妄想的恋愛に於ける疑似的失恋

9月6日、金曜日。

今日は11時に母が退院。アラームをセットしたものの、結局鳴る前に起きた。8時47分。特養の人よりも早く着かなければと思い、10時ジャストに病院へと向かう。今日も暑く、途中ミンミンゼミが鳴いていた。特養の職員は珍しく11時ぎりぎりに来た。Hさんが来るのはいつもの通りなのだが、看護師がAさんじゃなかった。結構ショック。そういえば火曜日の打ち合わせのときもAさんじゃなくKさんが来た。前回までは入院時、退院時ともにAさんが来たのになんでだろう。病院の看護師が請求書を持ってきたので1階で払って帰ったのだが、今回はトータルで10万を超えていて驚いた。ひとつには月をまたいでいるため。翌月になると少ない日数でも入院費がかさむ。それに加えて今回は、台風で大分から医師が来れなくなって実質2泊しただけの分も請求されており、それも日数を考えると高かった。都合請求書が3枚あったので高くなったのだった。

帰宅後昼寝。珍しく夢を見なかった。珈琲の生豆を煎ってから、4時過ぎに特養に。Hさんが請求書の控えを欲しいと言っていたので渡すと、施設長が来るまで玄関のソファーで待って欲しいという。で、施設長とHさんがやってきて、お見舞いということで金一封を渡されたので驚いた。後で見たら1万円だった。どうやら話を聞いていると、今回母が転んで骨折したのは特養の事故案件となっているようで、その手順を踏んでいるようだ。確かに最初に母がトイレに立ったときにセンサーが鳴っていれば……ということはあるけれど、自分の中では特養に責任があるとはまったく思っていないのでなんだか恐縮してしまった。

母の部屋に行くと、今日の母は元気がなく口数も少ない。母が喋らないと辛いと僕が言うと、ようやく声に出して返事をするようにはなったけれど。帰りがけ、看護員の待機室を覗くと、やはりAさんの姿はなかった。そして、もしかしたらこれは気のせいかもしれないが、ドアに貼ってある看護員の写真がなかったような気がした。ことここに来て、もしかしてAさんは特養を辞めてしまったのではないかと思うようになった。思うだけでそれを確認する勇気はない。

正直動揺した。僕はAさんにちょっとした恋心を抱いていた。なので、なんだか失恋をした気分になった。一体何年ぶりなのか分からないくらい久しぶりに、僕はちょっとした失恋をした気分を味わったのだった。考えてみればAさんに対する恋愛感情というのはなんら具体的な行動を伴っていないので妄想の域を出ない。ということは、今回のこの失恋もそういう意味では疑似的な失恋に過ぎないんだろう。だがそれなりに喪失感はあった。たぶんそれは理屈的に考えるとひとつの妄想を失ったということなのだろう。妄想にしろ疑似イベントにしろ、僕はすっかり意気消沈した。食欲もなかった。このままではひたすら気分が塞いでしまうばかりなので、台所で夕飯を食べ、YouTubeで「全裸監督」に関する主演の山田孝之のロングインタビューをひたすら見た。このインタビューはひたすらポジティブなものだったので、本格的な鬱屈に至る前になんとか少しはましな気分になったが、たぶんそれはインタビューの内容云々よりも食事を摂ったということの効果の方が大きかったように思える。

その後、なんとなく久しぶりにフェイスブックを見てみたら、同級生女子のMがどうやら10歳以上年下の男を作って同棲を始めたということが判明、だからどうなんだということなんだけれども、タイミング的に疑似的な失恋をしたところなので人のリア充はことさらこたえる。相対的に自分の非リア充さ加減が増大する。いや、実際は非リア充なんてものは増えたり減ったりするものじゃないとは思うが。

