空回り

5月8日、火曜日。

それにしても寒かった。最高気温は13度。

素晴らしいドキュメンタリー番組を見るという夢を見て、なんとか9時24分起床。多少はまともな時間に起きたのはいいが、煙草の本数が増えるのが心配だった。結局、午前中に役場に行って自立支援の更新。案の定というか、HHさんはいなかった。入って室内を見渡して、あれ、いないかなと思ったのだが、帰り際にドアに貼ってあった席次表を確認すると、やはり彼女は外出中で留守だったようだ。

昨日の日記にも書いたように、確かに諦めたはずなのに酷くがっかりした。例え彼女がいたとしても、せいぜいが挨拶をするぐらいしかできなかっただろう。にもかかわらず、一目見たかったなという思いがだんだんと後になって湧いてくる。そして、彼女の姿を見れなかったことがやけに悲しいことのように思えてくる。まるでちょっとした失恋をしたみたいだ。

どっちにしろ、僕が恋心を抱いていたのは所詮想像上のHHさんであって、すべてはただの空回りに過ぎない。しかし、なんでこうなったのか。彼女の姿を見ることのなかった4年間はこんな風に思わなかった。で、このままでいくと次に僕らが会うのは4年後か5年後なのだろう。そのころには僕はジジイになっていて、彼女は完成されたおばさんになっているのだろう。最初から持ち合わせていなかったものを、なんだか失ったような気がするのは何故だろう? 何故人は手に入らないものを欲しいと思うのだろう?

すべてはいつか、懐かしい思い出になるのだろう。そして、それすらもいつか忘れてしまうのだろう。消えない痛みですら忘れてしまうのだから。

で、確かなものはどこにあるのかな? すべてはここに、この手の中にあるのかな。ただ気がつかないだけで。ただ見失っているだけで。

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3 to 4

5月7日、月曜日。

今日は県立中央病院で検査の日なので、念のために10時にアラームをセットしておいたのだがなんとか9時48分に起きた。しかし朝から異様に疲れているし眠かった。今日は例によって迷う夢を見た。

昼前に病院に着き血液検査。連休明けだから今日は混んでるのかなと思ったら2番目で、1時を過ぎたらすぐに診察。で、このところ若干貧血気味と言われていた血液検査の数値も問題なく、これまでは3ヶ月おきだったが次回は4ヶ月後ということに。これはデカい。3ヶ月に1度と4ヶ月に1度では負担が相当に違う。年に4回が3回になるということだから。ま、それだけ経過が順調なのだと素直に思うことにしよう。

で、病院内のスタバでつい衝動買いをしてしまう。

帰りがけ、いつものようにドトールに寄って昼食。いつもと言ってもつまりは3ヶ月ぶりということ。例によって隣接する書店を一通り見たものの、今回はこれといって買いたい本が見当たらず。というか、大概のものは図書館にありそう。唯一文庫でしか出ていない鈴木智彦「全員死刑」があったら買おうかと思っていたのだがなかった。

帰り道から雨。今日は昨日の日記にも書いたように役場に自立支援の更新の申請をしに行こうと思っていたのだが、スマホで相場のポジションを取り、帰宅後さらにポジションを増やしたということもあり、それに午後の中途半端な時間に行くとHHさんは外出してるかもしれないので終わり際に行った方がいいだろうなどと考えている間に5時を回ってしまった。

結局相場のポジションは利食いし損ねてそのまま持っている。外は篠突く雨。で、相場の値動きはスマホで見ればいいやと一応書類を持って車で役場まで行って駐車場に停める。ちょうど正面にHHさんのいるセクションのドアが見える。ところで役場って一体何時までやってるのだろうと玄関まで行ってみたものの、どうやら6時ごろまではやってるっぽかった。しかしながらもし5時で終わりだったらという先入観が抜けず、車内でスマホでときおり相場の値動きをチェックしながらしばらくそのまま待ってみる。もしかしたら帰り際のHHさんが出てくるかもなどと思っているのだが、なんだか自分が酷く馬鹿馬鹿しいことをやっている気がする。こんなのはただのセンチメンタリズムに過ぎない。そもそも2015年に一歳か二歳ぐらいの子供を連れてディズニーランドにいる写真をフェイスブックにアップしている女性が今フリーなわけがない。論理的に考えれば。

