ミッドナイト・イン・パリ

1月1日、月曜日。

何故か9時22分という比較的まともな時間に起床。先週の予報では確か元日は雪だったような気がするが、雪は降らなかった。起きてみると年賀状が届いていた。それも予想外に多く。何しろ年賀状は2枚しか書いてない。チェックすると返事を出さなければならないのが4枚。後は母宛て。一枚、5年前に亡くなった父宛てのものもある。いずれにせよ年賀はがきを買いに行かなければならないし、寺に御年始を持って行かなければならない。寺には毎年午前中に行くのだが、今年は10時から祈祷会をやるということだし、11時過ぎに寺の前まで来たら駐車場が一杯だったので諦めた。で、そのまま業務に行った。元日から業務。しかし、天皇杯決勝のキックオフまで、他にすることが思いつかなかった。

すると、案の定比較的ツイていた。最初に引いたのはカスだが時短で引き戻して9連、その後5連。2万発を超えたところで帰途に就く。帰りがけにコンビニに寄って年賀はがきを5枚、普通のはがきを一枚買ったが、年賀はがきよりも普通のはがきの方が10円高いということを知らなかった。それから寺に寄る。途中の道すがら、この町に一軒しかない本屋が閉店して貸店舗になっていて驚く。午後なので寺では玄関先で御年始(3000円)を渡しただけ。

帰宅後、ちょうどキックオフになった天皇杯決勝、セレッソ大阪対横浜Fマリノスの試合を茶の間のコタツに入って見始めたのだが、コタツで観戦というのはきつい。横浜が先制したところは見届けたのだが途中で眠くなって寝てしまい、目が覚めると前半が終わっていた。なので、コタツで見るのは断念して後半は台所で見る。延長戦の結果、セレッソが2-1で勝って優勝。だがどっちでもいい。

夕方、買ってきた年賀はがきにネット上で拾ったデザインを印刷して、宛名書きもワードでやろうとするが久しぶりなのでてこずる。それに、普段月に一度クレジットカードの明細をプリントする程度なのに何故かシアンとマゼンタのインクが切れて交換。納得いかない。

印刷にてこずっているうちに母のところに行くのが遅れた。一枚だけ、母の友人への年賀状を印刷して、宛名は僕が書き、母に名前とあいさつだけ書いてもらう。で、帰りがけにポストに投函。

夜はアマゾンのプライムビデオでまずアリエル・ヴロメン監督「THE ICEMAN 氷の処刑人」を見た。まあタイトルから分かるように実在した殺し屋、ククリンスキーが逮捕されるまでを描いた映画だが、正直後味が悪く、元日に見るような映画ではなかった。まあ殺し屋の映画だから。それで口直しに久しぶりにウディ・アレン監督の映画を見た。「ミッドナイト・イン・パリ」。

それはともかく、毎年悩むのが初夢がいつの夢かということだ。元日なのか二日なのか。そもそももう日付の上では二日になっているから、昨夜の夢が元日の夢になるのだろうか。とすると、こういう夢だ。

初夢にはいくつかの説があって、元日でも二日でもよさそうだが、僕の夢の傾向からして道に迷う夢を見る確率が非常に高い。ウディ・アレンの映画の主人公はパリで道に迷ってロマンチックな時代にタイムスリップしてロマンチックなハッピーエンドになるが、果たして自分はどうなのか。無駄かもしれないが例年のように宝船(実は帆掛け船)を折って枕の下に置くとするか。つまり、そういうところだけはロマンチックなのだ。

しかしなんだろうな、道に迷う夢をむしろ見たいと思うとは。

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除夜

12月31日、日曜日(→1月1日、月曜日)。

これは2017年の大晦日の日記ではあるのだけれど、年が明けたのでここはやはり、あけましておめでとうございます。いまさらながら、除夜の鐘って年をまたぐんだなと。なんだかさっきからゴンゴン凄い勢いで鳴っております。なんかテンポ速くて、本当に住職が突いているのかと。忙しない。

なんだか年が明けてから大晦日の日記を書くというのは、まったくもって気分的にいまさら感が凄い。なんつーか、新年の気分に水を差すような気が。

(と、ここで忘れないうちにカレンダーを新しいものに取り換える。)

