風邪とはなにか

—-昨日の日記(これ)、どうやらアップするのを忘れていた模様。—–

二度寝して起きたのは8時半過ぎ。またダルさが少し復活したような気もしたし、なんだか寝足りないような気がしたので朝食後また1時間ソファで寝た。今日も寒い。それも無暗に寒い。タンクトップの上に長袖を着てもまだ寒く、その上にGジャンを羽織る。午前中の記憶が曖昧だが、「ブレイキング・バッド」でも見ていたのかな? ダルい気がしたのは気のせいではなく、午後になって2時ごろに急に気分が悪くなりソファで2時間ばかり寝込む。喉がやけに痛い。どうやら風邪をひいたようだ。熱はなさそうだが体調は物凄く悪い。ところで風邪って一体なんなのかと改めてウィキペディアで調べてみると、上気道(鼻腔・喉)の炎症状態でウイルスもしくは細菌の感染によるものと書いてある。で、市販の風邪薬の主成分は鎮痛解熱剤であることが判明したのでひとまずイブプロフェン200mgのアドヴィルを飲む。通常はこれに漢方薬を併せて飲むと書いてあるので、薬の名前をメモってドラッグストアに買いに行く。結局買ったのはオーソドックスに葛根湯、というのも他にはメモった薬が見当たらなかったから。ついでに隣のスーパーで朝食用のパンを買ったが、普通にTシャツに短パンという人を見かける。長袖にGジャンなんて着ているのは僕ぐらい。しかしこの寒いのに半袖短パンの方がどうかしていると思う。買い物に出てようやく外はしとしとと雨が降っていることに気づく。

いずれにしてもどうにも体調がよろしくないし風邪だとしたらうつすと悪いので今日は母のところに行くのを控える。薬が効いたのか夜になって喉の痛みもそれほどではなくなり、体調も少しマシになる。さっき熱を計ってみたらやはり熱はなかった。とすると、風邪というよりもただの喉の炎症だったのだろうか。もしくは、今日急に風邪をひいたというわけではなく、先日の猛烈なダルさも風邪だったのだろうか。滅多に風邪などひかず、ひいても1日2日で治ってしまうたちだったのでこの辺がよく分からない。これが先日来から風邪をひいているのだとしたら、僕としてはかなり長引いていることになる。そういえば喉の痛みを覚えるようになってから大分経つ。

夜になってから指値がひとつ成立して先ほど決済、バイトした程度。「ブレイキング・バッド」はシーズン2まで見終わったが、まだあと42話もある。

それにしても寒い。半袖短パンの人が闊歩しているということは、これも風邪のせいなのだろうか。いずれにしても体力・免疫力が落ちているということなのかもしれない。

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長袖と靴下

8時前に起床。5時間半睡眠。少々足りない。よって朝食後に1時間ほど昼寝はしたものの、昨日までの異様な疲労感・倦怠感は治まっていた。理由は定かでないが、昨夜から飲み始めたメコバラミン(メチコバール)、つまりビタミンB12の効果があった可能性はある。昼に安定剤のレキソタンを飲んだら眠くなって午後も1時間ばかり昼寝をしたが、総じて体調は少し戻った。妙なダルさ、疲労感がないだけでも大分違う。

今日はとにかく寒かった。ずっと窓を閉めっ放しだったし、夕方近くなるとTシャツでは寒くて長袖のTシャツに着替えるもそれでも寒い。裸足も寒かったので夕方以降は靴下を穿いていた。もうすっかり秋だ。

ようやくダルさから解放されたとはいうものの、午前中と午後それぞれ昼寝してしまったし、さしたることはやっていない。夕食後に母のところに行くまでは一歩も家を出なかった。日中からちんたらと相場のポジションを取り(昨日のポジションも持ち越していたが)、チャートを見ながら一喜一憂しているうちに一日が過ぎた感。夜は指標が裏目ったかと思うと予想外によかったり、先ほどまでずっと振り回された。結果的には無難な程度にプラス。が、まだ決済していないポジションがひとつあって、もしかしたら明日に持ち越すかも。

体調がマシになったとはいうものの、精神面はいまだ危ういところにある。今日は母が僕の問いかけにあまりに無反応なのでいらいらして少々問い詰めたりしてしまった。まったく精神的に余裕というものがない。母はまだ被害妄想傾向が抜けていないようだ。

