急逝

9月24日、木曜日。

川島なお美が亡くなった。激やせして調子が悪いと報じられていたのは知っていたけれど、随分と急な話に思えた。今からもう30年ぐらい前、彼女のレコーディングをしたことがある。どんな曲だったかはまったく覚えていないのだが、場所は銀座のスモーキースタジオ(今はもうない)と新宿のテイクワンスタジオで、ディレクターはビクターの角谷さんだったと思う。なんでそんなことを覚えているかというと、そのときに彼女のマネージャーからいい顔をしているから俳優をやらないかと勧められたからだった。そのときは一瞬真面目に考えたんだけれど、僕は背中にあざ(というか色素の沈着)があるので諦めた。彼女とはそのレコーディングのとき以来会っていない。ずっと僕より年上とばかり思っていた(会ったときにそういう印象だった)が、僕よりも年下で僕の弟と同い年ということに気づいたのは最近だ。何にせよまだ若いし、何しろ急な話なのでなんだか辛い。今はツイッターとかがあるのでかなり話題になっている感じはあるが、12年前に僕と同い年の松原みきが44歳で亡くなったときはここまで話題にはならなかった記憶が。何しろ、松原に曲を提供したことのあるI泉さんも、僕が教えるまでは知らなかった。どうやら外は雨が降り始めたようだ。ご冥福を、という言葉はあまり好きではない。果たして亡くなった人に祈りは通じるのだろうか。通じればいいなあ、本当に。

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今朝はゴミ当番だったのでアラームをかけて8時ジャストに起きたのだが、昨夜寝たのは3時近く5時間ちょとしか寝ていない。その割にはここまで奇跡的に昼寝をしないで済んでいる。さすがに母のところにいるときに物凄く眠くはなった。お彼岸だというので午後墓参り。相場はちょっと慎重過ぎたかもしれない。結果的にはチキン。手堅いといえば手堅い。まだ万全ではないものの、体調は大分回復傾向。結局、睡眠薬はレンドルミンが一番合っているようだ。ベンゾジアゼピンを飲むのはあまり気が進まないのだけれど。

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復活の日

9月23日、水曜日。

レンドルミンを飲んで寝たら、なんとか7時間眠れた。そのお蔭なのか薬が効いたのか、今日はようやくまともに動ける程度に復活。レベルの低い話だけれど、車で買い物にも行けた。なんというか、普通に行動できるというだけでこんなにも違うのかと。まあ昨日が酷過ぎたというだけの話かもしれないが。相場も昨日のマイナス分を取り戻してお釣りが来た。母のところにも行けたが、どうやら母は僕が昨日行けなかったということもあまり覚えてなさそうだった。

そんなわけで夜はラグビーW杯、日本対イングランドを見た。結果は10-45でまさにボロ負け、特に後半にチンチンにやられた。スコットランドは強かった。というか、日本は本来これぐらいの実力なのだろうか。とすると、前回優勝候補の南アフリカに勝ったということで号泣する人の気持ちも分からんでもない。日本は南ア戦と比べるとミスが多かったのだろうとは思う。五郎丸もペナルティキックを2回外したし。とにかくラグビー、ルールが難しくて訳分からずに見ているわけだけれども、これだけボロ負けしていて逆転が絶望的な点差が開いていても見ていて物凄く力が入るし肩が凝る。35点もリードされていても、日本がトライ寸前まで漕ぎつけると力が入りまくる。正直言って最初のうちは反則のとき審判がどっちに手を上げているかすら分からなかったぐらいなんだけど、改めてラグビーって面白いなと思った。もちろん、ルールが分かっていればもっと面白いのだろうけど。ボロ負けしても面白いぐらいだから、勝ってしまった南アフリカ戦をリアルタイムで見ていた人はどれだけ興奮したのだろうかと思う。

