友来たる

11月22日、日曜日。

なんとか9時過ぎに起きた。が、案の定眠い。それと煙草のストックが少なくなってきたこともあり、久々に業務に行ってみたのだが不ヅキもあってボコボコに。非常に不愉快。これなら普通に煙草を買った方がずっと安い。もう二度と業務になんか行くものか、などと思う。帰宅後、眠気がなかなか治まらないのでコタツで少々うとうとするも、精神状態悪過ぎて満足に昼寝も出来ず。しかし、眠気はなんとかなる。

台所でノートPCに向かってうだうだしていると、夕方近くなってドアチャイムが鳴った。玄関に出てみると、スキンヘッドに眼鏡の初老の男がいた。男は名乗らず、「誰だか分かる?」と言った。

男は中学校の同級生であるニシダだった。同じく中学校の同級生であるマキにニシダの髪がすっかりなくなっていると聞いていたので分かったのである。一度、ニシダの工場の前で見かけたことがあった。あまりにも老けていたので確信はなかったのだが。

ニシダはうちから徒歩で5分ばかりのところで親から継いだスリッパ工場を経営している。会うのは中学以来、40年振りだ。台所に案内して、それから6時ごろまで1時間半ほど話し込んだ。

ニシダにとっての僕のイメージは、頭がよくてハンサムでスポーツも出来る、ということだったらしい。だからどれだけ順風満帆な人生を送っているのだろうと思っていたと言った。そういう意味では僕は期待を裏切っているわけだ。ニシダの家と工場はちょうどスーパーに行く途中の角にあり、したがってしょっちゅう前を通るのだが、彼とは特別親しかったというわけではなかったので一度それらしい人物を見かけたときも敢えて声をかけなかった。正直言って、ニシダとこれほど話をしたのは今日が初めてである。それまで僕にとってのニシダは、ちょっと蓄膿症気味の鼻にかかった喋り方をするというぐらいの印象しかなかった。

ニシダはこの辺の人にありがちな、発音からして徹底的に訛っているというわけではなく、非常に話しやすかった。僕自身、人と面と向かってこれだけ長い間話すのは実に久しぶりだ。2年振りぐらいではないだろうか。

ちょうど昼寝を試みたときに物凄く悲観的になっていたときだったので、ニシダの来訪はちょっとした救いのように思えた。毎日家に閉じ籠っていても誰もこの家を訪れることなどないし、それだけ僕は孤独だったのだ。だから非常に思いがけないことだった。

夜、夕飯の支度をしていると、べろんべろんに酔っ払ったニシダが飲み屋から電話をかけてきた。ピザとかお好み焼きを食べていないだろうから持って行こうかというのである。僕は夕飯を作っているところだからと言って断ったが、そのとき頭をよぎったのはなんかちょっとめんどくさいな、ということだった。どうも僕が物凄くヒマだと思われているのではないかと。煮詰まることとヒマとは違うのだけれど。人間というのはわがままなものである。物凄くひとりぼっちで寂しいと思う一方で、友人には自分にとって都合のいい距離を置いて欲しいと思ったりもする。実家に戻ってもうすぐ3年、その間ほぼ完璧に孤独であったために、人付き合いのさじ加減がどうもよく分からなくなってしまった。あまりにもひとりぼっちであったために、あまりにも自分のことばかりを考え過ぎた。いまだに田舎に於ける社交というものの要領が分かっていない。そんなものがあればの話だが。

ただね、友人というのはいいものだなあと思うのですよ。自分は一人じゃないと思わせてくれる。

田舎での一人暮らしというものは、本当に出会いというものがない。最近に至っては、ネット上にしか友人知人というものは存在しないのではないかという錯覚すら覚え始めていた。つまり、世界がだんだんヴァーチャルに思えてくる。世界中のあらゆる出来事が、ツイッターのタイムライン上で起こっているような気がしてしまう。そういう意味では、リアルに友人が訪ねてくるというのは非常にありがたいことなのだなと改めて思う次第。