そんなわけで6時になる前に帰宅。自立支援の更新は明日ドライに申請しよう。もうHHさんのことは諦めよう。

利食いし損ねた相場のポジションは夜になって塩漬けになりどうしたものかと。結局、見逃し配信で柴崎先発のヘタフェの試合を見ている間に若干プラスになったところで利食いしたものの、気分的には損切りした気分。ボランチで先発した柴崎は前半はほとんどボールに絡めず、というのも相変わらずヘタフェはボールを繋いでビルドアップするサッカーをしないからだが、それでも後半はボールタッチも増えてかなりよかった。試合は終盤柴崎のボール奪取からヘタフェがゴールを決めて勝利。

それはともかくとして、今日スタバでサンプルの豆(コロンビア)をもらったので夜にそれで珈琲を淹れて飲んでみた。すると、酸味が強くてどうにもダメだった。まるで濃いインスタントコーヒーを飲んでいるよう。つまりは普段自分がいかに酸味のない珈琲を飲んでいるかということでもあるのだが、やっぱり自分で煎った珈琲が一番美味い。

念のためにもう一度書いておくが、HHさんのことは諦めよう。

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恋はパラノイア

5月6日、日曜日。

こんな夢を見たのも、「ナルコス」を見ている影響からだろうか。

今日は夕方の4時に精神科の予約があるだけであとは何の予定もない。さてどうしたものかと思ったが、ひとまず隣町に買い物に行った。今日は25度ぐらいあって暑かった。買い物から戻ってうだうだしているともう4時近くになり、例によって事前に電話してから精神科へ。今日はまったく待たずに済んだ。というか、連休中なせいか、僕の後にも患者はいなかった模様。で、精神科受診のための自立支援(医療費・薬代合わせて月の上限額が2500円になる)の更新をそろそろしなければならないと受付の人に言われて、そこからにわかに病にかかってしまった。というのも、自立支援の更新の手続きに行くのは町役場のHHさんのいるセクションだから。それでこれはHHさんに会えるかもしれないと思った途端に頭からHHさんが離れなくなってしまった。まったく自分でも呆れたものだが、たまたま先日役場の駐車場で4年振りに会ったら彼女がまだ僕を覚えていたというただそれだけのことで自分は恐らく若干の勘違いをしている。つまりHHさんが少しは自分を意識しているのではないかという、わずかばかりの可能性である。確かにいろんな意味で意識はしているから覚えていたのだろうけれど、それが異性として意識しているかどうかはまったくもって怪しく、久しぶりにフェイスブックのちっとも更新されていない彼女のページを見て、HHさんが赤ん坊を抱いている写真とかを見て改めてがっかりしたり、にもかかわらず何をしていても彼女のことが気になる。もうこれではまったく偏執狂というしかなく、なんでこう妄想を抱いてしまうのか分からないが、どっちにしてももし彼女がいたとしてもプライベートなことを話しかける勇気などないのである。いやどうにも、ほんのわずかばかりの恋心であったはずなのに、田舎に帰ってからの5年間でそういう気持ちを抱いたのはHHさんに対してだけということもあって、ほぼ単なる勘違いであることは間違いないにもかかわらず、ただ単に彼女に会えるかもしれないというだけでどうしてこうも浮足立って頭が振り回されてしまうのだろうか。

断言してもいい。恋とは病気だ。

そんなわけで、明日は3ヶ月ぶりの悪性リンパ腫の予後検査で県立中央病院に行かなければならないのだが、もう頭の中はそれどことではなく。うっかり寝過ごしてしまわないようにアラームはセットしておいたが。

それはそれとして、こんなことがあった。

Appleのサポートと電話で長々と話したんだけれど、スパムメールかどうか分からなかった。パスワードを変えてから夕方以降2度Appleからのメールが届いたが、たぶんこれもスパムだと思われる。なんでかというと、今現在AppleIDとして使っている方じゃなく、昔使っていたメールアドレスの方に届いているから。しかしサポートと話しても判断がつかないのだから最近のスパムは悪質。

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無題

5月5日、土曜日。

今日は午前中寒くてスタッフジャンパー羽織る→午後業務に行ってみるとそんなに寒くないのかなと思ったが帰宅後やっぱり書斎は寒い→身体を動かした方がいいかと玄関前の草取りをして庭に除草剤を撒くと今度は暑い→日が暮れてから夜は寒い→暖房オン、という具合に寒いんだか暑いんだかよく分からなかった。たぶん最高気温が19度ぐらいの微妙なところで、朝晩はそれなりに寒かったということなのだろう。

