暗手

8月17日、土曜日。

起きたら11時28分。昨日からの体調の悪さは一向に変わらず。たぶん胃潰瘍だと思うので、胃酸を抑制するネキシウムを今日から飲み始める。ドグマチールも飲む。もう15年以上前になるが、胃潰瘍と十二指腸潰瘍と食道白癬を同時併発したときに、ドグマチールと胃酸抑制剤と漢方薬で治った経験があるからだ。もちろん、そのときは医者にかかっていたのだが。それにしても恐ろしく体調が悪い。今日は悪心のみならず頭痛も酷く、まったく食欲がないのだが頭痛薬のアドヴィルを飲むために無理やりフルーツグラノーラの昼食を摂る。頭痛がなんとか治まったのは夕方になってからだった。

他にできることもないので今日もベッドに寝転がって本を読む。馳星周「暗手」読了。

夜光虫」から19年後に書いた続編だからある程度しょうがないのかもしれない。もしこれが「夜光虫」の続編ではなく、独立したひとつの長編として読めばそれなりにカタルシスは得られたのかもしれない。実際、三日で読み終わったということはある程度面白かったということでもある。がしかし。同じ主人公だと考えると整合性が取れないし、何よりもプロットに必然性がない。結果、大藪春彦的なスーパーマンとして主人公を描くことになり、ありふれた活劇になってしまった感は否めない。で、スーパーヒーローとして主人公を描くのであれば、本編の半分以上を占める八百長を仕組む部分が長過ぎる。

「鎮魂歌(97年)」「夜光虫(98年)」「暗手(2017年)」と3作続けて馳星周を読んで、要するに馳星周は2000年以前の作品の方が面白いのでは、ということに気づいた。90年代の作品は救い難い絶望に満ちていて、それこそがまさに非情そのもの、つまり本来の馳星周であるから。そんなわけで「暗手」を図書館に返して99年の「漂流街」を借りてきた。

とはいうものの、さすがに同じ作者のものを4冊続けて読むのもどうかと思い、先日メルカリで買った東良美季「デリヘルドライバー」(ノンフィクション)を読み始めたのだが、これが滅法面白い。それは多分に、自分がホテトルまでしか知らず、デリヘルというものを利用したことがないのでよく知らないせいだと思う。

大分 0-1 鹿島。試合が始まったときはまだ体調の悪さが続いていたが、頭痛は治まって空腹を覚えていたので多少はましになってきていた。大分には開幕戦でまさかの敗戦を食らったので、よもやまた負けるわけにはいかず。開幕戦ではショートパスを繋ぎまくる大分の術中に完全にハマってしまった感があったが、さすがに二度目の対戦とあって鹿島も対策を練ってきた。ディフェンスラインでボールを回す大分を鹿島は前線から追っていかず、守備陣形を守って待ち構える形。結果、前半の大分は大半の時間を後ろでただ回しているだけになり、シュート本数はなんとゼロ。危なげはないがいかにも塩試合の様相を呈した。後半も相変わらず。基本的に鹿島は大分にボールを持たせて守るので、このまま続いたらスコアレスドローか、みたいな雰囲気が漂っていたが、後半途中から投入した相馬勇紀が大正解、左サイドバックの小池からのロングフィードをぴたりと止めて切れ込んでそのままシュート、これが見事なゴールとなり鹿島が先制。これで大興奮してようやく体調の悪さを少し忘れることができた。その後大分はそれなりに攻める姿勢は見せたものの、そこはそれでしのぎ、結果ウノゼロで勝つという鹿島らしい試合で開幕戦のリベンジに成功。で、都合よく首位のFC東京が負け、川崎Fは仙台相手に引き分け、ついでに横浜FMも負けてくれたので2位の鹿島は首位のFC東京に勝ち点差4まで詰め寄り、3位の川崎Fに勝ち点差4となった。

というわけで体調は恐ろしく酷かったし、母も風邪をひいて熱を出してしまったのだが、サッカー的には万事オーライとなった。とはいうものの、この体調で何の予定もない明日の日曜は一体どうしたものか。

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送り盆

8月16日、金曜日。

気持ち悪い。胃液が逆流してきて、マジに吐きそう。結局盆の間は体調が悪過ぎて、散歩すらできなかった。

朝というか起きたのは何故か11時33分、なんでそんな時間になったのかいまひとつよく分からないが、とにかく起きたら雨が降っていた。そのせいなのか、ここ数日の中ではそこまで暑くなかった。雨はじきに止んだ。

