絶不調

9月14日、月曜日。

今日は身体的にも精神的にも体調が最悪。ついでに相場もボロボロ。改めていろんな意味で体調の悪いときに相場をやるもんじゃないなと思う。

午前中は皮膚科、その後町役場で障害年金の申請。年金は恐らくダメだろう。午後、あまりにも具合が悪くなったのでソファで寝ようとしたが眠れず、これでかえって精神的に追い込まれてしまった。母のところに行くころには顔は青ざめ、食欲がまったくなかった。もしかしたら体調の悪さも精神的要因から来ているのかもしれない。

今日みたいな日は何をやってもどうやってもダメ。調子が悪過ぎた。

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片付けてみる

9月13日、日曜日。

体調は若干持ち直す。

9時過ぎ起床で7時間睡眠。今日も午後まで業務、ナナシー。3日間同じ業務を同じようにやって、初日は面白かったのに2日目からストレスを覚え、3日目の今日はストレスの方がまさって完璧に飽きた。

精神科から電話があり、障害年金申請用の診断書が出来たというので取りに行った。何が書いてあるのかと読んでみると、まさに人間失格という感じ。まあ実際そうなのだが。この診断書をそのまま真に受けると入院しなければならないと思われそうだ。

今日は台所を片づけてみた。気がつくと、たぶん去年からそうだったと思うのだが自宅にいる間のほとんどを台所で過ごしている。すっかり台所の人になっている。要因としては、書斎の机よりも台所のテーブルの方が広いということ、書斎の机は壁に向いているということ。要するに台所の方が解放感があるということなのだろう。台所の事務所化。そんなわけだからノートPCを筆頭に台所のテーブルの上に必要なものをあれこれ常に置くようになり、広いといってもテーブルの上が物だらけになっていたのだった。これはいささか台所っぽくない、というわけで片付ける気になった。

ついでに書斎も片づけようと思った。しかしながら衣類の置き場所がどうしても見つからない。部屋の広さは12畳か14畳ぐらいあるのに、壁一面が書棚になっているし、ピアノやらデカい応接セットとかがあるので、衣類をしまうところがない。したがって、置きっ放しになっているPCの空箱の上とか、一人掛けのソファの上とかに普段着替えている衣類が散らかりっ放しになっている。箪笥やチェストの類は二階の自室にあるのだが、着替えるたびにいちいち二階に上がるのは面倒なので日常的に着るものとか寝間着の類とかは書斎に置きっ放しになっている。いろいろ思案してみてもどうにも衣類をしまう場所がなく、これは書斎用に丈の低いチェストを購入することを検討する必要がありそうだ。一階奥の両親の寝室だった部屋は壁一面が箪笥になっているのだけれど、それらはすべて両親の衣類で埋まっており、まだそれらを片づけたりそこに自分の衣類を置く気にはなれない。

例によって6時半過ぎに母のところに車で行こうとすると、ガレージの裏手にいちじくの木があるのだけれど、そこでがさがさという大きな音がした。真っ暗でよく分からなかったが、してみるとやはりタヌキ連中はまだいるのだろうか。それとも猫だろうか。鳴き声がしなかったので判別できなかった。

夜はBS日テレでアニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」をやっていたので観た。最近のアニメは実によく出来ているなと感心することしきり。もちろん寓話であり、親と子双方の自立を描いた話であるのだけれど、どうもこういう話を素直にいい話と受け止めきれない。見終わった後にちょっと寂しい気がする。もしかしたらこれは普通に切ないという感情なのかもしれないが。僕自身いまだに親離れ出来ていない子供であるし、自分の子供もいないので、子供の自立ということの親の受け止め方というものがよく分かっていないのかもしれない。

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ボロボロ

9月12日、土曜日。久々に晴れ。

今日はいつもなら多少は回復する夜になって体調が悪化、日記を休もうかと思ったぐらい。気分は悪いし頭に鈍痛、安定剤と頭痛薬を飲む。ここ数日、やっぱり一番気になるのは足腰、特に膝に来ていることだが、肩凝りも酷い。そして何より身体がだるい。朝8時過ぎに起きて睡眠が6時間ほどだったのも調子の悪い要因だろうか。