こうして日記を書いてみると、一日何もやっていないような気がしてならない。昼寝をして夢を見て、食事以外の時間はぼんやりとネットをしたり相場のチャートを眺めていただけだったのか。今日は「ブレイキング・バッド」すら見ていない。夜になって漱石全集の続きを読む。今は「坊ちゃん」を途中まで読んでいるところ。もちろん、昔読んだことはあるのだが。

それにしても急に寒くなるものだ。明日もダルくなかったらどこかに出かけてみるかな。


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慢性疲労症候群疑惑

もはや夜ともなると涼しいを通り越して窓を開けると肌寒い。

今日も日中はまったくダメだった。もうどうにもならないくらいダメ。1時40分就寝の8時40分(最近何故かこの時間に目が覚める)起床なので7時間寝たのだが、朝食後のダルさ半端ない。生あくびも連発。なんとか起きていようとPCに向かってはいたがギブアップ、またもやソファで寝込む。昼過ぎまで。なんかこのところ午前中意識のある時間の方が少ないんじゃないだろうか。目が覚めてなんとか起き出すが眠気こそマシになったもののダルさは一向に変わらず、全身が異様に疲れている。真面目な話、このまま衰弱死してしまうんじゃないだろうかと思う。そういう危機感もあり、なんとか1時過ぎにスパゲッティを作って昼食を摂る。が、とにかくへろへろなのである。手とか力が入らないしやたらと肩が凝る。こうなると倦怠とか疲労を通り越して衰弱の方が表現としては正しいような気すらする。それぐらい物凄い疲労感、倦怠感、脱力感。というようなことをツイッターで呟いていたら、慢性疲労症候群ではないかという指摘を受けたのでウィキペディアで調べてみた。すると、慢性疲労症候群(CFS)というのはなかなかに剣呑な病気である。もろもろの症状は当てはまるのだけれど、睡眠障害とか当てはまらないものもある。だが思考力・集中力の低下とかまさにそうだなあと思う。ただし慢性疲労症候群というのは基本的に極度の疲労等の症状が半年以上続く、人によっては何十年も寝たきりというような病気らしい。で、うつ病等の精神疾患の場合は除外すると書いてある。この除外という意味がいまひとつピンと来ないのだが。というのも併発疾患としての気分障害・不安障害は除外しないとあるのでややこしい。しかし、本来は確たる原因もなく、精神疾患がない場合とあるので、たぶん違うと思う。というか、違ってもらわなければ困る。なので、僕の場合は恐らくうつ病に起因しているのではないかと思う。ただちょっと引っかかったのは慢性疲労症候群で処方されるものにメチコバール(ビタミンB12)があったこと。これは前回だから1ヶ月前まで精神科に処方されて(手の痺れのため)飲んでいた薬。考えてみると、メチコバール(メコバラミン)を飲むのを止めてから調子を崩したという気がしないでもない。よって、まだ1ヶ月分ぐらい余っているので念のためメチコバールを飲むことにした。

安定剤も今日から毎食後に飲んでいる。が、そのわりにはあまり効いている感じがないというか、前述のようにあまりにも疲労感・倦怠感・脱力感が酷いので単純に人間として弱っている感が強すぎてよく分からない。いずれにしても何もしていないと本当に弱って何も出来なくなるという危機感があり、台所の流し周りを掃除したり珈琲の生豆を煎ったり手動で髭を剃ってみたりとやってみるものの、何をやるにも必死である。だがやり始めると一応出来る。とにかく何もしないで椅子に座って呆然としているとひたすら具合が悪くなる。食欲もない。しかし栄養を摂らないとと思って必死こいて夕飯とか作るものの、食べても美味しいと思えない。この辺はどうやら抑うつ状態っぽいところだ。あまりにも体調が悪いので今日は母のところにも長くいれなかった。

とまあ、真面目に危機感を覚えるほど酷い衰弱ぶりだったのだが、このところの習いで夜になると多少はマシになる。この辺の加減がよく分からない。もしかすると、これまでずっとうつになるのは一日の後半というパターンだったのが、逆になったのだろうか。しかしかといって精神面が夜になるとよくなるかというとそうでもなく、実際昨夜寝る間際にパニック寸前になった。