かといって新年の抱負というものも特になく、強いて言えば大晦日も業務で無茶苦茶ツイていなかったので、確率が確かに収束するのであれば今年(2018年)はツイていなければ辻褄が合わない。もちろんツキがないというのはよろしくないことなのだが、かといって一概に悪いこととも言えず、特に後悔するというようなことではない。運不運やツキというものは自分でなんとかできるものではないから。例えば業務に関していえばひたすら場数をこなすしかない。つまり、バカボンのパパ的に、それでいいのだ。

おっと大晦日の日記はというと、今日は天気予報どおり雪は降らず、雪かきをせずに済んだ。前述の業務に行った以外では、大掃除というものは出来ないしやる気もないのだが、常日頃掃除というものをほとんどやらないので、相対的に「普段よりは大掃除」という感じで玄関と廊下、台所に掃除機をかけて、テーブルの上を少々片付けて、流しの周りを少々掃除というか片付ける。それから常々捨てようと思っていた使い終わったシャンプーの容器とか、缶詰の缶とかをごみ箱に。要するにそれぐらい毎日とは言わないが毎週ぐらいやれよ、ということなのだろうが。

6時半過ぎに母のところに行って、いつものように手を取ってホールを2周歩いて、それから一緒に紅白を見た。というか、母はほとんど目を瞑っていて見てない。帰宅後、蕎麦を茹でて年越し蕎麦で夕飯。だが案の定物足りなく冷凍庫にあった鳥のから揚げもチンして食べる。なんとなくずっと紅白をつけていたのだが、ただ椎名林檎が見たかっただけで、それまでの珍妙な恰好をした連中が歌ったり踊ったりするのを見ているのはことのほか馬鹿らしく、2017年最後の時間をいたずらに消費している感。で、肝心の椎名林檎はトータス松本とのデュエット(そうだった。忘れてた)でがっかりして紅白に見切りをつけてテレビを消す。で、清水潔「殺人犯はそこにいる」に酷似しているというアマゾンオリジナルのドラマ「チェイス」を2話分見る。ということをツイッターで呟いたら、清水本人にリツイートされてもう年が変わろうという頃合に凄い勢いで自分のツイートがリツイートされてなんか微妙。昔は風呂の中で年を越すことが多かったが、今日は年が明けないうちに風呂に入る。で、除夜の鐘が微妙に忙しないテンポで鳴るのを聞きながら、煙草を一服して年をまたいだ。

そんなわけで昨年(2017年)はなんかしらツキがない印象だったので、今年(2018年)はツイてるはず。お願いします。鋭意努力。

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平成

12月30日、土曜日。

これは30日の日記だけれど、恐らくというか間違いなく今年書く最後の日記になるだろう。明日の日記を更新するころには年が明けているだろうから。

昨夜年賀状を書いていて「平成三十年 元旦」と書いて、そうか来年は平成三十年なのかと。今夜はレコード大賞のような無粋なものは見ずに、YouTubeでイカ天の特番の動画を見ていた。イカ天、つまり「いかすバンド天国」は平成元年に始まって平成二年に終わっていた。記憶に残っているバンドのほとんどが最初の一年、つまり平成元年に出演したバンドだった。ということはもうほぼ三十年前ということになる。三十年。平成元年は天安門事件とベルリンの壁が崩壊した年だ。

1989年。僕は業界の現場に入って四年目、休みは月に2日あればいい方、毎日深夜までスタジオでレコーディングの日々だった。もっとも、そのスケジュールを組んでいるのが僕自身だったが。イカ天は当時のボーヤ(ローディ)に教えてもらった。ギターの北島健ちゃんとかが審査員でボロクソ言ってて面白いと。で、毎週スタジオのロビーで見ていた。まだバブルのころだ。考えてみると、あのころは一番面白かった。表参道の青山通りを走っている車はベンツとかサーブとか外車の方が多かった。そして、その車よりも威力を発揮したのは白紙の領収書だった。僕はタクシーと蕎麦屋の領収書を一冊ずつ持ってた。打ち合わせで落とすために昼食はわざわざ高い店に入った。毎晩深夜2時3時までスタジオでレコーディングして、それから新宿や渋谷のテレクラに行って、明け方に見知らぬ誰かと待ち合わせた。今考えると途轍もなくパワーがあった。何もかもが面白いと思える時代だった。もう一日が過ぎるとそれから三十年なのか。明け方の駒沢通りのデニーズも、世田谷通りのロイヤルホストも、環八のイエスタデイもプレストンウッドも、遥か遠くに過ぎ去ってしまった。

