13日の金曜日だけれど

tsubaki
庭の椿が満開。

5月13日、金曜日。

今日は13日の金曜日で仏滅であるとツイッターのタイムラインでももっぱらの話題となっていたけれど、そんなことを気にしていたら切りがない。あらゆる人に等しく13日の金曜日で仏滅なのだから。

9時過ぎに起床も朝から頭痛、アドヴィルを飲む。今日もいい感じの夢を見たんだが内容は忘れてしまった。昨日の失敗があったので今日は相場のポジションを持っている間はチャートに貼りつく。とはいうものの、どこか警戒し過ぎて慎重になり過ぎたところも。なので粘り方も中途半端というか安全第一、ちびちびと参加した程度で一日で30ピップス強のプラスというしょぼい結果に。ただ午後はストップがつくことも一時覚悟しただけに、プラスになっただけでも有難いというべきか。しかしながら、あと20~40ピップスは取れたので腰砕けというところだろう。

午前中のポジションを一旦手仕舞いしたところで、昼過ぎから庭の草取り。とにかく今年は雑草の生え方が半端なく、特に裏手の方はジャングルのように鬱蒼と生い茂っている。外は日差しが強く暑かった。ゴミ袋2袋分の雑草を取ったところで、朝出せないゴミも溜まっていたので車でゴミ処理場に持って行く。計5袋のゴミ袋を出して、いつもの倍の360円取られたのがショック。10キロまでで180円なので5袋で10kgを超えていたということなのだが、にわかに信じ難い。10kgを超えたのは今回が初めて。

帰りがけ、天気がいいので最上川の堤防で一服。

riverside

ついでにスタンドに寄ってガソリンを入れて帰る。それにしても暑い。路傍の気温計を見ると外気温は26度、日差しのせいでそれ以上に暑く感じる。車の中は冷房オン。

今日は母が比較的安定していて穏やかだったので、それが一番の救い。本当にそれが一番助かる。

夜は先週から見始めたドラマをTVerで見た。結局生き残ったのは「ゆとりですがなにか」と「重版出来」。特に「ゆとりですが」は無茶苦茶面白い。

そういえば今日は夕食後にいつも襲ってくる眠気に悩まされなかった。昼寝をしたわけでもなくなんでだろうと思ったら、なんのことはない、夕食後すぐに母のところに行ったからだった。要するに身体を動かせばいいということなのかな。

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勉強中

5月12日、木曜日。

またいい感じの夢を見た。新宿辺りのマンションの一室で僕は共同生活をしていた。楽器を買いに街に出かけた。その楽器がギターなのか鍵盤なのか定かではないが、とにかく僕は楽器を買おうとしていた。それぐらいしか覚えていないのだが、なんだかいい夢という記憶はあり、もしかしたらまた夢の中で恋でもしていたのかもしれない。

そんなところで目が覚めて時間を見ると9時半だった。起きようとしたら物凄く眠く、一瞬二度寝して結局10時前に起きた。実際問題として、僕が毎日何時に起きようが僕以外の人はまったくそんなことに興味はないと思うのだが、ともあれ相変わらず朝何時に起きたか手帳に時間を記録する癖はついている。ということはつまり、わざわざ日記に書かなくても手帳を見ればいいということか。なるほど。

8時間ぐらい寝たということもあるし、下手に東京市場の寄り付きに間に合わなかったことで、逆にこれぐらいの時間に起きた方が気分的には楽だった。結局午前中は相場のポジションを取らず指値だけ置いておく。それで、なんだかチャートに貼りついているのがじれったくなって、よせばいいのに業務に行ってしまった。こういうときは明らかに行かない方がいいし行くだけ無駄だ。すると罰が当たったというか、確率の5倍回しても当たらないという滅多にない特大の不ヅキを食らってしょげて帰る。

帰宅すると指値が二つ成立していた。しかしながら方向の読みは逆だった。無駄な業務にうつつを抜かしている間に逃げるタイミングも失って、結局損切り。この50ピップスばかりのマイナスが後を引いた。その後挽回するチャンスは今日は何度もあったのだけれど、なんとなく勉強しようという気持ちになって今日のところは夜中まで相場の動きを観察する。途中で何度もポジションは取るものの一瞬で利食い、日中の損失はあまり取り戻せなかった。今日のところは確かに指値をしておいて出かけたところが迂闊だったけれども、当初の方向の読み自体が間違っていたということもあり、それほどのショックはない。昨日は明らかに大失敗だったが、昨日今日とでそれなりに学んだところはあったように思う。やけに高い授業料にはなったが。

