無題

どうも精神的に不安定で一日の中で波がある。このところずっとそうだが、常に日常から滑り落ちそうな危ういところでうろうろしている感じ。

2時に寝て8時前に起きたのだが朝食後にもう煮詰まる。何をしていいのか分からなくなりそのうち思考停止、どうにもならないのでソファで毛布を被って(朝から寒かった)寝ようと試みるが一向に眠れる気配はない。寝ようとして眠れないのも辛いなあと思っているうちにいつの間にか2時間以上経過、夢も見なかったがどうやらそれなりに寝たようだ。気がつくともう1時近い。

午後はそれなりに気温が上がったがそれでも26度から27度くらい。3時近くなってドトール経由でユニクロでも行こうと車で出かける。今日みたいな涼しい日でもドトールは冷房が入っていた。長袖のTシャツを着ていたのだが時間が経つに連れて身体が冷えてきて寒い。半袖短パンの人も普通にいるのだが。で、昨日から読んでいるカポーティの短編集「カメレオンのための音楽」(野坂昭如訳)を読んだが前半まで読んで一向に面白くない。確かに野坂の訳もあまりいいとは言えないがそれ以前に内容がない。何も来ない。それまでの自分の作家人生を回顧する序文までついているのにこれはどうしたことか。本当にこれが「ティファニーで朝食を」「冷血」「夜の樹」のカポーティだろうか、などと思う。ウィキペディアを見ると「冷血」以降アルコールと薬物中毒に苦しみ長編を書き上げることもなく公私共に没落したとある。晩年の作品集なのでそういうわけなのかなあ。いずれにしてもこれ以上読む気になれず。もう一冊同時に買ったカポーティの短編集があるがそっちは恐らく初期の作品群。

結局5時近くなったのでユニクロには寄らず、スタンドに寄ってガソリンを入れスーパーで買い物をして帰宅。またガソリン上がってた。どこまで上がるんだろう。母のところに行くも、母は昨日一時帰宅した記憶すら怪しい。それ以前に僕自身が不安定なのでだんだんいたたまれなくなる。母のところから戻って、スーパーで買った天重の夕飯。夜は市川崑監督「犬神家の一族」(1976)を見る。もう見るの何度目か分からなくてすっかり話は分かっているのだけれど、なんか懐かしい映像。ネットで柿谷先発のバーゼルの試合を見るも柿谷は守備に追われてこれといった見せ場もなく途中交代。

昨日は日中の煙草のペースが早く、これは本数増えそうだと思ったら結局21本で収まったのだが、今日は午前中2時間以上寝たにも関わらず昨日よりも本数が結果的に増えそうだ。絶え間なく不安感がどこかにあるので今夜も安定剤を1錠飲んだが効いた感じはせず。

結局自分自身の不安定さに一日振り回されている。もろもろ疲弊してきている感じが半端ない。何もしないのが当たり前になってきた。今日でようやく世間のお盆休みも終了、明日からはもう少し一日のスケジューリングというものを組み立て直さなければ。まあ毎日そう思ってはいるのだが。運動不足も気になっているがちょっとした運動もなかなか実行に移せない。

と、こうして書くと実に散漫な日記だけれど、実際僕の生活自体が散漫なのである。もはや僕の日常というものは既に崩壊してきているのかもしれない。何か考えること自体に疲れ果てている。午前中から寝てしまおうとするように、デフォルトで肉体的にも精神的にも疲れ切っていて諦めてしまう傾向にある。いろんな意味で現状を打開する体力がない。もはや、自分が抑うつ状態であるのかどうかの判断すら出来なくなっている。


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送り盆

携帯のアラームを2つかけて7時20分起床も、住職が棚経をあげに来たのは8時半を回ってからだった。今日はとにかく寒い。長袖のTシャツ着ても寒くて、ヨットパーカーを羽織っていたくらい。今も室温が24度ということは、外は20度ぐらいしかないのではないだろうか。明日も最高気温25度という予報だし。また風邪をひきそうな気配すらある。

