土曜日の記憶

10月24日、土曜日。夕方から雨。

どうも一日の記憶が怪しい。若年性のボケかどうか知らないが、最近の記憶力は悲惨だ。例えば、3日ほど前に結構大きな地震があってビビったのだが、日記を書く時点でもう忘れていた。日記をちゃんと書くには、いちいち自分のツイートを参考にしなければならない。最近は面倒でそこまでしないが。一日の中でもきちんと覚えているエピソードとそうでないものとがあって、要するに一日というものをまんべんなく覚えていない。なんというかこう、記憶がきちんと繋がっていない。

このところ起きるのが遅いので少しは早起きしなければと思っていたら7時に一度目が覚めた。しかしながら昨夜寝たのは2時半近かったのでさすがに二度寝、8時ごろに起きる。早起きしてみると朝は寒い。朝食後にもう暖房を入れる。結局午前中は業務に行ったのだが、何しろ睡眠不足で眠いしおまけに寒かった。なので昼過ぎに適当なところで切り上げて帰宅。2時からBS-TBSで湘南対鹿島の中継があるのでそれに備えていたのだが、眠くて台所のテーブルに突っ伏して20分ほどうとうとしてしまった。贔屓の鹿島は1-2で負けてしまった。柴崎は精彩を欠いていたが、このところの金崎は凄くいい。個人的には代表に選ばれてもいいと思っているのだが。

4時過ぎにはもう暗くなって台所の電気を点ける。そのうち、雨が降り出した。母のところに行くころには結構な土砂降りになった。今日は夕方から夜にかけて「るろうに剣心 伝説の最期編」を見た。まあ昨日も書いたのだけれど、ストーリーが漫画に忠実過ぎると思った。セットとか凄くよく出来てるし、殺陣も迫力があるのだけれど、せっかく実写なのだからもっとリアリティを追及したものを見たかった気もする。もちろん、あくまで個人の感想。

一昨日は年金事務所と相談した直後で物凄く焦っていたので電話をかけまくったのだけれど、あれから二日も経つと今度はどうにも電話をかけられなくなってしまった。特に何度か電話して出なかった相手には電話出来ない。どうにも嫌がられているのではないかという気がしてならないのである。なんだかすっかりテンションが下がる。かけるときには一日だーっとかけまくって、そうじゃないときはまったくかけられないというのはどうにもバランスが悪い。用件があって電話しているのに、こうやって時間が経つとますます連絡しにくくなってしまう。分かってはいるのだが……。

いつもより早く眠くなっているのは睡眠不足のせいか。結局今日も散漫な一日だったような気がしてならないが、土曜日だし休日だからまあいいか。やけに寒く感じて何度か暖房を入れたりしてしまったのだが、母のところで天気予報を見ると今日は最高気温が24度近くあったらしい。信じられない。で、明日の最高気温は14度だというのだが。いよいよ寒くなる。北海道はもう雪が降るらしいし。

【追記】なんか書き忘れてる気がしたら、トイレ掃除をしたのと、遂に庭の松の木の伐採を依頼したことを書くのを忘れてた。やっぱりダメだな……。

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あっという間の一日

10月23日、金曜日。

どこかのイベント会場でバンドのライブをやっているのだが、僕を放っておいてベースのヨウタロウがギターを持ってキーボードのヤマザキと一緒に歌い始めた。壁際に座り込んでいた僕は慌ててそれに合わせてギターを弾こうとするが、ギターのフレットやらナットやらがボロボロと剥がれ落ちる……。

という夢を見て朝目が覚めた。どうやら昨日、いろんな友人連中に電話をして繋がらなかったことをまだ引き摺っているっぽい。友人たちに取り残される、孤立するという感覚。今朝も起きたのは10時前、最近いくらなんでも起きるのが遅過ぎる。朝食後の珈琲を飲みながらぼんやりツイッターのタイムラインを追ったり相場のチャートを見ている間に昼になってしまう。

昼ごろまで外は快晴だったのは覚えているのだがその後の天気の記憶がない。夕方母のところに行くまでは一歩も外に出ずに相場をやっていた。しかしながら日中あまりにも相場が動かなくて昨日同様バイトした程度のプラス。

