病の床、ヒーロー

11月16日、月曜日。

とうとう風邪をひきました。

朝起きたときから節々がだるくて気分が悪く頭痛。あまりに具合が悪くて昼からソファで毛布を被る。2時まで昏々と眠り、そのまま永遠に寝続けてしまいそうだった。まさに病の床に就いているという感じ。たかが風邪とはいえ、普段滅多にひかないものだから。このままでは本当にいつまでも寝続けてしまうと思い、起き出して台所で焼きおにぎりの昼食。試しにイブプロフェン200mgのアドヴィルとビタミンCを飲んでみたところ、その後は具合が悪いなりになんとか起きていられた。風邪をうつすと悪いので母のところに行くのは控える。なにせふらふらだったし。

何も出来ないからというので、延々と「JIN -仁-」の続きを見て、夜までかかって第一期の最終話まで一気に。正直見終わるのがもったいないなと思ったのだけれど。なんでこんなに面白いのだろう。恐らく、それほど強い人間ではなくむしろ弱い人間である仁が、周りの江戸時代の人から見ればスーパーマンのように見えて尊敬され、憧れられるからではないだろうか。つまり、僕らはどこかで誰かに尊敬されたい、憧れられたいという願望があるということ。それは必ずしも自分自身ではなくて、故に僕たちは常にどこかでヒーローを探している。例えば、サッカーの日本代表の試合を見るのもそうだ。ヒーローが誕生するのを今か今かとうずうずしながら見ている。それが自分じゃないのにだよ。自分ではないのに、ヒーローが現れ活躍すると胸がすく思いがする。もしかしたらこれは動物が群れると本能的にボスやリーダーを求めるのと同じことなのかもしれない。だがそれにしても、自分じゃなくてもいいというのはなんとも都合のいい性向ではないか。これが自分じゃなければ気が済まないというのであれば実現は途轍もなく難しい。だが自分じゃなくてもいいのだ。考えてみれば当たり前だ。自分で自分を尊敬したり自分に憧れたりすることは出来ない。普通は。尊敬や憧れというのは常に他者に対するものとして生ずる。たぶん。(ただ例外として、若いころの自分自身に憧憬のような感情を抱く部分はあるかもしれない。)

それにしても、風邪をひいただけでここまで身動きが取れなくなるとは。健康というか、体調というのは本当に大事だなと痛感。

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ギブアップ

11月15日、日曜日。

今日は体調が悪くてお手上げ。

朝9時過ぎに町内会の集金で起こされた。確かに寝たのが3時半で遅かったが、ただの寝不足というにはあまりにも体調が悪かった。台所の椅子に座っていてもうとうとしてしまい、1時に予約している12ヶ月点検とタイヤ交換に若干の遅刻。ディーラーからの帰りに久しぶりにモスバーガーで昼食を摂るも帰宅後もただの具合の悪い人だった。コタツで本を読もうとしても起きていられずうとうと。夜までほぼ廃人状態だった。眠いのもそうだが異様に疲れるし腹が張って気分が悪くなる。風邪気味というよりは手が痺れるところをみると精神由来っぽいが。

こういうときこそ早く寝ればいいようなものだが、夜も更けてから今夜も「JIN -仁ー」を見始めてしまった。5話まで。しかしここまで体調が悪いとどうにもならず。一度十分に睡眠を取らないとダメかもしれない。

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暴挙と希望と

11月14日、土曜日。

朝から終日雨が降りしきる。

10時ごろに目が覚め、台所で朝食を摂りながらノートPCを立ち上げてツイッターのTLを追うと、とんでもないことが起こっていた。パリの同時多発テロである。僕を震撼とさせたのは、これがコンサート会場である劇場とフランスとドイツの試合を行っているサッカー場を狙ったということだ。先日読んだばかりの村上龍「オールド・テロリスト」を彷彿とさせる。明確なターゲットを持たず、不特定多数の無差別大量殺戮を狙ったものであるというところが救いがない。こうなると宗教も信念もへったくれもない、ただの闇雲な破壊活動だ。僕のような日本に住んでいて、しかも山形の片田舎に住んでいる人間にも他人事ではないと思えるのは、音楽とスポーツの会場を狙ったからである。個人的なことをいえば、僕の数少ない楽しみが標的になった感がした。テロという言葉どおり、恐怖の種を蒔くという意味では確かに効果的なのかもしれないが、救い難い暴挙だ。夜になってIS(イスラム国)が犯行声明を出した。暗澹たる気持ちになるのは、このイスラム国を支持し、協力する人たちが世界中に山ほどいるということである。彼らが果たして何を目指しているのか、もはやさっぱり分からない。殺戮と破壊の果てに一体何があるというのだろう。