午前中に強い雨が降り、やはり母を墓参りに連れていくのは無理かなと思ったら午後には上がり、その後は降らなかった。2時ごろに仙台から弟一家が母をピックアップしてやってきた。弟のところの次男は来れず、弟夫婦とその長男。母を入れて5人で墓参りに行く。帰宅後、母を縁側の籐椅子に座らせて久々に賑やかな茶の間、そうしていると束の間だが母が破顔一笑、母の笑顔を久々に見た。5時近くなり玄関先で母を送り出そうとしていると向かいの人が回覧板を持ってきて久々に母と再会、なにやら慌ただしいけれど久しぶりにいろんな人が交錯する。さぞ母も疲れたろうなと思ったらそうでもなさそうで、むしろ体調の悪い僕の方が疲れた。甥っ子に叔父さん若い、お父さん(僕の弟)よりも若く見える、と言われたのは嬉しかったな。

日中はそんな感じで弟一家と母がいたのでよかったのだが、夜になると一転して不安感に蝕まれ、久しぶりに安定剤を1錠飲むも効かず。結局母同様僕も精神的に不安定なのだ。急に寒くなったりして体調がよろしくないせいもあるのかもしれない。

今日は午前中に原田眞人監督「金融腐蝕列島 呪縛」、夕方から夜は熊井啓監督「日本の黒い夏 冤罪」と、huluで邦画を2本見た。「呪縛」は2度目だったがそれなりに見れた。だが初見の「日本の黒い夏」、恐ろしく酷い出来。松本サリン事件を表層的になぞっただけにしか思えない。脚本・演出ともにセンス悪く、演出ひとつダサいと役者の演技まで皆大根に見える。カメラワークや編集もよくないし音楽に至っては最低。典型的なダメ邦画を見た印象。熊井啓ってこんな監督だったっけかなと首を傾げる。

今日の体調はどうにも訳が分からず、スパゲッティとサラダの比較的まともな昼食を食べたにも関わらず、夕飯を納豆で食べたらやたらと腹が減る。夕食後BSで川崎×C大阪の試合を見ていたのだが川崎のパス精度が圧倒的に高く前半で4-1、セレッソは手も足も出ない感じでこれは何点入るか分からないと興を削ぎ前半で見るのを止めたら結果は5-4、サッカーというのは分からないものだ。今日のJリーグでは開始19秒で決めた柴崎のゴールが素晴らしかった。夜も更けてからDFBポカール、ヘルタベルリンの原口元気が1ゴール1アシスト、1FCケルンの大迫が1アシスト。ドイツのサッカーは日本人選手多くてチェックするのも忙しい。

お盆も結果的には体調悪いだのなんだの言っているうちに慌ただしく終わったような気がしないでもないが、考えてみれば明日は日曜日、世の中はまだ盆休みか。不安感抜けなくてどうにも不安定なのが参る。盆休みに業務行く気にはなれないし、明日何をすればいいのかさっぱり分からない。少し身体動かさないとなとは思うものの。気分転換にどこか行きたいところなのだが。

それにしても今夜は異様な空腹感。煙草もいまひとつおいしくない。


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人間の絆

サマセット・モーム「人間の絆」読了。長い小説だった。フィリップ・ケアリという弱い主人公が翻弄されるたびに読んでいる僕も翻弄された。だけど、ハッピーエンドでよかったな。何かしら報われたような気がした。主人公同様に。これは救済の話なのだと。それは人生を無意味と悟ることで得られるだけのものよりももっと素晴らしい幸福というものがあるということ。強いて言えば、もう少し新しい訳で読みたかったけれど。次はそのまま同巻のモームの短編を読むか、それとも大好きなトルーマン・カポーティの短編を読むか。


人間の絆

明日の朝早くに住職が棚経を読みに来るので今日はもうそろそろ寝なければならない。なので、日記もかいつまんで書くことにしよう。

昨夜は2時には寝て、朝は7時15分に起きた。だが、身体の方は相変わらずダメそうだった。そのままだと昨日同様日中を無駄にしてしまいそうだったので、午前中は捨てた。昼近くまで延々とソファで寝た。お蔭で午後からは少しはまともにしていられた。とはいうものの、振り返ってみるとほとんど何もしていない。涼しい一日、休み休み本を読み、相場のチャートに向き合っていただけ。今日の母は表情や目つきは悪くなかったが、言動がブレた。どうもいいことを言わない。

