着るものがない

火曜日。

寝たのは3時を回っていたが、8時半ごろに起きてしまった。当然睡眠が足りないので午前中は1時間ほどソファで寝る。今日は昼から相場。午後、散歩がてら銀行まで歩いて行ったら帰り道にここには書けないアクシデントが。夕方までの相場は1勝2同値、また利確し損ねた感が強い。今日はいずれにしても動かないなと諦めていたら夜中、冬時間になったNYタイムから急に動き始める。で、指値は成立したものの只今串刺しになっているところ。今のところは裏目っている。だがもう目が寝てきているので腹を括ってポジションを明日まで持ち越そうかと思っている。

今日の母はまた被害妄想傾向が出た。例の「着るものがない」と言い始め、感情的に不安定に。それでどうしたものか僕自身が少しかっとなって問い詰めてしまい、すると母は大声を上げて泣き始めてしまった。介護士が割って入ってとにかく部屋に連れて行って寝かせることにするが、そこに至ってまたやってしまったと思った。どうしてこうときおり僕自身が感情的になってムキになってしまうのだろうか。母はベッドに寝かせるとようやく落ち着いた。僕はこれ以上余計なことを言って母を興奮させないようにしようとベッド脇でしょんぼりとしていた。母の「着るものがない」は去年統合失調症を発病したときからの被害妄想のキーワードであり、病状だから理不尽なのは当たり前でそこを追及しても意味がないことは重々承知しているはずなのに、どうしてこういう風にときどき僕自身の抑えが効かなくなってしまうのか。やはり僕は性格的に介護に向いていないのかと考え込む。さすがに帰宅してからかなり気落ちしたが、今日のところは先日のように酷い抑うつ状態に陥るところまでは至らず、夜は久々に「ブレイキング・バッド」の続きを見た。ようやっとシーズン5の半分ぐらいまで。

今日はアマゾンから注文していたMarcin Wasilewski Trioの「Trio」が届いた。それにしてもECMのCDはなんでこんなにジャケットデザインがいつも素晴らしいのかと感心する。書棚に立てかけて飾っておく。

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淫夢、冷え性

月曜日。祝日。

朝、実に久々に淫夢を見て起きた。なんていうか、淫夢っていいなあ。夢がある。いや、夢なんだけど。6時間ちょっとは寝たっぽい。

結局寒いからという理由で行く予定ではなかった業務に昼前から行ってしまった。だがまったくツキがない。予定外のことをやっているので粘ろうとか頑張ろうという気力もなく、1時半過ぎにとっとと撤退。寒いからという理由で行ったはずなのに、かえって身体が冷えてしまったような気もする。帰宅しても寒くてしょうがない。暖房を入れてそれなりの室温にはなっているはずなのだが、とにかく足が寒くてどうしようもない。しょうがないのでソファで毛布を被って寝る。すると、2時間ほど寝てしまった。新聞の勧誘が来て起こされたが、やっぱり足元が寒くてしょうがない。なので台所に移動。台所での定位置はちょうど暖房の前で足元に暖風が来るので。これでようやく一息ついたが、ネットでググってみても男にも冷え性というものはあるらしく、どう考えても冷え性のような気がする。自律神経の異常らしいから、例の抑うつ状態のときに指が痺れるのと同じようなものかもしれない。とにかく、Jリーグの横浜×浦和を見ながらスパゲッティの夕飯を済ませ、母のところに行く。今日も母は落ち着いていて、終始穏やかな表情だった。母の調子が悪くないとやはり少し安心する。帰りがけにスーパーに寄って買い物、夜はつい先ほどまで相場。結果はそこそこ。遅ればせながら円売りの流れに今日はちょこっとだけ乗ってみた。

で、スーパーでコカ・コーラオレンジなるものがあったので試しに買ってきて今飲んでるのだが、はっきり言って不味い。まあ確かに名前の通りの味なのだが。結果的に昨日今日と2日続けて8時間以上寝ている。これが癖になると困ったものだ。しかし、不思議なことに夜になってからは足の冷えが治まり、午後から夕方にかけてだけ冷え性だったような気がする。夜になって多少動いたり階段の昇降をしたりしたからだろうか。要するに日中動かな過ぎなのか。確かに寝てばかりではある。


