淫夢

6月30日、火曜日。

昨夜寝たのは2時過ぎ、8時ごろに目が覚めたので何度も二度寝(奇妙な言い回しだが)を試みたのだがどこかから工事の音が聞こえてきてどうやっても5分後に目が覚めてしまうので諦めて8時20分に起きた。当然睡眠が少々足りない。

昨日の相場での大敗のショックが冷めやらず、しかし逆にやる気だけはある。なので、朝食後から相場のチャートに向かう。だがやっぱり眠い。これはちょっと寝ないとダメかもと11時過ぎに書斎のソファで毛布を被る。このころはまだ寒いような気がしたのである。なかなか眠れず、1時間ほど横になって目を閉じてうだうだしているとそのうちようやく寝たらしい。それで、淫夢を見た。

それが物凄くリアルだった。感覚や感触といったものが凄くリアルだった。しかし僕は夢の中でこれは夢だと気づいていた。つまり、正確を期すなら淫夢を見たというよりも淫夢を見る夢を見たということであり、もうちょっと違う言い方をすれば感覚があまりにもリアルだったので淫夢を体験する夢を見たといってもいい。なにしろ夢だとわかっているのだからなるべく引き伸ばしたいと思っていたのだが、残念ながら夢の中で夢から覚めてしまった。庭に人が現れて夢から覚めてしまうという(ややこしいが)夢。こういう入れ子構造の夢はたまに見る。しかし本当にリアルな夢だった。そういえばもう長いことセックスしてない。それがまざまざと感覚としてよみがえった。来月(というか日付が変わったので今月)また年を取るし、年齢的にも田舎で一人暮らししている状況から言っても、風俗にでも行かない限りもうセックスすることはないのかもしれないとときどき思う。性欲がなくなったわけではないけれど、抗うつ薬のドグマチールを飲み続けていると性欲は落ちる。したがってどこか淡泊になっているところもあり、そんなことが頭に浮かんでも物凄い焦燥感に駆られるわけではないのだが、なんか凄く寂しい感じはする。だが、今日のようにリアルな淫夢だったら毎日見たいものだと思う。

昼寝から目が覚めると1時ごろだった。昼寝している間に、ツイッターのタイムラインを見ると新幹線の車中で焼身自殺があったり箱根が噴火していたりしていて、世の中についていけてない感凄い。その後も夜まで相場。昨日の今日なので結構必死である。途中からポジションを保持、夜まで引っ張ろうと試みる。前述のように昼寝をした頃合まではヨットパーカーを羽織っても寒いような気がしていたのだが、夕方近くなってスーパーに買い物に出たところ、外は暑かった。ずっと台所に篭っていたので気づかなかったが。

ぎりぎりまで迷ったが、母のところに行くときも相場のポジションはそのままにしておいた。しかし、結果的にはこれが裏目に出たというか母のところから戻ってみると同値決済になっていて、出かける前に利食いしておくべきだったと歯噛みする。なんとか夜にまたポジションを取り直して一応日当程度のプラスは叩いたが、何しろギリシャ問題のせいで難しいことこの上ない。明確なトレンドがあるわけでもないのであまり無理できない。無理すると昨日のようになる。

母は最近ますます記憶が怪しくなってきている。ちょっとボケかけているのかと思えるほど。そういう風に思うのは辛い。しかし、何しろ周りにいる老人たちがほとんどボケてしまっているので、ああいう人たちと毎日ずっと一緒にいたらしょうがないのかと思わざるを得ない。それが可哀想で仕方がない。なかなかそういうことをしょうがないとか仕方がないという具合に自分の中で収めることができない。どうしても、特養に預けずに自宅にいたらなあとか思ってしまうのだった。もちろん、それがどうにもならないことであることは分かっているのだけれど。統合失調症という病気のせいもあるし、年齢的な衰えもあるのだろうが、僕がもう少ししっかりしていればなんとかなったのではないかと思ってしまう。時間を巻き戻したい。そういうのって辛い。