夜は相場に振り回される。というのもレンジの予想が甘く、午後成行で取ったポジションと、夕方成立した指値が両建てのように相殺することになってしまったので。ドル円を買いで持ちユーロ円を売りで持ったら連動して動いてしまった。お蔭でいつまで経っても抜けられない。負けは避けられないと思った。結局ドル円は同値決済、後はユーロをどこで諦めるかと思っていたら、夜も更けてから急激な円買い、結果的にはプラスに転じた。また父に助けられたと思った。

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鰯雲

cloud

またしても日中使い物にならず。身体がダルくて動かないしそれにシンクロするように頭も回らない。もう風邪は治っているのに、何が原因なのかよく分からない。一応8時台には起きているのだが、寝るのが遅いので睡眠が足りないということもあるだろうが、どうもそれだけとも思えない。夜になるとようやく少しは人間らしくなる。これではまるで時差ぼけのようだ。日が沈むころにならないと動けるようにならないのでは吸血鬼も同然。今日たまたまネット上で人間は起きてから16時間後に寝るように出来ているという記事を読んだが、今の状態を鑑みるとその説も怪しく思える。いずれにしてももう少し早く寝るように努力しようと思う。これでは悪循環だ。一日のほとんどが無駄になる。

そんなわけだから朝食後にあまりにもダルくてどうにもならないので諦めてソファで一眠りしようと試みるが、寝そうになるとガス代の集金、町内の叔母(父の姉)といとこという具合に立て続けに来訪者。午後になっても身体は動かず、昼食後に結局1時間ほどソファで寝てしまう。が、最近の傾向として一眠りしてもすっきりしない。今日もむしろ昼寝後にさらに身体が重くなってダメになっていく。外は鰯雲、もう秋の気配。いつまで経っても頭も回らないので成行で相場のポジションを取ってみるが同値決済。このままだとホントに何も出来なくなるという危機感を覚えて外に出て玄関先と庭の草取りをする。自分でも何をしているのだろうと思う。これではまるで隠居後の老人のようではないか。

珍しくまともに昼食を摂ったのに6時ごろになるとオートマチックに腹が空いてきて、FXの業者からキャンペーンでもらったレトルトのカレーで夕食。意外といける。やはり身体を動かさないと駄目だと思い、今日は歩いて母のところに。今日の母は比較的表情がよかった。

夜になってようやく身体が動くようになる。本日の相場は思ったほど動かず指値成立せず。よほど投げ出そうかと思ったが昨日の続きで「猟奇的な彼女」をなんとか最後まで見る。確かにところどころぐっと来るところはあってなんとなく昔面白いと思ったのも分からないでもないが、ちと無理があるし主人公は好感が持てるのだが肝心の彼女の方がいまひとつ魅力的に思えない。

先日Aメロだけ作ったバラードの続きを作ろうと鍵盤に向かうがどうも上手く行かない。煮詰まる。それでなくても一日の大半を無駄に過ごしているという感じが強く、煮詰まり感半端ない。もどかしいことこの上ない。こういうときはとにかく成行で相場のポジションを取ってしまって一喜一憂するというのも手だが、そこまでの気力も元気もない。生命力が極度に落ちてるような気もするし、羅針盤を失った船のように出鱈目に生きているような気もする。ダッチロール。相変わらずさしたる意味も話すこともないのに誰かに電話したくなるが、もはや電話の時代ではないのだなと思う。ましてや長電話の時代ではなおさらない。僕はメールというものをしない(携帯のメールアドレスすらない)ので、昔からの癖ですぐ電話で話す頭になってしまうが、もうそういう発想自体が時代遅れな気がしてくる。違うのか。単なる考え過ぎなのだろうか。

いずれにしても一度早めに寝て十分な睡眠を取ってリセットしないとどうにもならないなと思う。

予報によると明日から雨、明後日も雨のようでせっかく一時帰宅させるのに母を墓参りに連れていけないかもしれない。

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迎え盆

今日は13日の迎え盆。朝から向かいの寺には墓参りの人たち。ちなみにうちの寺は向かいではなく、車で3・4分、歩いて15分ぐらいのところにある。というのも、うちは元々仏師・彫刻をやっていたのだが、確か曽祖父のときに他人の借金の保証人となって家を手放すことになり、今の実家に移ってきた。なので目の前の寺の檀家ではない。

