花盛りの森

4月21日、木曜日。

どうやって目が覚めたのかいまひとつ定かではないけれど、なんとなく気合いで8時過ぎに起きる。昨夜は寝る前に意識して安定剤を飲まなかった。

そんなわけで東京市場の寄り付きから相場のポジションを取れたのだけれど、これが裏目に出て朝っぱらからストップを食らう。その後ポジションを取り直して、なんとか午前中のうちにストップを食らった分を取り戻す。

昼食後、朝起きられないせいで出せなかったゴミが大分溜まっているので、計4袋を車に積んでゴミ処理場に持って行く。ゴミ処理場は最上川を越えたところにある。堤防沿いを走っていると、果樹園がちょうど花盛りだった。

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白い花はさくらんぼだと分かるんだけど、このピンクの花は何の花なのだろうか。桃かな?

180円也を払ってゴミを出し、そのままなんとなく車でドトールに向かう。カフェラテを持って喫煙席に入ると、先客が一人。午後に行くとどういうわけかいつも見かける男。これまでの遭遇率は約8割。もしかして毎日来てるのだろうか。歳のころは30代後半ぐらい、オタクっぽいおっさんという風情。真ん中のカウンター席の端っこに座って、いつもイヤフォンをしてノートPCとスマホに向かっている。何故この男を覚えているかというと、四六時中休むことなくひっきりなしに貧乏揺すりをしているからだ。とにかく気になってしょうがない。見ないようにしようと窓際のソファ席に座るも、どうしても視界に入る。男はときどき薄ら笑いを浮かべたりして(非常に不気味だ)ひたすら貧乏揺すりをしている。もしかすると本人は音楽を聴きながら足でリズムをとっているつもりなのかもしれない。というか、たぶんそうだろう。だが傍目から見ればそれは貧乏揺すり以外の何物でもない。今日の貧乏揺すりは右足を縦に振りながら、左足を横に振るというなかなか技術的に高度な貧乏揺すり、余計に気になる。うざい。なんでたまにしか来ない僕がいるときにいつもいるのか。こいつを見かけるたびに暴力的な衝動に駆られる。実をいうと、もう数か月ほど前になるが久々に小説を書き始めたときに冒頭にこの男を登場させ、頭をテーブルに叩きつけるという書き出しを書いたのだった。

そんなことを思い出していると、驚いたことに貧乏揺すり男が席を立って出ていった。ちょっとびっくりする。何しろこの貧乏揺すり男、いつもやたらめったら粘るのだ。僕がいる間に途中退席したのはもしかしたら初めてかもしれない。ようやく視覚的なストレスから解放される。

すると、闇雲に暴力的な眠気が襲ってきた。本を読もうと思って来たのに、結局うとうとして終わってしまった。ついでに隣接した本屋を見て回るが、これまでの経験上これはと思った本があっても頭の中と手帳にメモするにとどめる。というのも、新刊であれば気になる本のほとんどは図書館にあるから。山形の片田舎の小さな町の図書館ではあるが、結構新刊のいいところは網羅している。そういう意味ではたいしたもの。

そんなわけで、車で20分かけて行ったのに貧乏揺すりにいらいらした挙句にただうとうとしただけで帰る。一体何しに来たんだ、という感じ。

一旦帰宅後、母のところに面会に行き、帰りがけにスーパーで買い物をして帰宅。夕方から夜にかけてはまた相場。本日のところはこつこつというかちまちまとセコく利益を重ねる。我ながらチキンだなとは思うものの、このやり方だと大怪我はない。夜まで順調に来たのだが、最後に待ちきれずちびって失敗したのが何故か悔しくてしょうがない。トータルではそれなりの日当程度は叩いた。

それはともかく、夜10時ごろになるとまた手足が冷えて参る。書斎の室温は20度もあるのに。今日も先に手が冷えて。ビタミン不足なのか運動不足なのか自律神経なのか、それともそれら全部なのか。

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冷える

4月20日、水曜日。

朝起きて時間を見たらびっくり、11時24分だった。二度寝じゃなくてノンストップで。一体何時間寝たのだろう。思い当たる節としては、昨夜寝る前に睡眠薬2錠の他に安定剤を2錠(レキソタン2mg)飲んだ。もしかしたらこれが原因かもしれない。とすると、寝る前に安定剤はあまり飲まない方がいいということか。と書くと、道理としては当たり前な気がする。

