ずれ

5月31日、日曜日。

昨夜寝たのは3時過ぎ、8時台に目が覚め、先日のことがあるのでまた午前中寝込んでしまってはかなわないと二度寝三度寝四度寝をしても時計を確認するたびに10分程度しか進まない。五度寝ぐらいでようやく10時半、なんか極端だ。そんなわけだから朝食後の珈琲を飲んでいるともう昼近くになる。ゆで卵を1個茹でて食べたらその後一向に腹が空かず。

外は晴れていい天気なのだが今日は昨日までのように暑過ぎるということはなく、これは散歩日和だと思って町内の本屋まで歩いて行くことにした。外に出て歩き始めるとすぐに膝に来てしまい、今週ずっと体調が悪かったこともありまるで病み上がりだなと思う。小さな川沿いを歩いて本屋に辿り着いてみると片道21分ほどだった。ちょうど「ソロモンの偽証」を読み終えたところなので本を買い込もうと思っていたのだが、改めて店内を見て歩くとラインナップが実に貧弱、売れ筋と定番のものしか置いていない。特に翻訳ものは唖然とするほど少ない。これではどうにもならない。諦めて帰途に就く。腹が空いたら蕎麦屋にでも入ろうと思っていたのだが、まったく腹が減らない。そんなわけで1時間ほどの散歩から帰宅すると疲労困憊。

帰宅後、書斎のソファで「ソロモンの偽証」におまけのように収録されている後日譚、「負の方程式」を読んでいると少しうとうとしてしまった。気がつくともう4時を回っており、まだ昼食を摂っていない。本当に腹が減らず、このまま昼食を抜くべきかどうすべきか迷うものの、とにかく蕎麦屋に行って蕎麦を食べることにした。町内の蕎麦屋でもいいのだが、久しぶりに山の方に車で行ってみる。

というわけで、隣の隣である大石田町の山深く、次年子の七兵衛そばに辿り着いたのは5時ごろだった。先月来たときはまだ雪景色だったが、さすがにもう5月も終わり、当然の如くもう雪はなかった。食べ放題だが2杯でやめておく。

帰宅するともう6時、茶を飲みながら煙草を一服して母のところに行く。今日の母は少しぼんやりしていたが話すことはわりとしっかりしていた。

母のところからそのまま車で20分かけてドトールへ。それで隣接している書店(こっちの方が遥かに大きい)で黒川博行「疫病神」とダニエル・フリードマン「もう年はとらない」の2冊を購入。9時過ぎに帰宅。

というように、起きた時間も遅かったということもあるが、気がつくともう夜の10時近くになっていた。なにしろ5時に蕎麦を食べてしまったのでこのままでは夕飯抜きになってしまうと思い、冷凍庫のご飯を温めて納豆と冷奴で軽い夕飯を済ませる。なんか何もしていないうちに一日が終わってしまった感凄い。朝食後にゆで卵を1個食べたというだけでその後不思議なくらいまったく腹が減らず、食事の時間がどんどんずれていったのでまるで時差ぼけのような一日になった。

などと書いていると日付は変わってもう6月。

今日は日中それほど気温が上がらずちょうどいい感じ、夕方以降は涼しくて上着を羽織らなければならなかった。明日以降はまた暑くなるようだが。病み上がりと書いたが本当にそんな感じ、唖然とするほど体力が落ちている。昨日の日記に書いた自分が悪役になったような感じ、どうやら自分の顔がげっそりと痩せこけてやつれ、一気に老け込んだ気がするからのようだ。実際、このところの体調不良で老けた気はする。これ以上貧相になりたくはないのだが……。

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揺れ、ソロモンの偽証、悪役

5月30日、土曜日。

夜、母のところから帰宅して僕にしては遅い夕飯を食べ終わり、BSでJリーグのFC東京対柏の試合を見ていると、地震のテロップが出た。ツイッターのタイムラインにも地震だというツイートが続出。テロップでは震源が小笠原諸島ということだが、ふと見ると頭上の蛍光灯の紐が微かに揺れている気がする。中継の画面が揺れ、実況が大きいですねと言う。途端に、画面は試合を中断してニュースに切り替わった。テロップから1分ぐらい遅れて明らかに揺れ始めた。それほど大きいというわけでもないのだがゆらゆらと揺れ方が長くて気持ち悪い。この辺ではたぶん震度2ぐらいだったとは思うものの、実家に戻って2年ちょっと、山形というのは案外と体感するぐらいの地震が少ないのでちょっと怖かった。それに、小笠原諸島が震源なのにここまで揺れるというのも不思議に思えた。見ると、マグニチュード8.5と出ている。これは大きい。東日本大震災がM9.0で1200年に一度の地震という認識だったので、これだけ大きい地震だということにびっくり。なにしろ関東大震災ですらM8.0なのである。

