空、新しい椅子

7月10日、金曜日。

sora1

母のところから歩いて帰宅する頃合の、宵闇の空。いまさらながらこの町の空はやたらと広く、美しい。長いこと都心に住んでいてこういう空を見ていなかった。もうこの町に戻ってきて2年以上が経つが、ときどきこういう空の下に暮らしていることを失念してしまう。そして、ときどき気づく。

昨日の日記に書くのを忘れていたが、近所の寺の境内でアブラゼミが一匹鳴いていた。今年初の蝉だった。

8時半前に起きて7時間に足りない睡眠、朝食後も眠気が残った。それで眠気覚ましに業務に出かけた。確かに業務中は眠気が取れたと思ったのだが、午後帰宅すると眠気が戻り、さらに業務の疲れも加わって結局4時過ぎまで1時間半ぐらい昼寝してしまう。それからおもむろに相場。昼寝の前に置いておいた指値はすんでのところで成立していなかった。本日は途中で戻り売りから押し目買いに視点を変えたのが功を奏した。3回も同値になったのだがめげずにいたら夕方から好転。というか、今日は最初から押し目買いで見ていれば楽な相場だった。母のところに行く前に決済してしまったので、結果的にはちびった形になり腹六分目どころか半分にもならない程度だったけれど、これでなんとか今週は2勝3敗に。しかし前半の大敗続きがきつい。だが今日のところは雲を掴むように手探りしたわけではなく、ちょっとコツを掴んだ気にはなった。こういうのを忘れないようにしたい。

夕方、注文していたワーキング・チェアが届く。母のところから帰宅して夕食後の夜に30分ほどかけて組み立てた。長年使っていた椅子が壊れたので、同じハイバックのロッキングつきの奴を頼んだのだが、一番安いものを買ったせいもあるけれどいろいろ気になる。黒を買ったつもりなのだが色が真っ黒ではなくダークブラウンだった。以前の椅子を10年以上も使っていたので、同じハイバックでも背もたれの感覚とかに違和感を覚える。こういったものは慣れの問題なのだろう。前の椅子があまりにも馴染んでいたので。ともあれ、新しい椅子になると少しは書斎の机に向かう気も湧いてくる。このところすっかり台所の人となっているので。

今日も日中は室温が30度に達してやたらと暑かった。それで窓を全開にしていると夜は肌寒いくらい涼しくなる。今年の梅雨は雨の日が少ない気がするが、去年と一昨年はどうだったのかいまひとつ記憶にない。山形の梅雨ってこんなものなのだろうか。

夜はhuluでウォン・カーウァイ監督「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を見たが、相変わらず集中力がなく(珈琲の豆を煎りながら見たということもあるが)しょっちゅう一時停止してばかり。というか、どうもこの映画はカメラワークも編集も落ち着きがない印象ではあった。やたらと多いスローモーションがかえって落ち着かない。それにストーリーも延々と主人公の同心円上で遠回りをしている感じだった。総じていえば散漫。そういえば「恋する惑星」を最初に見たときは凄く新鮮だったのに二度目に見ると凡庸な印象を受けたし、ウォン・カーウァイの映画はプロモーションビデオっぽいというか、感覚的に過ぎる嫌いはある。

気がつくともう1時半を回っている。昼寝をしたせいか、あまり眠くない。当たり前の話だが、出来れば夜が更けたら眠くなって、朝から日中は眠くないという方がいいのだけれど。なんだかんだいって、こうして新しい椅子で机に向かっているとちょっと新鮮。まんざら悪くないかもと思えてくる。

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売却

7月9日、木曜日。

考えてみると、5月10日の母の誕生日以来、かれこれ2ヶ月あまり弟が母の見舞いに来ていない。基本的に弟は用件がないと電話もかけてこないので、ここしばらく電話でも話していない。しかし特養に入所してからの母は、会話のレスポンスが悪くて話がまったく広がらないし続かないので、無理からぬことである。わざわざ片道1時間半かけて仙台からやってきても、話しかけるほどストレスが溜まるだけだから。

昨日あれだけ長広舌をぶってしまったので、今日は母のところに顔を出すのに少々気遅れした。夕食後行ってみると、ちょうど昨日喧々諤々と話をした若い介護士がいたので、言いたい放題言ってすみませんとお互いにペコペコと米つきバッタのように頭を下げ合った。母は相変わらず茫洋としていて、言い方を変えれば大人しい。僕が喋らないといつまでも黙っている。自分から話すことはほとんどない。ときどきぼそりと、ダメだとかわからないというようなことをこぼすだけだ。しかしオープンダイアローグを持ちだすまでもなく、それでも母に話しかけることは大事だ。正直しんどいけれど、それでも根気強く話しかける。これが僕の日課だから。

今日は日中暑かった。夜になって家中の窓という窓を開けっ放しにしてようやく涼しくはなったけれど、夕方でも台所の室温は30度あったし、夜母のところから戻ってくるとむっとするほど部屋の中は暑かった。

