精神科医の仕事

5月17日、日曜日。

9時前に近所の人がつなぎ銭(不幸があると町内会で一戸10円を集める慣習)を集めにきて起こされた。やっぱり朝から闇雲にダルい。それに、7時間近く寝ているにも関わらずあくびばかり出る。何をしようかと考えているうちに午前中は終了、何やら天気はいいので体力をつけないとと思って散歩に出る。行きがけに、10年前に2000円ぐらいで買った腕時計のベルトが壊れたので、もう10年以上使っていないG-SHOCKを近所の時計屋に電池交換に出した。川沿いを歩くも、いつもの山の麓まで行く根性は今日はなく、途中で引き返す。計45分程度の散歩だけれど、先日から膝に来ているので帰宅するころには疲労困憊、情けない。

いろいろ考えた末にやはり裏のお爺さんの見送りには出た方がいいと思い、母のところには2時過ぎに顔を出して見送りの3時に間に合うように帰宅、するとうちの前にはもう近隣の人が集まっていた。母は見送りには喪服を着た方がいいとか言っていたけれど、みんな平服だった。時間が来ると出てきた霊柩車に手を合わせて終了、なんかあっという間だった。

4時に精神科の予約が入っているので、その前に時計屋にG-SHOCKを取りに行くと、店のお爺ちゃんはまだ何やらいじっていて、電池は入ったもののライトが点かない。というかお爺ちゃん、直すとかいう以前にネジを2つなくしたらしく、元にすら戻せない。じっと様子を傍らで見ていたけれどそろそろ医者の時間なので、「もう捨てるからいいです、電池は外してください」と言って、結局元に戻らなかったままで受け取り、「手間賃はいくらですか?」と訊ねると「いらない」ということ。それはまあそうである。結果的には壊したも同然なので。ただ何時間も格闘したので申し訳ないような気もした。このお爺ちゃんは発音そのものが訛っているので、何を喋っているのかは半分も聞き取れなかった。

壊れたG-SHOCKをポケットに突っこんで、慌てて小走りで家に戻り車を出し、精神科に。このところの体調不良、呼吸器やら循環器やら血液検査やら何をしても異常がなかったことを話すと、精神科医の方も手詰まりで苦肉の策なのであろう、漢方薬を処方された。これが1日3回。物凄く大量の薬を処方薬局で受け取って、帰りがけにスーパーで買い物して帰宅。

それにしても毎回毎回、精神科に行くたびに体調も精神状態もよくないと言い続けているし、今回もどうやら抑うつ状態のようだと訴えているのだけれど、精神科医の方ももはや手立てがないという感じで、さじを投げているわけではないけれどこれといった妙案や解決策どころか、治療方針すら出て来ない。安定剤にしても飲んだり飲まなかったりでいいのか、続けて飲んだ方がいいのかと訊ねても、飲んで効かないのだったら自分の判断で、というようにどうにも歯切れが悪い。こうなるとなんていうか、精神科っていうのは治すことが仕事ではないのかもしれないという疑念まで浮かんでくる。感覚としては単に相談しにいっている感覚。医者の方はひとまず同じ薬を出す、あるいは今日のように無難な薬を出すという感じで、なんというか治すよりも責任を負わないことが第一という印象を受ける。まあ言い方を変えれば無責任にこれで治りますと言わないだけ良心的なのかもしれず、実際問題として睡眠薬をもらわないと眠れないようになってしまっているのである程度同じ薬を出してもらうだけでもいいと言えばいいのだが、これではいつまで経っても同じなんじゃないかと思ってしまう。

夜はまた煮詰まる。例によって何をしたらいいのか分からなくなり、なんとかhuluでドラマ「Utopia -ユートピア―」のシーズン1の最終話を見るがまたぞろ冷え性が全開になってきて寒くてしょうがない。夜になって気温が下がったのかなと台所の温度計を見ると23度もある。なんでこれで寒いんだと唖然。寒いし何をしたらいいのか分からないしで、気分転換に隣町のモスバーガーに行って珈琲飲みながら本でも読もうかと思うも、考えてみれば自分で淹れた珈琲の方が明らかに美味しいわけだし、この台所で珈琲を飲んでも変わらないんじゃないかと思い直す。で、台所で珈琲を飲みながらちょろちょろギターを弾いていたりしていたのだが、そのうちふと思いついてメールソフトの受信箱から不要なメールを削除し始めた。すると、これが唖然とするほどたくさんあって、なんでこんなものを残しておいたのだろうと首を傾げるものばかり、片っ端から削除していくと結構時間がかかった。