そんなわけだから、しばらく僕の心はざわついた。こういうニュースは世界を憂鬱なものに変える。悪意や憎悪、報復といったものはそういうものだ。

おまけに今日も僕は眠かった。午後、少しばかり昼寝をしようとコタツで横になったが、小一時間ほどうとうとしただけに終わる。外はずっと雨が降りしきっている。まったく憂鬱な日だ。

ところが、夜になって光明が差す。結果的に、気分が一変することになる。というのも、アマゾンのプライムビデオで僕が一番好きなドラマ、「JIN ―仁―」を見始めたのだった。このドラマを見るのは、最初リアルタイムで途中から見て、その後総集編を見たので都合三度目になる。だが第一話をちゃんと見るのは初めてだった。まったく素晴らしい。最高だ。ドラマの最後にMISIAの「逢いたくていま」が被ってくるところは完璧だ。なんて面白いのだろう。3話まで見たが、もう知っている話なのに毎話涙ぐむ。胸が一杯になる。なんていうか、人生というものはこういうもので充たされるべきだと思う。仁が現代の医術で治療していくときのカタルシス、綾瀬はるか演じる咲が仁と彼の医術に引き込まれていく様子。ここには確かに希望があり、タイムスリップした江戸時代は息づく今になる。

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甘い夢

road2

11月13日、金曜日。

夜の六本木を女の子といちゃいちゃしながら歩いていた。ようやく女の子から一緒に泊まる承諾を得て、僕は少々というかかなり浮かれていて妄想が限りなく膨らんでいた。深夜の六本木は通りをびっしりと人が埋め尽くしていた。まるでお祭りのようだ。そこにどういうわけか日本代表の本田圭佑が現れて僕らと合流してしまう。僕はかなり焦った。ようやっとこの女の子が僕と一泊してくれるというときに、なんで本田が現れるのだろう。なんとかしてまかねばと思う。ところがそこにかつて勤めていた六本木の事務所の社長までもが現れる。僕はますます焦る。どうしてこんなタイミングで次々と邪魔が入るのか。とにかく人がひしめく中を、女の子をなんとかホテルに連れ込もうと西麻布方面へ歩く。気がつくとどこかの交差点のビルの屋上にいた。通りの向かいにEXCELLというビルがあり、あああれがホテルだ、あそこでいいやと思う。とにかくなんとかして本田と社長をまいて、この子をあそこに連れ込もう。もうすっかり明け方近く、この分では明日は会社に遅刻しそうだがそんなことはもうどうでもいい。

ここでドアチャイムが鳴り、目が覚めた。せっかくこれからというところだったのに。iPhoneで時間を確認するともう9時半を回っている。ナイトガウンを羽織って階下に降り玄関の戸を開けると、昨日電話で頼んだ灯油の配達だった。かくして、久しぶりに見た甘い夢は中途で終わった。しかし、夢の中とはいえ、夜の街を女の子といちゃいちゃしながら歩くのは物凄い幸福感だった。もうこんなことはリアルではありえないのだろうなと思う。

夢に出てくる街は大概が六本木だ。現在の六本木ではなく、かといってかつての六本木でもない。ただ単に、賑やかな街中の夢を見ると、ああ六本木だと思うのだった。というのも、僕はこれまで7社か8社ぐらいの会社に勤めてきたが、そのうちの3社が六本木だったのである。そのわりには夢に出てくる六本木はリアリティがなく、通りは狭くやたらと人通りが多く、まるで昭和の竹下通りのようだ。そう、とにかく昭和っぽいのだ。

ちなみにEXCELLというのは、かつてLAの友人(日本人)がEXCELL PRODUCTIONSという会社をやっていたのでそこからの連想だと思う。

灯油は安かった。クーポンを使ってリッター60円。今年の2月か3月に最後に入れたときに70円だったから、10円安くなっている。一昨年の冬は90円とか100円近かったように思う。