結局のところ、すべては気分の問題なのだろうか。実際には存在していない恋愛で失恋したり。人のリア充をうらやんだり。恐らく何かが変わったわけではない。変わったことがあるとすればAさんが本当に特養を辞めてしまったとしたらそうなるが、それとて確認したわけではなく想像の域を出ない。たまたま母が入院していてしばらく特養に行っていなかったので、余計な妄想が膨らんだのだ。Mが同棲を始めたというのは確かに具体的に何かが変わったことではあるが、ぶっちゃけ今の自分にはあまりにも関係ない。本来どうでもいいことなのだ。確かに学生のころのMは美少女で、クラスで最初に目を引いた女の子ではあったが、そんなことは何十年も前の話である。

考えてみれば、すべての恋愛感情はそれが具現化するまではただの妄想である。欲望と妄想。それは言い換えれば夢と希望だ。この歳になって失恋だのへったくれだのというのは実に不思議な気がしないでもないが、例えそれが誇大妄想であってもそういう気持ちは失わずにいたい。

それはともかく、いつだったか、もう一か月は前だと思うが、永久保証を謳うジッポーの修理に生まれて初めて出してみたのだが、それが今日届いた。

いや、今まで壊れるたびに新しいのを買い直していたけれど、もっと早く無料修理を利用していればよかった。ほぼ新品になって戻ってくる。

ともあれ、俺は恋することを諦めないぞ。いつかリア充になるまで。とはいうものの、自分の人生の大半は尋常じゃないモテキだった。そのツケが今回ってきているのかなという気がしないでもない。そういえば先日中学の同級生にコクられたのだった。ということは要するに組み合わせの問題なのか。いらぬ運を使っている気がする。上手く行かないな。

カテゴリー: 未分類 | 妄想的恋愛に於ける疑似的失恋 はコメントを受け付けていません

Enigma

9月5日、木曜日。

何故かは分からないけど、夜、日本対パラグアイの試合を見ている途中から右足の太腿(表側)にぴりりと痛みが走るようになった。これは一体なんだろう? 筋肉痛というには筋肉を使った覚えがない。そういえば六本木の会社に勤めていたころだから随分昔の話だけど、胸だかどこかにやはり鋭い痛みが走るようになって会社の近くの医者に行ったらただの筋肉痛と言われたことがあった。

というわけで親善試合、日本 2-0 パラグアイ。何しろ相手は地球の反対側から来て1日しか練習していないチーム。正直言って勝ったからといって何の強化になるのかもよく分からない。そんなわけで自分的にも昔と比べると日本代表の試合を見るモチベーションがかなり下がっている。勝っても負けてもどっちでもいい的な。ひとまず大迫と柴崎が先発しているから見るようなもので、彼らがいなければそれこそ見るテンションは激落ちする。その大迫が先制ゴールを決め、南野が追加点を決めて試合は前半で決まってしまった。確かに前半の日本の出来はよかった。しかし後半になるとパラグアイは足を攣ってしまうし、日本は次から次へと選手交代してグダグダになってしまった。それに加えて日テレの実況が後半から久保建英が出ると久保久保久保久保と大騒ぎするのでどっちらけ。久保がボールを持つたびにアップにするので何がどうなっているのか分からない。そもそも久保は確かにいい選手だがそこまで大騒ぎするほど完成されている選手ではない。改めて地上波というか民放の実況のレベルの低さに呆れ果てた。決めれば代表史上最年少ゴールというテロップがこれでもかと出てきて、ああそういえばニューヨークでフレディ・アドゥが16歳でMLSでデビューした試合を見たときも実況がこんな感じだったなと思い出す。で、今フレディ・アドゥがどうしているかなんて誰も知らないし興味もないだろう。

それはともかくとして、大迫はゴールもそうだがブレーメンでトップ下で使われ続けているせいか、ラストパスも上手くなっていて驚いた。柴崎は1つパスミスがあってがっかり。柴崎にはいつも完璧でいて欲しい。

明日の午前中に母が退院するので、明日は早起き(といっても9時だが)しなければならない。昨日今日と相場のトレードはほぼ何もしていないのと同じ。明日は母の退院に加えて夜に米雇用統計があるので、またしても様子見に終わるだろう。それにしても右の太腿が痛い。いてて。

