更新報告

10月4日、日曜日。

実に久々にfragmentsに駄文を更新(「うたかたの日々」)。バブルのころについて。まあ今日は手帳に「書きもの」と書いていた手前、一応こんな文章でも書いただけよしとする。書きかけの小説の方はまったく進まず。

それにしても寒い。午前中晴れていて天気がいいと思ったのだが、外は冷たい風が吹いていた。夜になると足元が冷えて困る。「過ぎたるは及ばざるがごとし」というけれど、及ばない感じは全然しない。明日はもっと寒くなるというから憂鬱。毎年のことだが寒くなってくると足が痒くなってくる。寒冷性湿疹、つまり寒さアレルギーなのである。もうそういう季節になってきた。雪国に住んでいて寒さアレルギーってホント困る。そういえば最初に就職した会社のころだからもう随分と昔、秋田の八幡平の一番奥地の湯治場、玉川温泉に9月の下旬に泊まったことがある。10月からは寒いので閉まるということだったが、9月の終わりでも夜は寒過ぎて凍死するのではないかと思った。あまりの寒さに夜5回も6回も温泉に浸かった覚えが。布団の中でそれこそがたがたと震えていた。

10時前に起きたのだが何しろ昨夜寝たのが3時。結局今日も業務に行く。なんだか知らないが最近業務が妙に好調というかツイている。今日も絶好調。ひと昔前でいうところのバイオリズムがいいのだろうか。しかし最近バイオリズムってあまり言わなくなったがもはや死語なのだろうか。そういう発想自体がもう古いのだろうか。

やはり母の隣室の老婆は亡くなっていた。今日母のところで新聞を見たらお悔やみ欄に載っていた。一昨日亡くなったらしい。特養は180人待ちとかと聞いているがすぐには次の人を入れないようで、まだ空室になっているっぽい。よって、夜の母の部屋は実に静かだった。

ああ足元が寒い。寒いと集中力がなくなる。そういう意味では眠気に近いものがある。いずれにしても最近の僕は冷え性だと思う。下半身が冷えてしょうがない。夜になってなんか寒いなんか寒いと思いながら結局ほとんど何もしていない。ちょろちょろとギターを弾いた程度。夕方文章ひとつ書いておいてよかった。

先日図書館を再発見して楽しい、よかったと書いたばかりなのだけれど、基本的に最近の読書ペースは寝る前に寝床で読む程度、それも睡眠薬を飲んでから読むので、このペースでは二週間で読み終わらないのではと心配になってきた。読み切れなかった場合、貸出延長ってできるのだろうか。それとも、返却と同時に借り直すとかするしかないのかな。というわけで読み始めた村上龍「オールド・テロリスト」、表紙のイメージからいっても北野武監督「龍三と七人の子分たち」(トレイラーを見ただけで映画自体はまだ未見)みたいなものかなと想像していたのだが、初っ端から陰惨な描写、やっぱり村上龍は村上龍だった。

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トライ

10月3日、土曜日。

深夜まで声を張り上げてラグビーの応援に頑張り過ぎて疲れたのか、気分が悪くなってきた。

そんなわけでラグビーW杯、日本対サモア、26-5。日本、また勝ちました。ラグビー、面白いけどわかんない。わかんないけど面白い。いまだにルールが訳分かってなくて日本の挙げた認定トライというのも、何度見てもどこが認定なのかさっぱり分からないのだけれども、とにかく攻めている間も守っている間もまったく気を抜けない。休む暇がない。ルールが分かってなくても。見ているだけでこれだけ疲れるのだから、さぞやっている選手は疲れるだろうななどと。

今回もサモアがどれだけ強くて日本がどれだけ弱いのかという力関係がよく分かっていないので、どういう風に観戦したらいいのか、どこまで期待していいのかしない方がいいのか分かっていないまま見ていたのだが、なんというか普通に日本の方が強いように見えた。実際のところ、終わってみると危なげなく勝ったようにすら見えた。たぶんサモアは反則が多過ぎて、日本は僕らが思っている以上に強いのかもしれない。前半の、山田がくるりと回って絵に描いたようなトライを決めたところは凄かった。興奮しました。