それはともかく、昨夜はカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を最後まで読み切ったので寝たのが3時半ごろ、昼過ぎまで寝不足の眠気に悩まされる。昨日FXの会社から大量の焼肉と焼きおにぎりが届いて冷凍庫がもう隙間がないくらいにびっしりと埋まってしまったので焼きおにぎりの昼食を済ませ、あまりの眠気にコタツで昼寝を試みた。ところが小一時間ほど横になってみたのだが上手く眠れなかった。眠気は取れず、かえって頭痛までしてくる。眠気がようやく取れたのは、散歩がてら片道徒歩15分強の図書館まで歩いて本を返却に行ってからである。返却したついでにミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を借りようかとその場で冒頭をちょっと読んでみたが、哲学的で気が滅入りそうな気がして止める。書棚を見て回るといずれ読みたいと思っていたジェイムズ・エルロイの「アンダーワールドUSA」があったのでこの上巻を借りることにする。

そんなわけでカズオ・イシグロ「忘れられた巨人」読了。

なんだか最近SFやファンタジーがいつの間にか苦手になってる。

前述のように大量の焼肉が冷凍庫を占領しているので夕飯は焼肉で早めに済ませる。母のところに行くと、今日は習字をしたと母が嬉しそうに言うので僕も嬉しくなった。母が喜ぶ姿を見るのが一番嬉しい。習字と生け花は母の数少ない趣味なので、今日は特養に入って恐らく初めての習字、これからも続けて欲しいものだ。

帰宅後、玄関の蛍光灯がちらついていたので交換。ところが、交換し終えた蛍光灯を落として割ってしまった。箒で掃いてそのあと掃除機もかける。

日中はとにかく眠気で頭が回らなかったので、一応指値はしておいたものの相場には手を出さなかった。夜、ちょっと指値を修正したら2つ成立して、その後そこそこいい感じで利食い出来た。腹六分目くらいだけどこれは結果論。なんていうか、頭さえ回ればなんとかなるという気はする。逆にいえば頭が回らないとどうにもならない。

スポーツメディアの記事を読み漁ると、昨日代表初得点を挙げた金崎が一躍脚光を浴びている。このまま代表に定着してもらいたいものだ。

それにしても今朝の夢の続きを見たい。また女の子といちゃいちゃする夢を見たい。リアルじゃなくていい、夢でいいんだ。あの幸福感を味わいたい。

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シンガポール戦

11月12日、木曜日。

今日のメインイベントはもちろんW杯アジア2次予選のシンガポール戦。今日から代表は新しいユニフォーム、事前にリークで画像は流出していたものの、実際に選手が着ているのを見ると案外とかっこいいと思った。僕は好きだ。ところが前半の途中で相手選手に引っ張られた清武のユニフォームが真っ二つに裂けて背中が全開したのには驚いた。耐久性が弱いのか?

というわけでシンガポール対日本、0-3。

日本は先発から香川を外して何人かメンバーを入れ替えた。GK西川、最終ラインは長友、森重、吉田、酒井宏樹、ボランチは長谷部と柏木、2列目は武藤、清武、本田、ワントップに金崎。鹿島びいきの僕は金崎が先発ということでわくわくした。そして、金崎は期待に違わなかった。

序盤から当たり前のように日本は優位に試合を進めるものの、二度の絶好機に点が入らない。そこで前回ホームで引き分けたことを思い出してちょっと嫌な感じがする。中継もハリルホジッチも雪辱だのリベンジだのと言うし。しかしながら試合を見ていると分かるようにどう見ても日本の方が圧倒的に力が上で負けることなど考えられない。だが前回の試合で神がかったセーブを連発し、一世一代の大当たりと思えたシンガポールのGKは、箇所箇所で好判断を見せ、まんざらまぐれではなかったのかなと思わせる。なのでまたスコアレスドローなんてこともあり得ると頭をよぎるのだった。それにラグビーのW杯で日本が優勝候補の南アフリカに勝っちゃったように、まさかということもあり得るので。

そういう心配も金崎のビューティフルゴールで杞憂に終わった。とにかく1点取ってしまえば力の差は元々明らか、安心して見ていられる。本田が2点目を決めた時点で試合は既に決していた。

30度近い気温だということもあるのだろう、前半の終了間際からペースが落ちて試合が落ち着いてきた。日本が2点のリードで前半を折り返す。ゴールもそうだけれど、前半の特に序盤は金崎のポストプレーが際立っていた。