本日も朝から夕方までは相場。今日も難しい相場だった。特に午前中は中国株のバブル崩壊に振り回される。今日も今日とて、3回もストップを切らされたけれど、午後から夕方までの乱高下になんとかついていけて結果プラス、ようやく一矢報いたという感じ。そんなわけでせっかくいい感じでポジションを持てたのだが、ちょうど一番動いている頃合に昨日電話連絡があった古物商がやってきたので、ちょっと利食いが早くなってしまったのが残念。

古物商は新潟からやってきたということで、電話によると切手を買い取ってくれるということだった。それで父が集めた大量のお年玉年賀切手の束と、母のストックブックにあった記念切手を全部売り払った。もはや僕の子供のころのような切手ブームではなく、50円以上の切手は額面の55%(50円以下の切手はもっと割が悪い)ということで、全部で13400円也。せっせと集めた父と母には申し訳ないけれど、今の郵便料金は52円と82円という中途半端なものなので2円切手を買わないと単独で使えるものがないし、それにあまりにも大量にあってとても使いきれないのだった。記念切手を眺めてああ綺麗だと思ってももうしょうがないと思った。それに、そういう気持ちももうあまり湧かないのである。1枚残らず全部売り払うというのは勇気が少々いったけれども。もちろん貧乏性の性格というのもあるけれども、なんとなく父と母の思い出を売り払ってしまったような感じはどこかするのであった。プチ罪悪感。

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翻弄と演説

7月8日、水曜日。

今朝も7時台に目が覚め、二度寝三度寝して夢を見るというパターン。可愛いお嫁さんを手にするといういい夢を見たまではよかったのだが……。

昨夜目をつむって含み損を抱えたまま持ち越した相場のポジションは、朝見るとプラスに転じていた。ここで利食いしておけば何の問題もなかった。ところが朝食後みるみる様相が変わって同値決済。何が起きたのかと思ったら、ギリシャ問題ばかりに気を取られていたら中国株の暴落だった。これが事態をさらにややこしくする。ドル円を売っていれば済んだ話なのだがわざわざ難しい方のユーロドルにばかりポジションを取り、今日は丸一日相場をやっていたのだが終日翻弄されてボロボロに。疲れ果てた。結局乱高下に振り回されて損切りしまくった分の大敗。というか今週3日続けて大敗して大変なことになっている。いまさらだがなんで中国の株バブル崩壊に今日まで気がつかなかったのかよく分からない。ツイッターをマメに読む余裕もなかったということなのか。一応自分では目を通していたつもりなのだが。それにしても、朝から晩まで相場をやるとこんなに疲れるとは思ってもみなかった。もう目がしょぼしょぼしている。肩凝ってるし。含み損を抱えている時間が長過ぎたのか、度重なる損切りが応えたのか。どうも連日前の日の経験から学習してないし、ルールを守れていない。

それはそうと、相場の含み損を放置して6時半ごろに母のところに行くと、介護員が相談があるというので話を聞くと、(会議で母の話が出て)紙の介護パンツを着用している母に普通の布の下着を穿かせようと思うのだがと言われ、クエスチョンマーク点灯。どういう理由でと訊ねると、ずっと失禁することもないし、本人の気持ちやプライドを考えるとその方がいいのでは云々と。しかしもう特養に入所して1年以上経つのになんでいまさらなのか納得がいかない。どうも順番が逆なような気がする。これから母は年を取る一方なのだから。改善すべき点はもっと他にいくらでもあると思うのだが。というようなことを延々と1時間ほどまくしたててしまった。どうもこういう納得のいかないときは、僕という人間はやたらと弁が立つというか饒舌になってしまう。途中からいささか喋り過ぎていると自分でも気がついてはいたのだが、相手もすんなり折れないであまり根拠のないことを言い張るものだから止めようがなかった。最初は若い男性の介護士ひとりと話をしていたのだが、途中から相手は4人になっていた。母は特に紙のパンツを嫌がったことはこれまでなく、そこで敢えて普通の布の下着に替えてそのうちまた紙のパンツに戻すというようなことになるのは好ましくないと思った。それならもう1年以上ずっと紙のパンツを穿いているのだから、わざわざ替える必要はないだろうと。結局僕の言い分が通ったが、最初から相談というわりには若い介護士が妙に言い分を言い張り過ぎた。お蔭でやりたくもない演説を1時間もする羽目になった。

滔々と説教(みたいなもの)をしているだけで母のところにいる時間は過ぎてしまい、ただでさえ相場で疲れていたのにさらに疲れ果てる。大した問題ではないのにまたいろいろと余計なことを喋ったのではないかと少々自己嫌悪にも陥る。母はこういう風に僕が誰かに対してまくしたてるのを嫌がるのだが、今日はよりによって母のいる前で介護士が話し始めたので、僕が延々とやり込めているのを母は隣で聞く羽目になってしまった。この男性介護士は真面目で一生懸命なのは分かるのだが、どうもこういうところの融通が利かないというか。もう少し状況を考えて欲しいと今思い出しても少々むかつく。相談とは言いながら、言えばすぐにああそうですねと僕が納得すると思っていたのだろうか。