結局画面は試合中継には戻らず、延々と地震のニュースを伝える。それによると小笠原諸島と神奈川県の一部で震度5強、埼玉で5弱、都内で震度4だからかなり大きいことは確かで、長く揺れたので都心の人はさぞ肝を冷やしたことだろうと思う。いかに大きい地震だったかというのは北海道から沖縄までほぼ日本全国が揺れたということからも分かる。今回は震源がかなり深かったのでこれぐらいで済み津波の危険もないということだが、いずれにしてもこれだけ大きい地震がたかが数年の間隔で来るというのはいくら地震大国とはいえビビる。個人的にはやはりまだ震災のトラウマがある。つくづく、日本というのは地震さえなければ住みやすいところなのだがなあと思う。

昨日のことがあるので朝は懸命に二度寝して9時過ぎに起きた。やはり、なんとか7時間寝れば大丈夫な模様。日中は30度まで気温が上がりとにかく暑い。夕方まで家に篭ってひたすら宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読む。そんなわけでつい先ほど読了。

なにしろ文庫で6巻もあるので、読み始めは果たして最後まで読み終えるのかと心配になったけれど、会話が凄く多いので6巻とは言ってもぎっしり文字が詰まっているわけではなく、文体が平易で読みやすいこともあって案外とすいすいと読み進んだ。

とまあ、いろいろごちゃごちゃとツイートはしてみたが、簡単に言えばとても面白かったしよく出来た小説だった。ただ、それだけに欲が出てしまうわけで。ツイートにも書いたけれど、ディテイルの書き込み方のバランスがもうちょっと取れていればなあと。それでも先日読んだ米澤穂信「満願」(このミス1位)よりはずっと面白かった。好みもあるだろうけど、つくづく「このミス」みたいなランキングはあんまり当てにならないなと思う。「満願」は後味がよくなかった。そういう意味では「ソロモンの偽証」の方が後味がずっといい。

それはそうと、昼間、書斎のPCの電源を入れてディスプレイにウィンドウズが立ち上がるまでのほんの束の間、ディスプレイに映りこんだ痩せこけて貧相な自分の顔を見て、なんというか、この歳まで生きてきて自分が悪役になった気がした。つまり、この世の中で自分は主役ではなく脇役なのだというこれまでにない奇妙な感覚がした。この感覚は一体なんだろうとしばらく考えた。今思うと罪悪感の延長だったのかもしれない。それにしても妙な感じだった。ある意味新鮮とも言えなくもないが、要するに自分が悪漢になったような、自分にとってよそよそしい人格というか存在になってしまったような、実に変な感じだった。もしかしたら僕は自分自身を少しずつ嫌いになっているのかもしれない。つまり、僕は自己嫌悪の投影を垣間見たのかなと。

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取り残されて

5月29日、金曜日。

2時過ぎに寝たのに8時14分に起きてしまった。というのも、なんだかすんなり二度寝ができそうになかったからなのだが、案の定朝食後の眠気が凄い。どうにもならないのでソファで一眠りすることにしたが、またしても昼過ぎまで寝てしまった。2時間半ぐらい寝たのか。午前中このパターンで寝込んでしまうのはここ最近これで三度目だろうか。いずれにせよ、こういうときは眠気は取れるものの決まって調子が悪くなる。今日もそうだった。

とにかく異様にだるくてしょうがない。よって、午後はほとんどソファに寝転がって宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読み続ける。現時点で5巻の後半まで辿り着いた。このまま一気に読み終わりそうな勢い。そろそろ次の本が心配になってきた。

体調が悪いので相場の流れは読んで指値はしておいたものの、結局様子見に徹する。結果的に読み自体は当たっていたものの、とにかく体調が悪いときは無理しない。気がつくと今週はほとんどエントリーしていない。