明日の朝はゴミ当番、アラームをかければなんとか起きられるだろうが、その後が心配。

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なしくずしの死

9月22日、火曜日。

昨日最悪と書いた体調がさらに悪化。

昨夜も睡眠薬はルネスタだけで眠れた。しかし、やはり7時の寺の鐘で目が覚めるし、朝っぱらから裏手の家から農業機械のエンジン音がうるさく聞こえて8時ごろには起きてしまった。

眠いのもそうだが朝からとにかく気分が悪い。どうにもならないので朝食後ソファで毛布を被り、昼まで寝込んだ。しかし一向に調子がよくならないどころかひたすら悪化する一方。ふらふらになりながらなんとかかんとか卵かけご飯の昼食を摂ったが、胃の辺りがむかむかするし、この気分の悪さは経験上胃潰瘍ではないかと、胃酸を抑える胃潰瘍の薬オメプラール、元々潰瘍を修復する薬であるドグマチール、ついでに胃炎の薬であるガスモチンまで飲んだ。

再度ソファに横になるが本を読んでいても辛い。かといって何もしないで寝ているのも辛い。なので起き上がって台所に行って煙草を吸う。またソファで横になる。この繰り返し。あまりに気分が悪いのでこのまま死んでしまうのではないかと思ったりするし、休日だから病院の救急外来に行って診てもらった方がいいのかとか散々悩む。いつまで経っても具合がよくならないので、氷枕を出してみたり。そのうち、相場の指値が成立する音が聞こえた。朝方置いておいて、外すのを忘れていた。それでしょうがなく起きて相場と死闘。当たり前だがこんな体調のときにまともに頭が回るわけはないし、上手く行くはずもない。利食いし損ねては損切りを繰り返し、夜気がついたときには今日も大敗。まあそのお蔭でなんとか起きてはいられたのだが。気がつくと、今年のプラス分をほとんど吐き出しつつある。

相場に夢中になっている間はなんとか持ってはいた(というか起きていられたというだけなのだが)ものの、正直今日の体調はどうにもならず、さすがに母のところに顔を出すのは諦めた。

以前胃潰瘍と十二指腸潰瘍と食道白癬を併発したのはいつごろだったのか日記をさかのぼって調べてみると、2003年の4月だった。なんと14年も前だ。確かにまだ会社に行っていたころだから、もうそれぐらいになるのか。当時はどんな具合だったのかと日記を読むと、胃酸過多が主だったようである。しかしながらなんとか会社には行けていたし、医者も自宅近辺ではなく会社のある駅前の医者に行ったのだった。そう考えると今回の方が酷いかもしれない。今日はどこかに出かけるなどということは想像もつかないほど具合が悪かったし、まさに廃人同様だった。というかただの病人だった。

気分的には瀕死である。前述のように横になっていても気分が悪くてどうにもならないとろくなことを考えない。また胃カメラを飲まなくちゃならないのかとか、前回は潰瘍で済んだけれど癌だったらどうしようとか。逆に、病院の救急外来に行って、よくある胃に来る風邪だと言われたら恥ずかしいとか、あれこれ考えまくる。そんなわけだから、病院で入院しているようにじっとしていることがなかなか出来ない。今日はほとんど自宅入院とでもいうべき状態だったのだが、大人しく横になって安静にしているということが辛くてなかなか出来ないのだった。それで青ざめた顔でふらふらと台所に行っては煙草を吸い、その実ちっとも美味しいわけじゃなくむしろ気持ち悪くなるだけなのだが。その煙草のせいなのか相変わらず動悸もする。この辺りが以前潰瘍を患ったときと若干異なる。ような気がする。だがしかし、恐らく胃潰瘍ぐらいにはなっていると思う。今日の不調の原因が胃潰瘍であれば、ドグマチールとオメプラール(あるいはネキシウム)を飲めば治るはずなのだが。明日も今日と同じぐらい酷かったら、さすがに病院に行くことも考えなければならないかも。

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不調と絶叫

9月21日、月曜日。

昨夜は睡眠薬をベルソムラにするかレンドルミンにするか迷ったものの、結局どちらも飲まずに2錠飲んでいるうちのひとつ、短期型のルネスタだけで眠ることができた。それはいいのだが朝8時前から祭りの囃子屋台がやかましく、8時に起きた。