そんなことをしている間に世の中では大阪都構想の住民投票というものが開票されていたらしく、僕がようやっと不要メールを削除し終わったころには既に反対多数という結果が出ていた。こういうところはテレビを見る習慣がないので世の中にまったくついていけてない。そもそも大阪都構想というものがどういう発想でどんなものかも知らないし、今日選挙だったことも知らなかった。ツイッターのタイムラインを見ていればそこそこ世間についていけるだろうと思っていたのだが、こうしてみるとどうやらそうでもなさそうだ。自分が世間から取り残されているというよりも、僕を取り残して世の中が勝手に進んでいくという感覚。

明日は午後に裏のお爺さんの葬儀に出る予定。それにしても冷え性には参る。

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大往生

5月16日、土曜日。

どういうわけか朝7時の寺の鐘で目が覚めた。寝直すと、誰か見知らぬ女性とねんごろになるという結構な夢を見て9時ごろに起きる。相変わらず朝から疲労困憊している。午前中は昨日までより少し気温が下がり、涼しい気がした。今日は2時に車を6ヶ月点検に出す予定があり、その後はJリーグの試合を見るつもりだがそれまでをどうするか。

というわけで10時過ぎに久々に業務に行ってみた。混んでいるかと思いきや、そうでもなかった。久しぶりにやってみると、ストレスばかりが溜まり、一体こんなもののどこが面白いと思って10年も20年もやっていたのだろうかと思う。煙草銭を稼いでディーラーに点検に。

点検は30分ほどで終了、特に問題はなく帰宅。台所でJリーグの鹿島対広島の試合をネットで見ていると、町内会の区長がやってきて裏のお爺さんが亡くなったので6時に集まるようにとの知らせ。どうりで脇の私道に見慣れぬ車がずっと停まっているわけである。この辺は町内会の中でもさらに隣組という近所が寄り集まって、葬儀のときの受付やらを手伝う段取りを決める慣習になっている。

6時に裏の家を訪ねる。父のときは隣組が自宅に集まったとき、そっちは弟に任せて僕は母を病院に連れていっていたので、この手の寄合は初参加。ということでまずご遺体を拝んで線香を上げるのを忘れて近所の人に注意される。恥ずかしい。今の体調・体力では葬儀の受付を何時間も出来るとは思えず、手を挙げることも出来ずに身を縮めて肩身の狭い思いをした。集まった中では僕が一番若い男なのでどういう風に見られただろうか。父のときに受付を近所の人に手伝ってもらっている手前、非常に心苦しい。

裏のお爺さんは102歳の大往生なので、葬儀の打ち合わせといっても沈鬱な雰囲気はなく、むしろ和やかといってよかった。息子さん夫婦も憔悴している気配はまるでない。先日、脇の私道にはみ出している木の件で、ことを荒立ててひと悶着起こさなくて本当によかったと思う。こういうことがあるから近所付き合いは波風立たないようにやっていかなければならない。そういう考え方自体は好きになれないのだが、そうしないといずれ物凄く気まずくなってしまう。生きにくくなる。

耳がまったく聞こえなかった裏のお爺さんとは一度だけ声を交わしたことがある。102歳の生涯というのはどういうものなのか、ちょっと想像がつかない。不思議なことに、このところずっと毎日毎日自分が死ぬことを想像しているにも関わらず、裏の知らないわけではない人が亡くなったというのに、実際のところまったく他人事にしか思えないのだった。そういえば3年前に癌だと告げられて医者にあと何年生きられますかと訊ねていたときも、どこか他人事のような感覚だった。

葬儀の打ち合わせを終えてすぐに出かけるというのは何か気が引けたけれど、車で町内の本屋に行って今1巻の途中まで読んでいる宮部みゆき「ソロモンの偽証」の2巻を買い、その足でラーメン屋に寄って味噌ネギラーメンの夕飯。

