早起き

5月21日、木曜日。

どういう加減かまったく分からないのだが、朝目が覚めて時間を見るとまだ5時、唖然として二度寝するが7時の寺の鐘でまた目が覚める。結局7時10分には起きてしまう。今週は尋常じゃなく疲れるので、十分睡眠を取らないととばかり思っていたが、一体全体どうして今日はこんなに早く目が覚めたのだろうか。6時間寝ていないので、いつもの習いであれば睡眠不足で猛烈に眠くなるはずなのだが、昨日までの起きがけのダルさと比べると今朝はむしろすっきりとしていたくらいでそれほど眠気に悩まされることはなかった。なんだか狐につままれたような感じである。

そんなわけで体調最悪だった昨日と比べると朝から闇雲にダルいという感じでもなく、ただいつもより随分と早く起きてしまったのでこれは午前中を持て余しそうだと。それで朝から業務へ。ちんたらと昼過ぎまで。自分でもこれはただの時間潰しだとは思うものの、今週は体調も無茶苦茶悪いが精神状態も似たようなものでどうにもポジティブというか建設的な方に頭が向いてくれない。

2時前に帰宅。予報通り今日はそれほど気温が上がらず、外はまるで台風のように風が強かった。風の音が凄くてなんだか怖い。昨日ほどではないとは言っても午後になると体調がやはり怪しくなり、かなりダルくなってきたのでソファで小一時間ほど横になる。少しうとうとしたのかもしれない。なんだかまた調子が悪くなってきたのだが、特養に電話して母のところに面会に行く。インフルエンザの患者が出たことによる面会制限は明後日の土曜日から解除されるということだった。

母のところから帰宅すると、朝指値していおいたものがひとつ成立していた。夕方の指標が思惑と逆になったので小遣い銭程度ですぐに利食い。

昨日ほど尋常じゃなく疲れているというわけではないのだが、今日は胃がむかむかして胃潰瘍とか胃炎とかその類ではないかと思った。で、とにかく精神状態がよくない。頭が回らないしどうにも落ち着かない。なんかいたたまれない。それでもうこの際、徐々に禁煙するという方針を捨てて好きなだけ煙草を吸ってもいいことにした。とにかく少しでもストレスを軽減しようと。

夕食後、何か出来る感じがまったくしないのでちょろちょろとギターの練習をしていたのだが、先日ブルースを自在に弾けるようになったと思ったのに、今日はジャズブルースの進行にまったくついていけず絶望する。学生時代に熱心に聴いていたジョージ・ベンソンを久しぶりにYouTubeで聴いてみるが、自分とのあまりの落差に気分は落ち込むばかりだ。相場のチャートも一応見てはいたものの、朝の方向感自体は間違っていなかったが市場の動き自体が今日は判然としなくて夜は参加せず。

そんな感じで気がつくと夜の体調は大分マシにはなっていたのだが、何しろ精神的にダメだった。今日手帳に予定として書いていたのはドライフラワーを作ることだけだったのだが、それすらやる気になれなかった。ジャズブルースをまったく弾けないのに愕然として衝動的に台所のガスレンジの油汚れを掃除した程度。考えてみれば昨日まではただの瀕死の病人、まったくもって廃人同様だったのだから一度に体調も精神状態もよくなるというのは欲張り過ぎなのかもしれないけれど、それにしてもなんか救いがない。

今日は昨日と方針を変えて、泌尿器科から出ている漢方薬を飲まずに精神科から出た漢方薬だけを飲んでみた。それが結果的によかったのかどうかはよく分からない。たぶん、どっちも飲まない方がいいんだろうなとなんとなく思う。ただ前述のように胃に来ている感じはしたのでドグマチール(元々潰瘍の薬である)と精神科の漢方薬(神経性胃炎に効くと書いてある)を飲んだのだった。結局今日も午後寝込んでしまったし、いまだに体調がいいとはとても言えない。それにしても精神状態が酷い。気分転換しようにも、そもそも何かをしようという意欲というかマインドがないからただひたすら閉塞する。何かと毎日自分自身に振り回されている。もちろん、よろしくない意味で。

それにしても、このままだと意に反して早寝早起きになってしまいそうだ。それに慣れるというのもひとつの考え方ではあるけれど。

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5月20日、水曜日。

また体調がドツボに陥った。

9時過ぎ起床。今日手帳に書いた予定は、1)銀行、2)ゴミ、3)掃除の3つだけ。朝起きたときは疲労感があって食欲があまりなかったけれどそこまで体調が酷いとは思わず、朝食後に気になっていた2階の廊下から階段をホウキで掃除。これで予定の3番目、掃除の半分ぐらいは終了。その後、なんとなく業務に赴き煙草を確保。昼頃から物凄く暑くなる。帰り道に銀行に寄る。