母のところには4時ごろに行った。今日も母は自分が何歳なのか覚えられないと盛んにこぼしていたけれど、昨日ほど落ち込んだ様子ではなかった。それがちょっと救い。

とまあそういうわけで、今日は家にいる間はほぼ一日中相場のチャートを見ていたわけで、それと並行してツイッターのタイムラインを追っているとそれだけで一杯一杯、やけに忙しくツイートする間もなかった。それと今日は十分に寝たはずなのに、やはり夕方母のところに行ったころから眠気が出てきて、夕食後は猛烈な眠気に悩まされる。朝食はともかく、食事をするたびに眠くなるとは、まるで幼児のようだ。このところは特に、パブロフの犬的に条件反射的に夕飯を食べると眠くなるので参る。

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血迷う

flower
昨日母の誕生日にあげた鉢植え。

5月11日、水曜日。

8時ちょうどに起きる。目が覚めて時間を確かめた瞬間に二度寝しようかと思ったのはそれほど悪くない夢を見ていたからで、すぐに眠かったら後で昼寝すればいいから起きた方がいいと考え直して起きたのだった。逡巡すること数秒。

結果的にはこれが仇になった。朝食後、相場のチャートを見て東京市場の寄り付き前に思いつきでポジションを取ってしまったのが後々まで響く。その後2時間半あまり、血迷ってしまった。3連続ストップロス(損切り)を食らう。今日はもうこの時間がすべてだった。最初のストップを食らったときはまだ取返しがつく程度だったのだが、そこから何を思ったかポジション量を増やす、ストップを倍に広げるという二重の致命的なミスを犯してしまい、もうホントに血迷ったとしかいいようがない。このお蔭で午前中で早くも300ピップスの大敗を食らう。またしてもドカンを食らったわけだが、今回ばかりは自業自得としかいえない。

さすがにあまりの自分の愚かしさにそれなりのショックは覚えたものの、立ち直れないほどではなくインスタントラーメンの昼食を食べてから気を取り直すためにソファで1時間ばかり強制的に昼寝をした。その後、夜までこつこつと小さい利食いを重ねて50ピップスほどは取り返した。逆にいえば、午前中のような大きなチョンボをやらかさない限り、ちまちまやっても40~50ピップスぐらいは取れるということだ。とにかく、金輪際ストップの幅を大きくするのはやめようと誓うのであった。特に一度ストップを食らった後にストップを大きく取るのは厳禁。

3時半ごろに母のところに行く。今日も母は不安定で調子が悪かった。僕が話しかけてもうんともすんとも言わないで呆然と目を見開いて天井を凝視して固まっていたかと思うと、僕が帰ろうとすると「お前が帰った後に何をしたらいいのか分からない」といって涙ぐむ。これは応える。ただでさえ午前中に大チョンボをやって参っているところ。正直このまま帰ってもいいものかとも思ったが、かといってずっとついているわけにもいかない。後ろ髪を引かれる思いで帰る。

夕食後はサッカーの親善試合、U-23日本対ガーナの試合を見る。まあ親善試合だしガーナは昨日着いたばかりだし、事前から大体想像はついたのだけれど、前半だけで日本が3点取るという展開になるとまでは思わなかった。案の定ガーナ弱過ぎ。特に守備が酷過ぎる。途中で相場の指値がついてしまい、相場のチャートを見ながら気もそぞろで見た後半は、メンバー交代して日本の出来も次第に悪くなったし逆にガーナは持ち直してきて双方に点が入らず、3-0で試合終了。後半なんとか持ち直したとはいうものの、今日のガーナはメンバーもそうなのだろうけどあまりにも出来が悪過ぎて仮想ナイジェリアという試合にはならなかった。

それはともかく、早々に大きな失敗をやらかしたせいでなんともユーウツな一日となった。それに母の涙も重なってとにかく気が滅入りがち。肩が重い。例によってストレスで煙草ばかりが増える。