ほとほと疲弊して帰宅。すると、含み損だった相場のポジションがプラスに転じていた。しかし、夕飯を食べている最中に逆に動いたらしく同値決済、またもや利食いし損ねる。その後はさすがにポジションを取れず。というか様子を見ていてもユーロドルは乱高下で難し過ぎた。お手上げ。

しかし、それにしても今日は疲れた。もうギブアップ。

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慚愧

7月7日、火曜日。

七夕の日、また相場で大失敗をやらかしてしまった。最初に持っていたポジションをそのまま保持していればそれでよかったのだが……。下手に先読みしたのが間違いだった。夕方以降成立した指値は裏目、その後抜けるチャンスは2度あったのだがそれも逃して大敗。致命傷ではないのでいい勉強になったと思うしかないのか。

最近なぜか朝は早く目が覚める。三度寝して8時半過ぎに起床。このところ、最初に目が覚めた時点では夢を見ておらず、二度寝以降に夢を見る傾向。それで三度寝すると夢の続きを見る。睡眠時間はちょうど7時間ぐらいだが若干足りない感じはする。

朝食後相場の指値を置いたあと、なんとなく業務に行ってみたが徹底した不ヅキでボコられる。最後に少々挽回したものの、ちょっとこりごり。2時過ぎに帰宅。

今日は夜に川崎とドルトムントの親善試合があるため、前述の相場のポジションを一旦畳んだあとに4時過ぎに母のところに行く。母のところから戻ると新たな指値が成立しており、ここからどんどん深みにハマってしまった。

夕飯の支度をまったくしていなかったので、サッカーが始まる前にラーメン屋で夕食。いつもの味噌ネギラーメンを食べようと思っていたのだが、冷やし中華があると書いてあったのでつい頼んでしまった。案の定量が少なく、少なくとも大盛りにすればよかったと思うことしきり。ラーメン屋から戻ってテレビのスイッチを入れた辺りがちょうどポジションを解消するタイミングだったのだがサッカーが気になって逃す。

まあそんなわけなので川崎とドルトムントの試合を見始めたのだが、逆に積み上げた相場のポジションが気になってしょうがない。それでも開始そうそういきなり香川がヘッドでゴール、その後さらに香川が追加点。試合は一方的な展開になり、ドルトムントの19歳、丸岡もゴールを決めた。結果は6-0でドルトムントの圧勝、試合内容もドルトムントが終始圧倒していた。こうやって試合をしてみると、Jリーグとこんなに違うのかという感じ。いつもブンデスリーガで見ているときのドルトムントよりも強いように思えた。

その後ずるずると相場は裏目、ストップを食らい諦めて一旦損切り。どうにも昨日からリズムが悪い。素直についていけてない。ギリシャ問題と相性悪い。なんかボコボコにやられている。含み損を抱えているとストレスが凄くて煙草が増えてしょうがない。結局以前の本数に戻ってしまった。

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二の腕

7月6日、月曜日。

アラームをかけておいたけれど7時の寺の鐘で目が覚めた。さすがに眠かった。

女子W杯決勝、日本×アメリカ、2-5。この試合に関しては今日一日散々語りつくされているだろうから、スコア以上に語ることはあまりない。もちろん、最初の16分で4点をボコボコに取られたのはさすがに驚いた。ロイドのハットトリックというのも。しかしながら見ている僕ら以上にやっている選手たちの方がショックだったろうし、正直このペースではどれだけ差がつくのだろうと思って見ていたのだけれど、2点を返したのは立派だったというしかない。2点目を取ったとき、もしかしたら追いつけるかもとちょっと頭をよぎったし。結果的にはロイドの得点分だけの点差で負けたことになり、どうにもロイド一人にやられた感がなきにしもあらず。最初立て続けにセットプレーから得点を決められたときにはセットプレーに対する守備が甘過ぎると思ったが、夜になってリプレーを見てみると、1点目はロイドがペナルティエリアの外から猛烈な勢いで走り込んでピンポイントで合わせており、これはアメリカの攻撃が見事だったとしか言いようがない。結局のところ、事前にも思っていたがアメリカの方が力が上だったということだ。凡庸な感想ではあるけれど、なんにせよW杯で準優勝、2大会続けて(五輪も入れると3大会続けて)決勝進出というのは凄いということに尽きる。たとえ組み合わせに恵まれたとしても。W杯での成績が6勝1敗なのだから。次の五輪も決勝という声が多いけれど、こうしてみると今のなでしこはまだまだ足りないところが多いと思う。どう毎試合安定した試合ができるか、どう世代交代するか。