午後帰宅するころにはかなりダルくなっていた。しかし、朝起きられなくて出せないまま納戸に置いておいた燃えるゴミ2袋が異臭を放ってきたのでゴミ処理場に持って行くことにする。ついでに、3袋も溜まってしまったプラスティックごみも普通のゴミ袋2袋に入れ替えて持って行く。計4袋、180円なり。普通に7時台に起きてゴミに出せばタダなのだけれど、今の体調だととても起きられるとは思えない。

これで予定していた家事は粗方終えたわけだが、ゴミ処理場から帰宅するころにはすっかり具合が悪くなる。とにかく疲労感、倦怠感が半端ない。まるで腎臓を患っている人のように異様に疲れている。4時過ぎになり、あまりにも疲れ方が酷いのでソファに横になって本でも読もうとする。そこでふと例の漢方薬のことが気になって精神科に電話した。漢方薬を処方された翌日の月曜から体調が物凄く悪いのだがどうしたらいいか訊ねた。薬が合わなかったら飲まなくてもいいという無難な答えが返ってきた。結局どうしたらいいのかよく分からない。大体、薬が合わないだけにしては疲れ方が異常過ぎる。

このころにはすっかりただの具合の悪い人になっていて本すら読めず、呆然とひたすらソファで横になっていた。

すると、夢を見た。夢の中で弟に電話した。台所で、冷蔵庫の脇(実家の台所には存在しない場所)だけにライトが点っていた。突然、物凄くはっきりと弟の声が聞こえた。「試合中に話すなといったでしょ」こんなような言葉が電話を通しての声ではなく、リアルな声として聞こえた。

そこで目が覚めた。ああまだ生きていると思った。時計を見ると6時だった。今のは「ちょっとした危篤」のような状態だったように思えた。つまり、生死をさまよったような気がした。それで、最後に聞こえたのは母ではなく弟の声だったなと思った。

起きようとしたがいまだに身体が鉛のように重く、なかなか起きられなかった。ようやく起きて台所に移動するが、顔色を失っているのが自分でも分かる。具合が悪過ぎて食欲はまったくないが、何か食べなくてはと思い、レトルトのカレーでなんとか夕飯を済ませる。その際、考えた挙句に精神科から処方された方の漢方薬は飲まなかった。泌尿器科から出されている漢方薬の方は飲んだ(もう1ヵ月ぐらい飲んでいるので)。

しかしその後も体調は一向によくならず、精神科の漢方薬を飲まなければいいというわけではなさそうだった。あまりにも酷い疲労感。煙草を吸うと胸が痛くなる。自分がまるで幽霊にでもなったような気分だ。晩年の父がよく死ぬほどダルいと言っていたことを思い出す。父もこんな感じだったのだろうか。

ここまで体調が悪いと当然相場には手を出せない。青ざめた顔でネットでACLのガンバ大阪とFCソウルの試合を観戦。試合は宇佐美の2ゴールなどでガンバが3-1で勝った。何もしないでいるとひたすら具合が悪くなって気が滅入りそうなので、その後はちまちまとギターを弾いたりしてみる。実際、何もしないで寝ているよりはまだマシなのである。そのうち動悸が酷くなってくる。思いついて血圧を計ってみる。すると、先日精神科で計ったときもそうだったが、以前よりも20ぐらい高い。元々そんな高い方ではないので高血圧というほどのものではないが、動悸がするのはこの辺が関係あるのだろうか。

それにしても全身乳酸の塊のような異様な疲れ方、一体これは何なのだろう? 正直ここまでボロボロになるとどうしようもない。生きているのが不思議。

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田舎の夜

5月19日、火曜日。

昨夜何時に寝たのか記憶が定かでない。たぶん2時近かったと思うのだが。8時台に一度目が覚めるとなんだか寒い。見ると、掛布団がずり落ちていた。もしかしたらこれが体調不良の原因のひとつかとも一瞬思ったが、布団をかけ直すと今度は暑い。結局9時59分に起きた。