当初は今年を回顧しなければと思っていたのだが、気がつくと平成という時代が始まった三十年前を今日は思い出した。毎日が必死だった。無茶苦茶やってた。それから三十年後の今は、真っ当にならなければと必死になってる。だがたぶんそれももう手遅れ、土台無理なんだろうな。今日も業務に行った。で、唖然とするほどツイていなかった。相場も試行錯誤を繰り返して負け越し、なんだか今年はツイていた日が数えるほどしかなかったように思える。その中でも久しぶりに東京に行った三日間はツイていたのだろう。結果的にその三日間が今年で一番楽しかった。

それにしてもバブルのころのあのそこら中に幸せが充満していた感じ、あれは一体なんだったんだろう? バブルというぐらいだからただの見せかけだったのだろうか。しかし、果たして見せかけだけの幸せなんてあるのだろうか? なんだかいいことがどこにでも転がっている感じ、それはまさしく幸せだったんじゃないだろうか? 考えてみればそれを二十代後半という時期に体験できたというのは、やはり幸運だったように思えてならない。

中古車を買って、深夜の駒沢通りを、246を、環七を、湾岸道路を走り回っていたあのころ。それが例え深夜の3時過ぎであっても、僕は並々ならぬ期待にいつも胸を膨らませていた。詰まるところ、三十年前はまだ何かに期待できる時代だったのだ。

それがどこをどうしてこうなったのか。うつ病になって、震災が来て、癌になって、父が亡くなって、北朝鮮が核実験やミサイル実験を繰り返すようになって。今がとりわけ不幸だと思っているわけではない。三十年前にはネットがこれだけ普及していなかった。スマホなんてなかった。それに久しぶりに訪れた東京は、店員がガイジンばかりで何語が分からない言葉が飛び交う不思議な近未来の街になっていて、それはそれなりに何かしら面白いもの(それが何かは分からない)を孕んでいた。田舎に住んでいるとそういう変化はない。平和といえば平和、そろそろ実家に戻って5年になるが、毎年毎年同じように一年が過ぎていく。本当に何も変わらないように。そして、その中で自分だけが迷走している。三十年前にテレクラで見知らぬ女の子と待ち合わせして深夜の湾岸道路を期待と不安に胸を膨らませて走っていたとき、考えてみればあのときだって迷走していたのだ。

幸せであるように、心で祈ってる。(FLYING KIDS「幸せであるように」)

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アイム ソーリー、ママ

12月29日、金曜日。

今週に入って連日一度目が覚めてから二度寝して起きているので、確かに夢を見ていたのに起きるころには曖昧になってほとんど忘れてしまう。今日もその例にもれず、10時10分起床。驚いたことに午前中は日が差していてほとんど晴れており、雪は降っていなかった。それどころかむしろ玄関先は融けていた。なので、雪かきもやり残していた車庫前の一部だけ。

朝食後の珈琲を飲んで一服していると、アマゾンから新しいスマホが届いた。確かにお急ぎ便だったけれど、この大雪の中、一昨日の夜注文して今日の午前中に届くとは。開けてみるととにかくデカいのでこれまた驚いた。しかし考えてみるとこれまで使っていたのが5年前に買ったiPhoneの4S、要するに5年の間に自分が時代遅れになっていたことに気づく。1時間ほどかけてWiFiの設定を済ませる。指紋認証の登録も無事完了。とにかく動作が速い。サクサク動く。指紋認証も瞬時に反応するし。CPUがCORE i3のノートパソコンよりスマホの方がずっと速いというのは。これはつまり今まで使っていたiPhoneがいかに遅かったかということでもあるのだが、まさに自分が時代に乗り遅れていた感。一日あれこれと触っていて、結局夜になるころには最初は新しいスマホをとんでもなくデカいと思ったのに、これまで使っていたiPhone4sがとんでもなく小さいと思うようになった。


今日届いた新しいスマホ。25000円也の中国製androidだが動作はめっちゃ速い。10万とか出してiPhoneを買う人の気が知れない。

前述のように昼頃までは日が差していたものの、結局は午後から雪。新しいスマホをあれこれいじっているうちに出かけそびれたので、静観しようと思っていた相場も今年最後の今日、午後になってちょっとユーロドルをロング(買い)してみた。しかしながらさすがに年をまたいでポジションを持つ勇気はなく、5時過ぎに利確。ところがまったくもって案の定というか、その後50ピップス以上も上がったのだった。唖然。ポジション3つ持ってたから150ピップス取れたのに……とか言いたくなるが、なんていうかまさしく今年のトレードを象徴しているように思えた。