帰宅後はJリーグの名古屋対鳥栖の試合をちらちらと見ながらなんとなくジャズギターの練習。昼間は暑かったのだが夕方から夜にかけて気温が少し下がり涼しくなったのだけれど、夜になってまた冷え性が全開、特に足が冷えてどうしようもなくなる。台所の温度計を見ると21度、昨日と1度か2度しか変わらない。この辺が自分の身体ながらまったく訳の分からないところである。とにかく、どんどん寒くてしょうがなくなり風呂に入るしかなくなるのだった。

裏のお爺さんの葬儀は明後日。明日は3時に見送りなのだが、4時に精神科の診察があってその前に母のところに寄りたいので行けないかも。うちが一番近いのでこういうのに出ないとどう思われるだろうかといちいち気になって実に窮屈だ。

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5月15日、金曜日。

昨日寝不足だったので今日は十分に睡眠を取りたかったのだが、朝ドアチャイムの音で起こされた。時間を見るとまだ7時45分。一体何事かと降りていくと、なんと町内会費の集金。さすがに唖然として腹が立った。いくら田舎とはいえいくらなんでも非常識、みんながみんな早起きだったり同じリズムで生活しているわけではない。寝るのが遅いので今度から9時過ぎにしてくださいと不平を述べると盛んにすみませんと頭を下げていたが、実際問題として夜勤で昼夜逆の人とかもいるわけだから少しはその辺を考慮してもらわないと困る。

というわけで寝床に戻り寝直して結局10時ごろに起きたのだけれど、どういうわけか朝から疲労困憊している。全身に乳酸が溜まっている感じでダルい。あまりにダルいので相場で頑張る気力もなく、というか今日はそもそも流れが掴めず様子見、起きた時間が時間なので気がつくと昼を過ぎていて午前中何をやっていたのかまったく思い出せない。たぶんほとんど何もしていないのだとは思うが。

外は天気がいいので遅い昼食を摂る前に久しぶりに散歩に出ることにした。どうにもいつもの散歩コースは気が進まなかったので、一昨年母と散歩した住宅街の方に歩いてみた。歩き始めると外はうだるように暑く、汗をかいた。住宅街の中の公園で一服すると、カッコウが鳴いてクマンバチが飛んでいた。母と歩いたときは見つけられなかった親戚の家を確認して、帰りは少し遠回りをして小学校の前を通って帰宅。コンビニの向かいにあるはずのネットで調べた喫茶店の場所には美容院しかなかった。喫茶店から転業したのだろうか。

まったく情けないことに、このたかだか45分ばかりの散歩が響いたのか、その後膝に来る。膝が痛くてしょうがない。恐るべき体力のなさ。まさに老人並みである。この程度でへばるようでは、一体どうやって体力をつけたものなのか途方に暮れる。

3時ごろに事前に電話して静養室で母と面会。今日の母は比較的表情がよく、最近の中では調子がいいように見えた。母は自分の記憶が覚束ないことを盛んに嘆く。帰り際に職員と少し話したところ、インフルエンザの患者が出たための面会制限は早ければ明後日の日曜日には解除されるかも、ということだった。

夕方になって雷が鳴り、夕飯を食べるころには激しい雨になった。相場をちょびちょびやってみるがどうにも傾向が掴めず。結果的には夜になって早々に切ったポジションをそのまま持っていればと臍を噛むことになったが、これで同じようなことは今週二度目。しかしながらギャンブルをやっているわけではないのでこれはこれでしょうがない。

朝からずっとダルいし途中から膝にも来ているので夜になっても何もやる気が湧かない。体力もないが気力というものもまるでなく、さながら人生を楽しめない病にかかっている。要するに抑うつ状態なのだと思う。今日も夜になって安定剤を1錠飲んでみたけれど、相変わらずさっぱり効果がない。以前今かかっているのとは別の精神科医が言っていたのだが、薬を飲んだり飲まなかったりというのが一番よくないという話だったけれど、かといって向精神薬を継続的に飲む気にはどうしてもなれず。以前の経験から副作用と離脱症状ばかりが気になって。かといってここまで人生を楽しめない状態が続くのも困る。