そんなわけだから日中が無闇に短い。朝食後の珈琲を飲んでいると昼過ぎになるし。午後、母のところに面会に行って戻ってくるともう夕方だ。

それはともかく、夜になって冷え性が全開、手足、特に手が冷えて参る。室温は20度近いのだからそんなに寒いはずはないのだけれど、真冬並みに手がかじかんだ。あんまり冷えるので早めに風呂に入る。以前冷えるといったときに処方された漢方薬を飲もうかと思ったんだけれど、手元に残っているのは半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)と牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)という2種類、前者は精神科から、後者は泌尿器科で出されたもの。ググって調べてみるがどちらもそれなりに冷えには効くとあるが、特に冷え性用というわけではないのでどっちを飲んだらいいか分からず。大体に於いてどちらも大量に残っているのは、飲んだら合わなくて体調がむしろ悪くなったから飲むのをやめたのだった。結局どっちも飲む気がせず、ビタミン剤だけ飲んだ。しかしなんでこんなに冷え性になったのかなあ。自律神経がおかしいのか、それとも更年期って奴か。

今日の相場は難しかった。あれこれやってみたけれど、結局微損で逃げる。

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邪念

4月19日、火曜日。

朝、目が覚めるとまだ6時台だった。当然二度寝するも、次に目が覚めると9時半を過ぎていた。随分ワープするものだ。何かと中途半端な時間に起きた。ただ7時間睡眠なのでちょうどいいような気がするのだけれど、このところの眠気は睡眠時間と一向に関係ないらしい。

ここ最近、どうも寒いのか暖かいのかよく分からない。昼頃に庭の草取りをしたら外は風が冷たい気がした。草取りでへばったのか、昼食後昼寝。携帯が鳴って起きる。というわけで午後は久しぶりの長電話。どうにも人と話すのに慣れていない気が自分でもする。もろもろ邪念。電話を終えて母のところに面会に。

夕食後はACLのガンバの試合を見るが、ガンバ弱過ぎ。脱力する。個人的に宇佐美の人柄とかキャラクターは嫌いじゃないのだが、こうして試合を見るとバイエルンやホッフェンハイムで通用しなかったのももっともだなと思えてしまう。スピードやパワー(強さ)、正確性といったものが足りない気がする。技術だけで勝負するのであれば、全盛期の中村俊輔ぐらいのテクニックがないと厳しいのではないか、などと思った。期待しているだけに。

結局今日は相場に入るタイミングがなかなかなく、ほとんど何もやらなかったも同然。なんだか妙に疲れていて今日は集中力なし。眠いし。どうせ眠いのだったらもうちょっと早く起きないと。せめて東京の株式市場の寄り付き前には起きたい。とはいうものの、毎朝アラームで起きるというのも気が進まない。

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眠気

4月18日、月曜日。

11時過ぎに起きた昨日から一転、今朝は何故か8時半前に起きた。なんだか毎日自分が何時に起きるのか予測がつかない。規則正しい生活からは程遠い。寝る時間は1時間ぐらいしか誤差はないんだけど。

幸いにして、朝取った相場のポジションで午前中だけで日当が出たから、今日のところは早起きは三文の徳っぽかった。それにしても一日中眠気に悩まされる。午後になって1時間ほどソファで昼寝したんだけど、それでも夕食後には例の如く猛烈な睡魔が襲ってきた。で、そこを越えて深夜帯になると眠くなくなるのだから困る。僕の体内時計は一体どうなっているのか。大体に於いて、人間というのは毎日6時に夕飯を食べていれば6時に近づくにつれ腹が減るというものだ。にもかかわらず、どうして夜が更けるにつれて眠くなくなるのか。それでいて、起きていたい時間に眠くなるのか。日中から夜にかけて散々眠気に悩まされた挙句、いざ夜中に寝ようとすると眠くなくて睡眠薬2錠と安定剤1錠を飲んでいるなんて。まあある意味規則正しいのか。起きる時間を除いて。