午後はそれでもそれなりに相場のポジションを持ち、4時過ぎに決済するまではずっとチャートを睨んでいた。ポジションを利食いすると、墓参りに出かけた。今日は迎え盆の13日に供えた花を回収しなければと思っていたのだが、寺に行ってみると不思議なことに先日備えた花はなくなっていた。そういえば去年だったか、以前もこんなことがあった。一体誰が花を片付けたんだろう? 以前は町内の叔母(父の姉)かなと思っていたが、今年92歳になる叔母がやったとは思えない。他の墓には花がそのまま残っているので、寺が片づけたとも思えない。分家の墓の方まで花は片づけられていた。一体誰が。思い当たる人間がいない。結局真相は謎のまま。突き詰めて考えると実に気味が悪いが、例えば玄関や洗面所に突然コウモリの死体が現れたように、世の中には不思議なことというものがあるのだ。

墓参りから戻ると、体調はいっそう悪くなった。胃がむかむかするし頭痛もする。母のところに面会に行くと、今日の母はしきりに咳をしていた。特養から帰るころには、頭痛はなんとか治まったものの胃のむかつきは酷くなる一方でまったく食欲がない。ただ久しぶりにコメを炊いたのでなんとか我慢してレトルトのカレーで夕飯を食べる。

その後はあまりにも気分が悪いので近ごろのだるいときの習慣となってしまった感があるがベッドに寝転がって本を読んだ。これまでは寝床で寝る前しか読まなかったので、二日で300ページ以上という読書ペースは自分としては驚異的なペース。何しろ体調が悪過ぎて他にできることがない。体調が悪いときに酷い話を読むのはなかなかにしんどいのだが。

今一番むかつくのは、常磐道でのあおり運転からの殴打事件。事件が起こったのは10日。事件の一部始終を映した映像という証拠があるにもかかわらず、事件から6日も経った今日になってようやく逮捕状の請求というのはいくらなんでも遅すぎる。で、容疑者の行方が分からないとは。警察もお盆休みなのかと言われてもしょうがないというか、映像がメディアに流れた時点ですべて特定できたはずだから、この経過はどう考えてもおかしい。いろんな意味で胸糞が悪い。逮捕状を取っても実名報道せず、映像もモザイクのまま。何がどうなっているのか。

そんなわけでいろんな意味で気持ち悪い。

追記: あおり運転暴行男、実名も写真も出て指名手配された。当たり前。

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狂気

8月15日、木曜日。

朝はアラームで起きた。住職が棚経をあげに来るからだ。住職は11時ジャストにやってきた。棚経を終えた住職に礼を言うために正座から立ち上がると、眩暈がした。

めちゃくちゃ暑い一日だった。アラームをかけて昼頃に少しだけ昼寝をして、2時過ぎに母の病室に着くとちょうど特養の職員が来て母の着替えをさせているところだった。入院費(前回)の請求書をもらったので窓口で払っていったが、6月の半月分に比べるとたった三日だけの7月分がやけに高い気がした。炎天の中を帰路に就く。盆の間は道は混んでいる。で、必ず物凄くトロい車がいる。普通に運転していると車間が詰まって、まるで自分があおっているような状態になってしまう。ただでさえクソ暑いのでいらいらする。前方に車がまったくいないのに突然ブレーキを踏んだり、酔っ払っているように蛇行する車もいる。まるで魑魅魍魎だ。

帰宅後の午後、盆とはいっても相場は動いているのだから少しは仕事をしなければとトレードを少々するものの、相場が薄いせいなのか、突然ドル円が80ピップスも噴き上がったりするし妙にボラティリティ(変動率)が高いので危なっかしいことこの上ない。結局ほぼ様子見になってしまう。

今日は日が沈むころになってもまだ30度を下らず暑かった。特養に戻った母に面会に行ってからスーパーに寄ると盆だからなのか弁当の類はなく、しょうがないので1000円ちょっとする鮨を買って帰ったら恐ろしく不味かった。入院費を払ったし、住職には盆礼、それと15日なので町内会費、ガソリンも入れたしで気がつくと今日は散財。