こうして日記を書いているものの、手は痺れるし全身に澱のような乳酸が溜まっている感じは抜けていない。気がつくと、このところ足し算をすると大体毎日9時間ぐらい寝ている。何がどうなっているのか。確かにうつ病でも難治性とかの酷い人になると歯磨きするのがやっとという人もいる。つまり、今の酷い体調はうつ病が悪化しているということなのか? 昔でいう自律神経失調症のような状態なのか? 今日あたり、音楽を聴いていられない(むしろストレスを覚える)ところをみると、抑うつ状態である可能性は非常に高い。「ブレイキング・バッド」も1話分を休み休み見るのが精一杯、とても映画とか見れる状態とは思えない。比較的出来るのは本を読むことぐらいだが、長編を読むのはちと厳しいし、昨夜松原耕二「ハードトーク」を冒頭だけ読みかけたがダメ、どうやらエンターテインメント系はダメっぽいというややこしい状態。夜になって書斎の書棚を埋める父が遺した全集群から漱石全集を引っ張り出して短編の「倫敦塔」だけ読んでみたが、旧仮名遣いということもあってなかなかすんなり頭に入ってこない。

回らない頭で相場の指値をなんとかしておいたらひとつ成立したがどうにも集中力が続かない。まだ決済していないのだがこのまま起きていられるとも思えず、明日まで持ち越そうかどうしようか悩む。

いずれにしても日中は壊滅的に何も出来ない。かなり深刻な状況。まずは一旦体調だけでも普通に戻したい。いつになったらこの状態から抜け出せるのだろうか。しょうがないので昨日医者が言っていたようにドグマチールを一錠増やそう。今飲んだ。なんかだんだん薬が増えつつある。


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安定剤の効用

実際のところ、今日はそれほど暑くはならなかった。だが、なんだか暑くなったような気がしてしまったのだ。それでオートマチックに午後1時ごろ、暑さのピークが来たと思って3時までソファで寝てしまった。だが実際はそれほどでもなく、室温はともかく外の気温は30度まで届かなかったのではないだろうか。しかしながら、やはり日中はダルくてどうしようもなく、それが暑さのせいのような気がしてしまうのだった。午前中は昨日の続きでYouTubeでToshilの破産会見などを延々と見てしまったがさすがにお腹一杯。こんなゴシップを見続けてもしょうがないと思った。

4時に精神科の予約、日曜日だし、いつも行くと待ち時間はほとんどないのだが今日は違った。予約票を預けると看護師に今日は遅れているのでと言われたが、結局2時間近く待たされ、診察室に呼ばれたのはもう6時になるころだった。僕の前に診察を受けていたのは小さい子供2人を連れた家族だった(その中の誰が診察を受けているのかまでは分からない)が、ドア越しに聞こえてくる日本語がたどたどしい。中国の人かなと思ったら、ドアが開くとどうやら奥さんはタイの人のようだった。しかし続いて出てくる旦那の方も真っ黒に日焼けしており、ガイジン? と思ったがたぶん日本人なのだろう。子供2人が日本語だったから。それはともかく、ようやく診察が始まると前回同様医師ももう手詰まり。僕が延々と最近の体調の不調と精神面の不調を述べると処方に困ったようで、気分スタビライザーのラミクタールはどうかと訊いてくる。しかし、ラミクタールは以前飲んでいたことがあり、気分スタビライザーの類(デパケン等、元々てんかんの薬で主に双極性障害、つまり躁うつ病に用いる)は副作用だけで効いた試しがない。結局僕の方から提案するしかなく、薬に依存することを嫌がって安定剤を頓服的にしか飲んでいなかったが、最初に心療内科にかかったころ、今と同じドグマチールと安定剤のレキソタンを飲み続けて数か月でパニック障害がすっかり治ったと思った経験もあるので、もう一度安定剤を定期的に飲んでみようと思うというところに落ち着いた。ラミクタールは医者が少量から使いたいと言ったが次回に持ち越し。処方薬局で薬を受け取るころにはもう6時半近い。ふと思って車の中でレキソタンを1錠飲み、そのまま母のところに寄った。