眠気にも困ったものなんだけど、身体が冷えるのにも困った。暖房を入れなくていいくらいの気温・室温であるのに、どうも冷えて。特に手足。まったくもって冷え性。この春の陽気にTシャツにセーターを着てその上にスタッフジャンパーを羽織って、それでも寒いと感じるのだから始末が悪い。よっぽど栄養が足りないのかそれとも運動不足なのかと悩む。例えば前者、昨日の夕飯がレトルトのスパゲッティの粗食だったので、そういうのも関係あるのだろうか。後者に関しては今日は午前中腕立て伏せをしたんだがなあ。

で、身体が冷えるだの寒いだのへったくれだのと言っている癖に、さしたる理由もなくなんとなく風呂上がりに今日から浴衣に丹前の組み合わせにしたところ、案の定寒い。手足が。やっぱりパジャマにナイトガウンの組み合わせに戻すべきなのか。

なんだか毎日くだらないことで悩んでいる気が非常にする……。

ふと気づいたんだけど、もしかすると俺、これを書いている今眠いかもしれない。これはチャンスかも。いや、何のチャンスかはよく分からないんだけど……。

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呼吸

4月17日、日曜日。

確かに昨夜寝たのは遅かった。3時半過ぎ。朝方、例によって長い夢を見て、目が覚めて時間を確かめると11時18分だった。えっ?11時? まあこの場合、午後11時じゃなくて午前だったのがもっけの幸いと思うべきなのか……。

そんなわけだから朝食を食べている間に昼になる。うーむ。ツイッターのタイムラインを見ると、どうやら東京方面は暴風雨で荒れた天気らしいが、窓の外を見ると晴れ渡っていてどうやら山形はいい天気。玄関を開けて外に出てみると風もそれほど強くない。ぽかぽかと暖かい春の陽気だった。庭に出てみると、今年の冬が雪が少なかったせいか、雑草が傍若無人に生い茂っている。特に裏手が凄い。それで少々草取りをする。暑いくらいだ。

ところが草取りを終えて台所に戻ると、にわかに空がかき曇り雷鳴がした。急に風が強くなる。そして、とうとう横殴りの雨が降り始め、あっという間に暴風雨になった。家の中が急に暗くなり、電気をつけたくなるほどだった。そうこうしているうちにまた明るくなりところどころに青空が見える。つまり、ある種の天気雨になった。訳の分からない天気だ。

風はますます強くなり、轟々という音を立てて吹きまくる。まるで地球が口笛でも吹いているようだった。そのうち、なにやらガタガタという音が聞こえたので窓外を見ると、うちの裏手にある、かつて老婆が一人暮らししていて今は空家になったプレハブの家の梯子が落ちて、壁代わりの波板が外れている。

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こんな感じ。

その後も風は勢いを増し、やがて梯子は吹き飛ばされ、波板は完全に剥がれ落ちた。誰かが「三匹の子豚」みたいに躍起になって息を吹いてプレハブの家を吹き飛ばそうとしているようだった。僕が心配だったのは、外れた波板が飛ばされてうちの敷地に入ったらどうしようかということだった。その後も夜まで臨終の床にある老人の喉から漏れるようなひゅうひゅうという風の音が聞こえ続けた。それもこれも、ただ単に地球が呼吸しているというだけのことなんだろう。

なにしろ起きた時間が時間なものだから、あっという間に日が暮れるし夜になる。けれどもなんか損したという気は不思議としなかった。まず第一に今日は眠くならなかった。

今ツイッターのタイムラインを見たら、「山形 強風でプレハブ倒れ女性が大けが」というニュースが。もちろんうちの裏のことではない。

いまだに薄気味悪い風の音が聞こえる。なんだか地球が肺病病みか喘息にでもなったようだ。九州の余震はいまだに続いているし、今日はエクアドルでも大きな地震が。簡単に言えば地球の調子が悪そうだ。

それにしてもしかし、こういう日は何時に寝たらいいのだろう?