午後からはTシャツ1枚で裸足、すっかり夏になってしまったような感じ。実際暑い。とにかくだるくて身体が重いし気分もすぐれないので母のところに行けるかどうか心配ではあったが、夕飯を食べると少しましになったので7時ごろに顔を出す。今日の母は僕が顔を見せると「来た」といって顔をほころばせたし話すことも大丈夫ではあったが、目つきが少々怪しかった。帰りがけにスーパーに寄って買い物をして帰宅。

夜はちらちらと相場を気にしながら、ときおりギターをちょろちょろと弾いたり、「ソロモンの偽証」の続きを読んだり、なんか落ち着かない。

午前中ソファで寝込んでいる間に鹿児島のなんとかという島で噴火があったり、夜になって汚職事件で揉めているFIFAの会長選挙があったり、かと思うとキューバのテロ支援国家指定が解除されたり、知らぬ間に世の中が目まぐるしく動いている気がする。それはつまり、自分が世界についていけていない、世の中から取り残されている感じだ。結局のところ、今週はここまでひたすら体調が悪い、具合が悪いと言っているうちに過ぎているような気がしないでもない。

日中に比べると夜の体調は大分ましになったので、風呂に入る前にダンベルとスクワットを少々。世の中についていくにはまず体力をつけないと。

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自粛

5月28日、木曜日。

自分ではある程度(というかかなり)セーブしたつもりではあったのだが、この三日間、感情的に言葉を発し過ぎたと反省。よって本日の日記は自粛モード。

9時過ぎ起床、午前中は玄関前と庭の草取りを少々。これでまた疲れる。依然体調悪く、下痢気味で四六時中便意を催すのにトイレに駆け込むとちょっとずつしか出ない。なので、ひっきりなしにトイレに篭らなければならず、これではさすがに何も出来ないと思い、午後内科に。整腸剤を処方される。相場は同値決済。夕食後母のところに行くと、今日の母は大分よかった。昨日の朝電話で叩き起こされた母の教え子が今日面会にやって来たらしく、それをきちんと覚えていた。話すこともわりとしっかりしていた。夜は特に何もしていない。ジャズのスタンダードの練習を少々。

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憔悴

5月27日、水曜日。

心底参っている。憔悴しきっている。顔面蒼白。二日続けて縁切りのようなことをして、こんな風に人を傷つけて平気でいられるわけがない。しかしながら、30年以上前のことをいまだに引っ張り出して、身体的にも精神的にも弱り切っているところに感情的なちょっかいを出されるのはもう御免だった。もう限界だった。これ以上神経を逆なでされることに耐えられなかった。ただでさえ年々友人が一人減り二人減りとしていって世の中から孤立していくような気がする上に、実家に篭っていて新たな友人と出会える見込みもあまりない今の状況でこういう風に自分から切るようなことをするのは本当にしんどい。いわゆる大人の対応ではないと思う。ただ、僕はあまりにも追い詰められていて、これ以上素知らぬ顔でやり過ごすことは出来なかった。

30年前、僕はただ裏切られ、こっ酷くふられただけだ。それから30年経って、いまさらこれ以上何を欲しいというのか。

僕はもう学生時代のスケザではない。あれから一歩もその場を動いてないわけではないのだ。僕には僕の人生がある。それは学生時代から30年あったし、今ここにあるわけで、あなたの頭の中にあるわけではないのだ。僕は偶像ではなくて、ただの一人の人間だ。

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朝7時20分に電話が鳴って起こされた。何かと思って出てみると、やたらと訛っている老人の声だ。こちらから訊ねないと名乗りもしないし、初めて話すのに敬語を使おうともしない。失礼なこと極まりない。いくら田舎とはいえ、こんな時間に緊急の連絡でもないのに電話するのは非常識だ。どうやら母の教え子らしいが、だったらなおさらである。

もう一度布団に潜り込んで寝直そうとしたが、電話を切ってからも腹が立ってなかなか寝付けなかった。それでもいつの間にか寝たようで10時近くに起きた。

弱り目に祟り目というか、嫌なことというのは連鎖する。昨夜長年愛用してきた椅子が壊れてしまった。どうしてこのタイミングなのか。分解して車に積み、ゴミ処理場に持って行く。

午後2時から特養で母の誕生会。2時ジャストに到着すると、少し遅れて誕生会は始まった。40分ほどでようやく終わったかに思えたが、それから場所を変えてゲスト(地元のアマチュアのようだった)を迎えての余興の歌と踊り。これが延々と続いて終わらない。調子っぱずれの歌と退屈極まりない踊りがいつ終わるともなく続く。永遠に続くのではないかと思われて気が遠くなる。ようやく終わったのは1時間以上経ってからだった。疲れ果てる。まったく地獄だった。母が僕に気を使うほど、僕は憔悴しきっていた。