朝から午後まで業務、ナナシー。夕方4時から5時までソファでうたた寝。母のところに行ってから夕食。その後へばりまくる。以上、という感じで業務から帰宅後はへばり過ぎてほぼ何もできていない。ただの具合の悪い人、グロッキー状態。精神状態も夜になってボロボロ。こうなるとちょっとお手上げである。今日やったことで評価できるのは風呂の掃除をしたことぐらいか。病弱というかなんというか。

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ナナシー

9月11日、金曜日。

朝起きたら、雨は止んでいた。

昨夜は1時20分ごろと、最近にしては比較的早めに寝たのだけれど、朝目が覚めると9時半近かった。8時間以上寝た。なんでこんなに寝てしまうのだろうか。今週はずっと9時台。結局、何時に寝ても同じなのだろうか。このままでは一生朝ゴミを出せない。納戸の中で出せないゴミが腐臭を放つ。

いまだに調子はよくないが、昨日までほど酷い体調ではなかった。11時過ぎになって、ふと思い立って二週間ぶりに業務に行ってみた。何故久しぶりに行く気になったのか、いまだによく分からない。

ここで改めて、というかもしかしたら初めてかもしれないが説明しておくと、「業務」というのはパチンコのことである。数年前まで、それは僕にとって確かに業務であったのだ。

それで、行ってみたら驚くべきことに面白かったのだ。業務を面白いと思ったのは一体いつ以来だろうか。というのも、久々に顔を出したら新しいものがいくつか入っていて、その中になんとナナシーがあったのだ。もちろん復刻版(という呼び方が正しいのか分からないが)で、ナナシーという名前で新しく出すのはたぶん10年ぶりぐらいのはずで、初代は今調べたら1996年なのでなんと19年も前だ。

ナナシーといえば故田山さんを思い出す。僕も当時はまだ用賀に住んでいた。田山さんも用賀というか僕の住んでいた瀬田のアパートのすぐ近所に住んでいて、よく同じ店で打った。田山さんとは直接の面識はない(隣同士で打ったことはある)が、彼こそが僕の人生を狂わせた(もちろん悪い方にである)人物である。

前回のナナシーはデジパチだったので、一般電役としては初代以来の復活となる。ベーシックなモードを選ぶと初代とほぼ同じ演出・ゲーム性、物凄く懐かしかった。回りくどい演出はなく、ノーマルとスーパーが3種類しかないというシンプル極まりないゲーム性、これで十分なのだ。幸いにして最近にしてはそれほど酷い釘ではなく(ただしゲージはあまりよくない)、なんというか原点に回帰したような気分だった。ナナシーに関してはいろんな店でいろんな思い出が数えきれないほどある。常日頃はほとんど忘れているそれらの店をなんとなく思い出す。渋谷、自由が丘、用賀。あまりにもおざなりな言い方だけれど、あのころは確かによかった。そんなことを嫌な感じではなく(つまり後悔としてではなく)思い出す。昔の感覚がほんのちょっとよみがえる。そんなわけで久々に業務を楽しめたし、いつもの無駄に時間を過ごしたという後味の悪さもなかった。

帰宅すると4時を回っていた。それで、出かける前に置いておいた相場の指値が成立していた。しかし、あまりいい感じがしなかったのですぐに利食い。これは方向が逆なのではないかと指値をし直した。結果的にはこれが裏目というか指値が甘く、夜になって微損で撤退。だがしかし、そのまま放っておいたら皮肉にもプラスになっていた。今チャートを見て歯ぎしりしているところ。だが週末の夜なのでこれは仕方がない。

今日の母は見た目はそれほどでもないが、話すことが頓珍漢で覚束なかった。いつも書いていることだけれど、日一日と老いているような気がしてならない。

昨日の鬼怒川に続いて今日は宮城県でも川が決壊、午後まで仙台にも特別警報が出ていた。仙台の弟の家は山の方というか高台にあるので心配はいらないと思ったが、電車が皆停まったはずで会社に行けたのかどうかと思い、夜に電話してみた。案の定車で行ったそうだ。山形というかこの界隈は曇り空ではあったが結局今日は一日雨が降らなかった。

今日は昼はコンビニ、夜はラーメン屋と昼夜外食で済ませた。ちと贅沢だったかと反省するが、たまにはいいかも。昨日までほど体調が悪くないといっても、かといって何かできるほど体調がいいわけでもなく、夜は安定剤を飲んでなんとなくツイッターのタイムラインをぼんやりと追っているだけだった。