眠気はハーフタイムに一度ピークに達した。試合後はしばし呆然として眠気は一旦治まったかに見えたのだが、そのうち力が抜けてくるとまた眠くなってきた。書斎のソファで毛布を被ると、2時間近く寝て夢を見た。夢には弟と母がでてきた。夢の中に出てくる弟はいつも若い。ということは自分も若いという夢なのかと思うと、母は現在の母のようである。このところの習いで、夢の中でもこれは夢なのだと認識している。

昼寝から目が覚めると1時を過ぎていて、何やら暑かった。その後は相場と格闘する。で、途中からペースを掴めなくなり、いわゆる状態に突入してしまった。そうなると判断がつかなくなる。気がつくとただ右往左往して振り回されていらぬ損切りを繰り返すという悪循環に陥る。6時を回ったころにようやくポジションを一旦手仕舞いし、頭を冷やすために歩いて母のところに行く。母はいろんな意味で何かと覚束なくなっている。なぜかやたらと腹が減った。帰り道、とぼとぼ歩いていると雨粒がぽつりと落ちてきた。

帰宅後、あまりにも腹が減ったのでレトルトのカレーで慌ただしく夕飯を済ませる。その後、気を取り直して相場。しかしやはり今日はよくわからなかった。ギリシャ問題のせいでそれはあらかじめ予想されたことだった。今日は様子を見るべきだったようだ。

それはそうと、今日は朝から左の二の腕が冷えてしんしんと痛むような気がして一日中気になった。昼寝から目が覚めて身体は暑いと思っても二の腕だけは冷えたまま。結局これを書いている今に至るまで左の二の腕の冷えは治まらず。それと、昨日から酷い肩凝りも取れない。真面目な話、腕だけが冷えているので気味が悪いし始末が悪い。一体これは何事かと思う。たぶん昔でいうところの自律神経失調症のようなもの、自律神経の異常ではないかという気がするのだけれど。身体は暑いのだから寝るときは腕を布団の外に出して寝るのでどうしようもない。

今日はストレスで煙草ばかりが増えた。

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更新報告

7月5日、日曜日。

実に久々にfragmentsに駄文を更新(「電話病」)。電話に関する考察をちょっとしてみようと思って書き始めたのだが、日記以外の文章を書くのはあまりに久しぶりで文章力もまとめる力も落ちていてだらだらと長くなり、気がつくと余計なことまで吐露する告白みたいになってしまった。これを読まれると多分に引かれるだろうなとは思うものの。

今日はさすがに業務に行くのを控えた。このところ業務から帰ると(というか業務に行くと)かえって精神的に不安定になる傾向があったし。午前中は2階の自室を掃除。午後から前掲の文章を書き始める。前述のように当初の意図とはまったく違うものになっていって収拾がつかなくなり、途中で一旦休憩。しかしながら、最近こういった文章を書いていなかったので、いつもと違う頭の使い方、脳の使い方をしているような気にはなる。つまりある種のリハビリのような。要するに身体だけではなくて脳も運動不足になっていたのだなと思う。

台所で煙草を一服しながら休憩していると、スカパーで中田(浩二)、柳沢、新井場の合同引退試合を無料中継していることに気づき最後まで見る。まあ単なるセレモニー、お祭りなのだけれど、まだ若くして「サッカー人生を終える」というような引退を迎えるサッカー選手たちを見ていて、引退とはなんだろうか、などとちと考えたり。

せっかくいつもとは違う頭を使っていたのだがこんな風に頓挫、なかなか頭が書く方に戻らない気配なので精神科に診断書を取りに行く。これは自立支援(簡単に言えば精神科治療費の援助)を更新するため。

今日は日中家の中でTシャツ1枚でちょうどいいぐらいの気温。母のところに行ってから夕飯。それから書きかけの文章の続きを書いた。どうなることやらと思ったが一応終わらせることはできた。書き終えて台所でツイッターを見ていると、サッカー日本代表の面々が出ているというのでとんねるずのバラエティ番組を見た。久しぶりにバラエティを見て大笑いした。

そんなわけで今日は日記以外の文章をひとつ書くことはできたものの、何かを成し遂げたという感じはまったくしない。ただ、「書く」という作業に頭を使った分煮詰まらずに済んだ感じはするし、どうでもいい番組を見たりしたことで少しは休日らしく過ごせたような気がしないでもない。しかしながら、何故か夜になってからやたらと肩が凝る。

ギリシャの国民投票はどうなってるのだろうか。ツイッターからはほとんど情報が入って来ない。途中ロシア方面から「No」が若干優勢という未確認情報がひとつあっただけ。明日からの相場は手を出さない方が無難なのだろうか。

明日の朝はいよいよなでしこの決勝、録画予約もしておいたしアラームもかけておいたのだが起きられるのか今から心配。準決勝のときの習いではオートマチックに目が覚めるはずだけれど。普通にやったらアメリカが勝つだろうなとは思っていたのだが、ここまで来たらやっぱり勝って欲しい。なんだか今から緊張する。楽しみ。

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欠損

7月4日、土曜日。

今日も何もできなかった。まったくダメダメな一日だった。確かに今日は土曜日で、別に何もしなくてもいい日だったのかもしれないが、それでも自分の人生の中で今日という一日が欠落した時間のように思われた。ちょっと精神状態が酷過ぎた。