昼過ぎに元部下のクラモトから電話がかかってきた。クラモトと話すのはかれこれ3年振りか4年振りである。久しぶりに話してみると以前の会社は辞めて今は介護の仕事をしているという。彼も50を過ぎて音楽の仕事は厳しいっぽい。それで、クラモトの話によるとセイと一緒に社長をしていたイケダさんが半年前に癌で亡くなったということだった。何年も連絡を取っていないと、いつの間にか世の中は様変わりしているようだ。当たり前なのかもしれないが。

週末なので母のところから戻った夜は相場は控え、DVDに焼いておいてそのままになっていた「るろうに剣心 京都大火編」を見た。話自体はアニメ版で一度見た話ではあるのだが、実写版となるとあまりにも話が漫画過ぎて参る。まあ元々漫画なのだからしょうがないのだが。

で、気がつくと日付が変わっていて唖然とする。今日はほとんど何もせずに一日が終わったような錯覚を覚える。夕方まで相場のチャートを睨んでいたことはいたのだけれど、そうするとあっという間に一日が終わってしまった印象。昨日が一日バタバタといろんなことがあったので余計にそういう気がする。

一応気にしているのだがなかなか煙草が減らない。やたらと吸いたくなる。以前のように、次の煙草まで1時間は間隔を空けようとか、午前中だけ禁煙しようとか、そういうことすら出来なくなっている。なので、しばしばもう吸いたいだけ吸うことにしようとか思うのだが、結局はそんな風にも出来ない。そこまで無謀にも自暴自棄にもなれない。自分が煙草の匂いがするのが嫌だったりする。正直、煙草を吸わなくても平気でいられたらどれだけ楽だろうかと思う。

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じたばた

10月22日、木曜日。

今日はいろんな意味でじたばたし、どたばたした。

10時前に起床。午前中は快晴。薬が切れそうなので昼前に皮膚科に。天気がいいので紅葉を見ながら昼食にしようと、その足でコンビニでサンドウィッチを買い、久々に町外れの人造湖に向かう。着くころには少々雲が増えてきた。

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写真を見ても分かるように、まだ紅葉の見ごろという感じではなかった。というよりも、広葉樹が少ないようだ。久しぶりの山の中の人造湖は人の気配がまったくなく、静まり返っていた。湖面にわずかばかりの紅葉が映る。

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サンドウィッチを食べて煙草を一服して帰宅。3時に年金事務所の予約があるので、小一時間ほどしてまた車で出かける。

予約しただけあって、ほとんど待たずに相談は始まった。障害年金の申請書類を見せると、またもや例によって初診を確認するものがないという話になり、つい切れそうになる。

「15年以上も前だし、その後4回も5回も引っ越ししているし、第一15年後にまだ病気でさらに悪くなって年金を申請することになるから領収書や診察券を取っておこうなんて思うわけないでしょう!」

僕がそんな風に勢い込むと、名刺によると相談室の室長である担当の男性は「あなたがそういう風に諦めてはダメでしょう」と僕をいさめた。話を聞いているうちに、この担当者が物凄く親身であることに気づいた。とにかく僕が年金を受け取れるようにしたいのだと彼は語った。もし不受理になっても異議申し立てとかさらに2度チャンスがあるから、そこまで諦めないで頑張りましょうと言ってくれた。あんまりいい人なんでちょっと驚いて、ちょっと感動した。いずれにせよ初診に当たるのは、用賀のメンタルクリニックではなく、その前にちょっと受診した溝口の精神科になるという。ひとまずこちらを電話で確認して、カルテがなくて受診記録もないようであれば、第三者証明という親族ではない第三者の証明書が必要になるという。そのころは制作会社に在籍していたころなので、当時の社長と同僚に頼んでみるということにした。

ところで、この年金事務所の担当者、僕の年金記録を見て「雲母社」を「きららしゃ」とちゃんと読んだので(普通の人はまず「うんもしゃ」と読む)驚いていたところ、「これって松任谷正隆さんの会社ですよね?」というのでさらに驚いた。話をしてみると僕がディレクターをやった松任谷由実の4枚のアルバムを全部持っているという。なんというか、こういうところもラッキーだったのかもしれない。

とにかく、もうまったく受理される見込みはないであろうと諦めていた障害年金の申請に少し希望が出てきた。

少しばかりの希望が見えてきた帰り道、美容院に寄って髪を切った。最近抜け毛が気になるし生え際が後退しているような気もしていたので、思い切って短くした。ばさばさと切られて落ちてくる髪の毛の塊を見ると、随分と白髪が目立っていた。ずっと髪を切りたかったので、少し気分的にもさっぱりする。