今朝は昨日までほどのダルさではなかったものの、どうやら寝過ぎで頭痛、朝からアドヴィルを飲む。昨日あまりにも調子が悪かったので、朝昼晩飲むことになっている新しく処方された漢方薬を昼飲まないで朝晩にしてみた。が、どこが違うのかいまひとつよく分からない。

午前中から相場のポジションを持ち、午後までポジションを増やすも含み損が膨らんで失敗したかもと思う。が、方向性は合っているという自信はあったので、正直気が気ではないが3時ごろに含み損に目をつむって母のところに面会に行く。母は表情は悪くないのだが、とにかく話がはずまない。母の記憶は大分怪しくなってきていて、そのせいか会話が上手くリンクしない。だんだん辛くなってきて40分ほどで切り上げる。

帰宅すると4時ごろ、果たして相場のポジションはまだ生き残っているかとチャートを見ると、ちょうどECB理事の発言でユーロドルが急落したところだった。そんなわけでラッキーと言えばラッキー、見立てが合っていたと言えば合っていたということで久々に大きく利食い出来てこのところのマイナス分を一気に取り戻すことが出来た。相場が一気に動いて決済してしまったことだし、本日はこれで手仕舞いとすることにする。とすると今度はなんだか手持無沙汰になる。

それに、夕方になってくるとまた体調が悪くなる。身体がやたらと重い。しょうがないのでソファに横になって本を読み始めたのだが、それもしんどいと思う始末。寝転がっていても落ち着かないのだからどうしようもない。

昼を2時ごろに食べたのに、毎日6時過ぎに夕飯を食べているせいで6時近くなると猛烈に腹が減ってくる。習慣というものは恐ろしいというか、こうなるともはや条件反射のようにも思える。腹は減るのに気分がすぐれないので食欲はないというジレンマ。実際何を食べてもあまり美味しいと思えない。胃の調子が悪いのだと思う。先日FXの業者がキャンペーンで大量に冷凍の餃子を送ってきたので餃子で夕飯を済ませたが、まだ190個もある。

体調もよろしくないし、相場もやらないとなると夜を持て余す。なんだかいろいろ不安になってくる。冷蔵庫の中身が心配になってきて閉店間際のスーパーに行ってジュースやレトルトのカレーなどを買ってくる。2巻目に突入した宮部みゆき「ソロモンの偽証」、読み終わったらどうしようと不安になり、確か町内に一軒だけの書店が10時まで営業と書いてあったので車で3巻目を買いに行く。つまり、超心配性の状態。

その足で、深夜まで営業している隣町のモスバーガーで本を読もうと行ってみる。すると、先日午後に来たときは喫煙席に僕以外の客はいなかったのに、夜の10時過ぎなのに僕の他に3人連れとカップルがいた。その3人連れの話し声があまりにもデカくてまったく本を読むのに集中出来ず。おまけに珈琲が恐ろしく不味い。これでは一体何のために来たのか分からない。気分転換になるかもと思ったのにかえって気持ち悪くなってしまった。煙草を1本だけ吸って帰宅。まあこんな田舎でも夜更かしの人が結構いることは分かった。

モスバーガーの珈琲があまりにも不味かったので帰宅後に風呂を沸かしながら紅茶を淹れて飲んだらさらに気分が悪くなった。紅茶を飲んで気分が悪くなるなんて本当に救いがない。どこかでけたたましいバイクのマフラーの音がする。田舎の一人暴走族か。こんなゴーストタウンのように静まり返った田舎の夜に走って何が面白いのだろうか。

風呂から上がると固定電話が一瞬鳴って切れた。いまだにワン切りなどというものがあるのか。と思ったらまた鳴って切れた。奇妙な夜だ。

真面目な話、体調さえよければなあと思う。どこをどう改善すればいいのかいまひとつ分からない。禁煙ぐらいしかないのか。しかし、今は煙草を吸うぐらいしか楽しみがない。実際問題としては体調が悪いので吸っても美味しくないのだが。

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悪心

5月18日、月曜日。

今日は調子が悪くてどうにもならない。例によって朝起きたときからダルかったけれど、朝食後トイレでパニックの発作を起こすなど、精神的にもボロボロ。

それでも午後、なんとか裏の老人の葬儀に出席はした。葬儀は1時間ほどで終わったのだが、帰宅後猛烈に気分が悪くなり、3時から4時までソファで横になる。少しはうとうとしたのかもしれないが、とにかく気分が悪くてどうにもならなかった。相場の指値が成立する音が聞こえてようやく起きるが、その後も気分の悪さは治まらず。気持ち悪くて食欲もないし夕飯を作る気力もなかったが、なんとか缶詰で夕飯を済ませる。