まあそんなわけで既に試合の行方は決した感のある後半、あとは日本が何点取るかだけが興味。ところが暑さのせいか疲れのせいか、後半はさらにスローダウンして日本も運動量が落ちてなんだかぐだぐだの試合になっていく。むしろシンガポールが攻める気合いを見せてなんですかーと思いながら見ていた。武藤に代えて宇佐美、清武に代えて香川、本田に代えて原口と投入。しかし後半は最後までぴりっとしなかった。セットプレーから吉田の幸運なゴールで追加点で結局0-3でスコア上は快勝も、特に後半が物足りない印象に終わる。しかしながら勝てばいいのである。序盤に好機で点が入らない場面でまたスコアレスもあり得るかも、なんて思ったことを考えれば順当に勝つという結果だけでもまずは上等とせねばならないのだろう。ちょいと危ないと思わせる場面が一回ぐらいあったような気がするが、基本的にGKの西川はヒマな試合だった。

今日の収穫は初先発の柏木と金崎が出色の出来だったことだろう。柏木は何度かパスミスがあったが、攻撃の起点として非常によかった。長短のパスが効果的だった。僕のボランチの一押しはいまだに柴崎なのだけれど、今日の試合を見る限り柏木と長谷部の組み合わせというのは、こと攻撃に関してはとてもよいと思った。金崎は前述のようにポストプレーとゴールに向かう姿勢が素晴らしい。滅多にボールを失わない。鹿島で見せているのとまったく変わらない出来だった。この二人に関しては、もっと強い相手と対したときにどうかということで真価が問われると思う。まあそんなことを言ったら全員そうなのだけれど。

とにもかくにも、今日の勝ちはでかい。これで次のカンボジア戦はもっとメンバーを試せるはずだ。南野あたりを長く見たい気が。

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leaves1

今日も隣の車庫の屋根をがんがん修理する音で9時過ぎに目が覚めた。昨日と違って眠気が我慢できずまったく頭が回らなかったので午前中はコタツで昼寝をかます。昨日の「クローズアップ現代」で座り過ぎが身体に悪いということが頭に残っていて、午後は意識して家事をした。洗濯をしてからいい天気だったので散歩がてら歩いてスーパーまで買い物に行き、帰宅後は玄関前とガレージの掃き掃除、それから風呂の掃除。普段は食事を作ることさえ面倒だと思うくらいなのだが、こうして家事を普通に当たり前にこなそうとすると案外と忙しい。

夜、代表の試合が終わったあと、NHKで所ジョージの番組を見たら、株で大損している人と大儲けしている人が出てきた。同じ相場でも株をやっている人というのはびっくりするぐらい儲けたり、びっくりするぐらい損したりしている。僕の場合は為替だけれど、賭けている金額があまりにも違う。改めて自分がちびり過ぎ、慎重過ぎると思えて、その直後に相場が動いた時点で30分ばかりポジションを取って僕なりの日当は出したのだけれど、僕の場合はゼロが二つ三つ違う。桁が違う。僕のいう日当は普通に働いた人の日当ぐらいだが、テレビで見る株をやっている人というのは一日で年収ぐらいの金額を稼いだり損したりしている。為替を始めて2年近くなったけれど、最近心がけているのはとにかく大きく負けないことなので、なかなかそういう具合には行かない。一日で月収程度のマイナスを食らうと、それを10回やると年収程度になってしまう。まずはそれをやらないことを第一にしているので、どうしてもちまちまとした投資になってしまう。だが今のところはこれでしょうがないかなと。気長にやるしかない。

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8とⅡ

11月11日、水曜日。

というわけで久々に8時台に起きた。早起きしたというよりも二度寝せずに最初に目が覚めたときに起きただけ。隣の家で車庫(あるいは物置。どっちかよく分からない)の屋根を自力で葺き替えていて、トタン板を釘で打ち付ける音で目が覚めたのだった。

案の定、二度三度台所のテーブルに突っ伏してうとうとした。だがなんというか、8時台に起きるとそれなりに午前中というものがある。昨日一昨日と相場は様子見に終わったので、今日は積極的に朝からポジションを取ってみた。がしかし、ちょっと参加するタイミングがいささか早過ぎて苦労する。まあ夕方決済するころにはそれなりにプラスになったので結果オーライ。疲れたので今日の仕事はここまで。