ストレスが凄いので、昨日から煙草の本数は20本を超えてしまい、結局元に戻りつつある。昨日は23本、今日は現時点で既に21本。ところが不思議なことに先週まで悩まされた異様な倦怠感、疲労感というものは今週はまだない。とすると、煙草の本数自体はあまり関係ないのかなと。

そんなわけで宮部みゆき「名もなき毒」読了。そこそこ面白かったのだけれど、果たしてこの話にこの枚数(結構分厚い本である)は必要だったのかと思う。特に新聞連載終了後に書き足したラストは少々冗長に思えた。杉村三郎シリーズの2作目で、いかにもシリーズの真ん中の作品という印象がして、ちゃんと1作目(「誰か―Somebody」)から順番に読めばもう少しすんなりと読めたのかなと思う。いずれにしても、大コンツェルンの娘婿、つまり逆タマであるという主人公を活かしてもう少し爽快感は出せたのではないかなと思う。少々「毒」というキーワードに拘りすぎた感もある。いずれにせよ、いつもながら一気に読んでしまえるリーダビリティ、読みやすさは素晴らしい。

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大敗

6月29日、月曜日。

やらかした。終日相場で大敗。ぐうの音も出ない。一ヵ月後退。今日は日記書く気力もない。8時過ぎには起きたのだが。まったく、自分のルールを守れないようではどうしようもない。ただひたすら反省。明日からどうするか、ちと途方に暮れる。

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梅雨の日曜日

6月28日、日曜日。

8時前起床。いつもなら二度寝する時間だけど、録画しておいたなでしこの試合が気になったので。情報をシャットアウトして朝食後早速女子W杯準々決勝、日本×オーストラリアの試合を見た。

前回のオランダ戦もそうだったけれど、決勝トーナメントに入ってから尻上がりになでしこのサッカーはよくなっている。今日の試合も終始日本が優勢、後半岩淵のゴールで1-0で勝ったけれど危なげない試合運びで、延長戦になっても結局勝っていただろうなと思わせる試合内容だった。どこがよくなったかというと、攻撃時の連携もそうだけれど全体の守備がよくなっていると思う。だから見ていて安心感がある。夜にテレビのニュース番組をちらほら見たけれど、岩淵は一試合ですっかりヒロイン扱いになっていた。各番組の岩淵の持ちあげ方が半端ない。まあ無理もないが。次戦の準決勝の相手はこれまで勝ったことがないイングランドに決まったが、今の調子なら楽しみだ。試合開始も日本時間の朝8時(7月2日)ということでこれぐらいなら起きられる。

今日の試合を見てふと思い出したのは先日の男子代表が引き分けたシンガポール戦。あの試合も徹頭徹尾日本が圧倒していた内容で、誰かしらが1点取って勝っていれば今日のなでしこの試合みたいな完勝という扱いになっていたのではないかと。よくよく考えてみればW杯の準々決勝とシンガポール戦ではあまりにも相手との力関係が違い過ぎるから当然同じような扱いにはならないにしても、ただの1点さえ取っていれば雰囲気はまったく変わっていたのではないかなと思った。ただし、早いうちに問題点、改善点をあぶり出すという意味では結果的にはむしろよかったのかもしれないが。

試合を見た後から午後まで業務。今日は寒かった。Tシャツの上にヨットパーカーを羽織っていても夜になると寒いくらい。風呂上がりは浴衣の上に丹前を羽織ってちょうどいいくらいだった。今日も終日雨模様。夜になって本降り。いよいよ梅雨らしくなってきた。

それ以外は母のところに行ったぐらい。早起きしてしまったので眠気がなかなか抜けず、業務から帰宅後の夕方1時間半ほどソファで昼寝をしてしまった。

今日もそれ以外の時間は宮部みゆき「名もなき毒」を読んで過ごす。昨日は前半を物凄い勢いで読んでいたのだけれど、中盤に差し掛かって少しスピードダウン。自分の集中力が落ちているのか、それとも話が少し重くなってきたからか。