午前中晴れて雪が融けかかっていたとかいうものの、6時半に母のところに向かうころには道路は圧雪路ががんがんに凍っており、ガタガタで危ないことこの上ない。実際のところ、夜中になってから年賀状を2枚ばかり書いて深夜0時過ぎにポストに出しに行ったのだが、道はがっちがちに凍っていて既に根雪状態で、これでは除雪車が入ってもどうにもならないだろうと思った。

そんなわけで桐野夏生「アイム ソーリー、ママ」読了。

まあ最初から飛ばし過ぎというかやり過ぎなのは明白で、登場人物の苗字に狐とか猿とか牛とかが登場するところをみると意図的にある種の寓話としてデフォルメしていたのかもしれない。それにしても悪ノリし過ぎだろうという感じは否めなかったけれど。小説とはいえいくらなんでも変な人物が出過ぎ。まともな奴は一人もいないのかという感じがするのは、主人公を怪物として描くのにはかえってマイナスになると思うのだが。

ともあれ、今年も残すところあと二日、大掃除は無理としても片づけぐらいはしなきゃならないだろうな。それと毎年年末にfragmentsに書いているその年の総括も今年はどうしようか。

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蘇る金狼

12月28日、木曜日。

昨日は一日中吹雪だったが、今日はある意味昨日よりも酷かった。

8時50分に目が覚め、起きようとしたところでワープして10時26分起床。ワープし過ぎだと思うのだが……。台所に行ってブラインドを上げると外は相変わらず雪が降り続いていた。で、見るからに昨日の倍ぐらい積もっている。窓際の木は樹氷みたいになってた。朝食後の雪かきが大変だった。

15分でも疲労困憊するのに、35分は我ながらもった方だと思う。もちろんへろへろに。真面目な話、後期高齢者になったらこれ無理だなと。そもそも現在の体力が後期高齢者並みなんだけど。

雪はときおり小止みになったりはするものの、すぐにまた降り始めるし何しろ思い切り積もっているのでちょっと小止みになったくらいでは何も効果はない。いつまで降り続くのか分からないので、とりあえず車が出せるうちに買い物に行ってこようとスーパーに買い出しに行く。道路という道路は圧雪路になっていて滑るしハンドルを取られるのでスピードはまったく出せない。そんなわけだから買い物から帰ると今日は業務に出かけるどころではなく。よって、今日も静観しようと思っていた相場だが一応想定はしておいたので午後なんとなくポジションを取ってしまった。それはいいのだがよろしくないのは想定とは逆、つまり逆張りになってしまった。で、予想以上にドル円がずるずると下がって買い下がる格好に。含み損を抱えたまま夕方二度目の雪かきを玄関前だけ済ませて、母のところに早めに行ってくる。ところが、表通りに出ようとするとなんとこんな時間に除雪車が入っていて、道幅一杯に雪の塊が。しょうがないから車でなんとか乗り越えたが危ないことこの上ない。なので、帰りは逆側から回って帰った。吹雪いてないだけで道はがちがちに凍っていてもうホントに冬のアラスカと変わらない。

帰宅後、二度の雪かきが効いたのか腹が減ったので早めに夕飯を済ませ、ドル円がちょっと戻ったところで損切り。ところがあまりにもよくあるパターンだがあと10分待っていればプラスに転じていた。っていうか今チャートを見たら深夜0時半まで引っ張れば結構プラスになってたじゃないか……。

それはともかく、夜台所から書斎に移動して、昨日完璧に死んだはずのiPhone、カバーも外して机の上に置いてあったのを何気なく電源ボタンを押してみると、充電が切れた乾電池のマークがディスプレイに浮かび上がった。えっ?と思って慌ててUSBケーブルでPCに繋ぐ。しかし充電している気配がなく、やっぱりダメなのかと思いながら繋いだまま電源ボタンを押すとやはり乾電池のマークが。それでUSBを繋いだままにしておくと、林檎のマークが出てPCが認識した。充電が始まっていたのだ。つまり、直ったというかどうやら充電が切れていただけらしい。唖然。もう新しいスマホ注文しちゃって明日届くというのに。これはとんだ早合点だったか、と思ったものの、よく考えてみるとこのiPhone(4S)、ソフトバンクでしか使えない奴だしそもそも型が古すぎて使えない機能も多いので、来年4月に乗り換える時期になったらどうせ買い替えるしかないからま、いいか、と思い直す。しかし明日新しいスマホが届くとガラケーも合わせて携帯を無駄に3台も持っていることになる。もちろん電話として使えるのは1つだけだが。うーん、しかし昨日は電源ボタンを押そうがUSBを繋ごうが何をしてもうんともすんとも言わなかったのに……。直ったことは一応喜んだ方がいいのか。なかなかに複雑な心境。