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Happy birthday, Mam

5月10日、火曜日。

8時半過ぎ起床。昨夜は2時前には寝たので、それほど寝ていないわけではないのだが一日眠気に悩まされた。朝から雨模様。

今日は母の84回目の誕生日だ。3時前に母のところに行く。昨日買った鉢植えとプリンを持って。鉢植えを母は綺麗だと言ってくれたし、プリンも美味しいといって食べた。しかしながら、相変わらず自分がいくつになったのか分からないというか、何度教えても覚えられないようだった。それで母はへこんでしまう。確かにここ数日の母は精神的に安定しているとは言い難いけれど、なんだか母がすっかり老いたというかボケ始めたのかと思って気が滅入ってくる。もちろん顔には出さないけれど。僕がいる一時間ぐらいの間にも、母は落ち着いたり落ち込んだりと様子が変わる。要するに不安定なのだからこちらもそれに合わせて不安定になってはいけない。ともあれ、これで特養に来てから3回目の誕生日を母が迎えたことになり、ここに来て丸二年になるということだ。

一方の僕自身はというと、一向に気勢が上がらない。今日も午前中から相場をちまちまとやり、夕方までに40ピップス程度と昨日とほぼ同じ。夜になってテンションが上がらず様子見になってしまうところまで同じ。どうにも昨日今日と夜になると相場に対するテンションがだだ下がりになってしまう。ひとつには、(自分にしては)早く起きたせいか眠くなってしまう。今日は昼過ぎに一時間ばかり昼寝をしたにもかかわらず、夕食後にどうにもならない眠気に襲われて、またソファで毛布を被って1時間ばかりうとうとしてしまった。それで少しは目が覚めるというか気合いを入れ直せればいいのだけれど、今日のところはまるでサイドブレーキでも引いたような状態から抜け出せず。気が重いというか。ずうっとうっすらとした眠気が取れなかった。

昨夜は暑くて参ったのだけれど、今日は夜になってから寒くて参った。ところが室温は20度ある。つまり昨日とほんの数度しか違わないはずなのだが、どういう加減か、寒く感じた。そうこうしているうちに、夜、突然階段の電球が切れてしまった。それで、こういうときのために買っておいたLED電球に付け替える。真っ暗な階段の踊り場で懐中電灯を頼りに脚立に上がって電球を交換するのは結構怖かった。必死の作業。ここで落ちたら、とか。ともあれ、初めてつけてみたLED電球は思いの外明るかった。40W相当と書いてあったが、今までの100Wの白熱電球より明るいような気がするぐらい。

led

二度も昼寝したのにもう眠くてダメだ。今日のところはどうやらあかんようです。

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平日とは何か

5月9日、月曜日。

何の加減か、8時前に起きてしまった。しまったというかもちろん9時過ぎ、10時過ぎまで寝るよりはいいのだけれども、なにぶん近ごろはずっと起きるのが遅かったものだからまずは睡眠不足が気になる。それでは昨夜何時に寝たかというと、たぶん2時前だと思うのだけれどあまり自信がない。というのも、最近ずっと入眠時の記憶がない。なので寝つきがいいのかそれとも単に記憶を失っているのかが判別できない。寝酒を少々飲んだ上に睡眠薬を飲んでいるので、後者である可能性はある。ともかく、おおよそ2時ぐらいに寝て、目が覚めると7時55分だった。

時間を確認した瞬間に瞬時に損得勘定をしたというか、あ、まだ8時前だ二度寝しようという気持ちとそういえば今日は平日だから今起きれば東京株式市場の寄り付きに間に合うという気持ちが交錯して、数秒の逡巡のうちに起きることを選択したわけ。つまりは、もし眠かったら後で昼寝すればいいんだしとりあえず今起きた方が得、という結論を出した。

で、実際問題として果たして得だったかどうかはよく分からないんだけれども、とにもかくにもあのときにもし二度寝していたら何時に起きたかは分からないわけで。いずれにせよ、起きた瞬間に今日は平日だと気づいたというか思ったことは確かだ。そもそもゴールデンウィークなんてものは僕にはほとんどまったくと言っていいほど関係ないわけで。そんなわけだからただの週明けという意識。

朝食後、寄り付きで相場のポジションを取るも即利食い。その後少し様子見。で、じれったくなって結局今日も業務に行ってしまった。相場は午後になってみないと分からんと思ったので。まあ実際そうだったのだけれど、業務の方は今日もツキがなくつまらんの一言。しらけて午後早々に帰ってくる。