帰宅後、まず溝口のメンタルクリニックに電話してみる。すると案の定受診記録がないということだったが、それ以前に設立が8年前だということが分かり、どうやらそもそもこのクリニックではなかったということが判明。もうひとつの病院に電話をしてみるが、5時以降は担当者がいないということで明日かけ直すことに。

いずれにしても誰か第三者証明を書いてくれる人を見つけておいた方がいいだろう。たぶんというか間違いなくもうカルテは残っておらず、受診記録もないだろうから。というわけで、制作会社の当時の社長であったセイと、同僚だったクラモトに電話してみるがどちらも留守電。なんとか誰かを担保しておきたいと友人に片っ端から電話してみる。ところが誰一人電話に出ない。学生時代のバンド仲間、業界時代の仕事仲間、同級生、I泉さん、思いつく人間すべてに電話してみたが、驚くべきことに全員が留守電だった。唖然。物凄く焦る。ちょうど昨日読み終わった「ナイルパーチの女子会」の世界に陥りそうになる。まるで世の中から友人や知人が消え失せてしまったような気がするし、もしかすると彼らは僕が思っているような友人ではそもそもなかったのではないかというような疑心暗鬼に駆られる。まあ平日の夕方という時間帯もあったのかもしれないが、それにしても誰一人連絡がつかないとは。3人ぐらいに留守電のメッセージを残したものの、夜になっても誰にも繋がらない。さすがに焦り狂う。とうとうHにまで電話してしまう。セイもクラモトもヤマザキもI泉さんもいつまで経っても何回かけても留守電。考えてみればセイとクラモトには何年も電話していないから電話番号が変わったのかもしれないし、下手をすると死んでいるかもしれない。セイは会社を畳んで池袋で店をやっているのだが、ネットで調べて店の方に電話をしてみても出ない。もうホントに焦りまくる。最後の頼みの綱と思っていた同級生のジョンも留守電。まるで世界から誰もいなくなったような錯覚に陥りそうになる。

というところで、ジョンがLINEでかけ直してくれた。こうしてじたばたした挙句、ようやく世界と繋がったのである。という気がした。事情を話すと、ジョンは気持ちよく引き受けてくれ、とにもかくにもほっとする。誰もいなかったらジョンが第三者証明を書いてくれることになった。ありがたい。本当にありがたい。ジョン、ありがとう。

という具合にようやくどたばたが収まって一安心ついたところで相場のチャートを見ると、ちょうど大きく動き始めたところなのでバタバタとポジションを取ってちびって即利食い、それでもプラスに。

こうしてじたばた、ドタバタした一日もようやく終わったかに見えた。がしかし、予想外に大きく動いた相場のチャートを眺めているうちに、夜11時の指標時に魔が差した。衝動的にポジションを持ってしまい、そこからまたもやじたばた、ドタバタしてしまい、気がつくと本日の利益が半分以下に。あー。頭をかきむしる。

とまあ、何かとじたばたした一日であった。いやホントに、一時は友達が誰もいなくなったのかと思った。

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ナイルパーチの女子会

10月21日、水曜日。

今安定剤を1錠飲んだばかりで、効いてくるのを待っているところ。もっとも、最近はほとんど効かないのだが。

そんなわけで柚木麻子「ナイルパーチの女子会」読了。

人気主婦ブロガーとそのファンが高じてストーカーになるOLとの女同士の確執、軋轢を描いているが、途中からストーカーの暴走が物凄く一体どうなるのだろうかと。脇役の女性のキレ方も凄まじく、女って怖いなあと思いながら読んでいた。後半まで常軌を逸して暴走がエスカレートするのだが、最後は双方収まるべきところに静かに着地することになり、気がつくといわゆるビルドゥングスロマンみたいな感じで終わるので、その辺はいささか物足りなさを覚えるが(そのあたりは好き嫌いの分かれるところだと思う)面白かった。たぶん男性作家であればもっとホラーっぽく最後まで暴走させて終わるのではないだろうか。そういう意味では女性作家らしい視点を終始貫いていて、ちょっと新鮮だった。常軌を逸したストーカー女性の描き方が女性特有の露悪的なものになっていて、本当に女性というものが怖くなる。実際のところ、自分は女心というもの、女性というものの本質を実は知らないのではないだろうかと不安になるほど。

