停滞感による閉塞感、あるいは閉塞感による停滞感

3月29日、水曜日。

停滞感による閉塞感、あるいは閉塞感による停滞感。にわとりが先か卵が先か的な。久しぶりに抑うつ状態による(と思われる)指先の痺れが復活。具体的に何がどうというものがあるわけではなく、漠然としたストレスがある。そのせいでちょっと便秘気味。あれもストレス、これもストレス。

まず起きたのが遅過ぎた。10時58分。ほぼ11時。これではなあ。朝食の1時間半後には昼食という、食生活までリズムが悪くなる。今日は夢を覚えている日だった。

しかしまあどうでもいい夢である。というか、大抵の夢はどうでもいい。台所で朝食を摂りながらツイッターのタイムラインをチェックしていると、寝ている間にドル円が111円を超えていた。これは想定外。それですっかり相場が分からなくなってしまった。実際今日の相場は難しかった。たぶん早く起きていても同じことになっていただろう。これだから年度末とか月末とか嫌い。そんなわけで、今日の停滞感の一番の要因は相場がよく分からなかったということだと思う。正直手が出なかった。いや、ちょびちょびと恐る恐る手を出したことは出したんだが、ほとんど何もしていないのと一緒。

相場があまりにも手が出ないのと、起きた時間があまりにも遅かったので何をするにも中途半端になり、パンの昼食後に銀行に行くついでに業務に行ってみた。相変わらず釘的には完全に煮詰まっている。それでも少しばかりの結果は出したが運頼みなのですっかり嫌になる。

帰宅後からちまちまと相場のポジションは取ったものの、結局運任せの業務とやってることはさして変わらず、ますます停滞感と閉塞感が増すばかり。なんかこう、じわーっと嫌な感じで焦燥感が身体の中に渦巻いている感じが抜けない。実際今日の自分は何もやっていないという感じがする。で、だからといって何をすればいいというものも見つからないというか分からない。

こういうときは何をやっても上手く行く気がせず、母のところに行って母の足を10分マッサージしたらバテた。人に自慢できるくらいの体力のなさ。つくづく嫌になる。マッサージでバテてベッドの脇で舟を漕いでいる自分がいる。

そんなわけだから帰宅した夜もうじうじーとしたまま時が過ぎる。なんていうか、手探りで生きてる感。ウジ虫感。やっぱり早く起きるところから始めないとダメかなーと思う。朝起きられないと一日のリズムがすっかり狂う。あと体力。また散歩でも始めるかな。ホントは筋トレが必要な気がするけど。

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まったく火曜日感がない

3月28日、火曜日。

どういうわけか今日も朝6時半に目が覚めた。それも比較的すっきり目が覚めるのである。今にして思えば今日は燃えるごみの日だったので、そのまま起きてごみを出してもよかったなあなどと思うものの、さすがに睡眠時間が3時間台では到底その後もたなかったと思う。というわけで当然の如く二度寝をして10時前起床。今日は夢をすっかり忘れてしまった。

一応7時間ぐらいは寝ているはずなのに、朝食後相場の想定をした後眠気が襲ってきて結局昼寝。なので相場のトレードは昼食後から。

今日は火曜日なのだがまったく火曜日感がない。週末かあるいはせいぜいが水曜日ぐらいの感覚。なんでかというと夜にサッカーの代表戦があるから。それで母のところにも早めに、4時ごろに行く。夕食後、W杯予選日本対タイ、キックオフ。