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午前中のない人生

11月21日、土曜日。

車のディーラーからの電話で起きた。時間を見るともう10時43分だった。昨夜、面倒になってもういくら夜更かししても朝寝坊してもいいやと思ったのだが、これは……。どんどん時差が。

そんなわけだから朝食後の珈琲を飲んでいると昼になる。僕の辞書からは午前中がなくなりつつある。

「JIN -仁-」完結編の最終回を見る。総集編も合わせるともう三度目だ。これはこれでハッピーエンドなのだろう。だがしかし、個人的には二人の想いが報われるハッピーエンドが見たかった。それでも感無量。

夕方近くになって、ドトールに本を読みに行くことにした。行きがけに図書館に寄って現在読んでいるジェイムズ・エルロイ「アンダーワールドUSA」の下巻を借りる。

ドトールの店内はスムーズジャズが結構な音量でかかっていて、それが気になって読書に集中出来なかった。途中から斜め前のカウンター席に座った若い女性が立て続けに煙草を2本吸ったのも気になる。どうにも読書に集中出来ないので、席を立って隣接の書店を見て回る。すると、久坂部羊「無痛」が面白そうだったのでつい買ってしまう。帰宅後調べると図書館にあった。それに現在放送中のドラマを見てからでもよかったような気が。

ドトールを出てイオンモールのリンガーハットで夕飯を済ませようと向かうが道を間違えてしまった。しかしそこは巨大ショッピングモール、少々道を間違えても遠目から見えてなんとか辿り着く。

そんなわけでリンガーハットでちゃんぽんの夕食。

champon

リンガーハットのちゃんぽんを食べるのは数年振り。最後に食べたのは渋谷駅前の246沿いの店だった。あまりにも長いこと食べてなかったので頭の中で妄想ばかりが膨らんで、実際に食べてみるとこんなものかという感じだった。どうやら僕はとんこつラーメンにあまりにも過大な幻想を抱いているらしい。こっちに来てからとんこつのラーメンをいくつか、一風堂のインスタントも食べてみたがどれもピンと来ない。というのも、用賀の柳屋の味が忘れられないせいだ。もう一度あの店のラーメンを食べないことには。いずれにせよリンガーハット、麺の増量無料で税抜540円というのは安い。

mall

モールを訪れる人々は皆カップルか家族連れに見えて、僕だけがひとりぼっちな気がした。もちろん気のせいだ。世界中で僕だけがひとりぼっちなわけではない。

夜はなんとなく番組表を見ていて気になったEテレのドナルド・キーンの番組を見る。僕の人生よりも長く日本に関わり日本の文学を読み、訳し、90歳を過ぎて日本国籍を得て日本に移り住んだドナルド・キーンがあまりにも日本語が下手なのに驚いた。ただそれでもドナルド・キーンは僕ですら読みこなせない旧仮名遣いの古典を読みこなしている。不思議だ。久々にというよりもEテレと名前を変えてから恐らく初めてまともに番組を全部見たが、あまりピンと来なかった。僕の生まれる前から日本の文豪たちと付き合ってきたドナルド・キーンの言葉はあまり響かないしそこまでの含蓄はないように思える。とすると、戦争中から70年日本を見てきたドナルド・キーンの人生とはいかなるものなのか。ただ、僕は何故日本人として生まれてきたのだろうか、などと思う。

実際問題として日本語というものは非常に難しいと思う。「てにをは」とか。”I think” は「私は思う」でも「私が思う」でもいいが、それぞれニュアンスが違う。そう考えると英語の方がよほど簡単なのかもしれない。長年ニューヨークで暮らしてきたドナルド・キーンの日本語があまり上手くないのは、普段日本語で会話しなかったせいかも。

それはそうと、僕は今夜もまた夜更かしをするのか?

