16トン

8月18日、火曜日。

9時半近く起床。日中は暑さが戻るも、朝晩は涼しい。今夜は庭先は静かで、タヌキの親子の気配はなし。

昨日一階の奥のトイレ(一階にはトイレが2つある)の水が止まらなくなったり漏れたりしたので、午前中に近所の業者の爺さん(ついこの間まで区長だった)を呼んで直してもらった。修理代金は何故かタダだった。

昼食後、ほんの20分ほど庭の草取りをしたのだが、情けないことにどうやらそれでバテてしまったらしい。その後書斎のソファで本を読んでいたところ、そのまま1時間ほど気絶してしまった。ここ数日、涼しくなったり暑くなったりするのに身体がついていけないのか。どうにもへばる。そもそも朝起きたときからずうっと身体が異様にだるくて重かった。身体が16トンぐらいある感じ。あまりにも身体が重くて何をするのもしんどいし、力が入らない。今日は6時半ごろに母のところに顔を出す。帰りがけにスーパーに寄って買い物。帰宅後に夕飯。

夕方申し訳程度に相場。バイトした程度。夜も少々手を出してみたが今日はあまり動かないし方向性もよく分からないのですぐに撤退。

夜、BS-TBSで野村芳太郎監督の「八つ墓村」をやっていたので最後まで見てしまった。この映画、何度見たか分からないのだけれど、改めて見るとバカバカしいことこの上ない。正直見て損した。脱力。ただでさえ終日脱力しているのに。

しかしこう毎日だるくてへばっていると、元々ない集中力がさらになくなって何もする気になれず参る。連日ただひたすらバテているだけのような気がする。

カテゴリー: 未分類 | 16トン はコメントを受け付けていません

寝込む、タヌキ再び

8月17日、月曜日。

また急に涼しくなった。今日の最高気温は26度だったらしい。そのせいなのかなんなのか、日中は体調が悪くて寝込んでしまった。

朝9時に住職が棚経を上げに来るので8時にアラームをかけて起きたものの、猛烈に眠い。住職は読経のあと盆礼を受け取ると茶の一杯も飲まずにさっさと次に向かい、まるで集金に回っているようだ。住職が帰ったあと、眠くてぐらぐらでどうにもならないのでソファで横になる。また2時間半寝てしまった。もういくらでも眠れそうな勢い。その後もだるくて身体が重くてどうにもならず。ただの具合の悪い人と化してしまう。

昼食後、あまりにも身体が重いので書斎の一人掛けのソファで本を読もうと試みるもだるくてギブアップ、諦めて安定剤を1錠飲んでまたソファで横になる。で、また1時間ほど寝込む。果てしなく寝てしまいそうだ。実際具合が悪いのだが、これではまるで自宅で入院しているようだし、寝るために生きているような気すらする。

夕方になっても気分体調ともに回復せず、もしかしたら風邪をひいたのかもしれないので本日は母のところに行くのを控える。毎日行っているので一日行かないだけでも非常に気が咎めるのだけれど、さすがに今日は体調が悪過ぎた。

いつもより遅い夕飯をさんまを焼いて食べると多少体調がましになり、月9のドラマを見ながら指標のタイミングで相場を少々。しかし思ったような動きにはならず、結局小遣い稼ぎ程度で終わる。

書斎に行くと窓の外でがさごそと音がする。庭先を駆け回っている音がするし鳴き声もする。もしかしてと思って窓を開けて見ていると案の定、タヌキだった。窓の明かりの中にきょとんとこちらを向いている姿は明らかにタヌキであった。続いて、子供のタヌキが2匹、手前から走り抜ける。たぶん、最初のタヌキは親なのではないかと思う。どう見てもタヌキだったから。どうやらうちの庭に住みついているらしい。写真を撮ろうとiPhoneを取りに立ち上がると逃げてしまい、写真は撮り損ねた。これを書いている間も窓を開けていると庭先を走り回る音がする。今度はiPhoneを持って窓際で構えていると、音はすれども姿を見せない。確かに子供のタヌキは可愛いのだけれど、考えてみればあと半年もすれば大人になるはず、そう考えるとなんとも複雑な心境。まあアライグマのように悪さをするわけではないと思うけれど。