このところまるで映画やドラマを見る気にもなれなくて、契約しているもののhuluもちっとも見なくなっていたが、夜になって久々にドラマ「Utopia ―ユートピア―」の続きを1話だけ見た。やっぱりどこか余裕がないというか集中力がないというか、今一つ十全に楽しめない。

それにしてもすっかり暖かくなった。いい季節なのだから何か気分転換の手段を考えたい。それと、やっぱり体力をつけないと。

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困憊する寝不足のうさぎ

5月14日、木曜日。

どうも昨夜から暑いと思っていたら、ヤフーによると今日の実家界隈の最低気温は20度、驚いた。夜に見たのでもしかしたら夕方以降の最低気温ということかもしれないが。確かに昨夜寝ようとしたら2階の自室が深夜なのに20度以上あった。それで掛布団を冬用から夏用にまた替えたのだけれど。

昨夜は相場で興奮状態にあったようで寝たのは結局3時、それで今朝起きたのは9時。もっと寝ていたかったのだが、昨日に引き続き風の音が凄くて一度目が覚めるともうダメだった。最近の習いで6時間では睡眠が足りない。午後までずっと睡眠不足状態でぐらぐら。

そんな中、午前中から必死こいて相場。昼食時に一旦手仕舞いしてあまりにも睡眠不足なので午後昼寝をしようとソファに横になったのだが、どういうわけか眠くてぐらぐらなのに一向に眠れない。小一時間ほどじたばたして結局諦めた。ひとつには昨日煙草を22本も吸ってしまったため、また動悸がしたということもあった。それでも横になった分多少眠気はましになったのだが、今度は気分が悪くなってきた。それでも台所で相場を再開。だが気分はどんどん悪くなってきて次第にただの具合の悪い人みたいになってきた。なので、今日は母のところに行くのを断念する。

夕方になって気がつくとようやく強風は治まったようだ。レトルトのスパゲッティで夕飯を済ませると、スーパーに買い物に出た。これが本日唯一の外出。

帰宅後、夜になって相場のポジションはまだひとつ残っていたが、午前中からずっと根を詰めてやっていたのですっかり疲れ果ててしまった。結局頑張った甲斐はあって昨日の損失分のほとんどを取り戻すことは出来た。しかし夜が更けるほど精神的に煮詰まっていく。やたらと寂しいと思う。考えてみれば18歳のころから人生の大半を一人暮らししてきたのに、実家で一人で生活していることがどうにも堪らないほど寂しく感じる。うさぎのように寂しくて死んでしまうのではないかと思った。ギターを弾いてみてもダメ。映画やドラマを見る精神的余裕もない。あまりにも煮詰まったので久しぶりに安定剤のレキソタンを一錠飲んでみたが、例によってまったく効かなかった。

とにかく煙草を吸い過ぎた翌日は体調が悪い。動悸はするし胸が詰まる感じがして息苦しい。それでも煙草が吸いたくなるからもうこれは因業というしかない。精神的に落ち着かないのは動悸のせいも多分にあると思う。

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揺れと風、その後

5月13日、水曜日。

どういうわけか朝6時に目が覚めた。すると、その13分後に携帯の緊急地震速報が鳴り、大きな地震が。実家に戻って以来、緊急地震速報が鳴ったのも初めてだし、一番大きな地震だった。この辺でも震度4近くあったようだ。それにしても何故6時に目が覚めたのだろうか。地震が治まってからも、台風の影響で風の音が凄く、なかなか寝付けなかった。

そんなわけで今日は朝からずっと強風が吹き荒れ、夜まで風の音が何やら恐ろしげだった。裏手のかつての本丸跡の大いちょうの梢が大きく風で揺れていた。

午前中に母のいる特養に電話したところ、静養室での面会は可能ということで、3時前に母に面会に行く。しかし、どうも静養室での面会というのはどこか窮屈だ。毎日静養室まで連れてきてもらうのも何なので、明日からどういうペースで面会に行くべきか悩むところ。