今日のメインイベントは17時キックオフの鹿島対浦和。前半、永木がペナルティエリアで倒されて得たPKを金崎が決めて1-0と鹿島がリード、後半攻め込まれたものの曽ヶ端の好守もあって浦和を無得点に抑えて連勝。前々節、横浜FMに0-3と敗れて15位になったときにはどうなることかと思ったのだが、その後2連勝したら一気に暫定で7位に上がった。そんなものなのか。鹿島は相変わらずなかなか点が取れないところが課題だが、今日は永木を2列目に先発で使ったのが功を奏した。攻守に効いていた。ここのところ鹿島の試合を前にしていいイメージがなかなか持てず、逆に嫌な予感とか不安ばかり覚えているので、1点差だと勝っていても見ていてひやひや。最近は失点が多いので安心して見ていられない。今日の試合は必ずしも内容はいいとは言えなかったが、それでも1点のリードを守り切って勝つという鹿島らしさが戻ってきた。

今朝は9時半ごろに目が覚めたが二度寝して10時29分起床。なかなかいい夢を見た。

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Restless

5月4日、金曜日。

途中一度も目が覚めることなく、起きてみたら11時45分。一体何がどうしたのか。途中から夢が堂々巡りしておかしいなとは思ったのだが。どっちにしても寝過ぎ。

今日はとにかく寒かった。日中の気温で14度。夕方天気雨。日中はあまり記憶は定かではないがだらだらと相場のトレード。玄関前の草取り少々。腹筋少々。夜雇用統計も、例によってその後トレードすると失敗。どうも雇用統計後にポジションを取ると上手く行かない。乱高下に惑わされるだけ。

途中、手持無沙汰になった時間にドラマ「ナルコス」の続きを見ようと試みるもどうもいまひとつ乗れず。たぶん精神的に余裕がない。どうも何をしても中途半端になる。腹が括れてないというか。そんなわけだからなんとなく気分的に落ち着かない。朝寝過ぎてしまったことも気になるし、上手く乗れなかった相場の値動きも気になる。普通だったら週末の金曜日の深夜、ましてや今は連休中だから気にしても始まらないのだが。なんか据わりが悪いというか、気持ちよくない。

それはそれとして、昨夜人生最高体重(100gだが)を記録してどうなることかと思ったのだが、今日は600g減。いまだに便秘気味なのでなんで減ったのか謎だが、ちょびっとずつだが昨日から始めた腹筋が多少効き始めたのかな。あと3.8kg減が目標。それ以上だとたぶん痩せ過ぎ。

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ポコ・ア・ポコ

5月3日、木曜日。

今日は寒かった。実際のところはどうだったかよく分からないがスマホによると最高気温が昨日よりも10度近く低い。夕方以降はダウンベスト着用。

7時台に目が覚めるも二度寝して10時24分起床。業務少々。腹筋少々。昼寝少々。相場少々。草取りを忘れたのが痛恨。

夜はTVerでドラマ「ブラックペアン」の2話を見て呆れかえる。以降見る気がせず。馬鹿医療ドラマの極北。Netflixで「ナルコス」のシーズン3を3話まで見てみるが、やはりちょっと分かりにくい。

夕方、母のところに行った帰りに今日は久しぶりに外食をしようとラーメン屋に行ってみるが満席で諦める。カウンターまで一杯では入る気がせず。

何かとちびちびと地味な日だった。連休だとどうにもこうにも。

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ダル・セーニョ

5月2日、水曜日。

なんだか知らないが、風呂上がりにドル円が110円つきそうだったので相場のチャートをじっと睨んでいたら急に眠気が。いつもとは逆だ。こんな時間に眠くなるなんて。

今日も暑かったがやはり昨日より最高気温は低かったっぽい。にもかかわらず暑いと感じるのは何故か。今日も玄関前の草取り少々。夜になって雨。

というわけで、鹿島対長崎、2-1。とにもかくにも勝った。しかし正直なところ今日は5-0ぐらいで勝って欲しかった。幸先よく鈴木優磨のヘディングで先制したところまではよかったが、その後すぐに失点して追いつかれてしまったのはいただけない。結局勝ち越したのはPK。後半に3点ぐらい取ってくれないかと思ったのだが、どちらかというとむしろ慎重な試合運びになった。まあ鹿島らしいといえば鹿島らしいのだが。これでようやっと15位から13位に浮上。13位。はあー。今日の収穫は内田がフル出場したことか。しかし長崎相手でも失点してしまうとは。昌子が復帰したのに。うーん。これは土曜日の浦和戦を見てみないと。何にせよ勝ったということで、一区切りはついたはずなのだが。