いずれにしても、今日はなでしこの試合を見た以外はほとんど何もしていないという印象が強い。しかし今日は日曜日、よく考えてみれば何もしなくてもいい日でもあるわけで、どうやら何かしなければという焦燥感がここ最近はことさら強い気がする。というのも、体力の低下と一連の体調の悪さで頑張れない、やろうと思ってもできないということが続いているからだと思う。その体力だが、筋トレとか階段の昇降とか散歩とかはなかなか毎日続けるのが難しい。なので、昔中学のころ通信教育で空手を少しかじったことがあり、20代後半になってからも空手の本を買って部屋の中で型をやっていたことを思い出し、ほとんど忘れかけているのだが空手の受け、突き、蹴りといったものを今日は少々やってみた。これなら台所でも思いついたときにできるし、全身を使うので気分転換にもいいかなと思っているところ。

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6月27日、土曜日。

10時前起床。朝からTシャツ1枚では寒いぐらいだった。今日の山形の最高気温は25度ということ。昨日から梅雨入りしたとあって日中はぐずついた天気、夕方から雨。

今日は外出したのは母に面会に行っただけ、あとは一日中家に篭っていた。昼寝はせずに済んだが。本日は日中何十年ぶりかで「大魔神」(1966年の第一作)をhuluで見て、夜Jリーグの試合を見た以外はひたすら一日本を読み続けていた。

午前中に筒井康隆「旅のラゴス」を読了。

旅をしていないなあと思う。田舎に戻って以来、せいぜいが日帰りのドライブぐらいだ。いや、考えてみれば旅らしい旅というものはこの10年ぐらい行ってないのではないか。以前も書いたけれど、どこでもいいからホテルに一泊したいと常々思っているのだが。いざとなると逡巡してしまいなかなか踏ん切りがつかないのは、どこかに旅をしようと考えると、その旅先で何をすればいいのかと頭を巡らせてしまい、これといって何も思いつかないからである。要するに僕は旅の仕方を忘れてしまった。旅というのはそれそのもの、旅に出ること自体が目的となるのであって、旅先で何をするかということが目的のすべてではないのだ、たぶん。旅をするということ自体が気分転換であり、旅そのものを楽しむということを僕は忘れかけている。この状態を打破するにはとにかく一度旅に出てみるしかない。例えば、東京まで3時間新幹線に乗るということを想像しただけでうんざりしてしまうところもあるので、目的地を決めずに車で旅をしてみるとか、そういう(僕にしては)思い切った行動、ある意味衝動的な旅に出るしかないのかもしれない。

午後からは宮部みゆき「名もなき毒」を読み始める。読みやすいこともあって僕にしては猛烈な勢いで読み続けている。分厚い本だがもう半分ぐらいまで来てしまった。

早朝の5時、もうあと4時間あまりで女子W杯の日本対オーストラリア戦が始まるが、とても起きられるわけはないので録画予約しておこう。

それにしても、僕は果たしていつになったら旅に出られるのか。

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ファンタジスタ

6月26日、金曜日。

今日はとにかく、夜になって一昨日誕生日だった中村俊輔のセルティック時代のゴールダイジェストをスコットランドリーグがアップした動画を見てあまりにも凄いので何もかもぶっ飛んでしまった。

その流れでYouTubeを見ていたら、セルティック時代のプレ―集を見つけ、もう興奮し過ぎて相場も何もかもどこかに行ってしまった。

これ↓

本当に凄い。美し過ぎる。チャンピオンズリーグでマンチェスターユナイテッド相手に決めたフリーキックで、実況のアナウンサーが「Oh My Gooood!」と発狂してしまうのも分かる。フリーキックだけではなくて、これだけのシュート力、精度を持った選手がかつて日本にいただろうか。唖然としてしばらく言葉を失った。ただただ、「すげー」を連発するばかり。今にして思えば、どうして当時リアルタイムで中継を見ていなかったのだろうかと悔やまれる。現日本代表が最強と思っていたのだけれど、こうして今さらながら全盛期の俊輔のプレーを見ると、僕らはかつて不世出の天才を見ていたのだな(というか今でも現役であるけれど)と改めて思うのだった。僕の中で中村の一番印象的だったプレーはコンフェデでのルーレットからのシュート(あれが決まっていたら俊輔のベストゴールだったと思うけど)なのだが、どうして今日まで中村俊輔という選手がこれほど凄い選手だったことに気づかなかったのか、不思議でしょうがない。

