もろもろ

12月2日、水曜日。

別に昨夜早く寝たというわけではないのだが、8時過ぎに起きた。というのもすっきり目が覚めたような気がしたからなのだが、もちろんそれは単なる勘違いに過ぎなかった。案の定朝食後に眠気が襲ってきて、結局昼までコタツで1時間半うとうと。正直これでは起きたという意味がない。

今日は精神科。このところのやる気のなさと日中の眠気、睡眠薬を飲んでもまったく眠くならないこと等を訴える。で、睡眠薬のレンドルミンをもう少し強くて作用時間の長いロヒプノールに変更、それと抗うつ薬のドグマチールを1日4錠に増やすことに。というかこれは全部僕からのアイデアであって、医者のアイデアではない。これではまるで自分で処方しているようなもの。それほど医者は万策尽きている感じである。話しているうちにどっちが相談しているのか分からなくなる。正直ロヒプノールにすると日中の眠気が余計酷くなるのではないかという心配があるし、ドグマチールを増やすとやたらと腹が減る。ただ、医者曰くもっと食べた方がいいということだった。それほど僕はやつれた欠食児童のようになっているということなのだろう。実際憔悴しきってるし。夜、珍しくテレビを見ていてチャンネルを替えているうちにNEWS23で貧困母子家庭の特集をやっていたのだが、昼は賞味期限切れのパンだというその家庭の夕飯よりも僕の夕飯は貧しいような気がした。要するに高いものを食べれば腹が朽ちるというわけではなくて、僕の場合は料理の品数に問題があるような気が。その辺でどうも栄養のバランスが取れていないと思う。もうちょっと食費に金をかけてもいいのかもしれない。週に一度は外食するとか。うーむ。

今日は思うところあって、上部メニューのprofileをちょっと手直ししてContactを追加した。本名と携帯電話の番号をさらしてみた。本当はサイトデザイン自体をやり直したいと思ってWixがよさそうだなと思ったのだけれど、使い勝手は非常にいいのだが自分のドメインと紐づけしたり広告の表示をなくすためには有料(それもあまり安くない)になるということで目下考え中。

夜は母のところから帰宅後、夕飯を食べながらJリーグのチャンピオンシップ決勝の第1戦、ガンバ大阪対広島の試合を見た。中継したTBSがホームアンドアウェイとかのレギュレーションを意図的にほとんど伝えなかったという問題はあったものの、試合自体は非常に面白かった。前半は慎重な試合のように思えたが後半になると一転、ガンバが先制してからは途端に点の取り合いになりシーソーゲーム、終了間際にアウェイの広島が畳みかけるところは圧巻だった。特にさしたる理由もなく僕は広島というチームがあまり好きではないのだが(たぶんユニフォームのせいだと思う)、今日のような試合は文句なく面白い。

試合終了後に何かとツイッターでも話題になっていたFNS音楽祭にチャンネルを替えてみたのだが……。ほとんど音を消してた。それにしても古い友人である武部、ありとあらゆる音楽番組でピアノ弾いてる。まあ彼の会社がツアーミュージシャンを一番多く抱えているのは確かだが。また武部かよ、って感じ。しかし、エルロイを読んでいるとジャニーズ系の男のアイドルは全部ゲイに見える。いずれにせよ、若いうちから珍妙な恰好をしてシナを作って愛想笑いしながら踊るという、何が悲しゅうてアイドルなんぞという馬鹿げた商売をやりたがるのか。分からん。

正直言って今日もやる気はなかったのだが、相場はツイていた。テレビ見ている間に指値がついてテレビ見終わったタイミングで利食い。ツイているのはいいことだ、ということにしておこう。

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サイレンと抜け殻

12月1日、火曜日。

12月になった。どうりで寒いはずだ。夜、書斎の室温は9度。

朝の7時にサイレンの音で目が覚めた。寺の鐘なら分かるが、なんでサイレンが。それも長いサイレンだった。二度寝して目が覚めたのは10時過ぎ。昨夜寝たのは3時なのでしょうがない。