しかし今日は体調があまりにも悪かった。涼しくなるたびに体調を崩すようでは。

カテゴリー: 未分類 | 寝込む、タヌキ再び はコメントを受け付けていません

送り盆

8月16日、日曜日。

今朝もドアチャイムの音で起こされる。今度は回覧板だった。といっても9時20分、だんだん朝起きられなくなっている。朝食後のコーヒーを飲みながら煙草を一服していると、隣町の叔母(母の妹)がやってきたので浴衣(つまり寝間着である)のまま茶の間で応対。昼近くなるとまたもや眠気が襲ってきて12時から1時ごろまでソファで昼寝。もうすっかりお約束になっている。実際、かなりへばり気味であることは確かなのだが、こうなるともはや毎日シエスタをするスペイン人かイタリア人のようであるけれど、違いはというと僕の場合は昼食前に寝てしまうということだ。

2時ごろに一時帰宅する母を迎えに特養に行く。今日は暑さがちょっと戻ったので茶の間の冷房を入れて母を縁側の籐椅子に座らせた。しばらくして、母を連れて寺に墓参りに行く。送り盆の今日、思ったほど寺は混んでいなかった。久しぶりに歩いたせいか、母は疲れた様子だった。4時半過ぎに母を特養に戻すも、今度は僕の方が何故かすっかり疲れ果てていた。

夕食後はBSでJリーグの鹿島対仙台の試合を見る。前半野沢の2得点でリードを許した鹿島だったが前半は非常に内容が悪かった。しかしコーナーキックから山本のヘディングで1点返す。後半になって金崎、カイオと投入すると試合は一変、一方的な鹿島の攻勢になるもなかなか点が入らない。後半30分過ぎに3人目の土居(山形出身)を投入するといきなり土居がヘディングで同点弾、続いて逆転弾まで決めて、鹿島びいきの僕は大いに盛り上がった。広島が負けたので鹿島は第2ステージ首位に浮上。

その後はYouTubeでお笑いバラエティーの「ナカイの窓」を延々と見て笑い呆ける。

は、いいのだが、明日(日付が変わったので今日だが)の朝住職が来て棚経を上げるということを危うく忘れるところだった。時間を9時にしてもらったのはいいのだが、ここ数日のペースでは起きられそうにないのでアラームをセット。この分では明日も昼寝をすることになりそうだ。

カテゴリー: 未分類 | 送り盆 はコメントを受け付けていません

秋刀魚の味

8月15日、土曜日。

終戦記念日の今日、皆が黙祷している正午、僕は何やら夢を見ていた。

朝、ドアチャイムの音で起こされた。といっても9時を回ったところなので文句を言えた筋合いではない。階下に降りていくと町内会費の集金だった。幼馴染である隣組長が一瞬ぎょっとした顔をしていたが、その後顔を洗いに洗面所に行くと、浴衣の胸の辺りがはだけていたのでそのせいだろう。

昨夜寝たのが3時ごろだったせいもあって、朝食後あくびを連発、眠くてしょうがない。それで11時過ぎに書斎のソファでタオルケットを被って昼寝をかましてしまったのだった。目が覚めるともう1時半を過ぎており、2時間半も昼寝してしまった。朝方から午前中は雨が降っていたのに、昼寝から目が覚めてみると外はすっかり晴れて青空、なんか別の世界にワープしたような気になる。例によって昼寝後はだるくて力が入らず、体調が悪い感半端ない。