この小説では登場人物も作者も「友達がいない」ということに異様なまでに拘泥しており、一体「友達」とは何かと考えてしまう。僕自身男であり、この小説で言うところの「友達がいない」という感覚を自覚したことはないけれど、例えば真の意味(そこすら実に曖昧なのだが)での「親友」かどうかとなると、親友だと思っていた学生時代のバンド仲間は僕の電話にほとんど出ないし、もちろん向こうから電話がかかってくることなどない。そういう意味では、ある意味現在の僕も「友達がいない」のではないかという不安に近いものを覚えることはしょっちゅうある。これは「友達」というものが双方の温度、テンションが合致しているときは実に気持ちがいいものであるけれど、どちらかの温度に差が出るとバランスが崩れ、下手をするとこの小説の中のストーカーと被害者のような関係性になりそうになる。それは日常的に簡単に起こり得る事態で、決して珍しくない。ただそういうとき、僕らは通常いささかバランスを崩していることを途中で自覚するものである。そこで抑制が効かずバランスが完全に崩れてしまうと、片方がストーカー(あるいはそれに類するもの)と化してしまう。つまり、客観的な関係性として。こういう気持ちの捻じれ方は、当の本人はなかなか自覚できない。それは僕自身がかつて電話に出ていた友人たちがまったく電話に出なくなったことに対して、余計にムキになって電話をかけてみたり、どうしてだろうと必要以上に考え込んだりした経験からそう思える。また、僕自身逆の立場、ストーカー的な言動、行為を受けた経験もある。要するにストーカーなんて、ちょっとバランスを崩して逸脱すれば誰にでも可能性があるということで、そういう意味でもこの小説はそうした心象ならびにそれに連れて起こる事象をよく描けている。

ところで、これを読むまで「女子会」という言葉が流行語であることすら知らなかった。女子だけの集まりを女子会と呼ぶのなら男だけの集まりを男子会と呼ぶのだろうか、まさかね、と思ってググってみると本当にいまどきは「男子会」と呼ぶらしい。これはいささか気色悪い。女子会はまだしも男子会とは。

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今日は気持ちよく晴れた。皮肉なことに、天気が悪かったのは昨日だけだった模様。しかしながら一人で紅葉を見に行く気分にはなれず。

午前中、母の教え子である植木職人(というか名刺によると本業は農家らしいが)の人がやってきて松の木を見てもらった。なにしろ3年ばかり放っておいたので、2本手入れをすると5・6万はかかるという。それで、彼が言うには表の玄関先の松の木はともかくとして、庭の奥の一本は伐採、つまり切り倒してもいいのではないかと。最近は維持費が大変だというので代替わりした家ではよくそうするのだという。なるほどと思ってそれは母と相談することにして、ひとまず玄関先の松の木一本だけ手入れしてもらうことにした。それでも3万ぐらいはかかるらしい。日が暮れた後に母のところに行ってそのことを話すと、切ってもいいという。なのでたぶん伐採することになると思う。庭にはもう一本、それほど背が高くない松があるので、庭の奥にある一本を切ってもさほど問題ではない。ただ、気分的に寂しくはなるだろうなとは思う。職人の話によると、父の弟(故人)にまつわる木だということらしいので、なおさら気にはなる。かといって毎年全部の松の手入れをするのはいささか経済的にも大変だ。

相場が全然動きそうもない気配だったので、結局昼前から2時間ほど業務に行ってボロ負けしてはなはだしく気分を害する。なんていうか、ハナから気分が乗らずに行ったので余計に自分に腹が立つ。本来業務などというもの、負けはつきものなのだが、これだけ気分が悪いのはネタがよくないから。負けて当たり前のネタを打っている自分が嫌になるのだ。こういうときは、負けても納得(確率からいって当然なのだが)という気分になれない。当たり前の結果になっているのだが、分かっていてそんなことをしている自分にひたすら自己嫌悪を覚えるだけ。こうなると素人となんら変わりないなと思う。

帰宅後も気を取り直すのにかなり時間がかかる。感情というものは実に厄介だ。いまだに相場はなかなか動かず、指値だけして縁側で本を読む。午前中は台所の暖房を入れたほど寒かったのだが、午後になって日の当たる縁側は暑いくらいになった。

本を読み終わって台所に戻ったタイミングぐらいでようやく相場が動き始め、ポジションを取る。結局母のところに行く直前に手仕舞いしたのだけれど、今日もまたちびったというか、いささか利食いのタイミングを失敗した。しかし本日は相場が動かない日だったので、プラスになったということだけでよしとしなければならないのかもしれない。