先発は前回のUAE戦から負傷離脱した大迫と今野のところを岡崎と酒井高徳に入れ替えただけ。ただシステムは4-3-3から4-2-3-1に戻す。結果だけ見ると4-0と文句のつけようがないのだが、内容はおよそ酷いものだった。とにかく中盤から後ろのビルドアップが全然できない。4-2のところがホントに酷かった。ただビルドアップできないだけではなく、ミスを連発して相手ボールにしてしまう。内容はむしろタイの方がよかった。実に不思議なことに決定力の差がスコアにそのまま出てしまった。タイ側から試合を見ると、いい感じで攻め込んでいるのに一向に得点できない。決定機も川島のビッグセーブに防がれてしまう。挙句の果てにはPKも止められる。これはどこかで見たことがあるなと思ったら、かつての日本がそうだった。チャンスを作れど作れど点を取れないという。逆に日本側から見ると、ろくに組み立てもできない酷いサッカーをしているのに何故か簡単に点が入る。えっ?っていうぐらいにあっさりと点が入るという実に不思議な展開。まあ今日の試合は4点のうち3点はほとんど久保が一人で決めたようなもので、正直久保がいなかったらどうなったか分からない。原口も出来が悪かったし。(HSVでボランチをやっているとはいえ)酒井高徳のボランチも機能しなかったけれど、それを言うなら山口蛍の出来もおよそ酷いものだったし、森重、酒井宏樹はミスを連発して目を覆わんばかり、長友の劣化も明らかだった。得点を決めた岡崎もそれ以外は消えている場面がほとんど。途中から入った本田は今の代表のプレースピードではない。遅過ぎる。なんていうか、大迫と今野の二人がいなくなっただけでこんなにも酷いサッカーになるのかということに唖然とした。もちろん長谷部もそうだけど。今日勝てたのはラッキーだったと思うしかない内容だった。

そんなわけだから、スコア上は大勝したにもかかわらず実にすっきりしない。内容と結果がここまで乖離した試合も珍しい。次が6月と間が空くのが幸い。個人的にはセンターバックは森重じゃなくて昌子を使ってくれよと強く言いたい。一体いつになったら使うのだろう。それと長友はもう以前の長友ではない。現時点では両サイドバックが日本の弱点になりつつある。ウッチーは6月に間に合うのだろうか? もうちょっとこれは、というサイドバックはいないものか。

それはそうと、夜になって日本コロムビアがフェイスの完全子会社に、というニュースを見てびっくり。日本で一番古いレコード会社なのに。とうとうそういう時代になったのか、という感じ。

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それは相対的には理屈にかなっている

3月27日、月曜日。

昨日はさすがにいつもより少々早く寝た。そのせいなのか、朝6時半に一度目が覚めてトイレに行った。わりとすっきりと目が覚めたのだけれど、いくらなんでも早過ぎると思って二度寝して8時46分起床。昨日の暴力的なまでの疲労感は今日になってかなりマシになった。

以前も書いたことがあるけれど、朝起きた時間を手帳に書き込むので、目が覚めるとまず時刻を記憶して、それを台所に行って手帳に書くまで覚えておく必要がある。大概の場合、そのせいで夢の内容をすっかり忘れてしまうことが多いのだけれど、たまにかなり鮮明に覚えているときがある。それは夢の内容がどうこうというよりも、その日によってということみたいだ。それで、今日は夢を覚えている日だった。不思議なことに最初に目が覚めるまで見ていた夢と、二度寝してから見た夢の両方を覚えていた。

ここでは六本木と書いてあるが、これはいつも夢に出てくる六本木とも渋谷ともつかない街。勾配があって高低差があり、そういう点ではどこか麻布辺りのような感じもするし、かと思うと地方都市のようだったり。そして街の雰囲気自体も今のようだったり昭和のようだったりする。なんで荻野目洋子が出てきたのかというと、たぶん昔「六本木純情派」という曲をレコーディングしたときに会ったからだと思う。そこそこヒットした。正直言って荻野目はむすっとして感じ悪かった。メディアが取材に来た途端に作り笑いを浮かべたので余計印象がよくない。

日中はちまちまと相場。午後になって相場のチャートを見ているうちに眠くなり、今日も小一時間ばかり昼寝してしまった。相場があまり動かないから眠くなるのだけれど、大きく動くときは意識がない。まあなんというか、それは相対的には理屈にかなっている。

冒頭にも書いたように、今日は座っているだけで疲れるとか、背中や腰が痛いだのへったくれだのということはなかった。そこから察するに、どうやら絶望的に体力がないというわけではなさそうだ。もしかしたら昨日は風邪気味だったのかもしれない。

ところで、とっくにお気づきだと思うが、数日前から日記のタイトルが長くなっている。これは単純に文中から引用しているからで、今読んでいる村上春樹の「騎士団長殺し」で章題を章中の文章から抜き出しているのをそっくりそのまま真似している。「騎士団長殺し」自体はまだ第1部の途中で果たして面白いかどうかはともかく、この文中から抜き出してタイトルにするのはいいアイディアだと思った。何しろタイトルを考えなくて済む。今まではまずタイトルを書いてから日記を書いていたので、日記を書く以前にタイトルが思いつかなくて5分10分煮詰まるということがよくあった。そこで苦肉の策として考えたのがそのときに聴いている曲名を日記のタイトルにするという作戦なのだが、如何せんこの場合は日記の内容とまるでリンクしないという欠点がある。そんなわけで数日前から、日記を書き終わってから抜き出してタイトルにしている。これは楽。ただし長くなるのが難点と言えば難点。