結局昨夜も寝たのは3時、今朝は9時まで寝たので昨日までよりはマシだが、朝から何やら疲労困憊している感じで身体が重い。誰か来てもいいように少々片づけたり仏壇の脇に花を活けたりしたのだが、結局今日は誰も来なかった。去年の今ごろはどうしていたのか、日記を読み返してみる。すると、どうやら去年のお盆は暑かったようだ。とすると、今年の夏は涼しいということか。しかしながら今日は日中暑さが戻ってきた。

昼食後、一番暑い盛りに墓参りに行った。まだ人は少ない。自分の家の墓と、既に途絶えてしまった分家の墓の両方にお参り。帰り際、本堂の入り口においてあった麦茶を紙コップ半分ほど飲んでみると、物凄く美味しかった。帰宅して、以前見て面白かった記憶のあった韓国映画「猟奇的な彼女」を見始めるがどうにもつまらない。映画としての造りが甘いというか、下手な日本のアイドル映画みたいだ。と思っていると途中で猛烈な眠気に襲われ、どうにも抗えないのでソファで1時間ほど気絶。途中指値が成立する音がしたが、あまりにも眠くて起き上がることが出来なかった。ようやく目が覚めてまたPCに向かうと、どうも両手が日焼けしているような感覚、どうやら先ほどの強烈な眠気は昔で言う日射病、今で言うところの熱中症の初期症状のようなものだったのかもしれない。どうも日光に負けたっぽい。いずれにしても墓参り程度で疲れてへばるというのは相当に情けない。

そんな感じで日中は暑かったが日が陰ると涼しくなる。夕方になると向かいの寺の墓参りがピーク、家の前の道は路上駐車で一杯に。子供のころ突いていた寺の鐘がひっきりなしに鳴る。このところ満足な食事をしていないので夕飯は肉を焼いて食べ、それから母のところに行く。母はよくも悪くもないが若干不安定な感じではあった。母にここ(特別養護老人ホーム)に来るんじゃなかったと言われると一番辛い。思わず我慢する必要はない、一緒にうちに帰ろうと言ってしまう。それが容易なことではないと分かっているのだが。

夜は相場に振り回される。午後ついた指値は予想通りに動いてくれたもののそこで決済し損ね、どうせ今日も大して動かないだろうと高を括っていたら夜の指標で思いの外動き、しかも裏目った。ナンピンしたのが火に油を注ぎ、一時は天国から地獄、どうなることかと思ったが結局行って来い、最終的には元の鞘に収まる。今ようやく決済して一息ついたところ。

それにしても午後の眠気、何も考えられないくらいだった。ああなると人間お手上げだなと思う。なんであんなに急にへばったのだろうか。

お盆の間、親戚のところに顔を出したものか迷う。行ったとしてもいい話は出来ないから今年はいいかなとも思う。ま、去年も行かなかったが。昨年は叔母と向かいの人が来たが今年はどうだろう。誰も来ないかもしれない。16日の送り盆に住職が棚経を上げに来るし、その日に弟が仙台から来て母も一時帰宅することになっている。

父は帰っているのだろうか。なんの気配も感じないし相変わらず家の中はひっそりと静まりかえっているが、今日の相場の動き、結果的には父に助けられたのだと思うことにしよう。父はとても優しい人だったから。


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夏の終わり

去年の夏はほぼ記憶がないが、こうしてみると山形の夏は短い。今日あたり、窓開けてると寒い。夕飯をまた次年子に蕎麦を食いに行ったら、外の気温22度とかだった。山の方じゃもう蝉も鳴いていないし、そろそろ夏も終わりかなと。

明日からお盆だというのでさしたる意味もなく不安になる。実家でのお盆は2度目だが考えてみれば去年は退院したばかりとはいえ母が一緒だったし、叔母もしょっちゅう来ていた。今年は実家で一人。何をすればいいのか分からないしかといってお盆て何すればいいんですかと親戚に聞くのも恥ずかしい。ひとまず今日は仏壇の掃除をして盆提灯を出したが、組み立て方をよく見ないでやったら脚がひとつ壊れてしまった。欠けた部分を木工用ボンドでくっつけようとしたが上手く行かず、結局ガムテープでなんとか。で、仏壇に何か供えた方がいいのか悩む。よく見かけるキュウリとかナスで馬作るのって僕には無理。というか、あれはお墓とか玄関先に置くのか? 五里霧中。というわけで世間知らず炸裂中。