午前中は業務も、今日はとにかく体調が最悪。午後になってあまりにも調子が悪いのでソファで1時間ほど横になったが動悸がして息苦しくて眠れず。その後も一向に体調は上向かず具合の悪いまま。夕方母のところに顔を出すもののちょっとしかいられなかった。顔が青ざめているのが分かるし頭も身体も重い。一体どうしたのかというぐらい体調が悪かった。

今日は祭りの最終日、夜の10時過ぎになっても囃子屋台で音痴が絶叫している始末。近所迷惑なことこの上ない。10時半を過ぎたころに万歳三唱が聞こえてきたが、その後も11時近くまで喧騒は続いた。

相場は切り替えが遅過ぎてまた週明けに大敗。体調が悪いときはやってはならぬというルールだったのだが。

いまだに気分が悪くて今日はちょっとどうにもならない模様。

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驚天動地

9月20日、日曜日。

昨夜寝たのは3時過ぎ。というのも、ラグビーのW杯、日本対南アフリカを熱心にツイッターで実況する人が多くて気になったからである。それで日本が勝ったというところまで確認してから寝たのだった。この時点で、僕はラグビーというスポーツのルールすらほとんど知らず(高校の体育の時間でやったことはあるにしろ)、この日本の勝利というものがどれほどのものなのかまったく分かっていなかった。ただ、ツイッターのTL上で号泣している人がかなりいた。

昨夜は睡眠薬をレンドルミンに戻し、このところ日替わりで薬を代えている。つまり、もうどっちがいいのか訳が分からなくなっている。どうせ朝は祭りの囃子屋台で起こされるものと思っていたらさにあらず、ひっきりなしにうちの前を往来していた昨日とは違い今日はひっそりしていた。それで例によって三度寝ぐらいして起きたのは10時過ぎだった。

午後、ラグビーの録画放送をやっていたので後半から見てみる。しかし前述のようにルールすらろくに分かっていないのでどこでどう興奮していいものかよく分からなかった。日本のランキングは13位、南アフリカは3位ということで、サッカーのFIFAランキングでいえばそれほど不思議なことではないのではないかと思ったりもした。それがとんでもない勘違いだということは、夜になってツイッターのまとめを読んで分かった。日本が南アフリカに勝つということがどれほど途方もないことなのかということにようやくなんとなく気づき始めた。ラグビーの世界で3位と13位というのは、サッカーでいえばドイツ・ブラジルと日本が先日戦ったシンガポール・カンボジアぐらい違うのだということにようやっと気づいた。それでようやく事の重大さに気づき、改めてYouTubeでダイジェストを見て興奮しまくるという具合。なにせ戦前のブックメーカーのオッズは南アフリカの勝利が1.0倍。日本はW杯に於いて24年前に一度しか勝ったことしかなく、この組み合わせというのがもっともW杯で勝率の高いチームともっとも勝率の低いチームの試合だったという。海外のメディアが興奮しまくってスポーツ界最大の番狂わせと騒ぎたてるのも無理からぬことに、ことここに至ってようやく気づいたのであった。つまり、僕は南アフリカがいかに強いか、日本がいかに弱いかということを知らなかったのだ。どうせならこの両者の力関係の落差を事前に頭に置いた上でリアルタイムで試合を見たかったものだと痛切に思う。それほど日本が南アフリカに(W杯で)勝つというのは恐ろしくとんでもないことなのであった。

それはともかくとして、やはり今日も日中体調が悪かった。午後になって顔が青ざめているのが自分でも分かるし手が痺れる。気分が悪く頭に浮かぶのは横になることばかり。あまりにも調子が悪いので逆に身体を動かした方がましかと思い、夕方久々に庭の草取りをした。結局のところ、どっちの睡眠薬を飲んでも調子が悪いことには変わりないのだった。手が痺れるというのはストレス、つまり精神的要因からくるものだが、全部が全部精神由来の不調とも思えない。要はどんな薬を飲んでも今は調子が悪くなるということらしい。困ったものだ。たぶん今飲んで調子を崩さないのは唯一頭痛薬だけだと思う。しかも、もしかすると頭痛薬で胃が荒れている可能性もある。