というわけで疲れた。

朝は業界時代の仕事仲間の友人に相手にされない、コンタクトが取れないという夢を見て起きた。どうやら意図的に敬遠されているようで、これは近ごろの現実を投影しているように思えた。まあそれも一種の被害妄想なんだろうけど。午前中を持て余しそうだったので11時過ぎから午後まで業務に。その足で隣町のケーズデンキに行って蛍光灯とDVDのメディアを買ってくる。

一昨日辺りからなんとなくそんな気がしていたのだけれど、どうやら母の隣の大正生まれのお婆さんが亡くなったようだ。ネームプレートが外されていた。よく歌を歌っていた老婆で、存命中はうるさいなあと思っていたりしたのだが、カーテンが閉まって人の気配がない隣室、これはいわば順番待ちであって老人ホームという場所の宿命なのだろうが、改めて空虚というものを感じた。

ジョン・アーヴィング「ガープの世界」読了。映画では既に見ていた話なのだけれど、事故とレスリングぐらいしか覚えていなかった。アーヴィングの最初のベストセラーであり代表作なのだが、個人的には先日読んだ「サイダーハウス・ルール」の方が好きだ。悲惨な出来事の連続を明るく書いているのだけれど、最後まで読むと生というよりもむしろ死の方がテーマにあるような気がして。もちろんアーヴィングらしい平易な語り口で面白いのだけれど。個人的にはもっと希望が欲しかった。

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図書館、眩暈

10月2日、金曜日。

昨夜寝たのは2時過ぎなのだが、風の音で8時前に目が覚めた。うるさくてかなわないのでそのまま起きたが当然睡眠不足。今日は風が強く、午後までときおり憂鬱な巨人の唸り声のような風の音が不気味に鳴っていた。

朝食後、眠気が凄くて結局書斎のソファで小一時間ほど昼寝。書斎はそれほど風の音が聞こえなかったので。午前中、町役場から障害年金の申請の件で携帯に連絡があった。てっきりダメだったという連絡だと思ったら、書類の不備があるということで、大学の卒業証明書の提出が必要だという。それで大学のHPから申込書のPDFをダウンロードして印刷しようとするとプリンタの調子がおかしい。なんとかPDFは印刷できたものの、その後宛名を印刷しようとするとできない。チェックパターンの印刷を試みるが何度やっても真っ白。ついにプリンタが壊れたかと思って焦る。クリーニングを何度か試みるが一向にチェックパターンの印刷はできない。諦めかけたところで試しに宛名をもう一度印刷してみるとようやくできた。しかし、何故チェックパターンの印刷ができなかったのだろうか。

申込書を記入して郵便局へ歩いて赴く。手数料分の定額小為替を買って同封して出す。ついでに自動車保険の更新料も払う。そんなわけで午前中から昼にかけては所用を済ませたということで、小一時間寝てしまったものの何かしらはやったような気がした。

午後、いよいよアーヴィング「ガープの世界」を読み終わりそうなので、思い立って町の図書館に行ってみた。図書館を利用するのは子供のころ以来だ。最初に利用登録をしてカードを作ってもらう。書架を見て回ると思いの外読みたい本が目につく。カズオ・イシグロと迷ったのだが、今読んでいるのが翻訳ものなので村上龍「オールド・テロリスト」を借りた。なんていうか、図書館で本を借りるということ自体がほぼ初めての体験で、なんと図書館というところは楽しいのだろうと思った。ちょっとした発見であった。こんなことならもっと早く思いつけばよかったと思う。帰りがけにスーパーに買い物に寄って帰宅。