明日も出来ればナナシーを打ちたい気がするが、たぶん起きられないだろう。

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Water

9月10日、木曜日。

雨は降り続いている。

朝の8時台に激しい雨の音で目が覚めた。二度寝して起きたのは結局10時近くだった。本日はとにかく終日体調が悪くてギブアップ状態。胃なのか腸なのかよく分からないが、腹が張る感じがして食欲がなく、胃が重い。昨日のように下痢をしているわけではないのだが、とにかく一日中体調が悪かった。

午後からは茨城の鬼怒川決壊の災害報道に釘付け。珍しくテレビを見続けた。台風が直撃したわけでもなく、台風が通り過ぎたあとの大雨でこれだけの大災害になるとは驚きだ。この辺りでも万が一最上川の堤防が決壊したらと考えると他人事ではない。この辺でも大雨警報が出ているし、明日まで雨は降り続くらしいから。

災害報道を見ながら、ぐだぐだの体調で相場をやっていたのだがあまりにも体調悪く夕方に利食いして決済、5時ごろにソファで横になる。昼寝しようというわけではなくて、起きているのがしんどかったのだ。寝るつもりはなかったのだが少しうつらうつらはしたようだ。気がつくと6時になっていた。日中は降ったり止んだりしていた雨もこのころには強くなり、外に出るのは気が引けたのだが母のところに行く。特養から出ると雨が小降りになっていたのでスーパーに寄って買い物をして帰るが、この時間になってもまったく食欲がなく腹が空かない。かといって食べないわけにもいかないので、帰宅後レトルトのカレーでなんとか夕飯。

夜はテレビのニュースをしばらく見ていたものの、椅子に座って起きているだけでしんどい。何かをする余力がまったくない。身体が重くてだるくて疲れているような、頭も鈍痛がするような重いような。今日は寒くないどころかむしろ暖かいぐらいだったのだが、なんか風邪でもひいたのかと思うほど。抗生物質を飲んでいるせいなのかもしれないが、よく分からない。とにかくここまで体調が悪いと何も出来ない。まさにギブアップ。

結局今日は太田胃散を二度、安定剤も二度飲んでしまった。

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Wednesday

9月9日、水曜日。

9時過ぎ起床。寝たのが2時半過ぎなので若干睡眠足りず。もっと早く寝なければならないのかもしれない。午前中は皮膚科で昨日の手術跡を診てもらう。今日も案外と混んでいなかった。とすると、最初に行った土曜日が異常に混んでいたということなのか。

台風の影響で朝から風が強く、風の音が轟々と鳴って何やら怖いほど。だがそれも午後になって止んだ。山形のこの辺は台風の被害というものはあまりない。ただ今日は東京神奈川辺りで雨が凄かったらしく、川崎辺りにも避難勧告が出ていたのには驚いた。夜になって山形でも羽黒川が警戒水域に達したという速報が入りちょっと驚くが、羽黒川というのはどこかと調べたら米沢の南部だった。これが最上川だとさすがにびびる。明日も雨らしい。

午後になっても眠気が取れないので、今日も今日とて2時半ごろにソファに横になって昼寝をしようとする。が、どうも上手く眠れなかった。気がつくと30分ほど経過していて眠気がなんとか治まったので、少しはうとうとしたのかもしれない。

午後から相場も、今日は日経平均が21年振りの暴騰ということでまるで壊れたように株価が上がりっ放しになるのを唖然として見ていた。前述の昼寝後にポジションを取ってみるが、今日も損切りから挽回というパターンでバイトをした程度に終わる。夜は様子見。

昨日から抗生物質を飲んでいるせいで日中は下痢をして調子悪くて参った。終日顔が青ざめている感じがしてげっそりする。よって何をするにも気合いが入らず、体調の悪い日々が続く。あまり調子が悪いので午後安定剤を1錠飲んだ。相変わらず間欠的に精神的に煮詰まる。

見る頻度があまりにも少ないので昨日でhuluを解約、今日から試しに無料体験でNetflixの方を試してみる。一番安い標準画質のプランだといまひとつ画質がよくない。なので、途中からHD画質のプランに切り替えてみたが劇的に画質がよくなるというわけでもなかった。HD画質のプランだと若干huluより月額が高くなる。個人的な感想としては画質に関してはhuluの方がいいと思う。ただhuluの場合配信期間がものによって短い嫌いがあり、リストに入れていても見ようとすると配信が終わっていたりするのが難点。まあ慣れもあって見たい映画を探すのはhuluの方が探しやすい気もするがしばらくNetflixで試してみようと思う。標準画質のプランは月額が安いのが魅力。