ああ、ラグビーというものがなんたるもので、日本がどれほどのものか分かった上で昨夜の試合をリアルタイムで見れた人がうらやましい。たぶん、サッカーで言えばW杯の決勝トーナメントでドイツ・ブラジルを倒して準決勝あるいは決勝まで進んだぐらいの驚天動地のことだったんだろうな。

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喧騒と頭痛

9月19日、土曜日。

今日は久しぶりに日中は暑いくらいに気温が上がり、Tシャツ1枚で過ごすことができた。

昨夜は睡眠薬を再度新しい方のベルソムラにしてみたが、今回は無事に眠れた。まあ寝たのが3時ごろですっかり眠かったというこもある。7時台、8時台と目が覚めて三度寝して9時過ぎに起きたが、表では囃子屋台の音が朝からやかましかった。今日から3日間、地元の祭りなのである。

朝食後も眠かったのだが今日は午前中に皮膚科に行かなければならない。行ってみると案の定うんざりするほど混んでいて、受付を済ませたあと一旦帰宅して昼頃に再度出直す。どうやら午前中だけ診察の土曜日が異様に混んでいるようだ。待合室でうとうとする。ようやく呼ばれて、先日手術したところを抜糸してもらった。

午後になってもひっきりなしに表の小路を囃子屋台が往来してうるさい。眠気がいつまで経っても治まらず、そのうち頭痛までしてきたのでソファで横になって寝ようと試みる。眠気から頭痛が来たのではないかと思ったのだ。気分が悪くてなかなか寝付けず1時間半ほど横になって少しはうとうとしたようだが、それでも頭痛は一向に治まらず、むしろ酷くなっていった。それで寝てもいられなくなって起きた。頭痛薬のアドヴィルを飲むと、ようやく少しずつ治まってきた。これなら昼寝を試みる前に飲めばよかったと思う。

日中の眠気だが、ネットで調べてみると新薬であるベルソムラ、どうやら副作用で眠気が残るっぽい。しかしながら今年になって体力がすっかり落ちてあらゆる薬に過剰反応するようになってしまい、漢方薬で具合が悪くなったりするので、睡眠薬をレンドルミンに戻しても眠気は同じぐらい残るのかもしれない。悩ましい。やはり睡眠薬を飲まずに寝られればそれに越したことはないのだが。

夜はNetflixでマイケル・マン監督「コラテラル」を最後まで見た。たぶん見るのはこれで2度目だと思う。マイケル・マンはわりと好きな監督なのだが、スタイリッシュなんだけど小ぢんまりとまとまっているという感は否めない。娯楽作としてそこそこ手堅いのだが中堅どころといった感じで、昔だったらピーター・イェーツもそんな印象だった。

今日はとにかく朝から晩まで祭りの喧騒に悩まされる。僕は元来祭りというものが苦手だ。あのテンションについていけないし、うるさいわりには見ていると退屈。これがまだ2日続くと思うとうんざりする。

成立してしまった安保法案に関しては、ただただ日本の政治に失望したとだけ書いておく。

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迷い

9月18日、金曜日。

一昨日一晩中ろくに眠れなかったので昨夜は睡眠薬をベルソムラから元のレンドルミンに戻した。ところが、どういうわけかまたもや寝付きが悪く、なかなか眠れなかった。それまではレンドルミンなら寝付きだけは非常によかったのだけれど。それで日中は眠気と悪心に悩まされる。夕方以降特に気分が悪くなる。ソファで一時間ほど横になったがやはり少々うとうとする程度で眠れず。夜からは頭に鈍痛。また調子の悪さが戻った。これで、一体どちらの睡眠薬にした方がましなのか、もう分からなくなってしまった。日中の不調が睡眠薬によるものかどうなのかよく分からないので単なる思い込みか気のせいなのかもしれないが、どうもレンドルミンだと日中眠気が残るような気はする。かといって新しいベルソムラだと寝付きが悪いし朝食後に爆睡してしまうし。一番いいのは睡眠薬なしで眠ることだとは思うのだが、かといって明け方まで寝付けなくて悶々とするのも切ない。一体どっちがましなのか、なんだか究極の選択みたいになってきた。