まだ興奮しております。

これをファンタジスタと呼ばずになんと呼ぶのか。もちろん、もはや伝説となった、動いているバスの窓にフリーキックを放り込む動画も見た。というか以前も見たのだけれど、こうやって俊輔の凄さに改めて気づいた後に見ると、さながら奇跡を目撃したような気分になる。この選手がいまだにプレーしていて生で見れると思うと、にわかに信じ難いような気がしてしまうのだった。現代表でも、フリーキックのときだけ中村を呼びたいと真面目に思う。セルティック時代の中村のプレーの前には、中田英寿も本田も香川も、すべてかすんでしまう。いや本当に、これだけ凄い選手だったのだなと感慨もひとしお。要するに日本人プレーヤーがスコットランドという異国でレジェンドになる、今なお語り継がれるというのは、それだけの理由があるのだなと。

感動しました。興奮冷めやらぬとはこのこと。

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というわけで一応日記も書いておくと、朝10時に特養で母の介護認定があったので9時にアラームをセットしておいたのだが、その前に起きた。無事10時には特養に行くことができた。町役場の職員(だと思う)の女性が一人、母に質問していく。現在の母は要介護3になっており、確か今年の4月から特別養護老人ホームは要介護3以上じゃないと入れなくなったと記憶している。ちなみに介護度が上がると料金もその分高くなる。母はそれなりに的確に(箇所箇所怪しくはなるけれど)質問に答えており、たぶん介護度が上がることはないと思う。介護認定が終わり、11時ごろに入浴に呼ばれるまで母のところにいた。

帰宅後、なんとなく業務へ。今日はボコられなかった。帰り道、町に一軒だけの本屋に寄って宮部みゆき「名もなき毒」を買って帰る。昨日から読み始めた筒井康隆「旅のラゴス」が薄い本なのでアマゾンに注文した本が届く前に読み終わってしまうのではないかと思って。ちなみにこの「旅のラゴス」、1986年の作品だと判明、いかに自分が長いこと筒井を読んでいなかったのかと気づく。中学高校とかなり読み漁ったのだが。

昨日は暑かったが今日はそれほどでもなく、夕方から涼しくなった。山形は今日から梅雨入りしたそうで、夜になって雨が降り始め、そのうち本降りになった。そういえば昨夜暑かったので今朝方ニトリにクール寝具(パッドと肌ぶとん)を注文したのだが、どうやら明日以降は少し涼しくなりそうな気配。

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6月25日、木曜日。

ちょっと睡眠時間足りないかなと思いながら9時過ぎに起床。今日はなんだか朝からやけに暑い感じがした。なので、業務に行って涼もうと思ったのもそれなりに無理もない。だがこれが失敗だった。4時間ほどボコボコにされる。しかも冷房効き過ぎて寒かった。Gジャンを持って行ったので事なきを得たが。

相場とかに比べれば全然大した金額ではないのだが、気分的にボコられたというショックを引き摺る。そのせいか、帰宅して本を読んでいると急激にバテてきて今日もソファで小一時間ほどうとうとする。要因はいろいろあるだろうが、4時間の業務でそれなりに疲れた(情けない話ではあるけれど)ということ、睡眠時間が30分ほど足りなかったということ、それに台所の室温が30度以上あったことか。とにかく、うとうとしてから読書用の眼鏡をかけてまた台所に戻るとバテ方が酷く、気分が悪くなって頭痛がしてきそうになった。読書用の眼鏡は度が軽いので読書時以外にかけていると視界がぼやけて見えるのでそのせいもあるかもしれない。普段の眼鏡に戻すと多少ましになったが、とにかくなんだか今日はやたらと暑い気がする。あまり風がなかったせいだろうか。不思議なことに南向きの書斎よりも北向きの台所の方が暑かった。夏バテかもしれないと思う。