夜は今日もまた読書。

こんなことを呟いたせいか、6年前のことを思い出してしまった。本物の狂気について呟こうと思ったがやめておいた。ならこの日記に書いておこうとも思ったのだが、やっぱりやめておく。できるものなら、本物の狂気など知らない方がいい。あなたがもし幸せなのだったら。

そのうち、また小説を書き始めようと思う。

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夜光虫

8月14日、水曜日。

9時10分、病院からの電話で起こされた。母の主治医からで、明後日の予定だった母の手術を、執刀医である大分大学病院の医師二人が台風のために明日飛行機で移動できないため、27日に延期したいという話だった。そんなわけで母は明日急遽退院することになり、23日に再入院するということになった。確かにツイッターのタイムラインで台風は話題になっていたものの、うちの近辺というか山形県は深刻な台風に襲われるということがほとんどないため、対岸の火事的にしかとらえていなかった。

睡眠時間が1時間半ほど足りなかったので朝食後の午前中は昼寝。相場は昨夜ドル円があまりにも急騰しすぎたため今日は様子見。

馳星周「夜光虫」読了。

ここでは夢や希望はただの欲望に過ぎない。主人公はただ己の欲望に突き動かされて殺人を重ねていく。それは単なる自己都合、エゴイズムでしかない。ほんの数人を除けばほぼ全員が誰かを裏切る。つまり誰も信用できない。この辺は馳星周らしい。らしくないと思ったのは主人公が最初の殺人を犯すまでに100ページ以上も要したことで、珍しく話にスピード感がないと思ったのだが、後半になって一転してとんでもないスピードで物語は負の暴走をしていく。いささかやり過ぎと思える人間関係、ちっともクールじゃない主人公、ひたすら気が滅入るプロットとネガティブな要素はそれなりにあるのだが、一度勢いがついてからは面白く読めた。とにかく主たる登場人物のほとんどは常軌を逸していて、逆に言えばここまで徹底しないと真の悪は描けないといったところか。結果的に殺人を重ねてしまう主人公は決して正義ではなく、物語を通してただの人殺しへと堕落していくのだが、それでも一人称で書かれているからか、読者は最後まで主人公の視点で世界を見るしかなく、結句どこか主人公を応援しながら読んでしまう。結局は「誰が一番悪いのか」みたいな話になってしまうのはこの場合しょうがない。実際のところ、本当の犯罪者というのは前述のようにただ己の欲望に突き動かされて否応なく犯罪者になってしまうのが大半だろう。そういう意味では、いささかやり過ぎと思えるくらいに非情な話の方がむしろリアリティをもってしまうのも無理からぬ話だ。客観的に見ればいかにも酷い話でやり切れないことこの上ないのだが、読み終わると続きが読みたくなってしまう。というわけで、図書館に返しにいって続編の「暗手」を借りてきた。こうなったら主人公がどこまで堕落するのか見届けてやろうという。

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超炎天

8月13日、火曜日。

アラームを8時45分にセットしていたのだが、8時39分起床。病院には10時15分着。母は前回とまったく同じ病室のまったく同じベッドに入院。偶然だろうけど。母が昼食を食べ終わる頃合いに帰途に。外に出てみると病院の駐車場は地獄のように暑かった。スマホを見ると33度となっていたが、体感的には40度ぐらいあった。車の冷房を全開にしてもほとんど効かない。最上川手前の気温計は35度。今日の日中はとにかく数字以上に暑かった。帰宅するころには汗だく、Tシャツを洗濯。書斎の冷房を入れたが1時間経っても室温が30度を下回らない。夕方は混んでいるだろうから、一番暑い2時半ごろに寺に墓参りに。

帰宅後、あまりにも暑くて何もできる気がせず、ベッドに横になって延々と馳星周「夜光虫」を読んだ。これほど長い間本を読むのは一体いつ以来だろう。「夜光虫」後半になって段々先が読めるようになり、ああやっぱりね的な展開ではあるが、どんどん凄まじく酷い話になる一方でさすがに馳星周ちょっとやり過ぎじゃないかと。