4時近くになってようやく帰宅。疲れ切って台所で一服。見ると、午前中に置いておいた相場の指値がひとつ成立していた。なんだか相場のポジションを持つのが随分久しぶりに思える。

その後は延々と頭の中が冒頭の堂々巡りに陥り、つまり人を傷つけてしまったという後悔と、理不尽さとが頭の中で果てしなく渦巻く。いたたまれずに、夕食後に早々に相場のポジションは利食いをして手仕舞いしてしまった。以降、ただひたすらげっそりしていくばかり。物凄い喪失感。なんでこうなってしまったのか、そればかりを考える。頭をなんとか切り替えることができるのは本を読んでいる間ぐらいしかなく、それもあまり長くは続かない。果たして自分はこれを吹っ切れるのだろうかという疑念ばかりが湧いてくる。早く忘れてしまいたい。

元妻の顔はほとんど忘れてしまった。その存在を思い出すこともあまりない。元妻はその嫉妬深さ故に僕の携帯の着信履歴を勝手に見ては勝手に番号を削除し、僕に届いた手紙を勝手に開封して破り捨て、気分屋であるが故に新しい彼氏ができた途端に僕をゴキブリのように扱った。だから僕はもう元妻の顔を思い出せないし、自分がかつて結婚していたこともときどき忘れてしまう。

そんな風に、もう忘れてしまいたい。僕には僕の人生があるのだから、また新たな友人と出会いたい。そっちの方を向きたい。

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因果

5月26日、火曜日。

今度はHから恨み言のようなメールが来た。それによると、僕がツイッターで悪口を書いたということになっている。本当に頭が痛いというか頭痛がしてきた。なんで35年も前のことでこの歳になっていまだに人間関係に頭を悩ませなければならないのだろう。正直言って、数年前に20年振りだか25年振りだかでHと会って以来、友人のつもりで頻繁に電話をしてしまった僕の方に大方の責任はあるのだろう。それが結果的に彼女の勘違いを助長してしまったようだ。因果応報である。しかしそれにしても彼女の思考・言動はちょっと尋常じゃない。正直言ってちょっと怖い。Hの思考回路はストーカーのそれだ。僕のどういった言動がこういった勘違いや妄想を抱かせてしまったのかはよく分からないが、もうお手上げ。

お蔭で今日も相場が手につかず。このままだと生活そのものが成り立たなくなる。なので、昨夜の日記もある意味Oさんに対する公開処刑のようなものでやり過ぎたのだろうかとは思ったが、今日も敢えてここに書いてみた。これ以上はどうにも上手く書きようがない(切りがない)のでこの件に関しては以上。

もうカンベンしてください。ノイローゼ(死語)になりそうです。

夜同級生のジョンとLINEで話していてふと気がついたのだが、この一連の人間(女性)関係を解決するもっとも手っ取り早い方法は、彼女たちとまったく関係のない女性と僕が再婚して幸せになってしまうこと。しかし、現実的にはそれがもっとも絶望的で難しいことである。

それとも、再婚したことにしてしまおうか……。

それはともかく、今朝は二度寝三度寝を繰り返して10時近くまで寝たところ、昨日のような猛烈な眠気はなかった。だが昼頃に徒歩5分の町役場まで歩いて固定資産税を払いに行ったところ、午後にソファで寝転がって本を読んでいたらまた猛烈な眠気に襲われて一時間ほどうとうとしてしまった。それで間の悪いことに相場の動いたタイミングを逸してしまい、今日は参加できなかった。

この辺から察するに、昨日異様な疲れとだるさで寝込んでしまったのは、もしかすると一昨日1時間ほど散歩した疲れが出たのではないかということだ。つまり、想像以上に今の自分は体力がないんじゃないかと。そう考えるとちょっと尋常じゃない体力のなさではあるが、あながち的外れでもないような気がしてきた。もう少し、ちょっとずつちょっとずつ体力をつけるように心がけないといけないんじゃないかなと。

同時に栄養も摂らなければならない。なので、昼食は納豆と冷奴を食べた。だがしかし、母のところから帰宅後の夕飯はレトルトのカレーで簡単に済ませてしまったのでこれではあまり意味がない。実際、くたくたで作る気力もないのだが、このところの体調の悪さで食欲もあまりないのだった。