いずれにしても、最近の傾向としては昼寝をするとかえってへばる。6時ごろにスパゲッティの夕飯を食べようかと鍋に湯を沸かし始めたものの食欲がなく、結局珈琲を飲むだけに留めてバテバテの状態のまま母のところに顔を出す。すると、こういうへばっているときはむしろ身体を動かした方がいいようで、母のところにいる間に大分気分は戻ってきた。少なくとも極端にバテている状態は脱した。もしかしたら特養は冷房が効いていて涼しかったので、そのせいもあるかもしれない。

帰宅後改めて湯を沸かしてスパゲッティの夕飯。今日は相場がギリシャ情勢もあって方向感がなく、なかなか入るタイミングが見つからない。夜の指標時にポジションをひとつ取ってみたが結局同値決済。あとは自粛。

というわけで、中村文則「」読了。中編ひとつと短編ひとつの薄い文庫本なのだが、これがどちらも実にお粗末、ただひたすらがっかりした。前回「掏摸(スリ)」を読んだときにはよく分からなかったが、この作者は単に下手なのだということが分かった。まず文章が下手過ぎる。日本語としておかしい表現が頻出。興味本位に題材を取り上げてこねくり回した挙句、ひたすら不快で救いのない方に話を転がしているだけなのだがその運び方が下手過ぎる。だから物語をきちんと落とし込めない。ただ興味本位なだけでそこには深淵なテーマなど存在しない。ドストエフスキーやカフカを引き合いに出すなどもってのほか。そんな深みはどこにもない。

真面目な話、読んで損した。このところ、新しく読む作家の本が立て続けにハズレだった。そんなわけだから特定の好きな作家の本に集中してしまう。何しろ読んでみないことには分からないから、新しい作家を開拓するのも難しい。というか、アマゾンのレビューはまったく当てにならない。「このミス」とかのランキングもそうだが。

というわけで次に読むのは筒井康隆の「旅のラゴス」。安心して読めるジョン・アーヴィングの「サイダーハウス・ルール」と、前から気になっていたジュノ・ディアスの「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」をアマゾンで注文。もちろんどちらも中古。

明日は朝10時に母の介護認定があるので特養に行かねばならない。念のため9時にアラームをかけておく。しかし今日は暑かったという印象。

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切腹

6月24日、水曜日。

9時半ごろ起床。最近これぐらいの時間に起きるのが定番化しつつある。昼過ぎまで女子W杯、日本対オランダ、2-1を見る。久々にかつてのなでしこのサッカーが戻ってきた感じだった。特に2点目は見事なコンビネーション。最後、GKの海堀の安直なミスによる失点は余計だったが。こういうサッカーをしてくれれば見た甲斐があるというもの。これでベスト8。ただ、ベスト4を賭けた次の試合(オーストラリア戦)は朝5時からというので、リアルタイムで見るのは諦めた。

昨日消極的だったという反省から昼頃からちょろちょろと相場のポジションを取り始める。午後、天気がやけによかったので体力をつけるためにも散歩に出てみる。向かいの寺の裏手、最上川の堤防まで歩く。

river2

相場のポジションをそのままにしておいたので、堤防まで往復しただけで40分ほどの散歩。帰宅後相場のチャートに台所で向かっていると闇雲に眠くなった。前々から薄々感じてはいたものの、やはり散歩をすると疲れてへばるのだった。あまりにも眠くてチャートを見ていられなくなり、ソファで40分ほど気絶。40分歩いて40分寝るのではなんとも。

気絶している間に逃げるタイミングを逸して相場は裏目に出て、結果的にポジションを積み上げる羽目になってしまった。さてこれは困った、どこで損切りするかと考えながら夕飯を食べていると、ちょうど食べ終えて茶を飲んでいるタイミングでギリシャ首相の発言が報道されて一瞬ユーロががくっと下がり、プラスに転じたところで決済。今日は方向を読み間違えたと思っていたのでこれはツイていたなと思ったのだが、結果的には夜まで待っていればもっと好都合になっていた。