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8時間

日曜日。ときおり激しい雨。

8時前に起きたものの、何やら寝足りない感じがしたので朝食後ソファで毛布を被る。で、目が覚めると2時間半近く経過していてもう昼、こうして本日の午前中は綺麗に消滅した。さすがに唖然とする。しかし、よくよく考えてみると睡眠時間は5時間半ぐらいだったから、足し算をすると8時間、それほど驚くほどのことではない。でもそれだったら8時間ストレートで寝て10時ごろに起きた方がまだよかったなと思うのだが、結局いつも5・6時間でトイレに目が覚めてしまう。意識の問題だけれど、8時ごろにトイレに目が覚めてそれから寝床に入り直して二度寝するというのはさすがに抵抗がある。まあ朝食後にソファで寝るのも同じと言えば同じなのだが。いずれにしてもこれぐらい寝ないとダメというのはそれだけ体力が落ちているということだと思う。最近は階段の昇降もさぼっているし、まったくの運動不足、明日はやろうと毎日思っているのだが。

午後はJリーグの試合を2試合、名古屋×FC東京と新潟×鹿島の試合を見て終わる。一応当分鹿島の応援をしようと思っている。今日はそれ以外何もやっていない。天気が悪かったということもあるが、外出したのは母のところに行っただけ。我ながら感心するほど毎日何も出来ない。で、あれだけ寝たのにもう目が眠くなっている。恐るべし。それに、何もしていないのに左肩がやけに凝っている。明日も休日で東京タイムは休みだが、夕方の欧州時間以降に相場を頑張ろうと思う。母は相変わらず元気はないが落ち着いていて普通っぽく見えた。

この時間でも室温が23度あるところをみると、今日は案外と暖かかったのか。明日の予報は最高気温12度だが。

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日記、愛煙家通信

土曜日。

あんまり寒いので去年の今ごろどうしていたのかこの日記を読み返してみたところ、近頃とまったく同じように何も出来ないと毎日書いていた。で、その日記が恐ろしく鬱屈していてひたすら陰鬱で唖然とする。確かに去年は一年を通してこれでもかと考えられるあらゆる不幸が襲ってきたような一年だったが、そのときと今の日記とまったく同じ調子になってしまっているのは何故か。しかも精神的には去年と同等かあるいはそれ以下に弱っているのは何故か。とどのつまり、気がつくとこの日記というものが読み物として考えると途轍もなく陰鬱でつまらないものになっていた。これでは読者が日増しに減るのも当たり前だし、書いた本人の自分が読んで気が滅入るくらいだから人様はもっと読むのが辛いだろうと思われる。というわけで、今日はこの日記の存在意義を考える羽目に陥った。体裁としてはブログのような形を取っているが、ここはあくまでも日記である。記録であり、備忘録だ。加齢のせいももちろんあるが、一時期薬漬けになって以来時間の感覚や記憶がやたらと怪しくなったので義務的に毎日書いている。だから自分以外に誰も読まなくても別に構わないといえば構わないのだが、日々のアクセス数が分かるとやっぱりそれなりに気になる。いっそのこと日記として毎日書くのはやめてしまい、それこそブログとして前向きなことを書けるときにだけ書くことにしようかなどとも考えた。しかしそれでは困る。自分が。いつ何をやったのか検索で一発で分かるというのはそれなりに便利なのだ。ダメなときにダメな日記になるのはしょうがない。

このsomething newを日記として毎日書き始めた当初は、他人の幸せを読むよりは他人の不幸を読む方が面白いのではないかと思っていた。しかし、気がつくとそれは時代の流れに逆行していた。FacebookやツイッターなどのSNSに象徴されるように、今は幸せを分かち合うのがトレンドであり、リア充自慢をしあう時代になった。いわば幸せの押し売りである。だから、僕のような非リア充の人間はFacebookなどの「いいね!」しかないSNSは苦痛でいたたまれないことの方がほとんどだ。僕が時代に乗り遅れているのか、それとも単に鬱屈しているせいなのか、まあ両方なのだろうけど。しかし、気がつくとこの僕の日記のようなものがそれこそ不快なものになってしまう時代なのかもな、と思った。

ま、いいや。

とにかく日記として書こう。昨夜は眠くて1時20分ごろには寝て、今朝は二度寝して8時7分ごろに起きたと思う。だから最近にしては寝れた方だ。それでいい夢を見た。最初はバンドの練習をする夢だった。どこかの大学の広い教室で、いつもとは違うメンバーと長い曲を練習していた。そこで一度目が覚めた。二度寝すると、今度はどこかの女性と一緒に住んでいる夢を見た。ひとつ屋根の下に男と女が一緒に住んでいるのだからこれはなんか期待出来るのかも、などというスケベ心を覚えたり、なんというか誰かと一緒にいるというのは幸せなことだなと思った。こんな気持ちで死にたいと思ったぐらいである。なので、朝起きたときはそれなりに案外と気分は悪くなかった。