それ以外はずっと家に篭って相場。ところがまたやらかしてしまった。日中の利食いを逃し夕方の指標で損切り、その後何度もあった利食いのチャンスを逃すと、夜の指標で裏目るのが怖くてビビって逃げてしまった。ところが指標はこういうときに限って予想通り、そこから大きく相場が動いたのですっかり動揺して途中から平静を失ってしまったのが大失敗。またも流れに乗れず。今日は実はそれほど難しい局面ではなかったはずなのに、メンタルが弱過ぎて数限りないチャンスを逃してすべて裏目ってしまった。我ながら呆れるほど弱いなあと思う。というわけで今日も大反省大会と相成った。今現在、まったく精神的に余裕がない。煙草もついに20本を超えてしまった。朝から地震、強風と不穏な雰囲気が漂っていたが、散々な一日。

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タマとコントロール

5月12日、火曜日。

今日も冷え性全開で寒かった。予報の最高気温24度ってホントかよという感じ。今日はほぼ丸一日家に閉じ籠っていて、外がどうだったか正確には分からないし、夜寒くてしょうがないと思って台所の室温を見ると20度以上あったので、もしかしたら本当に24度まで上がったのかもしれない。でも寒いのである。夜になって例の如くヨットパーカーの上にスタッフジャンパーまで羽織って、それでも腕が冷えてしょうがないのだからもう処置なし。

朝は8時半前に起きた。なんていうか、大体6時間寝ると一度目が覚めるので、もしかしたらそのまま起きた方が自然かもと思ったのだ。ところがやはり今の僕は睡眠6時間ちょっとでは足りず、朝食後もあくびを連発して眠くてしょうがない。あまりにも眠くて頭も全く回らないので、しょうがないから10時前に少し寝ようとソファで毛布を被った。すると、延々と夢を見て昼過ぎというか12時半まで2時間半以上も寝てしまった。

夢の中で僕は猫を2匹飼っていた。白い方がタマ、ぶちの方がコントロールという名前である。僕はどこかの誰か(たぶん女性だと思う)とどうやら車の中で生活しているようだった。車の中からタマとコントロールを抱いて出ると、どちらも姿が見えなくなったので探しに出かける。すると、やたらと大きなシマヘビだの、ウォンバットだのという支離滅裂な動物たちと遭遇する。

というような夢だったのだが、昔々、僕は実際に一時期タマと名付けた白い猫を飼っていたことがあった。タマはどうやら近所の飼い猫だったらしいのだが、僕のアパートで子供を6匹産んだ。子猫たちは窓際の日当たりのいいところに一列に並ぶので、そのうち不動産屋に見つかってしまった。なんとかするように言われて、子猫の半分は友人たちに譲り、どうしても引き取り手がなかった2匹は二子玉川の東急ハンズに引き取ってもらった。僕はタマに避妊手術を受けさせた(これ以上産まれてはかなわないので)りしたのだけれど、そのうち元の飼い主のところに戻ったようで、いつの間にか僕のアパートからはいなくなった。

というようなことを思い出した。結婚していたころ、(厳密には元妻が)猫を2匹飼っていた。もちろんそれはタマとコントロールという名前ではなく、ユウとヒメという名前だった。いずれにしても、自分が猫と一緒に生活をしていたというのは、今となっては遠い昔の非現実的な出来事だったような気がする。元来動物好きなので(何しろ子供のころは動物学者になりたいと思っていた)、今でも出来ることなら猫を飼いたいという願望はある。だがいろいろ考えると今の状況では無理。猫どころか、以前のようにカメや魚といったものでも無理だと思う。そこまでケアする精神的な余裕というものがない。だがしかし、猫を飼う夢というのはどこか心が和んだ。毎晩寝るたびに夢の中にタマとコントロールが出てくると嬉しいのだがなあと思う。しかし、タマはともかくとして、どうしてもう一匹はコントロールなどという名前なのだろうか。