午後はDVDで池田敏春監督「人魚伝説」を見る。この映画は黒澤明作品を除く日本映画の自分的ベスト3に入る作品なのだが、見るのは10年ぶりかそれぐらい。ちなみにベスト1は原田眞人監督「KAMIKAZE TAXI」、ベスト2は根岸吉太郎監督「遠雷」。久しぶりに見るとタイトル通り伝説的なカルト映画になってしまったこの作品、随所に映像的なアイディアが溢れている。ただ、今見るとCGの進化した現在ならもっとラストの殺戮シーンがリアルなものになっていただろうなとか、音響効果のアフレコがちょっと残念とかいろいろある。ただ、公開時の1984年ということを考えると、当時の邦画としては斬新な作品だった。監督の池田敏春は僕と同じ山形県出身で、この映画のロケ地である志摩町の海岸で水死体で発見された。自殺と言われている。池田は「死霊の罠」とかときおり才気を見せる作品を発表したもののムラがあって凡作を連発するようなところもあり、総じて不遇だった。

夕方近くなって町内の叔母(父の姉)がいとこを連れてやってきた。年初に背中を骨折して先日母のところを訪れたときは杖をついていたということだったが、今日は杖なしで普通に歩いていた。ずっと父の2つ上だとばかり思っていたのだが、今日話を聞いていると3つ上で今年88歳ということだった。帰った後に仏壇を見ると、また叔母は仏壇にお金を置いていった。開けてみると1万円も入っていた。先日僕が骨折の見舞いを持って訪ねたときは頑として受け取らなかったのに、こちらはもらってばかりでなんか借金でもしているような気になる。

例によって6時半過ぎに母のところに行き、帰宅後、夕飯に昨日スーパーで買ってきたサンマを焼く。何しろ魚を焼くのは2年ぶりなので、無駄な気合いを要する。大根をおろすのにも気合いがいる。しかし実際にやってみると魚を焼くのって拍子抜けするぐらい簡単(当たり前)だった。それで、食べてみると久々に食事が美味しいと思った。このところ歯がボロボロなせいで何を食べても美味しいと思えなかったのだ。レトルトでも缶詰でも冷凍でもない食事がこれほど旨いとは。感銘を受けた。つまり、こういう当たり前の食事すら最近は摂れていなかったということでもあるのだが。

その後、なんとなくhuluでデヴィッド・フィンチャー監督「ゾディアック」を途中から(数か月前にそこまで見ていたのだがほとんど忘れていた)最後まで見た。デヴィッド・フィンチャーの映画ってトーンが暗い印象があるが、基本的に後味が悪いか終わり方が消化不良かのどっちかだなと。この映画の場合は後者だった。

夜も更けてからレスターに移籍した岡崎がプレミア初ゴールを決めた。動画で見るといかにも岡崎らしいゴールだった。結果出すの早いなと思う。

さすがに2時間半も昼寝をすると一日が終わるのもあっという間だ。いくらお盆休みの土曜日とはいえ、こんなことでいいのかと思う。だがそんな風に思っている間に一日は終わってしまうのである。

カテゴリー: 未分類 | 秋刀魚の味 はコメントを受け付けていません

淡々

8月14日、金曜日。

今日も涼しかった。Tシャツでちょうどいい気温。これぐらいが続いてくれれば過ごしやすいのだが。

お盆というのはただでさえ暇だ。ましてや雨のお盆となると。

9時前に起きるも、なんか寝足りないような気がする。物凄く眠いというわけではないのだが、十分に寝たという感じがしない。午前中はちまちまと相場のポジションを取っているうちに過ぎる。昼過ぎに庭の草取りで汗だくに。庭仕事を終えて昼食を摂っていると今日も雨が降り出した。午後も相場。途中小一時間ほどソファでうとうとする。スーパーに買い物に行って買ってきた刺身で夕飯を食べ、食後に母のところに行く。

母のところでテレビを見ていて、じゅんいちダビッドソンの名前がどうしても出て来なかった。帰宅後、「本田 ものまね」でググってようやく思い出し、相場を利食いして早々に手仕舞いした後に最近久しく見ていなかったYouTubeで夜中までお笑いのバラエティ番組を延々と見る。流れとしてはじゅんいちダビッドソン→ナカイの窓。なんだか久々に笑ったような気がする。不思議なのはこの手のお笑いバラエティをリアルタイムでテレビで見ることが出来ないということだが、新聞を取っていないしネットでも番組表を見る習慣がないということもあるが、普段テレビを見ないので番組そのものを知らないということも大きい。

