怒りを捨てよ

11月26日、木曜日。

かつて用賀に住んでいたころ、駅から15分ほど歩く道すがら、途中の表札に「捨男」という名前を見つけて気になったことがあった。今になってググると酷い名前をつけるという意見が目に入るが、当時はいい名前だなと思った。捨てる男。いらないものは捨てられる男になりたいものだ。

夜、フジテレビオンデマンドと電話で大喧嘩をした。詳しく書くと長くなるので詳細は省くけれど、要は理不尽なことにカチンと来たのである。人間怒るとアドレナリンが出て頭の回転が速くなり饒舌になる。そんなわけで久々に激怒した僕は電話に向かって怒鳴り散らした。もちろん、僕が怒るにはそれなりの理由があるのだけれど、電話を切ったあとでひたすら怒ってしまった自分に自己嫌悪を覚えた。反省することしきり。

怒って得することなどない。正確に言えば思い出すと一度ぐらいは怒って得したことはあるのだけれど(これも詳細略)、結局はそんなものだ。それにしたって怒ったから得したというわけでもなく、別に怒らなくても理詰めで解決できた話だった。

ここ10年ばかりの僕の失敗の数々は、すべて怒ったり感情を制御できなかったりしたことに起因している。どうして人間は怒るのか、何故カチンと来てしまうのか、とひたすら考える。

父は晩年、母に対して80過ぎたら怒るな、と言っていたらしい。80にならなくても出来ることなら怒りたくない。怒りという感情を捨ててしまいたい。少なくとも制御できるようになりたい。だが感情というもの、リアルタイムで制御するのは本当に難しい。一体どうしたらカチンと来たところで自分の気持ちを抑え込むことができるのだろうか。

何故人間は怒るのか。例えば、「下町ロケット」みたいな分かりやすいドラマで分かりやすい敵役が露骨に嫌味な言葉を発すると、見ている側は本能的にちょっとした怒りの萌芽を抱える。それがやがて溜飲を下げる要因となる。大概のドラマはそういう構造になっている。カタルシスのための仕掛けのようなものだ。ドラマや映画、小説の中では怒りはカタルシス、爽快感を得るために存在する。

しかし、現実の生活に於いて、怒りは必要なのだろうか。怒りで解決することなど果たしてあるのだろうか。たぶんない。それは恐らく、怒りじゃなくても解決できるものなのだ。怒りで解決したものはきっと後味が悪い。でも僕らは怒る。少なくともむっとするぐらいのことはこの先も無数にある。怒らない人間というのは、どこか感情が欠落した病的な存在なのかもしれない。

当たり前のことなのだが、怒りを覚えるのはしょうがない。ただ怒りに振り回されてはならない、ということだ。まあそれがなかなかできないから苦労しているわけだけれど。

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朝、恋する夢を見た。夢の中で一人の女性が僕に盛んにかまってくれて、僕はその女性に恋心を抱くのだった。一度目が覚めたが夢の続きが見たくて二度寝した。お蔭で起きたら10時25分、8時間ぐらい寝た。不思議なことに夢の中で恋する女性にはいつも顔がない。ということは、恋することに顔は必要ないということなのだろうか。今日の夢では名前はあった。確か「ユミコ」という名前だった。こういう夢を見るといつも思うのは、どうしたら夢の続きが見れるのだろうかということだ。ドラマの続きを見るように、また夢の続きを意図的に見ることができたら楽しいのに。まあたぶん、そんなことができたら延々と寝続けて夢を見続けたいと思ってしまうだろう。それはもしかしたら現実を捨てるということかもしれない。

要するに、そんな風に人間は捨てることができないということ。

それにしても寒くなった。

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Wednesday

sport1975
中学の卒業写真。(昨日の日記参照)