母のところから帰宅後は、スーパーから買ってきたとんかつで夕飯を食べながらACLの準決勝、ガンバ大阪対広州恒大の試合を見る。結局スコアレスドローに終わり、第一戦と合わせて1-2でガンバは敗退、だが試合自体は力の入るいい試合だった。後半ガンバは攻め続け、手に汗握る試合だった。

その後の夜はひたすら煮詰まる。気が滅入るし何も楽しいと思えない。抑うつ状態なのだろう。何をするにしても気分が乗らない。相場のチャートを見てもほとんど動かないのでただ気が滅入るだけ。音楽を聴いても気が滅入る。煙草ばかり吸いたくなるが吸っても美味しくない。コーヒーすら美味しいと思えないのだから参る。こういうときは何をやってもダメだ。というか、何もやる気になれない。というわけで安定剤を飲んだのだった。

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紅葉を見に行く、はずが……

10月20日、火曜日。

朝、モーターの機械音で目が覚めた。また裏の家で農作業をしているのかなと思って二度寝を試みるもうるさくて眠れず、やむなく起きる。といっても9時半近かった。朝食後表に出てみると、モーターの音は裏ではなく、向かいの寺の生垣を機械を使って剪定している音だった。実際この生垣は何年も道路にはみ出していて、冬に雪が積もると道が狭くなるのでずっと迷惑だなと思っていたのだが、ようやくここに来て道路にはみ出している部分を全部切ることにしたようだ。

昨日連絡があったので午前中は町役場に出向いた。またもや障害年金の書類に不備があるとか書き直して欲しいという話なのだが、何せ僕のうつ病歴はあまりにも長いしその間に引っ越しを繰り返したという経緯もあって、15年以上前の初診を証明するものなど逆さにしてもない。らちが開かないので危うくキレそうになったが、いずれにしても役場ではこれ以上対応できず、年金機構から書類が戻ってくるばかりだというので、年金事務所と相談してくれということになった。まあどっちにしてもたぶん申請は却下されるものとほとんど諦めているのだけれど。

午前中はここ数日同様晴れているように思えたが、午後になって曇りがちになってきた。予報では夕方から曇るもののそれまでは晴れるということだったのだが。2時に母を迎えに行く予定だったが少し早めに行った。母を車に乗せてとにもかくにも月山を目指そうと走るころにはみるみるうちに空は曇り、途中からとうとう雨が降ってきた。これでは紅葉を見るどころではないので、やむなく自宅に引き返す。途中道の駅に寄って母にソフトクリームを食べさせた。

昨日はしっかりしていた母なのだが、今日は言葉数が少なく縁側の籐椅子に座らせると庭の松の木の枝が伸び放題になっていることをしきりに気にする。意味はよく分からないのだが危ない、危ないという。どうにも会話が続かず苦労していると、そこに久々に隣町の饒舌な叔母(母の妹)がやってきたので助かった。叔母に母が松の木を気にしているという話をしたら、玄関前と庭の2本は剪定をしないとダメだと言われた。高所恐怖症の僕では上の方の枝は怖くて剪定出来ないので、母を特養に送っていったあと、母の教え子である植木職人に電話して剪定を頼んだ。もう3年もほったらかしにして伸び放題になっているので費用もかさむがしょうがない。叔母の話によると松の木は毎年剪定しないとダメらしい。

そんなわけで、母を連れて2年振りに月山の紅葉を見に行くという計画は天候のせいでおじゃんになってしまった。

夕方から相場のポジションを取る。結果的にはちびってしまった。裏目に出てストップを食らったわけでもなく一応プラスにはなったのだが、どうにも粘り切る根性がなくあと10分我慢できていたらとぐずぐずと考える。まったくもってメンタルが弱い。腰が抜けるほど弱い。最終的にはストップを同値に置いていたのだからどうやってもマイナスにはならず、目をつむって放っておけばよかったのだが。ケツの穴が小さいというかなんというか。本来早くなければならない逃げ足は遅いのに、利益を伸ばす根性がないのは致命的と言ってもいい僕の弱点だ。以前を振り返ると、パチプロ時代は時間まで打ち切るということが出来ていたのに、いつの間にこうちびるようになってしまったのか。まあ確かに、かつてはある意味無謀ではあったけれど。しかし、どうやったらメンタルを鍛えるというか立て直すことが出来るのだろうか。