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一応更新報告

4月16日、土曜日。

公言通り、久々にfragmentsに駄文を更新(「六本木」)。今日はこれを書くのになけなしの精力をほぼ使い果たした。というのに、なんということか、以前同じfragmentsに「ヒロミ」と題して同じ彼女のことを既に書いていることに今気づいた。愕然。おんなじ話を2回書いちゃったよ。どういう記憶力してるんだ、俺。せっかく書いたので一応晒しておくが……。しかし、六本木で真っ先に思い浮かぶのはやっぱり彼女のことなのだった。

と、ひとしきり滂沱。

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余震はまだ続いている。というか、昨夜の震度6強の方が本震だった。深夜過ぎに突然ツイッターのタイムラインに地震速報が立て続けに出てきて一体何事が起きてるのかと思ったが。

今日一番印象に残ったのは、試合後のヒーローインタビューで熊本出身である鹿島のDF植田が言葉に詰まって流した涙だった。

ドアチャイムの音で朝起きた。時間を見てびっくり、もう10時42分だった。というわけで明らかに寝過ぎなんだけど、むしろというかそのせいというべきか、一日中眠かった。

午後2時、母を一時帰宅させるために車で迎えに行く。以前から母がしきりに自分だけパンを食べさせてもらえないとこぼしていたので、スーパーに寄ってクロワッサンとシュークリームを買った。向かいの寺の桜は盛りを若干過ぎた感。

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今回は母に桜を見せたくて一時帰宅させたのだけれど、案の定というか母はあまり心を動かされた様子はなかった。むしろ、縁側の籐椅子で買ってきたクロワッサンにマーガリンを塗って食べさせると「おいしい」としきりに言って顔をほころばせる。シュークリームも喜んで食べる。というか、放っておくといつまでも食べ続けそうで、途中で片付けなければならなかった。母はすっかり年老いた。ぼうっとして感情をあまり表に出さず、食欲だけはがつがつとある。まるで幼児のようだ。

4時近くに母を特養に送っていく。帰宅後、湘南対鹿島の試合を見る。0-3で鹿島の快勝。で、試合後に熊本のことを聞かれて植田が言葉を失い涙を流す。万感胸に迫る、って感じだったんだろうな。

夜まで眠気に悩まされる。それでようやっと意を決して一文を書いたら以前とダブる内容だった。ショックすぎる。結局のところ、人間は何故思い出すのかという命題は、何故忘れるのかという命題とイコールなんだな、この場合。

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くすぶる

4月15日、金曜日。

今日の日記を書くのはいささか難しい。一日くすぶっていただけだから。まあいつものことだけれど。暑かった昨日からは一転して今日は寒かった。天気もまた、くすぶっていた。

どういう加減か、朝7時20分に起きてしまった。自分の朝のツイートを見ると、風の音がうるさかったからとある。まあとにかく、二度寝できそうもないと思って起きたのだった。昨夜寝たのは2時半過ぎ、当然睡眠が足りない。結果的にこれで一日中眠くて終わったのだけれど、それは朝から想像できたこと。

朝食後、東京株式市場の寄り付きで跳ねたところで一昨日から持ち越していた相場のポジションを決済。そんなことをしていると、隣町の叔母(母の妹)が久々にやってきてお祭り(つまり隣町の)だからということで赤飯とか昆布巻きとか煮物とかを持ってきてくれた。これで今日の昼食と夕食を考える必要はなくなったと一安心、ソファで1時間ばかり昼寝。

午後は頭が回らないので業務を少々、夕方は歯医者。新しい差し歯が入ったんだけれど、治療中に物凄く眠くなってうとうとしてしまった。なんでこんなに眠いんだろうと思うくらい眠かった。

昨日の日記に六本木のことを書いたので昔のことをちょっと思い出した。それで最近ずっと更新していないfragmentsを更新しようと思ってタイトルに「六本木」と書いたまではよかったんだけれど、そこからがなかなか頭の中が整理がつかない。まず第一に眠くて頭が回らない。そんなわけだから本文を書くのは明日にしようと思い、今日はあれこれ思い出すだけにしようと。

六本木と昨日地震のあった熊本絡みで一人の男を思い出す。顔ははっきりと覚えているんだけれど名前がどうしても出て来ない。彼は僕が新卒で入ったオリコン(六本木にあった)で当時集計のバイトをしていて僕よりいくつか年下だった。彼は確か熊本出身だった。シンガーソングライターを目指していて僕のところに曲を持ってきて、それはどう考えても素人のもので拙くお粗末だった(つまり彼はシンガーとして非常に見込みがなかった)のだが、僕は編曲してデモテープのオケを作ってあげたりしていた。