帰宅後また相場のポジションを取るがスキャルピングという意識が強くて即利食いをしてしまう。そんな具合に今日は夕方までちびちびと利食いして40ピップスぐらいのプラスにはなった。結果的には今日はドル円がよく分からんけど午後はひたすら上がり続けたのでいささか消極的だったかもしれない。なんていうか、週明けはやられるケースが多いのでちょっと警戒しすぎたかも。しかしながらたかだか40ピップス程度でも毎日確実に取れるのならストレスもないしそれでもいいっちゃいいのだが。よくないと言えばよくない。つまり、リスクを取れなくなってしまうし敢えて相場をやっている意味が。とは思うものの、どうにも本日は気合いが入らず夜はひたすら様子見に徹する。

なんだかんだ言って結局午後の3時ごろに30分ほど昼寝を試みた。たぶんうとうとしたんだと思う。いずれにしてもその程度で、本格的に昼寝をしたわけではない。それから顔を洗って母のところに行った。今日の母は何かと覚束なかった。明日は母の誕生日なので、明日でいくつになる、と訊ねると72歳と言ってみたり(本当は84歳である)、それからちょっとすると今度は59歳と言ったりする。母本人もそういう自分の覚束なさに今日は参っているようで、ときどきベッドから身を起こすと放心したように途方に暮れる様子だった。正直言ってそういう母を見るのは辛い。可哀想でならない。しかし僕がずぶずぶと感情的になって参ってしまってもどうにもならないので、僕は平静を装い、平気な振りをするしかない。落ち込もうと思えばどこまでも落ち込めるのだけれど、そうならないように持ちこたえることができているのは、最近飲んでいる抗うつ薬のノリトレンの効果だろうか。それとも僕が単にこういう状況に慣れてきたということだろうか。

母のところの帰りにスーパーに寄ると、案の定母の日用の鉢植えが半額になっていた。というわけで母の誕生日用に鉢植えとプリンを買った。結局のところ、プレゼントといってもそんなものしか思いつかなかった。前述のように母にあまりにも感情移入してしまうと果てしなく気が滅入って落ち込んでしまうので、どこかで距離を置いてセーブしている自分がいる。どれだけ贅を尽くして豪勢なプレゼントをしたところで、母が本当に満足するかどうかは分からない。今日の様子を見るとあまり誕生日ということをおめでたいとも思っていないようだったので、おめでたさを押し付けてもしょうがない。だからこの程度でもいいのかな、と。

それはともかくとして、今は午前0時を回ったところだが、風呂上がりに浴衣に丹前を羽織っていると暑い。なんてこった。確かに日中は暑かったが、もう夜まで暑いだのへったくれだのという季節になったのか。

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母の日、スモーク

5月8日、日曜日。

またしても夢を見る。何の夢だったのか、午前中までは覚えていたのだがもう忘れてしまった。それほど嫌な夢ではなかった。目が覚めて時間を見ると9時過ぎだったので起きようと思った次の瞬間に10時過ぎにワープしていた。最近よく寝る。

今日も中途半端な時間に起きたので昼前から業務。クソみたいにツイていなかったがもちろん一銭も使っていない。コンビニで買ったパンを駐車場の車の中で食べていると、風が強くて車が揺れる。そういえば昨夜寝るときに風の音が凄くて、まるでポルターガイストみたいだった。大分地球の機嫌が悪そうだと思ったものだ。

帰宅後、母のところへ。今日は母の日だ。マインドとしては何かプレゼントしたい。だが何をプレゼントしたらいいのか、皆目見当がつかない。昨日スーパーでカーネーションの鉢植えを見かけてよっぽど買おうかと思ったのだが、生きている花は部屋に置いておくと枯れてしまうし、果たして母が喜ぶだろうかと思って結局やめてしまった。それに、確かに今日は世の中的には母の日なのだが、明後日が母の誕生日なのだった。だから何かあげるにしても明後日にしようと。僕はもらってばかりで人に何かプレゼントしたという経験があまりなくて苦手だ。昔、ギターのエフェクターを音楽学校のバイトの子に山ほどあげてしまったことはあるが、例えば付き合っている女の子に誕生日に何かプレゼントするというようなことは非常に苦手とするところなのだった。一度、遠距離恋愛をしていた人妻のケイに誕生日のプレゼントに曲を書いたことがある。もうひとつ思い出した。その前に付き合っていた(やっぱり)人妻のジュンコには僕にしかプレゼント出来ないものと頭を捻らせて、自分がしているのと同じG-SHOCKのレディースをプレゼントしたことがあり、自分にしては気の利いたプレゼントが出来たと思ったのはその二つぐらいである。何にせよ、誰かに何かをあげるというのは僕のもっとも不得意な分野だ。たぶん考え過ぎるからだろう。オリジナリティーとかそんなことを。