夕方になってようやく冷房が効いて室温が下がってくると今度は寒くなる。毎年のことだが盆になると向かいの寺の墓参りでうちの前は路上駐車の嵐に。

昼食は運転しながら菓子パンをひとつ食べただけなので、5時過ぎから猛烈に腹が減ってきた。なので、6時前にラーメンを作り始める。

というわけでラーメンを食べ終えるとまた汗だくに。その後はまた読書。驚いたことに今日はこの2回汗だくになったというだけで体重が1kg減った。

暑さに気を取られてはいたが特段体調がよくなったわけではなく、トレードは日中申し訳程度、後はひたすら寝転がって本を読んでいた。夜になって米中関連のニュースが入った途端にドル円が現時点で180ピップス(?)の暴騰。尋常じゃないボラティリティで上がっていくのをただ眺めていた。なんていうか、下手にポジション持ってなくてよかったというか、日中置いた指値をそのままにしていたら一瞬で串刺しになっていた。

それはともかくとして、16日の母の手術が9時と聞いて仰天。これまでは12時過ぎだったのに……。本当に9時だとすると7時起きどころか6時台に起きなければならないかもしれない。もう頭を抱えるしかない。

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8月12日、月曜日。

11時15分起床。酷暑が戻ってきた。相変わらず朝から身体は疲れ果てている。しかし、幸いながら今日は頭痛は来なかった。花屋に行って仏壇用の花を買ってきて、それから盆提灯を組み立てて、仏壇周りは盆の準備ができた。スーパーに買い物に行き、墓に備えるための花を買った。外はうだるほど暑かった。明日は母が入院するので、なんとしても今日のうちに体調を戻したかったが、夕方以降胃がむかむかして悪心が酷く、太田胃散も飲んでみたがダメで、夜になってとうとう断薬して十日目でドグマチールを飲んでしまった。それから1時間ぐらいすると吐き気とむかむかは少しましになった。もしかすると胃潰瘍寸前だったのかもしれない。とにかく明日はギブアップするわけにはいかない。今日は早く寝るしかない。いろいろと苦しい。

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8月11日、日曜日。

不屈の逆はなんて言うんだろう?

人間とにかく体調の悪さには勝てない。自分ではどうしようもない。気力で克服するとかそういう問題でもない。ただひたすら何かが通り過ぎるのを待つしかない。とにもかくにも今日はあまりにも体調が悪過ぎて、まったくもって歯が立たなかった。

今朝は10時50分に電話がかかって来ず、11時38分起床。とはいうものの、何しろ寝たのが明け方の4時近かった。眠気は格別なかったのだがなんとなく調子悪いなと思っていたら昼食後酷い頭痛。頭痛薬のアドヴィルを飲んだもののなかなか頭痛は治まらず、ベッドに横になっていたらいつの間にか気絶していた。目が覚めると3時間が経過していた。まだ頭痛の残滓はあったが、それよりも胃がむかむかして気分が酷く悪い。いわゆる悪心という奴だ。夕方母のところに行くころには気持ち悪くて今にも吐きそうだった。あまりにも気分が悪くて何も食べられる気がせず、帰りがけにコンビニで盛岡冷麺を買って帰り、帰宅後なんとか食べる。しかしながらこれを書いている今現在まだ胃がむかむかする。

このところの習慣で書斎はずっと冷房を入れていたが、今日もそれほど暑くはなく、夕方以降はむしろ涼しかった。

前述のように日中はほぼ廃人。いつもなら三連休などというものはうんざりするだけなのだが、今回だけは明日が休日でよかったと思った。夜、Netflixのオリジナルドラマ「全裸監督」を最後まで見た。ドラマの前半は無茶苦茶面白かったのだが、何しろ実話に基づいているものだから話は後半失速。村西がハワイで拘留されてからは彼の破天荒ぶりを描くわけにもいかず。なので徹頭徹尾痛快というわけにはいかなかったが、おしなべて面白かった。「ナルコス」といい、Netflixのオリジナルドラマはよくできている。

それから途中になっていた是枝裕和監督「万引き家族」を最後まで見た。多少奇妙ではあるものの日常を延々と描写するのにちょっと辟易していたが、ちょうど一時停止していたところからようやく話は急転直下動き始めた。ネタバレになるので詳しく書くわけにはいかないが、正直なところこれでカンヌのパルムドール? と思わざるを得なかった。辿り着くべきところに辿り着いてない感。中途感がある。なので圧倒的なカタルシスは得られない。多分に気分の映画なのかなという印象。是枝が最後に子供たちに言わせたかった(映画の中では言わない)ことは分かるが、それは映画のモチーフとしてはいかにも小さい。