11月25日、水曜日。

寒い。今日は全国的に寒かったようで、札幌では62年振りの大雪で40cmも積もったそうだ。今日も図書館に本を返却に出かけた以外は家に篭りっきり、したがって暖房をつけっ放し。今月の電気代は結構かさんだ。寒くなると灯油代もそうだし、光熱費がかさむ。雪国の宿命。

今日は7時間半は寝たので、最近にしては十分に睡眠が取れた方だと思うのだが、それでもやっぱり眠くて午前中台所のテーブルに突っ伏してうとうとしてしまう。一体何時間寝ればちょうどいいのか、さっぱり分からない。寝過ぎると頭痛がするし。

基本的に終日相場。またやってしまった。大チキン。日中はなかなか上手くいかずポジションを積み重ねてはらはらしていたところ夕方になって突如好転、ところが人間というもの、悪いときばかりではなく予想外にいいときもパニクってしまうものである。あまりにも急激に好転したもので、慌てて利食いしてしまった。利食いなら腹五分目でもオーケーとかいうけれど、今日のところは腹四分目ぐらいになってしまった。三分目かな。それでもドル円の方はキープしていたので、こちらは夜中まで引っ張ってそれなりに。結果的には昨日の負けを取り戻して十二分にお釣りが来るぐらいというか、数日分ぐらいのプラスにはなったのだけれど、なんにせよユーロドルをちびったのが痛かった。こういうことだとどうしても大勝ちを逃してしまう。

なんだか今日は週末のような気がずっとしていたのは、明日アメリカが祝日のせいか。

相変わらず世界はきな臭いニュースで溢れている。トルコがロシア機を撃墜したり。どうにも不穏なニュースばかり。今日は原節子の訃報が入ってきたけれど、ツイッターのタイムラインを見ていると毎日何かしらの訃報はあるものだ。

そろそろ寝床で本を読むのも寒くなってきたので、昨夜二階にストーブを持ち込んだのだが、ストーブをつけると暑い。上手くいかないものだ。かといってまだ電気敷布にするほどではないし。下巻に突入したジェイムズ・エルロイの「アンダーワールドUSA」、だんだん読むのがしんどくなってきた。あまりにも簡単に、無残に人が殺され過ぎるし、エルロイの書く話というのはどうにも救いがないというか憎悪に満ち溢れている。

真面目な話、毎日救いがあればいいのだが。

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早起き、卒業アルバム

11月24日、火曜日。

アラームをかけて7時半起床。久々にゴミを出す。物凄く眠くなるかと思ったがそうでもない。と思っていたのだが、結局10時ごろから眠くなり昼までコタツでうとうとしてしまった。

午後1時にディーラーに行ってスタッドレスの新品に交換。帰宅後、ニシダから電話があって漬物を持ってくるという。なんだかんだあれからニシダからは毎日電話がある。ちょっとめんどくさいなあとは思うものの。

ニシダは中学のときの卒業アルバムを持ってきた。すると、名前も顔も忘れていた同級生たちを何十年振りかで思い出す。人間不思議なもので、すっかり忘れていたと思っていたのに写真を見ると次から次へと思い出すのである。つまり、誰かを完璧に忘れることなどそうそうないのだ。記憶の断片は残っている。それをどうやって引っ張り出すかだけだ。そして、それらは大概の場合映像として記憶されている。

写真の中には中学生の僕がいた。中学のときに好きだった子も、高校に入ってから付き合った子もいる。特に女の子の場合、後になって随分とイメージが変わった子も多い。つまり、大概の女子の場合は大人になってからびっくりするほど綺麗になっていたりする。逆に男子の場合は写真で見る中学時代は随分とすっきりしていて初々しいが、今となってはすっかりただのおっさんになっている(自分を含む)。こうしてみると、中学生のときの印象というのは(それほど)当てにならないとも言える。

今日の相場は失敗。日中に利食いしておくべきだった。結局夜中になってから損切り。その後少しだけ取り戻したものの、久しぶりに一敗を喫する。今日のところは判断がよろしくなかった。と、今チャートを見ると大失敗。我慢していればよかっただけの話。

