風音

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午後から雨。夜になって風が強くなり、まるで台風のような暴風雨に。先程来、窓外では不穏な風の音が。不吉なと言ってもいい。秋田市では強風で電柱が2本倒れたらしい。

ようやく止まった。何がって、母のうんこが。明けぬ夜はないということか。いずれにせよ、永遠に出続けるうんこなんて存在しない。今日から飲ませた整腸剤の効果は果たしてあったのか。

8時過ぎ起床、4時間弱の業務。帰宅して、例によってソファで昼寝しようと試みるが今日はなかなか眠れない。ようやく眠りかけたかと思うとドアチャイムが鳴ったり。途中で母が書斎にやってきて、弟はどこにいると言い出すので、とうとう本当に呆けてしまったのかと思って一瞬ぞっとする。たぶん病状によるブレだと思う。

天気予報によると、来週頭から急に気温が下がり、雪が降るという予報。よって、明日スタッドレスにタイヤ交換する予約をする。もう雪が降るのか。また憂鬱な季節がやってくる。

今日の煙草は22本。今日も精神的には不安定だった。どうも最近安定剤のレキソタンが全然効かない。不安感がある。が、夜、とんねるずの食わず嫌いで矢沢永吉が出演する回を見て、笑うことが出来た。基本的にとんねるずはCX(フジテレビ)のお抱えタレントっぽくて好きなわけじゃないんだが。なんていうか、音楽的な興味はないけれど、矢沢って憎めない。「成りあがり」も2回読んだし。

それにしても嫌な音だ。この風の音。心までざわざわするような。

なんとなく、JRAのPAT(パソコン投票)にまた登録した。もう一度競馬を始めるかどうか思案中。以前のようにデータベース作るとか徹底してやるか、それとも100円だけ賭けるとか。いずれにしても、やるとしたら複勝の一点買いだな。


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無題

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快晴。

7時に鳴る向かいの寺の鐘の音で目が覚めた。よって少々睡眠不足気味。昨夜驚いたのは、結局2階にストーブ(父が亡くなったときに10畳ほどの座敷を暖めるために買った石油ファンヒーター)を運んで、1時間ほど部屋を暖めていたら、真ん前に置いてあった蛍光灯スタンドが熱でぐにゃりと曲がっていたこと。頭の傍に置いておくと強力な温風が来て暑い。置き場所を考えなければ。

3時近くまで業務(gambling awayを更新しておいた)。帰宅後、例によってソファで気絶、なんとなく嫌な夢を見る。目が覚めるともう真っ暗だった。

母のうんこは今日になってようやく量が少なくなってきた。明日には整腸剤が届くし、この調子ならもうすぐ治まるだろう。というか、治まってくれないと困る。

僕自身は相変わらずの閉塞感。昼寝で夢を見た嫌な感じを引き摺る。毎日何もやっていないという感じが抜けないし、実際問題として何もやってない気がする。モチベーションとか、イマジネーションとか、そういったものが決定的に欠如している。

今日の煙草は23本。そういえば、Windows8を使っている人はこれが便利。デスクトップにスタートボタン(メニュー)を追加できるので、アプリケーションを立ち上げるのにいちいちスタート画面に戻らなくて済む。


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Never ends

夜、突然悲しくなった。それは絶望というよりは悲しみの感情だった。母の脱糞はまだ止まらない。むしろ今日は量が増えた。が、それが原因ではない。こう毎日だとさすがに慣れてくる。いつもながらの、なんら具体性のない、莫とした感情だ。うつと疲れで精神的に不安定になるのだろうけど、具体性を持たない感情を収めることはなかなか難しい。それは時間が経つに連れて、虚無感のようなものに変異していく。世界が次第に色を失って、心が索漠として。まるで自分も世界も、輪郭を失って透明になって空っぽになっていくような。

今日は母がデイサービスに行く日だし、ゴミも出さなければならないので携帯のアラームをセットして7時過ぎに起きた。施設に電話して母の状態を話すと、それでも大丈夫とのことで結局母はデイサービスに行った。僕は業務に行き、徹底してツイてなかった。普通に起こり得ることとは言え、これでもかと自分の不運を次々と見せつけられるのはいささか参る。

帰宅して、ソファで気絶している間に母は戻っていた。前述のように母の脱糞が一向に治まらないので、アマゾンで整腸剤を注文した。そういえば今日はやたらと買い物をした。いつものところにコーヒーの生豆を注文し、優勝セールの楽天でプリンタのインクを買い、アマゾンで中古の本を買い。別に買い物に走ったわけではないのだが。