そんなわけで都合よく決済してから母のところに。今日も母の表情は悪くなかった。ホールでテレビを見ていると、山形はまだ梅雨入りしていないということで驚いた。そう言われてみれば雨の日がそんなに多くない。今日は少し母と話すことができた。なんとなく母の方が話すように努力してくれているような気がする。

帰宅後の夜はhuluで小林正樹監督「切腹」(1962)を見た。途中までは長く感じて、ただの人情譚かと思いよほど見るのをやめようかと思ったのだが、最後まで見たら面白かった。無念を晴らすという典型的な時代劇のカタルシスと同時に、武士というもののあり方そのものにも一石を投じるという。最後まで「切腹」というものがキーワードとして通底している脚本(橋本忍)は見事だ。いずれにせよ、考えてみれば救いのない話ではあるのだが、どこか一矢報いたような気がする。こういう感情は日本人特有のものかなとふと思う。重いテーマなのだが、見終わった後味がいい。切腹が後味がいいなんて実に奇妙な話なのだが。

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破門

6月23日、火曜日。

黒川博行「破門」読了。相変わらずこの疫病神シリーズは安定して面白い。この作品で黒川は直木賞を受賞したわけだけれども、個人的にはシリーズ第一作の「疫病神」が一番面白かった。今のところ。このシリーズの魅力は二宮と桑原という二人の組み合わせ、大阪弁の会話ということに尽きる感じはするが、シリーズ3作読んでここまででただの一人も死んでいないということには驚かざるを得ない。裏社会を舞台にしているにも関わらず。それでいてスリルもサスペンスもあるというのは。

そんなわけで昨夜は一気に最後まで読んでしまったので寝たのは3時ごろ、朝9時半過ぎに電話が鳴って起こされる。出てみると健康食品の営業だった。もちろん即座に切る。そのまま起きて階下に降りたけれども、今朝は頭痛がしなくてほっとする。何しろ昨日は一日体調が悪かったので。こうしてみると、やはり風邪ではなかったようだ。

自分でも自覚しているが、このところの日記がおざなりになってきているのは、とにかく体調が悪過ぎてそれに連動するように精神的にも参っているためで、とにかくいろんな意味でへばり過ぎなのだった。

朝食後、次に読む本を仕入れるために書店へと向かう。ついでにゴミ処理場に寄ってゴミを出す。普通に朝早く起きてゴミの日に出せばタダなのだが、このところのリズムではとても起きられる自信がないし気がつくとゴミ袋が溜まってしまったので。

この界隈で一番大きな書店はドトールに隣接している。というか、ドトールが書店の建物にあるといった方が正しい。ついたのはちょうど昼頃で、まずドトールに入りホットドッグの昼食を済ませ、それから本を見て回る。当初はこの際だからいろいろと買い込んでしまおうと思っていたのだが、どうもばかばかと買い込む勇気もなく、というのも切りがないしその時点で興味のある作家というのも限られるせいだが、まあ簡単にいえば本などというもの、読んでみないと面白いかどうか分からない。迷った挙句、中村文則「銃」と筒井康隆「旅のラゴス」という薄手の文庫本2冊という無難なところを選んだ。以前この日記にも書いたように中村文則は「掏摸(スリ)」が後味が悪かったのだがなんとなくもう少し読んでみたかった。筒井康隆の本はアマゾンで評判になっていたからだが、筒井を読むのは物凄い久しぶり。中高生のときはよく読んでいたのだが。

中村文則「銃」の方から読み始める。ドトールは冷房が効いていてそれなりに居心地がよかったが、長くいると煙草ばかり吸ってしまいそうで帰宅の途に就く。道路脇の温度表示は26度から27度といったところ。今日はTシャツ1枚でちょうどいいぐらいの気温だった。