午前中2時間近く昼寝したものの、結果的には早起きした分煙草の本数が増えてしまった。

今もう一度改めて卒業写真を見てみたのだが、爽やかな美少年として写っている自分(←自分で言うな)も含めて、卒業写真というのはなんかちょっと痛い。もう亡くなってしまった人も何人かいるし。じっと見ているとなんだか息苦しくなる。それはただの感傷というだけではなくて。そこにはもう僕らが失ってしまったものがあるから。

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冴えない

11月23日、月曜日。

昨夜から体調が悪い。普通であれば夜になって体調がマシになるのだけれど、どうもそういうところからして調子が狂っている。

まあそんなこともあって10時近くに起きて7時間は寝ているのだがどうにも眠気が取れず、午前中は台所の椅子の上でうとうとしているうちに昼になる。

午後になっても一向にうだつが上がらない。頭が回らない。相場の指値は一応置いているもののやる気というものがない。実際問題として最近の僕はバイタリティのなさにかけては人後に落ちない。なんだか今日は妙に身体が疲れている。

特養に電話を入れて、2時半に母と静養室で面会。久しぶりだ。約一週間ぶり。母は僕の顔を見ると顔を輝かせたが、イナバくんの訃報を伝えないわけにはいかず。面会は30分ほどで切り上げる。

母のところから帰宅後も身体も頭も重くてしょうがないものの、なんとか相場のポジションを取って夕食後に利食い。ひとつだけポジションを残しておいたのだが夜になって同値。週明けだったのでプラスならよしとせねば。

とまあ、なんとも冴えない一日。体調がよろしくないと人間どうにもならない。とにかくぱっとしない。なんでこう一日中眠いのだろうかと悩む。夜になって先ほどYouTubeでドルトムントの香川の密着取材の動画を見たのだが、香川は8時間寝ているそうで、僕みたいに体力がない人間が7時間睡眠じゃ足りないのももっともなのかもしれない。

明日は朝町内会のゴミ当番なので今から起きられるかどうか緊張している。アラームをかければ起きることは起きるのだろうが……。

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友来たる

11月22日、日曜日。

なんとか9時過ぎに起きた。が、案の定眠い。それと煙草のストックが少なくなってきたこともあり、久々に業務に行ってみたのだが不ヅキもあってボコボコに。非常に不愉快。これなら普通に煙草を買った方がずっと安い。もう二度と業務になんか行くものか、などと思う。帰宅後、眠気がなかなか治まらないのでコタツで少々うとうとするも、精神状態悪過ぎて満足に昼寝も出来ず。しかし、眠気はなんとかなる。

台所でノートPCに向かってうだうだしていると、夕方近くなってドアチャイムが鳴った。玄関に出てみると、スキンヘッドに眼鏡の初老の男がいた。男は名乗らず、「誰だか分かる?」と言った。

男は中学校の同級生であるニシダだった。同じく中学校の同級生であるマキにニシダの髪がすっかりなくなっていると聞いていたので分かったのである。一度、ニシダの工場の前で見かけたことがあった。あまりにも老けていたので確信はなかったのだが。

ニシダはうちから徒歩で5分ばかりのところで親から継いだスリッパ工場を経営している。会うのは中学以来、40年振りだ。台所に案内して、それから6時ごろまで1時間半ほど話し込んだ。

ニシダにとっての僕のイメージは、頭がよくてハンサムでスポーツも出来る、ということだったらしい。だからどれだけ順風満帆な人生を送っているのだろうと思っていたと言った。そういう意味では僕は期待を裏切っているわけだ。ニシダの家と工場はちょうどスーパーに行く途中の角にあり、したがってしょっちゅう前を通るのだが、彼とは特別親しかったというわけではなかったので一度それらしい人物を見かけたときも敢えて声をかけなかった。正直言って、ニシダとこれほど話をしたのは今日が初めてである。それまで僕にとってのニシダは、ちょっと蓄膿症気味の鼻にかかった喋り方をするというぐらいの印象しかなかった。