ところが朝食後になるとやっぱり何をしたらいいのか分からない。結局何も出来そうに思えない。外は雨がしとしとと降っていかにも寒そうである。しょうがないのでまた昼食用のサンドイッチを作って業務に行った。昨日スーパーでフリースを着て僕よりも厚着の人を見かけたので、今日は11月になったことだしと、革ジャンを着て出かけた。実際、今日もフリースを着た人を見かけたし、結果的にはそれほどの厚着というわけでもない。

今日もツイていなかった。まったく。2時前に退散。考えてみると今日から世の中は3連休なのだった。明日明後日は業務に行かないことにしよう。ともあれ、帰宅するとやっぱり鬱屈して何も出来ない。それに寒い。ソファで毛布を被って本でも読もうと思ったが読むことも出来ず、結局小一時間ほどうとうとした。ところがいい夢を見るどころか今度は強迫観念に駆られて酷い気分になっただけだった。

という具合に結局今日も何も出来なかったのである。去年の日記から単純計算してももう一年以上も何も出来ないという状態が続いていることになる。うつ病恐るべし。ただ煙草だけが増える。今週は22本から23本のペース。今日はもっと増えそうだ。その辺も気になって、夜になってふとググってみると、「愛煙家通信」というページを見つけた。これが案の定というか、煙草を吸う身としてはなかなか痛快である。寄稿しているのは大体が高名な作家や女優だが、中には医者もいる。例えば順天堂大学医学部教授の奥村康によれば肺がんの原因となる発癌物質の最たるものは車の排気ガスであって、「排気ガスを一〇〇とすれば、たばこは〇・一以下」ということだ。彼の記事はそれ以外にも「コレステロール値が低くなればなるほど、病気などによる死亡率が高くなる」とか、なかなかに興味深い。その他の高名な作家連中も揃って喫煙を肯定しているわけだけれど、ただ彼らはヘビースモーカーだが70歳、80歳になっても健康であって中には肺が綺麗という人もいて、健康だからこそ言えるという側面もあり、万人に当てはまる理屈ではないと思うが。アメリカを最たるものとする「健康病」とか極度の偏見に満ちた禁煙ファシズムというものは厳然とあると思うし、これらの記事を読んで、ま、あまり煙草の本数に神経質になることもないなと思ったのだが、実際のところ、毎朝仏壇の父に線香を上げながら母と僕が心身ともに健康でありますようにと祈っているのも事実だ。要するに煙草を吸わなければ病気にならずに長生きするというわけではないのだが、かといって煙草を吸って長生きするというわけでもなく、吸うという選択をするか吸わないという選択をするかのどちらかしかないという当たり前のところに行きつく。実際問題として直接の死因ではないにしろ父は肺気腫が原因で死んだわけだし、僕も肺気腫(たぶん)なのだから、いくらでも煙草を吸って構わないということにはならないとは思う。何事も過度は禁物だから。ただ今のところは煙草を吸うという生き方を選択しているだけで。

どういうわけか今夜はまだあまり眠くない。バイエルンとドルトムントの試合見たいが2時20分からというのはさすがにきついので諦める。なんだかんだこの日記に関して猛省したわりには結果的に冗長で長文の日記になってしまっているという。

ちなみに今日の母はとても落ち着いていた。


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サプライズ、波に乗れない日

金曜日。今日もスパムコメント凄い。

相変わらず抑うつ状態だし、体調も悪い。朝は7時45分に起きた。睡眠時間は5時間半ぐらいか。若干足りない。それにしても、確かに前立腺肥大と言われて泌尿器科に通って薬は飲んでいるけれど、朝異常にトイレが近かった。1時間に3回もトイレに。頻尿もいいところ。結局昨夜は4錠目のレキソタン(安定剤)を飲んでしまった。しかしながら、それでもかつて薬漬けだったころの半分の量だ。なにしろ、頓服で飲む1回分の分量が5mgだったから今の4錠分よりも多かった。相変わらず睡眠薬は効かなくなっているようだが、寝付き自体は悪くない。こうなると睡眠薬はおまじないのようなものだ。