カテゴリー: 未分類 | Enigma はコメントを受け付けていません

9月の蝉

9月4日、水曜日。

今日は日中30度を超えたらしい。病院に向かう途中でミンミンゼミが鳴いていた。少し不思議な気がした。

何時ごろだろう、4時台か5時台にトイレに起きてそれから二度寝したものの9時30分に起きた。10時前に起きたのは今週初。で、このところ続いていたネガティブな暗示としての夢ではなく、比較的いい感じの夢を見たのだが、細部はほとんど覚えておらず。夢の内容も大差ないような気がするのだが、要するに目が覚めたときの印象の違いだろうか。

朝食後、いつものように相場の想定をしたもののポジションを取る気になれず、なんとなくちょっと昼寝しようとベッドに横になったらなんと2時間半も寝てしまった。唖然。トータルで足し算すると一体何時間寝ているんだろう?

病院から戻ったのは6時近く。昨日スーパーで肉を買ったので、久しぶり(一か月ぶりぐらいか)に米を炊く。つまりはここ最近はずっとコンビニかスーパーの弁当で食事を済ませていたのだ。

ルヴァン杯、浦和 2-3 鹿島。うーん、0-3と一方的にリードした完璧だった前半に比べ、後半興梠が入った途端に2失点。それもまた興梠に得点を許すという。なんでこう同じパターンを繰り返すのか。警戒すべき選手は限られているのに。とにかく立て続けに2点取られて、まだ1点リードしているものの試合自体はなんだか鹿島が追い詰められているという雰囲気になってしまった。結果、三竿とセルジーニョ、犬飼を投入する羽目になったし、土居聖真が接触で負傷交代するという、いかにも緊急事態みたいになってしまった。結果としてはアウェイゴールを3点取って勝ったのだからよしとせねばならないのだろうが、2失点してしまったことでセカンドレグも気が抜けなくなってしまった。土居聖真の怪我が心配。その後ツイッター上では続報はなく、軽傷ならいいのだが。

夜までまったくトレードしていなかったので、試合後、申し訳程度に一回だけトレードした。いずれにせよ今日は朝の想定とはまったく違う相場になってしまったので様子見も仕方がない。

夜、YouTubeで久方ぶりに機関銃のように喋りまくる村西とおるを見た。村西の話すことが正しいかどうかはともかくとして、面白いことは間違いない。それにしても71歳にしてこのバイタリティは一体どこから出てくるのだろうか。彼を見ているとまるで自由自在にアドレナリンをコントロールできるのではないかとすら思える。

カテゴリー: 未分類 | 9月の蝉 はコメントを受け付けていません

白い表紙

9月3日、火曜日。

母の退院が今週の金曜日、6日に決まった。3時に特養の職員、母の主治医、リハビリ担当の医師が母の病室に集まって現況とリハビリの方向を打ち合わせ。今のところ母は骨折した足の痛みも訴えておらず、立つのに苦労するものの介助でポータブルトイレを使うことはできる。リハビリは特に通院をしなくても特養でできるということになり、退院が決まった。手術前は結構痛がっていた骨折箇所だが、そう言われれば最近は痛がらず、思いのほか順調に来ているようだ。正直なところ、母にとって病院よりも特養の方がいいかとなるとどっちもどっちなのだが、自分の都合だけで言えば病院への往復は1時間以上かかるので、うちから車で3分の特養に移った方が助かることは助かる。今日も母は特養の職員を見て笑顔を浮かべた。

それはともかく、昨夜特に遅く寝たというわけでもないのに、今日もまた昨日とほぼ同じ11時16分に起きた。というかそこまで寝てしまった。睡眠時間9時間。なんでこんなに寝るのか。で、毎日どこか嫌な後味の夢を見る。