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風邪をひいて疲れるという話はあまり聞いたことがない

3月26日、日曜日。

一体何がどうしてこうなったのか、今日は闇雲に滅茶苦茶に疲れていて、真面目な話身体が16トンぐらいある。椅子に座っているだけで疲れる。背中が痛い。まるで腎臓を患っている人のように、尋常じゃなく疲れている。風邪でもひいたのだろうか。しかし風邪をひいて疲れるという話はあまり聞いたことがない。が、もしかしたら風邪をひくと疲れるのかもしれない。とにかくこの状態が一週間も続くようなら、過労死してしまうか全身が疲労骨折してしまうのではないかと思えるほどだ。

一体今日はどこからこの体調の悪さがあったのかと自分のツイートをさかのぼると、どうやら朝起きたときからそうだったみたいだ。ちなみに朝はこんな夢を見て起きた。

というツイートをした後、

とつぶやいている。つまり今日は朝から身体が16トンあったわけだ。

あまりにも身体が重くて昼頃にとうとうギブアップ、ベッドに潜り込んで寝込んだ。目が覚めると3時間経過して3時を回っていた。今日は4時から町内会の総会があるというのに。ひとまず、トーストを食べて軽い昼食にする。

こういうときに限って町内会の総会は延々とどうでもいいことを話して2時間ぐらいかかる。もうへろへろである。ただ単に具合が悪い。どうにもたまらず、懇親会が始まって乾杯をしたところで体調が悪いのでと逃げてきた。真面目な話、2時間あぐらをかいていたというだけで無茶苦茶足に来ている。これを体力という観点から捉えると、洒落にならないくらい足腰が弱っているということになる。6時過ぎに帰ったはいいがくらくらする。もしかしたら風邪かもしれないのでどうしようか迷ったが、煙草を二服してから母のところにちょっとだけ顔を出す。帰りにスーパーに寄って朝食用のパンを買い、帰宅後町内会でもらってきた弁当で夕食。

とにもかくにも、こう無闇矢鱈と疲れていてはどうにもならない。椅子に座っていると尻が疲れてくるし足を組むと足が疲れる。ちょっとかがむと背中が痛い。なんだかもう瀕死という感じ。背中が痛いのはどうも背中の筋肉が張っているっぽい。寝違えたのか、それとも母の足をマッサージしたことによる疲労なのか。

なんだかわからないけれども今日はとにかく終日ギブアップ。これだけ疲れていては何もできないし話にもならない。

そういえば町内会の総会で冒頭の区長の挨拶、いきなりハクビシンやタヌキがどうのということを話し始め、どうやらうちの裏のかつて老婆が一人暮らししていたプレハブの空き家にタヌキが住みついているらしいと。子供が3匹いると話すので、えっ、それは一昨年僕が家の前で遭遇した話だよなと思い、もうとっくに成獣になっているのでは、と思う。その空家の床下に穴が2つ空いていたところを埋めたらタヌキが現れなくなった云々。いずれにせよタヌキは行動範囲が無茶苦茶広い(5ヘクタールだったか)ので、子供を産んだ直後でもない限り居場所を特定するのは難しいと思う。

と書いていたら今度は首まで疲れてきた。これはもうどうにもならない。今日のところはとっとと寝るしかなさそうだ。

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少なくとも不思議に思えることはある

3月25日、土曜日。

9時2分に目が覚めたのは、ちょうど今寝ている書斎の外の角辺りで、何かがりがりあるいはがちゃがちゃというような音が聞こえたから。電気のメーターがある辺りなので、電気の検針でもしているのかなと思った。なので二度寝をしようと思ったのだがいつまで経ってもその音が止まないので気になってきた。その、音が聞こえてくる角の辺りにはタヌキかなんかの糞があるので、もしかしたらそのタヌキ、あるいは先日見かけた猫かもしれない。とにかく何かが外でごそごそとやっているのだ。結局気になって9時8分に起きてしまった。どうやら外の音は止んだようだが、寝間着姿で外に出てみるのはためらわれた。電気の検針の人と鉢合わせするのも気まずい。そんなわけで、土曜日だというのに今週で一番早く起きてしまった。いや、しまったというほどではないのだけれど。

朝食後、電気の検針であれば郵便受けに検針票が入っているはずなので見に行くとない。ということはやっぱりタヌキか猫なのだろうか。着替えてから玄関の鍵を開けて外を見てみる。すると何も変わったところはなかった。古い糞はそのまま。壁に立てかけてある大きな脚立も、そのすぐ上の暖房の排気口も何も変わったところはなかった。とすると、あの音は一体なんだったんだろう?