気持ち悪いのを我慢してへろへろになりながら夜まで相場。しかしながら今日は最初の見立てが間違っていたし、途中から方向転換したもののストップを食らい過ぎたしいまひとつ我慢も効かず、一敗地に塗れる。というか、今日みたいに体調が悪いときはやらない方がいいと改めて思う。ソファで横になる前に指値を外しておくべきだった。

それにしてもいまだに気分が悪い。今日2錠目の安定剤を飲んではみたが。どうして今日はこんなに具合が悪くなったのか、葬儀の疲れがどっと出たのか、それとも昨日から飲み始めた漢方薬が合わないのか、よく分からない。葬式から帰った後は人間として使いものにならなかった。正直、この調子では食事も摂れなくなってしまうのではないかという危機感を覚えたほど。

前述のように精神状態が酷かったので、今日はストレスを軽減しようと煙草を何本吸ってもいいことにしようと思ったので本数が増えてしまったが、体調が悪いと煙草を吸っても美味しくないし、吸うとさらに体調が悪くなるという悪循環を起こしたかもしれない。ともあれ、ここまで調子が悪いとどうしようもない。お手上げ。

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精神科医の仕事

5月17日、日曜日。

9時前に近所の人がつなぎ銭(不幸があると町内会で一戸10円を集める慣習)を集めにきて起こされた。やっぱり朝から闇雲にダルい。それに、7時間近く寝ているにも関わらずあくびばかり出る。何をしようかと考えているうちに午前中は終了、何やら天気はいいので体力をつけないとと思って散歩に出る。行きがけに、10年前に2000円ぐらいで買った腕時計のベルトが壊れたので、もう10年以上使っていないG-SHOCKを近所の時計屋に電池交換に出した。川沿いを歩くも、いつもの山の麓まで行く根性は今日はなく、途中で引き返す。計45分程度の散歩だけれど、先日から膝に来ているので帰宅するころには疲労困憊、情けない。

いろいろ考えた末にやはり裏のお爺さんの見送りには出た方がいいと思い、母のところには2時過ぎに顔を出して見送りの3時に間に合うように帰宅、するとうちの前にはもう近隣の人が集まっていた。母は見送りには喪服を着た方がいいとか言っていたけれど、みんな平服だった。時間が来ると出てきた霊柩車に手を合わせて終了、なんかあっという間だった。

4時に精神科の予約が入っているので、その前に時計屋にG-SHOCKを取りに行くと、店のお爺ちゃんはまだ何やらいじっていて、電池は入ったもののライトが点かない。というかお爺ちゃん、直すとかいう以前にネジを2つなくしたらしく、元にすら戻せない。じっと様子を傍らで見ていたけれどそろそろ医者の時間なので、「もう捨てるからいいです、電池は外してください」と言って、結局元に戻らなかったままで受け取り、「手間賃はいくらですか?」と訊ねると「いらない」ということ。それはまあそうである。結果的には壊したも同然なので。ただ何時間も格闘したので申し訳ないような気もした。このお爺ちゃんは発音そのものが訛っているので、何を喋っているのかは半分も聞き取れなかった。

壊れたG-SHOCKをポケットに突っこんで、慌てて小走りで家に戻り車を出し、精神科に。このところの体調不良、呼吸器やら循環器やら血液検査やら何をしても異常がなかったことを話すと、精神科医の方も手詰まりで苦肉の策なのであろう、漢方薬を処方された。これが1日3回。物凄く大量の薬を処方薬局で受け取って、帰りがけにスーパーで買い物して帰宅。

それにしても毎回毎回、精神科に行くたびに体調も精神状態もよくないと言い続けているし、今回もどうやら抑うつ状態のようだと訴えているのだけれど、精神科医の方ももはや手立てがないという感じで、さじを投げているわけではないけれどこれといった妙案や解決策どころか、治療方針すら出て来ない。安定剤にしても飲んだり飲まなかったりでいいのか、続けて飲んだ方がいいのかと訊ねても、飲んで効かないのだったら自分の判断で、というようにどうにも歯切れが悪い。こうなるとなんていうか、精神科っていうのは治すことが仕事ではないのかもしれないという疑念まで浮かんでくる。感覚としては単に相談しにいっている感覚。医者の方はひとまず同じ薬を出す、あるいは今日のように無難な薬を出すという感じで、なんというか治すよりも責任を負わないことが第一という印象を受ける。まあ言い方を変えれば無責任にこれで治りますと言わないだけ良心的なのかもしれず、実際問題として睡眠薬をもらわないと眠れないようになってしまっているのである程度同じ薬を出してもらうだけでもいいと言えばいいのだが、これではいつまで経っても同じなんじゃないかと思ってしまう。