皮膚科の手術から一日経過して、今日からシャワーだけ浴びてもよくなった。昨日一日風呂に入らなかっただけだが、シャワーだけでも浴びると気持ちいい。

そういえばあれ以来タヌキの子供はすっかり見かけなくなった。もうどこかに移動してしまったのだろう。正直寂しいが。

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凍死と圧勝風味

9月8日、火曜日。今日は弟の誕生日。

午前中は皮膚科で手術。手術といっても太ももにできた皮膚腫瘍(要するにできもの)の除去。混んでることを覚悟して行ったが珍しく空いていて、それほど待たずに済んだ。太ももへの麻酔の注射は痛かったが……。

帰宅後昼食、その後今日も寒くて身体が冷えて参る。あまりにも寒いので2時過ぎにソファで毛布を被るが、驚いたことにそれでも寒くて眠れなかった。ヨットパーカーを羽織って毛布にくるまっているというのに、どんどん寒くなる。信じ難い。特に下半身が寒くてどうにもならない。これではまるで雪山で遭難しているよう、このままでは凍死してしまうという危機感を覚えて寝るのを諦めて起きる。不思議なことに起きているとそこまで寒くない。なんであんなに身体が冷えたのだろうか。謎だ。

今日の相場は日中にびっくりするほど動く乱高下、昨日があまり動かなかったせいで昨夜指値しておいたものが成立したのがかえって仇になり、ストップの3連発を食らい早くも大敗確定ムードだったが、その後なんとかほとんど取り戻す。というか、母のところに行く前にリスクを回避するために決済してしまったのだが、そのまま保持していればプラスに転じていた。がしかしこれは結果論、どうも上海株が取引き終了してからポジションを取る方が無難なようだ。それにしてもこのところボラティリティ(変動率)高くて振り回される。

ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」読了。何しろ主人公がオタクという設定なので、読み始めは怒涛のようなサブカルチャーの薀蓄の連発にうんざりしていたのだけれど、案外とすいすい読めることに途中から気づいた。それに、短いパラグラフの使い方とか、語り口や構成が絶妙だった。それで読み終わると、なんとポップな悲劇かと感嘆した。ジュノ・ディアスを読んだのは初めてだが、小説の書き方が実に巧いと感心することしきり。

そんなわけでW杯アジア予選、アフガニスタン対日本、0-6。確かにスコア通りの圧勝だった。圧勝だったがしかし……後半の選手交代・起用は疑問が残る。酒井宏樹に代えて武藤を投入し、原口が右サイドバックとは。ちょっとこれでハリルホジッチが何を考えているのか分からなくなった。6点リードして既に試合が決してしまい大味になったというせいもあるが、その後も香川に代えて宇佐美、長谷部に代えて遠藤航と3人の交代枠を使ったがチームが次第に上手く機能しなくなっていってしまった。ここ2戦の武藤はただ強引なだけで個人プレーに走り、チームプレーができていない気がする。まあ6点取って勝ったのだから文句を言ってはいけないような気もするが。中立地ではあるにしろ、一応アウェイの試合なのだし。

ただ、6点取って試合がダレるまでは日本のよさが目立った。特に2得点の香川の出来は最近になく素晴らしく、左サイドで先発した原口は非常に効いていた。前半はこの2人の活躍が目立つ。後半はゴールラッシュになり、岡崎も2得点したけれど、まだ本来の出来ではないように見えた。本田しかり。右サイドバックの酒井宏樹も今日はあまりよくなかった。早々に大勢が決してしまったので見ていていろいろと欲が出てしまう。概して今日はバリエーションのある攻撃ができていたし、日本らしいところを見せたと思うけれど、なんかまだ安心できない。次のアウェイでのシリア戦で見極めるべき、という感じがする。シリアは今日も6-0で勝って今のところグループ首位だ。個人的には柴崎が見たいのだけれど、なかなか使ってくれないな。