京極夏彦の書く小説で京極堂は「世の中には不思議なものなどないのだよ」と言い放つが、実際には不思議なことはある。少なくとも不思議に思えることはある。

ともあれ、早く起きてしまったのだが何をするということも思いつかない。今週はAマッチデーなのでJ1の試合もないし夜にブンデスリーガの試合もない。一応午後にJ2の試合はあるがいまひとつ乗り切れない。とにかく何をしたらいいのかさっぱりわからないのだった。いずれにせよ、昨夜寝たのが4時なので眠い。

結局、11時過ぎにベッドに潜り込んで昼寝をすることにした。ゲームをしている夢を見た。VRのような体験型のゲーム。宇宙空間で宇宙船に乗って敵の攻撃をかわす、というような。そのうち、青空の広がった海の上に出たので、ひとまず休憩というかなんらかのステージを終了したのだなと思った。上の方をクリックするとコマンドが出る。というようなところで目が覚め、時計を見ると2時だった。なんと2時間半も寝てしまった。唖然。いくら寝不足ですることが思いつかないからといって、これではあんまりだ。ひとまず冷凍のご飯をレンジで温めて昼食を済ませると、昼寝していた2時間半の間のツイッターのタイムラインをさかのぼる。1時間ぐらいかかった。すると、なんと今野が骨折で代表を離脱。とこれでびっくりしていたら大迫も離脱。で、遠藤航と小林悠が追加招集だと。夕方には高萩も離脱。骨折の今野は気の毒だが一番気になるのは大迫。正直言ってタイ戦などもうどうでもよくて、大迫の怪我の方が心配。一応打撲ということで詳細はわからないが、軽症でブンデスリーガの再開に間に合えばいいのだが……。

というようなことをしていると3時を過ぎ、何をするにも中途半端な時間になる。それでJ2の湘南対千葉の試合を途中から見た。結果は2-0で湘南の勝ちだが、試合が終わるころにはもう夕方近くなっている。何もしていないのにもう夕方。一体全体、何をしたらいいのだろう? いつも寝る前に寝床でばかり読んでいる本でも読めばいいのだろうか。それともリッピングしてある映画でも見るべきか。何をするにも中途半端な気がするのは、何かをするというモチベーション自体が全然ないからだ。何もできる気がしない。かといって何もしないというのは本当に気持ち悪い。というような、ある種の抑うつ状態のような葛藤。しかし、時間はそんなことにはお構いなしに過ぎていき、やがて外は日が落ちて暗くなる。いつものように6時半過ぎに母のところに行って、まず浮腫んだ左足をマッサージする。15分ぐらいマッサージをすると息が上がって何故か腰に来る。8時前に帰宅。簡単な夕食。夜、やっぱり何もすることが思いつかない。何をしたらいいのかさっぱり分からない。しかも夕食後ということで眠い。なんていうか、これではまるで寝るために生きているようなものだ。

何もしていないのに何故か疲れている。背中や腰が痛い。何もしていないのに何故身体だけ消耗するのか。今日という一日をただ無為に消費してしまっているのではないかという嫌な感じがある。何もすることが思いつかないのでYouTubeで何か見ようとする。86年の秋元薫のアルバム「Cologne」を聴いてみる。アレンジは武部。そういえば武部の会社のあいつはなんていったっけ? 苗字が「す」から始まるのだがその後が出て来ない。武部の会社に所属しているヨウタロウに訊いてみようと電話してみる。出ない。留守電。武部の会社をググってみるとすぐに分かった。須永だ。今は社長になってる。ついでに昔の知り合いを少しネットで調べてみる。松任谷がやってる学校、マイカのHPを見てみる。講師の名前を見ていると、ほとんどはよく知っている連中だが、ひとり名前に聞き覚えがあるのにプロフィールを見てもわからない人間がいる。なんだか気になる。マイカに出向しているユカリに電話してみる。出ない。留守電。マイカの受講料を調べると腰が抜けるほど高い。先日一人教えることになったのだが授業料を安く設定し過ぎたかなと思う。そういえばヤマザキも誰かに教えていると言っていたので、彼はいくらぐらい取っているのだろう? 電話してみる。出ない。留守電。今日は誰も電話に出ない日なのだろうか。それとも土曜日の夜に電話をする方がおかしいのか。もはや既に、電話をする時代ではないのだろうか? 電話という方法自体が時代遅れなのか。つまり、俺が時代遅れなのか?