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不如意

11月20日、金曜日。

ドアチャイムの音で起こされた。それでも9時半近い。階下に降りて玄関の鍵を開けるとゴミ当番の箒が立てかけてあった。来週の火曜が当番だ。

今日も体調が悪い。また午前中はソファで寝込んでしまった。昨日からか一昨日からか3日前からか、それとももっと前なのかまったくもって記憶が怪しいけれど、ここ数日腹が張って気分が悪くなる。簡単に言えばうんこが一度に出しきれず少量しか出ない癖に便意は催すので、やたらめったらトイレに行かなければならない。それにときおり腹痛、胃の痛み。しょうがないので内科に行った。

2時半に行って受付したものの、予約の患者の後になるというので一旦帰宅して出直し、診察に呼ばれたのは3時半過ぎだった。症状を話すと、前回来たときとまったく同じ症状だと言われ自分がそれすら失念していたことに気づく。そうだっけ? という感じ。ともあれ、H2ブロッカーと整腸剤、ガスを抜く薬を処方されたものの、来月大腸の検査をすることになった。朝8時半に行かなければならないしまったく憂鬱だが仕方ない。

そんなわけで始終腹が張って調子が悪い。ただでさえうつ病を抱えてネガティブ思考なのに体調が悪いとさらに元気が出ない。相場の指値をしておいたものの届かず、週末だから無理もせず。よって夜はアマゾンのプライムビデオで「JIN -仁-」の完結編をひたすら見る。第10話まで。残すところあと1話。

先日のパリの同時多発テロ以来、世界中がきな臭くなっている。この先世界はどうなるのだろう。

北の湖の訃報にも驚く。しかしツイッターのタイムラインを見ていると、毎日訃報というものはあるのだ。

書斎の室温が12度になっていた。今週は気がつくと天気予報を見ていなかった。今日はこの界隈は最高気温が9度に届かなかったようだ。冬の足音が近づいている。せめて体調がよくなればいいのだが。

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友人の葬儀

11月19日、木曜日。

二度寝して起きると10時過ぎ、どうもこのパターンからなかなか抜け出せない。とにかく夜寝るのが遅過ぎる。

午前中、相場のポジションを取っていると携帯が鳴った。町内の叔母(父の姉)からだった。話しているうちに、イナバ先生が亡くなったという話になった。イナバくんは僕の小中学校の同級生であり友人である。叔母が新聞を見ながら言うところによると、一昨日亡くなって今日の午後葬儀だという。電話を終え、本当だったら葬儀に出なければと思った。とはいうものの、急な話だし、叔母は何しろ高齢(88歳)なのでにわかには信じ難い。ひとまず、イナバくんのすぐ近所に住むマキに電話して確認してみることにする。しかしマキもまた隣町の小学校の先生をしているから、12時を過ぎないとまだ授業中かもしれない。こういうときは新聞を取っていないと分からない。いつもは母のところで新聞のおくやみ欄をチェックするのだが、今週は結局一度も新聞を見る機会がないまま面会制限になってしまった。

12時をちょっと回った時点でマキの携帯にかけてみるが出ない。叔母の話によると葬儀は1時半から。どうしよう。行ってみて違う人だったら。葬儀会場は父と同じ場所だったので、電話してみることにした。すると、やはりあのイナバくんだった。

なんだかんだで1時半ぎりぎりに入場。まだ56歳の現役教師の葬儀ということもあって、会場は満杯だった。自分と同い年の友人の葬儀ということでどれだけの感慨と喪失感があるかと思った。つまり、これは僕の葬儀であってもおかしくなかったのだ、という具合に。ところが、弔辞の人数が多く、それも皆長くて、なんだかみんな弔辞が長いなあとかそんな雑念ばかりが湧いてくる。弔辞の最後は友人代表でマキだった。マキは言葉を詰まらせる。僕の葬儀でもこんな風に誰かが泣いてくれるのだろうかなどと考える。

終わったのは3時ごろだった。どうもいまひとつピンと来なかった。というのも、田舎の実家に戻ってそろそろ3年が経とうというのに、かつての同級生で実際に会ったのはまだマキだけだったからだ。イナバくんは小学校のときによく遊んだ。一番仲がよかったのはマキだったが、その次ぐらいにイナバくんとは仲がよかった。中学に上がってマキとは同じテニス部でずっと一緒だったが、イナバくんとはクラスが変わって次第に疎遠になっていった。それっきり、僕はイナバくんと会ったことがない。