夕食後はJリーグの磐田対鹿島を見る。1-1の引き分けに終わったが面白い試合だった。J2から今季昇格したとはいえ、磐田はなかなかに手強い相手だった。同点ゴールを決めた小林はいい選手だなと思った。

それから夜は久々に映画を最後まで見た。ウェイン・ワン監督、ポール・オースター原作・脚本の「スモーク」。確かに味わい深くていい映画だったのだけれど、これまで読んできたポール・オースターの小説に抱いていたイメージとは違っていて少々戸惑う。ひとつにはコアになるストーリーが人情譚であること。僕の中ではポール・オースターはクールな作家なので。それと、実にアメリカだなあというところ。まあアメリカ(ニューヨーク)が舞台なのだから当たり前なのだけれど、これもまた、オースターの書くニューヨークと現実のニューヨークとの温度差というか、もっと洗練された都会をイメージしていた。だがこれもまたニューヨーク。20年前のニューヨークだからみんな煙草をスパスパ吸っている。主人公の一人であるハーヴェイ・カイテルが煙草屋なのだから当たり前なのだが。カイテル営む煙草屋の店先に僕が吸っているのと同じ「Lark Lights」(日本ではラークマイルド)の看板。僕が最後にニューヨークを訪れたのはもう12年ぐらい前だが、そのころからもうアメリカでは喫煙がかなり下火になっていて、ガソリンスタンドやコンビニではBasicとキャメルの2つしか置いてなかった。マンハッタンを探し回ってようやく一軒の煙草屋を見つけ、Lark Ligtsを10箱買ったのだが、確か75ドルぐらいしてあまりに高い(日本のほぼ倍)ので驚いた覚えがある。煙草屋の主人に本当かと訊ねたほど。彼は煙草は「ベリー・エクスペンシブ」と言った。あのころはまだ、ニューヨークでは歩きながら煙草を吸っている人が普通にいたけれど……。

いまだにまだ気の利いたプレゼントが思い浮かばない。鉢植えで妥協しようかな。

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夢でもし逢えたら

5月7日、土曜日。

ジャズのライブを企画する夢を見た。レコーディングスタジオも併設されているライブハウスの事務所で打ち合わせをしていた。夢の中で僕はある女の子に恋をしていた。その子はどこかミズサキに似ている気がしたのだけれど、夢の中の通例どおり、確たる顔を持ち合わせてはいなかった。たぶんその同じビルの中で僕が食事をしようとすると、かつて付き合っていたHが割り込んでくる。なんだかこの辺は自分が書いた小説、「幽霊譚」みたいだ。

そんなところで目が覚めた。時間を見るともう10時を過ぎていた。もっと夢を見ていたかった。人間は一晩にたぶんもっとたくさんの夢を見ているんだろうけど、記憶に残るのは最後に見た夢、つまり必ず覚める夢である。どうしたらもっと長い夢が見られるんだろう。出来ることなら1年とか2年とか続く物凄く長い夢を毎晩でも見たい。まあもちろん、それが悪夢だと困るんだけど。

日中は今日も暑かった。中途半端な時間に起きたし、昼前から2時過ぎまで業務に。もちろん、業務という名の遊びだ。この遊びは一銭もかからないと来ている。

一旦帰宅後スーパーに買い物に出かけ、買い物から戻ると母のところへ。相変わらず母はうちの木が見えるという。しかしながら、本日の母はときおり笑顔を見せてくれた。

なんだかほとんど何もしないうちに夜が来て、更けていく。日中の暑さと比べると日が暮れた後の夜は涼しい。映画のDVD(「SMOKE」)を見始めるがやっぱり一気には見れなくて途中まで。どうにも一時停止しながら見る癖がついて。風呂上がりに何故か急にジャズギターの練習を始めたり。