という風に、なんだかよく分からないままに一日が過ぎていった。深夜過ぎに競馬のドバイワールドカップをグリーンチャンネルで無料中継しているというので見た。眠かった。ドバイターフで「大魔神」佐々木の所有馬が勝った。つまり日本馬が勝った。しかしその後のドバイシーマクラシック、ドバイワールドカップでは日本馬はまるでいいところなし。眠い。

これだけ何もしていないのに、なんでもう2時半を過ぎているのだろう? そして、これだけ何もしていない一日なのになんでこんなに長い日記になってしまったのか。

やっぱり不思議なことはあるのだ。

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堤防の上から見える山々はまるで水墨画のようだった

3月24日、金曜日。

何しろ昨夜寝たのが朝方の4時過ぎ、10時台に一度目が覚めて二度寝して11時起床も無理もないところ。それはいい。だが問題は、一体日中に何をしていたかということなのだが。今日も今日とて記憶がアメリカン。アメリカン過ぎる。

とにかく、雪が降ってきたと思うと日が差して青空になったり、奇妙な天気だった。納戸にごみの袋が3つも溜まっているので、いい加減ごみ処理場に持って行くことにした。このままにしておいたらどうせ朝はごみを出せる時間に起きられないのだから。そんなわけでごみを車に積んでごみ処理場に向かう。ごみ処理場は最上川を渡った対岸にある。昨年暮れにも工事をしていた橋がまた工事中で片側通行になってた。一体どんだけ工事すれば終わるのか。ごみ処理場にごみを置いて360円也を払い、帰りはかったるいので違う橋を通って帰ることにした。

帰路、最上川の堤防の上を走る。堤防の上から見える山々はまるで水墨画のようだった。


帰宅後、一応相場のチャートに向かい、多少のポジションは取ってみた。が、どうもなかなか動く気配がない。そのうち眠くなってきた。なので、指値を置いてアラームをかけて5時過ぎからベッドに入って昼寝。6時15分にアラームで目が覚める。すると、なんということか、ちょうど寝ている間に相場はかなり動いていた。指値がつかない方向に。要するに売りポジションを立てて昼寝すればちょうどよかった、という具合。しかしそんなことを言っても始まらない。どのみち今日は様子見。

その後はいつものように母のところに面会に行って帰宅後夕食。夜はなんとなく手持無沙汰になって、昨日のUAE戦を録画でもう一度見てみた。改めて見てみると、昨日の日記で酷評した香川や長友、本田といったところはそこまで酷い出来ではなかったことが判明。香川はインサイドハーフとしてそれなりにやってた。長友は守備に徹していて、最終ラインに吸収されている時間が長かった。本田はプレースピードが遅いだけ。岡崎は絶好機を外した印象だけが強い。ただ、総じて彼らが物足りなかったことは確かだ。

かように、今日は考えてみれば平日であるのに、まるで休日のように茫洋と過ごしてしまった。夕方の昼寝以降は漠とした不安感を覚える。

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栄枯盛衰

3月23日、木曜日。

眠い。もう3時だ。ついさっきW杯予選、UAE対日本、0-2が終わったばかり。今野の万能感凄かった。まさに神出鬼没という感じで。GK川島が先発と聞いて腰が抜けたが結果的にはビッグセーブと、今日は何故かハリルホジッチの采配が当たりまくり。ただ大迫の怪我が心配。正直試合の結果よりも大迫が心配で。

監督の采配が的中したとはいうものの、長友はかつての躍動する姿はなく、途中から入った本田は歩いてばかり、岡崎はドフリーでシュートを外す。香川は相変わらず決定的な仕事ができず。もう彼らの時代は終わった感。っていうか、彼らより今野の方が年上なんだけど。栄枯盛衰?