午前中から午後までは業務。それなり。帰宅後の午後は相場も、今日は読みが裏目って大敗。しかし諸条件は揃っていたはずなのに、どうしてNY時間から裏目ったのかいまだによく分からない。ただ、今日もルールを守れなかった。守れないルールは意味ない。意志が弱いというか。今日一番悪かったのは、途中から普段とスタイルを替えたことだった。

眠い。今日はとにかくひたすらぼんやりと眠い一日だったような気がする。

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強行採決

9月17日、木曜日。雨。

昨夜からベルソムラという新しい睡眠薬を試す。ところが、一晩中寝付けない感じがした。最初に時計を見たときにもう5時を回っていたので実際は少しは寝ていたのだろうし、その後邦画のように人間関係が交錯していてその中の一人の女性に恋するという夢を見たので確かに寝たことは寝たのだろう。だが印象としてはずうっと意識があったという感じで、7時の寺の鐘の音も聞こえた。結局8時前に起きた。5時間ちょっとしか寝ていないのでさぞかし眠いだろうと思ったら朝食時にはそれほどでもなく、医者の言うようにこれまでの眠気はベンゾジアゼピンによるものだろうかと思い、寝た気はしないが新しい睡眠薬にして結果よかったのだろうかとか思ったのだが、朝食後にやおら猛烈な眠気に襲われ、たまらずソファで毛布を被る。すると、昼まで昏々と眠り続け、結局午前中は見事に消滅してしまった。これではまったく意味がない。薬に頼って眠るのは嫌なのだが、睡眠薬を元に戻すしかないだろう。

午後は延々とNHKで国会中継を見ていた。すると、不信任決議が否決された後で議長が席に就いた途端にどわーっと議長席に議員たちが押し寄せて無茶苦茶な状態になり、一体何が起こっているのだろうと唖然として見ている間に安保法案が強行採決されていた。まったく茶番だ。どうやら与党の議員が議長席を取り囲んでスクラムを組むという段取りになっていたらしく、それを見て気づいた野党の議員が押し寄せてもみ合いになったっぽい。その訳の分からん状態で何も聞こえない中で合図で与党の議員たちが立ち上がり、数も数えないで可決されるという茶番。今日は夜まで久しぶりにテレビを見続けたが、これが日本の政治なのかと思うとひたすら失望する。普段政治にことさら関心を寄せることもなく、フィリバスター(議事妨害)という言葉も今日初めて知ったのだが。今日の質疑を見ていて個人的に好感を覚えたのは民主党の福山幹事長代理だったが、考えてみれば民主党は肝心の政権を握ったときにだらしなかった。いずれにせよ、ただひたすら多数決で押し切るのであれば、野党がいる意味もあまりなくなってしまう。というわけでいろいろと脱力。

そんな風にテレビを見ていた午後、ドアチャイムが鳴ったので出てみるとどこかの農家がぶどうとスモモを売りに来た。それでようやく、外が土砂降りの雨だということに気づいた。それまでちっとも気づかなかった。農家はいらないと言ってもなかなか帰らず、結局スモモだけ買ってしまった。12個で500円というのは安いような気がして(それにちょっと食べたかった)買ってしまったのだが、夜になって改めて考えると高い買い物をしてしまったような気も。それになんだか押し売りに遭ったような気分もする。