すると、結果的にはどうやら安定剤はそれなりに効いたようだ。ラリった感じこそないものの、例の棘の存在が気がつくと薄らぐ。今日医者も話していたが、結局精神科医の処方の方針は不安に対して鈍感にさせるということで、そのために安定剤を処方するのだった。逆に言えば今の僕は不安に対して過敏になっているとも言える。言い方を変えれば世間一般の人は鈍感だと言えないこともない。そういう意味では安定剤(抗不安剤)で不安感をごまかすというのはそれなりに意味があるのだ。この、「ごまかす」というところや「鈍感にする」というところに「結局一時しのぎで治ってないじゃないか」という抵抗を覚えたりするのだけれど、極度に過敏になってネガティブになっている部分をフラットにすると考えればいいのである。逆に薬を減らすという提案も医師の方からあったが、実際のところはこれ以上減らしようがないくらい安定剤を飲んでいなかったわけで、それで一向にいい方向に向かわなかったわけだから、それよりは1回の服用量が最低量でもあることだし、少し安定するまで朝昼晩と定期的に安定剤を飲んで血中濃度を保って様子を見ようと思う。実際、今夜ぐらいの感じであればまだいい方だと思う。そんなわけで夜ももう1錠飲んだ。

トルーマン・カポーティ「カメレオンのための音楽」読了。最初は文句たらたらだったが、対話の手法を使ってノンフィクションの体裁を取るようになってからぐんとよくなり、後半は非常によかった。最初気になった野坂昭如の訳もこうしてみると悪くない。ただ、前半の6編の短編は消化不良な印象。もちろん、短編というのは往々にしてそういうものであり、起承転結やカタルシスを求めるのは酷なのかもしれないが、対話の手法を使った後半の作品群は鮮やかな切り口を見せていて対照的だった。意図的に実在の人物を登場させてフィクションとノンフィクションの境目を曖昧にしたのも非常によかった。


カメレオンのための音楽 (ハヤカワepi文庫)

「ブレイキング・バッド」は1話分だけ見るがどう見ても蛇足的で余分なエピソード。どうも連続ドラマというのは話が遅々として進まない。結局本日も医者に行ったぐらいでほぼ何もしていないも同然なのだが、安定剤を飲んだせいかこのところの強烈な焦燥感に駆られるというわけではなかった。ただ相変わらず日中の体調は酷い。精神科で2時間待たされている間に冷房ですっかり身体が冷えてしまい、夕方以降気温が下がったせいもあり夜はやたらと涼しい。

マインツの岡崎はまたしても開幕戦ゴール。FKがポストに弾かれたところを詰めた。ごっつぁんゴールと言えばそうだが岡崎らしいポジショニングのよさ。結果2-2の引き分けに終わったが2点目のPKも岡崎が得たもの(得点はク・ジャチョル)。

2錠目の安定剤が効いてきたのか少しぼんやりしてきた。気がつくともう秋の気配。


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救済と洗脳

3日続けて2時に寝て8時40分に起きる。が、生あくびが絶えず疲れが取れなくてまた朝食後に1時間ソファで寝てしまう。どうも8時間近く眠らないと疲れが取れないようだ。

午前中にある人のツイートを読んで、というかそれは母と同い年の某女優の言葉なんだけど、それで少し気が楽になった。ずっと頭に刺さっている棘が完全に抜けたわけではないけれど、ちょっとした救いに思えた。恐らくそれは視点を変えるということであり、あるいはそれはただの言葉に過ぎないのかもしれないが、思考のベクトルが一方向に傾いた僕にとっては違う見方・認識の仕方を示唆するものであり得た。結局のところ、そういうことって一言で言ってしまえば「ものは考えよう」ということになってしまうのだと思うが、その「考え方を変える」というのが一番難しい部分でもある。

夜になってX JAPANのTOSHI改めToshilが12年間に渡って洗脳を受けた話を告白した番組に関するスポーツ紙のサイトの記事を読み、あらましは大体知ってはいたもののざっと読んでもかなり酷い話だと思い、改めてウィキペディアとかで調べてみた。で、件の番組(「金スマ」)をYouTubeで半分ほど見たところなのだがなるほど凄まじい。YOSHIKIが辛くて見れないというのも分かる。傍から見れば典型的な自己啓発セミナーによるマインドコントロールなのだが、疑問を抱いていても人間というのは弱っているとこんな風に引き摺り込まれてしまうものなんだなと思う。