母のところでNHKの「クローズアップ現代」を見ていたら、座り過ぎは身体によくない(癌や心臓病になる)という特集で衝撃を受けた。なにしろこのところの僕はほぼ一日中座っているからだ。起きている間の8割方から下手すると9割方は座っているのではないだろうか。立っているのはメシを作っているときと洗い物をしているとき、トイレに立っているとき、たまに珈琲の豆を煎るときぐらい。テレビによると普通の人は座っている時間は6割、立っている時間は4割でこれでも座り過ぎになるのだという。なんだかぞっとしないので明日から家事をもう少し心がけて立っている時間を長くしよう。散歩すればいいのだが、これから冬になって雪が積もるとその間は無理。いずれにしても運動不足なのはずっと気になっている。

夜、アマゾンのプライムビデオで「ゴッドファーザー PartⅡ」を見た。これが第一作よりも評価が高いというのはどうも納得がいかない。どう考えても第一作の方が出来がいいと思う。PartⅡは少々欲張り過ぎたというか、時間軸が交錯する分少し散漫になった嫌いもある。それにしてもこっちの方はこれまで未見だったのだろうか。そうじゃないはずなのだが、なにせ「ゴッドファーザー」(第一作)の方はことごとく各シーンを覚えていたので。PartⅡに関してはほぼ初見のような感覚で見れた。ただ単に記憶が怪しいだけなのだろうか。

今はアマゾンのプライムを無料体験中なのだが、そのまま有料で継続するかどうか悩み中。月辺りで考えると大した金額ではないのだが、どこまで映画を見るかどうか。ただ、大好きなドラマ「仁」とかもあるので。タブレット端末のFireを買えば割引分(4000円)で元が取れる感じもするが、WiFi端末としてはiPhoneを使っているので2つもいらないような気もするし。悩ましいところ。プライムビデオはPCではダウンロードできないことも分かった。まあそこまで同じ映画を何回も見るとは思えないが……。

今日分かったこと。早起きすると煙草が増える。

ちと胃が痛い。

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寝過ぎる病

11月10日、火曜日。

二度寝して目が覚めるとまたもや10時を回っていた。これで3日連続で10時台起床。どうにも止まらない。おまけに、またしても朝食後台所のテーブルに突っ伏して寝てしまう始末。寝過ぎのせいなのか、今日も調子が悪い。特に午後から夕方にかけて、だるくて気分が悪く体調が悪かった。風邪気味なのかと首を傾げるほど。

日中は完全に煮詰まった。相場の指値は厳し過ぎたのかまったく届く気配がなく、昼過ぎに何をしたらいいのか皆目分からなくなって途方に暮れてしまった。前述のようにだるくて放っておくと寝てしまいそうになるし、何より何かをする気力というものがまったくない。しょうがないので業務に行った。午後から業務に行くことなど滅多にない。余程何もすることがないという証拠だ。

6時半過ぎに母のところに顔を出すころも調子が悪かった。相変わらず食欲がなく腹も減らない。母のところから帰宅後、夕飯を食べると少しマシになった。どうも10時過ぎまで寝るようになってからというもの、本当に体調が悪い。これはアラームをかけてでももうちょっと早く起きるべきだと思う。とにかく一日がぐだぐだになってしまう。

フランシス・フォード・コッポラ監督「ゴッドファーザー」を最後まで見終わった。この映画、何度見たか分からないが、最後に見たのはもう10年以上前のはずだ。それでもほとんどのシーンを覚えていた。どのシーンも見覚えがあった。その勢いでPartⅡを見始めたら止まらなくなった。一気に2時間ちょっとまで見る。そのまま最後まで見るとまた夜更かしになりそうなので続きは明日に。ところが、不思議なことにPartⅡの方はどのシーンも見覚えがないのである。もしかしたら初めて見るのだろうか。そんなはずはないのだが。僕の記憶ではPartⅢまで全部見たはずなのだが、どうにもこうなると自分の記憶が怪しくなってくる。それにしてはPartⅠの「ゴッドファーザー」の方はことごとく覚えていたのは何故なのだろうか。なんだか訳がわかりまへん。

結局今日は相場は参加し損ねた。ああ映画の続きが見たい。どうしよう……。

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モールにて

picks

11月9日、月曜日。

二度寝して起きたら10時過ぎ。相変わらずよく寝る。昨夜も寝たのが遅かった。それにしても眠い。朝食後の珈琲を飲んでいて、気がつくと台所のテーブルに突っ伏して寝ていた。なんだろうね、これは。