相変わらず体重は落ちない。昨日と同じ。昨夜は下剤を飲んだのだが。やっぱり筋トレして贅肉を落とさないと駄目っぽい。

普通なら「JIN -仁ー 完結編」に突入するところだが、ここはそこをこらえて「ナルコス」のシーズン3を見始めた。カリ・カルテル編なのだがこれがどうもシーズン2までと比べてちょっと分かりにくい。今ひとつ入り込めないのは、パブロ・エスコバルと違ってカリ・カルテルの首領に貫録がないからか。いずれにせよ実話に基づいているので闇雲にドラマ的に面白くするとかはあまり期待できそうにもなく、続きを見たものかどうか迷う。

それにしてもなんで今夜は眠いんだ? ここ二三日疲れてるし、身体が重い気がする。要は運動不足なのだろうが……。

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フェルマータ

5月1日、火曜日。

とにかく暑かった。朝起きたときから既に暑かった。スマホによると一昨日から昨日今日と一度ずつ最高気温は下がっているということだが、体感的には逆に一昨日よりも昨日、昨日よりも今日が暑かった。その証拠に、朝起きたときもこれを書いている今も、ナイトガウンを羽織らないで済んでいる。もっとも、朝起きたといっても例によって10時24分という中途半端な時間だが。

何故か昨日からメタメタに疲れている。夜、風呂に入るときに体重を計ったら先々週よりも1.3kgも増えて人生最高体重になってる。それも疲れてるのとなんか関係があるのか。あと4kgは減らしたいところ。どうも顔が貧相だからか精神科医にもっと太った方がいいとか言われるけれども。確かに僕は自分で思っている以上に痩せて見えるらしく、もう大昔の話だがなんかのパーティで松任谷さんが「高山にそっくりな奴がいる」と言うので見たら、当時キャニオンでおニャン子とかのディレクターをやっていた渡辺博(僕と同い年)だった。渡辺博はとにかく尋常じゃなく痩せているので、あんなに痩せて見えるのかと驚いた覚えが。そういえば高校のときだったか、それとも大学に入ってから一時帰省したときだったか、地元でバスの運転席の後ろの席に乗っていたときに、バスのサイドミラーに物凄く痩せた男の顔が見えて、うわー随分と痩せているなと思ったら自分の顔だった、ということが。僕の場合はそんな風に大人の顔になるということは頬がこけて痩せるということだった。

それはともかく、今日は相場を様子見に徹したのでさしたることはやっていない。昼から業務も適当なところで切り上げ。昼寝らしきもの少々(寝れたかどうか分からない)。玄関前の草取り少々。夜は昨日の続きで「JIN -仁ー」を最終回まで一気に見た。で、また最後でボロ泣き。昨日の日記には四度目と書いたが、考えてみればそれはアマゾンのプライムビデオで見るのが四度目であり、本放送を見ていたことから数えるとなんと五度目だ。それでもいまだに泣けるのだからなんとも。

いつのまにか5月になっていて、母のところに行ってからようやくまだカレンダーをめくっていないことに気づいた。ということは、来週は母の誕生日だ。

前述のように今日は相場に関しては様子見と言いながら、目の前でラインブレイクするのを何度も目の当たりにしながらポジションを取れず、あまりにも消極的だった。ま、明日頑張ることにしよう。明日できることは明日やる。