風邪はようやく治ったようだが相変わらず日中使い物にならず。昨夜寝たのが3時だったせいか、朝食後眠くてまた午前中一杯ソファで寝てしまう。午後になってもダルいし頭も回らず、人間として機能せず。真面目に廃人化が進んでいる。夕方になってからようやく動けるようになる。というか、夕方まで玄関の鍵すら開けてなかった。腹だけは妙に空いて、かといってメシを作る気力はなく、前述のように夕飯は食い放題の蕎麦を食べに行ったのだが、3杯だと食べ過ぎかなと思って2杯にしておいたら夜になってまた空腹、結局目玉焼きとサラダを作って食べた。蕎麦屋の帰りに母のところに寄ったが、今日の母はいまひとつ調子がよくなかった。

朝方ロビン・ウィリアムズが自殺したというニュース。で、今日は29年前日航機が墜落した日だった。8月12日だったんだな。事故で亡くなった坂本九の娘をかつてプロデュースしたのも何かの縁か。そういえば事故当日、西に向かってふらふらと飛んでいくボーイング747を中央道で目撃したと松任谷が言っていた。

彼女の未発表音源はここに。

相場は日中まったく頭が回らず、というか最近相場に対して不安感の方が強く確信が持てない。よって成行でポジションをなかなか取る気になれないし指値をするのも恐る恐る。とはいうものの、夕方指値をしておいたら夜になってひとつ絶妙のタイミングで成立、まずまずのタイミングで決済。なんだかんだビビっているわりには気がつくと5連勝。この1ヶ月でいうと大体2勝1敗ぐらいのペースになるのか。以前より勝率は落ちているがそれでも結果的にはまずまずのペース。今日も読み自体はすべて当たってはいた。それでもなんでこんなに不安になって訳分からなくなるのか。分からん。たぶん確たる根拠や方法論をまだ持ち合わせていないからだと思う。

今日は映画見てない。最近見た映画ではやはり「バベル」が一番よかった。で、エンディングに流れる坂本龍一の「美貌の青空」にすっかり参って、昨日から何十回と聴いてる。ああいう曲作りたいなと。で、昨夜鍵盤に向かって4小節のセンチメンタルなモチーフを作ったのだが、今日になってもう一度弾いてみるとそれほど悪くない。少々感傷的過ぎる嫌いはあるが映画音楽みたいなものを作りたいと思ったので。以降を展開させようと今日も鍵盤に向かったのだが、「美貌の青空」聴き過ぎたのか気がつくと同じような終止形になってしまう傾向。どっちにしても集中力続かないし最近ずっと鍵盤弾いてなかったので上手く弾けない。ドンカマをオフにしてルバートで弾いてMTRにメモ録音してみるが、考えてみるとこの方法だと本チャンで直すの大変ということに気づく。やはりインテンポじゃないとダメか。

日中ダメ過ぎるので今夜は少し早く寝ないと。というかもう遅いが。明日は墓参りに行かねば。それにしても涼しい。


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アギーレ、スラムドッグ$ミリオネア

予報では今日から暑くなるということだったが、なんのことはない、昨日より涼しいくらいの一日。過ごし易い。窓から気持ちのいい風が来る。

昨夜寝る前に睡眠薬と間違えて安定剤を飲んでしまい、その上でさらに睡眠薬を飲んで寝たら朝眠気が残って参った。あんまり眠気が凄いので朝食後例によってソファで寝たら延々と2時間半も眠りこけてしまい、目が覚めるともう昼近かった。そんなこともあって、夜になるまでなんとなく今日は日曜日じゃないかと勘違いしていた。まあある種の願望みたいなものだろうけど。

気がつくと風邪はようやく治ったっぽい。

昼過ぎに叔母がやって来て花と茶菓子を置いていった。ああもうお盆なのだなという。夜になってもらった花を仏壇の脇に飾る。

午後からは未見だったダニー・ボイル監督「スラムドッグ$ミリオネア」をhuluで見る。アカデミー賞やゴールデングローブ賞を筆頭に各賞を総なめにしただけあっていい映画だった。欧米人て「ショーシャンクの空に」とか、こういう分かりやすいハッピーエンドの映画好きなんだなと思う。途中まで、逆境の中で逞しく生き抜く少年少女みたいな話って苦手なんだよなあと思いながら見てたのだが、何よりもインドのスラム出身の少年が何故クイズに正解出来たのかということをひとつひとつ必然性をリンクさせていくという構造が素晴らしかった。