まあそんなわけで昨日今日と、人間関係に頭を悩ませてほぼ終わり。何もできない。まったく馬鹿げている。学生時代の怨念に憑りつかれているようだ。

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煩悶

5月25日、月曜日。

今日は体調が最悪。朝食後、眠気が取れないのでソファで昼過ぎまで寝込む。すると、かえって具合はどんどん悪くなり、昼食後はほとんど起きていられなくなった。身体がダルくて重く気分が悪い。腹が張る感じがする。顔色を失う。椅子にも座っていられずにソファで横になってひたすら本を読む。もう本当にただの具合の悪い病人状態だった。今日は予定では町役場に行って固定資産税を払ってこようと思っていたのだが、体調が悪過ぎて家を一歩も出る気がしない。それほど具合が悪かった。

どうやら気分が悪くてソファで本を読んでいる間に、埼玉が震源の大きな地震が都心であったようだったが、まったく気づかなかった。この辺も多少は揺れたのだろうか。

そうやって青ざめた病人でいるうちに夕方になる。食欲がまったくなく、腹も空かない。依然気分は悪くふらふらだ。ただ、読んでいる「ソロモンの偽証」の3巻目を読み終わってしまったらどうしようということが気になり、とうとう6時ごろに本屋に車で出かけて4巻目を買ってくる。こうなると、体調悪過ぎてとても母のところには今日は行けないと思っていたのだけれど、本屋に行けるのなら行けるのではないかと思い、少しでもいいから顔を出そうと行ってくる。案の定、母に具合が悪いことを告げるとかえって心配をかけてしまったようだった。30分ちょっとで帰宅する。

帰宅後、8時を過ぎてもまったく腹が空かない。いつもは6時になると物凄い空腹を覚えるのに。何も食べたいものがない。しかし、これほど体調の悪い日に夕飯を食べないというのはやはりまずいだろうと、スーパーに買い物に行く。で、結局夜になって値段が安くなった刺身を買ってきてなんとか夕飯を食べる。

夜はなんとか起きていられた。というか、横になっている方がかえっていつまで経っても具合が悪いままのような気がした。アマゾンに注文していたジャズのスタンダードの楽譜集が届いたが、試しに弾いてみようとすると全然弾けず気が滅入る。

そんなわけで今日はこのまま死んでしまうのではないかと思うぐらいに体調が悪く、日中はほぼ寝込んでいたのだが、そんな中、同級生女子のOさんがツイッターで「スケザ君」と「君」づけを連発するのが気になって、それが不快であると言い出せなくてずうっと悩んでいた。まったく馬鹿げている。恐らく僕自身が過敏なのであって単なる感覚の違いだとは思うが、どうにも気持ち悪くて仕方ないし気になって仕方ないのである。僕のことを「スケザくん」と呼ぶのは元妻だけであって、それも慣れるまでにかなり時間がかかった。Oさんとはそこまで親しいわけじゃないし、というか、学生時代の親しい友人たちは皆「スケザ」としか呼ばない。他の文脈は敬語であるのに呼びかけだけは「スケザ君」(漢字の君というのもミソ)というのは物凄い違和感がある。こういうことを一日中悩むというのはまったく我ながらしつこいとは思うのだが、一度気になるとどうしようもないのである。

同じく同級生女子のHは何やら思わせぶりな言動を繰り返してよく分からないし、どうにも僕には同級生女子たちのことが理解できず、訳が分からず気分で振り回されている。この歳になって女心というか、女子の考えることがことさら分からなくなった。

それはそうと、先ほどウッチーこと内田篤人結婚のニュースが飛び込んできてびっくり。

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痩せゆく男に栄養を

5月24日、日曜日。

さっき風呂に入るときに脱衣所で鏡を見たら、胸の肉がげっそり落ちてあばらが浮いていて、自分でもびっくりするぐらい痩せたことにいまさらながら気づいた。で、明日から腕立てをせねばと思ったのだけれど、ツイッターでそんな風なことを呟いたら、そもそも食事の量を増やして栄養を摂らないとと言われて反省しているところ。一日2000カロリーを取る食事を見てみると、今の僕の食事はあまりに粗食過ぎる。特に朝昼が粗末なことがわかった。なんつーか、今まで食費を抑えることばかり考えてきたので、どうもこれは根本的に考え方を変えねばならないようだなと。

