欲求不満

2月11日、水曜日。

祝日。体調が悪い。朝は9時前に起きて朝食後に軽く雪かき。業務に行ってみるが、ツキがないというよりも今月は下ネタに拘り過ぎている。業務中からどうも体調がよろしくなく、風邪でもひいたのかと思う。帰宅後、眠気が襲ってきてコタツで少し寝てから母のところに行こうとしたものの、そのまま5時ぐらいまで寝てしまい本日は母のところに行くのを断念。いずれにせよもし風邪をひいているとしたらうつすと大変だ。コタツで寝るといつもの習いでさらに具合が悪くなる。普段の夕飯の頃合になってもまったく食欲がない。朝食用のパンが切れたこともあってスーパーまで買い物に行き、500円の刺身を買ってきてそれで夕飯を済ませる。

体調が悪いと相場もやる気になれず。huluで「ライフ・イズ・ビューティフル」の続きを見始めたがどうもオーバーアクトの演技が鼻について途中で止める。先日見た「ニュー・シネマ・パラダイス」もそうだが、どうもこの辺の評判のいいイタリア映画というのは演出過剰というかわざとらしさの方が目についてどうにも僕はダメだ。かつてのタヴィアーニ兄弟とか、もっとさかのぼればフェリーニとかパゾリーニといったころのイタリア映画はどこに行ってしまったのだろうか。続いて「マイアミ・バイス」を見始めたのだが冒頭でこれは無理と諦める。どうも今は抑制の効いた映画しか見れないのか、それとも映画というものを見れる精神状態にないのか。

煙草を吸ってもおいしくない。やっぱり風邪気味なのかなと思う。それに、どうも自分が欲求不満の状態にあるような気がしてならない。欲求不満というのは現実を素直に受け入れられないということだと思う。それがいろんな意味で自分に蓋をしているような気分。解放感がないし、なかなかポジティブになれない。

明日の朝はゴミ当番なので、今日は早めに寝ることにする。

と書いているそばから、こんな時間から酔っ払って相場のポジションを取ってどうすんだ、俺。

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火星の人

2月10日、火曜日。

アンディ・ウィアー「火星の人」読了。非常に評判の高かった本で、実際よく出来ている小説で面白かった。がしかし。大半を占める主人公の独白があまりにも軽い。アクシデントで火星にただ一人取り残されるという深刻な状況にいるのに、あまりにもお気楽でハイなのだ。口語体を原文の雰囲気のまま訳そうとした試みは分からないでもないが、この辺は欧米人と日本人のノリの違いというか、テンションの違いのようなものを違和感として感じてしまう。偶然ではなく必然の積み重ねで主人公が窮地に陥るという作者の用いた手法は実に正しいし、火星でのサバイバルが科学的にも緻密に書かれているのだが、そのシリアスなディテイルとは裏腹にあまりにも楽天的な主人公が軽薄に見え過ぎてしまう。ユーモアがてんこ盛りなのだが、てんこ盛り過ぎてサバイバル・コメディの体を成している。なので最後まで読み切った読後感もなんか内容の割には軽い。それと、専門用語がカタカナでなんの説明もなく頻出するのも気になった。ウィリアム・ギブスン作品で黒丸尚がやったように、もっとルビを使うようにしたらもう少し分かりやすくなったと思う。要はアメリカン・コメディ的なハイなアメリカ人のノリをあまりにもそのまんま日本語に置き換えたので読んでいる日本人の読者である(テンションがやたらと低い)自分との落差、カルチャーギャップみたいなものが気になった。言い方を変えれば深刻な話なのにお気楽に読めるし、長い小説なのに読みやすくすいすい読める。なんか褒めてるのかけなしているのか分からなくなったけれど、いろんな意味でオタクな小説であるとは思う。