午後から夜にかけては相場。逆張りしまくってポジションが溜まり、一時は含み損が膨らんでどうなるかと思ったが最終的にはプラスで抜けることが出来た。

それはともかく、夕食後に母のところに行ったところ、貼り紙がしてあってインフルエンザの患者が出たので面会は当分遠慮して欲しいと書いてある。たまたま所長がいたので話を聞いたところ、今日になってインフルエンザの患者が2人出たそうだ。前回のように2ヶ月以上も面会が出来なくなったらと思うと気が滅入ることこの上ない。正直ショック。

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オラクル・ナイト、落差

5月11日、月曜日。

昨夜は寝床に入っても寒くて参った。わざわざ掛布団を夏用から冬用に戻したのにも関わらず、である。布団の外に出ている腕が冷えてどうにもならず、12時半ごろに早々に寝てしまった。それで今朝は9時前に起きたので8時間以上寝たことになる。

というわけでポール・オースター「オラクル・ナイト」読了。

考えてみればポール・オースターの小説というのはいつもお気楽な展開にはならないということをすっかり失念していて、終盤に近づくに連れて嫌な出来事がバタバタと起こるので後味悪かったら嫌だなと思いながら読んでいたのだが、なんというか、そのまま話は押し切られるのだけれどオースターのストーリーテリングの妙でひたすら失意を覚えるということにはならない。凄く主観的な語り口(すべて主人公の主観から成る)なのだが、そこには筆者であるオースターの客観的で冷徹な視点が常にある。そういう意味ではテクニカルに持って行かれている(つまり技術的に上手に書かれている)という感覚はあるものの、それが不快ではない。むしろ心地よい。

「オラクル・ナイト」を読み終わってしまったので何度も中途で挫折しているジョイス「ダブリンの市民」の続きを読み始めたのだけれど、やはり何度読んでもどうしてもジョイスのよさが分からない。物語として面白いと思えない。一編読み終わるごとに首を傾げてしまう。「ダブリン市民」に関しては麻痺という表現がよく使われているけれど、それならそれでもいいのだがその麻痺が面白いと思えないのである。

今日は午後の1時に病院の予約が入っており、1時間前に血液検査を受けなければならないので大体12時ごろには行かなければならない。少々時間が空くので、午前中は先日裏の家の人からいちゃもんがついた、脇の私道にはみ出している木の枝を切った。ホームセンターで買ってきた柄の長い植木ばさみを使うと案外楽に出来たが、朝方昨日の続きで寒いと思っていたのに外は思いの外暑く、30分ほどの作業ですっかり疲労困憊してしまった。

前述のようにジョイスに煮詰まったので、先般から気になっていた宮部みゆきの「ソロモンの偽証」を買って読もうと少々早めに出発、本屋に立ち寄ってとりあえず1巻だけ(文庫で全6巻ある)買った。

病院に着いたのは12時を回っていた。そのせいもあるのか、今日は血液検査後に診察まで随分と待たされた。「ソロモンの偽証」を読んで待っていると、突然大きな音がしてびっくり。見ると、吹き抜けになっている玄関ロビーの2階から、売店の店員が大きなプラスティックケース(パンとか入れる奴だ)を誤って落としたようだ。たまたま真下に人がいなかったからよかったようなものの、誰かいたら間違いなく怪我していたと思う。

ようやく順番が回ってくると、血液検査の結果は医者曰く「すごく」いいですね、ということで数値的にはまったく問題ないということで、診察はあっという間に終わる。ということはこのところの体調の悪さは一体なんだろう(医者にもそれは訴えた)とは思うのだが。

帰り道にバイパス沿いのビッグボーイというアメリカの片田舎によくあるようなファミレス(だと思う)で何年振りかでバイキングスタイルのランチを食べる。バイキングとは言ってもお代わりをする元気も食欲もなく。ついでにゴミ処理場にも寄って、午前中切った木の枝を詰めたゴミ袋(2袋)を出す。

帰宅したのはもう4時近かった。病院に行った昼間は外は異様なほど暑く感じたが、帰ってみると家の中はひんやりするぐらい涼しい。かように、外と家の中の体感温度も随分違うのだけれど、今日は最低気温と最高気温の差がかなりあって寒暖差が激しい。明日も予報によると最低気温が6度、最高気温が24度とかなり落差がある。日中あれだけクソ暑いと思ったのに、夜はまた寒いくらいに感じる。この辺も近頃の体調の悪さに繋がっているのかもしれない。一番大きいのは体力のなさだとは思うのだが。