夜はまた煮詰まる。例によって何をしたらいいのか分からなくなり、なんとかhuluでドラマ「Utopia -ユートピア―」のシーズン1の最終話を見るがまたぞろ冷え性が全開になってきて寒くてしょうがない。夜になって気温が下がったのかなと台所の温度計を見ると23度もある。なんでこれで寒いんだと唖然。寒いし何をしたらいいのか分からないしで、気分転換に隣町のモスバーガーに行って珈琲飲みながら本でも読もうかと思うも、考えてみれば自分で淹れた珈琲の方が明らかに美味しいわけだし、この台所で珈琲を飲んでも変わらないんじゃないかと思い直す。で、台所で珈琲を飲みながらちょろちょろギターを弾いていたりしていたのだが、そのうちふと思いついてメールソフトの受信箱から不要なメールを削除し始めた。すると、これが唖然とするほどたくさんあって、なんでこんなものを残しておいたのだろうと首を傾げるものばかり、片っ端から削除していくと結構時間がかかった。

そんなことをしている間に世の中では大阪都構想の住民投票というものが開票されていたらしく、僕がようやっと不要メールを削除し終わったころには既に反対多数という結果が出ていた。こういうところはテレビを見る習慣がないので世の中にまったくついていけてない。そもそも大阪都構想というものがどういう発想でどんなものかも知らないし、今日選挙だったことも知らなかった。ツイッターのタイムラインを見ていればそこそこ世間についていけるだろうと思っていたのだが、こうしてみるとどうやらそうでもなさそうだ。自分が世間から取り残されているというよりも、僕を取り残して世の中が勝手に進んでいくという感覚。

明日は午後に裏のお爺さんの葬儀に出る予定。それにしても冷え性には参る。

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大往生

5月16日、土曜日。

どういうわけか朝7時の寺の鐘で目が覚めた。寝直すと、誰か見知らぬ女性とねんごろになるという結構な夢を見て9時ごろに起きる。相変わらず朝から疲労困憊している。午前中は昨日までより少し気温が下がり、涼しい気がした。今日は2時に車を6ヶ月点検に出す予定があり、その後はJリーグの試合を見るつもりだがそれまでをどうするか。

というわけで10時過ぎに久々に業務に行ってみた。混んでいるかと思いきや、そうでもなかった。久しぶりにやってみると、ストレスばかりが溜まり、一体こんなもののどこが面白いと思って10年も20年もやっていたのだろうかと思う。煙草銭を稼いでディーラーに点検に。

点検は30分ほどで終了、特に問題はなく帰宅。台所でJリーグの鹿島対広島の試合をネットで見ていると、町内会の区長がやってきて裏のお爺さんが亡くなったので6時に集まるようにとの知らせ。どうりで脇の私道に見慣れぬ車がずっと停まっているわけである。この辺は町内会の中でもさらに隣組という近所が寄り集まって、葬儀のときの受付やらを手伝う段取りを決める慣習になっている。

6時に裏の家を訪ねる。父のときは隣組が自宅に集まったとき、そっちは弟に任せて僕は母を病院に連れていっていたので、この手の寄合は初参加。ということでまずご遺体を拝んで線香を上げるのを忘れて近所の人に注意される。恥ずかしい。今の体調・体力では葬儀の受付を何時間も出来るとは思えず、手を挙げることも出来ずに身を縮めて肩身の狭い思いをした。集まった中では僕が一番若い男なのでどういう風に見られただろうか。父のときに受付を近所の人に手伝ってもらっている手前、非常に心苦しい。

裏のお爺さんは102歳の大往生なので、葬儀の打ち合わせといっても沈鬱な雰囲気はなく、むしろ和やかといってよかった。息子さん夫婦も憔悴している気配はまるでない。先日、脇の私道にはみ出している木の件で、ことを荒立ててひと悶着起こさなくて本当によかったと思う。こういうことがあるから近所付き合いは波風立たないようにやっていかなければならない。そういう考え方自体は好きになれないのだが、そうしないといずれ物凄く気まずくなってしまう。生きにくくなる。