ただ、遺影のイナバくんには確かに見覚えがあった。もちろん子供のころの面影もあるが、リアルタイムのイナバくんもどこかで見覚えがあるのだった。でも、僕は確かに彼とは40年ぐらい会っていない。結局、会わず仕舞いに終わってしまった。だがそこには深い後悔というものはなく、彼の死にリアリティを感じることはいまひとつなかった。

今日思ったのは、死というものは当事者(やその家族)以外には、ひとつのエピソードに過ぎない、ということである。それが寂しいことなのかどうか、いまだに僕には分からない。

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昨夜ずっとガタついていた台所のドア、今日は静かだった。昨日は雨が降っていた。とすると、あれは気圧の関係か何かだったのだろうか。

夕方の6時前に利食いして今日の仕事は終了。その後は「JIN -仁ー」の完結編の第6話を見て、夕食後に野球をしばらく見た。7回まで大谷が完璧に抑え込んでいて3点差があったのでてっきり勝ったと思い、久しぶりに「YOUは何しに日本へ?」を見ていたら、いつの間にか日本は逆転負けを喫していた。誰がどう考えても、あのまま大谷を完投させるか、せめてあと1回投げさせていれば普通に勝てていた試合だった。

久々に見た「YOUは何しに日本へ?」、今日はあまり楽しめなかった。実際のところ、切実なリアリティは感じていないものの、僕は確かに今日、友人を一人なくしたのである。

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ポルターガイスト

11月18日、水曜日。

別に今日に限ったことではないのだが、夜になって廊下に面した台所のガラス戸ががたつくというか音を立てる。まるで廊下を風が吹いているようだ。もちろん玄関の戸は閉めてあるし廊下に風など吹いていない。外に面した窓ガラスはことりとも音を立てない。勝手口を開けて外を確かめるが、格別風が強いわけでもない。地震でもない。気にし始めると切りがないし、怖がっても切りがない。もしかして亡くなった父が戻ってきたのではなどとあらぬことが頭に浮かんだりもするのだが。そういえば朝方、内転筋の痛みが酷くなって目が覚めたとき、二階の窓もガタガタとびりついていて騒がしかった。もちろん二階の窓もサッシであり密閉されているはずなのだ。そもそも築30年程度とはいえ、木造家屋というのはそういうものなのかもしれない。しかし。

今日も10時近くに起きる。寝るのが遅過ぎるし、前述のように朝方何度か目が覚めてしまって熟睡できていないということもあるし、まだ風邪が抜けきっていない感じもある。それに、二日続けて昼間寝込んでしまったせいで癖にでもなった嫌いもある。そんなわけで今日も昼に1時間ほどソファで寝てしまった。朝から昼頃まで昨日からの内転筋痛がかえって酷くなってどうなることかと思ったが、午後になったらいつの間にか痛みは消えていた。

午後から「JIN -仁-」の完結編の続きを見る。一応夕方から相場のポジションを取って、夜までかかって職人の日当分ぐらいの利食いはしたけれど、正直もっと粘るべきだったのだがドラマの続きが見たくて。今日は完結編の2話から5話までを見た。

それはそうと、昨日の日記に書くのを忘れたのだが、昨日マイナンバーの通知ってものが届いた。面倒なのでカードを申請するつもりはない。がしかし、考えてみるとこれ以上老ける前に写真を撮って作っておいた方がいいのだろうか。さて。

しかし冒頭の話、この家は騒がしい。もう少し静かにしてくれないものか。

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内転筋

11月17日、火曜日。

何はともあれ、W杯アジア2次予選のカンボジア戦。

まあ相手は最下位、力の差は圧倒的にあるので、先発を8人入れ替えてきたのはまだ分かる。岡崎がキャプテンマークというのにはちょっと驚いたが。もっと驚いたのは試合内容だった。