今日は深夜にFOMCが金利をどうするかという重大な発表があるので本来なら相場は様子見するべきだった。しかし前述のような経過で半ば寝惚けてぼうっとしていたせいかテレビを見ながらポジションを取ってしまい、国会中継をぼうっと見ている間に反転してストップを食らってしまった。まったくいらぬマイナスを食らった。今日もその直後にポジションを取り直し、夜までかかって少し取り戻したが、本来なら一度ストップを食らった時点でその日は取引終了というルールで考えていたのだが、それを二度ストップを食らった時点で終了という具合に修正することにした。その方が現実的だし気持ちのコントロールもしやすい。それすら守れなければどうしようもないが。

このところずっと体調が悪いせいで、母が僕に気を使って早く帰ってもいいと言う。なんだか申し訳ない。母にあまり体調が悪いとこぼすのはよくないような気がしてきた。

なんだかんだ、今日は改めて政治に失望した日だった。正確に言えば与党とその尻馬に乗る政党に、ということだが。

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思い出

9月16日、水曜日。

母のところからの帰り道、どういうわけか頭の中を山下達郎の「MONDAY BLUE」が流れていた。それで帰宅後、改めて「MONDAY BLUE」を久しぶりに聴いてみた。

―― 二度と帰ることもないね もうこの街にも ――

なんだか武蔵浦和を思い出して泣きそうになった。

最近、やたらと悲観的になっていることもあって、思い出というものは意味がないのではという疑念を持っていた。だがしかし、意味はあるのだ。14・5年住んだ用賀(瀬田)のアパート時代は、今考えてみると夢のように楽しかった。その後に移り住んだ武蔵浦和のマンション時代はなんだか寂しかった。遊歩道が目の前で環境にも恵まれていたし、一人暮らしには贅沢なほど広かった。しかし、僕はよくベランダの手すりの角の上に乗ってぼんやりした。僕はそこを世界の果てと呼んでいた。武蔵浦和に移ったころからうつが酷くなったということもある。とにかく、僕は武蔵浦和にいるころは寂しかった。そういうことが胸を去来して、万感迫る感じがした。感極まりそうになり、実際ちょっと涙ぐんだ。音楽を聴いて泣きそうになるなんて実に久しぶりだ。それで、思い出というものはとてもとても大切なものだということを思い出した。例えそれがかりそめの夢のようなものであってもだ。

もちろん、また武蔵浦和も用賀も訪れることはできる。しかし、「帰る」ことはもうできないのだなと思う。

実際のところ、武蔵浦和時代よりも今の方がずっと寂しい。生まれてから一番孤独だと思う。こんなにひとりぼっちだと思ったことはないし、ついでを言えばこんなに体調が悪かったこともないように思う。なんだか今が一番辛いような気がするが、人間なんていつもそんなものなのかもしれない。

ところで、僕は達郎とは面識がない。これは考えてみればちょっと不思議だ。僕がマネージャーをやっていた新川と椎名がスタジオを作ったとき、テレビを寄贈してくれたのは達郎だったし、達郎のマネージャーは弟のサークルの同級生だった。事務所を訪ねて、夫人の竹内まりやに曲を依頼したこともある。もちろん、ライブを見に行ったこともある。だが僕は一度も達郎夫婦と会ったことがない。

今日も闇雲に二度寝して9時台に起きた。だがやっぱりすっきりしなかった。午前中は相場に手を出せない気がして、業務に行った。スターウォーズ。ちょっとスペックが厳し過ぎる。3時過ぎに一旦帰宅。途中ストレスで手が痺れてきたので安定剤のレキソタンを1錠飲んだらぐらぐらになってしまった。帰宅後眠気が凄くソファに横になるが今日は4時に精神科の予約が入っているので寝ることもできない。

精神科の診察室ではいまだに安定剤でぐらぐらだし顔面蒼白な感じだった。もう安定剤はこりごりだと思った。その辺を医師に話すと、ベンゾジアゼピン系(安定剤・睡眠薬)が効き過ぎている嫌いもあるということで、ベンゾジアゼピン系ではない新しい睡眠薬を処方された。要するに、このところの日中の眠気が、睡眠薬が残っている可能性があるというわけだ。