耳がまったく聞こえなかった裏のお爺さんとは一度だけ声を交わしたことがある。102歳の生涯というのはどういうものなのか、ちょっと想像がつかない。不思議なことに、このところずっと毎日毎日自分が死ぬことを想像しているにも関わらず、裏の知らないわけではない人が亡くなったというのに、実際のところまったく他人事にしか思えないのだった。そういえば3年前に癌だと告げられて医者にあと何年生きられますかと訊ねていたときも、どこか他人事のような感覚だった。

葬儀の打ち合わせを終えてすぐに出かけるというのは何か気が引けたけれど、車で町内の本屋に行って今1巻の途中まで読んでいる宮部みゆき「ソロモンの偽証」の2巻を買い、その足でラーメン屋に寄って味噌ネギラーメンの夕飯。

帰宅後はJリーグの名古屋対鳥栖の試合をちらちらと見ながらなんとなくジャズギターの練習。昼間は暑かったのだが夕方から夜にかけて気温が少し下がり涼しくなったのだけれど、夜になってまた冷え性が全開、特に足が冷えてどうしようもなくなる。台所の温度計を見ると21度、昨日と1度か2度しか変わらない。この辺が自分の身体ながらまったく訳の分からないところである。とにかく、どんどん寒くてしょうがなくなり風呂に入るしかなくなるのだった。

裏のお爺さんの葬儀は明後日。明日は3時に見送りなのだが、4時に精神科の診察があってその前に母のところに寄りたいので行けないかも。うちが一番近いのでこういうのに出ないとどう思われるだろうかといちいち気になって実に窮屈だ。

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5月15日、金曜日。

昨日寝不足だったので今日は十分に睡眠を取りたかったのだが、朝ドアチャイムの音で起こされた。時間を見るとまだ7時45分。一体何事かと降りていくと、なんと町内会費の集金。さすがに唖然として腹が立った。いくら田舎とはいえいくらなんでも非常識、みんながみんな早起きだったり同じリズムで生活しているわけではない。寝るのが遅いので今度から9時過ぎにしてくださいと不平を述べると盛んにすみませんと頭を下げていたが、実際問題として夜勤で昼夜逆の人とかもいるわけだから少しはその辺を考慮してもらわないと困る。

というわけで寝床に戻り寝直して結局10時ごろに起きたのだけれど、どういうわけか朝から疲労困憊している。全身に乳酸が溜まっている感じでダルい。あまりにダルいので相場で頑張る気力もなく、というか今日はそもそも流れが掴めず様子見、起きた時間が時間なので気がつくと昼を過ぎていて午前中何をやっていたのかまったく思い出せない。たぶんほとんど何もしていないのだとは思うが。

外は天気がいいので遅い昼食を摂る前に久しぶりに散歩に出ることにした。どうにもいつもの散歩コースは気が進まなかったので、一昨年母と散歩した住宅街の方に歩いてみた。歩き始めると外はうだるように暑く、汗をかいた。住宅街の中の公園で一服すると、カッコウが鳴いてクマンバチが飛んでいた。母と歩いたときは見つけられなかった親戚の家を確認して、帰りは少し遠回りをして小学校の前を通って帰宅。コンビニの向かいにあるはずのネットで調べた喫茶店の場所には美容院しかなかった。喫茶店から転業したのだろうか。

まったく情けないことに、このたかだか45分ばかりの散歩が響いたのか、その後膝に来る。膝が痛くてしょうがない。恐るべき体力のなさ。まさに老人並みである。この程度でへばるようでは、一体どうやって体力をつけたものなのか途方に暮れる。

3時ごろに事前に電話して静養室で母と面会。今日の母は比較的表情がよく、最近の中では調子がいいように見えた。母は自分の記憶が覚束ないことを盛んに嘆く。帰り際に職員と少し話したところ、インフルエンザの患者が出たための面会制限は早ければ明後日の日曜日には解除されるかも、ということだった。

夕方になって雷が鳴り、夕飯を食べるころには激しい雨になった。相場をちょびちょびやってみるがどうにも傾向が掴めず。結果的には夜になって早々に切ったポジションをそのまま持っていればと臍を噛むことになったが、これで同じようなことは今週二度目。しかしながらギャンブルをやっているわけではないのでこれはこれでしょうがない。