昼食は車で出かけてドトールで食べることにした。本を読もうと思っていたのだが、ついでに持って行った障害年金の書類を記入して終わる。せっかくここまで来たから例のショッピングモールに行ってみることにした。

パソコンでプリントアウトしたアバウトな地図を見ながら適当に車で走っていると、やがてイオンの看板が見えてきた。イオンモールはドトールからそれほど遠くなかった。

田舎に帰って以来、大きなショッピングモールに行ったことがなかったので、やけにデカく見えた。お洒落なテナントが立ち並ぶモールを歩いていると、心が騒いでテンションが上がる。北戸田のイオンやさいたま新都心のコクーン、さらに言えばLAのビバリーヒルズセンターを思い出す。何か買いたくなる。がそれも束の間、すぐによしんばお洒落な服を買ったとしても、どこにも着ていくところなどないことに思い至り、テンションがだだ下がる。ときおり店先の鏡に映る僕は、痩せこけて貧相な初老の男だった。少しばかりいい服を着て恰好をつけたところで、例えば東京の町中を歩いたとしても一体誰が僕なんぞを見るだろうか。テンションはひたすら落ちる。

一階の奥にペットショップがあった。しかしウィンドウの中に数匹の子犬がいるだけで、小動物はおろか熱帯魚の姿かたちもどこにもなかったのでがっかりした。猫すらいなかった。田舎で熱帯魚を飼うのは途方もなく困難なことのように思えてくる。

二階に上がってみる。期待していた四六時中とリンガーハットはどちらもフードコートの中にある小さな出店でがっかりした。確かにメニューは似たようなものなのかもしれないがこれでは食べた気がしないだろう。ムラサキスポーツという店があったので運動不足解消に縄跳びの縄でも買おうと思ったら、服と靴しか置いてなかった。

島村楽器があったのでギターのピックを買った。少々迷って、マーティンとヒストリーの2種類を2枚ずつ。見た目はほぼ似たようなものだ(冒頭の写真)。ヒストリーの方は滑り止めがついている。帰宅後、ちょっとギターを弾いてみたらマーティンの方が正解だった。大きさも形も同じようなものだが、弦を弾いたときのタッチの問題。マーティンのピックの方が先端が若干丸くなっているのでその違いだろうか。

というわけで、広大なモールを一階と二階をぐるっと見て回り、結局ピックを4枚買っただけ。だがなんとなく久しぶりに買い物をした気分にはなれた。大体において買い物などというもの、買い始めたら切りがない。ドトールの隣の書店でボールペンとポストイットも買ったし、今日は気分だけはお買い物日。

雇用統計後の週明けということで今日は指値こそ置いたものの相場は様子見。夜は「ゴッドファーザー」の続きを途中まで。

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雨、大いなる眠り

11月8日、日曜日。

昨日ああいう風に書いたものの、日記として書く習慣がすっかりついており、なかなか頭が切り替わらない。まああまり堅苦しく考える必要もないだろう。

朝8時台に一度目が覚めると雨の音がした。まだ早いかなと思って二度寝すると、次に目が覚めたのは10時40分、さすがに驚いた。昨夜寝たのが3時過ぎとはいえ、随分寝たものである。

そんなわけだから朝食後の珈琲を飲みながら一服しているともう昼。雨は降り続いている。それにしても8時間近く寝たわりには眠いし身体がぐだぐだだ。1時からBSで中継していたJ2の磐田対長崎の試合をぼんやり見ていたが、頭の中はなんか眠いなとばかり思うし、何よりどこかダルくて調子悪い。ネットで検索してみると、隣町のイオンの巨大モールに和食の四六時中とちゃんぽんのリンガーハットがあることが分かり、俄然行きたくなる。が、なにせ雨の降りしきる日曜日、それでなくても体調が悪い。コタツで本を読もうとしたが1ページも読まないうちに眠くなりそのまま1時間気絶してしまった。

その四六時中だが、武蔵浦和に住んでいるころ、隣の北戸田のイオンモールの中にあって、結婚していたころ元妻とよく食べにいったものだ。おひつに入ったご飯がとても旨い店だ。リンガーハットのちゃんぽんももう何年も食べておらず、ときおり無性に食べたくなる。妄想ばかり膨らんで渋谷の246沿いの店まで行って食べようかなどとたまに夢想したりしていたのだが、車で20分ほどのところにあったとは。まあ実際食べてみるとこんなものかと思うのは目に見えているが。