最近スーパーに行くととにかく野菜がびっくりするぐらい高くて、どうにも二の足を踏んでしまうのだった。それでいつも刻んである生野菜とかばかりになってしまう。これを2年も続けているのだからいい加減飽きてきているのだけれど。晩年の父が極端に小食だったし、母も基本小食なのでなかなか自分が粗食に過ぎるということに気づかなかった。大体において、生まれてこの方、カロリー計算とかしたことがない。栄養学というものにあまりにも疎い。

というわけで、明日から少々値段には目をつむってスーパーで買い物をしようと。ひとまずは野菜と豆腐辺りが当面のターゲット。これからはもっと食費をかけるというパラダイムシフト。

それはそうと、昨夜から知覚過敏的に歯がちくちくと痛む。どの歯というのがあまり具体的じゃない。なんか間欠的にあちこちが痛くなる。顎とか。そんなわけだろうか、今朝は最初に目が覚めたときに時間を見るとまだ5時前、次に目が覚めたのが6時、7時、8時と1時間ごとに目が覚め、結局9時に起きたもののあまり寝た気がしない。

午前中は家中に掃除機をかけ、洗濯などしてたら終了。外は快晴だったので、昼食後の午後は散歩に出た。

その後は未見だった映画「ブリジット・ジョーンズの日記」をhuluで見た。まあこうしてみると、ただ具合の悪い人に一日終始していた昨今にしては、夕方まで掃除洗濯をして散歩をして映画を1本見たということでそれなりに何かしたような気がしてもいいように思えるが。

早めの夕食後に母のところに赴く。母は相変わらず声が小さいし話す内容がどうも覚束ない。すっかり年老いてしまったように思える。

母のところから帰宅後、なでしこの親善試合を後半から見たが、どうにもミスばかり目について見ていてストレスが溜まってしまった。もちろん男子と比較するのは身体能力からいって無茶だし、選手や監督本人たちも僕ら素人よりはずっと自覚しているのだとは思うのだけれど。

その後はやっぱりhuluでニール・ジョーダン監督「マイケル・コリンズ」を途中まで(休み休み)見る。相変わらず映画を一気に見る集中力はまだない。

という風に振り返ってみると、歯痛はともかくとして、最近の中では比較的体調自体はまともな方だったのかもしれない。それにしても気になるのは痩せすぎ、真面目に栄養を摂ることと運動することを考えないと。

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午前中のない日の憂鬱

5月23日、土曜日。

昨夜寝たのは1時20分、今朝起きたのは8時40分。7時間以上寝ている。先日6時間睡眠でも大丈夫だったので理論上は寝不足にならないはずなのだが、朝からなにやら身体が重くあくびを連発、どうにも眠いのである。なんだかよく分からないけれど朝食後も眠くてぐだぐだでどうしようもないので、仕方がないとソファで少し寝ることにする。実際、非常に体調が悪い感じだった。こてっと寝れたのだがドアチャイムの音で起こされる。出てみるとエホバの証人の勧誘。むっとして具合が悪くて寝ているところだからと話の途中で引っ込んでまた寝る。で、目が覚めると昼を過ぎていた。こうして今日の午前中は跡形もなく消滅、朝食の後にすぐ昼食という具合になった。昼食は昨日買っておいた菓子パンで済ませる。

午前中一杯寝込んでしまったのに、一向にすっきりしない。このまま家にいるとまた寝てしまいそうだという危機感を覚え、車でドトールに向かう。ドトールで寝込むことはないだろうということで。外はやたらと暑かった。路傍の気温計は29度を指していた。体感は30度を超えている。ドトールは冷房が入っていた。カフェ・ラ・テを飲みながら宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読む。この季節になると必ず一人はいる、アイスコーヒーのクラッシュアイスをやたらとかき混ぜ続ける奴がうざい。

結局1時間ちょっと本を読んで帰宅の途に就き、帰りがけにスーパーに寄って買い物をして帰る。さすがにドトールで寝はしなかったものの、帰宅後もどうにもぴりっとせず、夕飯を作る気にまったくなれない。それで夕飯は久しぶりに蕎麦屋で済ませる。一寸亭本店で冷たい肉そばの大盛り。やはり体調のせいかいまひとつおいしいとは思えず。一旦帰宅してお茶を飲みながら煙草を一服して母のところに。今日から普通に面会できる。