ところで、日本気象協会のサイトでこの町の天気予報を見たら、1月6日までずっと雪の予報だった。ホントかよ。これ以上積もったら一体どうなるんだろう? どこかに融けるタイミングはないのか? 唯一降水確率が50%を割っている大晦日は最低気温がマイナス11度(!)になってるし。なんだかこのまま当分雪に閉じ込められそうな気配。

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アラスカ、お陀仏

12月27日、水曜日。

なんだかよく分からないが、日記を書こうとした途端に書くモチベーションがだだっと落ちた。なんだか酷く面倒なことに思えて。そもそも最近はほとんど誰も読んでいないのだ。

9時半に起きようとしてワープして10時42分起床。それでも昨日一昨日よりはましだ。外は朝から凄い吹雪。朝食後に雪かき。15cmほど積もっていてたが驚いたのはシャッターを閉めないでいたら車庫の中の車にまで雪が積もっていたこと。所用時間17分。しかし、道が完全に雪に埋もれているのに何故今朝は除雪車が入らなかったのか。ともあれ、雪かきをしたと言っても吹雪なので振り返るともう積もっている。このまま降り続いたら一体どうなるんだろうと思う。こういう日は大人しく家にいるべきとも思ったのだが、逆に意地でも業務に行ってやるという気になってしまい、吹雪の中を車で業務に。

で、昨日までの不ヅキのお返しのように今日はSTが続いて9000発まで出たのだが、結局そこから5000発打ち込んで諦めるという結果に。それはいいのだが、途中煙草休憩しているときは普通に動作していたiPhoneが帰るころにはまったくうんともすんとも言わなくなってしまった。

で、4時ごろに帰宅すると驚いたことに台所と書斎の暖房がつけっ放しになっていた。ああ灯油を無駄遣いしてしまったと頭を抱えるがそれよりもまずiPhone、USBケーブルでPCに繋いでもまったく認識もせず、電源ボタンを長押ししようが何しようがまったくどうにもなる気配がない。どうやらついに死んでしまったらしい。お陀仏。これは困った。携帯電話としては使っていないものの、デジカメとWiFi端末として使っていたので、特にデジカメとして使えなくなったのは痛い。さてどうするか。

とか言う前に、外が暗くなりかけているので本日二度目の雪かき。しかし実際のところ、雪かきを終えたと思ったころにはもう積もっているのでどうにもならない。6時半ごろに母のところに向かうが、道路という道路はすべて圧雪路になっていて物凄い吹雪なので世界が真っ白で視界が利かない。まるでパーシー・アドロン監督「サーモンベリーズ」に出てくる冬のアラスカみたいだ。これはちょっと洒落にならないと思って、今日のところは30分で帰る。しかしその30分の間に車には雪が積もっている。道路は真っ白でセンターラインどころかどこが路肩かもよく分からないしとにかく前が見づらいので危ない。帰宅後、向かいの人がうるさいと言おうがなんと言おうが委細構わず車庫のシャッターを降ろす。

とにかく今日はずっと物凄い吹雪だった。明日の朝は間違いなく除雪車が入るだろう。さっき風呂に入る前に体重計に乗ったら、二度の雪かきで昨日よりも500g痩せた。この分では明日はもっと痩せそうだ。

で、iPhoneが終わったのでデジカメを買おうかそれともSIMフリーのスマホを買おうかと悩み、いずれにしても来年の4月には違約金なしで解約できるから携帯をガラケーからスマホに替えようと思っていたこともあり、散々迷った挙句にとうとうアマゾンでSIMフリーのスマホをポチってしまった。ああなんという散財。いずれ買おうと思っていたのは確かだが、今のガラケーを解約するタイミングでSIMと一緒に買い替えるつもりだった。しかしながら来年の4月までデジカメがガラケーのカメラだけというのはなんとも頼りなく、かといってデジカメを買うのも無駄遣いという気がして。ともあれ、これで4月からは格安SIMを使って格安スマホに替えるしかなくなった。たぶんこれでいいのだと思うが。