えーと、今日はアラームで9時45分に起きて朝から籠池理事長の証人喚問。昼休みに昼寝して午後も証人喚問。終わって相場少々。母のところ。

そういえば今朝の夢は何故か覚えていたので貼っておく。

証人喚問に関して一言言っておくと、偽証罪がかかる場で籠池が嘘をつくメリットは何一つないからね。それぐらいわからないのかな、自公は。籠池は元々「安倍首相頑張れ」と幼児に言わせていた人間だからね。後はもう安倍昭恵を証人喚問するしかないでしょ。

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Life in Amazon

3月22日、水曜日。

9時57分にアマゾンからの荷物が届いて起こされた。届いたのは大人買いしたバジルシードドリンクだった。

大概こういった具合に起こされると夢の内容を忘れてしまうものだが、今日はどういうわけか覚えていた。

昨夜何時に寝たのか忘れたけどたぶん3時は過ぎていただろう。ここんとこ、8時間寝ないと眠い。今日は2時に母が町内の病院の診察を受ける日なので、午前中のうちに昼寝。

というわけで2時に病院へ。5分前に着くと既に母は看護師に付き添われて待合室にいた。珍しく母が壁に貼ってある習字(要するに書)に興味を示し、見たいというので車椅子を押して前まで行くと、母はなんて書いてあるか口に出して読む。ということをしていると、あっという間に診察の順番が来て、思いの外待たずに済んだ。母はやっぱりバジルシードドリンクだと飲む。今まではグラソーのビタミンウォーターを持って行ったのだがなかなか飲まなかった。大人買いして正解。

帰宅後の午後はちまちまと相場のスキャルピング。昼間は晴れていたのだが、夕方買い物に出ようとすると雨になっていた。夜は何してたんだっけ? とにかく夕食を済ませると闇雲に眠くなって、ひたすら眠気をこらえていたのは確かだが。記憶が思いきりアメリカン。その後相場を少々。

明日は籠池の証人喚問をライブで見ようかと思うので目標9時半起床。どうなることやら。

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Someday my prince will come

3月21日、火曜日。

久々に、タイトルが思いつかないときはそのときに聴いている曲のタイトルにする作戦発動。実際問題として、特に日記に書くような一日でもなかった。ただ単に疲れていた。

というような夢を見て起きたのは11時過ぎだった。これはある程度予想できた。というのも昨夜久々に長時間の打ち合わせをしたので滅茶苦茶疲れていたから。なので、ちょうど8時間寝て目を覚ましたことになる。たかだか人と1時間半喋ったというだけで今日は一日中疲れていた。特に予定もなかったので、入院している叔母の見舞いに行くことにした。外は雨。入院の見舞いに行くのは母が入院していたとき以来なので、面会票を書くということすら忘れていた。受付で訊くと叔母は驚いたことに母と同じく閉鎖病棟に入院しているとのことだった。とすると、ますますただの不眠症ではなさそうで、一体なんと声をかけて何を話したものかと思いながら階段を上がって閉鎖病棟の閉ざされたドアの脇の呼び鈴を押す。

出てきた看護師の話によると、叔母はちょうど今日の午前中から明後日の夕方まで一時外泊しているということだった。というわけで入れ違いになってしまった。だからといって帰宅している叔母の家まで追いかけて訪ねるようなことは無論しないしできない。そもそも、精神病院の閉鎖病棟に入院していることを「眠れないから」と叔父が話している時点で、たぶん深く突っ込んで欲しくないんだろうな、と思う。その辺の空気を察して、次に見舞いに行くとしたら少し間を開けた方がよさそうだ。

日中はずっと雨、なんだか寒いような気がしていたが、実際はそれほど寒くなかった模様。夕方、なかなか動かない相場のチャートを眺めていて辛抱たまらず、アラートを置いてベッドに潜り込んで小一時間昼寝。今日は深夜になってドル円が112円を割ったんだけれど、ほとんど参加しないで終わった。

夜はドラマ「カルテット」の最終回。トータルでドラマそのものは面白かったけれど、最終回の終わり方は若干物足りなさが残ったかな。曲りなりにも音楽をやっているという設定なのだから、ここは思い切りベタでも最後は圧巻の演奏を見せて欲しかった。が、とうとう凡庸な演奏のままだったし、そもそも選曲がよく分からない。いずれにしてもこのドラマはどちらかというと「味わう」ドラマで、最後に圧倒的なカタルシスを求めるようなものではなかったのかも。