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今日は世界が雪に埋もれる。朝食後に1回目の雪かき。ときどき小止みになるものの、油断するとまた凄い吹雪みたいになったり。日中は結構な勢いで雪が降りしきっていた。そんなわけで午後に2回目の雪かき。今日は午後泌尿器科の予約が入っていたので3時ごろに行ったら前代未聞に混んでいた。かといって、吹雪いてる中を来たので出直す気にもなれず、本(シーラッハ「禁忌」)を読もうと思ったのだが物凄く眠くなり、結局ひたすら待合室で舟を漕いでいた。気がつくと1時間半も待たされた。終わって処方薬局で薬を受け取って帰るころにはもう5時近かった。ところで、なんで泌尿器科に通っているのかというと、トイレがやたらと近いからで、軽い前立腺肥大と診断されて薬を飲んでいる。トイレが近いのはとにかく四六時中飲み物(それもコーヒーとかの利尿剤的なもの)を飲んでいるせいもかなりあるとは思うものの、それはそれで抗うつ薬として飲んでいるドグマチールとかの副作用で口が渇いたり、あるいは煙草のせいであったりもするのだろうが、ただ前立腺肥大という病名をつけられると通わずにはいられないわけで。で、薬を飲むようになってから大分経つけれどもいまだにトイレの近さは解消されていない。というわけで今日からまた薬がひとつ増えた。

本日の相場は昨夜指値しておいたのが寝ている間に成立、それを夕方まで引っ張っていい感じで利食い出来たので後は乱高下っぽいところもあり無理しなかった。これで昨日の大敗分を7割5分方ぐらい取り戻した。昨日やたらとバタバタとポジションを取り過ぎてしまった反動か、今日は必要以上に慎重になって消極的になったかも。

夜は久しぶりにhuluで「ブリット」の続きを最後まで見た。ホントにこの映画はディテイルをよく覚えている。たぶんもう4回ぐらい見たのだろう。中堅どころの印象が強いピーター・イェーツ監督作品らしく、けして大傑作というわけではないのだけれど、ティピカルな刑事もののツボを堅実に押さえた映画ではある。

さっき玄関の鍵を閉めるついでに外を見たらどうやら今は雪は止んでいるようだが、一日中雪が降って道路がすっかり圧雪路になってしまったので除雪車が入る可能性大。どっちにしても明日も雪かき。明日は祝日だし、母の様子を見に行きたい。なのであんまり今日みたいにどかどかと降らないで欲しいのだが。


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惨禍、猫

2月9日、月曜日。

気がつくと高い門柱の上にいて降りられないという夢を見て、不本意ながら7時45分起床。予報通り、外は雪だった。今日は県立中央病院で悪性リンパ腫の予後検査が1時に入っているが血液検査があるので1時間早く行かなければならない。なので、アラームをかけてソファで毛布を被ってぎりぎりまで寝る。すると、猫を抱き上げたらその猫が自分の背丈ぐらいあるという夢を見た。

病院では今日は少々待たされた。先日のCT検査も今日の血液検査も異常なし。よかった。帰りがけにドトールに寄って遅めの昼食を摂る。

帰宅後は相場。またもや気がつくとポジションを取りまくって状態突入、方向性のはっきりしない日に振り回された。結果的に大敗。なんていうか、今日はそれほど動いた日ではないのにこれだけボコボコにやられてしまうということに参る。こういう日はちょっとした動きに右往左往してしまう。それで自分のスタイルを見失ってしまう。というか、そもそもよく分からない日だった。

そんなわけでストレスで煙草ばかりが増えた。だが今日のところは検査結果が異常なかったということに感謝すべきなのかもしれない。それが一番大事。

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ゼロ

2月8日、日曜日。

外は雨の音がする。これも山下達郎よろしく、夜更け過ぎに雪へと変わるのだろう。なにしろ予報では明日の山形の最高気温はマイナス1度で雪。明日はまた県立中央病院に行かなければならないのだが。ユーウツ。

集中力がない。まったくない。ゼロ。本も読んでいられない。特に音楽をかけているとまったく読書に集中出来ない。夕方、書斎の窓際で本を読もうと試みたが結局一人掛けのソファでうたた寝をしてしまっただけに終わる。本をまともに読めるのは寝床の中かトイレの中だけだ。