今日思ったのは、とにかく毎日ちょっとずつでいいから草取りをしようということ。5分ぐらいでもかまわないから。毎日やれば違うはず。

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この胸を満たすもの

4月30日、月曜日。

昨夜あれから「JIN ー仁ー」の第1話を見てしまい、1話が下手な映画ぐらいの長さがあるということに気づいたときには既に遅く、従って寝たのは3時過ぎだった。

そんなわけで朝というか目が覚めたらなんと11時49分、今日の午前中は11分しかなかった。当然のように寝過ぎの頭痛、朝食(といっても昼だが)後にまたしても頭痛薬のアドヴィルを飲む羽目に。で、連休中(つまり世の中の連休中という意味だが)にちょっとずつ見ようと思っていた「JIN -仁ー」だが案の定止まらなくなって夜までかけて7話まで見てしまった。で、例によって武田鉄矢演じるところの緒方洪庵と仁の最後の対面シーンでまたしてもボロボロに泣いてしまう。もう見るの四度目なのに。ディテイルから台詞まで全部覚えているのに。一番好きなのはたぶん第1話なのだが、この第7話では必ずボロボロに泣いてしまう。なんだかよく分からないもので胸が一杯になってしまうのだった。この胸を満たすものが一体何なのか、いまだによく分からないのだけれど、それは怒りや不安のような悪しき感情とは正反対のもので、かといって喜びや興奮あるいは安堵といったものでもなく、一言で感動と言ってしまえばそれまでなのだが……とにかく何らかの感情で胸が一杯になってしまい涙がこぼれてしまう。そしてそれはたぶん武田鉄矢が泣いているからというよりもむしろ終始笑みを浮かべているからなのだろう。

この半年だけでも見るのが確か三度目なのに、どうしてこうワンパターンな行動になってしまうのか。とにかく今のところは「JIN -仁ー」を見ている間が恐らく一番幸せだと思える時間なのだった。脳外科医が江戸時代にタイムスリップしてしまうというただそれだけの設定でどうしてこうもカタルシスを覚えてしまうのか、案外と人間というものの精神構造は単純に出来ているのかもしれない。少なくとも僕の場合は。仁が強い人間ではなくむしろ弱い人間として描かれているのだが、最後の最後には必ず医師として踏みとどまるというところも痛快さをもたらす要因となっている。どっちにしても、僕らがどんな人間であっても、もし150年前にタイムスリップしたならばスーパーマンになり得る可能性があるという幻想を抱くことが出来るのだが、僕の胸を一杯にさせるものはそういった幻想ではなく、もっとリアルな感情であり感慨である。だから例えば緒方洪庵との最後のシーンで言えば、そこで感情移入しているのはむしろ武田鉄矢、つまり緒方洪庵の方なのだが、見ているのは大沢たかお、つまり仁の目で見ている。そして僕が感動しているのはその二人の善良さなのかもしれない。

何を言いたいのかよく分からなくなってしまった。以下次号。

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ナルコス

4月29日、日曜日。

暑かった。日中の最高気温は28度。そんな中をダウンベストを羽織って業務に出かけてしまった。帰り道は車のクーラーを入れて。

夜はヘタフェ対ジローナの試合をDAZNで見たが、案の定柴崎は4試合連続で出場なし、このところのサッカーに於けるストレスはいまだに続いている。

そんなわけで夜、Netflixオリジナルドラマの「ナルコス」をシーズン2まで見終えた。パブロ・エスコバルが遂に殺されるまで。エスコバル編、メデジン・カルテル編を全部見たことになる。

面白い海外ドラマによくある人の命を一顧だにしない冷酷非情さ、それによって誰かが殺されるのが無残であればあるほど快哉を叫びカタルシスを覚えるというのは、一体なんなのだろう? 人間が本来持つ因業のようなものなのだろうか。そして、見ているうちにああこいつが殺されればいい、などと思ってしまう。つまりパブロ・エスコバルの冷酷さ、残虐さは僕らが日常的に持ち合わせているものなのではないか。何かひとつ間違えれば、誰しもが踏み越えてしまう可能性があるものなのでは、などと思う。「ナルコス」で描かれている1980年代から90年代にかけてのコロンビアは本当に酷い世界だが、それが果たしてコロンビアという国の国民性であるのかというと、たぶんそうではない。その証拠に同じような麻薬戦争がメキシコで起こっている。ブラジルのギャングを実話を元に描いた映画「シティ・オブ・ゴッド」も本当に酷い話だった。結局のところ、一番冷酷で残忍なのはやはり人間なのだ、ということになる。そんな風に考えると、原罪という言葉がすうっと浮かび上がってくる。もちろん本来の原罪の意味はアダムとイブの罪であって、意味が違うのだが。いずれにしても、悪しきものは人間の中にある。それも常に在る。そんな風に考えるしかない。

とにかく「ナルコス」で描かれるコロンビアのカルテルの暴虐ぶりは凄まじいものだった。ここはカリ・カルテルを描くシーズン3に進むのではなく、当初ゴールデンウィークにもう一度見直そうと思っていた「JIN -仁ー」を見ることにするか。そう、もう四度目になるんだけど。

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