回覧板を返すときに払いましょうかと言ったのに。ところが不思議なことに朝食後もそれほど眠くはならなかった。ということは結果オーライでいい感じの時間に起きたことになるのかなと思ったのだが、結局その後昼を挟んでなんと2時間も昼寝してしまう。今日のところは人生を2時間ばかり無駄にした思い。.

前述のようにようやく体調がましになってきたので、今日はそれなりにトレード。だがいつものようにあと3分、5分というところが待てない。一昨日から風邪をひいて熱が出たという母だが、熱は昨日の段階で下がったようだが今日になってもまだ鼻声だった。金曜日には再入院なので、それまでに風邪が治るだろうか。

それはともかく、例のあおり運転・暴行事件の犯人と撮影していたガラケー女の二人とも逮捕された。結局指名手配されたのだが事件発生後から手配するまで何故6日もかかったのかというところが謎。

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デリヘルドライバー

8月18日、日曜日。

ドグマチールとネキシウムを飲み始めたせいか、今日になってようやく体調がいくぶんましになってきた。もちろんそれは昨日までと比べた相対的な話である。体調がいいわけじゃない。

盆を過ぎたというのにとにかく暑い。日中は例によって冷房をつけた書斎のベッドに横になって読書。が、少しは何かやらなければならないかもと思い、散らかり放題だった書斎の片づけを少々した。脱ぎっ放しになっていた夏物以外の服とか毛布とかを二階の自室に運んだのだが、久しぶりに上がった二階は案の定蒸し風呂のように暑かった。かつて夏に冷房なしで二階で寝ていたとは到底想像つかないほど。片づけもやるからには徹底してやるべきだとは思うものの、そこはそれ、まだ半病人なので休み休み。なので、かろうじて(以前より)片付いたかなと思えるのはソファ周りぐらい。3分の1といったところか。台所の窓を全開にしておいたら、夜が更けてから案外と涼しくなっていた。とはいうものの室温は30度。

東良美季「デリヘルドライバー」読了。

インタビューに応じた9人の元デリヘルドライバーは元を辿ればやくざからプッシャー、バイオリンの学生コンクール日本一、風俗店経営、闇金、元女性まで、千差万別だ。それぞれがなにがしかの紆余曲折を経て気がつくとデリヘルドライバーになっているわけだが、その「なにがしかの紆余曲折」が自分とはあまりにもかけ離れているので、こういう人生もあるのかといちいち驚かざるを得ない。そして、気がつくとそういう人たちにある種の憧憬に近い気持ちすら抱いてしまうから不思議だ。なんかちょっとうらやましい。かくいう自分も、松任谷由実の原盤ディレクターやレコード会社ディレクターを経て音楽プロデューサーとなりながらも、その合間合間でパチプロをやったりとそれなりに出鱈目な人生を送ってきたけれど、この本に登場する人たちのある種衝動的な出鱈目さには到底かなわない。で、最後まで読み終わって気づいたのは、彼らに共通するのは最終的に人に紹介されてデリヘルドライバーになっているという点だ。つまりは、人間関係というものがその人の人生にどれだけ影響するのかということを再認識した。ところで、人に紹介されてパチプロになる人間はいない。もちろん、かつての梁山泊みたいな攻略プロとか開店プロは別として。