なかなか回らない頭を必死に回して、朝食後に考えて考えて相場の指値をする。それから業務に赴く。今日はツキがなかった。例の107連チャンした機種を打ったのだが3回確変に突入しても5連止まり。2時前に諦める。帰途、隣町の年金事務所に寄った。それで年金を試算してもらったのだが、例えこれから65歳まで10年払ったとしてもとても生活していけるほどの額はもらえないということが分かった。予想はしていたがかなり脱力、それと相応のプレッシャー。試算するのにかなり待たされて、その間に具合が悪くなりそうになる。自分で思っている以上に抑うつ状態が酷く、それが身体に来ているようだ。なんというか、限りなく病人に近い体調、体力。

帰宅して相場のチャートを見て腰が抜けた。ドル円とクロス円が1時半ごろから気が狂ったように暴騰している。1時間かそこらで2円以上の急騰。これは一体どうしたことか、そんな重要な経済指標があっただろうかと何が起こったのかツイッターのTLをさかのぼってみる。すると、日銀の追加緩和の発表だった。予定外のサプライズである。方向の読み自体は合っていたものの、近頃指値が甘い傾向にあったので週末・月末でもあるし多少厳しめの押し目買いの指値にしていたので指値はつかず。どんどんと天井知らずに上がっていくチャートをただ唖然として見ているだけだった。ここまで急激に上がってしまうとどうも追従する気にもなれない。結果的には年金事務所に寄らなければよかったなあと思ったものの、業務を止めた時点で既に追加緩和は発表されていた。結果、このお祭りのような波に乗れなかった。最終的にドル円は112円を超え、これを書いている今も上昇中だから乗っかろうと思えば出来ないこともなかったが、なんていうか、一度波に乗り損ねると気分的に後追いする気にはなれず。結局追加緩和の影響を受けていないユーロドルで小遣い程度を稼いだだけ。今日は気分的にリスクを冒す気になれず、年金のこととかもあって物凄く消極的になってしまった。しかし考えてみれば明日から3連休なのだな。おまけに天気予報は3日間雨だし、やはり消極的過ぎて失敗したかもだな。抑うつ状態もあって今日は何もする気が起きず、夜10時ごろにはもう寝ようかと思ったぐらいだった。ひとまず、来週から頑張ろう。

今日の母は終始穏やかな表情で落ち着いており、結局のところ日々母の状態は変化し、不安定なのだなということが分かった。だから昨日や一昨日のように調子の悪いときに酷く動揺して極度の抑うつ状態になるようでは身が持たない。

読み始めたピエール・ルメートル「その女アレックス」、案外と読みやすい。

それにしてもまた相場の話に戻るとつくづく勇気がなかった。今日が週末で月末じゃなかったらなあとかうじうじと考える。だが考えようによっては、逆の方向に頭が向いて大損こくよりはマシとも言えるのだが。いろんな意味でまだまだ経験不足。


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紅葉を見に行く

木曜日。

昨夜寝たのは2時を回っていたと思うのだが、今朝は7時半に起きてしまった。2・3日前から寝床で本を読んでいると寒くて、2階の自室でももうストーブをつけている。結局昨日の相場のポジションは今日に持ち越し、イチかバチかの賭け。午前3時の指標(FOMC)が裏目ったらしょうがない。大方の予想通りであれば裏目る。起きてすぐにチャートを見ると驚いたことに好転してマイナスがプラスに転じていた。とはいうものの、これは丁半博打のようなもので単なる幸運、数日分ぐらいのプラスに転じたので欲張らずにすぐに決済する。今年の3月から始めた相場、最初の3ヶ月は負け続け(まあ勉強みたいなものだ)ようやくトータルプラスに転じたのは実のところ今月になってからだ。最初の3ヶ月のマイナス分を取り戻すのに4ヶ月ぐらいかかった。それで持つポジションの量は次第に小さくなっていった。今では一番多かったころの半分から3分の1以下だ。人間そうやってリスク管理というものを覚えていく。

ともあれ、5時間睡眠ではやはり眠く、午前中は2度ばかり一人掛けのソファでうつらうつらして過ごす。ちなみに書斎には普通の3人掛けのソファと窓際に置いてある一人掛けのソファとがある。昨日の酷い抑うつ状態はまだ多少引き摺ってはいるが、外は雲一つないまさに快晴、ここはひとつ気分転換に紅葉を見ながら昼食にしようとサンドイッチを作って車で出かけた。