なんだかそんな感じで一日を淡々と過ごした感じがする。いまだに誰も訪ねて来ない。しかしそれは常日頃もそうであって、誰かが訪ねてくる方が珍しいのだけれど、どうもお盆という静かな時間を過ごしているとどうにも自分がひとりぼっちで暮らしているという感じがしみじみとするのだった。

最近気になるのは、左よりも右耳の方が聞こえにくい気がするということ。それほど極端に聞こえないわけではないのだが少し違和感がある。どうも気のせいではないっぽい。耳鼻科に行った方がいいのだろうか。晩年の父が耳が遠くなったのが頭をよぎる。

カテゴリー: 未分類 | 淡々 はコメントを受け付けていません

迎え盆

8月13日、木曜日。

朝、弟からの電話で起こされる。予報では今日は午後に雨が強くなるというので母の一時帰宅を見合わせたらどうかという電話だったが、何しろ寝ていたところを起こされたので起きてから考えると不機嫌に電話を切って、不承不承起きたのだった。

確かに朝から小雨がぱらついていたようだ。それになんだか涼しい。午前中は一階の台所や茶の間を片づけて一通り掃除機をかけて掃除をした。雨はどうやら止みそうになく、特養に電話をして本日の母の一時帰宅をキャンセルして16日(予報では晴れ)に変更。

昼食後、弟が夫婦で仙台からやってきた。そぼ降る雨の中、3人で墓参りに行く。墓参りをしている間に雨は強くなってきて、住職に挨拶をしているころには叩きつけるような土砂降りになった。そのせいか、Tシャツではひんやりするくらい涼しくなった。弟夫婦が帰ったあと、窓を開けていると寒いので閉めた。夕方になると雨は上がったが、窓を閉めてもTシャツ1枚では寒くてシャツを羽織った。一昨日まで暑いだのへったくれだのと言っていたのに、まったく信じ難いことだ。実際、書斎の室温は25度とかだ。この涼しさがこのまま続いてくれれば楽なのだが。

弟夫婦が帰りがけに母のところに面会に行ったので今日は休んでもよかったのだが、夕食後に母に面会に行った。なんていうか、行かないと気分的に落ち着かない。

茶菓子を用意して誰が訪ねてきてもいいようにしていたのだけれど、雨のせいか、お盆なのに弟夫婦以外は誰も訪ねてこなかった。例年なら町内の叔母と従弟が来るのだが。結局、弟夫婦がいる間以外は昨夜から持ち越した相場のポジションが気になって、相場のチャートばかり見ていた。本来なら今日は控えるつもりだったのだが。夜までかけて昨日の大敗分の7割方ぐらいを取り戻す。

今日は迎え盆、亡くなった人が帰ってくる(らしい)日であるが、毎年盆が近づくと父が帰ってくるのだろうかと半ば本気で考えるのだけれど、実際に盆になってみるとちっとも帰ってくる気がしない。しかし、なんだか今夜はやけに家の中がひっそりと静まり返っているような気はする。本当に静かな夜だ。あまりにも静かなので、もしかしたら亡くなった人というのはこのようにひっそりと帰ってくるのかな、などと思えてくる。そんな気がしてくるのも、お盆らしいということか。

カテゴリー: 未分類 | 迎え盆 はコメントを受け付けていません

無題

8月12日、水曜日。

涼しい一日。午後驟雨があり、それで一気に涼しくなった。夜は書斎の窓を閉めるぐらいに気温が下がる。体調悪く、本日も昼から1時間半ほど昼寝。妙に疲れていた。午後から深夜まで相場も、延々続くドル売りについていけず大敗。どうして頭の切り替えができなかったのか、いまだによく分からない。逆張りを繰り返して損切りを繰り返す愚行。状態に突入したのかも。夜はツイッターのタイムラインを追う余裕もなく、相当にパニクっていたものと思われる。