朝食後、皿を拭いて食器棚に戻すときに誤って落としてしまい、その皿と小さな食器が少し欠けた。ほんの少し欠けただけでも食器というのは使えなくなってしまう。

今日も業務に行ってしまった。というのも、本日(7月4日)はナナシーの日、田山さん(パチプロ)の命日だったからだ。それが言い訳だった。気がつくと、いつの間にか僕は田山さんの年齢を追い越していた。途中、隣の席に座ったおっさんのハンドルを握る手がまるで痙攣でもしているように小刻みに震えるように動き続けているのがうざくて、嫌だなあと思って見やると、その右手には人差し指と中指がなく、親指と薬指と小指の3本しかなかった。恐らく旋盤とか何かの機械で指を落としてしまったのだろう。絶え間なく動き続けるその奇妙な手が鬱陶しかったのもあるけれど、何か酷く嫌なものを見てしまった気がした。

今日もツキがなく三連敗。途中からただひたすらストレスだけが溜まって、自分は一体何故こんなことをしているのだろうという疑問だけが頭に浮かんだ。金額はたいしたことがないけれど、実に嫌な気分だった。帰宅後も嫌な気分がつきまとった。今日だけではなく、これまで業務に費やしてきたすべての時間が「無為」という言葉そのものに思えた。気分が塞いでどうにもならない。自己嫌悪と後悔。気がつくと、のっぴきならない泥のようなものに足を取られでもしたように何もできなくなっていた。そのうち手が痺れ始めて、これは極度の抑うつ状態に自分があるとわかり、安定剤を1錠飲んだ。しかし、薬は気分が悪くなる方に効いた。結果、それまで以上に煮詰まっただけだった。

しょうがないのでソファで毛布を被り(今日は涼しかった)うとうとした。とにかく日中はあまりにも精神状態が酷過ぎて何かをできる気がまるでしなかった。何か文章でも書こうと思っていたのに、一行も書けないどころか机に向かう気すら起きなかった。ただソファに横たわって、ぼんやりと考えるのが関の山だった。

今日の調子の悪さは、そんな風にまったくもって精神的な要因だったように思える。それが身体をひたすら重くする。実際、身体が言うことを聞かない。顔が青ざめているのが自分でもわかる。僕は病人そのものだった。つまり、病んでいた。

あまり空腹を覚えなかったが、放っておくとそのまま本当に何一つできないまま終わってしまいそうで、6時過ぎにレトルトのカレーで夕飯を食べ、それから母のところに行った。今日の母は比較的調子がいいように見えた。口数は少ないものの、話すことはしっかりしていたように思う。

帰宅後の夜はテレビで映画「HERO」を最後まで見てしまった。この軽佻浮薄でリアリティのまったくない話を見るのはもう確か3度目だ。なんでこんなものを見ているのか自分でもよくわからなかったが、かといって他に何かできそうにもなかった。すっかり覚えている話でもあるし、途中から酷く無駄な時間を過ごしている気がして焦燥感を覚えそうになったが、どうせここまで見たのだからと最後まで見ると、一日がほぼ終わっていた。

それから、YouTubeで成宮寛貴のA Studioを見た。この俳優は名前しか知らなかったが、母子家庭なのに母を亡くして中学生のときから弟と二人だけで生きてきたということに衝撃を覚える。中学もろくに行かずに働いて弟を育てた。こういう人に比べると、僕という人間の人生は一体なんだったのだろうと思う。

こんな風に酷い気分で何もできずに一日が終わる。今日という一日は、朝方落として欠けた食器の破片のようなものだった。

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忘却

7月3日、金曜日。

今朝も早く目が覚めたものの三度寝して10時前起床。ところが、驚いたことに昨日の草取りの疲れがまだ残っていた。というか、今日は丸一日へばってしまった。恐るべき体力。たかが小一時間の草取りで翌日丸一日バテるとは自分でもびっくりだ。これでは日中散歩すると翌日寝込むというのも分からないでもない。とにかく身体中が重い。足が鉛のようで、特に膝に来ている。

昨日あれだけ懲りたはずなのに何故か今日も業務に赴いてしまい、案の定無駄骨に終わる。あまりにも昨日の疲れが残っていたので、そのまま家に留まっていても何もできない気がしたからなのだが。帰宅後の午後はソファで本を読もうとするとうとうとしてしまう。夕方近くなってもへばったままでどうにもならず、またもやソファで横になって1時間ちょっと気絶。母のところから戻った夜になっても疲れは一向に取れず、今日は一日グロッキー状態だった。我ながらびっくり。