最初は近場でいいかと思って例の町外れの山の中にある人造湖に行った。すると紅葉ではないというか、木の種類が針葉樹中心で紅葉という風景にはなってない。ひとまずそこでサンドイッチを食べる。晴れ渡る静寂の中で甲高い声の鳥の鳴き声だけが聞こえる。人造湖は冬に備えてなのか、水がほとんど抜かれていた。

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昼食は済ませたのだが肝心の紅葉を鑑賞したとは言えない。それに素晴らしくいい天気である。なので、月山方面まで足を延ばすことにした。途中から平日なのにやけに道が混んでいると思ったら、今日はやたらと道路工事をそっちこっちでしていてところどころ片側通行になっていた。前方に見えてきた月山は既に雪を被っていた。月山湖(寒河江ダム)の休憩所がひとまずの目的地。辿り着くと、降り注ぐ日差しで朝晩の寒さが嘘のように暑いくらいだった。

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景色はいいのだが休憩所のスピーカーが垂れ流すありふれたJ-POPがうるさい。帰り道で去年だか一昨年だか(たぶん去年だと思う)母と一緒に紅葉を見に行った岩根沢に寄り道、さらに以前好んで行った畑(はた)という隣町の山奥の集落に寄ってみることにする。途中、いい感じで紅葉していた。

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目指す畑は山のてっぺんにある数戸の集落、小学校とかある地区を越えて道は細い山道になりそこを上っていくと、驚いたことに道の真ん中に車が停めてあり、その傍らの路上にビニールシートを敷いておばさん(もしくは婆さん)が2人、死体のように寝そべっていた。もちろんこれでは通れない。しょうがないのでUターンする。それにしても、道の真ん中で昼寝するとはどういう了見か。

帰宅したのは3時過ぎだったか。最近は家に引き籠りがちでせいぜい母のところに行くぐらいで遠出していなかったので少しは気分転換になったような気がしないでもないが、如何せん、昨日からの抑うつ状態でどうも帰宅後もすっきりしない。今日は音楽がうるさく感じて気持ち良く聴けない。むしろストレスを感じてしまう。夕方以降は煮詰まり、スカパーの無料体験もあと3日なのに何も見る気がしないしhuluで「ブレイキング・バッド」の続きを見る気にもなれない。なんていうか、頭の中が袋小路で行き止まりという感じ。何も出来る気がしない。そんな中でも夕方相場の指値が成立、大博打を打った後なので今日のところは控えめな量のポジションにしておいたが読み自体は当たっていた。欲張らずに普通に一日バイトしたぐらいのプラスで決済しておく。この、昨日今日の抑うつ状態で強烈な閉塞感の中で一応相場をやってそれなりにプラスにしたというのは、最低限のことはやっていると評価出来なくもない。

今日の母は泣いたりというような感情のブレはなかったものの目つきが少々怪しく、言動も少しおかしかった。しょっちゅう何事か怒鳴り散らす老人がいて、食堂のソファにいるとその怒鳴り声が聞こえてくるのだが(とにかく物凄い怒鳴り声)、「あれはお前を怒っているのだ」とかそんなことを言う。結局のところ、母はなかなかまったくの普通にはなってくれないし、日によっては少しボケているのかなと思える日もある。普通かと思っても昨日のように悲観的になってしまったりするのでいずれにしても気が滅入ってしまう。母と食堂のソファに座っているときに左胸に痛みを感じ、とかくこのところは自分の死を常に意識しているのでもしかしたら俺はここで死ぬのではないかと一瞬思ったりした。一方では抑うつ状態とストレスで煙草の本数は増えて、どうもやることは矛盾している。安定剤を1錠増やしたいところなのだけれど、ベンゾジアゼピン系というのは所詮耐性が出来て量を増やさないと効かなくなってしまうので増やし始めるときりがない。実際、寝る前に飲んでいる睡眠薬(同じベンゾジアゼピン系)は昨夜とかはまったく効かなかったのだけれど、寝れているからいいかという感じ。

なんていうか、物凄く後ろ向きに生きてる感じは否めない。何か(前向きなこと)をするのにかなりのパワーが必要でまるでサイドブレーキをかけっ放しにしているような感覚。ともすれば投げやりになってしまいそうなすれすれのところに常にいて、どうしたらこの閉塞感や厭世観から抜け出して多少は前向きになれるのか悩んでいる。世の中の人がなんでそんなに前向きに生きて人生を楽しめるのか不思議に思えたりする。こんな風に毎日行き詰っているくらいならまだ薬漬けの方がマシなのかとか考えたり。