本日の仕事。午前中から夕方まで相場。ズボンのポケットが破れたので数年振りに針仕事を少々。

今日から母の面会制限が解除されたので6時半過ぎに母のところへ。今日の母は比較的表情がよかった。

夜になって落ち込む。ひとつにはいまひとつ体調がよくない。特に煙草を吸うと体調が悪くなる。じゃあ吸わなければいいのだろうが、かといって我慢も出来ない、体調が悪くなると煙草を吸いたくなるというジレンマ。母のところへ行く前に相場のポジションを全部決済して手仕舞いしたということもあるのだろうか、緊張感がなくなり何もやる気がなくなり、ひたすら鬱屈した。要するに抑うつ状態なのだろう。

元々僕はうつ病になって以来、一日の後半に抑うつ状態になる傾向だった。それがここ最近は逆のパターンで、日中から夕方にかけて駄目で夜になって多少持ち直すという感じだったのだが、どうやら元のパターンに戻ったのだろうか。とにかく夜は元気がない。抜け殻寸前という感じ。また急に眠くなったり。胃の辺りがちょっと痛む感じもするし実際体調があまりよくない。ところが昨夜もそうだったのだが、本当の深夜、床に就いてから眠気が取れたりするのでややこしい。

明日は精神科の予約が入っている。しかし、なんでこんなに元気がないのかな。

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もやもや

11月30日、月曜日。

今日も眠気に悩まされる。9時半ごろ起きたのでそんなに寝ていないというわけではないのだが。ずっと頭に霞がかかったようで、さしずめ頭の中が曇り。頭が回らない。

眠気でうちの中にいてもうとうとするだけなので、午後になって車でドトールに行ってみる。が、やはり読書に集中出来ず。早々に帰る。留守中に隣町の叔母が林檎を届けてくれていた。

驚くべきことに夜になってさらに眠気は増す。一時はどうなるかというぐらい眠かった。ずうっと頭がもやもやした状態なので相場にもなかなか参加出来ず。夜になってポジションを取るもののやはり頭が回らず早々に退散。

「ファーゴ」の第4話まで見たものの、そんなわけだから昨日に引き続き一日何もやってない感満載。眠いのもそうだし足が妙に疲れている。膝に来ている感じ。

今日はツイッターのタイムラインが水木しげるの訃報で埋まっていた。以前も書いたように訃報というのは毎日ある。しかし今日の今日まで、水木しげるが戦争で左腕を失っていたことを知らなかった。

一日頭がぼんやりしているのは参る。どうしたらすっきりと眠気が取れるのだろうか。もしかして、寝る前に飲んでいる安定剤も関係あるのだろうか。

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重力

11月29日、日曜日。

超ダルい。身体が重い。16トンぐらいある。地球の重力がにわかに倍になったかのよう。

9時半過ぎ起床。いい夢の連続記録は途絶えた。悪夢を見たというわけではないのだが。日中は眠気が取れず。ソファで本を読もうと思っても眠くて読んでいられなかった。午後、特養に電話をして母と静養室で面会。母は気のせいかやつれて見えた。それに、僕を見ても表情を和らげることもなかった。1時間ばかりいて帰る。もちろん、ほとんど僕が喋っていた。

そんなわけだから今日は出かけたし話もしたのだけれど、眠気とダルさのせいかどうにも印象が薄くぼんやりとした一日。夕飯はよほど外食にしようかと思ったのだが、最近何かと散財する癖がついているような気もしてレトルトのスパゲッティにした。

身体がダルいと頭も回らない。夜は「ファーゴ」(ドラマの方)を2話まで見る。「下町ロケット」には愛想が尽きた。

いや、ホントにダルくて日記を書く気力も湧かんのです。

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いい夢を見る方法

11月28日、土曜日。

いい感じの夢を見ていたのだがまたしてもドアチャイムで起こされた。時間を見ると8時半過ぎ。無視して二度寝しようと思ったが一応階下に降りていくと、郵便受けに電気工事の紙が入っていた。電気工事の挨拶に、何も土曜日の朝8時半に来ることもないと思うのだが。何しろ昨夜寝たのは3時半過ぎ、田舎の人は皆早起きと思われても困る。