なんで名前が出て来ないんだろう? こうやって思い出しているうちにあれやこれやいろんな表情までつぶさに思い出すのに、名前だけが出て来ない。もう15年以上前に、オリコンの元同僚に彼が脳の病で倒れて入院していると聞いたのが最後だった。

何しろ名前が出て来ないのだからネットで検索しようがない。ふと思いついてオリコンのサイトで会社概要を見た。するとびっくり、監査役に彼の名前が。ようやっと思い出した。たぶんこれだ。少なくとも苗字は確かにこれだ。しかし、バイトでしかも大病に倒れて入院してたはずの男が監査役まで昇りつめたとは。びっくり仰天。なんつーか、隔世の感。

同じような流れで最近とみに話題のBABYMETAL(僕は彼女たちに批判的な意見も持ち合わせているがそれはまたの機会にして)のレコード会社がトイズファクトリーということで、そういえば元バップのイナバはトイズの制作部長になってから随分と偉そうになったし羽振りがよさそうだったと思ってサイトの会社概要を見ると、彼はCEOになっていた。

ここに至って、もう昔の知り合いをググるのはやめようと思った。現在の自分とあまりにもギャップがあり過ぎて。考えてみれば二十年も三十年も経てば、皆それなりに出世していて不思議はないのだけれど、一方でこうして山形の片田舎の実家で職もなく一人くすぶっている自分はなんなのだろうと思ってしまうのだった。もちろん出世だけがすべてではないし、社会的地位や経済面だけが人生でもない。それにしてもなー。なんなのだろうこの違いは。

これでもかつてはオリコンのチャートの一番上に名前が載っていたのにな、俺……。

もちろん皆が皆人生が上手く行っているわけではなくて、秋田の実家に帰って農業を継いでいるアンバイみたいな奴もいるし、いまだにホテルで毎晩ピアノを弾いて貯金もなく年金ももらえないヤマザキみたいな奴もいるし、かつてはオリコンの年間作曲家でベスト5に入っていたI泉さんもほぼ一文無し同然になってしまった。バブルのころは日本のコーディネーターで一番デカい会社の社長だったキムラさんは夜逃げして行方が杳として知れない。

しかしながら、大概の(名前を思い出した)連中はフェイスブックとかで見るといまだに「音楽プロデューサー」の肩書を持ってやっていけてたりする。俺が食えなかったのになんでこいつが、というような奴らが。まあその辺は正直不思議でしょうがないのだけれど。

要するに思い出という奴は思い出すたびに遠ざかる。どんどん距離が離れていく。それで思い出したときにあまりの距離の遠さに驚いたりする。思い出すという作業自体には遠近法のようなパースペクティヴがないので、実際の距離に驚いてしまう。で、ある種逆の視点(つまり思い出された方の視点)から自分を見て驚いたり。

まあそれでも一文を書くとなると思い出すという作業をしなければならないわけです。

明日は母を一時帰宅させて桜でも見せようと。なので暖かくなって欲しい。今日町中を車で走って気づいたのは、中央公園とか場所によってはもう盛りが過ぎている。ちょうど向かいの寺の桜は今が満開だからそれでもいいかな。

いずれにせよ、僕の人生はまだ終わっていない。と思われる。

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揺れる想い

4月14日、木曜日。

夜、まず東京の23区内が震源の地震というのに驚いて、それからしばらくして今度は熊本で震度7の地震というのに本当に驚いた。さすがにテレビをつけた。NHKは延々と緊急放送を続ける。揺れる映像を見ているのが船酔いのようにしんどくなって、まず音を消し、それからテレビを消した。その後もあまりにも余震が多くて、ツイッターのタイムラインを見ているだけで疲れる。現地の人には申し訳ないけれども。

日本に住んでいる以上、他人事ではない。僕が住んでいる山形の片田舎は比較的災害が少ない方だと思うが、それでも区長の話によると山の方に活断層があって最大震度6強の可能性があるということだった。今日の地震は両方とも震源が10kmと浅く、特に熊本の方はそれで震度が大きくなったようだ。救いは津波の危険がないということか。