朝からずっとダルいし途中から膝にも来ているので夜になっても何もやる気が湧かない。体力もないが気力というものもまるでなく、さながら人生を楽しめない病にかかっている。要するに抑うつ状態なのだと思う。今日も夜になって安定剤を1錠飲んでみたけれど、相変わらずさっぱり効果がない。以前今かかっているのとは別の精神科医が言っていたのだが、薬を飲んだり飲まなかったりというのが一番よくないという話だったけれど、かといって向精神薬を継続的に飲む気にはどうしてもなれず。以前の経験から副作用と離脱症状ばかりが気になって。かといってここまで人生を楽しめない状態が続くのも困る。

このところまるで映画やドラマを見る気にもなれなくて、契約しているもののhuluもちっとも見なくなっていたが、夜になって久々にドラマ「Utopia ―ユートピア―」の続きを1話だけ見た。やっぱりどこか余裕がないというか集中力がないというか、今一つ十全に楽しめない。

それにしてもすっかり暖かくなった。いい季節なのだから何か気分転換の手段を考えたい。それと、やっぱり体力をつけないと。

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困憊する寝不足のうさぎ

5月14日、木曜日。

どうも昨夜から暑いと思っていたら、ヤフーによると今日の実家界隈の最低気温は20度、驚いた。夜に見たのでもしかしたら夕方以降の最低気温ということかもしれないが。確かに昨夜寝ようとしたら2階の自室が深夜なのに20度以上あった。それで掛布団を冬用から夏用にまた替えたのだけれど。

昨夜は相場で興奮状態にあったようで寝たのは結局3時、それで今朝起きたのは9時。もっと寝ていたかったのだが、昨日に引き続き風の音が凄くて一度目が覚めるともうダメだった。最近の習いで6時間では睡眠が足りない。午後までずっと睡眠不足状態でぐらぐら。

そんな中、午前中から必死こいて相場。昼食時に一旦手仕舞いしてあまりにも睡眠不足なので午後昼寝をしようとソファに横になったのだが、どういうわけか眠くてぐらぐらなのに一向に眠れない。小一時間ほどじたばたして結局諦めた。ひとつには昨日煙草を22本も吸ってしまったため、また動悸がしたということもあった。それでも横になった分多少眠気はましになったのだが、今度は気分が悪くなってきた。それでも台所で相場を再開。だが気分はどんどん悪くなってきて次第にただの具合の悪い人みたいになってきた。なので、今日は母のところに行くのを断念する。

夕方になって気がつくとようやく強風は治まったようだ。レトルトのスパゲッティで夕飯を済ませると、スーパーに買い物に出た。これが本日唯一の外出。

帰宅後、夜になって相場のポジションはまだひとつ残っていたが、午前中からずっと根を詰めてやっていたのですっかり疲れ果ててしまった。結局頑張った甲斐はあって昨日の損失分のほとんどを取り戻すことは出来た。しかし夜が更けるほど精神的に煮詰まっていく。やたらと寂しいと思う。考えてみれば18歳のころから人生の大半を一人暮らししてきたのに、実家で一人で生活していることがどうにも堪らないほど寂しく感じる。うさぎのように寂しくて死んでしまうのではないかと思った。ギターを弾いてみてもダメ。映画やドラマを見る精神的余裕もない。あまりにも煮詰まったので久しぶりに安定剤のレキソタンを一錠飲んでみたが、例によってまったく効かなかった。

とにかく煙草を吸い過ぎた翌日は体調が悪い。動悸はするし胸が詰まる感じがして息苦しい。それでも煙草が吸いたくなるからもうこれは因業というしかない。精神的に落ち着かないのは動悸のせいも多分にあると思う。

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揺れと風、その後

5月13日、水曜日。

どういうわけか朝6時に目が覚めた。すると、その13分後に携帯の緊急地震速報が鳴り、大きな地震が。実家に戻って以来、緊急地震速報が鳴ったのも初めてだし、一番大きな地震だった。この辺でも震度4近くあったようだ。それにしても何故6時に目が覚めたのだろうか。地震が治まってからも、台風の影響で風の音が凄く、なかなか寝付けなかった。

そんなわけで今日は朝からずっと強風が吹き荒れ、夜まで風の音が何やら恐ろしげだった。裏手のかつての本丸跡の大いちょうの梢が大きく風で揺れていた。

午前中に母のいる特養に電話したところ、静養室での面会は可能ということで、3時前に母に面会に行く。しかし、どうも静養室での面会というのはどこか窮屈だ。毎日静養室まで連れてきてもらうのも何なので、明日からどういうペースで面会に行くべきか悩むところ。