ふと気がつくと、先日の恋をする夢を見て以来、3日続けていい夢を見ている。思い当たる節はというと、最近いつもの睡眠薬2錠(ルネスタとレンドルミン)を飲んでもさっぱり眠くならないので、さらに寝床で安定剤のレキソタン1mgを飲むようになったこと。どうもそれ以来いい夢を見るようになった。それと、睡眠時間が長くなったような気がする。同じベンゾジアゼピン系である安定剤を飲むのは睡眠薬を余計に飲んでいるのと同じようなものだから、あまりよろしくはない。これを続けているとさらに薬の量が増えてしまう可能性の方が高い。万人に薦められるものではないどころか、むしろ慎むべきだと思う。がしかし、何しろいい夢が見られるのである。いまのところ。やっぱり今夜も飲んでしまうだろう。なんかしら妙薬を発見した気分なのである。

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5時間しか寝ていないので当然眠い。かといって午前中からまた昼寝をするのも気が進まず。煙草のストックも尽きそうなので業務に。で、結局高くつく。午後は茶の間のコタツでJ1のチャンピオンシップ準決勝、浦和対ガンバ大阪の試合を見ていたのだが案の定前半の途中からハーフタイムまでうとうとしてしまった。試合自体は延長の終了間際にあわやオウンゴールというところからの劇的なガンバの勝ち越し弾が決まり、面白い試合だった。

夕方近くなって思い立って台所と廊下、2階に掃除機をかけ、床の拭き掃除をした。それからホームセンターとスーパーで買い物。

本日の買い物。コタツの下敷きにするラグ、LEDの電球、白熱電球、グローランプ、パイプクリーナー、歯磨き、その他食品。

散財。

かように本日は業務と買い物と二度出かけはしたものの、今日口にした言葉は「ラークマイルド5個」という一言だけ。なんかあんまりだという気がしたので、夜になってかつての同僚であるヒビヤに電話してみたが留守電。

というわけで、今日も一日ほぼ何もしなかったような気がする。

ところでアマゾンのプライムミュージック、一通り無料配信されているアルバムをチェックしていくと少なくともジャズに関してはお宝の山。まさに大盤振る舞い。今まで購入しようかそれともレンタルしようかと気になっていたアルバムを多数発見。そんなわけだから、無料期間が終わっても年会費を払ってアマゾンプライムを継続しようと思う。

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孤高の人

omizuke
先日ニシダが持ってきてくれたおみ漬け。すんごく美味い。

11月27日、金曜日。

雨、雨、雨。

今日は一歩も外に出ていない。今月一杯母のところは面会制限だし、今日は朝からずっと土砂降りの雨だったのでしょうがないのか。夜になって、今日は誰とも一言も言葉を交わしてないと気づき唖然とした。

いや、一言だけ発した。午後、昨日注文した珈琲の生豆が届き、郵便局の配達員に対して「はい」と言った。今日僕が発したのはその一言だけだった。

なんだかそういうことがたまらなくなって、夜中に誰かと電話で話したくなり、キーボードのヤマザキとかつての会社の同僚であるヒビヤに電話してみたが発信音が鳴っているうちに切った。何を話していいものやら、まったく分からなかったからである。それになんだか近ごろは昔と違って深夜に電話をするのがやけに気が引ける。逆に言えば昔は深夜の0時過ぎによく平気で電話していたものだなあと思う。そういうことって都心に住んでいるとあまり気にならないが、田舎に住むようになってから気になるようになってきた。何しろ田舎の夜は静かだ。

いずれにせよ、孤独だなあと思う。何か自分が物凄く寂しい人生を送っているような気がしてくる。

一応今日も仕事はそれなりにした。午前中は眠くてコタツでうとうとしたが、午後から相場のポジションを持ってはらはらしながらも夜に決済。またちびってしまったけれど。

会社勤めの人で在宅勤務に憧れている人はたくさんいるのだろうけど、実際問題として在宅の仕事というのは身体的には楽かもしれないが、精神的にはむしろかえってきついと思う。家族と一緒に住んでいる人ならまだしも、一人の場合には。誰とも話さず、誰とも接しないで一日を過ごすのは寂しがり屋の僕にはしんどい。普通に煮詰まる。