夢の中でどういう立ち位置の存在かは分からないが、とにかく一人の女性の名前を覚えなければならないのだが覚えられない。何故か夢の中で母は喫茶店を経営しており、そこで働く外国人ウェイターと話す。件の女性の名前を思い出そうと雑誌をめくって名前を探すのだが、その雑誌は何故か左開きで表紙が真っ白なデザインだった。それだけの夢なのだが、要するに肝心なことを覚えられないということで上手くいかないという思いで目が覚める。簡単に言えばここ三日ばかりの夢はすべて上手くいかない夢なのだった。所詮夢などというものは唐突に場面が切り替わり支離滅裂なものなのだが、どうもそれをネガティブな暗示のように思ってしまうのだ。考えてみると素晴らしいカタルシスのある夢を見ることなどほとんどない。夢は目が覚めたところで終わってしまうものだから。

一概に夢の印象ばかりではないのだが、もう少し頑張らなければならないという焦燥感は常にある。よって病院に行く前に相場のポジションをそれなりに持って、母の病室でスマホで利確、なんてことをやっていたのだが、どうしても中途半端になるのは否めない。病院から帰宅後の夕方もポジションを取ったがこれまたすぐに利確してしまった。相場のチャート、レートをずっと見れているわけでもないので、どうしても切れ切れになる。夜の指標時はチャートを見ていたが、様子見に徹する。総じてチャートを見ている時間が短く、集中力が持続しない。日中に関しては母が入院している間は致し方ないのだが、夜のモチベーションが低いのが気になる。

それはそれとして、高野和明「13階段」をアマゾンで買おうかどうしようか迷っていたのだが、試しにこの日記で検索をかけたところ7年前に読んでいたことが判明。うむむ。

カテゴリー: 未分類 | 白い表紙 はコメントを受け付けていません

長月

9月2日、月曜日。

朝から雨。急に涼しくなったというか、今日は涼しいを通り越してTシャツだと肌寒いくらいだった。それにしても昨夜寝る前の体調は酷かった。まったくもって胃潰瘍そのものだったと思う。結局ドグマチール飲まないと胃潰瘍になっちゃうのかな。で、あれからDAZNでヴァレンシア対マジョルカの試合をああ気持ち悪いとか思いながら見ていると、後半残り10分ぐらいに久保建英が途中出場、その後ヴァレンシアのイ・ガンインも出てきて18歳日韓対決を見ることができた。昨夜の試合だけに限っていえばイ・ガンインのパス精度の方が目立ったか。イ・ガンインはスピードがないのが難点と言われているがさほど気にならなかった。久保は自身のプレーというよりも周りが下手過ぎるというかマジョルカというチーム自体の問題。テネリフェに移籍したばかりのころの柴崎岳を思い出す。これは多分にチーム内の信頼度の問題か。

日中は相場のトレード少々。週明けの月曜日だしアメリカが休日だというのであまり積極的にはできず。雨の中を今日も病院へ。今日の母はやはり口数は多くなかったが、それでも僕が顔を出すと一瞬笑顔を浮かべたのでそれだけでも十分。

夕食後の夜はトレードをするつもりはなく、YouTubeの動画をだらだらと見る。で、同じくバルサBで初出場した安部裕葵のタッチ集を見たが、かつての千両役者感が戻り存外によかった。3部だからなのかそうしないと止められないからなのか、めちゃくちゃファウルを受けてた。

ツイッターのTLで話題になっていたのは週刊ポストが「韓国なんて要らない」というタイトルで煽ったことがボコボコに叩かれていた。当たり前。この日記には敢えてポリティカルなことを書かないようにしているが、最近の日韓関係の捻じれ具合は一体なんでこうなったんだ?という思い。韓国人YouTuberの配信を最近マメに見ているのだが、彼は母国の韓国をけちょんけちょんに非難しているので、どうやら韓国がおかしいことは確からしい。確かに日韓関係も大事だがその陰で世論調査で消費税増税に賛成が反対を上回ったという日経の記事。どこまで馬鹿なんだ日本人。一体全体、どういう理由で増税に賛成なのか。実質賃金は減るし年金は削られるし、消費税増やして何のメリットがあると思っているんだろう? 韓国がどうのと言っている場合じゃない。馬鹿につける薬はないのか。