ここまで集中力がないとひたすら煮詰まる。ギターは何故か弾くたびに下手になる気がする。よってすぐ嫌になる。夕方の煮詰まり方が特に酷かった。何をしたらいいのかさっぱり分からなくなる。夜になって、一年ぶりぐらいにXPのPCに電源を入れて必要なファイルをUSBメモリに移そうと試みたが、やたらめったらフリーズして何度やってもダメ、諦める。こうして何をやってもダメな感じがしてさらに煮詰まる。

しょうがないので久々にヨウタロウに電話してみると、どうやら仕事中らしかったのですぐに切る。どうせ話すことなど特にないのだ。ヨウタロウは電話に出てくれるだけまだましだ。

二度寝三度寝して9時に起きて、結局今日も業務に行った。で、今日も不ヅキ。4日連続。まあこれは別に不思議なことではない。そういえば朝方、アマゾンから注文していたギタースタンドと本が届いた。無料お試しでのお急ぎ便はとにかくやたらと早く届く。考えてみればギター2本あるのだからスタンドも2本頼めばよかったかなと思う。追加で注文してもいいのだが。

いずれにしてもここまで煮詰まると日記に書くことすらない。なんでこんなに集中力ないのだろうか。こういうときは物事に対する興味まで失ってしまう。こういうのは抑うつ状態の典型的な症状だが……。本当に最近、相場のない土日は途方に暮れることが多い。こうなると投げやりな人生とも呼べない。ただ道に迷ってどの方向にも行けなくなって呆然としている感じに近い。


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ある種の復活

2月7日、土曜日。

晴れ。このまま雪が降らずに春になってくれないかなあと思う。ま、そういうわけにはいかないだろうけど。

9時前に起床。どうも最近午前中何をしたらいいのか途方に暮れる傾向にあり、結局今日も業務へ。3日続けてツキがない。2時前には帰宅して、特養に電話して(いまだに面会再開の連絡がないので)母のところに。プリンを持って行く。母と会うのは一週間ぶりだ。ここ最近の母はずっと落ち着いていていい顔になってきた。特養は暖房が効いていてやっぱり眠くなる。

帰宅後、何をしたらいいのか分からず台所のテーブルに座って呆然としてしまうので、掃除機をかけたり洗濯したり、父の命日のために買った花をドライフラワーにするために吊るしたり、まるで主婦のように家事をする。そうこうしているうちに日が暮れて、夕飯をどうしようか迷った挙句久々に炒飯を作ってみた。作り方を忘れかけていたものの、キムチを刻んでキムチチャーハン。これがまぐれ当たりというか、今まで作った中で一番美味しく出来た。ところが今日も夕食後に猛烈な眠気が襲ってくる。考えてみるに、睡眠不足というよりもむしろ業務による疲れなのだろうか。それと暖房負け。またギターをちょこちょこ弾いたりしていたがどうにも眠気が治まらず、8時ごろに諦めてコタツに入って気絶。目が覚めると10時近かった。で、口の中はからからに渇くし、どうにも気分が悪い。どうしてこうコタツで寝ると具合が悪くなるのだろうか。まるで病人。よろよろと台所に戻りコーヒーを淹れて飲むと次第に気分は回復した。

普段弾いている学生時代からの愛器であるヤマハのセミアコ、ネックが反ってきているしオクターブチューニング合ってないし、特に15フレット以上は物凄く弾きにくい。そろそろギター買い替えたいなと思って価格コムを見てみる。すると、今どきギブソンのレスポールが5万台で買えるということが分かりびっくり。しかしこの一番安いレスポール、よく見るとカッコ悪いしレスポールは重くて元々あまり好きじゃない。335とか今使っているのと同じヤマハのSAとなると15万以上する。フェンダーやフェンダージャパンのストラトも5万台とかで買えるので、これにずっと使っていないストラトのピックアップを交換するのはどうだろうと考えるが、そうすると交換代が高くつくんじゃないかとも思う。そもそも、山形にギターのリペアショップというものがあるのだろうか。