夜になってBSで白川郷の番組を見た。感心することしきり。茅葺きの合掌造りを維持することの大変さ。雪深い山奥での生活。一軒の家のカヤの葺き替えに村中総出でやるのには驚いた。自分の住んでいるところを田舎だと常々思っているけれど、世の中にはまだまだここ以上に田舎なところがたくさんあるのだなと思う。

そういえば以前正月に帰省する折に、新幹線で県境を超えると米沢の辺りでは道の両側に雪が壁のようになっており、どうして人間はあんなに雪が積もるところにわざわざ住むのだろうなどと思っていた。山形でも田麦俣という合掌造りで有名な月山の奥にある集落があるけれど、大井沢とか肘折温泉とか、2mとか3mとか雪が積もるところでは一体どうやって冬を過ごしているのだろうと常々不思議に思っていた。今日見た番組では3階建てぐらいの高さがある合掌造りの屋根のてっぺんに上って雪下ろしをしているのに衝撃を覚えた。僕は高所恐怖症だから。実家に戻って3年目、いまだに母屋の雪下ろしをしたことがない。高いところも苦手だしそれ以上に体力に自信がない。つくづく豪雪地帯では体力が必要と痛感。

で、いまさらながら夜中にちょこっと腕立て伏せとスクワットをしてみる。すぐへばる。まあここは豪雪地帯ではないので。

それからアマゾンのプライムビデオで40年振りにドラマ「悪魔のようなあいつ」の第一話を見てみた。脚本は長谷川和彦だった。リアルタイムで見たときもなんとなく嫌な話だと思った記憶がうっすらとあったが、改めて見ると藤竜也を始めとした役者陣の演技が大根過ぎて興ざめ。それに話や設定がスキャンダラスでエキセントリックなものを狙ったのだろうけど、正直見ていて不快だった。以降見る気が失せる。昔のドラマってこんなだったのか。若いころの沢田研二はびっくりするほどハンサム。

それにしてもどうして今日はこう寂しいと思ったのだろうか。そもそもロクに近所付き合いもしない一人暮らしをしているのだから、寂しいと思い始めたら切りがない。どこかコミュニケーションに飢えているのかな。

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怒りを捨てよ

11月26日、木曜日。

かつて用賀に住んでいたころ、駅から15分ほど歩く道すがら、途中の表札に「捨男」という名前を見つけて気になったことがあった。今になってググると酷い名前をつけるという意見が目に入るが、当時はいい名前だなと思った。捨てる男。いらないものは捨てられる男になりたいものだ。

夜、フジテレビオンデマンドと電話で大喧嘩をした。詳しく書くと長くなるので詳細は省くけれど、要は理不尽なことにカチンと来たのである。人間怒るとアドレナリンが出て頭の回転が速くなり饒舌になる。そんなわけで久々に激怒した僕は電話に向かって怒鳴り散らした。もちろん、僕が怒るにはそれなりの理由があるのだけれど、電話を切ったあとでひたすら怒ってしまった自分に自己嫌悪を覚えた。反省することしきり。

怒って得することなどない。正確に言えば思い出すと一度ぐらいは怒って得したことはあるのだけれど(これも詳細略)、結局はそんなものだ。それにしたって怒ったから得したというわけでもなく、別に怒らなくても理詰めで解決できた話だった。

ここ10年ばかりの僕の失敗の数々は、すべて怒ったり感情を制御できなかったりしたことに起因している。どうして人間は怒るのか、何故カチンと来てしまうのか、とひたすら考える。

父は晩年、母に対して80過ぎたら怒るな、と言っていたらしい。80にならなくても出来ることなら怒りたくない。怒りという感情を捨ててしまいたい。少なくとも制御できるようになりたい。だが感情というもの、リアルタイムで制御するのは本当に難しい。一体どうしたらカチンと来たところで自分の気持ちを抑え込むことができるのだろうか。