明日からの盆に備えて盆提灯を出し、花屋に行って花を買ってきた。今日はタヌキと遭遇せず。

カテゴリー: 未分類 | 無題 はコメントを受け付けていません

タヌキ

8月11日、火曜日。

どういうわけか、7時半前に起きた。当然睡眠は足りないのだけれど、どうせ昼寝すればいいのだし今日は燃えるごみの日なので朝食後、何週間ぶりか何か月ぶりかでごみを出した。その後、業務という名の涼みに行く。

午後、予定通り昼寝。なかなか気持ちよく眠れないが。夕方、意を決して髪を切りに行く。1000円カットは今日も臨時休業、いつ営業しているのかまったく当てにならないので、カット2500円ぐらいの比較的安い美容院に行った。美容師がやたらと話しかけてきて、ここしばらく母以外の人とほとんど口を利いたことがないので、久しぶりに世間話というものをしてちょっと緊張してしまった。なんだかすっかり口下手な人になった気分だ。そんなわけでようやっと髪を切ることができた。

美容院を出るころには雨がぽつぽつと落ちてきていた。それで夕方に涼しくなる。母のところに行って戻ってきて車を車庫に入れようとすると、何やら家の前から何匹かの動物が逃げ出すのが見えた。子猫だと思って、どこかの野良猫が子供を産んだのかなと。車を入れてから気になったので、動物が逃げた家の脇の私道を見に行く。子猫だったら飼いたいなあと思ったのである。見ると、側溝に一匹いる。驚いたことに出てきてこちらに向かってきた。一目見てアライグマの子供だと思った。かがんで話しかけると僕の周りをくるくると回り、僕が差しだした手に鼻づらを近づけてくる。人懐っこい。アライグマは大きくなると狂暴だし家を荒らされるんじゃないかというのが頭に浮かび、僕の手の匂いを嗅ぐように鼻づらを寄せてきたその動物に噛まれるのではないかと一瞬頭をよぎった。暗がりではあるが、よく見るとアライグマにしては随分痩せている。それに顔つきが違うし尻尾が縞模様じゃない。どうやらこれはアライグマではなくてハクビシンではないだろうかと。写真を撮ればよかったのだがこういうときに限ってiPhoneを持ってきていない。僕が腰を上げるとそのハクビシンのような動物は玄関先の草むらの中に逃げていった。

家に戻り、果たしてあれはアライグマなのかハクビシンなのかとググってみた。画像を見るとどう見てもアライグマではなさそうで、体型はハクビシンのようだ。しかし、ハクビシンの特徴である顔の白い線はなかったように思えるし、鼻先のかたちも違うように思える。なんだかよく分からなくなった。確かに暗かったけれど、これでも子供のころは動物学者を夢見て図鑑を読み漁っていたのに、こんな動物の区別もつかないとは情けない。アライグマでもハクビシンでもないとすると、タヌキかなと思って画像をググる。顔つきはタヌキっぽいが、こんなにふっくらはしていなかった。しかし、ウィキペディアで調べるとふっくらしているのは冬毛で、夏は身体も尻尾ももっとスリムだと書いてある。ということは、恐らくあれはタヌキの子供であるのだろう。というわけで、ひとまず暫定的にタヌキであると。

しかしながらどうしてタヌキの子供がこんなところにいるのだろう。確かにここは山形の片田舎ではあるので、いても不思議ではないのだが、子供のころの記憶を辿っても野生のタヌキやハクビシンやアライグマなど一度も見たことがない。それが何故2015年の今、うちの前というか庭先にいるのだろう。考えてみれば、タヌキであれば大昔横浜の日吉の会社に通っていたころ、駅から会社に向かう道端で死体を見たことがあるし、川崎とかにもいるのだから、こんな田舎に出没してもちっともおかしくないのかもしれない。しかし、ということはタヌキの一家がうちに住みついているということだろうか。なんとも奇妙だ。

その後も気になって、カレーの夕飯を食したあと、今度はiPhoneを手に外に出てタヌキを探してみたが見つけられなかった。まあうちの周りにいるのであればそのうちまた遭遇するかもしれないが、基本的に夜行性らしいのでまた見つけるのは難しいかもしれない。というか、書斎の窓を開けていると、夜庭先でごそごそ音がしたりしていたのは、てっきり野良猫だと思っていたのだがこのタヌキたちだったのだろうか。それにしても人懐っこい子供のタヌキで可愛かった。