で、本日来日した日本代表の新監督、ハビエル・アギーレの就任会見を途中から見た。印象としては見るからに温厚なザッケローニと比べると強面でとっつきにくいように見えるがそれは見た目の話。僕とほとんど年齢が同じなわりには随分と老けてるなあと思ったけど。質疑応答には至極真っ当に的確に答えていた。考えてみれば初陣のウルグアイ戦まで1ヶ月ない。ということはW杯のメンバーを踏襲することは容易に想像出来るが、では新たに選ぶ選手は誰かとなると皆目見当がつかず、それはそれで楽しみだ。もちろん個人的に選んで欲しい選手というのはいるが、会見を見ると僕らが考えるのとは違った視点で選びそうな気配も。話を総合するとどちらかというとオシムと同じような選び方をしそうに思えたが。つまり、華やかな選手よりもより献身的に走るタイプの選手。4-3-3あるいは5-3-2というシステムという話だったので、個というよりもより組織的なチームを目指しているような印象。僕はザッケローニにとてもシンパシーを抱いていたけれど、新しい監督というのはそれはそれでわくわくするものがある。きちんと結果を出してくれればいいけど。要はどれだけ日本代表が進化するか、世界レベルにより近づくかということ。

それはそうと、午後に玄関前の草取りをしたら草で右手の親指を切ってしまい、しばらく気づかないでいたのだが今ごろになって傷周辺が腫れて痛み出した。

夕食後に母のところへ。昨日一日行かなかっただけで随分間が空いた感じがしたが、行ってみると母は表情もよく、とても落ち着いていて一安心。久々に母の柔和な表情を見たような気がする。今日髪を切ったようで、それですっきり見えたということもあるのかもしれないが。

一応指値はしたものの今日の相場はまったくと言っていいほど動かず。欧米もお盆休みに入ったのかと思えるほど。したがって指値が成立する気配もなく、入り込む余地もなく。今ごろになって小動きしているが今日は無理しない。

夜になってYouTubeでようやくPSYの「江南スタイル」の動画を見たが、どうしてこれが20億回も再生されているのかしばらく考えたのだが分からず。そこまで斬新であるとも思えないし。恐らくこれといった理由などないんだろうな。ブームやトレンドというのはそういうものだから。


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無聊

見てお分かりのように、右側のサイドバーの心霊写真やめた。なんていうか、毎回見るたびに自分でも気になっていたし、もう写真晒すような歳でもない。すっきりした感。

台風の影響で午後から雨、夕方から風雨が強くなるが、これを書いている今は止んでいる。

朝起きてみるとそれなりに風邪は回復したかに思えた。考えてみれば滅多に風邪などひかなくなった近年、タマにひいても1日寝ればいつも治っていたので、2日かかるというのは僕にしては長引いた方。と思ったら、業務から帰宅した午後、PCに向かってFXのテクニカルの勉強をしようと始めた途端に眠気に襲われ、ソファで1時間ほど寝ると目が覚めてからかえって具合が悪くなる。身体がやけに重くなり、食欲がまったくなくなる。なんのことはない、まだ完全には治っていなかった。雨凄いし、夕方が一番調子悪かったので今日は母のところに行くのを控えようかと思ったが、夕飯を無理して食べた後、7時ごろにやっぱり行こうとすると向かいの寺で葬式をやっており、家の前の道に車がびっしり停まっていて車を出せなかったので断念。狭い道なのに両側に停めるから車が通れないではないか。

今日は日中は昨日までの流れで涼しく、午後昼寝するまではシャツを羽織っていたぐらいなのだが、夜閉店間際のスーパーに買い物に出ると日中よりも蒸し暑くなっていた。したがって夕方以降はTシャツになる。なんとなく奇妙な感じがしないでもない。自分の寒い暑いの基準は、Tシャツ一枚の場合、どうやら室温が26度以下だと寒いと感じ27度以上で暑いと感じるようだ。もちろん湿度も関係してるのだろうが。夜蒸し暑いとは言っても日中に比べての話で扇風機のスウィッチを入れるほどではない。ただ予報によると明日からまた暑くなるようだ。感覚的に夜が更けるに連れて蒸し暑くなっているように感じる。いつもと逆。変な日だ。