カテゴリー: 未分類 | 長月 はコメントを受け付けていません

圧巻

9月1日、日曜日。

気がつくと今日から9月。

朝9時過ぎに昨日アマゾンに注文した本がもう届いて起こされた。わざわざ買いに訪れた本屋には在庫がなく、アマゾンに注文すれば翌日に届いてポイントまで付く。これじゃあアマゾンで買うよなあと思いつつ、二度寝すると次に目が覚めたのはびっくり、なんと12時5分で昼を過ぎていた。

この二度寝したときに見た夢は、まるで自分のこれまでの人生をダイジェストにしたみたいな夢だった。目が覚めた時間にも唖然だが、夢がちょうど現在に至るところで目が覚めたので、ああこのままじゃいけないんだという焦燥感が凄かった。改めて自分は瀬戸際まで追い詰められているんだと思う。

今日はただでさえ4時に精神科の予約、6時キックオフで鹿島の試合と予定が入っていたので、母の見舞いにも1時には行こうと思っていたのだが起きた時間が時間なので予定が狂い、バタバタになってしまった。朝食後慌てて出かけて病院に着いたのは1時35分、精神科の予約があるので3時過ぎには病院を出る。で、3時45分に地元に到着、精神科に電話して何時に行けばいいか訊ねると5時に来てくれというので一旦帰宅。

そんなわけでバタバタになると思っていたのがぽっかりと1時間時間が空いてしまった。なのでなんとなくこの日記のテーマ(WordPressのTwenty Ten)を更新したところ案の定色とかフォントとかが初期化されたのでスタイルシートのファイルを一行ずつ探ってなんとか元に戻す。ということをやっていると、記事の投稿時刻が表示されないことが気になって関数のファイルを全行見てみるがどこを直したらいいのか分からない。この事態になるのは確か今回で3回目ぐらい。毎回どのファイルのどこを直したらいいか忘れてしまう。ググってみてもそれらしいものは出て来ず途方に暮れそうになったが、ふと思いついてWordPressのサポートで検索するとようやく見つかった。というわけで、久しぶりにようやく投稿した時刻が表示できるようになった。

てなことをやって5時に精神科に行ってみると、まだ待合室で数人待っている。看護師に予約券を渡してどれぐらい待つか訊ねると20分ぐらいと言われたのでそれでは鹿島の試合のキックオフに間に合わないので予約を来週に変更してもらった。

というわけで清水 0-4 鹿島。ACLの広州戦から中三日、おまけに次は中二日でルヴァン杯の浦和戦があるということで今日の先発メンバーは広州戦から大幅に入れ替えたターンオーバー、最終ラインはともかく最近攻撃の軸となっていた土居聖真がベンチにもいない攻撃陣が大丈夫か不安に思っていたが、蓋を開けてみると圧勝だった。心配していたレアンドロは案の定ミスを連発してボールロストするのでこの辺が穴になるのではと心配して見ていたが、それ以外の初先発の上田綺世、トップ下に入った遠藤、右サイドのセルジーニョが圧巻の出来だった。特にそれほど期待していなかった遠藤は裏へ抜け出しての先制ゴールといい、4点目のアシストといい、クラブW杯で南米王者相手にダメ押しの3点目をヒールで決めたときを思い出す出色の出来。連戦のセルジーニョは先制ゴールのアシスト、2点目のPKと相変わらず獅子奮迅の働き。そして今日は何と言っても初先発の上田綺世がPK獲得した上に2ゴールと実質ハットトリックの大活躍。とにかく上田はロングボールのヘッドの競り合いをほとんど制し、あまりにも空中戦に強いので驚いた。2ゴールは両方とも見事なヘッドでのゴール。今日のメンバーでここまで完勝できるとは。おまけに川崎FがC大阪に負けてくれるという、ことサッカーに関しては痛快な一日となった。精神科の予約を変更した甲斐があったというもの。というように改めて現在の鹿島の強さを再認識したもののかといってスケジュールの厳しさは変わらないのでまだ楽観はできない。しかしながら今年はホントに4冠を狙えてしまうところにいる。果たしてどこまで行けるのか、しかと確かめよう。