カンボジアはアフガニスタンに0-3で負けるようなチームである。その相手に前半0-0。しかも攻守でミスを連発した挙句にGKと1対1のシーンを2度も作られあわや失点かという場面も。ハーフタイムを迎えて、人工芝の試合はいつもとはまるで違うサッカーだなと思った。まるで別の球技を見ているような感覚があった。同じ人工芝で0-1で敗れた北朝鮮戦がふと頭をよぎる。この酷い内容は、人工芝にかなり負うところがあるのではと思ったのだった。

後半から遠藤航に代わって柏木がボランチに入った。すると流れが変わった。ということはつまり、途中から出てきた柏木が出来るのだから先発のメンバーだって出来たはずなのである。結局のところ、前半はあまりにも酷い出来だったと言うしかない。

PKを得たと思ったら岡崎が失敗。シンガポール同様、GKが何故か好守を連発。思いの外カンボジアが健闘した試合でもあった。ようやく柏木のフリーキックからオウンゴールで先制。カンボジアの選手は次々に足が攣る。日本のペースになったもののなかなか追加点が入らない。後半まったく消えて、いるのかいないのか分からなくなった宇佐美に代えてとうとう本田を投入。なんだかんだ本田が入ると得点の匂いがする。終了間際になって岡崎に代えて南野。藤春のクロスから本田がヘッドで決めて、ようやっとという感じで2点目。というわけで、カンボジア相手にかろうじて0-2の勝利。

まったくやれやれである。結局このチームはいまだに本田頼みなのだなというところを露呈することになった。香川は酷い出来というわけではないのだがドルトムントでのパーフェクトなプレーに比べると相変わらず代表ではいまひとつ決定的な存在になり切れない。今日は珍しく長谷部を外して山口と遠藤航の二人をボランチにしたわけだが、遠藤はミスが多過ぎてまったく機能せず、後半から柏木に代えられたのは当然の出来だった。右サイドで先発した原口はここ数試合と同様チームプレーが出来ていない。宇佐美はJリーグでも最近得点出来ずにムラのあるところを見せているが、やはり運動量と動き出しが決定的に足りないと思う。

一番不満なのは守備。カンボジア相手にかわされて1対1を作られるようでは。吉田麻也は相変わらずポカがありスピードが足りない。吉田がセンターバックとして不動のレギュラーであるようではやはりダメだと思う。かといって今日の槙野も不安定、日本の一番の課題はこの最終ラインだと思う。植田直通や岩波の大化けを期待するしかないのか。しかし植田は鹿島で試合にすら出れない。植田は試合に出れるチームに移ってもいいのではないか。山口蛍にしても、やっぱりJ2にいるようでは。再び海外移籍が噂されている宇佐美は、プレースタイルを根本から見直す必要があるのでは。ドイツとポルトガルから帰って、器用な中盤の選手から強いフォワードに変わった金崎のような劇的な変化が欲しいところ。

評価出来るのは試合の流れを変えた柏木と本田ぐらいか。課題ばかりが目に付く試合だった。しかし柏木、シンガポール戦に続いて少なくとも攻撃に関しては素晴らしい出来。今回の2戦で改めて見直した選手。

まあとにかく、人工芝のサッカーは別の競技ではと思ったぐらいだから本当につまらない試合だった。これが今年最後の代表の試合というのは情けない。立て直そうにも次の試合は3月まで待たなくてはならない。この一連のアジア2次予選の試合、弱い相手に対して問題点ばかりが噴出したが、ハリルホジッチは果たしてどう立て直してくるのだろうか。一番の課題はやっぱり守備だと思う。2次予選の対戦相手に守備を考え直すというのは頭の切り替えがなかなか難しいとは思うけれど。実際、6試合続けて無失点で終えたわけだから一見大丈夫そうに見えるし、なかなか点が取れないということでどうしても攻撃ばかりが問題点となりやすいが。