今日のブンデスリーガはハノーファーの清武が今季5ゴール目となる決勝点を決め、フランクフルトの長谷部が香川のドルトムントを破るアシストをした。清武はチームが降格も決まってボロボロの状態で、自身も負傷で長く欠場していたことを考えると、5ゴールというのは一人気を吐いている気がする。もちろん、どこかに移籍するだろうけど。

昨夜オルハン・パムクの「黒い本」の分かりにくさについてツイートしたら、訳者から直接リプライがあった。そういうところがツイッターの怖いところでもある。

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沈没

5月6日、金曜日。

今昨日の日記のタイトル(ドカン)を見て唖然としているところ。昨日だったのか……。なんだか数日前と錯覚してた。ということは、二日続けて相場でドカン。日中は例によってコツコツとスキャルをして30ピップスほどではあるがプラスにしていたのだが、雇用統計後のぐちゃぐちゃで一気に沈没。指標時にスプレッドが物凄く開くので、それが普通に戻るのを待ってドル売りをかけたらその途端に反発を食らってまずドカン、その後は売っては上がる、買っては下がるという典型的なドツボにはまってボコられるパターン。気がつくとトータルで110ピップスのマイナスに落ち込み一日の損失限度額に到達して終わり。情けない。なんでこんなに難解な動きをするときに手を出してしまったのか。もう雇用統計直後にポジションを取るのをやめよう……。指標の数字が悪いと思い込んでしまった。実際悪かったとは思うのだが。何か今日の負けは納得がいかないというか、あまりの理不尽さに気が狂わんばかりになった。もちろんその大半は相場に対してではなく、自分自身の愚かさに対してである。

朝方二度ほど目が覚めたが起きたのは9時、起きてみると物凄く疲れていた。例によって前日の精神的ショックが身体に来たと思われる。と、今朝のことを書くと、昨日ボコられたことをようやく思い出す。なんでその感覚を忘れてしまったのか。たぶん、午後に昼寝をしたからだろう。正確には昼寝を試みたものの、妄想が渦巻くばかりでよく眠れなかった。それでも気がつくと1時間ばかり時間が過ぎていたので少しはうとうとしたのかもしれない。

それから母のところに行って。母は今日も二階の母の部屋からうちの木が見えると言う。見えるわけないのだ。距離的にも方角的にも。最近の母の被害妄想は例の着るものがないの他に、このうちの木が高過ぎて心配だというもの。木が高いと何が心配なのかよく分からないのだけれど、そもそも見えるはずがないものが見えると言い張るところに問題が。いまだに母の精神状態にはムラがあり、なかなか安定してくれないということか。

帰宅後はじっと雇用統計を待っていたのだった。そこまで我慢できるのだから、指標時にもただ様子見をしていればよかった。大体に於いて、雇用統計っていつも週末の夜だし。失敗するとどうにも取返しがつかない。週をまたいでまた気分を入れ替えなければならないが、今日のところはなかなか気持ちをリセットできない。こうやって日記を書いていると少しは頭が冷えるのだけれど。

冷えるといえば、今日は暑かった。これを書いている今、書斎の室温は23度もあるし、夕食にスパゲッティを茹でているときなんぞは台所が27度もあって驚いた。

それにしても、どうやって気分転換したものか。今読んでいるオルハン・パムク「黒い本」はなかなかに難物というか、改行が少ない長文でむしろ悪文と言ってもいいくらい、それでいて文脈が分かりにくいのでちっとも頭に入って来ない。訳文のせいもあると思うが。途中で投げ出してしまおうかと悩むことしきり。全然文章が違うけれどフォークナーの「響きと怒り」を読んだときに後半まではひたすら読むのが苦痛だったのとどこか似ているところがある。フォークナーのときは我慢して最後まで読んだら腑に落ちるところがあったので、今のところ登場人物の相関関係もロクに訳が分からないのだがそれでも機械的に読み続けている(だが苦痛だ)。たぶんこの分かりにくさは、ただ単にトルコの人名や地名に馴染みがないというだけではないと思う。多分に文体及び生硬な訳文のせいだと思われる。こういった読みにくい文章は決して褒められたものではない。とにかく親類縁者の登場人物が多いわりにはどれがどういう人なのかというところが分かりにくい。これはただ単に僕の読解力がないだけとは言い難い。こんなクソ読みにくい文章でノーベル文学賞を取ったのか。と、文句を言いながら果たして僕は最後まで読むのだろうか。