カテゴリー: 未分類 | 圧巻 はコメントを受け付けていません

残滓

8月31日、土曜日。

再生回数があまりにも少ないのでまた貼っておく。一応全部リアレンジしたのでできれば最後まで聴いて欲しいのだが。それはともかく、また曲を書かないとこの曲が自分の遺作になってしまう。

今日は暑かった。まだ蝉は鳴いているものの今日で8月も終わり、もはや残暑と言うべきだろう。

何の予定もない土曜日なのに、8時45分に起きてしまった。特にこれといった理由はなく、強いて言えば巨大なショッピングビルの中をさまよう夢にうんざりしてしまって起きたというところか。結局朝食後に昼寝。最近とみに体力が落ちたことを気にしていたのだけれど、今日辺りの加減をみると体力云々以前に単に体調が悪かった模様。故に絶不調のところをなんとか母の見舞いに行く。今日の母は一転して口数が少なかった。母がほとんど喋らないとメンタル的にしんどい。よって今日は早めに帰宅。

今日からアマゾンのキャンペーン期間なので、本を3冊買った。ドン・ウィンズロウ「ザ・カルテル」上下巻、本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」。これで当分読む本には困らない。

日中最悪だった体調は病院に向かって以降は大分ましにはなったものの、それでも何かをやるにはダル過ぎて無理。せいぜいが寝転がって本を読む程度。それはいいのだが、今読んでいる馳星周「比ぶ者なき」は普通の歴史小説であまりにも馳星周っぽくないので果たして読み続けるべきかどうか悩みながら読んでいる。

カテゴリー: 未分類 | 残滓 はコメントを受け付けていません

負のカタルシス

8月30日、金曜日。

朝、9時45分に特養からの電話で起こされた。それによると、病院から特養に連絡があって、母の退院に備えるために来週の火曜日(3日)の3時に特養の職員が病院に打ち合わせに行く予定になっているということだった。それを聞いて、えっ、もう退院、と思ったのは、例の母の座骨の骨折が2・3週間はかかるという話だったのでもっと入院が長引くものと思っていたからだ。しかし整形外科医の話として、安静にしていれば必ずしも入院している必要はないということだったのを思い出す。とすると、治ってからのリハビリの問題は残るが、母はどうやら思ったよりも早く退院できそうだ。

昨夜寝たのが3時過ぎだったので、昼頃に1時間ほど昼寝したらかえってだるくなって具合が悪くなった。そんなわけでまたベッドに寝転がって本を読み、馳星周「長恨歌 不夜城完結編」読了。

こんな風に書くと面白くなかったと思われるかもしれないが、実際はそれでも面白かった。馳星周の小説はひたすら毒を飲んでいるような中毒性がある。あらゆる人間は裏切り、最後にろくでもない結末が待っているのが分かっていて、読みながらそれを期待して待っている自分がいる。その結末が酷ければ酷いほどいい、みたいな。ある種の絶望依存症みたいになってしまう。これがツイートにも書いた負のカタルシスだが、これは詰まるところマゾヒスティックなものなのかそれともサディスティックなものなのか区別がつかない。

病院に行く前に図書館に本を返しにいって、迷いに迷った挙句結局また馳星周の本(比ぶ者なき)を借りてしまう……。困ったものだ。

4時ごろに母の病室に着くと、今日も母は元気でよく喋った。驚いたのは昼食を車椅子に座って摂ったということで、手術前はあれほど骨折箇所を痛がっていたのにと不思議に思ったくらいだ。で、実際ベッド脇の簡易トイレで用を足せる(もちろん介助されてだが)くらいになっており、自分が帰るころにはCTの検査があるということでベッドに腰掛けていても平気なのにも驚いた。どうやら母の骨折もそれほど酷いものではなかったようだ。いずれにせよ母の回復度合いは極めてよく、これなら来週退院の予定が立つのも不思議ではない。