言葉の力っていうのは凄いし怖い。前述ように言葉に救われることもあるし、Toshilのように一切合財を失ってしまったりもする。かつてのToshilと今の僕ではまるで状況が違うけれど、同じように弱っている。それで僕は前述の言葉を自分に言い聞かせようと努力する。刷り込もうとする。自分で自分をマインドコントロールしようとしているようなもの。それはToshilの例を出すまでもなくある意味危険なことでもあるのだが、一番危険なのは棘だ。つまり、恐怖に支配されることである。それが最悪だ。それは僕の人生を台無しにする。それから逃れるためであれば、勘違いした方がよっぽどいいのだ。

というわけで、ある意味人生観を変えるという危険な作業中。元々僕は考え過ぎるタイプの人間だが、このところの僕はあまりにも考え過ぎる。いかにしてそこから脱却するかというのが当面の課題。

今日も日中は暑く、夜は窓を開けると寒いぐらい。昼夜の温度差が凄い。午後2時ごろが暑さのピーク。今日も32度ぐらいになって暑くてどうしようもなく、扇風機を回してソファに寝転んで2時間近くうとうとと放心。四六時中煙草が吸いたくてたまらないのだが、いざ吸ってみるとちっともおいしくない。今日も「ブレイキング・バッド」を少々。窓の外では遠雷。明日は雨かな。


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相変わらず精神状態が酷い。夜安定剤を1錠飲んで、Hと長電話。するとコミュニケーション能力というよりも日本語力が極端に落ちていることに気づく。ボキャブラリーが少なく、同じことをいつの間にか繰り返し口にしている。例えば「ちょっと」とか「結局」とか、そういうもの。途中で気がついても修正が出来ない。ただ一応気づいてはいるので極度の口下手状態になってしまい、自分でも何を喋っているのかよく分からなくなる。もしかしたら多少なりとも安定剤が効いて頭がぼんやりしたのかもしれないが。そもそも電話したはいいものの、何を話したらいいのかまったく頭が整理出来ていないということもある。論理的に話そうとしても論旨がどんどん曖昧になっていって意味不明になる。簡単に言うとどんどん歯切れが悪くなる。

もうかれこれ1ヶ月以上、頭に恐怖心の棘が刺さって抜けない。今の僕の精神状態は悪い方に常にバイアスがかかっていて、極度に悪い方向に思考回路が傾きやすくなっている。こういう不安定な状態を一般的な意味で悲観的と言っていいものかどうか分からないが、思考のベクトルが楽天的とは対極にあるのは確かだ。そういう状態なので、母のところに行って話をすると、今の母が置かれた状態、精神状態を過度に自己に投影してしまい、半ば同化してしまって物凄く辛い。つまり、母がどうしたらいいか分からないと頭を抱えるときは僕もどうしたらいいのか皆目分からなくなる。母が辛いと感じることは僕も同じように辛い。感情移入し過ぎているのは頭では分かっているし、それが自分の精神状態に悪影響を及ぼすのも分かっているのだが、正直どうにもならんのです。

今日は昨日ほど体調は酷くなく、朝から晴れて暑くなりそうだったので3時間ほど業務に赴く。すると例によってがんがんの冷房で身体が冷えるのだが、1時間に一回外に出て一服すると真夏のような日差しで暴力的に暑い。ところが帰宅して夕方近くなると空がにわかに曇り始めて雷鳴が轟き、そのうち風雨が強くなり瞬間的な豪雨になって窓を開けると雨が入って来るので閉めざるを得ず。この雨で一気に気温が下がり、それまで32度だった室温は29度に。で、雨が少し治まってくるころには窓をちょっとでも開けていると寒いぐらいになる。その後も雷はしばらく続き、雨がときおり強くなったりする不安定な天気。

天気もそうだが前述のようにとにかく精神的に不安定な状況なので、今日は相場をやる気力もゼロ、家にいる間は断続的にドラマ「ブレイキング・バッド」をだらだらと見るに留まる。肉体的にも精神的にも疲れ果てている。せめて煙草がもう少し美味しければ少しは救われるのだが、と思う。食事の支度をすることひとつ取っても一大決心がいる。ただ闇雲に腹が減るので仕方なくやってはいるものの、食べても美味しいと思わない。摂取しているという感じ。とにかくしんどい。自己防衛本能的にもこんな状態が長続きするとは思えないが、正直普通の精神状態というものがどのようなものであるか忘れかけている。