それはそうと、夕飯に以前買っておいたレトルトの牛すじのカレーを食したところ、元来脂身が大の苦手であるのでおえっとなってしまい大失敗だった。もう二度と買わないようにしよう。いまだに胃がむかむかするような気がする。

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秋の色

leaves

10月19日、月曜日。

昨夜寝たのは3時ごろなのに9時前に起きてしまった。なので本日は昼寝を覚悟していた。昼食後の2時過ぎに猛烈な眠気に襲われて椅子の上でうとうとしかけたがクリア、夜は夜で9時ごろに急に眠気が襲ってきたもののこれもなんとかしのぎ、ここまで奇跡的に昼寝をせずに済んでいる。確かにもう眠いのだけれど。

日中は相場のポジションを持っていたが、3時過ぎに一旦手仕舞いして所用があったのでコンビニまで歩いて出かけた。まあ所用というのは珈琲の生豆をいつものところに注文したので、代金を振り込むためにジャパンネットバンクに入金するだけ。手数料を気にしなければ違う銀行から振り込んでもよかったのだが散歩がてらである。一番近いローソンまでは歩いて10分ほど。この町もそこここがすっかり秋の景色になっている。

コンビニの帰り、そのまま歩いて母のところに寄った。母は至ってまともな感じ。まともというのも妙な言い方ではあるが、喋ることもしっかりしていたし、会話が普通に成立していたので。ここ数日好天が続いているし明日も天気がよさそうだから、今が盛りらしい月山の紅葉を母に見せたいと思って明日の一時外出許可を申請しておいた。

相場は日中にそこそこ日当程度のプラスが出ていたこともあり、週明けということもあって夜はチャートを見ていたものの極力様子見に。なんというか、様子見に徹するというのもそれなりに努力がいる。要は手を出さなければいいだけなのだが。

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ところで昨日の続きなのだが、この日記の読者が絶滅寸前に思えた件、どうやら週末は極端にアクセスが減るようだ。それにしても、考えてみると一体どういう人がこの日記を読んでいるのだろうか。最近はコメントも全然ないので想像がつかない。思いつくのは同級生のジョンぐらいであるけれど、彼にしてみたところで毎日読んでいるかどうか分からない。以前、昔付き合っていた子(いわゆる元カノだ)からコメントをもらったこともあるけれど、彼女にしてみたところで(たぶん)もう読んでいないと思う。まあ今は昔のようにパチンコに特化していたりうつ病に特化しているわけではないので、そもそも世の中にこれだけブログというものが乱立しているとここに辿り着くことすら奇跡と呼ぶしかないのか。気がつくと田舎で一人暮らししている陰鬱なおっさんの日記みたいになってるし。ともあれ、もしよろしければ一言だけでもコメントいただけるとどんな人が読んでいるのか分かって助かります。と書いておこう。

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更新報告、ドトールへの旅、絶滅の危機

doutor1

10月18日、日曜日。

fragmentsを更新(「手帳依存あるいはメメント」)。

例によって二度寝して9時半過ぎに起床。今日もほぼ快晴、素晴らしい秋晴れ。昨日の散歩の疲れがいつもの習いでどっと来るかと心配だったが思ったほどではなかった。

今日は昼に母のいる特別養護老人ホームで芋煮会(室内)があった。一年振りに食べた芋煮はそれなりに美味しかったのだが、一応写真は撮ったもののプラスチック容器でおいしそうに撮れなかったので写真は割愛。

日の当たらない北側の台所にいるとなかなか気づかないが、日の当たる南側は日中とても暖かいということを発見、母のところから帰宅した午後になって茶の間の縁側で籐椅子に座って本を読み始めた。ぽかぽかとあったかい。が、やはり疲れが来たのかそのうちうとうとしてしまう。で、煮詰まる。基本的に最近の僕は昼寝をすると精神的に煮詰まる。

それで旅に出ることにした。車で20分のドトールまで。ここでも本を読んでいたのだが、何か書かなければという強迫観念に駆られて最初は小説を書き始めたのだが続かず、結局前述のどうでもいい駄文を書いた。この場合、何かを書くということが重要(もちろん僕にとっての話)だったのである。