そこでふと思いついて、引っ越し以来2階の自室に置きっ放しで開けていなかったムーンのストラトを持ってきてケースから取り出してみる。ピックアップをEMGに交換したこのギターも学生時代に愛用していたものだが、もう10年以上弾いてない。見ると、思ったよりも状態は悪くない。しかし、シールドを繋げてみると音が出ない。唖然。セレクターのトグルスイッチをがたがたといじるとようやく音が出た。あまりにも長く使っていなかったので接触が悪くなっていたようだ。以前楽器屋で見てもらってネックが反っていると言われたのだけれど、実際弾いてみるとセミアコに比べるとオクターブチューニングもそれほど狂っていないし、高音部が弾きにくいということもない。ならこれでいいかとも思うのだが、やはり音と弾き心地はセミアコの方が好きなのだな。

ともかく、こうして弾けるギターが1台増えた。


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ツキと月

2月6日、金曜日。

雪はちらついたものの、天気雨ならぬ天気雪という感じで積もらず。2時過ぎに寝て、二度寝か三度寝をして9時ごろ起床、なので7時間ぐらい寝てるから最近の中では睡眠取れた方だと思うのだが。

結局今日も業務に行き、今日もツイていなかった。帰宅後夕方近くになって何故か猛烈な眠気が襲ってきた。ダウンジャケットを着たままコタツに入って1時間ほど気絶。夕食後、酒以外の飲み物(ジュースとか)が切れたのでスーパーに買い物に行くと、中空にはやけに大きな月が煌々と光っていた。

買い物から帰宅後、夜は雇用統計があるのだがよく分からないので本日は静観を決め込み、9時過ぎにコーヒーを飲み始めると気分が悪くなってきた。また眠気がやってくるし調子悪い。今夜も台所でブルースを弾いてみたが、久々にギターを弾いて3日目にして昨日までよりもあまり指が動かず。どういうわけだろう。その後風呂に入ったら気分は少しましになったが、体調が悪い感じは否めない。7時間寝て1時間昼寝したわりには眠い。

相場は昨夜寝る前に指値していおいたものが寝ている間に成立、雇用統計前の夜に決済。結果的には持ちっ放しが正解だったのだが、そもそも雇用統計の読み自体が外れていたのでしょうがない。余計だったのは夜中になって反動を狙ってポジションを取ったらストップを食らってしまったこと。まあそれでも本日のところはプラス。

先日母に面会に行ったときに職員に母の体重が増えているので差し入れ(いつもプリンとかを持って行く)を少し控えてくれと言われたのが小骨のように引っかかっていて気になるので電話で理由を問い合わせてみた。というのも、母は入院以来随分と痩せてしまったので体重が増えるのはむしろいいことのように思えるからで、それに少し控えろと言われるとどの程度の頻度ならいいのか分からないし出来れば母に甘いものぐらい食べさせたいからなのだが、言い出すと譲らない悪い癖が出て丁寧に話していたつもりだが食い下がってしまい、相手が根負けした形でこれまで通りでいいですと言ったというか言わせたような恰好になってしまった。どうもこういうところはいつまで経っても大人になれない。

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眠気対スケザ

2月5日、木曜日。

昨夜寝たのは明け方の4時過ぎ、ところが朝方トイレに2度も目が覚めた上に9時前に灯油の配達が来て起こされた。当然睡眠不足である。よほどコタツで気絶しようかと思ったが不思議なことにそこまでの眠気ではなく、ただただ頭が茫洋としている。相場の指値をしようにもどうにも頭が回らない。そこで、業務→昼寝→相場というスケジュールを立てた。幸いながら今日も雪は降る気配がない。東京は雪が降ったみたいだが。

そんなわけでとにかく業務に行ってみる。すると不思議なことに気がつくと眠気がどこかに行っていた。それはいいのだが超不ヅキ。4時ごろまで粘ってみたが結局ギブアップ。帰宅してもどういうわけか眠くない。なので昼寝はせずに相場の指値などをしてから夕飯の支度。夕飯を食べていると指値が成立。ところが7時半近くになって急に動いてストップを食らってしまった。何かと思ったらまたしてもスイスの中銀が介入。まったく、何かとお騒がせである。なんか、気がつくと毎日ストップ食らいまくっている。そこからポジションを取り直して粗方は取り戻す。