今日は一応手術をしたので風呂に入れず、夜になってサッカーの試合が終わった後また寒くて身体が冷えてきて参った。腹が減ってきたので先日買っておいたじゃがいもを電子レンジでチンして食べてみる。恥ずかしい話だがじゃがいもの食べ方がよく分からない。とにかくバターと塩で食べてみると、少し身体があったまった。滅多に食べないのだが、小腹が空いたときにじゃがいもはいいかもしれないと思った。それにしても連日寒くて参る。

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もろもろ低下

9月7日、月曜日。

今日も雨。一日中とにかく寒かった。身体が冷えてしょうがない。自分だけ寒がっているのかと思ったら、本日の最高気温は21度だからそうでもないのか。明日の最高気温も21度らしい。

朝10時前に携帯が鳴って起こされた。出てみると、いつも珈琲の生豆を買っているところからだった。一昨日注文の電話をしたら留守だったのでかけ直すように頼んでいたのだ。寝ぼけながら生豆を注文して起きる。7時間以上寝ているはずなのに朝食後も眠くてしょうがない。あくびを連発。それに前述のように寒かった。寒いし眠いしということで今日もまた昼前にソファで毛布を被って昼寝。このパターンはなんとかならないものか。一体何時間寝れば十分に寝たことになるのだろう。どうしてこう毎日毎日午前中昼寝をしてしまうのか、いささか頭が痛い。

午後から相場も今日は入り方が悪かった。結局夜逃げ損ねて損切り。結果的には様子見の日だったが、いまさらながら自分のメンタルの弱さに呆れ返る。

今日の母は落ち着いていたので助かった。特養にいることを嘆いて泣かれると本当に参るので。どうにもならないことだから。

今日は一日寒かったせいですっかりメンタルが低下、鬱屈ばかりしていたので抑うつ状態だったのかもしれない。しかしながらまだ秋、いまのうちからちょっと寒くなっただけで参るようでは冬になったら一体どうなるのか。

明日は午前中皮膚科で簡単な手術。したがって明日は風呂に入れない。

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9月6日、日曜日。

一言で言って、世界中が雨のような気がする一日だった。ツイッターのTLでも、テレビをつけて天皇杯を見てもどこもかしこも土砂降り。

朝起きてみると、昨日までのほぼ絶望的な疲労感は大分薄れていた。それでもやっぱり、午前中に1時間ちょっとソファで寝てしまった。昼寝後の例に習い、午後はしばらく顔が青ざめる感じが抜けなかった。ようやく疲労感を気にしなくてもいいようになったのは夜になってからだ。

これまた例によって精神的に煮詰まる。そこで、人は何故煮詰まるのかというようなことを考えた。この場合の人というのはもちろん自分のことだけれど。で、ふと演繹法と帰納法という言葉が頭に浮かび、どちらもよく自分が理解出来ていないことを唐突に思い出した。そこからの本日の思考の流れをツイッターに呟いたものを列挙しておく。

ここで大事なのは最後の2つで、要するに昔の自分と今の自分のどこが違うかというと、煮詰まっている自分というのは途中で行き止まりに辿り着いたと思ってしまうところに問題がある。かつての自分の発想というのは、一見行き止まり、手詰まりに見える地点から果たして何が出来るかというものだった。どうやら近頃は壁に突き当たったルンバみたいにある地点で行ったり来たり、あるいはすごすごと引き返してしまい、その先、つまり「解決するお楽しみ」へと進めなくなっていた。本来その「地点」というのはスタート地点であったはずなのだ。そういう発想自体を自分自身が失念していたような気がする。つまり、「ダメだ」と思った時点で一歩も進めなくなってしまうのだ。

というようなことには気づいたのだが、かといって一朝一夕に物事や自分の精神状態が劇的に解決するわけでもない。実際、昨日から書き始めた小説もどうやらスタート地点を間違えているような気がして、なかなか先に進むことが出来ない。

今日は母に泣かれてしまった。夕飯を食べてから母のところに行ったので7時ごろになってしまったが、母はここ(特別養護老人ホーム)に来たのは間違いだったと涙を浮かべた。それを言われるのが一番辛い。特養に入れることを決めたのは母の意志ではなく、僕と弟である。さらに言えば僕らが進んで決めたことではなく、言いだしたのは町だった。僕らには病院か特養かという選択肢しか残されていなかった。とにかく母が可哀想で、僕はつい、我慢することはない、どうしても嫌だったらうちに戻ってくればいいと言ってしまう。現実問題としてそれは無理な相談なのだが、そういうときの僕は母を救うためならばすべて(つまり自分の人生だ)を捨てても構わないと思ってしまう。僕が帰る間際まで母は涙ぐんでいた。僕は車で帰宅する間中、母を連れて帰り、24時間自分が面倒を見ることは果たして可能だろうかと考えていた。自分はそれに耐えきれるだろうかと。3度の食事を母のためにお粥を作り続けることは出来るだろうか。不可能ではないが現実的でもない。母と僕のどちらが我慢するかという究極の選択のようにも思える。母の言うように「間違い」というわけではないのだろう。しかし、正しいかどうかというと僕の心は揺らぐ。結局は「仕方ない」ということにすべては行き着いてしまうのではないか。