あまりにもへばっているのでさすがに危機感を覚え、夜の10時近くになってから散歩に出た。この山形の片田舎では夜徒歩で出歩く人などほとんどおらず、夜半に散歩するとむしろ不審者のようではあるのだが。近所を30分ほどかけてぐるりと一周する。それで驚いたことにうちからワンブロックの角の突き当りの家の苗字が思い出せず、歩きながらずっと考えていたのだがどうしても思い出せない。あいうえお、かきくけこ、と順に考えたのだがどうしても駄目。この家のご主人は元教師で先生と呼ばれていてうちの父の葬儀にも出てくれたし、その後に亡くなってしまったのだった。何先生だかがどうしても出て来ない。帰宅後、ゴミ当番の表を見てようやく思い出す。土田先生だった。このところ特に人の名前の度忘れが酷い。アルツハイマーじゃないかと焦る。不思議なことに苗字を思い出すと下の名前は出てくる。

さらにびびったのは、その直後、ネットで女子W杯の写真を見ていてなでしこの宮間の苗字を忘れてしまったことに気づいたのだった。宮部みゆきをつい最近まで読んでいたのでその連想で「宮部あや」という名前が浮かんでしまい、違うことは分かるのだがどうしても「宮間」が出て来ない。スポーツ新聞のサイトでなでしこのラインナップを見てようやく思い出す。これには正直唖然とした。本当に若年性のボケではないかと。いくらなんでも酷過ぎる。それでいて、ツイッターのタイムラインに映画「レオン」のゲイリー・オールドマンの写真が流れてくると、一緒に写っているのを見てナタリー・ポートマンという名前はすんなり出てくる。一体全体、自分の脳の記憶構造がどうなっているのだろうと思う。前述の散歩しながら土田先生の苗字を思い出そうと必死にいろんな苗字を頭に思い浮かべていると、とうに忘れたと思っていたいろんな人物の名前と同時に顔を思い出したりもした。なんでこいつを覚えているのかと思うような人間まで覚えている。その癖、肝心な人の名前は出て来ない。

実際このところ物忘れが酷くて、度忘れしてググることがほぼ毎日のようにあるのだが、そのたびにメモに日付とともに書いておくことにしている。こうすると覚えられるからだ。その中にはサッカー選手・監督の名前やら、俳優の名前やら、自分がかかったり母の手術を担当した医師の名前があったりする。当たり前だがメモはどんどん増えていく。これはつまり、忘却の歴史であり自分の記憶がいかに頼りないかを示すものである。あと二週間ちょっとで僕も誕生日がきて56歳になるが、この年齢でこれだけ記憶力が衰える、忘れてしまうというのは一般的に考えてどうなのだろうか。自分の感覚ではちょっと病的な感じがする。いくらなんでも酷いという気がする。以前ドラムのミヤザワがツイッターに、年齢は関係ない、70歳を過ぎても人によっては頭の回転はまったく衰えないというようなことを書いていたが、だとすると僕の場合は一体どうなのだろうか。

そういえば極度の薬漬けになっていた数年前まで、時間の感覚がなくなっていたことがあった。記憶の時間軸というものが失われ、順番通り記憶が並ばないので昨日と一昨日の区別がつかなかったり、一週間とか一ヵ月とか半年といった期間を把握することもできなかった。実際問題として安定剤であるベンゾジアゼピン系を長期服用すると認知力が落ちるという説もある。もう安定剤はほとんど飲んではいないのだが同系統の睡眠薬はいまだに毎晩飲んでいるし、なにしろ10年以上向精神薬を飲み続けていたのでまだその影響下にあることも考えられる。薬でブレていたときはこんなことを考えなかったし、頭を悩ませることもなかったのだが。

何かと憂鬱である。たかだか小一時間の草取りで翌日丸一日へばってしまう体力のなさも憂鬱であるし、まるで老人並みの物忘れも憂鬱。感覚的には体力も認知機能も推定80歳ぐらいになってしまったような気分。とほほとしかいいようがない。

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準決勝、幸運と不運、草取り疲れ

7月2日、木曜日。

昨夜は僕にしては早めの1時過ぎには寝て、朝なでしこのW杯準決勝の試合を見るためにアラームを7時40分にセットしておいた。ところが最初に目が覚めて時計を見るとまだ5時前、二度寝して次に目が覚めたのが6時台、結局三度寝して7時20分には起きた。正直、自分でもこんな時間に起きられるんだとびっくり。

そんなわけで女子W杯準決勝、日本対イングランド、2-1。結果だけ見ると双方PKで1点を取り、最後の最後にオウンゴールで日本が勝ち越しとなるのだが、疲れとかいろんな要因はあるのだろうがここまで決勝トーナメントで非常にいいパスサッカーを繰り広げていたなでしこだけれど、この試合ではまた悪いころのサッカーに戻ってしまった。基本的にロングボールを放り込んでくるイングランドに対して、日本もロングボールを放り込むサッカーになってしまう。ところが、その前方へのロングボールの先に選手がいない。W杯に入ってから精彩を欠く大儀見だが、この試合でもポジショニングの悪さが目立った。それに、最終ラインが下がり過ぎて終始押し込まれてしまう。ボールポゼッションは高くても自陣でばかりボールを回す展開、これでは苦しい。