ところが、案の定というか夕食後に猛烈な眠気が。そこからこれを書いている今に至るまで眠気との戦い。夜に昼寝なんてしようものなら生活リズムがまた崩れてしまうし、あまりにも早く寝てしまっても同様。なんでこんなに眠気を我慢しなければならないのだろうかという根源的な疑問はあるものの、まるで雪山で遭難でもしたかのように必死に眠気と闘う。眠気覚ましに、今夜も台所にギターを持ち込んでブルースを弾いてみる。ブルースを弾くのは楽しい。っつうのは、苦も無く弾けるからであるが、なんていうか、フレージングを考えるのが楽しい。しかしながらジャズブルースだとⅡm7-ⅤというところのⅡm7のところのフレージングがなかなか難しい。あとは12小節目のドミナントの解釈。ま、ペンタトニックやブルーノートスケールで通してしまうというのも手だが。ずっと楽器を触っていなかったので、毎晩弾いていればもう少し弾けるようになるだろう。いずれにせよ、今まで退屈極まりないと思っていたブルースを興味深く聴けるようになったのは進歩だ。

例によって梅酒を飲み始めたら気のせいか若干眠気が治まってきたような気がするが、頭に伸縮性のネットでも被されているような、なんていうか、脳が間接的に存在しているような感じ。それはそうと、マメにメールチェックしていなかったので気づくのが遅れたが、学生時代の同級生女子からメールが届いていてびっくりした。何しろ35年振りだ。この日記を読んでくれたそうで、有難いことである。彼女、姓が変わっていなかったが、僕のつたない記憶によると30年ぐらい前に一度電話したときにお父さんが出て結婚しましたと言っていたような気がするんだが。はて。

今夜はとっとと寝てしまいたいところなのだが、まだ決済していないポジションがひとつあってこれをどうしたものか。目をつむって明日まで持ち越すか。


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命日にブルースが聴こえる

2月4日、水曜日。

今日(4日)は父の命日、午後は県立中央病院で悪性リンパ腫の予後検査であるCT検査があるので、午前中に寺に行った。今の時期は墓地は雪に埋まっていて墓には辿り着けないので本堂の位牌堂に線香を上げる。寺から戻る道すがら弟から電話があり、もうこの町に着いているという。帰宅するとすぐに弟夫婦がやってきた。少し話し、彼らは僕と入れ替わる形で寺に向かい、その足で母のところに寄って仙台に戻る。僕は蕎麦を茹でて昼食を摂り、1時過ぎに病院へ向かう。検査の予約は2時、10分前に到着。思いの外待たされず、検査もあっという間、拍子抜けするくらいに早く終わった。帰り道にドトールに寄る。久々に飲んだドトールのカフェ・ラ・テはちっとも美味しくなかった。このドトールは大きな書店に併設されているので本屋を覘く。すると、翻訳書というか、海外文学の文芸書のコーナーがやたらと小さく、目当ての本はなかった。しかし今どきの翻訳書のハードカバーは馬鹿高くて手が出ない。いくら部数が出ないからといって4000円近いのでは。確かにアメリカでは10年以上前からハードカバーの本は40ドルとかしてたし、考えてみればアナログのLPレコードは3000円とかしていたわけだからしょうがないのか。大半の本は文庫化されるかどうかも分からない(高い本ほど文庫化されないような気がする)ので、アマゾンで中古で安くなるのを待つしかないか。

本日はイスラム国がヨルダンのパイロットを焼殺したことが判明、すかさずヨルダンは交換条件となっていた死刑囚の死刑を執行、もはや報復の泥仕合の体を成してくる。

相場の方は朝方取ったポジションが夕方にはいい感じで利食い出来て、その後取ったポジションでも少々プラスで決済、後は控えめにしておこうと思ったのだが、つい深夜の指標時にまたポジションを取ってしまいいらぬ苦労をして余計な微損を食らう。ぎりぎりまで待ったつもりだが、今チャートを見ると結果的にはもうちょっと我慢すべきだった。一日トータルではプラスなのでまあいいか。