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ドカン

5月5日、木曜日。

またやってしまった。相場でコツコツドカンを。夕方に一度ストップを食らってからすっかり調子が狂ってしまった。夜はじたばたしたんだけど最後の方は訳分からなくなって墓穴を掘ってしまった。結局今週こつこつと積み上げた分をすっかり吐き出してしまった。夕方にユーロドルで逆張りしてしまったのが結果的にはすべてだったかな……。

今日は母も不安定で例の被害妄想が出たし、いつものように手を引いて歩いていると急に泣きそうになったりした。それで部屋に連れて帰ると落ち着いたり、よく分からなかった。

今日増えたのは煙草だけ。なんでこうパニクるのか少しだけ反省している最中なのだけれど、自分でもよく分からない。要するに今日は自分も精神的に不安定だったということか。そういえば天気もころころ変わった日だった。風が強くて、風で窓がガタガタする音で目が覚めたことを思い出す。しかし、雇用統計の前の日に何やってんだろう……。昨日あれだけ我慢したのに。

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弟、黄色いマンション

5月4日、水曜日。

弟からの電話で目が覚めた。着信履歴によれば9時47分。今日母のところに行くという連絡だったが、電話がなければそのまま寝続けていたっぽい。朝方、7時ごろに一度暑くて目が覚めて布団の上に手を出した記憶はうっすらとあるんだけど。

朝から午前中にかけては予報通り雨だったけれど、昼頃からは晴れた。今日も庭の草取りを少々。朝から相場のチャートは見ていたものの、どうにもトレンドがよく分からなくなったので日中は様子見に徹する。見ていてちょっと動くとポジションを取りたくなり、「休むも相場」もなかなか難しい。要はチャートを見なければいいのだろうけど。

今日はTVerで遅ればせながら今放送しているドラマをいくつか見た。「重版出来」は面白かったが「ラヴソング」はどうも個人的に福山雅治がダメ、クドカン脚本の「ゆとりですがなにか」はやたらと面白かった。それぞれ第4話、第3話なので最初から見たかったのだけれど。ただ、途中から見てもそこそこ面白いということは分かった。

朝の電話によると弟はうちに寄らないということだったので、もう来てるかなと思って3時ごろに母のところに行ってみる。駐車場に弟の車があった。母の部屋に行くと、弟夫婦がいた。弟がうちに寄らず、来たという連絡もしなかったということで、僕は頭のどこかでむっとしていた。なので室内には微妙な空気が流れる。別に今始まったことではないが、近年弟と僕の関係は確執というほどではないけれど昔に比べると距離というか何かの隔たりを感じる。どうもぎこちない。二人でいても会話が弾まないし、むしろちょっと気まずい空気が流れる。「兄弟は他人の始まり」という言葉が頭に浮かぶ。以前にも書いたけれどもそういった微妙な距離感は、弟が僕の弟である以前に一家の主であり夫であり父親であろうとしているからだろう。弟には弟の矜持があって、それが僕らの間に壁のように立っている気がする。途中で弟夫婦は仙台へと帰っていった。

母のところから帰宅後、Jリーグの鹿島対新潟の試合をオンデマンドで見る。

よく分からないので夜まで相場のポジションを取るのは我慢していた。夕食後、我慢出来ずに取ったポジションも一瞬で利食いして閉じる。というのも、なんていうか今日は一筋縄ではいかず難しそうだという勘が働いたから。その後、指標のタイミングでちょこちょこと少しばかり抜いただけに今日は終わる。30ピップス。しょぼい。とはいうものの、実際ポジションを持っていた時間は合計で30分にも満たない。日中からセーブしていたので今日のところはいつになく慎重になった。

というわけで、小泉今日子「黄色いマンション 黒い猫」読了。

読み始めは彼女の独白という印象が強く、文章を読むというよりもなんだかアイドルの本を読んでいるみたいだ(確かにそうなのだが)と思ったのだけれど、ときどきはっとするような鮮やかな文章が出てきて、その加減が心地よい。これは小説ではなくエッセイ集だから当たり前なのだけれど、キョンキョンというよりもむしろ「小泉今日子」という等身大のリアルな女性像が浮かんでくる。気のせいか、後半になるほど文章が巧くなっていくように思えた。

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