昨夜置いておいた相場の指値が成立していたので午後はそのポジションをチェックしていた。夕方近くなって濃い珈琲を淹れて飲みながら煙草を一服していると眩暈がした。まだ結婚していたころだからたぶん5年ぐらい前に酷い眩暈がしたことがあり、そのときはぐるぐる視界が回って立っていられなかったのだが、今回はぐるぐる回るのではなく、ぐらぐらという感じで視界が前後に揺れる感じだった。その後も頭を動かすと眩暈を覚え、吐き気を覚える。眩暈が治まるのを待っていたのだが一向に治まらない。吐き気と気分の悪さがだんだん酷くなってきて、今日は夜雇用統計もあることだし手持ちの相場のポジションを決済。ところが2時間近く経っても眩暈は治まらず、どうにも吐き気がして気分が悪い。時計を見るともう6時近い。耳鼻科の診察券を見てみると、6時まで診察しているということなのでぎりぎり間に合いそうだ。そんなわけで車で耳鼻科に駆け込む。幸いにして目が回る眩暈じゃなかったのでなんとか車を運転できた。

耳鼻科の待合室はびっくりするくらい混んでいて、しかもその大半が幼児連れだった。まるで小児科か保育園にでも来たようで、そこら中で乳児・幼児が絶叫してまさに阿鼻叫喚。眩暈がして気持ち悪い身にはことさら辛い。一度診察を受けたものの、順番を待って検査をするということで、結局僕が本日最後の患者となった。聴覚検査と眩暈の検査をする。やはり目は回っていないということだった。聴覚自体は以前診察を受けたときよりもむしろよくなっており、以前眩暈がした話をしたところメニエル病かもしれないということだった。医者が漢方薬を出そうと言ったので、最近漢方薬は身体に合わなくて具合が悪くなるので勘弁してくれと言った。それで、メリスロンとアデホスコーワという、5年前とまったく同じ定番のめまいの薬を出してもらった。

そんなわけだから今日は母のところに行けなかった。耳鼻科から帰宅後、気分の悪さをこらえてアジの干物を焼いて夕飯。夕飯を食べると眩暈と吐き気は大分治まった。ということは、夕方珈琲を飲んだときは空腹を覚えていたのでそのせいだったのだろうか。夕食後処方された薬を飲む。

その後の夜は雇用統計。非常に分かりやすい悪い結果が出たので、追っかけでポジションを取る。ここまで明快な結果だと後出しじゃんけんでも大丈夫だろうと。かなり我慢して粘るものの、思ったほど伸びずそこそこのところで利食い。相変わらず利食いが下手だなと思う。しかしながら、日中のプラス分と合わせて、ここ2日ばかりの損失分を粗方取り戻した。

夕飯を食べて治まったとはいうものの、懲りずに夜コーヒーを飲むとまた少しずつ気分が悪くなる。とすると、やはり胃が問題なのだろうか。これを書いている今もちょっと気分の悪さが残っている。昨日から胃酸を抑えるネキシウムを飲むのを止めたのだが、もう少し飲み続けた方がいいのかもしれない。しかし我ながら、今年に入ってからはひたすら体調が悪いという日記になっているような気がする。

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リズム

10月1日、木曜日。

10月に入って今日の最低気温は10度を下回り、一層寒くなった気がする。夕方から雨が降り出す。明日は天気が荒れるという予報だがさて。

夜まで相場も今日はとにかくリズムが悪い。どうにもちぐはぐ。というかメンタルが弱過ぎる。だからうつ病とかになるのだろうが。ストレスで煙草が増える。

母は近ごろ言うことが頓珍漢になり、認知症がどうかはともかくとして認知機能の低下は見られる。相変わらずレスポンスが悪くてなかなか会話が上手く成立しない。僕もだんだん辛くなってきている。別に今日突然そういう風になったわけではないから、いい加減慣れてもよさそうなものなのだが、どうにもこうにも母のぼんやりとしたリズムになかなか合わせることが出来ず、じりじりとしてしまう。