おっと忘れるところだった。一番残念なのは清武が昨日の練習で骨折したということ。好調だっただけに、一番痛いのはハノーファーだろう。

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朝起きるとまだ風邪を引き摺っていてだるく、今日も昼から2時までソファで寝込んだ。その後少しマシになったので4時に年金事務所の予約が入っていたのだがその前に母のところに寄ることにした。医療保険の件で確認することがあり、母が電話に出ることが必要だったので。ところが行ってみると風邪が流行っているので今月一杯面会は控えるようにと言われた。今日は用件があるので無理を言って20分ばかり会えたけれど、毎年冬はインフルエンザとかで長期面会制限になったりするが今年は随分と早い。

4時に年金事務所、障害年金の申請をようやっと済ませることができた。が、たぶん通らないとは思う。だが出さないと可能性はゼロなので。

帰宅後は「JIN -仁ー」の完結編の第一話を見る。

それはそうと、昼間ソファで昼寝をしてから、どういうわけか右足の太腿の内側に痛みが。夜までずっと間欠的にぴりっとした痛みが走り、そのたびに「いて」と声を上げる始末。どうやらサッカー選手がよく痛める内転筋という奴らしいが、ただ寝ていただけなのにどうして内転筋が痛んだのだろうか。ただでさえ深刻な運動不足であるのに。

いて。

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病の床、ヒーロー

11月16日、月曜日。

とうとう風邪をひきました。

朝起きたときから節々がだるくて気分が悪く頭痛。あまりに具合が悪くて昼からソファで毛布を被る。2時まで昏々と眠り、そのまま永遠に寝続けてしまいそうだった。まさに病の床に就いているという感じ。たかが風邪とはいえ、普段滅多にひかないものだから。このままでは本当にいつまでも寝続けてしまうと思い、起き出して台所で焼きおにぎりの昼食。試しにイブプロフェン200mgのアドヴィルとビタミンCを飲んでみたところ、その後は具合が悪いなりになんとか起きていられた。風邪をうつすと悪いので母のところに行くのは控える。なにせふらふらだったし。

何も出来ないからというので、延々と「JIN -仁-」の続きを見て、夜までかかって第一期の最終話まで一気に。正直見終わるのがもったいないなと思ったのだけれど。なんでこんなに面白いのだろう。恐らく、それほど強い人間ではなくむしろ弱い人間である仁が、周りの江戸時代の人から見ればスーパーマンのように見えて尊敬され、憧れられるからではないだろうか。つまり、僕らはどこかで誰かに尊敬されたい、憧れられたいという願望があるということ。それは必ずしも自分自身ではなくて、故に僕たちは常にどこかでヒーローを探している。例えば、サッカーの日本代表の試合を見るのもそうだ。ヒーローが誕生するのを今か今かとうずうずしながら見ている。それが自分じゃないのにだよ。自分ではないのに、ヒーローが現れ活躍すると胸がすく思いがする。もしかしたらこれは動物が群れると本能的にボスやリーダーを求めるのと同じことなのかもしれない。だがそれにしても、自分じゃなくてもいいというのはなんとも都合のいい性向ではないか。これが自分じゃなければ気が済まないというのであれば実現は途轍もなく難しい。だが自分じゃなくてもいいのだ。考えてみれば当たり前だ。自分で自分を尊敬したり自分に憧れたりすることは出来ない。普通は。尊敬や憧れというのは常に他者に対するものとして生ずる。たぶん。(ただ例外として、若いころの自分自身に憧憬のような感情を抱く部分はあるかもしれない。)

それにしても、風邪をひいただけでここまで身動きが取れなくなるとは。健康というか、体調というのは本当に大事だなと痛感。

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ギブアップ

11月15日、日曜日。

今日は体調が悪くてお手上げ。

朝9時過ぎに町内会の集金で起こされた。確かに寝たのが3時半で遅かったが、ただの寝不足というにはあまりにも体調が悪かった。台所の椅子に座っていてもうとうとしてしまい、1時に予約している12ヶ月点検とタイヤ交換に若干の遅刻。ディーラーからの帰りに久しぶりにモスバーガーで昼食を摂るも帰宅後もただの具合の悪い人だった。コタツで本を読もうとしても起きていられずうとうと。夜までほぼ廃人状態だった。眠いのもそうだが異様に疲れるし腹が張って気分が悪くなる。風邪気味というよりは手が痺れるところをみると精神由来っぽいが。