本に登場する9人の中にはスポーツ新聞の三行広告を見て風俗界に入ったという人も多く、そういえば自分にもそういう経験があったことを思い出した。うつ病のパチプロをやっていていろんな意味で煮詰まってしまい、なんでもいいからとにかく就職しようと思ったことがあった。そのころ僕は既に40歳を過ぎていて、もはやまともな就職活動をしてまともな会社に入れるとは思えなかった。ある日、日刊スポーツの求人広告を見てSソフトという会社に電話して面接に行った。何の仕事と書いてあったのかはもう覚えていない。広告からは仕事の内容は読み取れなかった。とにかく面接に来いというので履歴書を持って大久保通りの古ぼけたビルに行き、社長の面接を受けた。行ってみて初めて分かったのだが、そこはリンリンハウスというテレクラの大手チェーンを運営する会社で、社長というのはその筋では有名な人物だった。ある種のカリスマ性があるといえばあるが、それはつまりまったくの堅気ではないなという感じ。確かにいかにもやり手っぽいが、恐らく彼は頭はそれほどよくないと直感した。仕事は当時流行り始めた出会い系サイト(チャット)の運営だった。僕の履歴書を見て、その伝説の人物である社長はとにかく優秀な奴が来たというので、明日から来いという話になってしまった。それで若い社員の運転するワゴンで、仕事先である新宿三丁目にほど近いビルに連れていかれた。そこはビルのワンフロア一杯に所せましとパソコンが並んでいて、それらは出会い系サイトのサーバーだった。フロアの奥の一角にスペースが仕切られていて、そこにはいわゆるサクラの女性たちがいてチャットをしていた。僕はそこを任されているという課長だかなんだったか、とにかく責任者に紹介された。社員は皆スーツにネクタイで、にこやかに話すし、危ない仕事というか裏ビジネスあるいはグレーゾーンの仕事をしているという感じはない、フツーの人たちだった。確か夜の10時は過ぎていたと思う。奥でやらせのチャットをしていたサクラの女の子がお疲れ様でしたといって帰っていく。なんだかよく分からないまま、また社長と電話で話をして明日の9時から来るようにと言われた。

という具合に、「デリヘルドライバー」にもあるがスポーツ新聞に載っている風俗系の求人広告というのはとにかく即決であっという間に採用が決まるのだった。電車で用賀に帰りながら、なんだかよく分からないうちにどうやらテレクラが運営する出会い系サイト(チャット)に就職が決まってしまったようだ、どうしよう……とうじうじと悩んでいた。このままなし崩しに明日から出社するのだろうか。……。結局僕は帰宅後に田舎の父親に電話して、就職が決まったんだけど実は、と正直に話した。すると当たり前だが父は頼むからテレクラに勤めるなんてやめてくれと言った。それで僕は社長に辞退の電話を翌日入れたのだが、要するに僕は誰かに止めて欲しかったのだ。そうじゃないとずるずると巻き込まれてしまいそうな気がしたから。ハナから乗り気ではなかったのだ。

ま、僕のアンダーグラウンドな経験というとそれぐらいなのだが、ふと、あのまま次の日から通っていたらどうなっていただろうと考える。その後ネットでSソフトを調べると、少なくともその後始めたビデオボックスの会社はとんでもないブラック企業だというネット上の噂。だとするとどっちにしろあっという間に辞めていただろう。その一方で、もしかすると自分であれば物凄い勢いで出世した可能性もある、などとも思うのだった。たぶん僕はアイデアでは負けない。いずれにせよ想像上の世界だ。ちなみに面接に行った本社には雑誌に出す広告のレイアウト、作成をしている部署があり、そこは若い女性社員も何人かいてごく普通の会社のように見えた。今ウィキペディアでSソフトを調べてみたら売上高143億円、社員が1300名とあり、ホントかよ? と思ったなり。

人間、足を踏み外すのは意外と簡単だ……。入口はその辺に普通に転がっている。

ところで、本を一冊読んだところでデリヘルに対する妄想が頭の中で広がっている。正直興味津々。だが例によって自分には勇気がない。たまにはそれが幸いする。

さっき人に紹介されてパチプロになる人間はいないと書いたが、そういえば最後の会社(そこでは着メロや着うたのプロデューサーというか制作部長みたいなことをやっていた)を辞めてしばらくしてから、当時の部下と電話で話したことがある。彼は元々はシンセのオペレーターで、会社では僕の下でディレクターをやっていた。僕と同じ東北出身で真面目で人見知りをするタイプだった。僕がパチプロに舞い戻った話をすると、彼は「俺もパチプロになれますかね?」と僕に訊ねた。彼の性格からして、彼は本気で訊ねているのである。少し考えて僕は答えた。「無理だと思う」

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