睡眠薬をレンドルミンに戻したら、どうやら日中の猛烈な眠気はなくなったようだ。ただ頭痛はあり、今日もアドヴィルを飲んだ。

午後、来週のアジア杯予選シリア戦と親善試合のイラン戦に向けての日本代表メンバーの発表があり、ほぼ予想通りだった。目新しいところとしては柏木が復帰したのとザルツブルクの南野が選ばれたことだが、前者は遠藤航が負傷のためだろう。南野はオーストラリアリーグで5得点と結果を出しているのだが、いつも期待しているわりにはU-22の代表で期待外れのパフォーマンスに終わっているので、たぶん使われるとしたらイラン戦だろうが成長したところを見せて欲しい。今回はもしかしたらオランダリーグで好調のハーフナーが選ばれるかもと思ったが蓋を開けてみるといつものランナップ、手堅いと言えば手堅いのだが、ワントップ要員が手薄が感じがしないでもない。ハリルホジッチの話から察すると、武藤嘉紀はCF、つまり岡崎のバックアップか2トップで使いたいような口ぶりではあったが。しかしシリア戦、勝たないと自力での1位通過が怪しくなるという洒落にならない状況なので、何がなんでも勝って欲しいものだ。

そろそろアーヴィング「ガープの世界」を読み終わりそうなので次に読む本を用意しておきたいところなのだけれど、なんだかいいアイディアが思いつかない。ネットで見るとそこそこ本が揃っているので町の図書館を利用してみようかとも思うのだが、どうにも返さなければならないというのがプレッシャーに思えてならない。基本的に寝る前に寝床で読むというパターンなので、分厚い本だと果たして二週間で読み終わるのか? という妙な強迫観念があって。

今日も今日とて、どうも人生が上手く行かないという感覚が抜けない。なんていうか、余裕がない。結局のところ、余裕がないといいリズムなんて生まれないものだ。

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一回休み

9月30日、水曜日。

夜になって相場でボロ負け。今日は降り回された。朝晩、特に夜は寒い。日中はそこそこ暖かいんだけれど、気温差がかなりある。明日は最低気温が10度だというのだから参る。結局昨日のカウンターの謎は分からずじまい。たぶんエラーだと思う。今夜は寒いので風邪をひきそうだから日記はこの辺で。

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逆転

9月29日、火曜日。

室温だけみると昨日までと1・2度ぐらいしか変わらないのだけれど、今日は寒い。風呂上がりに浴衣の上に丹前を羽織ってちょうどいいくらい。

またもや昨夜の記憶が怪しいのだが、たぶん1時前には寝たと思う。それで今朝は8時前に起きた。さすがにベルソムラは懲りて睡眠薬をレンドルミンに戻したのだが、日中はやっぱり眠くなる。なんていうか、もはや宿命のように眠くなる。午後の書斎は少しだけ暖かくなり、机に向かっていても眠くてしょうがないので一人掛けのソファでうとうとしてしまった。確かに昨日の今日だからそんな急には元気にならない。ただ、昨今の体調の悪さがどうやら精神由来だということで少しは気が楽になった。気分のせいで具合が悪くなっているのに気が楽になるというのは変な話だけれど。

昨夜指しておいた相場の指値が朝起きてみると成立していて、ぼんやりしているうちにそれがすっかり裏目に出てストップを食らい、午後には早々に大敗という雰囲気。ところが、そこからなんとか逆転して夕方にはトータルプラスに。ただこれは結果オーライという話であって、本来自分のルールであればストップを食らった時点で手仕舞いのはずだった。まあとにかく一旦食らった大敗をひっくり返したのでこれで気が抜けてしまい、夜はすっかり及び腰に。ちょっと慎重になり過ぎた。

しかしやはり寒い。ついさっき丹前を羽織ってちょうどいいと書いたばかりなのに、足元からしんしんと冷える。単に僕が冷え性なのかもしれないが。北海道の人のツイートをみるともうストーブを入れているというし、もうそろそろそういう季節なのか。

それはそうと、どうやら日記のカウンターが壊れたっぽい。いくらなんでも昨日の5倍近い人が読んでるわけないと思うのだが。

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救急外来にて

9月28日、月曜日。

病院の救急外来の待合室は思いの外狭く、ベンチシートが四つあるだけだった。僕はその3番目に座った。そこしか空いていなかったからだ。後ろの席の老婆が二人、声高にきつい訛りで話している。受付の守衛も訛っていたし、看護師も訛っていた。僕は読みかけのアーヴィング「ガープの世界」下巻を読みながら、ああこんなところで死ぬのは嫌だなと思った。