出かける前に取った相場のポジションは帰宅してみると裏目っていた。どうやら読みが逆だったようだ。ナンピンして損切り。というようなことをしていると猛烈に眠くなってきた。朝方電話で起こされて少々睡眠が足りなかったのと、外出した疲れと両方が出たのだろうか。とにかく眠くて仕方ないので書斎のソファで横になる。どうやら今日も上手く眠れそうになかった。最近昼寝が下手になった。昼寝の仕方を忘れてしまったようである。それでも気がつくと1時間半ぐらい経過していたので、少しは途切れ途切れにうとうとしたようではある。

空腹を覚えて早めに夕飯にする。そういえば今朝の朝食は久しぶりにシリアルにしてみたのだった。というのも、18歳のころからずっと朝はトースト1枚の朝食だったのだけれど、このところなんだかそれに飽きてきてしまったというか、トーストというものを食べたいと思わなくなってきたからだ。かといって朝からご飯というのも面倒だし何より朝は珈琲が飲みたい。そんなわけでシリアルの朝食にしたのだが、食べ終わってすぐに空腹を覚えてしまう。物凄く物足りないし腹持ちも悪い。まあそれでも多少なりとも牛乳を飲むのはいいことだとは思うが。

夕食後母のところに。僕が顔を出すと母は笑顔を見せたのでちょっとほっとする。相変わらず母の口数は極端に少ない。

帰宅後の夜は相場のチャートを見ていたのだが、今夜は結局入り損ねてしまった。結果的には日中の損切りだけで終わり、夜はエントリーしないで見ていただけなのだが、なんとなく失敗したという感覚が抜けないのは何故だろうか。

夜になってまたちょっとへばってくる。へばってくると何もする気が起こらなくなるのだが、このままでは体力が落ちる一方と思い、一念発起して階段の昇降をしてみるが7往復でへばる。情けない。身体的な体力がないと精神的な体力もなくなる。かといって昨日今日体力が落ちたわけではないので、ちょっとやそっとでは戻らない。この辺を考えると気が遠くなる。どっちにしても体力の回復待ちという感じは抜けない。

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夏至

6月22日、月曜日。

今日は一日体調が悪かった。

9時前に起床も朝から頭痛、アドヴィルを1錠飲んで業務に行くがそれでも頭痛が治まらずアドヴィルをもう1錠飲んだ。それで胃に負担がかかったのだろうか、帰宅後の午後は胃の辺りがむかむかしてやたらと気分が悪くなる。身体もだるい。気持ち悪くてソファで横になるが、2時間近く横になっていてもあれこれ昔の記憶がよみがえり眠れなかった。もしかしてあれは夢であって少しはうとうとしたのだろうか。悪心に悩まされて横になっても眠れないというのは辛い。

今日は午後に泌尿器科の予約が入っており、しょうがないので夕方近くに行く。どうせもう薬も飲んでいないのだし、もはや何のために通っているのか分からない。小一時間ほど待たされてようやく診察、前立腺の超音波検査をされるが考えてみればこれは以前もやったのだし、いまさらもう一度やって何になるのかさっぱり分からない。医者の小遣い稼ぎとしか思えず。軽い前立腺肥大が見られると言われるがこれは以前とまったく同じ答え、何回やっても同じだと思うのだが。何を出されても僕が飲むのをやめてしまうので今回は医者も薬を処方せず。もう行くのをやめようかと思う。

6時過ぎに帰宅も悪心はさらに酷くなる。あまりにも気分が悪くてふらふらなので、さすがに今日は母のところに行くのは無理かもと、書斎の一人掛けのソファで黒川博行「破門」を読む。なんだか分からないが、今日のところは本を読んでいるのが一番楽なのだった。ふと時計を見ると7時近く、やはり母のところにちょっとでも顔を出さなければと思う。相変わらず胃の辺りがむかむかして食欲はまったくない。太田胃散を飲む。