もう年内は相場のトレードをやらないつもりで想定もしていなかったのだが、今日の夕方辺りからなんか普通に相場が動いているぞということに気づき、夕方申し訳程度にスキャルピングを少々。だが所詮やるつもりがなかったので後は静観。もしかしたら明日もやろうと思えばトレードできるかもしれないが、とにかくアジア時間に動かないし、問題は年内どう動くかというよりも年明けにどうなるかという方なので、明日明後日も基本は静観のつもり。

それにしてもなんでこう延々と雪が降るのか。一体いつまで降り続くのか。先日(いつだったか忘れた)の天気予報によると明日か明後日までは降り続くと言っていたような気が。いずれにせよ正月も雪の予報だし、ここまで積もるとちょっとやそっとでは融けない。

とりあえず在りし日のiPhoneで撮った最後の写真を載せておこう。今朝雪かきする前の写真。南無阿弥陀仏。諸行無常。

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再び埋もれる世界、アメリカン・サイコ

12月26日、火曜日。

昨日に引き続き、今日も二度寝して11時28分起床。起きてみると、世界は再び雪に埋もれていた。その上に、外はまるでやけくそになったように物凄い勢いで雪が降っていた。玄関を開けてみると、積雪は10cmぐらい。昨日の天気予報では、朝までの積雪は4cmということだったから、僕が寝ている間に間断なく降って積もったということなのだろう。朝食後の珈琲を飲んで煙草を一服してから雪かき。10cmというのは初級クラスだから所用時間13分。しかし疲労困憊。雪かきが終わるころには雪が小止みになった。

こういう大雪の日は家でじっとしている方がいいのだろうが、午後から業務に行った。わりと確信を持って打ち切ったのだが、あまりにもツキがない。50%の確変を昨日からトータル5回目でようやっと引いたら、継続率80%のSTを無情にもスルー。ここまでツキがないとどうにもならない。

いつものように6時半ごろに母のところに向かうころにはまた雪が降りしきり、雪かきした跡にはもう雪が積もっていた。帰りがけにスーパーに寄って買い物をしたけれど、吹雪、吹雪の氷の世界。帰宅後、スーパーから買ってきた半額になっていた寿司で夕飯。夕食後、アマゾンのプライムビデオで今日も映画を一本見た。

ニューヨークのエリートの退廃を描いているところは「レス・ザン・ゼロ」と似てるなあと思ったら、原作者が同じだった。どうりで。ということは引き出しが少なくワンパターンというべき。

で、なんとなく思い出したのが冬のニューヨークで泊まったホテル、メリディアン。エージェントの手違いで超モダンなスイートに300ドルぐらいで泊まれたのだが、今まで泊まった中でもっとも贅沢な部屋だった。正規の値段だったら一生泊まれないだろう。ホテルで朝食を済ませたあと、カフェで珈琲を飲もうと外に出たらあまりの寒さで顔が痛かったのを覚えている。人生の中で二番目に贅沢な部屋は、ホテルではなくて札幌の郊外にあったファンハウスのスタジオのスイート。ウォーキングクローゼットからリビングからワークスペースまであった。今ではもうないと思うが、バブル期の残滓のような贅沢なスタジオだった。そんな具合に、何故か寒いところで贅沢なところに泊まった記憶がある。

その後は吉田麻也先発のトッテナム対サウサンプトンの試合を途中まで見て、それから森岡先発のベフェレンの試合を見たが、森岡は後半72分に交代。前半に素晴らしいスルーパスが一本、後半にポスト直撃のフリーキックがあったが、今日の森岡は特に後半になって精彩を欠いていた。その次は岡崎先発のワトフォード対レスター。もろもろキックオフが微妙に重なっていて忙しい。

天気予報によると雪は少なくとも明後日までは降り続くらしい。今晩降り続けると明日の朝は除雪車が入るだろう。いずれにせよ三が日も雪の予報だし、結局今年の冬も雪に埋もれることになるのだろう。

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12モンキーズ

12月25日、月曜日。

8時50分に目が覚めて、起きようと思ったのだがちょっとうだうだしたので9時過ぎかと思って起きたらなんと11時35分だった。大荒れの天気という予報の今日は、確かに朝食を食べていると外は風の音が凄かった。今日は明確な意志を持って業務に行き、打ち切って玉砕したのだが、途中車の中で昼食を摂ろうと外に出たら物凄い吹雪になっていてびっくりした。で、不思議なことに4時前に帰宅するころには吹雪は止んで、むしろ雪は融けかかっておりどうやら途中から雨になったようだった。なのでそれほど積もらず。帰宅して台所でツイッターのタイムラインをさかのぼっていると固定電話が鳴り、何かと思ったら歯医者からで、明日の4時の予約なのだが今日の5時にキャンセルが出たのでどうかという話だった。渡りに船という感じでもちろんオーケー、そんなわけで差し歯をまた付け直してもらった。