病院の救急外来に駆け込むほど具合が悪かったのである。昨夜も何を思ったか睡眠薬をいつものレンドルミンではなく新しいベルソムラの方を飲んでしまい、日中の眠気が凄かった。午前中と夕方にソファで寝込んでしまい、動悸と息苦しさに夕方以降吐き気が酷くなり、吐き気止めのプリンペランを飲んではみたのだが6時を回ったころにあまりにも気分が悪いのでとうとう意を決して病院に行くことにしたのだった。真面目な話、このまま死ぬのでは、少なくともそのまま入院しなければならないのではと思ったぐらいに具合が悪かった。

ようやく診察の順番が回ってきた。白髪交じりの太った初老の医師の胸には「鈴木」という札がついていた。僕は一週間前の火曜日から始まった今回の不調の症状のあれこれを訴えた。それで、結局鈴木医師の診断はうつ病の身体的症状だろうということだった。これにはいささか驚いた。うつ病が酷くなってかれこれ10年以上になるが、精神由来でここまで身体的症状が酷くなるとは思ってもみなかった。なにしろこのまま死んでしまうのではと思ったくらいだから。しかし考えてみれば数年前にまだ結婚していたころ、駅でぶっ倒れて当時の妻にチアノーゼが出ていると言われたことがあったことを思い出す。

僕が恐れていたのは胃癌とか肺がんとかだったらどうしようということだったが、その意味では(いい意味で)拍子抜けだった。帰宅後、遅い夕飯を食べる。うつ病の症状と言われるとそんなものだったのかということで少し気が楽になり、不思議なことに極度の気分の悪さも少しましになった。まったく、いろんな意味で「病は気から」ということなのだろう。

それにしてもまだあちこち調子が悪く、悠長に日記を書く余裕はあまりない。妙に肩が凝るし。いずれにしても、金輪際ベルソムラは飲まないようにしよう。もうこりごりだ。捨ててしまおう。

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衰弱と奇跡

9月27日、日曜日。

昨夜何時に寝たのか記憶が定かでないのは睡眠薬のせいだろうか。うすぼんやりとした記憶を辿ると、1時40分という時刻が頭に浮かぶので、たぶんその辺なのだろう。今朝起きたのは9時半過ぎだから、いずれにしても8時間は寝たはずなのだ。ところが、むやみやたらと体調が悪かった。午前中2時間ソファで寝込む。午後になっても一向に体調はよくならない。ところが外は青空で晴れ渡り暖かったので、明日に予定していた母の一時帰宅を繰り上げて今日にすることにした。

特養に電話して2時半に母を迎えに行く。縁側の籐椅子に座って庭を眺める母は、庭の松の木を見て盛んに心配だという。夏に僕が脚立でできる範囲だけ剪定したものの、手が届かない上の方の枝が伸び放題になっていて、それを剪定するのが危ないから心配だというのだ。どっちにしても高所恐怖症の僕はそこまで剪定しないし、やるとしたら植木屋を呼ぶしかないのだが、それでも心配だという母の言うことはいまひとつよく分からない。

4時半過ぎに母を特養に戻す。帰宅後も一向に体調は上向かず、むしろ夕方以降さらに酷くなっていく。母を送っていって帰宅後すぐに玄関先の植え込みの手入れをしたのだが、台所に戻ると手がぶるぶると震えて止まらない。もう無茶苦茶に体調が悪い。大概の場合、こういうときは夕飯を食べて夜になるとましになるものなのだが(病院で点滴してもらうような理屈だろうか)、今日は夜になってもまったくダメだった。椅子に座っていることすらしんどい。ソファに横になって本を読もうとするが、手に持った文庫本すら重く感じて諦めるくらいだからどうにも救いようがない。確かに気分は悪いし、どこか頭痛もするし、疲労感、脱力感、倦怠感、ありとあらゆるダメな感じがする。なかなか今日の具合の悪さは表現が難しい。そこを無理やり一言でいうと、「みるみるうちに痩せ衰えていく感じ」あるいは「みるみるうちに頬がこけていく感じ」もしくは「リアルタイムで衰弱している感じ」。大袈裟ではなく、もしかしたら僕は死にかけているのかもしれないと思ったくらいだった。