無暗に悲観するぐらいなら闇雲に楽観した方がずっといいとは思う。だが分かっていても出来ない。もしかしたら今は一日の中で波はあまりないように思えるがそれぐらい大きくて深い抑うつ状態にあるのかもしれない。


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吸血鬼化

3度寝ぐらいして8時40分まで寝たので、一応6時間40分ぐらいは睡眠を取っている。最近にしては寝れた方だ。がしかし、やっぱりダメだった。どうしても眠気がある。今朝はダルさよりもむしろ眠気だったように思う。とにかく、また午前中一杯ソファで寝込んだ。一旦寝始めると延々と果てしなく寝てしまいそうだった。危機感を覚えて昼頃に起きて昼食を摂る。しかしながら身体に力が入らない。午後もまったくダメ。確かに書斎の室温は32度まで上がったが、それだけが原因とも思えない。午後はただ起きているだけで精一杯。椅子に座ってPCに向かっているだけでもうふらふら。とうとう夕方近くなって母が父のために買った、点滴と同じ成分というOS-1を冷蔵庫から出して飲み始める。それぐらいバテていた。結局日が出ている日中はまるで人間として機能しなかった。なんとかレトルトのカレーの夕飯を食べて、母のところに行ったのが本日唯一の外出。このところの母は気分の不安定さこそないものの、まるで抜け殻のようである。

夜になって気温が下がる。相変わらず日中と夜の温度差がある。で、やはり夜になってようやく多少動けるようになる。日の出ている間はまったくダメで日が沈んでからしか動けないとは、これではまったく吸血鬼だ。しかしながら、かといって昼夜逆転しているわけでもない。ことはそう単純ではない。どうしてこれほど日中へばってしまうのか、熱中症のように暑さに参っているというのであれば、何故まだそれほど暑くない朝から寝込んでしまうのか謎だ。昨日今日と朝起きたら布団をひっぺ返してはいたが、それはあまり関係なさそうだし。確かに妙に暑がりになっていて室温が30度を上回るとへばる傾向にはある。日が沈んで外の気温が下がっても、しばらく時間が経たないと涼しく感じないなど、どこか感覚が馬鹿になっているところはある。体温調節でもおかしくなっているのだろうか。いずれにせよこれでは一日の大半が病人状態でグロッキー、使い物にならない。正直どうしたらいいのか皆目分からず途方に暮れている。

今日も「ブレイキング・バッド」の続きを見ていた。他に出来ることもないし。連続ドラマというのは話が遅々として進まないというのもあるが、一旦見始めるとずるずると見てしまう。際限がない。こういうのをハマっているというのだろうか。

相場は昨日から入るタイミングが見つけられない動き。前述のような状態で日中は頭も回らない。夜になって結局目先を変えることにしてポンドで指値をしたら成立、一応日当らしきものは出た。何もしないよりはマシ。

これを書いている今も身体が乳酸でも溜まっているような感じだし煙草を吸ってもいがらっぽいだけ。結局今日何かやったと言えば、「ブレイキング・バッド」をひたすら(休み休みではあるが)見たのと珈琲の生豆を煎ったぐらい。あと、かろうじて母のところに顔を出した程度。いっそのこと完全に夜型にしてしまってもいいのだが、特に夜調子がいいというわけではなく、朝から夕方までがあまりにも調子が悪い。この体調がいつまで続くのかかなり危機感がある。


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水曜日

気のせいか今夜は気温があまり下がらない。確かにこれを書いている書斎の室温はまだ30度近くあるが、今日はそれほど日中アホみたいに暑かったというわけではないので、多分に気分的なものかもしれない。

ゴミ当番だったということもあり、8時前に起きる。とはいうものの、2時ごろには寝たので6時間近く寝ているはずなのだがやはり眠気が取れず、今日も午前中1時間ほどソファで昼寝。いまだにバテているようだ。昼前から業務、今日は母が歯科医の診察を受けるというので言われた通り2時半に母のところに行く。母は食堂で衣類を畳むのを手伝っていた。ところが老人ホームに着いた途端に僕の方がへばってしまい、しばし食堂のソファに腰を下ろして目をつむってぐったりとする。歯医者の診察の時間はなかなか来ず、結局呼ばれたのは3時半近かった。結果的に事前の話のように上の前歯ではなく、根っこだけ残った下の前歯2本を抜いた。母は血をさらさらにする薬を飲んでいるので抜くのはいささか心配だったが。すっかり僕自身がバテてしまっているので後は職員に任せて4時には帰宅。母のところにいるときは帰宅したらすぐにでも寝込んでしまいそうだと思っていたのだが、なんとか持ってその後は昼寝せずには済んだ。