夜はなんとなく軽くて笑える映画が見たいと思って、結局huluで「踊る大捜査線 THE MOVIE」を見てしまった。既に見たことのある映画だし、なにしろ軽すぎ。時間の無駄だった。そんなわけだから、一日何もしてない感半端ない。確かにまだ風邪から回復しきっていないのである意味しょうがないが、それにしても人生を浪費してる気がする。煙草ぐらいしか楽しみがないのに、体調が悪いので煙草吸うと口の中が荒れてきて夜になるころには吸っても不味くなる。悲劇である。このところ精神的に不安定で悩まされてきたが、体調が悪いとそれ以前に何も出来ない。下手するとメシを食うことさえ危うくなり、連日のように今日は外食で済ませようかと思っては思いとどまる。かなりの危機感。

で、夜になると電話病がうずく。誰かに電話したくなる。常にうっすらと被膜のように貼りついた不安感のせい。今日は弟に電話したかったのだが、考えてみると特段何も話すことはなく電話出来ず。

この時間になって窓を開けていると生暖かい風が吹いてくる。真面目な話、風邪というか風邪気味というだけで身体のあちこちが調子悪くなる。背中が凝ったりするしあちこちが痛いような気がするし違和感がある。風邪ひくってこんなんだっけかなあと連日考える。悪性リンパ腫の抗がん剤治療をしている間ですらもう少し何か出来てたような気がするし、もうちょっと元気だったような気すらする。

おっと書くのを忘れるところだった。バーゼルの柿谷が移籍後初ゴール、初アシスト。ゴールシーンだけ見たが柿谷らしい動き、ゴールだった。一安心。


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恋の罪、映画の罪

昨夜持ち直したと思ったのに朝起きてみるとやはり風邪気味。日中寝込んで夜少々回復するというパターンは昨日と同じ。

それにしても涼しい。涼しいを通り越して日中は寒いと感じてTシャツの上に長袖のシャツを羽織っていたほど。昨夜寝るときも寒いので長袖の作務衣にした。夕方ヤフーの天気予報見たら、山形の今日の最高気温25度。たぶんこれは夕方の最高気温だと思うが、それにしてもまだ8月の前半だというのに寒いとか言ってるのはどういうわけだ。いくら台風が来てるだの風邪ひいてるだのとはいうものの。

午前中は喉痛いし放っておくと寝込んでしまいそうなので業務に行ってみるが、結局昼で断念して帰宅、午後は案の定ソファで夕方まで寝込む。滅多に風邪ひかなくなったのでタマにひくとしんどい。都心のマンションに一人暮らししているときはそんな風に思わなかったが、田舎の一軒家で一人で住んでいるとたかが風邪程度で体調を崩しただけでやけに不安になる。そんなわけで昨日同様体調は悪いのだが、2日続けて母のところに行かないのは心苦しいと思い、夕食後に母のところに顔を出した。風邪をうつすと悪いのでマスクをして20分程度で帰る。老人ホームの職員会う人みんな僕が風邪をひいていることを知っているのでちょっと驚く。

昨日「冷たい熱帯魚」を見て見なきゃよかったとか思っているくせに、今日は同じ園子温監督の「恋の罪」(2011)を見てしまった。東電OL殺人事件がベースだと聞くとどうしても見ておきたいと思ったので。とはいうものの、事件そのもののストーリーを追っているわけではなく、背景をベースにして堕落を描くというもの。冒頭からいきなり水野美紀のヘアヌードで驚く。「冷たい熱帯魚」でもそうだったが園子温作品、見ている間中ずっと嫌な感じが抜けない。見てはならないものを見ているような不快感。で、プロット以上に上映時間が長い感じがして冗長。結局また後味悪くて見なきゃよかったなあと思う。この監督の映画、救いがない。描かれているのは演劇的狂気。母が統合失調症を発症して以来、狂気を安易に描かれるのは見ていて苦痛。実際に身内が狂気に陥るのは想像以上に悲惨だ。こうしてみると中島哲也監督の「渇き。」に於ける暴力はむしろ爽やかでさっぱりしていたように思える。園子温の場合、リアリティを追及しているわけではなく多分に演劇的にデフォルメされているのだが、必要以上に陰惨に感じるし見ていてやりきれない。なんていうか、カタルシスがない。つまり、発散しない。ひたすら崩壊し否定されていく日常性。救いのない映画って閉じているので気が滅入る。