という具合に、今のところ今夜遭遇したのはタヌキであるということにしている。

相場は夕方まで上手いこと日当が出ていたのだが、タヌキ騒動のあと大失敗。成立した指値が一旦裏目ったところでびびって一番最悪なタイミングで損切りしてしまい、利益のほとんどを吐き出してしまった。その後取り直したポジションで挽回のチャンスがあったのだが、これも利食いをびびってしまってちびる失敗。タヌキに出会って動揺したのか、どうも夜はちぐはぐになってしまった。それでも若干はプラスであるのだからしょうがないのだろうか。

明後日の13日に弟が来るというので、母の一時帰宅を申請しておいた。明後日は少し暑くなりそうだけれど。そういえば昨日の夜に向かいの寺に人が集まっていたのはお盆ではなく、大施餓鬼という法要だったようだ。

佐藤正午「Y」読了。なかなかよかった。以下ツイートから。

今夜は涼しい。また雨がぱらついてきた。今ごろあのタヌキの子供たちはどこにいるのだろう。

カテゴリー: 未分類 | タヌキ はコメントを受け付けていません

睡魔

8月10日、月曜日。

夜になって猛烈に眠くなり頭が朦朧。まあ考えてみれば夜眠くなるのは生理的に当たり前という気もしないではないが。しかしながら、昨日に引き続き、今日も昼間眠くて1時間ちょっと気絶してしまったのだった。察するに、先日蕁麻疹で処方された薬(アレグラ)の副作用ではないかと思う。ネットで調べてみると、アレグラの眠気の副作用は非常に少なく、成人の2.3%ということなのだが。アレグラにしろアレロックにしろ、以前も処方されて飲んだことがあるが、ここまで眠くなった記憶はない。ただ春先に漢方薬を飲んで物凄くだるくなったりしたので、体力の低下に伴って薬に弱くなっているのだろうか。

午前中、今日こそ髪を切ろうと隣町の1000円カットまで遠征してみたのだが激混み、町内に戻って2軒、計3軒回ったのだがどこも混んでいて諦めた。月曜の午前中に髪を切ろうとする人がこんなにいるとは。ちなみに当分営業再開しないかもと書いた町内の1000円カット、今日は営業していた。で、混んでいた。

まだ10日ではあるが、世の中はもうお盆なのか、夕方になって向かいの寺にぞくぞくと車が集まってきてただでさえ狭いうちの前の道に路上駐車しまくり、迷惑なことこの上ない。

母のところにいる間に弟から携帯に電話があり、13日の迎え盆のときに来るという話だった。要するにもうお盆なのだなと。そんな季節。

午後は相場も、いまひとつリズムを掴めず小遣い稼ぎ程度。ただ、このところ週明けにやられるパターンが続いていたのでそれに比べるとまあいいかと。今日はとにかく終日眠くて頭が回らなかった。日中外は暑かったが家の中はそれほどでもなく、逆に夜になって暑い感じがするというのも昨日と同じ。

しかし、たかが抗ヒスタミン剤でここまで眠くなるというのも情けない。一応明日から飲むのを止めてみようか。

カテゴリー: 未分類 | 睡魔 はコメントを受け付けていません

天国の日々

8月9日、日曜日。

東アジアカップ、中国と1-1で引き分け、とうとう勝ち星を挙げられずに日本は最下位に沈んだ。今日の試合も前半はパススピードも精度もなく、恐る恐るパスを回しているようで、かつての日本代表の小気味いいパス回しは見られなかった。したがって同点に追いついたシーン以外は攻撃もろくに組み立てられず。ようやく攻められるようになった後半は土砂降りの雨。今日もゴールを挙げた武藤(雄樹)や遠藤航などそれなりに収穫はあった。だがフォワード陣のポジショニングが悪く、特に川又と永井という名古屋の二人はまったく機能せず、人選自体が間違いだったのではと思える。一番がっかりさせられたのは宇佐美。柴崎にしても試合の流れを変えることは出来なかった。結局のところ、こうしてみると海外組と国内組の力量差はまだまだかなりあると痛感させられた。それにしても最下位とは。それもアジアではなくて東アジアで。武藤が2得点で大会得点王というのにはびっくり。まあそれだけの大会であったとは言えるのだが。