こういうときこそ早く寝ればいいようなものだが、夜も更けてから今夜も「JIN -仁ー」を見始めてしまった。5話まで。しかしここまで体調が悪いとどうにもならず。一度十分に睡眠を取らないとダメかもしれない。

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暴挙と希望と

11月14日、土曜日。

朝から終日雨が降りしきる。

10時ごろに目が覚め、台所で朝食を摂りながらノートPCを立ち上げてツイッターのTLを追うと、とんでもないことが起こっていた。パリの同時多発テロである。僕を震撼とさせたのは、これがコンサート会場である劇場とフランスとドイツの試合を行っているサッカー場を狙ったということだ。先日読んだばかりの村上龍「オールド・テロリスト」を彷彿とさせる。明確なターゲットを持たず、不特定多数の無差別大量殺戮を狙ったものであるというところが救いがない。こうなると宗教も信念もへったくれもない、ただの闇雲な破壊活動だ。僕のような日本に住んでいて、しかも山形の片田舎に住んでいる人間にも他人事ではないと思えるのは、音楽とスポーツの会場を狙ったからである。個人的なことをいえば、僕の数少ない楽しみが標的になった感がした。テロという言葉どおり、恐怖の種を蒔くという意味では確かに効果的なのかもしれないが、救い難い暴挙だ。夜になってIS(イスラム国)が犯行声明を出した。暗澹たる気持ちになるのは、このイスラム国を支持し、協力する人たちが世界中に山ほどいるということである。彼らが果たして何を目指しているのか、もはやさっぱり分からない。殺戮と破壊の果てに一体何があるというのだろう。

そんなわけだから、しばらく僕の心はざわついた。こういうニュースは世界を憂鬱なものに変える。悪意や憎悪、報復といったものはそういうものだ。

おまけに今日も僕は眠かった。午後、少しばかり昼寝をしようとコタツで横になったが、小一時間ほどうとうとしただけに終わる。外はずっと雨が降りしきっている。まったく憂鬱な日だ。

ところが、夜になって光明が差す。結果的に、気分が一変することになる。というのも、アマゾンのプライムビデオで僕が一番好きなドラマ、「JIN ―仁―」を見始めたのだった。このドラマを見るのは、最初リアルタイムで途中から見て、その後総集編を見たので都合三度目になる。だが第一話をちゃんと見るのは初めてだった。まったく素晴らしい。最高だ。ドラマの最後にMISIAの「逢いたくていま」が被ってくるところは完璧だ。なんて面白いのだろう。3話まで見たが、もう知っている話なのに毎話涙ぐむ。胸が一杯になる。なんていうか、人生というものはこういうもので充たされるべきだと思う。仁が現代の医術で治療していくときのカタルシス、綾瀬はるか演じる咲が仁と彼の医術に引き込まれていく様子。ここには確かに希望があり、タイムスリップした江戸時代は息づく今になる。

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甘い夢

road2

11月13日、金曜日。

夜の六本木を女の子といちゃいちゃしながら歩いていた。ようやく女の子から一緒に泊まる承諾を得て、僕は少々というかかなり浮かれていて妄想が限りなく膨らんでいた。深夜の六本木は通りをびっしりと人が埋め尽くしていた。まるでお祭りのようだ。そこにどういうわけか日本代表の本田圭佑が現れて僕らと合流してしまう。僕はかなり焦った。ようやっとこの女の子が僕と一泊してくれるというときに、なんで本田が現れるのだろう。なんとかしてまかねばと思う。ところがそこにかつて勤めていた六本木の事務所の社長までもが現れる。僕はますます焦る。どうしてこんなタイミングで次々と邪魔が入るのか。とにかく人がひしめく中を、女の子をなんとかホテルに連れ込もうと西麻布方面へ歩く。気がつくとどこかの交差点のビルの屋上にいた。通りの向かいにEXCELLというビルがあり、あああれがホテルだ、あそこでいいやと思う。とにかくなんとかして本田と社長をまいて、この子をあそこに連れ込もう。もうすっかり明け方近く、この分では明日は会社に遅刻しそうだがそんなことはもうどうでもいい。