一応相場の指値はしたのだが成立せず、昼に一度動いただけで方向感ない動き、成行で参加出来るポイントも見当たらず今日は様子見。一応「休むも相場」ということにしておく。

そんなわけなので本日帰宅後の夕方から夜にかけてはひたすらhuluで「ブレイキング・バッド」を見ていた。シーズン1(7話)まで見た。それで肺がんを宣告された主人公が抗がん剤治療を受けるのを見て、なにやら遠い昔のことのようで少し忘れかけていた抗がん剤治療のことを思い出す。髪が抜けたり吐き気が凄かったり尿が赤くなったりという副作用は、当時はこれが当たり前なのだと受け入れていたが、ドラマの主人公が治療を受けるかどうか散々逡巡する様子を見て、いくら他に選択肢がなかったとはいえ、僕のような極度に意志の弱い人間がよく耐えられたものだと今となっては思う。恐らく人間というものはいざそういう局面になると耐えられるように出来ているのかもしれないが。実家の玄関ぐらいしかない狭いワンルームで、一人ぼっちで毎日吐き気に耐えながら曲を作ったりしていた。今思い出すとステロイドを飲んで数日後のダルさは先日とは比較にならないものだった。部屋中が抜けた髪の毛だらけになった。浴室の排水口は抜けた髪の毛が溜まって「リング」の貞子がいまにも這い出てくるところみたいになった。点滴は1回8時間近く、よく我慢出来たものだと思う。というか、我慢するしかなかったのだ。そう考えると、どうして今はいろんなことに我慢が効かないのかと思う。たかが眠気ひとつ、ダルさひとつ我慢出来ない。

抗がん剤治療なんてもちろん経験せずに済めばそれに越したことはないが、僕にとってはある意味貴重な経験だったのかもしれない。去年の年末、20日間警察に勾留されたのもそう。あのときは何一つ自由がなかった。ネットどころか珈琲一杯飲めなかったし煙草1本吸えなかった。外の景色すらほとんど見れなかった。今こうしてネット三昧をして好きなときに珈琲を飲んで煙草を吸えるということがどれだけ有難いことなのか、もうほとんど忘れかけている。今が辛いと思うなんて、相対的にはどれほど贅沢なことなのか忘れかけている。そういう意味ではまったくもって堕落しきっている気がしないでもない。ただ、人間の意識というものは主観で構成されていて、それが(肉体的・精神的)体調というものに左右されることも事実だが。

実に、今の僕は自由なのだった。だがしかし、だからこそ焦る。久しぶりに作ったモチーフをフルコーラスの曲にしたはいいものの、それをきちんとスコアに書くこともしてないし通しで弾いてみることすらなかなか出来ない。まともに長時間相場に向き合うことすら出来ない。まったく情けないことに、椅子に座っているだけで疲れる。なんだか知らないがひたすらへばっているし睡魔に負ける。これではいけないと風呂に入る前に今夜は腕立てとスクワットをしてみたが。なにしろ一日の間で間欠的に物凄くバテてしまう。最近の悩みは集中力がとにかく持続しないことだ。

という具合に毎日反省ばかりしているが、なかなかそれを現実に活かせないのが今の悩み。


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残暑

朝起きて、ダルさはどうか注意深く観察した。が、昨日の朝ほどではなかった。かといって眠気はあるしで、結局今日も朝食後に1時間ばかりソファで寝てしまう。

日中はすっかり暑さが戻ってきた。ダルさもそれほどではなかったので今日は久しぶりに遅まきながら業務に行ってみる。それなりに涼むことは出来た。その足で昨日の血液検査の結果が出る医者へ。血液検査の結果はどこにも異常がなかった。今回は血糖値まで調べたが異常なし。炎症反応もなし、貧血もなし。それはそれでいいのだけれど、とすると昨日の異様なまでのダルさは結局夏バテということなのだろうか。