何故人間は怒るのか。例えば、「下町ロケット」みたいな分かりやすいドラマで分かりやすい敵役が露骨に嫌味な言葉を発すると、見ている側は本能的にちょっとした怒りの萌芽を抱える。それがやがて溜飲を下げる要因となる。大概のドラマはそういう構造になっている。カタルシスのための仕掛けのようなものだ。ドラマや映画、小説の中では怒りはカタルシス、爽快感を得るために存在する。

しかし、現実の生活に於いて、怒りは必要なのだろうか。怒りで解決することなど果たしてあるのだろうか。たぶんない。それは恐らく、怒りじゃなくても解決できるものなのだ。怒りで解決したものはきっと後味が悪い。でも僕らは怒る。少なくともむっとするぐらいのことはこの先も無数にある。怒らない人間というのは、どこか感情が欠落した病的な存在なのかもしれない。

当たり前のことなのだが、怒りを覚えるのはしょうがない。ただ怒りに振り回されてはならない、ということだ。まあそれがなかなかできないから苦労しているわけだけれど。

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朝、恋する夢を見た。夢の中で一人の女性が僕に盛んにかまってくれて、僕はその女性に恋心を抱くのだった。一度目が覚めたが夢の続きが見たくて二度寝した。お蔭で起きたら10時25分、8時間ぐらい寝た。不思議なことに夢の中で恋する女性にはいつも顔がない。ということは、恋することに顔は必要ないということなのだろうか。今日の夢では名前はあった。確か「ユミコ」という名前だった。こういう夢を見るといつも思うのは、どうしたら夢の続きが見れるのだろうかということだ。ドラマの続きを見るように、また夢の続きを意図的に見ることができたら楽しいのに。まあたぶん、そんなことができたら延々と寝続けて夢を見続けたいと思ってしまうだろう。それはもしかしたら現実を捨てるということかもしれない。

要するに、そんな風に人間は捨てることができないということ。

それにしても寒くなった。

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Wednesday

sport1975
中学の卒業写真。(昨日の日記参照)

11月25日、水曜日。

寒い。今日は全国的に寒かったようで、札幌では62年振りの大雪で40cmも積もったそうだ。今日も図書館に本を返却に出かけた以外は家に篭りっきり、したがって暖房をつけっ放し。今月の電気代は結構かさんだ。寒くなると灯油代もそうだし、光熱費がかさむ。雪国の宿命。

今日は7時間半は寝たので、最近にしては十分に睡眠が取れた方だと思うのだが、それでもやっぱり眠くて午前中台所のテーブルに突っ伏してうとうとしてしまう。一体何時間寝ればちょうどいいのか、さっぱり分からない。寝過ぎると頭痛がするし。

基本的に終日相場。またやってしまった。大チキン。日中はなかなか上手くいかずポジションを積み重ねてはらはらしていたところ夕方になって突如好転、ところが人間というもの、悪いときばかりではなく予想外にいいときもパニクってしまうものである。あまりにも急激に好転したもので、慌てて利食いしてしまった。利食いなら腹五分目でもオーケーとかいうけれど、今日のところは腹四分目ぐらいになってしまった。三分目かな。それでもドル円の方はキープしていたので、こちらは夜中まで引っ張ってそれなりに。結果的には昨日の負けを取り戻して十二分にお釣りが来るぐらいというか、数日分ぐらいのプラスにはなったのだけれど、なんにせよユーロドルをちびったのが痛かった。こういうことだとどうしても大勝ちを逃してしまう。

なんだか今日は週末のような気がずっとしていたのは、明日アメリカが祝日のせいか。

相変わらず世界はきな臭いニュースで溢れている。トルコがロシア機を撃墜したり。どうにも不穏なニュースばかり。今日は原節子の訃報が入ってきたけれど、ツイッターのタイムラインを見ていると毎日何かしらの訃報はあるものだ。

そろそろ寝床で本を読むのも寒くなってきたので、昨夜二階にストーブを持ち込んだのだが、ストーブをつけると暑い。上手くいかないものだ。かといってまだ電気敷布にするほどではないし。下巻に突入したジェイムズ・エルロイの「アンダーワールドUSA」、だんだん読むのがしんどくなってきた。あまりにも簡単に、無残に人が殺され過ぎるし、エルロイの書く話というのはどうにも救いがないというか憎悪に満ち溢れている。