朝8時半ごろにドアチャイムの音で起こされた。階下に降りてみると回覧板だった。それにしても6時間半ぐらいは寝ているのだが、どういうわけか午前中ソファで2時間気絶してしまった。やたらと眠かったのである。

レンタルで注文していたCD(アニタ・ベイカー「Compositions」)とDVD(「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最期編」「天国の日々」)が届いたのでせっせとリッピングして焼いた。昨日デスクトップのOSをWindows10にアップグレートしてしまったのでちゃんとリッピング出来るかどうか心配だったが、無事リッピングソフトが動作してほっとする。DVDのラベルを印刷したら上手くいかず、先日の雷雨でびしょ濡れになってとうとうプリンタがいかれたかと思ったが、インクを交換したら無事解決。

夕方近く、髪を切ろうと1000円カットに行ってみたらいまだに人員不足で臨時休業の札、どうやらしばらく営業再開しそうもない雰囲気。その足で本屋に寄って芥川賞の2作が全文掲載されている文藝春秋を買おうと思ったら売り切れ。こんな山形の片田舎でもそうなのかと唖然。そのままスーパーの敷地内の美容院(カットが2300円)に行ってみたが混んでいて諦め、スーパーで買い物をして帰る。

夕食後母のところに。母があまりに言葉が少ないので、返事もしてくれないのではしんどいと思わず僕がこぼしてしまったら、その後母は自分から話そうと努力をしているようだった。なんだかむしろ気を使わせて可哀想な気がした。どうにも僕は辛抱というか我慢が足りないのだと反省した。

夜はリッピングしたテレンス・マリック監督「天国の日々」を見た。大好きな映画であるのに、むしろ大好きであるがゆえにこの映画を見るのは20年振りか、もしかしたら30年振りぐらいである。あまりにも思い入れがあるのでLDで買おうとずっと思ってそのままになっていたのだ。そうこうしているうちにもうLDというメディアもLDプレーヤーもなくなってしまった。

「天国の日々」を見るとナカタユウコを思い出す。確か仏文の後輩であった彼女が目をきらきらさせて熱心に勧めたせいでこの映画を僕は初めて見たのだった。とにかく驚くほど美しい撮影の映画だ。冒頭から少女の独白が被ることも含めて、この映画が一番好きなのだとナカタユウコは言った。彼女を僕に紹介したのは同級生のミヤザキだった。それでまだ20代前半だった僕らは付き合い始め、目黒のオールナイトの映画(「去年マリエンバートで」)を見に行ったりした。彼女はレミと同じレーザーディスクに勤めていた。そのころの僕はまだオリコンにいたはずだ。僕は阿佐ヶ谷の彼女のアパートにも行ったりしたのだが、とうとうキスのひとつもしないままで終わってしまった。僕は確かに彼女に恋していたわけではなかったのだが、それにしてもどうして付き合うのが嫌になったのか、いまだによく分からない。彼女から電話がかかってきて「吉祥寺でお好み焼きが食べたい」と言われ、僕は「嫌だ」と言った。そうしたら彼女は「ごめんなさい」と言って泣き出した。それが最後に交わした会話だったと思う。そんな風に僕らは終わってしまった。ただそれだけの、付き合ったうちにも入らないほどの付き合いだったのだけれど、いまだに「天国の日々」を見ると彼女を思い出す。そして、いかにも未熟でわがままで若かった自分自身を思い出すのだった。オールナイトの映画を見た帰り、信号待ちの間に小柄な彼女の頭に顎を乗っけたことを思い出す。僕が出来たのはせいぜいがそこまでだった。あのもどかしいころも僕自身の「天国の日々」だったのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 天国の日々 はコメントを受け付けていません