今日の相場は様子見。大体ほとんど動かなかったし。

今日の母はまだ調子がよくない。話の受け答えが少々頓珍漢になるところがある。急に涙ぐみそうになったり、まだちょっと不安定だ。

夕食後の夜、BSで映画「ゼロの焦点」(2009年の方)をやっていたので途中からながら見をしたのだが、そもそも映画としての演出がこれ以上ないほど酷いというのもあったけれど、これでは犯人の動機の構造が「砂の器」とまったく一緒じゃないかと松本清張に対してかなりの失望を覚えた。

それにしても読み始めた「ソロモンの偽証」、果たして途中で挫けずに6巻読み通せるのだろうか。

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母の日、19度の凍死

5月10日、日曜日。

今日は母の日であると同時に母の83歳の誕生日。午後、弟夫婦も仙台からやって来て、母が一時帰宅。

弟夫婦がケーキを買ってきたのでそれをみんなで食べようとしていたところ、ドアチャイムが鳴ったので出てみると母の友人3人(母と同い年)がやって来て、茶の間は法事以来の賑わいとなった。正直今日の母は昨日の続きであまり調子がよいとは言えなかった(目つきや顔つきで分かる)が、それでもこれだけ人が集まったのは母にとっていい気晴らしになったことだろう。少なくともそう願いたい。今日は昨日よりもさらに気温が下がり、日中から少々寒かった(僕の個人的感覚)が。

弟が庭(というか裏庭)にアスパラガスが生えているといって1本折ってきて、弟の奥さんがそれを茹でてくれた。夕飯時に食べる。弟夫婦と母は4時過ぎに戻る。

そういえば今朝は昨日までと違って起きがけから気分が悪いというほどではなく、ようやく風邪気味から脱したかなと思ったのだが、夜になるに連れて寒くてしょうがない。夕食後、あんまり寒いのでヨットパーカーの上にスタッフジャンパーを羽織ってJリーグの試合を見ていたのだがそれでも寒くてタオルケットを膝にかける。が、それでもまだ寒い。Jリーグの試合が終わり、寒いのを我慢して例によってジャズギターの練習をしていたのだがストレスが凄かった。それも身体が冷えたのと関係あるのかもしれない。もうホントに寒くてどうしようもないので台所の室温を見ると19度もある。なんでこの室温でこれだけ厚着してもこんなに寒いのだろうか。どうやらまた冷え性が復活したようだ。膝にタオルケットをかけているにも関わらず、足首が冷えて痛いくらいになった。もうどこから見ても完全な冷え性、どうにもならないので早めに入浴。が、これを書いている風呂上りの今、もう足首が冷えてきている。

それにしても、19度もあって凍死寸前になるとはどういうことだろうか。どうして今日になって急にこれだけ冷えを感じるのか。ウィキペディアによると冷え性というのは血行障害とか自律神経の問題らしいが、それにしても妙だ。

真面目な話、足首がきんきんに冷えてどうにもならない。まだ寝るには早いが、もう寝床に就いてもうすぐ読み終わりそうなポール・オースター「オラクル・ナイト」を読むしかなさそうだ。

明日は病院。悪性リンパ腫の予後検査。

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ブルースが聴こえる

5月9日、土曜日。

風呂上りにギター弾いてたら湯冷めしつつあり、また風邪が悪化すると悪いので日記は簡単に済ませよう。今日はいろいろとあったのだけれど。

朝目が覚めてみると気分が悪く、まだ風邪は治っていなかった。気分が多少ましになるまで躍起になって寝直していたら起きたのは10時近く。午前中はこのところの習いでジャズギターの練習。相変わらず上手く弾けないし煮詰まってきたので、元々ギターではなくジャズピアノを弾きたかったのだと思って、隣町の楽器屋に楽譜を見に行く。散々道に迷った挙句辿り着いた楽器屋は音楽教室がメインでお粗末と言っていいほど品揃えが貧弱(何しろギターのピックすら数えるほどしかない)で論外だった。帰る道すがらモスバーガーで昼食。喫煙席があって案外と居心地がいい。深夜までやっているので煮詰まったときの気分転換の場所になるかも。