先に有吉が倒されて得たPKはミスジャッジという指摘も一部にはあるけれど、帳尻合わせのようにイングランドに与えられたPKのジャッジの方が酷かった。リプレーで見ても倒したとされる大儀見は何もしていない。ともあれ、なでしこは前線へのフィードがことごとく誰もいないところに飛ぶ。ラストパスの精度も悪い。ゴール前でのフォワードのポジショニングもよくない。守りの方では、前述のように長身の選手めがけてロングボールを放り込まれることが分かっていながら怖がって最終ラインが下がる。後半になって岩淵が投入されてようやっとゴール前で切れ込むことができるようになったが、正直今日の大儀見の出来であれば90分使えるのなら次の決勝は岩淵先発の方がいいんじゃないかと思った。

かように、W杯に入ってから今日の試合が一番内容が悪かったのではないかと思うのだけれど、それでも勝ってしまうところは強くなったと言ってもいいんじゃないだろうか。もちろん運もあったけれど、もし延長になったとしても見ていてあまり負ける気はしなかった。この内容でも。イングランドはいい試合をしたとは思うが、如何せんそこまでスピードも技術もあるようには見えなかった。つまり、それほど怖くなかった。どちらかというと今日の試合はなでしこの出来が悪過ぎて苦戦したという印象だった。決勝は中三日で月曜日の朝、それまでにコンディションを立て直して欲しいものだ。しかし相手はアメリカ、よほどスピードのあるパス回しをしないと勝てないんじゃないかなとは思う。もちろん勝って欲しいが。

いずれにしても勝ったのだから早起きをした甲斐があったというもの。考えてみればなでしこ、W杯に入ってから6連勝しているのだからマジで凄い。これが男子だったらとんでもないことだ。

ともあれ、試合が終わると早起きした分眠気が。どうにも睡眠不足の頭なので、そのままだといずれ寝てしまいそうだから業務に行く。ところがこれが大失敗、今日は完膚無きまでの不ヅキ、そういう日に限って長々とこだわってしまってコテンパンにボコられてしまった。正直、途中から自分は一体何をやっているのだろうと思ってはいたのだが、もはや状態に突入していたようで、どうにも引っ込みがつかなかった。3時過ぎにようやく諦めて帰る。

酷い立ち回りをやったお蔭で、朝方のなでしこの勝利の歓喜はどこかに行ってしまい、実に嫌な気分である。ほとほと自分が嫌になる。今日は30度を超えるという予報だったがやはり暑かった。天気もよかったので、帰宅後、最近ほったらかしにしていて雑草が伸び放題になっていた庭の草取りをした。45分ほど。汗だくになる。で、この小一時間の草取りですっかりへばってしまった。確かに草取りというのは中腰での作業ではあるが、それにしても。炎天での作業というのもへばった原因に思える。これでは散歩をすると寝込んでしまうというのも分かる気がした。

日差しを浴びて作業したので朝から悩まされた眠気は取れたような気がしたのだが、書斎のソファで本を読んでいると草取りの疲れがどっと来てうとうとしてしまう。そうこうしているうちに夕方、母のところに行く。今日気づいたのは、いつも食堂のテーブルで母の前に座っていてよく喋る老婆がいるのだが、この人までボケているということ。これまでこの老婆だけはしっかりしていると思っていただけにちょっとショック。母と同じテーブルについている5人は、母以外全員がボケているということが分かり、暗澹とした気分になる。これでは母にまともでいろという方が無理なのではないかと。毎朝仏壇の父に母がボケないようにとお願いしているのだけれど。母がまともであればあるほど、周りが全員ボケているというのはさぞかし辛いのではないかと思う。

母のところから帰宅後も草取りの疲れが抜けない。なんとか餃子で夕飯を済ませるものの、疲れ果てていて何かをする気力もない。夜は雇用統計があったのだが、イベントリスクを避けて静観。ただでさえギリシャ情勢絡みで分かりにくくなっているので。ましてや明日は米が休日。それよりなにより、身体がくたくたに疲れていると頭が回らないし相場のポジションを持つ気力が湧かない。なんか本日のところは徹底して不ヅキだった業務に無駄な気力を費やしてしまった感。業務とは名ばかりの遊びだけに悔やまれる。しばらく自粛しようと思う。

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7月の憂鬱

7月1日、水曜日。気がつくと7月、もう今年も半分が終わっている。

8時台に目が覚め、またもや工事の音が聞こえていたが今朝は二度寝に成功、9時過ぎに起床。二度寝のときにもうかれこれ二年以上連絡が取れない年上の旧友、I泉さんと話をする夢を見た。声だけで姿は見えなかった。

二度寝して7時間は睡眠を取れたと思ったものの、どうも朝から頭が重い。頭痛すれすれの感じ。あくびも出るし眠気が残っているようで、寝過ぎなのだろうかとも思った。二度寝している最中寒かった記憶があるので、もしかしたら風邪気味なのかとも頭をよぎる。実際朝は涼しく、昨日の予報によると今日の最高気温は23度だということだったので。