夜、台所でなんとなくYouTubeでジャズのフルアルバムを聴いていたのだが、ジョニー・スミス(オルガン)のアルバムをかけて物凄くシンプルなブルースが始まると、なにやら急にギターが弾きたくなった。それで書斎からギターを持ってきて動画に合わせてひとしきり弾いた。台所でギターを弾くのは初めて。これまではシンプルなブルースにはあまり興味がなかった。聴いていても皆同じに聴こえるしどちらかというと退屈すると思っていた。弾くとそれなりに楽しいのだけれど。ところが、その後風呂に入ると頭の中でブルースがずっと鳴っている。フレーズのアイディアが次から次へと出てくる。なんていうか、この歳になって急にブルースに目覚めたような感覚。今まではブルースをペンタトニック・スケール(あるいはブルーノート・スケール)で弾くのは簡単過ぎてつまらんと思っていたのだが、そういうバイアスがすとんと抜け落ちたような気がした。考えてみれば僕の好きなラリー・カールトン、ロベン・フォードといったギタリストは皆ブルース・ルーツのギタリストだ。ここに来て原点に立ち返ったような気がしないでもない。父の命日に頭の中でブルースが聴こえてくるなんてなんか素敵だ。


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サプライズ

2月3日、火曜日。

今日驚いたのはアギーレ解任(契約解除)の報。告訴が受理されたこを受けて。考えてみれば十分に予測出来たことなのだけれど、気分的には突然というか急転直下という印象を受けた。正直言ってアギーレはそんなに悪い監督ではないと思うしもう少し見てみたかったが、裁判に通いながら監督を続けるのはやはり無理というものだろう。だから今回の決定は当然といえば当然。気になるのは後任だ。いろいろ噂に上ってはいるけれど、そう簡単には決まらないと思う。個人的にはザッケローニにもう1回やって欲しい気がするのだが。W杯で結果を出せなかったし、采配の問題とか失点の問題とかはあるけれど、上手くはまったときのザックのサッカーは面白かったし見ていてわくわくするものがあった。それに、現在の日本の選手を把握しているというメリットも大きい。名前が挙がっている中ではストイコビッチはどうかなあと思う。正直よく分からない。名古屋時代にそんなに成績よかったっけ? どういう戦術なのかいまひとつ分かってない。日本人では城福ぐらいかな。ただの印象論だけど。岡田で守備的なサッカーに戻るのはなんかつまらない気も。

9時ごろ起床。今日は雪は降らなかった。助かる。朝食後、相場のポジションを成行で持った。それから今日もなんとなく業務へ。2時半ごろまで。明日(というか日付が変わったので今日だが)父の命日なので花を買って帰る。

帰宅すると、朝持ったポジションはストップを食らっていた。これですっかり調子を崩してしまう。後で分かったのだが、オーストラリアが金利を下げたのが原因だった。サプライズと言えばサプライズで最近こういうの多い。ここからちまちまとポジションを取りまくるという、ある種の状態に突入。どうもスキャルピングは性格的に向いてないっぽい。どたどたとストップを食らいまくる。気がつくと夜までやたらとポジションを取りまくっていた。もはや大敗は確定、すっかり自己嫌悪に陥る。ところが夜の10時ごろになって突如としてユーロ買いが始まり、半分ぐらい取り戻したのだけれど、ちびって早く決済し過ぎた。ここまで上がるとは思っていなかったので。何が起きたのかと思ったらギリシャ関連だった。今日はここまで相場が動くとは当初思っていなかったのでびっくり。結局今日は朝方考えていた方向で大体合っていたのだが、ストップを食らったことで動転してしまい、相場観が二転三転して訳が分からなくなってしまった。