今日は映画を2本見た。最初はジェームズ・マンゴールド監督「アイデンティティー」。ネタバレになるのでほぼ何も書けないが、アイディアとしては多重人格ものとしてよくあるパターン。「シャッターアイランド」とか。それと同時にブルース・ウィリスが出ている映画でもそんな感じのがあったなと思い出し、「シックスセンス」か「12モンキーズ」のどっちかだなと思い、久しぶりにテリー・ギリアム監督の「12モンキーズ」を見直してみた。すると。

もう本当に打ちのめされてしまった。ラストにジェームズ・コールという主人公の人生すべてが凝縮されていて、以前fragmentsに自分が書いた、人生とは一編の記憶であるという文章を思い出した。何よりも徹頭徹尾皮肉とユーモアに満ちていて、ラストはさながら最大の皮肉でもあるわけだが、それでいてこれほどまでに切ないラストがあるだろうか。圧巻過ぎて完璧に圧倒されてしまった。脚本のデヴィッド・ピープルズ、「ブレードランナー」の脚本家でもあるのだな。未来と過去を行ったり来たりするというモチーフは、映画化もされたカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」(映画化時は「屠殺場5号」)とかにも見られるし決して目新しいアイディアでもないが、それでここまでドラマチックで完璧なラストシーンが書けるとは。それでいて、毎週テレビのドラマを見て涙ぐんでいるほど涙もろい僕が泣けないほどの切なさ。ある意味最後まで悪ふざけであるとも言えるのだが、ここまで完璧なセンチメンタリズムが果たしてあるだろうかという。絶句。動物園から放たれたフラミンゴの群れがビルの間を飛び立つシーンとか、基本ふざけているのだけれど美しい名シーンになってる。まったく、テリー・ギリアムの手腕に舌を巻くしかない。

そんなわけでもう胸が一杯です。

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陸王、あぶない刑事

12月24日、日曜日。

クリスマスイブ。だがそれが一体なんだというのだ?

それにしても7時の寺の鐘で目が覚めたことがないのに、何故鳥の声で目が覚めたのか? 随分と自然に目が覚めた感じがして二度寝には苦労する。

結局は他に思いつかなくて、午前中から業務に行ってしまった。で、久しぶりにツキがなく負け。というのも、ある程度打ち込んだからなのだが、今日のところは結果は伴わなくてもまずまずよい立ち回りをした気にはなる。つまり、やるべきことをやったという感じ。

帰宅後昼寝をしようと思ったがなかなか存外に眠くならず、有馬記念やら皇后杯やらを見てから半ば強制的に昼寝。で、例によって6時半近くに母のところに行く。すると、母はホールの四人掛けのテーブルに一人でぽつんと座って手元をじっと見ていて、まるで何かにじっと耐えているようだった。その姿は、今日のクリスマスイブでもっとも孤独な人のように見えた。つまり、僕なんかよりも母はずっとずっと孤独なんだと。今日は爪切りを持って行って母の足の親指の爪を切った。

母のところから帰宅後、納豆で夕飯。今日が賞味期限だから。それからドラマ「陸王」の最終回を見た。なんていうか、これはどう考えてもこうなるだろうという結末で、予定調和の極致みたいなものなんだけれど、それでもまんまと面白いと思って見てしまうのが不思議。まあある意味ハリウッド映画とかもそうなんだけど、こうなって欲しいという思い通りの展開と結末にはそれなりの快感がある。ただ、この「陸王」だけじゃなく池井戸作品全般に言えるのだけれど、ここまで大企業を悪にする必要が果たしてあったのだろうか。主人公サイドを善とするための悪がどうしても必要なのだろうか。そうじゃなくても同じかそれ以上のカタルシスを得る方法はいくらでもあると思うのだが。