それ以外はずっと家に篭って相場。ところがまたやらかしてしまった。日中の利食いを逃し夕方の指標で損切り、その後何度もあった利食いのチャンスを逃すと、夜の指標で裏目るのが怖くてビビって逃げてしまった。ところが指標はこういうときに限って予想通り、そこから大きく相場が動いたのですっかり動揺して途中から平静を失ってしまったのが大失敗。またも流れに乗れず。今日は実はそれほど難しい局面ではなかったはずなのに、メンタルが弱過ぎて数限りないチャンスを逃してすべて裏目ってしまった。我ながら呆れるほど弱いなあと思う。というわけで今日も大反省大会と相成った。今現在、まったく精神的に余裕がない。煙草もついに20本を超えてしまった。朝から地震、強風と不穏な雰囲気が漂っていたが、散々な一日。

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タマとコントロール

5月12日、火曜日。

今日も冷え性全開で寒かった。予報の最高気温24度ってホントかよという感じ。今日はほぼ丸一日家に閉じ籠っていて、外がどうだったか正確には分からないし、夜寒くてしょうがないと思って台所の室温を見ると20度以上あったので、もしかしたら本当に24度まで上がったのかもしれない。でも寒いのである。夜になって例の如くヨットパーカーの上にスタッフジャンパーまで羽織って、それでも腕が冷えてしょうがないのだからもう処置なし。

朝は8時半前に起きた。なんていうか、大体6時間寝ると一度目が覚めるので、もしかしたらそのまま起きた方が自然かもと思ったのだ。ところがやはり今の僕は睡眠6時間ちょっとでは足りず、朝食後もあくびを連発して眠くてしょうがない。あまりにも眠くて頭も全く回らないので、しょうがないから10時前に少し寝ようとソファで毛布を被った。すると、延々と夢を見て昼過ぎというか12時半まで2時間半以上も寝てしまった。

夢の中で僕は猫を2匹飼っていた。白い方がタマ、ぶちの方がコントロールという名前である。僕はどこかの誰か(たぶん女性だと思う)とどうやら車の中で生活しているようだった。車の中からタマとコントロールを抱いて出ると、どちらも姿が見えなくなったので探しに出かける。すると、やたらと大きなシマヘビだの、ウォンバットだのという支離滅裂な動物たちと遭遇する。

というような夢だったのだが、昔々、僕は実際に一時期タマと名付けた白い猫を飼っていたことがあった。タマはどうやら近所の飼い猫だったらしいのだが、僕のアパートで子供を6匹産んだ。子猫たちは窓際の日当たりのいいところに一列に並ぶので、そのうち不動産屋に見つかってしまった。なんとかするように言われて、子猫の半分は友人たちに譲り、どうしても引き取り手がなかった2匹は二子玉川の東急ハンズに引き取ってもらった。僕はタマに避妊手術を受けさせた(これ以上産まれてはかなわないので)りしたのだけれど、そのうち元の飼い主のところに戻ったようで、いつの間にか僕のアパートからはいなくなった。

というようなことを思い出した。結婚していたころ、(厳密には元妻が)猫を2匹飼っていた。もちろんそれはタマとコントロールという名前ではなく、ユウとヒメという名前だった。いずれにしても、自分が猫と一緒に生活をしていたというのは、今となっては遠い昔の非現実的な出来事だったような気がする。元来動物好きなので(何しろ子供のころは動物学者になりたいと思っていた)、今でも出来ることなら猫を飼いたいという願望はある。だがいろいろ考えると今の状況では無理。猫どころか、以前のようにカメや魚といったものでも無理だと思う。そこまでケアする精神的な余裕というものがない。だがしかし、猫を飼う夢というのはどこか心が和んだ。毎晩寝るたびに夢の中にタマとコントロールが出てくると嬉しいのだがなあと思う。しかし、タマはともかくとして、どうしてもう一匹はコントロールなどという名前なのだろうか。

午後から夜にかけては相場。逆張りしまくってポジションが溜まり、一時は含み損が膨らんでどうなるかと思ったが最終的にはプラスで抜けることが出来た。

それはともかく、夕食後に母のところに行ったところ、貼り紙がしてあってインフルエンザの患者が出たので面会は当分遠慮して欲しいと書いてある。たまたま所長がいたので話を聞いたところ、今日になってインフルエンザの患者が2人出たそうだ。前回のように2ヶ月以上も面会が出来なくなったらと思うと気が滅入ることこの上ない。正直ショック。

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