ここでドアチャイムが鳴り、目が覚めた。せっかくこれからというところだったのに。iPhoneで時間を確認するともう9時半を回っている。ナイトガウンを羽織って階下に降り玄関の戸を開けると、昨日電話で頼んだ灯油の配達だった。かくして、久しぶりに見た甘い夢は中途で終わった。しかし、夢の中とはいえ、夜の街を女の子といちゃいちゃしながら歩くのは物凄い幸福感だった。もうこんなことはリアルではありえないのだろうなと思う。

夢に出てくる街は大概が六本木だ。現在の六本木ではなく、かといってかつての六本木でもない。ただ単に、賑やかな街中の夢を見ると、ああ六本木だと思うのだった。というのも、僕はこれまで7社か8社ぐらいの会社に勤めてきたが、そのうちの3社が六本木だったのである。そのわりには夢に出てくる六本木はリアリティがなく、通りは狭くやたらと人通りが多く、まるで昭和の竹下通りのようだ。そう、とにかく昭和っぽいのだ。

ちなみにEXCELLというのは、かつてLAの友人(日本人)がEXCELL PRODUCTIONSという会社をやっていたのでそこからの連想だと思う。

灯油は安かった。クーポンを使ってリッター60円。今年の2月か3月に最後に入れたときに70円だったから、10円安くなっている。一昨年の冬は90円とか100円近かったように思う。

それはともかく、昨夜はカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を最後まで読み切ったので寝たのが3時半ごろ、昼過ぎまで寝不足の眠気に悩まされる。昨日FXの会社から大量の焼肉と焼きおにぎりが届いて冷凍庫がもう隙間がないくらいにびっしりと埋まってしまったので焼きおにぎりの昼食を済ませ、あまりの眠気にコタツで昼寝を試みた。ところが小一時間ほど横になってみたのだが上手く眠れなかった。眠気は取れず、かえって頭痛までしてくる。眠気がようやく取れたのは、散歩がてら片道徒歩15分強の図書館まで歩いて本を返却に行ってからである。返却したついでにミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を借りようかとその場で冒頭をちょっと読んでみたが、哲学的で気が滅入りそうな気がして止める。書棚を見て回るといずれ読みたいと思っていたジェイムズ・エルロイの「アンダーワールドUSA」があったのでこの上巻を借りることにする。

そんなわけでカズオ・イシグロ「忘れられた巨人」読了。

なんだか最近SFやファンタジーがいつの間にか苦手になってる。

前述のように大量の焼肉が冷凍庫を占領しているので夕飯は焼肉で早めに済ませる。母のところに行くと、今日は習字をしたと母が嬉しそうに言うので僕も嬉しくなった。母が喜ぶ姿を見るのが一番嬉しい。習字と生け花は母の数少ない趣味なので、今日は特養に入って恐らく初めての習字、これからも続けて欲しいものだ。

帰宅後、玄関の蛍光灯がちらついていたので交換。ところが、交換し終えた蛍光灯を落として割ってしまった。箒で掃いてそのあと掃除機もかける。

日中はとにかく眠気で頭が回らなかったので、一応指値はしておいたものの相場には手を出さなかった。夜、ちょっと指値を修正したら2つ成立して、その後そこそこいい感じで利食い出来た。腹六分目くらいだけどこれは結果論。なんていうか、頭さえ回ればなんとかなるという気はする。逆にいえば頭が回らないとどうにもならない。

スポーツメディアの記事を読み漁ると、昨日代表初得点を挙げた金崎が一躍脚光を浴びている。このまま代表に定着してもらいたいものだ。

それにしても今朝の夢の続きを見たい。また女の子といちゃいちゃする夢を見たい。リアルじゃなくていい、夢でいいんだ。あの幸福感を味わいたい。

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