今日の母は目つきからしてダメだった。表情が硬い。話すと声が消え入りそうに小さいし話が覚束ない。こういう母を見ていると、やはり老人ホームなんかに入って元気になる人なんていないのだろうなと暗澹たる気持ちになる。

帰宅後の夜は夜で、歯がちくちくと痛み出し(ほんのちょっとなのだが)さらに憂鬱に。なんていうか、歯の不調ほど憂鬱になるものはないと思う。浦和対鹿島の試合を後半から見るが応援している鹿島は逆転負け。さらに憂鬱に。

それにしても暑い。このままだと暑くて眠れない可能性もあるので、パジャマをさらに薄手のものに替えなければ。しかし今日はいくら体調がよくないとはいっても足し算するとかれこれ10時間近く寝ているわけで、こんなことが続くと人間としてどうにもならないなという危機感を覚える。これでは生活というものが成り立たないなと。かといって、一体どうしたら体調を立て直すことができるのか皆目見当がつかないのが頭の痛いところ。

などと書いている現時点でブンデスリーガ、大迫と清武が1得点、香川が1ゴール2アシストと日本人が大活躍中。

というわけで二階の自室から浴衣を引っ張り出して着替えてみると意外と快適。浴衣なんて着るのは10年ぶりぐらいかもしれない。しかし、着物を好んで着ていた父を思い出して感傷的になる。で、やおら眠気が。一体今日はどれだけ寝ればいいのだろうか。

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迷う夢

5月22日、金曜日。

今朝も最初に目が覚めたのは7時ごろだった。カッコウが鳴いていたのでそのせいかもしれない。二度寝して8時過ぎに起きた。

最初に学生時代の同級生女子のLとデートする夢を見た。Lにはまったく恋愛感情らしきものを抱いたことはないのだが、それでもデートする夢というものはそれなりに楽しいものが。二度寝すると電車で移動して駅の中で迷う夢を見た。かつては迷う夢、それも大きな建物の中で迷う夢というものを毎日のように見ていた時期があったが、久しぶりだ。迷う夢というのは一体何を象徴しているのだろうか。そのまんま、何かに迷っているということだろうか。

体調は徐々に戻りつつある。

結局今日も午前中は業務。午後、久しぶりにhuluで映画を見始めた。「クラッシュ」が凄くよかったポール・ハギス監督の「スリーデイズ」。だが最近は集中力がなくて一気に見れず、休み休みじゃないと見れない。3分の1ぐらいまで見たところで猛烈に眠気が襲ってきてソファでしばらく横になった。すると、相場の指値が成立する音がした。だがあまりにも眠くてすぐには起きられず。結局、今日成立した指値は最初は同値決済、二度目も方向を間違えたと思いわずかばかりの利食いで逃げたが、夜「スリーデイズ」の続きを最後まで見終わった後にチャートを見ると、結果的には唖然とするほど方向は合っていた。だがこれは結果論であって、今日は朝から方向性がよく分からなかったのも確か。読めなかった。

「スリーデイズ」、思いの外凡庸な娯楽サスペンスだった。意外と言えば意外。「クラッシュ」の脚本が非常に巧妙に出来ていただけに。もう少し捻りがあると思ったのだが。考えてみれば「クラッシュ」の前年にアカデミー賞の作品賞を取った「ミリオンダラー・ベイビー」(ポール・ハギス脚本)も救いがなくてピンと来なかった覚えがある。してみると、「クラッシュ」はまぐれ当たり的によく出来た映画だったのだろうか。リドリー・スコットしかり、ポール・トーマス・アンダーソンしかり、傑作の後に凡作が続くということはしばしばあるのだけれど。

明日から普通に面会できるということなので、今日は母のところに行くのを控えた。あまり特養に借りを作りたくないので。

昨日と同様、今日も日中は物凄く風が強かった。これではまるで時代劇映画に出てくる宿場町のようだと思った。

そんなわけで今日は午後に眠くて少し横になったぐらいで済み、異様に疲れるとかダルいというほどではなかったので体調は大分マシだったのだが、胃が荒れているのか珈琲を含むあらゆる飲み物がおいしくなくて困った。特にジュースの類はすっかりダメになってしまった。なんかこういうのって参る。煙草も夜になると特においしくない。相変わらず胸が詰まる感じがする。

業務中、外の駐車場に出て一服していると、今日は月山方面の稜線がくっきりと見えた。

gassan

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