というわけでスティーヴン・ハンター「第三の銃弾」読了。最後まで読み終わっても感想は変わらなかった。結局これは一連のボブ・リー・スワガー・サーガの中の長大な蛇足であるのではないか。主役であるはずのボブ・リーがまるで脇役程度の存在感しかないし、肝心の対決自体も添え物程度、後半の大半を占める敵役の独白という構成は完全に失敗だった。銃器オタクであるところのスティーヴン・ハンターのJFK暗殺に対するひとつのアイディアを延々と説明しているだけのような作品になってしまっている。要するに長い上下巻にするほどの内容がない。小説全体の分量に対して動的なプロットの分量があまりにも少ない。ストーリー自体がおまけのようになってしまっている。

そんなわけで今もっぱら話題のピエール・ルメートル「その女アレックス」を次に読み始めたところなのだが、実際のマインドとしてはエンターテインメント系ではなくて純文学系を読みたい気分。

それにしてもここ数日、急にスパムコメントの数が物凄いのは何故だろう。それに不思議なことに日増しにアクセス数が減っているこの日記、どういうわけかたまたま更新しない日の方がアクセス数が増える。謎だ。


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母の悲しみ

水曜日。

母に泣かれた。いや、正確には母が泣いた。母は枕に顔を埋めてさめざめと泣いた。確かに今日の母は最初に僕が顔を見せたときは明るい表情をしたものの、食堂のソファに座っている間に突然顔を両手で覆ったりして少し情緒不安定なところはあった。しかし、この数日来同様、このところの母は普通だと思う。普通の状態である母が泣いている。それは本当に辛いから泣いているのだ。僕にはそれが痛いほど分かり、実際それは痛すぎた。母は「ごめん」と僕に盛んに言うのだが、何が「ごめん」なのかどうかは分からない。「ここに来るんじゃなかった」ともぼそりと言った。いずれにしても母はこの特養にいるのが辛いのだと思った。僕はしばらくそのショックが抜けず、極度の抑うつ状態になった。前々からそうだが、僕は母に感情移入し過ぎて、感情も精神もほぼ同化してしまう。特養からの帰り、運転しながら僕も泣いてしまった。

これを書いている今、まだ僕は立ち直れていない。久しぶりに両手の指が痺れている。それに追い打ちをかけるように相場も裏目っている。夕方に2つあるポジションのひとつを損切りしたのだが、ひとつ残してしまったのが裏目に出た。いずれにしても今の僕は精神があまりにも脆弱過ぎる。母のところから帰宅して夜台所で鬱屈してひたすら煙草を吸いながら、精神的な強さとは一体なんだろうとか考えた。どうして人は強くなれるのだろうとかそんなことを。去年、母の統合失調症が悪化して、それが原因で極度の抑うつ状態に陥ったこととかを思い出す。またああいう風になってはいけないのだと頭では思う。

今日はこの後0時から1時間半ほどサーバメンテナンスでアクセス出来なくなるので、中途だがこれでアップしてしまう。今日も寒くて憂鬱な一日だった。

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昨日の日記をアップするのを忘れてました。以下。

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火曜日。

朝から雨と強い風。今日は寒い感じがするのではなく、実際に寒かった。起きたときからダルくて本日も調子が悪い。結局午前中はソファで寝込んでしまった。ずっと暖房はつけっぱなし。午後になってもなかなか体調回復せず、またうとうとする。合間合間でスティーヴン・ハンター「第三の銃弾」を読むが相変わらず物凄くじれったい。そうこうしているうちに4時ごろになり、土砂降りの中午後予約になっている泌尿器科に行くも、いつも空いているのに何故か駐車場が一杯、外から見ると待合室は患者で一杯、なので一旦退却。5時ごろに出直すと今度は2人ぐらいしか患者がいなかった。なんで4時ごろだけあんなに混んでいたのかいまだによく分からない。考えてみるといつもは2時過ぎとかもう少し早い時間に行っていた。泌尿器科に通っているのは前立腺肥大のせいで、なかなかよくならないので今日から薬が変わった。