今日もそれ以外はYouTubeで「YOUは何しに日本へ?」を動画を見て、この数日で同番組のネットにアップされているものは粗方見てしまった。

それはともかく、どうやらこの日記の読者もそろそろ絶滅寸前であるらしい。皮肉なことに、先日せっせと苦労してスマホ表示に対応させてからというもの、読者が激減している。もはやサッカーのチームを組むことすら難しいようだ。fragmentsにしても同様。どうも逆効果だったらしい。いまどきはPCよりもスマホで見ている人の方が多いのではないかと思ってレスポンシブルデザインに変更したのだけれど、それが逆に読者を減らすというのはどういうことなのだろう? 書いている自分としては、特に急激に内容がつまらなくなったとも思えない。特に何も変わっていないし、元々つまらないからである。もう自分のサイトを立ち上げてから16年ぐらいになるけれども、いつごろからだろうか、少なくともここ数年の僕はリア充とは程遠いどころかほぼ無縁と言っていい。サイトを立ち上げたころからそう思っていたのだが、日記とかブログ(最初はそんな言葉すらまだなかった)というものは、幸せでハッピーでどうにもならない、なのでお裾分けしますという幸せ自慢のものよりも、むしろこんだけ不幸せで不運なんだという方が読んで面白い、もしくは読んでいる自分の方がまだましだと思えるのではないかと。まあサイトを続けているうちに、そういうことは一元的には言えないなと自分でも思い直した部分はあり、幸せな人を見るのも幸せなのだと思うようにはなったのだけれど、実際問題として人に自慢できるほど幸せではない。というよりもむしろ、売るほど悩みがある。別にネガティブなものを目指しているわけでもなんでもないのだけれど、日記というリアルなものである以上はしょうがない。だからこの読者の激減というものも、いわゆる淘汰ってものなのだろうか。必然というわけだ。それにしても、スマホ対応にした途端というタイミングが気になる。よく分からない。かといって元に戻すのも気が進まない。なんにせよ、カウンターの数字などに一喜一憂などしたくないのだが。

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散歩日和

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10月17日、土曜日。

今日は絵に描いたような雲一つない快晴だった。あまりにも天気がいいので、午後久しぶりに散歩に出てみた。最近の傾向として、1時間ぐらいの散歩をすると翌日にへばって寝込むというパターンが続いてはいるのだが、ちょっと見逃せないくらいの好天だった。

というわけで、向かいの寺の裏手を抜けて最上川の堤防まで歩く。

smoke

煙が上がっていたがこれは火事ではなく、いわゆる野焼きとか野火と言われるものだと思う。堤防から眺める山並みは、紅葉で色づいてきたのか、真っ青な空とは対照的に幻想的な色合いに見えた。

mountain

久しぶりに散歩をしてみると、懐かしい風景に出会う。こういう風景の中に自分が生活し、生きていることをいつも忘れてしまっている。

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最上川の堤防を橋まで歩いてぐるっと回って戻ってくると、1時間ちょっとの散歩になった。

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午前中寒くて台所に暖房を入れていたのが嘘のように暖かく、歩いていると暑くなってきて途中でジャンパーを脱いだ。いつも買い物をするスーパーまで戻ってきたところでベンチで煙草を一服するころには汗ばむほどだった。

いつもの習いでやっぱり明日はへばってしまうのだろうか。だが本当に、今日は散歩しないのが間違っているというぐらいにいい天気だった。

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母の日記

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夕暮れと蜘蛛。

10月16日、金曜日。晴れ。

もう深夜1時半を回っている。夜になってまたYouTubeで「YOUは何しに日本へ?」を見てたら止まらなくなり、こんな時間になってしまった。正直、日記書くのめんどくさい……。

9時過ぎ起床、午後まで業務、午後から夕飯前まで相場。

例によって6時半ごろに母のところへ。母を部屋に連れていってベッドに寝かせると、日記を書きたいという。僕が日記帳とボールペンを手渡すと、本来であれば習字を習っていて達筆であるはずの母が拙い字で、「いつものように靖(←僕の本名)が来てくれてうれしいです」と書いた。母は「いつも」と書くつもりで「いも」と書いてしまい、僕がそれを指摘すると珍しく高笑いをした。そして、「嬉しい」と漢字で書こうとしたが女へんの右側を上手く書けなくて、結局ひらがなで書いた。たったそれだけの日記だけれど、母が嬉しいと書いてくれるのは僕自身嬉しかった。それと同時に、ちょっと寂しい気持ちにもなった。母が日記に書くことはそれしかないのである。