日中は晴れていたのに今日も夜になって雨、外は何やら風の音が凄く不穏な雰囲気。

今日は県立中央病院に行くために9時半にアラームをセットしておいたんだけれど、結局そのアラームで起きる。11時半までに来てくれということだったので、15分前ぐらいに到着、受付を済ませる。すると、11時半になるといの一番に呼ばれて総合病院なのにまったく待たずに済んだ。診察した医師によると、2月のCTも問題ないし触診でも大丈夫だし、大事ない、ということだった。実際、今朝から痛みはほとんどなくなっていたんだけど、お墨付きをもらって一安心。ある種精神的なものなのか、午後からは痛みはすっかりなくなった。

考えてみれば、昔六本木の医者に同じような痛みでかかったことがあり、そのときは筋肉痛と言われたので今回もそうだったんじゃないだろうか。まだ六本木ヒルズなんてなくて六本木WAVEがあり東日ビルがあったころだ。もう15年ぐらい前か。今回ここまで大騒ぎして心配したのは位置がちょうど脾臓の辺りだったからで、そうじゃなければこんなに気にかけることもなかったと思う。

病院からの帰り、車中は暑くて冷房を入れたくなるほどだった。途中のドトールで昼食を摂る。ついでに隣接した本屋を覗く。帰り道、そこここで桜が見事に咲いていた。山形は今がちょうど見ごろか。

ツイッターのタイムラインに戻るといまだに余震は続いている。最近アジア近辺で地震が続いているので、早いとこ落ち着いて欲しいものだ。

それにしても今日は暖房がいらないどころか、深夜1時過ぎの今、ナイトガウンを羽織っていると暑いくらいだ。

世界中のみんながリラックスできますように。もちろん、自分も含めて。

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痛みの変遷と停滞

4月13日、水曜日。

9時前起床。起きてみたらやっぱりまだ痛かった。朝食後、まずは県立中央病院に電話してみる。すると、担当医は午後に来るので後でかけ直すということで、明日診察を受けられる可能性があるということだった。その連絡を待つという手もあるが、地元の内科の診察が今日は午前中だけである。とにかくまだ痛い。それで内科にも電話して、結局行くことにした。

11時半まで来いと言われて、結局順番が回ってきたのは昼過ぎだった。医師に一通り(悪性リンパ腫云々も含めて)説明して、触診を受けた。すると、この内科医が言うには脾臓は触って分かるほど腫れてはいないということで、脾臓ではなく腸ではないかという。それで腸の薬と腹痛の薬を処方された。腹痛? なんか釈然としない。僕の説明の仕方が悪かったのだろうか。しくしくとか、ちくちくとか、ぴりぴりとか、それでは上手く伝わらなかったのか。

ともあれ腹が減った。ちょうどこの内科の両隣は蕎麦屋である。というわけで、二日続けて昼食に冷たい肉そばを食べるという贅沢をしてしまった。今日はいろは支店という店で食べた。

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一見、昨日よりも鶏肉が多くて美味しそうに見えるが、麺とつゆがいまいちだった。昨日食べた一寸亭本店の方がずっと美味しかった。そういえば今日の店は昼時だというのに空いていた。

帰宅後、早速処方された薬を飲んでみるが痛みは一向に治まらない。1時過ぎに県立中央病院から連絡が来て、明日来て欲しいということだった。先ほど地元の内科に行ったばかりなので一瞬迷うが、結局行くことにした。たぶんその方が安心だから。

我慢して相場をやっていたものの、始終ぴりぴりと痛むので疲れることこの上ない。ただ人間というのは不思議なもので、ポジションを持っていて相場のチャートに物凄く集中しているときは痛みを忘れる。とはいうものの、気を抜くとまた痛みはやってくる。

母のところに面会に行き、帰宅して夕飯を済ませてもまだ痛みは治まらない。救いはといえば激痛ではないということと、間断なく痛いわけではないということか。だからまあ我慢出来ないというほどではない。夕方から持った相場のポジションを固唾を飲んで見守っているうちは痛みを忘れる。一息ついて、ちょっとギターを弾いてみるとその間も痛みを覚えないので、もしかしたらようやっと治まったのかと思ったが、立ち歩くとまた左の肋骨の下に痛みが走る。なかなか頑固だ。立ち去ってくれない。