気がつくと明後日からお盆、そして明後日には母が入院。明日は盆の準備もしなければならないので、今日のように一日死んでいるわけにもいかない。母が入院する明後日はもっと死ぬわけにはいかない。かといってどうしたら体調が悪くならないで済むのか。こればっかりは起きてみないことには分からない。とにかく今日は早めに寝ることにしよう。気持ち悪いし。

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伝説

8月10日、土曜日。

鹿島 2-1 横浜FM。最高だ。何も言うことはない。上田綺世のプロ初ゴールが決勝ゴール。伝説の始まりをリアルタイムで目撃した思い。終了間際にコーナーで鹿島る上田を見て胸が熱くなった。三竿健斗は本当に凄い選手になった。遠からず海外から声がかかりそう。三竿は英語がネイティブレベルなのでそれもメリットになるはず。久々に先発したブエノも素晴らしい出来だった。ボランチが本来のポジションである小泉慶、右サイドバックで先発で心配したがまったく問題なかった。移籍したばかりの相馬勇紀も違和感ない。土居聖真は代表に呼ばれるのが当然の選手。今日のような試合を見ると、夢や願いというものはいつか叶うものなんだなと思う。

それはともかく、今日も昨日とまったく同じ時間(10時50分)に固定電話が鳴って起こされた。昨日と違うのはその後携帯が鳴らなかったということだけ。昨夜は寝たのが3時過ぎだっただけにむかつく。病院からじゃないとすると、固定電話にだけかけてくる人間は限られる。今のところ容疑者は一人。とにかくこうなったら意地でも出ない。台所で朝食後、暑くないということに気づいた。午前中だけかなと思っていたら、今日の最高気温は29度で30度に届かなかった。

結局今日もまた午後に2時間昼寝をしてしまい、日中はそれで終わった感。今日こそは母の顔を覚えて帰ろうとしたのだが、帰り際に以前からちょっと好意を抱いている看護師のAさんに母の手術跡の病状を尋ねたら、脳内でAさんの顔に書き換えられてしまった。そしてそれは夜になって上田綺世の笑顔に書き換えられた。

そして「全裸監督」ではAV女優黒木香が誕生していた。何かの始まりというのはどうしてこうわくわくするのだろう。

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記憶

8月9日、金曜日。

母の顔が覚えられない。つまり今現在ジャストナウの母の顔が。5年前に母が特養に入ってから、死ぬほど体調が悪いとき以外は一日たりとも休まず、今日に至るまで毎日毎日母のところに面会に行っている。もしかするとあまりにも毎日会っているので、その間にほんのちょっと、少しずつ少しずつ年老いていく母の変容をすべて覚えられないということなのかもしれない。母の顔を思い出そうとすると、何故か自分が高校生のときに亡くなった祖母の顔が浮かんだりするのだ。そして、少し努力をして母の顔を思い出すと、それは特養に入る前の母、眼鏡をかけていたころの母だったりする。今日も1時間ばかり母のところにいて、ずっと母の顔を見ていた。今日こそはなんとかして今日の母の顔を覚えようとした。しかし帰宅すると、思い出す母の顔が一年前だったり、二年前だったりする。今現在のディテイルがどうしても覚えられないのだった。

考えてみれば人間の記憶なんていい加減なものだ。自分の最初の記憶は、うちの前の道に馬糞が落ちていたというものだが、この町に馬がいたという記憶はなく、牧場のようなものは最上川を渡ったところにしかないし、そこには恐らく牛はいるかもしれないが馬はいない。そもそも何故馬糞と認識したのかも定かではない。その次の記憶は幼稚園でおしっこを漏らしてスカートを穿かされたという記憶だ。うちは両親ともに教師だったこともあり、2歳のときから幼稚園に通ったので、そのころの記憶だ。たぶんこれは間違っていない。何故か幼稚園の窓から日が射しているのを覚えている。いずれにせよ、自分の記憶なんて実にスカスカなのだ。考えてみれば当たり前で60年生きて60年分の記憶があるとすれば、それを全部思い出すのに60年かかってしまうことになる。とすると、その思い出している60年間の記憶は……という具合にパラドックスになる。だから、すべてを覚えていることなど所詮無理だ。