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オールド・テロリスト

10月15日、木曜日。

冷え性のせいか、寒くて特に足が冷えてしょうがないのだけれど、かといって暖房を入れると暑いというジレンマ。

朝方、何時か分からないが布団の中で寒くて目が覚め、気がつくとまた頭ががんがんに痛かった。二度寝して結局9時半過ぎに起きたのだがまだ頭痛の残滓は残っていた。最近のこの朝の頭痛、寝過ぎとか寝不足とかかなと思っていたが、今朝方の雰囲気では寒くて頭痛がしているような気がする。まあそんなことを言い始めたら、氷点下になる冬はずっと頭痛がすることになってしまうが。どうにも最近の自分の体調の加減がよく分からない。基本的に精神由来で自律神経系がいかれてるっぽい(前述の冷え性とかもそうだと思う)。

午前中から取った相場のポジションが夕方近くに功を奏し、ドル円がどどっと下がって一瞬予想外に利益が出て慌ててしまった。ところがユーロドルの方が逆にストップを食らってしまいいらぬドタバタをする。人間損失を食らったときだけではなく利益が出たときにもパニックになるとは聞いていたが、今日辺りはまさにそんな感じ。結局凡庸な利益しか出せず、改めて利食いや立ち回りが下手だなと痛感。メンタルが弱いと言ってしまえばそれまでだが、相場を始めてもう2年近く経つというのにいまだに慣れていない。どうしても急な展開や想定外の事態に慌ててしまう。まあ人間というのは本来そういうものなのかもしれないが。つまり、慌てたりパニクったりするのは当然なのだと考えるしかなく、そういう意味では凡庸であってもプラスになっただけよしとしなければならないのだろう。どうも利食いが上手く行かなかったり待ちきれなかったりすると千載一遇のチャンスを逃したような気分になってしまい、要するにそういうチャンスは今日だけしかないというわけではなく、今日という一日は単なるワン・オブ・ゼムに過ぎないということがなかなか飲み込めない。センチメントとして。

ともあれ、一旦相場のポジションを全部手仕舞いしてから富山ブラックカレーの夕飯を食べて母のところに行ってみると、看護師曰く母が足が痛いとか痺れるとか言っているらしいと。母は一昨年から左足に静脈血栓が出来ていて弾性ストッキングを穿かないと足が物凄くむくむ。看護師の話を聞いて凄く心配になったが、母に直接話を聞いてみると激痛とか我慢できないほどではなさそうだった。ただ寝ていても左足が痛くなるということで少し心配。

そんなわけで村上龍「オールド・テロリスト」読了。手帳を見たら明日が図書館への返却日だというので、夜になって少々焦って読んだ。

村上龍を読むのは「半島を出よ」以来だ。で、その「オールド・テロリスト」、なんていうかつまらないわけでも面白くないわけでもないのだが、どうも気持ちよくない。自分でも読み終わった後の読後感がよく分からなくて戸惑う。というのも、「半島~」には溜飲を下げる明確な構図があったのだが、「オールド~」にはそれがなかった。老人たちが反旗を翻してテロを起こすという発想自体がつまらないわけではないのだが、その老人たちの怒りにリアリティがない。一方でフリーライターである中年男の主人公の弱さがあまりにも常軌を逸していてこれまたリアリティがない。老人たちをスーパーマンとして描きたい気持ちも分かるしその対比として主人公の弱さを強調したい気持ちも分からないわけではないが、やり過ぎだった。何かというと安定剤を「噛み砕く」し(これはうつ病の僕からしてみればただ「飲む」だけでよさそうなものだと思った)、やたらと泣くわ小便は漏らすわゲロを吐くわ、いくらなんでもここまで弱くて精神的に不安定になるというのは読んでいて鼻白む。そんなわけでどちらにもリアリティがないものだから、シンパシーを抱ける登場人物がおらず感情移入できる人物が見つからない。その辺が気持ちよく終われない構造をもたらしてしまったようだ。老人と相対する側にもスーパーマンを用意(それっぽい人物が登場するので途中期待するのだが)すればもっと話としていくらでも面白くできたような気はするのだが、結局最後まで読んでも読み手である自分の気持ちを落とし込む場所が見つからないような気がした。凄く荒唐無稽なのにすっきりしない。いろんな意味でやり過ぎているのに。まあある意味素直に感情移入できない人物ばかりというのは村上龍らしいといえばそうなのだが。結局のところ、読者を不快にさせる手際というか、そういうところばかりが目についてしまった。

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