後半の途中から女子W杯準決勝、アメリカ対ドイツを見た。ドイツがPKを外したあとから。結局アメリカはPKを決め、さらに追加点を取って2-0となり、リードを許してからのドイツは攻撃が真ん中に偏り怖さがないし点を取れそうにもなかった。そのまま試合終了、アメリカが決勝進出。見始めたときはレベルの高い試合だなと思ったが、ドイツの終盤の攻撃が工夫がなかったのにはがっかり。

午前中はずっと雨。午後になって雨は上がる。

いつまで経っても頭がすっきりしない。午前中から相場のポジションを取ってみるが同値決済、どうも頭がぐだぐだだし相場自体もよく分からない。だんだん何もかも嫌になってくる。何もできる気がしないので午後になってソファで小一時間ほど昼寝してみたが、例によって昼寝後はかえって調子が悪くなり気分まで悪くなってきた。どうにもこれは体調云々というよりも抑うつ状態のようだった。頭がまったくいい方に回らないのである。何もできる感じがせず、どうにもこうにも煮詰まった。そんなわけで、今日は夜にU-22日本代表の親善試合があるということもあって、3時半ごろに母のところに顔を出すことにした。外に出てみると思ったほど気温が低いわけではなさそうだった。

今日の母は目つきがよく、表情も穏やかだった。むしろ自分の方の調子があまりにも悪い(特に精神状態)ので、母の部屋で安定剤のレキソタンを1錠飲んだ。すると今日のところは少しばかり効いたようで、まるで頭に栓をしたような感じだったのが若干楽になった。

母のところから戻ると相場でちょっと利食い。夕方油断していると指値が成立する音がして、一気に串刺し、ストップを食らってしまった。そろそろ夕飯の準備でもしようかとブロッコリーを茹でているときだった。ツイッターを見ると誰かの発言に反応したらしい。急激なユーロ買いが入った。しょうがないので逆張りでポジションを取り、サッカーの試合が始まる前までに利食いしてトータルプラスにはできた。

夕食後は親善試合、U-22日本代表対U-22コスタリカ代表の試合を見る。8人まで交代が認められる親善試合ということで、後半はメンバーががらっと入れ替わりすっかり練習試合モードになってしまったが、前半は面白かった。このところ女子のサッカーを見ていたので男子のサッカーはスピードも精度も高い。先発はこの年代のほぼお馴染みのメンバーではあったが、前半の日本は非常に出来がよく見事な崩しを連発、相手ゴールキーパーの好セーブもあって1点に留まったがほとんど決まったかに思えたチャンスが何度もあった。今日の収穫は本日まで不勉強でまったく知らなかった左サイドバックで先発した亀川(福岡)。非常によかった。このチームの生命線はやはり中盤で正確なパスを出すキャプテンの遠藤(湘南)、前線での中島(東京)野津田(広島)の3人だということを改めて確認。そこに亀川や右サイドの前田(松本)、18歳の井手口(G大阪)らが効果的に絡んでいた。後半になってコスタリカはシステムを5-3-2に変更して反撃を試みるが次第にダレてくる。あとは選手をとっかえひっかえという試合になり、そんな中で途中出場の金森(福岡)がゴールを決めて2-0で試合終了。コスタリカがどんどんグダグダになってしまったということもあるが、危なげない完勝という印象だった。ただ後半から入った日本の攻撃陣は点を決めた金森以外は先発陣に比べるとトーンダウンする感じは否めず。遠藤と中島、野津田を交代させるとばらばらな感じになってしまい、いかにこの3人に依存しているかという印象も否めなかった。ただ、以前からこのチームの試合は見ているが、今までと比べると随分といいサッカーをするようになったと特に前半を見て思った。スピードと精度が上がったように見えた。コスタリカは後半バラバラになってしまったが球際を厳しくくるチームではあったので、決して弱いチームではなかった。日本の方がいいサッカーをしたということだ。とまあそんなわけで、なんとなくこのチームにも期待してしまうのだが、果たして本番のオリンピック予選ではどうなのだろうか。今日の先発メンバーならかなりいい試合ができることは分かったが。

気がつくと母のところで安定剤を1錠飲んで以降は極度に精神的に煮詰まった状態からは脱したような気がしたものの、サッカーを見終わった夜はもう相場をやる気力はなかった。映画でも見ようかと思ったがそれもできず、ちょろちょろとギターを弾く程度。どうにも今日は終日抑うつ状態だったようである。最近体調の悪さに気を取られて自分がうつ病であることを忘れがちになっているが、どうも体調の悪さも精神由来、心因性の部分が多分にあるようだ。結局のところ、いまだに僕はうつ病という状態から抜け出ることができないでいる。

明日の朝は8時からなでしこの準決勝、イングランド戦がある。一応録画予約はしておいたもののできれば生で見たい。起きられるだろうか。早めに寝る努力はしようと思う。

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