帰宅すると6時過ぎ、どうしようかしばし考えたものの、レトルトのカレーで夕飯を済ませて母のところに行く。今日の母は終始穏やかな表情でときおり笑顔も見せ、実に普通に見えた。今日の救いはそれぐらいか。

昨日から持ち越した相場のポジションは夕飯時にプラスに転じたので3つあるうちの2つを決済、ところが1つだけ残したポジションが夜の指標で裏目、それも思いがけず大きく動いてなんとなく置いていた指値も串刺し、一気にドツボに。当初の予想では今日辺りはそれほどボラティリティが高くないと思っていたのだが見事に裏切られた。どうも上手く行かない。昨日の夜に決済するタイミングを逸したのがすべてのような気もするし、そもそも引っ張り過ぎるのとストップを動かしてしまうのがよくない。要するに上手に損切り出来ていない。昨日と同じように経済指標まで引っ張り過ぎるというミスを2日続けて犯してしまう。人間とはなかなか学習出来ないものだなあと思う。この分だと今日も明日に持ち越してしまいそうだ。どうにも損切り出来ない人になってしまっている。頭の痛いところ。

このところ続けて体調が悪いというせいもあるが、今日はとにかく精神状態がよくない。抑うつ状態で鬱屈しているのとはまた違った意味でよくない。ともすると投げやりになってしまいそうになる。どちらかというと強迫神経症に近い。なんとかしてこの状態を抜け出さないといろんなことが思うように出来ない。毎日寒いというのも影響している気はするのだが、これからは寒くなる一方なのだから慣れるしかないのだけれど。


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お知らせ

本日の夜、10月30日(木)午前0時から1時まで、サーバメンテナンスでたぶんアクセス出来ません。あしからず。

追記:1時半までダメそうです。

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無題

月曜日。

今日も体調が悪いということぐらいしか書くことがない。風邪でもひいているのだろうか。

昨夜は12時半に寝たので7時5分起床。一応朝から業務。ツキがないというか今日のところは選択ミス、1時前には撤退。帰宅後、また体調がよろしくない。寒い病が復活してしまった。とにかく寒くてどうしようもない。書斎の室温は24度ぐらいあるのに身体が冷え切っていて、特に下半身が寒くてどうにもならず。ソファで毛布を被ってみるがそれでも寒い。熱はなさそうなので(体温計が行方不明になったので定かではないが)寒気というよりは本当に寒いのである。小一時間ばかりうとうとしたけれどその間ずっと寒かった。ひとつ考えられるのは、まさかとは思うが今日はなんとなく丈の短いスニーカー用の靴下を穿いていたということだがそんなことぐらいでここまで寒いと思うだろうか。とにかく、あんまり寒いので台所に移動して暖房の前に。それでこれは昨日からの傾向なのだけれど、部屋と身体があったまってくると今度はダルくなってかえって体調が悪くなる。それに、昼は菓子パン1個しか食べていないのにいつまで経っても腹が減らない。いつもなら6時近くなると物凄く腹が減るのだが今日は一向に腹が減らず、身体がダルくなる一方。6時過ぎが一番調子が悪かったがとにかく母のところに行く。母はわりと普通っぽかった。

帰宅して、ようやく少し腹が空いてきたので夕飯。すると、これも昨日と同じなのだが晩飯を食べると体調が持ち直す。とにかく、寒い病と妙なダルさは夕食後に落ち着く。どうもよく分からない。栄養でも足りないのだろうか。

相場は業務から帰宅すると予想外に朝指値しておいたものが2つ成立していた。ちょっと早過ぎというか甘過ぎたかなと思った。で、またもや抜けるタイミングを逸する。どうも引っ張り過ぎる。経済指標を当てにし過ぎる傾向が僕にはあるようだ。で、結果的に夜の指標は裏目、というわけで現時点では完全に失敗。ただ大きくは動いていないところが救い。

今読んでいるスティーヴン・ハンター「第三の銃弾」だが、どうにも退屈極まりなく、どうやらこれは本当に冗長な駄作を読んでいるのではないかという気がしてきた。少なくともこの構成は失敗ではないかと思う。だが下巻の半分近くまで読み進んでしまったのでなんとか最後まで我慢して読むしかなさそうだ。とにかく、JFKの暗殺陰謀話にはもううんざりだ。

今見たら相場はさらに状況悪化、最近日をまたいで上手く行ったことがないが、目をつむって明日まで持ち越すしかないかなと考え中。正直、もう眠い。


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