相場でボコボコにされて気落ちした夜、父のことを思い出す。今さらながらもっと親孝行したかった。父は本当に優しい人だった。徹頭徹尾僕に甘かった。僕はその期待をことごとく裏切ったし、長いこと薬でブレていたとはいえ、とことん駄目な息子のままだった。結果的には、父にとってただの放蕩息子で終わってしまった。それがとにかく残念だ。父と行った町外れの人造湖はいい思い出だ。僕に出来ることは仏壇の脇に花を飾って、父のことを思い出すことぐらいだ。葬儀では父がかけてくれと言った、僕が昔プロデュースした般若心経のアンビエントハウスのCDをかけた。父は喜んでくれただろうか。

パパ、本当にごめん。

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脱力日

2月2日、月曜日。

予報では雪だったがちらついた程度で積もらず、幸いにして今日は雪かきをせずに済んだ。昨夜寝たのは3時半近く、出来れば10時ぐらいまで寝ていたかったのだけれど、9時前に起きてしまった。最近の習いで当然睡眠が足りない。眠くてあくびを連発する。10時を回ったころにあまりにも眠いので諦めてソファで毛布を被って午前中一杯寝る。夢を見て、そこそこ眠れた感じはした。

とまあそんなわけで午前中は寝てしまい、相場の朝の動きに乗り損ねた。なので夕方からの欧州時間かもしくは夜の米指標辺りに照準を合わせて指値だけ置いておく。どうも週明けで平日が始まったという緊張感に欠ける。なんにせよやる気というものがない。気力が湧かない。どこか脱力している。

昼食後の午後になってから、遅ればせながらなんとなく様子見がてら業務へ。だらだらと夕方まで。結局様子見に終わる。帰宅後も相変わらず脱力してやる気がない。huluでピーター・イェーツ監督、スティーヴ・マックイーン主演の「ブリット」(1968)を見始める。確かに何度となく見た映画なのだが、細部まで覚えていてちょっとびっくりする。前回見たのはもう20年以上前だと思うのだが。ところが、途中でhuluのサーバがトラブって見れなくなる。

夕食後、台所でノートPCに向かっているとどうも表示がおかしい。サイトによって文字の表示がところどころ欠ける。どうやら最近はなんとか治まっていたものの、またぞろ不良セクタが原因のようだ。まだ買ってから2年も経っていないというのに。再起動してみるとどうやら表示は直ったものの、今度はブラウザの挙動がおかしくなったりする。PCの調子が悪いとまったく憂鬱だ。なんとも気が滅入るので気分転換に風呂の掃除をした。すると、フィルターがゴミで詰まっていて大変なことに。古い歯ブラシでフィルターを掃除したものの、湯を全部抜いた後にも関わらず何かコトコトと音がする。これはいかんと思ってジャバをかけようとするが、当たり前のことだが湯が残っている状態じゃないと出来ないことに気づき唖然。しょうがないので次回の風呂掃除のときにジャバをかけることに。

こんな風に、自分のやる気のなさに合わせるようにいろんなものが調子が悪くなる。少なくともそんな気がする。こうして夜は更けていく。風呂を沸かしている間、そういえば本日は昼寝と様子見の業務ぐらいしかやってないことに気づき、ようやっと相場をやる気になる。指値は成立しそうにもないので、ひとまずプラン通りに成行でポジションを取ってみる。最初の指標では思ったほど動かなかった。どうも今日はやる気そのものがないせいか、自信もないし待っていられない。読みと逆に動いているわけではないので普通なら深夜の指標まで待つところなのだが、若干なりともプラスになっていたし、風呂に入るタイミングで決済してしまう。風呂から上がり、深夜の指標になるころには当初の読み通りの展開になっており、あのままポジションを持っていれば正解だったなと思うものの、今日のところはやる気も根性もなかったのでしょうがない。ひとまず読みは正しかったということでよしとしておかねば。

しかし、なんで本日はこうもやる気がなかったのだろうか。普通なら相場のポジションを持ったところでアドレナリンが出て緊張感を維持出来るのだが、今日のところは脱力の方が上回ってしまった。終日やる気のないままだらだらと過ごした。午前中一杯昼寝をしたというのにもう目がしょぼしょぼしてきている。なんともモチベーションの低い日だった。


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