前述のようにソファで横になって本を読むことすら断念したくらいだから、ぐだぐだになって台所に戻り、茫洋とした頭でこれはもう寝るしかないかと考えた。しかし時計を見るとまだ8時過ぎ、こんな時間に寝てしまったらそれこそ一日のリズムが無茶苦茶になってしまう。

それでもう半ばヤケクソになり、かつてのバンドメンバーに片っ端から電話をしてみた。ベースのヨウタロウ、キーボードのヤマザキ、ドラムのアキヤマ。誰も出なかった。ついでにもう3年ばかり電話が繋がらないI泉さんにも久しぶりに電話をかけてみたが予想通り繋がらなかった。

案の定である。ところが次の瞬間、ちょっとした奇跡が起こった。2年近く連絡が取れなかったキーボードのヤマザキが電話をかけ直してきたのだ。これには驚いた。まさに青天の霹靂という奴だ。ちょっと待って、というヤマザキは驚いたことに30年以上会っていない仏文の後輩であるマツダと電話を代わった。ちょうど、マツダの家にヤマザキがメシを食いにきているところだというのである。ヤマザキとマツダはかつて学生寮で同じ部屋であり、僕にヤマザキを紹介したのがマツダだった。電通から外務省に出向というエリート街道をひた走るマツダはちょっと酒が入っているせいもあるのか、機関銃のように喋って僕を唖然とさせ、実際僕はリア充の長広舌に少々辟易とした。それからようやくヤマザキに代わり、実に久しぶりに長話をした。相変わらずヤマザキはホテルその他での演奏で忙しいらしい。2年間僕の電話に出なかったことをそれとなく訊いてみると、案の定僕が長電話だからということらしいが、それ以上に忙しかったということで、ヤマザキ本人は僕との電話を2年振りではなく3ヶ月ぶりぐらいだと思っていたようだ。

特に何がどうという話をしたわけではないのだが、てっきりもう一生話すことはないのかもしれないと思っていたヤマザキと話すことが出来て、望外の喜びを覚えた。何か、上手く言えないけれど充たされたような幸福感があった。それで、ついさっきまで今にも死にそうな気がしていたにも関わらず、ちょっと元気が出た。気の持ちようとは言うものの、人間というのは不思議なものだ。何にせよ、友だちというのはありがたいものだなあと改めて思う。なんのことはない、考えてみればじゃあなんで2年も電話に出なかったんだよ、という話でもあるのだが、それでも僕は長年つかえていたものが取れたような、それこそ大袈裟な言い方をすればもう思い残すことはないというような、そんな気さえしたものだ。

まあそんなわけで、青息吐息で今にも死んでしまいそうな一日の最後にちょっと救われた。それにしてもしかし、今日の異様な体調の悪さは一体なんなのだろう。やっぱりまだ胃潰瘍なのだろうか。

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おとうと

9月26日、土曜日。

予定外に早く起きたので午前中業務をしていると、弟から携帯に電話があった。お彼岸の墓参りと母のところに顔を出すために仙台から来るという。それでなくても眠くてしょうがなかったので昼過ぎには帰宅、そのまま書斎のソファで昼寝。何やら夢を見た。弟が来た音で目が覚める。

久しぶり(といってもお盆以来だが)に会った弟はなんだか老け込んだように見えたが、たぶん気のせいだろう。人間は一ヵ月やそこらで歳を取ったりはしない。一般的には。台所のテーブルを挟んで珈琲を飲みながら弟と話をして、なんだか少し救われる。というのも、この家は本当に誰も訪ねて来ないから。そんなわけだから、弟が帰ると途端に寂しくなる。