ニシダはこの辺の人にありがちな、発音からして徹底的に訛っているというわけではなく、非常に話しやすかった。僕自身、人と面と向かってこれだけ長い間話すのは実に久しぶりだ。2年振りぐらいではないだろうか。

ちょうど昼寝を試みたときに物凄く悲観的になっていたときだったので、ニシダの来訪はちょっとした救いのように思えた。毎日家に閉じ籠っていても誰もこの家を訪れることなどないし、それだけ僕は孤独だったのだ。だから非常に思いがけないことだった。

夜、夕飯の支度をしていると、べろんべろんに酔っ払ったニシダが飲み屋から電話をかけてきた。ピザとかお好み焼きを食べていないだろうから持って行こうかというのである。僕は夕飯を作っているところだからと言って断ったが、そのとき頭をよぎったのはなんかちょっとめんどくさいな、ということだった。どうも僕が物凄くヒマだと思われているのではないかと。煮詰まることとヒマとは違うのだけれど。人間というのはわがままなものである。物凄くひとりぼっちで寂しいと思う一方で、友人には自分にとって都合のいい距離を置いて欲しいと思ったりもする。実家に戻ってもうすぐ3年、その間ほぼ完璧に孤独であったために、人付き合いのさじ加減がどうもよく分からなくなってしまった。あまりにもひとりぼっちであったために、あまりにも自分のことばかりを考え過ぎた。いまだに田舎に於ける社交というものの要領が分かっていない。そんなものがあればの話だが。

ただね、友人というのはいいものだなあと思うのですよ。自分は一人じゃないと思わせてくれる。

田舎での一人暮らしというものは、本当に出会いというものがない。最近に至っては、ネット上にしか友人知人というものは存在しないのではないかという錯覚すら覚え始めていた。つまり、世界がだんだんヴァーチャルに思えてくる。世界中のあらゆる出来事が、ツイッターのタイムライン上で起こっているような気がしてしまう。そういう意味では、リアルに友人が訪ねてくるというのは非常にありがたいことなのだなと改めて思う次第。

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午前中のない人生

11月21日、土曜日。

車のディーラーからの電話で起きた。時間を見るともう10時43分だった。昨夜、面倒になってもういくら夜更かししても朝寝坊してもいいやと思ったのだが、これは……。どんどん時差が。

そんなわけだから朝食後の珈琲を飲んでいると昼になる。僕の辞書からは午前中がなくなりつつある。

「JIN -仁-」完結編の最終回を見る。総集編も合わせるともう三度目だ。これはこれでハッピーエンドなのだろう。だがしかし、個人的には二人の想いが報われるハッピーエンドが見たかった。それでも感無量。

夕方近くになって、ドトールに本を読みに行くことにした。行きがけに図書館に寄って現在読んでいるジェイムズ・エルロイ「アンダーワールドUSA」の下巻を借りる。

ドトールの店内はスムーズジャズが結構な音量でかかっていて、それが気になって読書に集中出来なかった。途中から斜め前のカウンター席に座った若い女性が立て続けに煙草を2本吸ったのも気になる。どうにも読書に集中出来ないので、席を立って隣接の書店を見て回る。すると、久坂部羊「無痛」が面白そうだったのでつい買ってしまう。帰宅後調べると図書館にあった。それに現在放送中のドラマを見てからでもよかったような気が。

ドトールを出てイオンモールのリンガーハットで夕飯を済ませようと向かうが道を間違えてしまった。しかしそこは巨大ショッピングモール、少々道を間違えても遠目から見えてなんとか辿り着く。