病院の帰りに久しぶりに本屋に立ち寄った。このところあまりにも馳星周ばかり読んでいる(おまけに今日も借りているのだが)ので、図書館に置いていない本を買って帰ろうと思った。ドン・ウィンズロウ「ザ・カルテル」上下巻か本橋信宏「全裸監督」のどちらかを買おうと思っていたのだが、驚いたことにどちらもなかった。「全裸監督」はメルカリでもすぐ売れてしまうようなので分からないでもないが、文庫の「ザ・カルテル」までないとは。この県内でも五指に入るくらい大きな書店(八文字屋天童店)、何か月前だかに模様替えして書籍の置いてある場所が変わったのだが、どうもそれ以来置いてある書籍の数が明らかに減っている。特に外国文学とノンフィクションは貧弱な品揃え。店舗面積は変わってないのだから一体本を減らして何を増やしたのか、一見してはよく分からない。結局、図書館にあるのは分かっているが、常に貸し出し中で当分順番が回ってきそうもない、今話題の中国のSF、劉慈欣「三体」を買って帰る。中国の小説というと物凄い評判がよかった閻連科「愉楽」を読んで物凄くがっかりした覚えがあるので、もしこれがつまらなかったら二度と買わない。つもり。

それにしても涼しくなった。今日はまったく冷房を入れずに済んでいる。なんだか体調がよろしくないのも季節変わりという奴だろうか。

カテゴリー: 未分類 | 負のカタルシス はコメントを受け付けていません

晩夏

8月29日、木曜日。

かろうじてまだ蝉は鳴いているが、夏はリアルに終わろうとしている。気がつくと今週ももう木曜日、手術の日は言うまでもないが、病院に行くと往復の時間も含めて3・4時間は時間を取られるので日中はほぼ何もできない。なので今週は相場のトレードも合間を見て申し訳程度にやっただけで、ほぼ何もやっていないのに等しいと思っていたのだが、ちょこまか利食いしていたので一応プラスにはなっている。今日も10時過ぎに起きたがいまだにやたらと身体が疲れている。気がつくと昼頃から1時間半ほど昼寝をして夢を見た。病院には3時過ぎに行った。

今日の母はよく喋り、元気だった。昨日のように声が聞き取れないほど小さいということもなかったし、顔色もよく骨折した足を痛がるでもなかった。ちょっと安心した。正直なところ、これで十分だ。それほど多くを望んでも仕方がない。母が元気で、自分は1時間に1本か2本の煙草を吸えて、鹿島が勝てればそれでいい。それ以上は望むまい。さすがに鹿島がすべての試合を勝つことは到底あり得ないので、負けたり引き分けたりするたびに落胆するだろう。そして、次の試合を待つのだ。それ以外の夢や欲望は日を追うごとにとても叶いそうにない妄想みたいになりつつある。何しろ勇気がないから。それこそ日本代表に選出されてもおかしくないくらいに勇気がない。かといって石橋を叩いて渡るような生き方をしているわけでもない。現実はむしろ逆で、毎日が薄氷を踏む思いで相変わらず出鱈目な人生を送っている。困ったことに最近は勇気と同じぐらいに体力がない。これが致命的といえばそうなのだが、体力をつけるにはそれなりの勇気と根気が必要だ。となると、にわとりが先か卵が先かみたいな話になってくる。投げやりという種目があったらそこそこいいセンを行くかもしれない。

とここまで書いて、もしかして今の自分に決定的に足りないのは勇気や体力よりもまず動機やモチベーションなのかもしれないと思った。一言でいえばきっかけかもしれない。だとするとそれが具体的に何なのかはよく分からない。もしかしたらそれはただ単に欲望そのものかもしれないのだ。