今日は一日中蜘蛛の巣のようにうっすらと眠気が頭に貼りつき、どうにもぱっとしない一日、そのせいかどうか夜になって精神的に不安定になる。相変わらずドグマチールのせいでやたらと腹が減る。昨夜の強烈な空腹感がどうも頭から離れない。冷蔵庫に気まぐれでスーパーから買ってきたおでんがあったので、母のところから帰宅後Jリーグの試合を見ながらおでんで夕飯を食べてみる。そもそも僕はおでんというものを食べ慣れていないし好んで食べないので、果たしておでんがご飯のおかずになるのかどうか非常に懐疑的ではあった。実際食べてみると、やっぱりおかずにはならないなと。味噌汁の代わりにはなるけど。それではおでんは一体どういうときに食べるものなのだろう? アルコールが飲めない僕にはその辺がよく分からない。まあそんなことを言い始めたら鍋ですらご飯のおかずにはならないと思うのだが、僕は鍋というものも滅多に食べないのであった。

心配していたわりには食べると満腹になった。ところが、満腹なのにも関わらずまた空腹が襲ってくるのではないかと気になってしょうがない。心配でしょうがない。いても立ってもいられなくなって、車でスーパーまで行っていろいろと買い込んだ。いつ腹が減ってもいいように。病的な空腹への恐怖心、強迫観念。こうなるとほとんど強迫神経症だ。そもそも元来僕は何かにつけて強迫神経症の気味がある。心配性やら貧乏性というのもその辺の匂いがする。しかしながら、この調子で空腹が怖くてストレスで食べ続けると太ってしまう。実際、僕の後にユーミンのディレクターになった女の子(もう女の子という歳でもないと思うが)は、ストレスで「ゴーストバスターズ」に出てくるマシュマロマンみたいに倍ぐらいに太ってしまった。確かに今の僕はいささか痩せすぎではあるが、この歳になって今からぶくぶくと太るのではぞっとしない。以上、まあ想像上の話なのだけれど。

確かに、食べるている間はストレス発散になる。困ったことに。と、買ってきたポテトチップスを食べながら思う。だがただでさえ胃潰瘍と思われるので、暴食は禁物だ。アメリカに行くとよく見かける暴力的なデブはひたすら食べ続けているのだろうけど。

今日はレンタルの注文をしていたDVDが3枚届いた。根岸吉太郎監督「遠雷」(大好きな映画だ)、シドニー・ポラック監督「コンドル」(もう一度見たかった)、それと未見のデヴィッド・フィンチャー監督「ゴーン・ガール」。せっせとリッピングして焼く。夜になってNetflixでマーティン・スコセッシ監督「シャッター・アイランド」の続きを見るが、どうにも気が滅入ってしまって一時停止しまくりまだ途中のまま。繰り返し挿入される追想や悪夢のシーンが陰鬱すぎて。恐らく意図的にだろうが血の色が不自然なくらい真っ赤で(スコセッシにしては意外に思えた)まるでペンキのよう、そういう意味ではCGを多用した視覚効果にしても多分に演出過剰というか幻想的というか演劇的というか、見る者を不安にさせるという効果は発揮している。だがただでさえ不安定な精神状態なのだからこれ以上不安定になりたくない。なんだか自分まで狂ってしまうのではないかという妄想を覚える。