明日は母の日だがそれ以前に母の誕生日で、母を一時帰宅させるのでホームセンターに寄ってバラ(カーネーションはいいのがなかった)の鉢植えを買い、和菓子屋にも寄って茶菓子を買って帰る。

今日は涼しく、寒いくらいだと思ったら気温が20度に届かなかったらしく当然か。今日の母は被害妄想傾向がまた出て調子が悪かった。例によって着るものが自分のものじゃないと言って涙ぐんでいた。

夜はまた懲りずにジャズギターの練習も、あまりにも巧く弾けないしスケールも一向に覚えられないので嫌になる。俺には到底無理と思い、もう諦めようかとさじを投げそうになる。そこでふと思いついてブルースを弾いてみたところ、ダメだのなんだの言いながらジャズを練習した甲斐があったのか、不思議に自在に巧く弾けることに気づいた。ああなんて楽しいんだ、などと弾いていたら湯冷め。

今日は回覧板を戻しに裏の家に行ったら、脇の私道にはみ出している木の枝を「虫が出る」からという訳の分からない理由で切って欲しいと言われ、ホームセンターで柄の長い剪定ばさみを買ってきたのだが、帰ってよくよく考えてみるとこれはもしかして言いがかりをつけられているのではと思い返し、物凄く腹が立った。裏の人に殺意を覚える。尋常ならざらぬ怒りを覚え、これはよくあるご近所トラブルになる予感を覚えて隣組長に相談に行こうかと足が向きかけたが、懸命に思い留まる。これまで、こういう怒りの感情に捕らわれて何度やり過ぎて失敗したか分からない。ことをこじらせてもなんらいいことはないし、いずれにせよ裏の人は木の枝がはみ出しているのが気になってなんか理由をつけて切って欲しいと言う理由として「虫」を思いついただけに違いなく、そこを変に追及してもことをややこしくするだけである。

まあそんなわけで今日は嫌なこともいいこともあった。とにかく明日までに風邪を治さないと。

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風邪

5月8日、金曜日。

どうやら風邪をひいてしまったようだ。朝目を覚ましたときから頭に鈍痛、風邪っぽいなと思った。終日気分の悪さに悩まされる。頭痛薬のアドヴィルは2回飲んだ。やけに寒く感じたりしたので熱を3回計ったが熱はなかった。ということは風邪気味ということなのだろうか。いまだに頭痛。風邪をうつすと悪いので今日は母のところに行くのを控えた。

そんな中、2日連続の大敗から気を取り直して朝から午後まで相場。苦手なスキャルピングをこつこつやった。やれば出来るというか、苦手だなんだとは言ってられない。夜は雇用統計があったのだが取引はせず様子見。

3時前には相場を手仕舞いして徒歩10分のスーパーまで散歩がてら歩いて買い物に行った。台所に篭っているとヨットパーカーを羽織らないと寒い感じだったのだが外は暑かった。それよりも、買い物中に気分が悪くなって参った。買い物から帰宅後、夕飯を挟んで悪心をこらえながら夜中までひたすらジャズギターの練習。とにかく難しくて上手く弾けないからストレスも凄いのだが、順番通り黙々と修行僧のようにこなす。何が難しいといって、フレージングが難しい。長い間ペンタトニックかもしくはダイアトニックなスケールの手癖で弾いていたので、フレージングの発想をイチから変えなければならない。これがもうなかなか癖が抜けないし、発想がついていけない。演奏例も難しくて譜面通り弾くのだけでも四苦八苦。まさに苦行だなと思うのだが、我慢してやっていればそのうちなんとかならないだろうかと思う。しかし覚えることが多過ぎて、今の記憶力では本当についていけない。

それにしても気分が悪いし、頭に鈍痛がある。早めに寝たいのは山々だったが、夕方から寝てしまったらそれこそ生活のリズムが無茶苦茶になるので我慢していた。手洗いとうがいの習慣をつけてからは滅多に風邪をひかなくなったのだが、どうして風邪などひいてしまったのか。一晩寝て治るといいのだけれど。

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