それにしても虚無的だ。この圧倒的な虚無感、脱力感はなんなのだろう。

今日の煙草は20本。この本数で収まったのが不思議だ。結局読み始めたのは丸谷才一の「たった一人の反乱」なのだが、今の精神状態で軽妙で洒脱なものを読むのはなんだか少し辛い。むしろ、非情なハードボイルドを読みたい気分。この、壁一面が本棚の父の書斎にはほとんど翻訳ものがない。世界文学全集だけ。サマセット・モームでも読もうか。注文したジェイムズ・エルロイが届けばそれを読むのだけれど。

さすがに寒くなって、寝床で本を読むのがしんどいので、さっきストーブを2階に運んだ。

まだセールやってるだろうから、楽天のリンク貼っておくか。

楽天市場


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ノンストップ

悲しみが止まることはあっても、母のうんこは止まらない。今日も終日うんこ的作業。鼻腔からうんこの匂いが抜けない。もちろん錯覚なのだが、どこにいてもうんこの匂いがする。シャワーで洗って、洗濯して。以下繰り返し。もう下剤は飲ませていないのだが。一体いつになったら止まるのだろう。この分では明日のデイサービスは行けないっぽい。

僕自身、かなり疲弊して。一日の中でうつが間歇的にやってくる。際限なく煙草を吸いたくなる。午後になるとソファで気絶する。結構アップアップでテンパっているのだが、僕がやらないわけにはいかない。今の母は自分ではほぼ何も出来ないから。

そんな調子なので、まともに業務をする時間もない。行くには行っても、ゆったりと出来る気分には到底なれない。毎日が一杯一杯。

阿部和重「□ しかく」読了。暴力的に無茶苦茶な作品だった。そんなわけでfragmentsに感想を書いておいた。次は何を読もうか思案中。これは面白い、って本があれば教えてつかあさい。

今日の煙草は24本。業務の時間が短ければ短いほど、本数が増える。

そういえば朝ちょっと風邪気味だった。今日から毛布にタオルケットをプラスしよう。母の介護パンツで一杯なので、明日はゴミを出さなければならないから早起きせねば。

楽天市場


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うんこ的作業

とりあえず、楽天優勝おめでとうございます。と、一言で済ませる。結果的には今日までずれ込んで、精神的には助かった。少しは気休めになった。

さっきまで洗濯してた。昨日書くスペースなかったけど、このところ母がうんこをしていないというので、一昨日から朝下剤を飲ませていたところ、昨日から母がうんこを漏らし続けて。もちろん、昨日から介護パンツ(紙おむつ)は穿かせているのだけれど、今日は朝から終日、うんこ的な作業に追われた。何回母をシャワーで洗って、何回洗濯したのか。さすがに疲れた。午後はまた2時間以上気絶。母は今日になってとうとう靴下も穿けないと言い始めるし。本日の救いは、僕が短い業務に行っている間、母が少しだけだけれど自分で昼食を摂ってくれたこと。毎晩夜中の1時過ぎに米を研いでいる甲斐がごくタマにはある。

ツイッターでうざいこととかあったけれど、疲れたので書く気力なし。ツイッター見てくれ。今日の煙草は23本。


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紅葉、マー君

最近朝晩寒くて、夜寝床で本を読むのも辛くなってきた。2階にもストーブ導入すべきか。

今日は久々に快晴、よって業務は午前中でとっとと切り上げ、久々に母と昼食を摂り、昼過ぎから母を連れて月山に紅葉を見に行った。

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ちょうど見ごろだった。考えてみれば昨年の11月も母と月山に紅葉を見に来たのだった。あれからもう1年。当時はちょうど僕の悪性リンパ腫が寛解と告げられた後だった。

夜はご多聞に漏れず、日本シリーズを見た。まあここまで見たから、ということで。で、ついに楽天の田中が負けた。マー君も人の子だった。これだけヒットを打たれて、かつ味方が打てないのであれば当然の結果だけれど、そんなにしゃかりきに見ていたわけではないがやはり残念。なんていうか、僕には田中の凄さというのがいまひとつ分からないのである。だから、勝ち続けていないと意味がない。凄いから勝ち続けるのか、勝ち続けるから凄いのか。田中の場合は後者に見えた。僕が日本の野球を見なくなって随分経つので、たまたま僕に日本の投手で凄いのは誰だというのを教えてくれたのが千葉に住むマリーンズファンのtakちゃんだった。なので、彼に教えられてちらっと見たダルビッシュとか、アメリカに渡る前の全盛期の伊良部とかの方が凄みを感じた。もちろん、彼らには好不調があって、よいときの、という条件はつくけれど。そういえば伊良部って自殺したんだっけ? (ここでウィキペディアで調べてみる)やっぱりそうか。