いつまで経っても答えは出ないし、それはつまり、答えがとっくに出ているということでもある。

今日は午後から左胸がちくちくと痛み、煙草のせいなのかそれとも肋間神経痛なのかよくわからなかったが、夜になって鎮痛剤を飲んだら治まったところをみると後者だったのだろう。

雨は降り続き、夜は更けていく。解決策はまだ思いつかない。ただ明日に持ち越すだけだ。人生なんてそんなものだ。もしかしたら、人生そのものが単なる寄り道に過ぎないかもしれないのだ。

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再起不能感

9月5日、土曜日。

今日も体調がダメだった。というよりも、もはや救いがたいほどダメだった。

二度寝して朝9時半過ぎに起きてみると、いまだに疲労感は取れていなかった。あまりにもバテていて、朝食後にソファでダウン、また延々と寝込む。夢の中で目が覚めていい加減起きなければと思ったのにまったく身体がいうことをきかない。まるで金縛りにあったように微動だにしない。かなり焦ったが、それは夢の中でさらに夢を見ているという入れ子構造の中で夢から目が覚めた夢を見ていたという、実にややこしいことになっていたのだった。ようやくなんとなく目が覚めた時点でいまだに猛烈に眠かったが、どうやらこのままではいくらでも寝続けてしまいそうだということに気づき、もしかしたら永遠に寝続けてしまうかもしれないという恐怖に駆られてようやく無理やり起きた。しかし依然として全身乳酸の塊のようで身体が物凄く重く、なんとか起きているだけでやっとという感じでまったく人間として使い物にならない。再起不能な感じが物凄かった。

危機感に煽られなんとか冷凍の鶏五目ごはんで昼食を摂ると、ようやっと少し身体が動くようになる。ただそれは多少動くようになったというだけであって、何一つまともなことが出来る気配はなかった。そんなわけで今日は一日中疲労感の塊、ただの病人、具合の悪い人だった。ここまで来ると、果たして本当に一昨日の1時間の散歩の疲れなのだろうかという疑念が湧いてくる。たった1時間の散歩で2日寝込む、人間として再起不能なまでにへばるなんてことはあるのだろうか。これでは本当に腎臓の悪い人のようだ。

胸が息苦しくて煙草も美味しくない。煙草を吸うと動悸がして具合がさらに悪くなる。だが吸いたいというジレンマ。夜になってただ少しでも煙草を美味しく吸いたいと思って珈琲を飲んだらさらに気分が悪くなり逆効果だった。ここまで体調が悪いとさしずめ自宅入院、病気療養中という感じである。とにかく今日は体調が悪くてどうにもならなかった。

そんな中、何年か振りかで小説を書き始めた。プロットのアイディアがまったく湧かず、これではいつまで経っても書き始められないと思って、なんでもいいからとにかく書き始めることにした。頭が回らず、想像力・妄想力がまったく働かなくて当然すぐに煮詰まる。だが結局ダメでボツにしてもいいではないか、とにかく書くことが肝要なのだと思って冒頭の数枚分を書いた。なにしろ大まかなプロットさえ出来ていないものだから、この先をどうするかという可能性だけはいくらでもあるのだがその先の展開が浮かばない。所詮着地点が見えない中で書いているのでしょうがないのだが書き始めの設定自体がダメなのではないかという感じが物凄い。これは少なくともテーマぐらい決めて書かないとダメかもと思う。

まだ動悸がするし肩が物凄く凝る。あんまりダメなので入浴前に安定剤を1錠飲んだら、まるで鉛を飲み込んだように身体が重くなったのでかえって逆効果だったかもしれない。今日はもうお手上げ、寝るしかないようだ。なんだか寝るために生きているような気がする。

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