その後、夜になって多少状態はマシになりJリーグのダイジェストを見た後森田芳光監督織田裕二主演でリメイクされた「椿三十郎」をBS朝日で途中から見たんだけどこれが恐ろしく酷い出来。織田裕二がまったくサマになっておらず物凄い違和感。改めて三船の偉大さを知る。まったく同じ脚本なのに。ラストの決闘シーンは悲惨と言っていいほど酷い。まったく、黒澤のリメイクなんて安易にやるもんじゃない。

風邪で体調を崩しているせいもあるのかもしれないが、このところ映画を見ていて視力が落ちたことを痛感、特に左目の視力低下が酷い。真面目な話、一度眼科で診てもらった方がいいのかもしれない。いろいろ弱っているなあと思う。

うむむ、また具合悪くなってきた気配。ちょっと気持ち悪くなってきた。そういえば昨日の相場のポジションは結果的にはプラスに転じた。


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臥す、冷たい熱帯魚

終日雨が降ったり止んだり。これを書いている今は結構な勢いで降っている。

今日は涼しい。昨夜から急に涼しくなったせいか、どうやら風邪をひいてしまったようだ。朝は7時の寺の鐘で目が覚めた。なんとなくよく眠れたような気がしてそのまま起きたのだが、実質5時間寝ておらずやはり睡眠が足りない。で、朝からどうにも体調が悪い。まず酷い下痢をしている。ひっきりなしにトイレに行かなければならない。それと喉が痛い。朝食後に1時間ほど寝てみるが具合はよくならず、むしろ気分が悪くなってまた気絶、結局午前中一杯ソファで寝込む。熱はなさそうだがまるで死の床にでも就いているような気分だった。食欲はなく、かといって何か作る気力もなおさらなく、1時ごろに蕎麦屋に行って蕎麦をなんとか食べた。帰宅してもまた下痢。PCに向かうのも楽じゃなく、ソファに寝転がって本を読んでみるがまた寝落ちしそうになり相場の指値が成立する音がしてようやっと起き上がるという具合。午後一杯ダメな感じで病人状態。体温計で熱を計ってみると6度5分、やはり熱はない。しかし何か食べると下痢をするという状態で、おなかの風邪をひいているとしたらうつすと悪いので母のところに行くのは控え、叔母(母の妹)に電話して代わりに行ってもらった。

夜は多少体調が持ち直したのでhuluで園子温監督「冷たい熱帯魚」(2010)を見た。埼玉愛犬家連続殺人事件を題材(ペットショップを熱帯魚店に変更してある)にした映画だが、先日見た「渇き。」よりも遥かに凄惨。まったく夢も希望もなく、あるのは狂気と絶望。後味悪いし気色の悪い映画だった。見るんじゃなかったなと思う。埼玉愛犬家連続殺人事件に関しては蓮見圭一の「悪魔を憐れむ歌」(共犯者の手記という体裁)で詳細を知ってはいたのだが、こうして映像化されるとエグいしグロい。元々が陰惨極まりない事件だけに、こういう映画を見るのはもう少し精神的に安定していて余裕のあるときじゃないと。

相場は天国から地獄へ。要するに天国のときに決済しておけばなんてことはなかったのだが、欲をこいて決済し損ねると夜になって一気に裏目に動く。まるで一遍の悪夢を見ているよう。どうも上手くいかない。そんなわけでいまだ決済出来ず、このままだと塩漬けになりそうな雰囲気。もう少しリスク管理の意識を高くしないといけない。

それにしても涼しい。扇風機はもちろん使用せず、窓を開けていると肌寒い感じがするので閉めたほど。しかし、温度計を見ると室温は28度ぐらい、一昨日までとたかだか5度ぐらいしか違わないのだが随分と涼しく感じるのはどういうわけか。身体が馬鹿になっているのかもしれないが、このところ気温の変化で体調を崩すことが多いので、このまま涼しくなるのならそれはそれでいいのだが。体調が悪いせいもあり、相変わらず精神的に不安定、夜になって安定剤を飲むが効かず、Hと電話。


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