田中は前述の2人に比べると、好不調の波が少ないのだろうか。しかし、見るからにこれは凄い、と唸らせるタイプではないように思えるのだが。確かに、スプリットは素晴らしいのだが、コントロール、ストレートの球速ともにもう少し欲しいような気がする。本当にどれだけ凄いのかはメジャーに行ってから分かるだろう。いずれにしても、永遠に勝ち続けることなんて出来ない。そう考えてみると、永遠ではないけれど、柔道の山下泰裕は本当に凄かった。引退まで203連勝(引き分け含む)、対外国人にはとうとう生涯無敗(116勝3引き分け)。まさに超人である。無茶だと知ってはいても、マー君にもそれに近いものをどうせならやって欲しかった。もちろん、野球ってのは味方が点を取ってくれなければピッチャーは勝てないわけだけれども。

野球見た後そのまま台所でテレビ点けっぱなしにしていたら、たまたまNHKで先日日記に書いたばかりのオグリキャップの最後の有馬記念の特番をやってた。イナリワン、スーパークリーク、ホワイトストーン、リアルバースデー、メジロアルダン……。懐かしい。あのころはよかった。

今日の煙草は20本。母の調子は相変わらずだが、基本的に元気がなく、やれることが日増しに減っているような気がする。


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マイナーチェンジ

park

今日も起きたのは9時近かった。昨夜寝たのが3時だからしょうがない。予報では晴れということだったが、確かに雨は降らなかったけれどどうにもすっきりしない天気。風が吹いて気温は低い。すっかり寒くなった。もう11月か。

夜、久しぶりにnovelsのページをいじり、ついでにここのメニューバーもプルダウンで表示できるように変更。ようやっと口座さらしたけれど、誰も振り込まないであろうことは分かっている。何もしないよりはマシという程度。

今日は月頭から業務で大敗。落ち込む。しょうがないなあ。状態に突入したわけではないのだけれど。

母の状態は悪くもならないがよくもならない。今朝は失禁していた。今日は昨日盛んに言っていたタッパーウェアがどうのは言わなくなったけれど、夜寝る前になって、パジャマがちゃんと着れていないと言ってきかない。一日の中で微妙に言動はブレる。

前述の大敗のせいで、僕自身も不安定だ。やっぱり夕方ソファで昼寝してしまう。最近、まったく安定剤が効いている感じがしないのだけれど、かといって頓服でもう1錠飲む気にもなれない。最近はずっと睡眠薬を飲み続けているし、これ以上薬を増やすとベンゾジアゼピン系の離脱症状が気になる。

今日の煙草は21本。相変わらず、楽しみというものが見出せないので煙草を吸うことばかり考えているし、1本吸うとどうしてももう1本吸いたくなる。もうホントに煙草1本吸う時間が短すぎる。15分ぐらいもたないかなあ。これがマリファナだったらこうしょっちゅう吸いたくはならないのだけれど。

もう田舎に戻ってきて10ヶ月か。また冬がやってくる。いつごろタイヤをスタッドレスにすればいいのだろうか。どうやらこの分では今年は紅葉も見に行かないで終わりそうだ。今は母が何事にも乗り気でないので。明日のデイサービスもあまり行きたがらない様子なのでキャンセルしてしまった。


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野球

今日も気がつくと野球ばかり見ていた。別に宗旨替えしたわけでもないし、テレビにかじりついて見ているわけでもないのだが。それでも最後のバッターを三振に切ってとってワールドシリーズ優勝を決め、右手の人差指を突き上げる上原にはぐっときたし、楽天の則本が最後のバッターを打ち取ったときに思わず拍手なんぞをしていた。困ったものである。僕はホントに心の底から巨人というチームが嫌いで、あのユニフォームを見るだけで嫌なのだが、上原に関しては彼が日本で投げているころには既に日本の野球をまったく見ていなかったのであまり「上原=巨人」というイメージがない。そもそも、僕は子供のころは巨人ファンだった。「巨人の星」も見ていた。なにしろ、当時野球のテレビ中継は巨人の試合しかなかったのである。アンチ巨人になったのは大人になってから(正確には二十歳のころから)である。あの、勝って当たり前という傲慢さがどうにも我慢ならなくなった。「勝つことを義務づけられている」だの、「盟主」だのという特権意識がはなはだ嫌だ。今日の中継でもいまだにV9がどうたら言ってるし(一体いつの話だ?)、何かにつけて「王者巨人」だのと言っている。ああ嫌だ。大体において、さっきシャワーを浴びていてふと思ったのだけれど、どうして日本の野球チームはいまだに企業名をつけているのだ? 別に「東京ジャイアンツ」「大阪タイガース」とかでいいではないか。ナビスコカップを「Jリーグカップ」と敢えて呼ぶNHKが野球に限ってはヤクルトだの日本ハムだのと企業名を連呼するのはどうなのか。で、なんで日本の野球の応援は皆2拍子なのか。いまだに軍歌を引き摺っているのか。どうして野球の球場だけ戦時中を引き摺っているのか。こういうのを総じて、僕は日本の野球を田舎野球と呼んでいるわけである。