昨夜から自分で淹れた珈琲が何故か美味しくなく、いつも同じ手順、同じ要領で淹れているのだからこれはやはり体調が悪いということだろう。正確には精神由来、つまりストレスだと思うが。そのせいで食欲がなく、腹が減らない。かといって食べないわけにもいかないので食べてはいるものの。やはり胃に来ている感じがする。

という感じで終日雨の日曜日、何をするでもなくぐだぐだのまま一日が終わる。出かけたのは母のところに顔を出したのと、夜ポストに郵便物を出しに行っただけ。

夜、なにかと話題になってるっぽいドラマ、「下町ロケット」を初めて見てみた。4話らしいが話の前後関係がまったく分かってないのだけれど。なんつーか、取引先らしい大企業の社員が皆ことごとく露骨に無礼で失礼で嫌な奴というのがなんとも。まあそこがドラマなんだろうけど。連続ドラマってものはこういう分かりやすい敵役が必要なんだろうね。その反動で溜飲を下げるというのは、同じ原作者の「半沢直樹」と同じパターンか。

それにしてもまた一日が後ろに一時間ずれてしまった。このペースで行くと昔(業界で現場が一番忙しかったころ)のように明け方に寝て昼前に起きるというパターンになってしまう。しかし、いくら体調が悪いとはいえよく寝たものだと思う。

シャルケとのレヴィア・ダービーで香川がヘッドで先制点。

また雨の音が強くなった。

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蒼ざめた馬を見よ

11月7日、土曜日。

結局どこにも行かなかった。というか、ほぼ何もしなかった。

9時半過ぎに起きたものの、昨夜寝たのは3時過ぎ、眠くて半ば投げやりになり午前中から1時間昼寝してしまった。だんだん生活が冬時間になりつつある。これが本格的な冬になると、寒くて寝床で本を読んでもいられなくなるので逆に早くなる。はず。そんなわけだから、午後になっても普通の人の午前中のようなもの。2時からBS-TBSで鹿島対横浜の試合を見た。2-0で鹿島の勝ち。その後ドトールにでも行って本を読もうかとも思ったが、往復の40分が人生の無駄のように思えてコタツで本を読むことにした。が、読み始めた途端にまた眠くなる。それで15分ほどであるがうとうとする。どうも今読んでいるカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を読むと憂鬱になる傾向がある。原因は定かではないが、どうもこういうおとぎ話のような話が苦手になりつつある。

そのうち、本格的に悲観に陥ってしまった。どうにもこの先の人生があまりにも短いような気がして。投げやりの極致になり、顔が青ざめてくる。たぶんある種の抑うつ状態なのだろう。安定剤を1錠飲む。母のところに行くころには自分でも顔がみるみるうちにげっそりと痩せつつあるような感覚だった。すっかり弱り切っている。山形弁で言うところの「ガオっている」状態。こうなると身体まで委縮する。母のところから帰宅後、どうせ人生は短いのだから好きなだけ煙草を吸いまくろう、吸い続けようと思ったのだが、実際はそこまで立て続けに煙草を吸うほどの根性もない。いずれにせよ、もし「投げやり」という種目があったらそこそこいいところまで行けるのではないかという感じだった。

だが悲観も永遠には続かない。投げやりが続くと、そのうちどうでもよくなってくる。つまり、本当の投げやりになってくる。所詮、考えてどうにかなるものではない。

それはそうと、久しぶりに僕と同世代のジャズミュージシャンである菊地成孔のブログを読んだら、最近は「長いと読まれない」と書いてあって、それはそうかなと再認識した。毎日長文の日記を書いていて、薄々感じていたことである。だが実際は菊地のブログの方が遥かに長文だ。

この日記もそろそろ脱日記を目指さなければと思っている。15年前の日記とかを読み返して、以前の方が今よりもブログっぽかった。最近はあまりにも備忘録的な傾向が強過ぎると気になっている。気がつくといつの間にか文体も生硬になってるし。そんなわけなので、脱日記=ブログ化を目指そうかなと。何も毎日書かなくてもいいのではないかと。それと、もうちょっと文章を短くしたいなと。

とか書いているわりには今日も長文だが。

まあしかし、この日記をブログ化するとfragmentsの存在意義が怪しくなるのも確かなのだが……。

今夜は珍しくNHKのBSでレスターの試合を生中継しており、後半から岡崎が登場したので、そろそろテレビの前に戻ります。

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