そんなわけでリンガーハットでちゃんぽんの夕食。

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リンガーハットのちゃんぽんを食べるのは数年振り。最後に食べたのは渋谷駅前の246沿いの店だった。あまりにも長いこと食べてなかったので頭の中で妄想ばかりが膨らんで、実際に食べてみるとこんなものかという感じだった。どうやら僕はとんこつラーメンにあまりにも過大な幻想を抱いているらしい。こっちに来てからとんこつのラーメンをいくつか、一風堂のインスタントも食べてみたがどれもピンと来ない。というのも、用賀の柳屋の味が忘れられないせいだ。もう一度あの店のラーメンを食べないことには。いずれにせよリンガーハット、麺の増量無料で税抜540円というのは安い。

mall

モールを訪れる人々は皆カップルか家族連れに見えて、僕だけがひとりぼっちな気がした。もちろん気のせいだ。世界中で僕だけがひとりぼっちなわけではない。

夜はなんとなく番組表を見ていて気になったEテレのドナルド・キーンの番組を見る。僕の人生よりも長く日本に関わり日本の文学を読み、訳し、90歳を過ぎて日本国籍を得て日本に移り住んだドナルド・キーンがあまりにも日本語が下手なのに驚いた。ただそれでもドナルド・キーンは僕ですら読みこなせない旧仮名遣いの古典を読みこなしている。不思議だ。久々にというよりもEテレと名前を変えてから恐らく初めてまともに番組を全部見たが、あまりピンと来なかった。僕の生まれる前から日本の文豪たちと付き合ってきたドナルド・キーンの言葉はあまり響かないしそこまでの含蓄はないように思える。とすると、戦争中から70年日本を見てきたドナルド・キーンの人生とはいかなるものなのか。ただ、僕は何故日本人として生まれてきたのだろうか、などと思う。

実際問題として日本語というものは非常に難しいと思う。「てにをは」とか。”I think” は「私は思う」でも「私が思う」でもいいが、それぞれニュアンスが違う。そう考えると英語の方がよほど簡単なのかもしれない。長年ニューヨークで暮らしてきたドナルド・キーンの日本語があまり上手くないのは、普段日本語で会話しなかったせいかも。

それはそうと、僕は今夜もまた夜更かしをするのか?

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不如意

11月20日、金曜日。

ドアチャイムの音で起こされた。それでも9時半近い。階下に降りて玄関の鍵を開けるとゴミ当番の箒が立てかけてあった。来週の火曜が当番だ。

今日も体調が悪い。また午前中はソファで寝込んでしまった。昨日からか一昨日からか3日前からか、それとももっと前なのかまったくもって記憶が怪しいけれど、ここ数日腹が張って気分が悪くなる。簡単に言えばうんこが一度に出しきれず少量しか出ない癖に便意は催すので、やたらめったらトイレに行かなければならない。それにときおり腹痛、胃の痛み。しょうがないので内科に行った。

2時半に行って受付したものの、予約の患者の後になるというので一旦帰宅して出直し、診察に呼ばれたのは3時半過ぎだった。症状を話すと、前回来たときとまったく同じ症状だと言われ自分がそれすら失念していたことに気づく。そうだっけ? という感じ。ともあれ、H2ブロッカーと整腸剤、ガスを抜く薬を処方されたものの、来月大腸の検査をすることになった。朝8時半に行かなければならないしまったく憂鬱だが仕方ない。

そんなわけで始終腹が張って調子が悪い。ただでさえうつ病を抱えてネガティブ思考なのに体調が悪いとさらに元気が出ない。相場の指値をしておいたものの届かず、週末だから無理もせず。よって夜はアマゾンのプライムビデオで「JIN -仁-」の完結編をひたすら見る。第10話まで。残すところあと1話。

先日のパリの同時多発テロ以来、世界中がきな臭くなっている。この先世界はどうなるのだろう。

北の湖の訃報にも驚く。しかしツイッターのタイムラインを見ていると、毎日訃報というものはあるのだ。

書斎の室温が12度になっていた。今週は気がつくと天気予報を見ていなかった。今日はこの界隈は最高気温が9度に届かなかったようだ。冬の足音が近づいている。せめて体調がよくなればいいのだが。