かといって、メジャーリーグがすべていいと言うわけでもない。ニューヨークでメジャーリーグサッカーの中継をテレビで見ていても思ったけれど、とにかくアメリカのスポーツは広告がやたらと多い。多過ぎる。コマーシャリズムにどっぷり浸かり過ぎている。エンターテインメントに徹していると言えなくもないが、あれはあれで違和感を覚える。

朝目が覚めたら8時45分を回っていて、久しぶりに7時間近く寝た。そのせいなのか、久々に今日は朝から抑うつ状態ではなく、気分が比較的よかった。今日の母は台所の流しの脇に置いてあるタッパーウェアに一日中拘っていた。どうも母の固執するものは日々微妙に変化する。いずれにしても統合失調症の陽性反応、被害妄想だろう。それでもトータルでは今日の母はまずまず悪くなかった。業務中、昼過ぎに母の携帯に電話してみると出たし。どうやらタッパーウェアに気を取られて、例の携帯が繋がらない云々まで頭が回らなかっただけかも知れないが、かなりほっとする。3時過ぎに帰宅してみると、少しではあるが昼食も摂っていたし。

今日も夕方にソファで昼寝。抑うつ状態は酷くなかったが、いまだに前向き、生産的な方向には頭が向かない。よって、まだ何も出来ないし、アイディアが浮かばない。

今日の煙草は23本。もちろん、えっちゃんからはいまだに電話はない。当たり前である。

ひっそりとgambling awayを更新。


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オグリキャップの有馬記念を思い出す

なんだかんだ言って、毎晩日本シリーズを見ている。ただでさえ野球かったるくて見れないし、アンチ巨人、アンチ読売の僕が巨人の試合を見ているなんてまったく皮肉としかいいようがないが、というのもやはり母親の様子が危なっかしく、夜は心配で台所で一緒にいるものだから、なんとなくテレビをつけているというわけだ。なんていうか、いまだに野球の「代打の代打」とか「代打の代打の代打」とか、「ピッチャー交代の交代」とかが出来るのは納得がいかないのだが。

そんなことを考えながら夜中にシャワーを浴びていて、なんのスポーツが一番スポーツらしいのだろうなどと考え、で、思い出したのはオグリキャップの最後の有馬記念なのだった。なんていうか、スポーツの醍醐味ってああいうものだよなあと思う。あれはまさに奇跡を見た思いがしたが、そこにはなんのごまかしもなく、単に能力を出し切るとかそういうことだけでもなく、駆け引きとか、必然と偶発とか、あらゆる要素が詰まったものだった。もう競馬を止めて10年以上になるけれど、あれを思い出すとまたやろうかなあなどと思う。が、正直馬券を買うのはめんどくさい。だがあのレースを奇跡として見るためには、オグリキャップのレースをずっと見続けていることが必要だった。僕はあのレースの馬券を外したけれど、見ていて涙が止まらなかった。

母は心配ではあるけれど、昨日休んだので今日は業務に行った。業務に関してはgambling awayを更新しておいたので、そっち参照。

で、例によってソファで毛布を被って寝ようとすると叔母が訪ねてきて、すきやきを作っていった。そんなわけで夕飯はすきやきだった。

結局、今の精神状態では無理と倉橋由美子「聖少女」は断念、阿部和重の「□( しかく)」を読み始めた。これは案外と読める。かなり無理がある話ではあるが。それにしても改行し過ぎ。普通に書いたらもっと全然薄い本になっていたと思う。最近になって阿部和重は極端に文体が変わった。

今日の煙草は23本。相変わらず吸いたくてしょうがなくなる。4月からの消費税の値上げを考えるとちと心配になる。が、それはそのときに考えよう。今日も疲れ切っている。


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サイドブレーキ

朝から強烈な抑うつ状態で何も出来ない。何かをすることを頭に思い浮かべただけで、強力なブレーキがかかる。まるで一日中サイドブレーキを引いたままで生きているような感覚。