真面目な話、毎日救いがあればいいのだが。

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早起き、卒業アルバム

11月24日、火曜日。

アラームをかけて7時半起床。久々にゴミを出す。物凄く眠くなるかと思ったがそうでもない。と思っていたのだが、結局10時ごろから眠くなり昼までコタツでうとうとしてしまった。

午後1時にディーラーに行ってスタッドレスの新品に交換。帰宅後、ニシダから電話があって漬物を持ってくるという。なんだかんだあれからニシダからは毎日電話がある。ちょっとめんどくさいなあとは思うものの。

ニシダは中学のときの卒業アルバムを持ってきた。すると、名前も顔も忘れていた同級生たちを何十年振りかで思い出す。人間不思議なもので、すっかり忘れていたと思っていたのに写真を見ると次から次へと思い出すのである。つまり、誰かを完璧に忘れることなどそうそうないのだ。記憶の断片は残っている。それをどうやって引っ張り出すかだけだ。そして、それらは大概の場合映像として記憶されている。

写真の中には中学生の僕がいた。中学のときに好きだった子も、高校に入ってから付き合った子もいる。特に女の子の場合、後になって随分とイメージが変わった子も多い。つまり、大概の女子の場合は大人になってからびっくりするほど綺麗になっていたりする。逆に男子の場合は写真で見る中学時代は随分とすっきりしていて初々しいが、今となってはすっかりただのおっさんになっている(自分を含む)。こうしてみると、中学生のときの印象というのは(それほど)当てにならないとも言える。

今日の相場は失敗。日中に利食いしておくべきだった。結局夜中になってから損切り。その後少しだけ取り戻したものの、久しぶりに一敗を喫する。今日のところは判断がよろしくなかった。と、今チャートを見ると大失敗。我慢していればよかっただけの話。

午前中2時間近く昼寝したものの、結果的には早起きした分煙草の本数が増えてしまった。

今もう一度改めて卒業写真を見てみたのだが、爽やかな美少年として写っている自分(←自分で言うな)も含めて、卒業写真というのはなんかちょっと痛い。もう亡くなってしまった人も何人かいるし。じっと見ているとなんだか息苦しくなる。それはただの感傷というだけではなくて。そこにはもう僕らが失ってしまったものがあるから。

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冴えない

11月23日、月曜日。

昨夜から体調が悪い。普通であれば夜になって体調がマシになるのだけれど、どうもそういうところからして調子が狂っている。

まあそんなこともあって10時近くに起きて7時間は寝ているのだがどうにも眠気が取れず、午前中は台所の椅子の上でうとうとしているうちに昼になる。

午後になっても一向にうだつが上がらない。頭が回らない。相場の指値は一応置いているもののやる気というものがない。実際問題として最近の僕はバイタリティのなさにかけては人後に落ちない。なんだか今日は妙に身体が疲れている。

特養に電話を入れて、2時半に母と静養室で面会。久しぶりだ。約一週間ぶり。母は僕の顔を見ると顔を輝かせたが、イナバくんの訃報を伝えないわけにはいかず。面会は30分ほどで切り上げる。

母のところから帰宅後も身体も頭も重くてしょうがないものの、なんとか相場のポジションを取って夕食後に利食い。ひとつだけポジションを残しておいたのだが夜になって同値。週明けだったのでプラスならよしとせねば。

とまあ、なんとも冴えない一日。体調がよろしくないと人間どうにもならない。とにかくぱっとしない。なんでこう一日中眠いのだろうかと悩む。夜になって先ほどYouTubeでドルトムントの香川の密着取材の動画を見たのだが、香川は8時間寝ているそうで、僕みたいに体力がない人間が7時間睡眠じゃ足りないのももっともなのかもしれない。

明日は朝町内会のゴミ当番なので今から起きられるかどうか緊張している。アラームをかければ起きることは起きるのだろうが……。

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