このところあまり目つきがよくなかった母だが、今日は久しぶりにいい目をしていた。だが僕の方があまりにも具合が悪い。30分ほどで特養を後にする。いつもより早い時間なので、外は綺麗な夕焼け空だった。朝食用のパンが切れたのでスーパーに寄って買い物をして帰る。

帰宅後もふらふらで本当に食欲がない。煙草を一服してまたソファで本を読み始めるが、これでは体調が戻るわけはないと思い、レトルトのカレーでなんとか遅い夕飯を食べる。風邪気味のようでもあるし、もしかしたらちょっとした胃潰瘍とかかもしれないので、先週以来頭痛薬と睡眠薬以外の薬は飲まないようにしていたのだが抗うつ薬のドグマチール(元々潰瘍の薬)を飲む。

無理にでも夕飯を食べたのがよかったのか、10時ごろになるとようやく少しは人心地ついた。だが朝からの頭痛の残滓は終日残っていた。今日はあまりにも気分が悪くて頭が回らず、相場は参加するどころか考えることもできず。生きているので精一杯という感じ。

それはともかく、読んでいる黒川博行「破門」、面白くて一気読みしてしまいそうだ。寝る前には読み終わるだろう。本来の予定では今日本屋に行って次に読む本を買っておく予定だったのだが、頭痛と悪心ですっかり予定が狂ってしまった。

夏至の今日はそこそこ暑かった。

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父の日

6月21日、日曜日。

sunset

昨夜はあれから結局トム・ティクヴァ監督「パフューム ある人殺しの物語」を最後まで見てしまった。ラストがあまりにも荒唐無稽で唖然とする。もちろん設定自体が荒唐無稽と言ってしまえばそれまでなのだが、いくら寓話とはいってもあんまりだという気がした。そんなわけで寝たのは3時ごろ。

朝目が覚めるともう10時近かった。このところ左膝がしくしくと痛む。なんというか、そこだけ集中して乳酸が溜まっているような実に嫌な感じ。それもあったがそもそも睡眠が7時間に足りておらず微妙な眠気が残っており、結局昼をまたいで2時間ソファで寝てしまった。今日はへばっていた。ソファに座っていてもしんどいくらいへばっていた。

午前中は晴れていたのだが、昼寝から目が覚めてみると雲行きが怪しくなる。昼食を終えると雷が鳴った。今日は父の日、雨が降り出す前に墓参りに行く。車で出るとフロントガラスに雨滴が落ちてくる。なので、花もそえずに墓に線香をあげただけで済ませる。寺から戻ると雷鳴が轟き、そのうち土砂降りになった。

丸谷才一「笹まくら」を読み終える。

あまりにも足腰に来ていて体力が落ちている感じがするので、腕立て伏せとスクワットを2セットやったらそれでさらにへばってしまう。なので、日中は本を読むぐらいが関の山。丸谷才一を読み終えて、確かに物足りなかったものの決してつまらなかったわけではなく、その流れで純文学系を読みたいと思いモーパッサンの中編を読み始めるがどうも読み切れずに途中でギブアップ、180度方向転換して黒川博行「破門」を読み始める。以前48ページまで読んでいたのだが最初から読み直す。こちらはあっという間に読み終えてしまいそうだ。なので、次の本がいささか心配になる。アマゾンで何か注文しようと思うものの、適当な本が思い浮かばない。中村文則を思わずポチりそうになるものの、そういえば「掏摸(スリ)」がやたらと読後感が悪かったことを思い出し、思い留まる。

母のところに行く頃合には雨は小降りになっていた。日中はちょうどいいぐらいだった気温も少し下がり肌寒く感じたのでGジャンを羽織っていく。母は相変わらず口数が極端に少ない。会話がスムーズに成立しないので苦労する。

母のところから帰宅後、よほど外食にしようかと思っていた夕飯はレトルトのご飯を温めて缶詰で済ませる。その後、ドラマ「SHERLOCK」のシーズン3の2話を見たが、ちょっとおふざけが過ぎて軽過ぎる印象。

それにしても前述のように左膝が気になって困る。これが治まってくれないとどうにも。デフォルトで疲れている感じが抜けない。

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