昨夜同様、風呂に入っている間は痛みは治まり楽になる。ところが風呂から上がって少し経つと思い出したようにまたちくっと痛む。

外は雨の音。夜半から降り続いている。せっかくこの界隈でも咲いた桜が雨で散ってしまわないかと心配になる。母に桜を見せようと三日後の土曜日に一時帰宅を申請してきたのだ。しかしそれにしても、いつまでこの痛みと付き合わなければならないのか。

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脾臓と服従

4月12日、火曜日。

朝目が覚めたらもう10時近かった。それはともかくとして、昨夜から脾臓の辺り、つまり左の肋骨の下がしくしくと痛んでいたのが今日になっても治まらない。日中は四六時中ではなく間欠的にちくちくと痛む程度だったのだが、次第に痛む間隔が狭まってきた。以前もこんな風に痛んだことがある。それとどれぐらい直接関係があるのかどうか、四年前に悪性リンパ腫になったときはCT(PET)検査をしたら脾臓が癌細胞で倍ぐらいに膨れ上がっていた。そんなこともあるのでやはり気になる。悪性リンパ腫の予後検査で通っている県立中央病院の次の予定は1カ月先である。それに考えてみれば2月にCT検査をして問題ないと言われたばかりだ。

痛みはだんだん酷くなる。母のところから帰宅した夕方、以前行った消化器系の内科が5時半まで診察を受け付けていると分かったので行こうかと考える。ところが、ふとサブディスプレイの相場のチャートを見ると5時過ぎにユーロドルがぴょこんと跳ね上がった。それを見て習慣的にというか発作的にというか、瞬時にストップの位置を逆算してショート(売り)ポジションを取ってしまった。それで5時半を過ぎ、医者に行きそびれた。

結局このポジションは夕食前に利食いして決済したのだけれど、夜になって脾臓の痛みは酷くなり、間断なくちくちくと痛むので痛み止めのイブプロフェン(アドヴィル)を飲んだのだがちっとも効かない。さすがにだんだん心配になってきて「脾臓 痛い」でググってみると、脾臓は痛みを感じることがほとんどなく、脾臓の辺りが痛いというのは「よほどのこと」である、とあってますますビビる。脳内でまた抗がん剤治療とかになったら耐えられるだろうかとか、脾臓摘出とかになったらとか、いずれにせよ今僕が入院という事態になったら一体このうちはどうなるのかとか、いろんなロクでもないことが頭をよぎった。

いっかな痛みは治まらず、そのうちだんだん痛いのに少し慣れてくる。つまり、痛くて当たり前的な状態に。とはいうものの、ずっとちくちく痛むので気になって何かをする気にもなれず。今日はもうしょうがないので寝るかと風呂に入った。すると、湯船に浸かった途端に痛みが治まった。ということは血行の問題かもしれない。あるいは単に筋肉痛という可能性もある。

というわけで入浴後は大分楽になったものの、これを書いている今、ときどき思い出したように微かな痛みが走る。ずっと痛みに耐えていたのですっかり肩が凝った。痛みは疲弊する。いずれにせよ、念のために明日の午前中内科に行こうとは思う。もしかしたら県立中央病院に電話で相談した方がいいのかもしれないが、僕の担当医は月曜担当だ。

そうこうしているうちに夕方早々に利食いしたユーロドルなのだが、ふとチャートを見るとあれから70ピップス近く下落している。あのまま保持していたら……とげっそりする。

ともあれ、ミシェル・ウエルベック「服従」読了。

読後に考えてみれば、この結末は既に「服従」というタイトルで作者が早々に宣言していたのだった。

図書館に返しにいって結局同じウエルベックの「地図と領土」を借りてくる。どうも最近は同じ作家を続けて読む傾向にある。本屋で買うのと違って、図書館は期限までに返さなければならないので即読まなければならない。

今日の昼食は図書館の斜向かいにある人気店、一寸亭本店の冷たい肉そば。いささかワンパターンではあるけれど、地元の名物料理ってこれぐらいしかないのだ。

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蕎麦屋の駐車場に車を停めたまま、いい天気だったのでいつもの山の方まで散歩してみた。

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山の麓の資料館まで歩いてもよかったのだけれど、脾臓がちくちくと痛むのが気になっていつもの橋で煙草を一服して戻った。

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