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友人の葬儀

11月19日、木曜日。

二度寝して起きると10時過ぎ、どうもこのパターンからなかなか抜け出せない。とにかく夜寝るのが遅過ぎる。

午前中、相場のポジションを取っていると携帯が鳴った。町内の叔母(父の姉)からだった。話しているうちに、イナバ先生が亡くなったという話になった。イナバくんは僕の小中学校の同級生であり友人である。叔母が新聞を見ながら言うところによると、一昨日亡くなって今日の午後葬儀だという。電話を終え、本当だったら葬儀に出なければと思った。とはいうものの、急な話だし、叔母は何しろ高齢(88歳)なのでにわかには信じ難い。ひとまず、イナバくんのすぐ近所に住むマキに電話して確認してみることにする。しかしマキもまた隣町の小学校の先生をしているから、12時を過ぎないとまだ授業中かもしれない。こういうときは新聞を取っていないと分からない。いつもは母のところで新聞のおくやみ欄をチェックするのだが、今週は結局一度も新聞を見る機会がないまま面会制限になってしまった。

12時をちょっと回った時点でマキの携帯にかけてみるが出ない。叔母の話によると葬儀は1時半から。どうしよう。行ってみて違う人だったら。葬儀会場は父と同じ場所だったので、電話してみることにした。すると、やはりあのイナバくんだった。

なんだかんだで1時半ぎりぎりに入場。まだ56歳の現役教師の葬儀ということもあって、会場は満杯だった。自分と同い年の友人の葬儀ということでどれだけの感慨と喪失感があるかと思った。つまり、これは僕の葬儀であってもおかしくなかったのだ、という具合に。ところが、弔辞の人数が多く、それも皆長くて、なんだかみんな弔辞が長いなあとかそんな雑念ばかりが湧いてくる。弔辞の最後は友人代表でマキだった。マキは言葉を詰まらせる。僕の葬儀でもこんな風に誰かが泣いてくれるのだろうかなどと考える。

終わったのは3時ごろだった。どうもいまひとつピンと来なかった。というのも、田舎の実家に戻ってそろそろ3年が経とうというのに、かつての同級生で実際に会ったのはまだマキだけだったからだ。イナバくんは小学校のときによく遊んだ。一番仲がよかったのはマキだったが、その次ぐらいにイナバくんとは仲がよかった。中学に上がってマキとは同じテニス部でずっと一緒だったが、イナバくんとはクラスが変わって次第に疎遠になっていった。それっきり、僕はイナバくんと会ったことがない。

ただ、遺影のイナバくんには確かに見覚えがあった。もちろん子供のころの面影もあるが、リアルタイムのイナバくんもどこかで見覚えがあるのだった。でも、僕は確かに彼とは40年ぐらい会っていない。結局、会わず仕舞いに終わってしまった。だがそこには深い後悔というものはなく、彼の死にリアリティを感じることはいまひとつなかった。

今日思ったのは、死というものは当事者(やその家族)以外には、ひとつのエピソードに過ぎない、ということである。それが寂しいことなのかどうか、いまだに僕には分からない。

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昨夜ずっとガタついていた台所のドア、今日は静かだった。昨日は雨が降っていた。とすると、あれは気圧の関係か何かだったのだろうか。

夕方の6時前に利食いして今日の仕事は終了。その後は「JIN -仁ー」の完結編の第6話を見て、夕食後に野球をしばらく見た。7回まで大谷が完璧に抑え込んでいて3点差があったのでてっきり勝ったと思い、久しぶりに「YOUは何しに日本へ?」を見ていたら、いつの間にか日本は逆転負けを喫していた。誰がどう考えても、あのまま大谷を完投させるか、せめてあと1回投げさせていれば普通に勝てていた試合だった。