帰宅すると夕方にかけて南向きの書斎はとにかく暑く、頭がうだるようでぼうっとしてくる。業務中冷房ががんがんに効いていたせいか、帰宅すると闇雲に暑く感じた。あまりに暑くて何もする気力が湧かず、夕飯はレトルトのご飯をレンジで暖めてレトルトのカレーで済ませる。それから母のところへ。夕方特養から電話があって明日の午後歯科医の診察に立ち会って欲しいと言われたところだった。職員の話によると、一本だけになった母の上の前歯がぐらぐらしているので抜いた方がいいのではないかという話だったが、行ってみるとそんなにぐらぐらしてはおらず、母も抜きたくないというのでその方針を明日伝えようと思う。

夜になるとそれなりに気温が下がって、もう窓を開けていると涼しいくらいなのだが、どうも感覚が馬鹿になっているのかしばらく暑いという感じが抜けなかった。日中と夜では気温差が10度ぐらいありそうだ。まだバテ気味なのでどうにも振り回される。

今日からhuluでドラマ「ブレイキング・バッド」を見始める。シーズン5まであるのでとにかく先が長い。そういえば先日前半の短編を読んでけちょんけちょんに書いたカポーティの「カメレオンのための音楽」だが、結局そのまま読み続けたらノンフィクションである中編が意外といける。

相場は昨日取ったポジションを今日まで持ち越したら夜の指標で裏目ってストップロスに引っかかる。いずれにしても今日は暑くて頭が回らず、相場に関してはほとんどなにも考えられなかった。夕方考えようと思っていたらそのままなし崩しに。夜になって適当に取った指値がひとつ成立したが、焼け石に水といったところか。

しばらくこの残暑が続くのだろうか。暑さに振り回されて頭の回らなかった一日。暑い暑いと言っているうちに一日が過ぎてしまう。昨日はダルいで一日が終わってしまたし。まずは体調が戻らないとどうにもならないな。気分転換にまたレイトショーの映画でも見に行きたいところなのだが。


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異様な倦怠

朝起きて階下に降りていつものように台所でトースト1枚の朝食を済ませ、書斎でPCに向かいながら食後のコーヒーを飲んで一服していると、尋常じゃなくダルいことに気づいた。とにかく半端なくダルい。そのうち気分も悪くなり、起きているのもしんどくなった。結局午前中一杯、ソファで毛布を被って寝込んだ。

昼頃目を覚ますと、気分の悪さは多少ましになったもののダルさはあまり解消されない。どうしてこんなにダルいのか考える。低血圧かもと思って血圧を計ってみても普通。やはり貧血なのかなあと考える。晩年の父が肺気腫でときおり死ぬほどダルいと言って医者で点滴を受けていたのを思い出す。自分もそれかなあなどと。実家に一人でいると、どこまで具合が悪くなったら病院の救急に行けばいいのかとかいう加減が分からない。いずれにしても町の病院は母のことで内科医2人と喧嘩しているし、それでなくても外来の受付は午前中だけ。どうしようかとしばし悩む。

今日は暑さが戻ってきた。扇風機を久しぶりに回す。結局、いつまで経ってもダルさが取れないので、本来明日の予約だった泌尿器科が内科も兼ねているので行くことにした。先々週県立中央病院で受けた血液検査の結果を持って行った。医者にそれを見せると確かに貧血気味ではあるがこの検査結果であれば特別何かをすべきほどではないという。さかんに点滴していきますかと言われたが、1時間半かかるというので断った。根性がない。かつて悪性リンパ腫の抗がん剤治療のときは8時間近く点滴していたというのに。結局血液検査を再度してもらう。ついでに血糖値も計ってもらうことに。結果は明日出るということ。明日の朝も今日と同じようにダルかったら明日は諦めて点滴を受けよう。医者にはひとまず前立腺肥大の薬を中止するように言われた。因果関係は定かではない。

夕方になってもダルさは取れず、さすがに今日は母のところに行くのを諦めようかと思ったが、なんとか夕飯を食べた後、ちょっとでもいいから顔を出してこようと行ってきた。帰宅して夜になってようやくダルさがなんとか気にならない程度に治まり、人心地ついた。そんなわけだから結局今日も日中はまったく使い物にならず、ただの病人だった。それにしてもあの異様なダルさは一体なんだったのだろうか。


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