何もやっていないわけではない。むしろ今日は予定が立て込んでいて、それを淡々とこなし、余計なことまでした。だが、精神的には何もやっていないも同然。本を読む気にすらなれない。したいことが何もない。頭に浮かぶのはただ煙草を吸うことだけ。

結局、母を入院させる決心はつかなかった。それはただのモラトリアムかも知れないし、昨日の日記に書いたような悲愴な決意なのかも知れないが、たぶんそのどちらでもない。僕はただ、感情や気分といったものに流されているだけだ。

昨夜寝たのが遅かったわりには、朝7時半に目が覚め、奇跡的にゴミを出すことが出来た。10時に町内の資料担当者がやってきて、来月からうちの先祖の展示を町の施設でやるということで、書斎にあった小さい木の彫りものとか、彫刻の下絵とかを持って行った。それから電話が鳴って、父の葬儀にも出てくれた、僕が中学のときに好きだった子のお母さん(かつて弟の担任の先生だった)がやってきた。帰り際に、よせばいいのに僕は自分の携帯の電話番号を書いた紙を渡して、娘さんに気が向いたらかけてくださいと言っておいてくださいと頼んでしまった。これが余計なことだ。なにしろ、彼女、えっちゃんとは学生時代、彼女が下北沢に住んでいたころに何度かお茶を飲んだりしたが、その後彼女は地元のテレビ局に就職し、お互いに30を過ぎてから僕が帰省する折に近隣の喫茶店でデートのようなことをしていたのだが、ある日、僕は重大な告白のつもりでえっちゃんに「あと2年待って欲しい」と言った。今となっては何故2年なのかさっぱり分からないし、彼女も「2年……?」と絶句したが、あれからもう20年も経っているのである。かかってくるわけがない。しかし僕はしばらくの間、家にいる間も携帯を肌身離さず持ち歩いて携帯が鳴るのを待ち、ディスプレイに見知らぬ番号が表示されるのを待つのだろう。まったく愚かだ。なまじっか彼女がいまだに独身であることを知ってしまったのがそもそも余計だったのかも知れない。別に初めて恋をした中学生のように胸をときめかせているわけではないが(そこまで愚かではない)、現在この町に住むかつての友人の中で、自分をさらけ出せるとすれば彼女しか思いつかないのだ。それに、これはかなわないことが分かっている不毛な恋心に限りなく近い。ただ、それが何処か凄く遠いところにあるだけである。とてもとても手が届かないような遠いところ。たぶん、この地球上にはもはや存在しないところ。僕に分かっているのは、それが「かつて」存在していたということだけである。

午後はまず福祉施設の人が来て、デイサービスの予定を置いていった。このときまでまだ僕は歯切れが悪く、母は入院するかも知れないのでまだ予定は分からないと告げた。2時ごろには証券会社の人間がやってきて、母の豪ドル建ての社債を解約できるように、母に委任状を書いてもらった。

3時には母の病院。珍しく行ったらすぐに呼ばれた。今日は僕の集中力がなく、医者の言っていることの半分ぐらいしか聞いていなかったが(隣の看護師の詰所がうるさかったせいもある)、どうやら医者はまた入院を勧めていたようでもあるが、結局また薬が増えた。僕が効果がなく、悪い方に安定していると言ったにも関わらず、リーマスが1錠増えてさらにデパケンという、スタビライザーばかり。どうにも意図の分からない処方だが、医者が言うには母の状態は薬と関係がなく、病状の変化であるということなので、またよくなるのを待つしかないようだ。

処方薬局で薬を受け取り、最近母が髪が伸びたと気にしていたので帰りがけに1000円カットに寄り母の髪を切ってもらい、その足でガソリンスタンドでガソリンを入れ、スーパーに寄って夕飯の買い物をした。

忙しい一日である。しかし、僕は本当に何も出来なかった。今日はソファで寝ておらず、証券会社の人間が来る前に椅子でうとうとしたのと、夕飯前に台所の椅子を2つ並べて少々寝たぐらい。何故か今日はまともに寝ることすら出来ないという気がした。

今日の煙草は22本。ホントに本を読みたいという気持ちが湧かない。どうしたらいいのだろう。昨夜、評判の高かったU-17日本代表がベスト16でスウェーデンに敗れてしまったのにもかなり気落ちした。こんな何も出来ない気分のままで眠れるのだろうか。かといって、何をしたらいいのか分からないまま、今夜もずるずると起きているのだろうか。

いつか、電話は鳴るのだろうか。


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