久々に見た「YOUは何しに日本へ?」、今日はあまり楽しめなかった。実際のところ、切実なリアリティは感じていないものの、僕は確かに今日、友人を一人なくしたのである。

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ポルターガイスト

11月18日、水曜日。

別に今日に限ったことではないのだが、夜になって廊下に面した台所のガラス戸ががたつくというか音を立てる。まるで廊下を風が吹いているようだ。もちろん玄関の戸は閉めてあるし廊下に風など吹いていない。外に面した窓ガラスはことりとも音を立てない。勝手口を開けて外を確かめるが、格別風が強いわけでもない。地震でもない。気にし始めると切りがないし、怖がっても切りがない。もしかして亡くなった父が戻ってきたのではなどとあらぬことが頭に浮かんだりもするのだが。そういえば朝方、内転筋の痛みが酷くなって目が覚めたとき、二階の窓もガタガタとびりついていて騒がしかった。もちろん二階の窓もサッシであり密閉されているはずなのだ。そもそも築30年程度とはいえ、木造家屋というのはそういうものなのかもしれない。しかし。

今日も10時近くに起きる。寝るのが遅過ぎるし、前述のように朝方何度か目が覚めてしまって熟睡できていないということもあるし、まだ風邪が抜けきっていない感じもある。それに、二日続けて昼間寝込んでしまったせいで癖にでもなった嫌いもある。そんなわけで今日も昼に1時間ほどソファで寝てしまった。朝から昼頃まで昨日からの内転筋痛がかえって酷くなってどうなることかと思ったが、午後になったらいつの間にか痛みは消えていた。

午後から「JIN -仁-」の完結編の続きを見る。一応夕方から相場のポジションを取って、夜までかかって職人の日当分ぐらいの利食いはしたけれど、正直もっと粘るべきだったのだがドラマの続きが見たくて。今日は完結編の2話から5話までを見た。

それはそうと、昨日の日記に書くのを忘れたのだが、昨日マイナンバーの通知ってものが届いた。面倒なのでカードを申請するつもりはない。がしかし、考えてみるとこれ以上老ける前に写真を撮って作っておいた方がいいのだろうか。さて。

しかし冒頭の話、この家は騒がしい。もう少し静かにしてくれないものか。

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内転筋

11月17日、火曜日。

何はともあれ、W杯アジア2次予選のカンボジア戦。

まあ相手は最下位、力の差は圧倒的にあるので、先発を8人入れ替えてきたのはまだ分かる。岡崎がキャプテンマークというのにはちょっと驚いたが。もっと驚いたのは試合内容だった。

カンボジアはアフガニスタンに0-3で負けるようなチームである。その相手に前半0-0。しかも攻守でミスを連発した挙句にGKと1対1のシーンを2度も作られあわや失点かという場面も。ハーフタイムを迎えて、人工芝の試合はいつもとはまるで違うサッカーだなと思った。まるで別の球技を見ているような感覚があった。同じ人工芝で0-1で敗れた北朝鮮戦がふと頭をよぎる。この酷い内容は、人工芝にかなり負うところがあるのではと思ったのだった。

後半から遠藤航に代わって柏木がボランチに入った。すると流れが変わった。ということはつまり、途中から出てきた柏木が出来るのだから先発のメンバーだって出来たはずなのである。結局のところ、前半はあまりにも酷い出来だったと言うしかない。

PKを得たと思ったら岡崎が失敗。シンガポール同様、GKが何故か好守を連発。思いの外カンボジアが健闘した試合でもあった。ようやく柏木のフリーキックからオウンゴールで先制。カンボジアの選手は次々に足が攣る。日本のペースになったもののなかなか追加点が入らない。後半まったく消えて、いるのかいないのか分からなくなった宇佐美に代えてとうとう本田を投入。なんだかんだ本田が入ると得点の匂いがする。終了間際になって岡崎に代えて南野。藤春のクロスから本田がヘッドで決めて、ようやっとという感じで2点目。というわけで、カンボジア相手にかろうじて0-2の勝利。