昔、このsomething newがまだ今のようなブログではなくてHTMLで更新していたころ、セックスをしたいと書いたことがあった。というか、あったらしい。というのも、それを読んで神戸のケイが写真をメールで送ってきたからだ。自分ではそんなことを書いたかどうか覚えていない。ともかく、ケイは神戸から用賀にやってきて僕らは寝た。その年、僕は延々と小説を書き続けていた。つまるところ、そのころの僕にはそれなりの欲望があったのだ。そして、何かを書かずにはいられないモチベーションがあった。何にせよ、18年とか、19年前の話だ。

それがすっかりなくなってしまったのかというと、先日のように怒りに駆られるとアドレナリンが出て怒涛のように頭が回ったりする。それはある種の欲求に近い。要するに怒りではなくもっと違うもの、セックスをしたいでもなんでもいい、なんらかのモチベーションによって自分を突き動かさなければ。などと思う深更。

欲深くなるのって意外と難しいな。気がつくとこれ以上何も望むまいということと逆のことを考えている。たぶん、それでいいのだ。

カテゴリー: 未分類 | 晩夏 はコメントを受け付けていません

大丈夫

8月28日、水曜日。

昨夜はいつもより早く寝た。今朝は8時台に目が覚めて一瞬起きようかとも思ったのだが起きられず二度寝、10時4分起床。昨日の疲れが想像以上にあった。

午後病院から連絡があり3時ごろには母をICUから病棟に移すというので、3時5分に病棟に行くと看護師がちょうどICUに行くところだった。ナースステーションのところで母が連れて来られるのを待つ。なんだか知らないが右肩がやけに凝る。待っている間に出かける前に取った相場のポジションをスマホで利食い。

窓際にベッドを置かれた母に大丈夫か訊ねる。すると。

母の声はあまりにも小さくかすれていて、耳を近づけないと聞き取れなかった。その後看護師が話しかけると、やはり「靖がいるから大丈夫」とほとんど聞こえないくらいの声で言った。5時近くなって帰る間際に母の写真を撮った。母に笑ってと言うと、かろうじて笑顔のようなものを見せた。それだけで十分だった。これ以上何も望むまい。

21時キックオフ、ACL、広州恒大 0-0 鹿島。アウェイゴールを取れなかったのは残念だけれど、34度という酷暑の中選手はよくやったと思う。コンディションは2週間空いた広州の方が明らかによかったはず。強いて言えばセルジーニョがミスがちょっと多かったくらいで、ほとんどの選手は素晴らしかった。GKのスンテはピンチをことごとく止めた。次のホームは引き分けでは駄目なので勝たなければならない。だがつまりはホームで勝てばいいのである。

病院でやけに凝っていると思った右肩は、帰宅するころには五十肩のようになり痛くて首が回らなくなった。左肩の五十肩がようやく治ったと思ったのに。しかし俺は60歳、それで五十肩なら文句は言えない。

それはそうと、ACLを見るためにスカパーを再契約したのだが、午前中に契約したのにいつまで経っても二週間無料お試し云々というテロップ(結構でかい)が消えず、都合3回電話する羽目に。病院に向かうときにまだテロップが消えていなかったので病院に着いてから3回目の電話をしたのだが、サポートの女の子が要領が悪く途中でほぼキレて喧嘩腰になってしまった。結局病院から帰宅するとテロップは消えていたのだが、先日病院と喧嘩したことといい、どうもクレーマー体質というか気がつくと怒りっぽくなってる。自分でも気になってる。これもまた年を取ったせいなのか。だとしたら嫌だな。何かが気に障っても怒らないようにするには一体どうしたいいんだろう? そういえば母はこの5年間ただの一度も怒ったことがない。そうありたいものだ。怒りという感情を持つことと、怒りを露わにすることは別だ。と思う。何にせよ剥き出しはよくない。

ACLがあったので夜は相場のチャートをほとんど見れておらず、今夜もまた早く寝ることになりそう。

カテゴリー: 未分類 | 大丈夫 はコメントを受け付けていません