本来なら今日は夜まで相場は自重するつもりだった。それが、母のところに行く直前につい出来心からポジションを持ってしまった。出かける前にポジションを取るというのは最近のルールに反する。案の定、母のところから戻って夕飯の支度をしているとストップを食らってしまった。今年になってからの自分の相場を振り返って、ルールをもっときちんと守らなければというか、ルールさえ守っていれば実はもっと上手く行っていることに気づいた。そのルールからいえば、このストップを食らったところで今日はもう手を出さないということになる。ところが、そう思いついたその日にポジションを取り直してしまった。まあ結果的にはこれでトータルプラスに転じたわけで結果オーライなのだけれど、以後、ルールはきちんと守らないと仮説を立てた意味がない。ちなみに今日もチキンだった。つまり、もう少し粘ればもっとプラスを伸ばせた。

母のところでテレビのニュースを見て、今日にも安保法案が採決されそうということに気づいて驚いた。ツイッターのタイムラインを追っているつもりだったがそれまで気づかなかった。帰宅後の夜、NHKをつけっ放しにしてしばらく様子を見ていた。たまにテレビをつけっ放しにしていると、爆笑問題が釜ヶ崎を紹介する番組とかをやっていて案外と面白かったり。

いずれにせよ、何かと世の中は騒々しい。思い出に浸れるのも束の間。

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ちびりと肩凝り

9月15日、火曜日。

このところ睡眠が足りないと一日調子が悪いので、躍起になって三度寝して今日も9時半近くに起きる。ただ朝方眠りが浅く、もう少し早く寝ないとダメなのかもしれない。

午前中から相場。思いの外上手くいって昼過ぎには日当が出たので利食い。ただ、今にして思えばこれはちびりだった。要するにチキンという奴である。今日はその後も相場に関してはひたすらちびり。早々に日当が出たということもあって、早め早めに逃げる消極策。ただ、日当が出たとはいうものの、昨日のマイナスがデカ過ぎて半分も取り戻せていない。

今日は外が素晴らしい天気だったので、これは散歩しなければと思ったものの、これまでの習いで1時間の散歩をすると2日寝込むというパターンが続いているので片道10分の銀行まで歩いて往復するだけに留めた。しかし、これだけでもへばるのだからどうにもならない。恐るべき体力のなさ。一旦帰宅して、ここのところずっと朝起きるのが遅いのでいつまで経ってもゴミを出せないから、溜まったゴミを車でゴミ処理場に持って行った。晴天でもあり外は暑いくらいだった。

夕方からまた肩が凝ってくる。で、夜になるとそれに頭痛まで加わる。気がつくと毎日のように頭痛薬のアドヴィルを飲んでいる。肩凝りと頭痛、それに手の痺れは精神的な要因から来ているのだと思う。要するにストレス。うつ病である云々以前に、メンタルが弱過ぎる。ことに相場のポジションを持っている間はそれを痛感する。気がつくとすっかりチキンになっている。昔、パチプロ時代は自分はストレスに強いと思っていた。今考えるとそれはただ経済観念がなくてずぼらだっただけなのかもしれない。

夜ギターを弾いてみると少し肩凝りが楽になる。考えてみれば肩の力を抜かないと弾けないので当たり前なのか。そういえば肩凝りだけではなくて、夕方から異常に空腹を覚えて参った。夕飯を食べた直後でも空腹感があるのだから始末に負えない。これはたぶんドグマチール(元々胃潰瘍の薬で食欲が増す)のせいだと思う。ただ、毎日飲んでいるのになんで今日に限ってあれほど空腹を覚えたのかよく分からない。

いずれにせよなかなか体調が上向かない。精神的な余裕もまったくないし体力もない。ないものばかりだ。煙草だけが増える。もちろん、煙草を一本吸うたびに体調は悪くなる。因業だ。

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