まったくやれやれである。結局このチームはいまだに本田頼みなのだなというところを露呈することになった。香川は酷い出来というわけではないのだがドルトムントでのパーフェクトなプレーに比べると相変わらず代表ではいまひとつ決定的な存在になり切れない。今日は珍しく長谷部を外して山口と遠藤航の二人をボランチにしたわけだが、遠藤はミスが多過ぎてまったく機能せず、後半から柏木に代えられたのは当然の出来だった。右サイドで先発した原口はここ数試合と同様チームプレーが出来ていない。宇佐美はJリーグでも最近得点出来ずにムラのあるところを見せているが、やはり運動量と動き出しが決定的に足りないと思う。

一番不満なのは守備。カンボジア相手にかわされて1対1を作られるようでは。吉田麻也は相変わらずポカがありスピードが足りない。吉田がセンターバックとして不動のレギュラーであるようではやはりダメだと思う。かといって今日の槙野も不安定、日本の一番の課題はこの最終ラインだと思う。植田直通や岩波の大化けを期待するしかないのか。しかし植田は鹿島で試合にすら出れない。植田は試合に出れるチームに移ってもいいのではないか。山口蛍にしても、やっぱりJ2にいるようでは。再び海外移籍が噂されている宇佐美は、プレースタイルを根本から見直す必要があるのでは。ドイツとポルトガルから帰って、器用な中盤の選手から強いフォワードに変わった金崎のような劇的な変化が欲しいところ。

評価出来るのは試合の流れを変えた柏木と本田ぐらいか。課題ばかりが目に付く試合だった。しかし柏木、シンガポール戦に続いて少なくとも攻撃に関しては素晴らしい出来。今回の2戦で改めて見直した選手。

まあとにかく、人工芝のサッカーは別の競技ではと思ったぐらいだから本当につまらない試合だった。これが今年最後の代表の試合というのは情けない。立て直そうにも次の試合は3月まで待たなくてはならない。この一連のアジア2次予選の試合、弱い相手に対して問題点ばかりが噴出したが、ハリルホジッチは果たしてどう立て直してくるのだろうか。一番の課題はやっぱり守備だと思う。2次予選の対戦相手に守備を考え直すというのは頭の切り替えがなかなか難しいとは思うけれど。実際、6試合続けて無失点で終えたわけだから一見大丈夫そうに見えるし、なかなか点が取れないということでどうしても攻撃ばかりが問題点となりやすいが。

おっと忘れるところだった。一番残念なのは清武が昨日の練習で骨折したということ。好調だっただけに、一番痛いのはハノーファーだろう。

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朝起きるとまだ風邪を引き摺っていてだるく、今日も昼から2時までソファで寝込んだ。その後少しマシになったので4時に年金事務所の予約が入っていたのだがその前に母のところに寄ることにした。医療保険の件で確認することがあり、母が電話に出ることが必要だったので。ところが行ってみると風邪が流行っているので今月一杯面会は控えるようにと言われた。今日は用件があるので無理を言って20分ばかり会えたけれど、毎年冬はインフルエンザとかで長期面会制限になったりするが今年は随分と早い。

4時に年金事務所、障害年金の申請をようやっと済ませることができた。が、たぶん通らないとは思う。だが出さないと可能性はゼロなので。

帰宅後は「JIN -仁ー」の完結編の第一話を見る。

それはそうと、昼間ソファで昼寝をしてから、どういうわけか右足の太腿の内側に痛みが。夜までずっと間欠的にぴりっとした痛みが走り、そのたびに「いて」と声を上げる始末。どうやらサッカー選手がよく痛める内転筋という奴らしいが、ただ寝ていただけなのにどうして内転筋が痛んだのだろうか。ただでさえ深刻な運動不足であるのに。

いて。

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