それにしても、昨夜の打ち合わせから24時間以上経ったのにまだ疲れている。もちろん体力的なものというよりも精神的なものなのだろうけど、それにしてもしかし。

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5年生存率

3月20日、月曜日。

ツイッターで5年前にご主人を癌で亡くされた方とやりとりをしていて、そういえば僕が悪性リンパ腫という癌になったのもちょうど5年前の今ごろだと気づき、日記を検索してみた。すると、5年前の昨日(日付的には一昨日)に悪性リンパ腫だということが判明していた。そのときの日記を読み返してみると、自分で言うのもなんだけれどなかなかよく書けていて読み物としても面白い。やけに冷静で客観的に書いている。不思議なことに。ちなみにPET検査と生検を経て正式に悪性リンパ腫と診断されたのはそれから10日後である。

前述の日記でも分かるように、最初に悪性リンパ腫と告げられたときに医者に「どれぐらい生きられるのですか?」とストレートな質問をしたら、「んー、そうだね、5年以上の生存率が70%とかいう数字はあるけど……」というなんとも歯切れの悪い答が返ってきたのだけれど、ふと気がつくと5年生き延びていた。というわけで、一応70%という5年生存率の最低ラインはクリアしたというわけだ。

あのころ、癌だと言われて真っ先に頭に浮かんだのはW杯まで生きていられるだろうか、ということだった。当時史上最強と言われたザックジャパン。僕は無事生き延び、ご存じのようにW杯でザックジャパンは惨敗した。凄い落胆して脱力したのを今でも覚えている。なんていうか、日本が勝つところが見たくて生き延びていたようなところがあったから。結局日本は一勝もあげられなかった。だが僕はまだこうして生きていて、次のW杯に日本が果たして出られるのかどうかを確かめようとしている。

朝はなんとか10時前に起きた。今日は休日(春分の日)だけれど相場はやっている。ところが眠い。何しろ昨夜寝たのが明け方の4時だ。あまりにも眠くて昼になろうとする頃合に挫けてベッドに潜り込んで昼寝、目が覚めたら2時を回っていた。今日は例の町内の精神病院に入院している叔母を見舞いに行こうかと思っていたのだが、昼寝から目が覚めて遅い昼食を摂り、それから相場のポジションを取ったりしているうちに時間がなくなってしまった。今日は夜に音楽を教えてくれという人と打ち合わせをする予定が入っているので、母のところには夕飯前に顔を出した。

夜、8時半に隣町のモスバーガーで待ち合わせ。先に着いてカフェオレを飲んで煙草を吸っていると、町役場に勤めているという彼がやってきた。30代後半で子供もいるという話だったが、バンドでベースをやっているということもあって見た目は青年っぽかった。以前アップしていた作詞講座のホームページは既に削除していたので自己紹介がてら自分の経歴をまず一通りざっと話したのだけれど、何しろ長いこと生きているし会社を7つも替わっているので話は長くなる。で、結局のところ一言で音楽と言っても何を教えてもらいたいのかが具体的によく分からなかったので、その辺を詰めた。例えば作曲を教えて欲しいということであればそれはそれで分かりやすいのだけれど、どうやらそうでもないらしく、コードや終止形の基本的なところを譜面に書いて説明すると、どうやらそういうところから教えて欲しいということで、ポップミュージックの楽理の基本から習いたいということのようだった。気がつくと1時間半ほど話していて、人に教えることはもとより、初対面の人と話し込むということ自体が実に久しぶりだったので、僕の方がある種緊張してしまい無理やりテンションを上げざるを得なくてやけに疲れた。なんだか支離滅裂な話になってしまったような気はしたのだけれど、とにかく二週間に一度ぐらいのペースで教えるということに。特に予定は立てず、都合がよくなったら電話をもらうことに。僕の方は特に準備はしないよ、それで食えるわけじゃないから、と釘を差しておいた。実際のところ、生徒を10人以上抱えているのでもない限り、カリキュラムを組んで準備や用意をしてやるのは採算が合わない。時給が異常に安くなってしまう。まあ今回も気分的にはほとんどボランティアみたいなものなので。

世の中にコミットするのもなかなか大変だ。だがしかし、とにもかくにも僕はまだ生きている。そのことに感謝するしかない。

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