つまり僕らの記憶というものは取捨選択されプライオリティによって選ばれている。それはいいのだが、それでは何故今朝見た夢の内容すら思い出せないのだろう? 数時間前に見た母の顔を克明に思い出せないのだろう? 単なる記憶力の低下、経年劣化という奴なのか。例えば弟の顔はすぐに思い出せるが、それが正確にいつごろの弟の顔かというと途端に怪しくなる。よくよく考えてみると、それが最後に会った一か月前の弟の顔とは限らないのだった。それは父の顔も同様で、僕が思い出す父の顔は晩年の父ではなく、もうちょっと微妙に若いときの父である。結局のところ、少なくとも人の顔の記憶というのは、いろんな時間軸の記憶がブレンドされて最大公約数的な記憶、つまり印象になっている。っぽい。

待てよ、そう言われてみればさっき風呂上がりに洗面所の鏡に映っていた自分の顔さえそれほど正確には覚えていないではないか……。

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今日もほとんど何もしていない。朝は固定電話が鳴って起こされた。シカトしているとそのうち切れたが、次に携帯にかかってきたので出ないわけにはいかなかった。病院から来週の母の入院の確認の電話だった。この、たかが数十分早く起こされたというだけで、なんだか少しばかり寝不足のような気がして、午後昼寝をしてしまった。そしてまたなんらかの夢を見たのだが、目を覚ましたときにはほぼ忘れていた。

それなりに相場のポジションを持ったが、落ち切るまで待てずに微益で利食ってしまった。しかしこれはしょうがない。米長期金利が上がっていたから。スキャルピングとしては切るしかなかった。

夜はベッドに横になって珍しく(つまり寝る前じゃないのにという意味で)本を読んだ。で、馳星周の小説なのに主人公が非情じゃないというだけでなんだかがっかりしてしまった。主人公が最初の殺人を犯すまでに100ページ以上かかるなんて。しかもその後震えて涙を流すなんて。想定外のセンチメンタリズム。

僕らは日々忘れている。いろんなものを。まあいい。すべてを忘れているわけじゃない。しかし、例えばひょんなときに、自分の人生とはほぼまったくかかわりのない中学の同級生(下の名前すら出てこない)の顔が浮かんだりするのは何故なんだ?

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全裸監督

8月8日、木曜日。

意志が弱い。驚くほど勇気がないし根気も根性もない。ただひたすらバテているだけ。あまりにもダルくて、起きて数時間は人間としてまるで役に立たない。かといってベッドに寝転がってもダルいからどうしようもない。というのが最近の日中の僕だ。煙草をやめられない晩年の父を意志が弱いとなじったことがあるが、もしかしたら父は意志が弱いのではなくてそれだけ煙草を吸うという意志が強かったのかもしれない。母はいつの間にか、トイレも全介助になってしまった。庭はすっかり荒れ放題。僕がうだうだと生きている間に、時はちょっとずつ流れているのだ。

さすがにこれではいけないなと思い、夜のニューヨーク時間から相場のトレードを全力でやろうと思っていたのだが、巷で話題のNetflixオリジナルドラマ、「全裸監督」が今日から配信というので見始めたらこれがやたらと面白く、トレードをする決心はどこかに行ってしまった。

村西とおるを一度見かけたことがある。雲母社にいたころ、ちょうどバブルの終わりごろだったと思うが、青山通りと骨董通りの交差する角で擦れ違った。一目で村西だと分かった。思ったより背が高く、まるでプロレスラーのようにガタイがよかった。当時まだ珍しかった大きな携帯電話を持っていた。昔彼の自伝みたいな本を読んだことがあるのだが、幼児期の凄まじい貧困だけが記憶に残った。

村西の半生がなんで面白いかというと、自分とはまるで正反対な人間だからだ。是か非かはともかく、彼は僕にない勇気を持っている。それこそ無謀なくらいに。だから「全裸監督」には自分にはとてもできない生き様がある。Netflixの無料期間がちょうど来週まで残っていたのもラッキーだった。

納戸一杯にごみが溜まっていたので、午後全部車に積んでごみ処理場に持って行った。

この後雷が鳴って、申し訳程度の雨が降った。毎日永遠に続きそうに暑いが、よくよく考えてみると9月から秋だとすると夏というのは実に短い。来週は盆で母が入院して手術だ。母が退院するころには夏は終わっているのだろう。この調子だと夏に何かを成し遂げることはできそうにない。ただ生きるだけで精一杯。

それはそうと、例のパソコンの画面が一瞬真っ暗になる症状、メインディスプレイをHDMIで繋いでから今に至るまで一度も出ていない。ようやく解決したっぽい。

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