それからアマゾンのプライムビデオで何故かいまさら「あぶない刑事」を2話分見る。リアルタイムで見てないから。これ、音楽が同業の友人志熊なので、なんかいろんな意味でこそばゆい。1986年なのでどんな方向から見てもあらゆる意味で80年代なのである意味しょうがないのだが、80年代AOR大好きな志熊の趣味があまりにももろに出ているのでちょっと見ていてこっちが恥ずかしくなる。デヴィッド・フォスター丸出しのエレピのイントロとか聴こえてくると他人事ながら恥ずかしくて穴があったら入りたくなる。ちなみに僕より四つほど年上の志熊とはこの1986年来の友人なのだが、不思議なことに今に至るまで一度も一緒に仕事をしたことがない。打ち合わせだけなら星の数ほどしているのだが。たぶんそれも同業だからだと思う。会うたびに仕事ちょうだいと言われ続けたけれど、考えてみればそれは僕自身の仕事なのである。このドラマのサントラはコアなファンがいて最近CDのボックスセットが発売されたらしい。当時しんちゃんの愛人だった(と思われる)平塚の下手糞な歌が聞こえてくるとこそばゆくて居心地が悪くなる。中には大学の同級生で学生時代に僕がバックでギターを弾いていた小山水城が歌っている曲もあるはずだが、2話までにはまだ登場しなかった。水城のデビューアルバムのアレンジはしんちゃんだった。しんちゃんと志熊は同級生。まあそんなわけで僕にとってはいろんなしがらみがある音ばかりが聞こえてきて。ああこれ歌っているのはあれで、という具合に。

外は雨が降っている。明日からしばらくは大荒れの天気になるらしい。大雪になるとも。

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エル・クラシコ、ヒストリー・オブ・バイオレンス

12月24日、土曜日。

ほぼ年末の土曜日、それもクリスマスイブの前日などというのは最悪だ。まったくもって何をしたらいいのか分からない。幸いなのは家に篭っていればクソみたいなクリスマスソングを聴かずに済むことだが、夜母のところの帰りにスーパーに寄ると、ローストチキンが並んでいたり無駄にクリスマス色があった。まあ恐らく、クリスマスイブの方がもっと最悪なのだろうけど。ちなみに賞味期限の関係で明日の夕飯は納豆と決まっている。冷凍庫に鳥のから揚げがあることはあるが、一体全体なんでクリスマスに鳥を食べなければならないのか? そもそも毎朝仏壇を拝んでいる人間にクリスマスが何の意味があるのか。

それはともかく。

という具合にただでさえ何をしたらいいのか分からない土曜日に脇腹が痛いなんて最悪だと思っていたのだが、いつものように仏壇にお願いすると不思議なことに腹痛は治まった。ともあれ、これは早めに医療保険に入っていた方がよさそうだと思う。つまり病気になってからでは遅いというか入れない。

することが思いつかないので業務に行ってみるが、どうも格好がつかない。勝ち逃げは出来たものの、昔からの習慣でどうしても持ち玉で打たなければという強迫観念みたいなものがある。で、結局勝ち分を打ち込んで終わり。というか、少なくとも今日のところは打てるクオリティになかった。正直、持ち玉もへったくれもなかった。

帰宅後天皇杯の準決勝を見始めるが、眠くなってしまい夕方になって昼寝。母のところから帰宅後夕食。それからエル・クラシコ、つまりレアル・マドリード対バルセロナの試合をDAZNで見た。これはある意味W杯の決勝よりも恐らくレベルの高い試合。前半はレアルが優勢に試合を進め、マンツーマンのディフェンスが効を奏してバルサになかなか決定機を与えない展開。それが後半になってバルサが見事な崩しから先制すると、試合は一変してバルセロナの一方的な展開になってしまった。よく「鹿島る」というが、リードしてからのバルサのボール回しは凄いとしか言いようがないレベル。いいようにボールを回されてレアルは手も足も出ない状態に。結局、0-3というスコアでバルサが勝った。終わってみるとバルセロナの強さだけが際立つ。

その後、夜も更けてから昨夜から見始めたデヴィッド・クローネンバーグ監督「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を最後まで見た。

という具合に、暴力シーン以外は実に凡庸な演出で無駄なシーンばかりが目立った。これがアメリカの評論家から絶賛されたというのだからよく分からない。平和な夫婦の生活を見せるのになんで延々とセックスシーンを撮るのか、その辺のアメリカ人の感覚がよく分からない。

さて、明日はとうとうクリスマスイブだが、今日よりもっと何をしたらいいのか分からなくなってしまった。今日の経験から業務へのモチベーションも皆無になり行くだけ無駄な気がする。はてさて。

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