今窓の外の庭先で何かの鳴き声がしたが、例のタヌキの子供たちはまだいるのだろうか。あれからすっかり姿を見ないけれど。

そんなわけで、僕はただ寂しいのです。

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文章を書けない病

9月25日、金曜日。

最近この日記の読者も順調に(?)減っている。むべなるかな、それはつまらないからだ。実際自分でもそう思う。先日胃潰瘍らしきもので弱り切ったときに以前の日記を10年以上前までさかのぼってみたところ、今とは全然文体も内容も違っていた。昔の方が面白い。最近の日記はただ冗長なだけで文章としての面白みがない。いつから僕の文体、文章は変わってしまったのだろうか。正直言って、うつ病が酷くて薬漬けでへろへろになっていたころの日記の文章の方が今よりも随分とマシなのである。自分の記憶力がかなり怪しいと思って以来、いつ何があったのか備忘録的に毎日書き留めるということを念頭に置くようになってから、ここに書くスタイルも変わって文章も生硬になり、徐々に記録的になっていったようだ。ただ、今ではそれが当たり前になったというよりも、昔に比べると単純にボキャブラリーであるとか、文章を書くというイマジネーション自体を失っているような気がする。その証拠に、以前だったらいくらでも書けていた雑文中心のfragmentsもさっぱり更新出来なくなった。書くネタが見つからない、思い浮かばないということもあるが、それ以前に自分の文章がつまんねーな!と思ってしまっている。つまらないと思って書くものは必然的につまらなくなる。最初に自分のサイトを始めたころは道を歩いていても頭の中に電光掲示板のようにずっと文章が浮かんできたものだが、今ではそんなことはまったくない。今は日記を書くのも四苦八苦だし、それもその日に何があったのか、いちいち自分がツイートしたものを読み返さないと思い出せない始末。なんというか、記憶力もそうなのだがイマジネーションの枯渇としか言いようがない。これを単純に脳の老化と言ってしまっていいものなのだろうか。世の中には70になっても80になっても一向に頭の切れの衰えない人がいくらでもいることはツイッターのタイムラインを見てもテレビを見ていても分かる。半年も一年も文章書きませんでしたというのならまだ分かるけれど、曲りなりにも義務的に毎日この日記を書いている。なんつーか、一応毎日文章は書いているわけだ。にも関わらずどんどん文章が下手になっていくというのは。劣化というにはあまりにも酷い、と自分でも思うのだが、一体自分の頭の中で何が起こっているのか、そこら辺がよく分からない。たぶん恐らく、このところあまりにも思考回路が悲観的傾向にあるので、知らず知らず自ら想像力に蓋をしてしまっているのかもしれない。実際問題として、最近は何か想像すると悪い方にばかり想像してしまうので、想像するという行為自体にうんざりしているところがある。だからこれは、もしかしたら僕の思考のベクトルの問題なのかもしれない。単にスキルの問題というよりは。

それはともかく、今日はとにかく寒かった。午前中業務に行ったら半袖の人もいたので、またもや僕だけが冷え性なのだろうかと思ったのだが、午後帰宅してからも寒くてしょうがなく、最初はTシャツの上にヨットパーカーを羽織っていたのだけれど、Tシャツの代わりに長袖のカットソーを着て、とうとうその上にスタッフジャンパーを羽織った。我ながらなんという寒がりなのだろうかと思ったのだけれど、調べてみると今日の山形の最高気温は18度、実際に寒かったのだ。今日みたいな日に半袖で平気な方がどうかしている。ついでを言えば最低気温は16度、なんと一日の気温差が2度しかなかった。一体全体、どういう加減でこうなるのだろう。

今日も相場はチビって利食い、よく言えば堅実に済ませた。週末なので夜は自粛、様子見に徹する。

火曜日に著しく体調を崩して以来、胃潰瘍だと思っているので毎朝胃酸を抑えるネキシウムを飲んで、毎食後にドグマチールを飲んでいる。そのドグマチールのせいだと思うのだがとにかくやたらと腹が減る。確かに今日は6時ごろに早めに夕食を済ませたというのもあるけれど、夜テレビでなんとなく「ゴジラ」を見ていたら急に空腹を覚えてどうにもならなくなり、たまらずに車でコンビニまで行ってポテトチップスの大袋を買ってきて一気に半分ぐらい食べたのだがそれでも(気分的に)空腹を覚える。どういうことなのかなあ。かといってたぶん胃潰瘍だからドグマチールはしばらく飲み続けなければならんし。実際、薬を飲み続けてから大分体調は戻った。

しかし「ゴジラ」(2014)、たまたま去年10年振りぐらいに映画館に行って見たものを改めてテレビで見ると、劇場で観るのとテレビで見るのは随分と違うものだなあと。当たり前の話なんだけど、迫力が違う。画面の大きさ、存在感があまりにも違うなと。ちょっと気づくのがいくらなんでも遅過ぎたという感。

そんなわけで、文章は書けないし腹が減っているのである。ちなみにメモっておくと、今日は8時間寝た。

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